たとえばそれは、こんなお話--
『恋愛は好きになった方が負け』なんて言葉があるが、それはこんな些細な一コマからも見て取れる。
「すみません。待たせてしまって」
「んー?気にしないで。私も今来たトコだから」
心底、申し訳無さそうに謝る男とそれに明るく返す女。一見、良くある光景に見えるがそもそも、約束の時間までは後30分以上もある。
にも関わらず、男は待つ女の姿に気付いた時には無意識に駆け出していた。
「飲む?」
あくまで自然に飲みかけのペットボトルを差し出す女の背後に同じラベルの空ペットが2つ。
待ち合わせ時間の何分前に待ち合わせ場所に来るか?そこには男女の駆け引きがあり、これからの互いの関係性を占う前哨戦。それが初デートともなれば尚更である。
だが、互いが互いに敗けを認めている場合はどうなるのだろうか?コレはそんな恋愛弱者な男女の一幕である。
「優くん、紅茶は嫌い?」
「あ、いえ…その……全然、嫌いでは無いと言うか……今は喉が乾いて無いと言うか……」
「嘘」
「え?」
「私、優くんが走って来てくれたの知ってるんだよ?嬉しかった。優くんが優しい男の子だって事も知ってる。けど、そこまで遠慮されちゃうのは嬉しくないなぁ」
(いや、でも間接キス……。先輩はあんまりそういうの気にしないのかな?)
年頃の男子にとって好きな娘との間接キスは気恥ずかしいモノである。だが、相手が意識していないのに自分だけ意識し過ぎているというのも、また気恥ずかしい。
あぁ、結局男女のこういう事については、男側が一生翻弄されるしかないのかなぁ〜と、石上は考える。
何も言わずに空のペットボトルを3つゴミ箱に捨てる自身の姿が、彼女の目にどう映るか……とか、そんな事は考えない。
「では本日のスケジュールを発表しまーす」
ぱちぱちぱち。と、1人拍手をしつつ上機嫌につばめは切り出した。初デートの行き先はつばめが考えて、当日まで秘密という約束である。
自身の考えた綿密なデートプランでつばめにアピールしたたいという石上の想いは『ほら、優くんより私の方がお姉さんだから』と言う良く解らない理論によって封殺された。
「いぇーい」
とは言え、念願の初デートである。何処へ行こうと楽しいに決まっている。そんな感情を石上は自身がいつまで経っても慣れないリア充テンションで表現した。
「先月、駅前に大っきなアミューズメント施設が出来たの知ってる?」
「ああ、あの大手家電量販店が入ってるトコですか?」
「そそ。優くんは行った事ある?」
「いえ、無いです」
「良かったー。私もまだなんだー。じゃ、今日は初めて同士、一緒に仲良く楽しもっか!!」
大型複合アミューズメント施設。9階建の大きな建物の中には温水プール、カラオケ、ボーリング、ビリヤード、卓球、ダーツ、ゲームセンター、プラネタリウム、さらにはドラッグストアに飲食店、家電量販店から忍者屋敷まで、それはもう多種多様なブースがこれでもかと詰め込まれていた。
午前中は2人でボーリングと卓球を楽しみ、今はフードコートで昼食を取っている。此処までのデートはほぼ満点に近い出来映えであった。あくまでも、2人の関係が仲の良い友達程度だとするならば…だが。
「けどさーこれだけいっぱい色々あるのに、優くんの中では家電屋さんのイメージが一番強かったなんて、ちょっと面白いよね」
「すみません」
「んー?なんで謝るのー?」
「いえ、僕は来た事無いんですが、ウチの商品をいくつか置いて貰ってるので、僕的に印象深かったと言うか……」
「優くんのお家ってオモチャ屋さんだっけ?」
「ええ、玩具メーカーですね。それで量販店に馴染みが深いと言うか…まあ、僕自身がゲームとか色々好きだってのもあるんですけどね」
