たとえばそれは、こんなお話--
ある日、クズで不真面目な石上は部屋でゲームをしていました。
石上は馬鹿で阿呆で無法者なので部屋に女の子が居るというのにゲームのコントローラーを手放しません。流石にヘッドホンまでつけてると言う事はありませんが…。
みなさんは女の子を放置してゲームに夢中になってはいけませんよ?少しの油断が不仲に繋がってしまいます。
「あのさぁ……お前が言い出したんだろ。俺がゲームしてるとこ見たいって」
「まぁね。私は今、手が塞がって出来ないんだし、人がしてるトコ見てやってる気分になろうかなーーと」
「それにしては、なんか凄い文句言ってなかったか?ゲームに集中してたから良く聞こえなかったけどさ」
「気のせいよ」
そう、気のせいである。伊井野はゲームなどに興味は無いし、あまりプレイしたいとも思っていない。
ゲーム画面に映っているキャラクター自体はアニメか何かで知っている様な気がするが、何をどうしたら勝敗が付くのかもわからない。
先程、石上の操るキャラクターが対戦相手の操るキャラクターを奈落の底に叩き落として消滅させたのは、おそらく石上の勝ちなんだろうとは思うが、その程度である。
「そのゲームってさ何かと戦うゲームなの?」
「まぁ、そうだな。今は世界の誰かと戦ってるよ。誰かは俺も知らないけど」
「へーー。格闘ゲームってやつ?」
「いや、格ゲーじゃない」
「ふぅん。そうなんだ」
石上のベッドに腰掛けてちょこんと居坐わる様は我ながら座敷わらしみたいだな、と伊井野は思う。
(私に幸運をもたらす力なんか無いかも知れないけど……)
「ゲームやめるか?」
「ん、別に続けてて良いよ」
「お前、暇だろ?」
まあ、ぶっちゃけ暇だし、相手が石上で無ければとっくに帰っている事であろう。だが、伊井野は全然嫌な気分では無かった。
ゲームでもなんでも、石上が何かに熱中する様子を見るのは好きだし、今は自分がその時間を独占していると言うのも気分が良い。学校や人前では見せない石上の些細な一面を自分だけが見知り出来るのは至福だ。それに……。
「そういやあんたさ、ゲームする時は前髪上げてんのね」
「いや、だって普通に邪魔だし。そんなハンデ背負って負けたくないし」
「なら普段の生活でだって邪魔でしょうが。何の意地で人生にハンデ背負ってんのよ」
何の意地かは知っている。あの事件以来、石上は髪を伸ばし始めた。何か見たくない物があるのだろう。けれど、そんな哀しい理由で伸ばされた前髪はもっと可哀想だと思う。
(この際、バッサリ切ってやるべきだ)
それが世の為、人の為であり、石上の為だと伊井野は考える。決して、自分の趣味を押し付けている訳では無い。
「男がヘアピンとかゴムで髪弄るのって微妙じゃね?」
「まあ、そうね。あまり見栄えのするものじゃないわ」
「だろ?だから、僕は別にこのままで良いんだよ。それこそ校則違反でも無いんだし」
「でもあんた…前髪上げてた方が、格好良いわよ?」
「はぁ!?」
「……。何を驚いてんのよ」
「いやだって、伊井野が僕にそんな事言うとは思わないからさ。そりゃあビックリもするだろうよ」
実際は本音半分リップサービス半分と言ったところだが……。確かに、前髪を上げている方が好みではあった。
やはり、顔を隠してしまうのは勿体ない。もっと色々な表情を見て楽しみたいのに……。半分しか楽しめないなんて、そんなのあんまりだ。私はもっと、もっとあんたの顔を見てたいの。
なんて事は恥ずかしくて言える筈も無いが、伊井野はわざとらしく笑みを浮かべ、人差し指を立てて切り出した。
「ふふふ。そこで一つ提案があります。次、あんたが負けたら罰ゲームね」
「は?」
「負けたら坊主ね」
「いやいやいやいや、ちょっと待て。重い。罰ゲームが重た過ぎる。何で僕がゲームに負けたくらいで坊主にしなきゃならないんだよ!!」
「さっき、私が暇してないかどうか気にしてくれてたみたいだし?なら、ちょうど良いじゃない。スリリングなゲームを楽しめるわ。失うものが大きい程、より真剣になるでしょ?」
坊主はダメでも、せめて中等部以前の短髪くらいにはしてやりたいと思う。是が非でも。
「大体、僕にメリットが無いじゃないか、誰も得しない」
「そんな事ないわよ。あんたが勝てば私も髪を切ってあげるわ」
「要らない。マジで」
「なんでよ?あんた、ショートのが好みなんじゃないの?私があんたの好みに合わせてあげるってのに、それを要らないと?私に興味がないと?喧嘩売ってる訳?」
自分から言い出した癖に不機嫌になる様はお世話にも優等生とは言い難かった。けれど、石上が絡むとヒステリックになってしまうのは少女特有のどうしようもない感情からくるもので…伊井野は自身のどうしようもなく不安定な感情を抑えるつもりも、その術も持ち合わせてはいなかった。
「そんな事言ってないだろ。ってか、その誤情報はどっから仕入れた。僕は別にショート好みって訳じゃないし……伊井野は今の髪型が似合ってるんだから変に弄るなよ」
「へ?あんたそうなの?」
「うるさいな。別に変な意味じゃないからな」
「ああそう……そうよね。まあ、あんたのメリットは考えといてあげるから真面目にゲームしなよ。負けたら坊主よ、坊主」
「ええーーー。マジで言ってんの?どんだけ坊主推すんだよ…完全にお前の趣味じゃないか」
「そんな事無いわよ。けど、坊主頭は格好良いわよね。モテるわよ?」
「んな訳ねぇ〜〜〜」
まあ、今更そんなモテて貰っても困るんだけどね……。
『世界戦闘力』
詳しくはわからないが石上がプレイしているゲームの成績か何かなのだろう。それが上がれば最終的にどうなるのか?そんな事は知る由も無いが、その数値は500万の大台を超えて尚、じりじりと小刻みに上昇を繰り返している。
伊井野が意外と広いその背中をぼんやりと眺めつつ、あいつってショート好きじゃなかったんだ……とか、私の髪型って似合ってるのかな?とか、私の事ちょっとは女の子として見てくれてるのかな?とか、あいつが憧れたあの先輩はややショートだったのに……とか、色々な事に考えを巡らせ悶々としてる間中ずっと。
要するに、石上はガチ勢相手に連戦連勝を重ねた。余程、己が髪に別れを告げるのが惜しかったのであろう。
それこそ、伊井野が知る由も無い事だが、最近DLCで追加された新キャラクターも封印し、前バージョンから愛用しているメインキャラを引っ張ってくる程度には必死である。
(あぁ……もっと頑張んなさいよ。なんだって、そんな厳つい見た目してる癖に石上のちっこいキャラに吹っ飛ばされてんのよ……!!絶対におかしいでしょ。物理法則とかどうなってるのよ!!)
名も知らぬ翼竜らしきキャラクターはちっこいのが放つ雷撃に巻き込まれそのまま背景の星となった。完全決着。またしても石上の勝利である。
「これで32連勝?やっぱりあんた強いのね。校則違反は伊達じゃないわ」
「いや、最近はマジで勉強もしてるし。伊井野に比べりゃ誤差かも知れないけどさ」
「そんなの他人と比較してどーすんのよ。超えるべきは過去の自分。じゃないと長続きしないよ?勉強は」
「お前が言うと説得力が違うな…」
「まあ良いのよその話は。それより、あんた全然負けないじゃん。どーしようかしらね、ホントに。あー困った困った」
ちっとも困って無さそうな顔をして、あーヤダヤダと首を横に降る。そんなに坊主が嫌なのかしらね?格好良いのにさ……。
とか何とか、ブツクサ言ってる伊井野を尻目に石上はゲームをスリープ状態にし、液晶モニターとの接続を切った。
「ちょっと疲れたから休憩。喉乾いたし、お茶持ってくる。何か食べるか?」
「ん。任せる」
「わかった。ちょっと待ってろ」
「ん」
不意に一人になった伊井野は周りを見回す。予想よりは整頓された男の部屋。漫画とゲームとDVDとパソコンしかない部屋。
本人は勉強も頑張っているとか言っていたが、参考書の類は一切見当たらない。隠しているのだろうか?男が隠すべき書物としてはジャンルが違うのでは?まったく何の意地なんだか…。あぁ、この身が自由に動くなら今の隙に本棚に隠してある、いかがわしい本を見つけ出して、戻ってきた石上を詰問してやるのになぁ。
いかがわしい本と言えば…この間読んだ女性向け雑誌に書いていた。高校生の3分の1は経験済みでその場所は『彼氏の部屋』が断トツ1位。
まだ彼氏彼女の関係じゃないけれど、年頃の女子がクラスメートの男子の部屋に上がり込み、あまつさえ、男子のベッドに腰掛けてるのは…『意味』出ちゃうよね……。その辺り、あいつはどう考えているのだろう?全く、意識していないと言うのなら……こっちにだって考えがある。意地でも意識させてやる。私だってあのゲームのちっこいキャラクターみたいに『出来る子』なのだ。
「なによ?」