「そっかそっかーー」
石上の事をまた一つ知る事が出来たつばめは、ウンウンと機嫌良く相槌を打つ。恋する乙女は何だって知りたいのだ。『もっともっと、君の事を教えてよ』と、視線に熱がこもる。
「優くんはパソコンとかも詳しいの?」
「いえ、僕はあまりハードには拘らない方なので……ソフトの方ならそこそこ詳しいと思いますが」
「そっかー良いよね。パソコン詳しい人。私はあんまり詳しくないからさーちょっとは勉強しとかないと。ほら、大学生になったらレポートとか色々あるでしょ?」
「あ、なら僕が今度教えてあげますよ」
「ホント?嬉しい〜」
(こうして自然と次に会う口実を作っちゃうのがテクニックなんだよ?私以外の女の子に引っ掛からないでね)
などと、可愛らしく邪な事をつばめが考えているとはつゆ知らず、石上は只々デレデレとひたすら得意気に話し続けた。
その後、昼食の会計で譲り合いの精神が発動したりだとか色々あったが、ここまでは所謂、前哨戦。ここから本領を見せるのが本日のスケジュールである。
(さて、僕はどうしたら良いんだ?この状況)
燦然と輝く満天の星の下、石上はしばし逡巡していた。彼の肩と腕を枕にスヤスヤと寝息を立てるつばめを起こさぬ様、努めて静かに。
この位置だと寝顔が見えないな。きっと、可愛らしい寝顔なんだろうなぁ。などとは思っていない。ちょっとしか。
(今日は朝早くから待っててくれたみたいだし、午前中に軽く運動して、お昼食べた後がコレじゃあ眠くなっても仕方ないよね)
本来なら、デート中に相手が寝てしまうなどショック以外の何物でも無いが、今回に限って言えばソレも有りの様な気がしてしまう。やはり雰囲気は大切だなと、石上は思う。
9階にある立体プラネタリウム。施設内でも1番の人気スポットであり今から予約をしても1か月待ちだとか。
実際に体験してみると、その人気の理由が分かる。まず空調が良い感じで快適だし、星空は綺麗だし、シートはフカフカで座り心地良いし、スピーカーから流れるBGMは凄い良い感じの雰囲気が演出されている。
『先輩。ココ予約制みたいですよ?』
『んー大丈夫、大丈夫。ちゃーんと予約してあるから。さ、入ろ入ろ』
なんて会話を経て、つばめに誘われるがままシートに着座した石上であったが、正直プラネタリウムを楽しむ心の余裕など無い。
(この席、カップルシートじゃん!?)とか。
(えーーーつばめ先輩、いきなり僕の手に触れてきてるーーー!?)とか。
(わざわざ、予約してたって事は、つばめ先輩は最初からココに来たかった?僕とカップルシートに座りたかった!?)とか。
物事を楽観的に考える石上の色ボケた恋愛脳が彼のテンションを上げている。だが、その一方で『自制すべし』と脳が警鐘を鳴らす。
(単純にカップルシートしか空きが無かったんじゃないの?人気のスポットなんだし)とか。
(つばめ先輩は元々、スキンシップが激しい人だし、別に意味は無いでしょ)とか。
(変な期待をするのはもうやめとけ。クリスマスの惨事を忘れたのか?)とか。
臆病で悲観的な石上が彼自身を戒める。もうこれ以上傷付きたくないし、傷付けたくない。それは彼の中で絶対のルールだった。
とは言えこの体勢は辛い。光栄にも枕にされている右肩と右腕が段々と痺れてきた。それに良い匂いがする。顔と頭が近い。もう耐えられない。
(先輩、起こしちゃったらごめんなさい。僕は…僕はもう限界です。これ以上はどうにかなってしまいます)
努めてゆっくりと、決して眠るつばめを起こさぬ様に、石上は姿勢を変え胡座をかいた。そして、自身の膝にそーっと、そーっと、つばめの頭をエスコートする。
「ゆーくん…すきだよ」
(!?!?!?ね、寝言だよな?)
寝言にしてはハッキリと聞こえたその言葉は石上にとっての『今年聴きたい言葉ランキング』堂々の1位であった。
つばめが今どんな夢を見て、何を想って言ったかはわからない。石上にはわからない。だが、応えなければ自身に課せられた難題をいつまでもクリア出来ないと思った。
チャンスかも知れない。罠かも知れない。誤解かも知れない。始まりかも知れないし、終わりかも知れないし、裏切りかも知れないし、嘘かも知れない。それでも石上は答えた。
「僕もです、先輩」
「ホント?じゃあ撫でて欲しいな」
ポン…と、優しく石上の左手がつばめの頭に添えられた。痺れた右腕は動かせなかったのだろう。その様子につばめは満足気に目を細める。
そうして一頻り撫でられる感触を味わった後でつばめは石上の左手を自身の両手で優しく包んだ。
つばめは思う。
(その指輪はもう外しちゃダメだよ)
かくて、2人の初デートは無事に終えた。つばめが考えたスケジュールを全てこなし、今はエピローグに差し掛かっている。
場所は2人が朝に待ち合わせた場所。『じゃあまた。おやすみなさい』と、どちらかが言えばそれでお開きといった状況である。
が、なんとなくこのまま別れてしまうには勿体無い様な気がして、別に延長戦を期待して……とかでは無く、ついつい彼の右腕に抱き付いて離せない彼女の姿があった。
彼も彼で悪い気はしない。気付けば若い男女が2人してベンチに腰を落としそれなりに長い時間話し込んでいる。
「ゆーくん、どうだった?デート楽しんでくれた?」
「はい」
「何が一番良かった?」
「えーと……」
「んー?隠し事なんて傷ついちゃうなー」
「プラネタリウム……いえ、今もそうなんですけど、これだけ密着すると、その、す凄い良い匂い…」
「え?」
「何と言うかですね、すこやかな香りの中に隠れるように甘美な匂いがして来てどうにかなりそう…というかですね」
「ふふ。ありがと。けど、そーいう事は私以外の女の子に言っちゃダメだよ?誤解されちゃうから」
「すみません。気をつけます。あ、それからこの指輪は一生大切にします」
「ホント?嬉しい」
「ええ。以前に付けた小指の指輪が役目を果たしてくれましたから。勿論、左手の薬指に付ける指輪の意味は知ってます」
「うん。大事にしてね。その指輪をちゃんと大事にしてくれるなら、ずっと大事にしてくれるなら、約束してくれるなら、それなら、今日はどうにかなっても良いんだよ?」
「い、いや、そう言う訳には……」
「………。私達、好き同士じゃないの?今日は遠慮無しだって、朝も言ったよ」
「……わかりました。ずっと大事にするって約束します」
その表情は反則ですよーとか、ゆーくんがいつまでも優し過ぎるのがいけないんだよーまじぽよーとか、ぽよ!?とか、楽し気に談笑する男女の声は夜の街へと消えていった。男は見事、宝貝をその手に掴んだ。
◆◆◆
「って感じにしたいなーーって思うんだけど、どうかな?」
うーん。長いですね。しかも良い感じに重くて面倒くさいです。ただ、石上くんの引くくらい気色悪いところとか、自信がなくて奥手なところとかは妙に再現度が高いですね。その辺りも既に子安先輩が受け入れているのであれば、本当に付き合ってさえしまえば、このふたりはズルズルとどこまででも行ってしまうのでしょうねぇ。
やはりお似合いなのでは?と、思えて来ましたが……それにしても、子安先輩……指輪の件、だいぶ根に持ってますね。
「不潔です。不純です。やっぱり最後は身体で解決しようとしてるじゃないですか!全然、純愛じゃない」
「いやいや、そんな事ないよ!ただ、ちゃんと私を好きで、無理強いしない相手にだったらそれくらいはOKするって話じゃん。誰でも良いとかじゃ無いし、全然普通だよ」
好きな異性に抱かれたいと思うのは本能ですからね。こればかりはどうしようもありません。伊井野さんの様な『お子様』にはまだ早いのでしょうけど。大人とはそういうものです。
とはいえ、子安先輩の様に相手にトラウマを植え付けかねないやり方はスマートではありませんが、まあ石上くんですしね、それは良いでしょう。というか、そこまで面倒を見てられません。私だってそうそう暇ではありませんから。
「えーとですね。つばめ先輩のデートプランについては言いたい事が色々ありますが……公平を期す為に、後回しにします。では次、ミコちゃんいってみよー」
「わかりました。学生の恋愛とは、かくあるべしと言うお手本を私が見せてあげますよ」
後編に続きます。