「いや、ちょっと多目に持って来たつもりだったけど、見事に平らげたなぁ〜と、思ってさ」
石上が持って来たお菓子を全て空にした伊井野は睨め付けながら開き直った。
「どうせ、私は食い意地の張ったデブ真っしぐら女ですよ」
「別に何も言ってないだろ」
「仕方ないでしょ。今は怪我を治すのにエネルギーいっぱい使うのよ」
「だから僕は何も言ってないだろ」
「ふんだ。私は別にダイエットなんかしていないし、まだまだ成長期なんだから、これで良いのよ。食べた分は私の血肉になるんだから」
「わかったから。あとお前それ生徒会室では絶対に言うなよ」
伊井野とて無意味に石上家の菓子を貪り食った訳ではない。これには相応の理由があった。
まず、腹が減っては戦が出来ぬ。戦前の腹拵えは基本だ。次に糖分が足りなければ良い案が浮かばない。良い餡。あぁ、さっきのどら焼き美味しかったなぁ。もっと食べたいなぁ。
いや、違う違う。そうじゃなくって……腐っても学年一を誇る頭脳をフル回転させ、伊井野は知略を練った。
「ねえ、さっきの話だけどさ……あんたの好きにして良いよ」
「え?なんの話?」
「結局あんたさ、坊主頭を嫌がってちっとも負けないし。流石に今回は諦めたわ」
「それは良かった。出来れば永遠に諦めて欲しい」
「嫌よ。事ある毎に狙ってやるわ。まあ、それはそれとして、今回は潔く敗けを認めるわよ」
「うん。ありがと」
「じゃ、そーいう事だから。私の身体好きにして良いわよ。今日だけ。特別に」
「うん?何がそーいう事なのか意味がわからないけど、お前何言ってんの?馬鹿なの?」
「Hしよって言ってんのよ。うだうだ言ってないで雰囲気に流されてなさいよ。こっちも恥ずかしいんだから」
「それ本気で言ってるんだったら…本気で怒るぞ?」
「冗談だったら良い訳?本気なのに怒るの?私は………。私だって……」
「何、泣いてんだよ」
「泣いてなんか……、泣いてなんか無い!!」
-そっと。石上の右手が伊井野の目尻に溜まった涙を拭った。
ハンカチも使ってくれない不器用な優しさが余計に辛くて…その日は泣いた。中等部の頃から久しく泣いた。人前での涙は初めての経験だった。
「落ち着いたか?」
「………。石上に泣かされた。責任取れ」
「なんでだよ……。まあ、いつもの調子に戻ってくれて良かったか」
「話、聞いてくれる?」
「いくらでも」
「私は石上が好き。あんたが私以外の誰かが好きでも、あんたが私の事を好きじゃなくても、あんたが傷付いても、あんたを傷付けてでも、あんたが私に優しくなくても、恋愛対象じゃなくても、嫌いでも、嫌な女だと思われても、顔も見たく無くても、声も聞きたく無くても、思い出したくも無くても、振り向いて貰えなくても、嘘ついて、騙して、陥れてしまう位に石上の事が好き」
「ありがとう。でも僕は……」
「関係ない。奪い取る」
「そっか。嬉しいけど、応えられない」
「諦めない」
「だけど無碍には出来ない」
「は?」
「だってそうだろ?伊井野の気持ちは……その感情は僕にも解る。僕だって同じなんだから。だから無理に諦めろとは言えない。けど、僕は自分の事で精一杯なんだ。だから、その面倒までは見てやれない」
「呆れた。私をキープしとこうって訳?ホントにあんたって男はぽよみがえぐいわね」
「知らないよ。伊井野が勝手に惚れたんだろ?僕は何もしてないって言うのに……。僕は最低だぞ?知ってるだろ?」
「知ってる。あんたのその最低振りは、私じゃないと釣り合い取れないわよ。私の最低振りも知ってるでしょ?」
「どうせいつかダメな男に引っかかってロクな事にならないとは思ってたよ」
「中々、鋭いじゃない。今、まさに、そうなってるわね」
「はぁ……。僕達は割と似た者同士なのかも知れないな」
「そうね。だから、私もあんたに恋を諦めろとは言えないわ。けどね…、アナタが恋破れた時は私の身体にその悔しさを全てぶつけて…?」
「随分、僕にとって都合いいな。そういうゲスな事はしたくない」
「仕方ないじゃないそういうのに惹かれてしまったんだから。結局、許してしまうのよ。『あなたの事を愛します』って」
「人を勝手にダメ男にするな……。こうなったら僕は絶対につばめ先輩と付き合ってやる」
「3月」
「へ?」
「そこまで言うのなら3月までに、つばめ先輩が卒業するまでにケリをつけなさいよ。もしダメだったら……」
ダメだったら………。そんな消去法で私を選ぶ事は無いだろう。もう彼が、私を甘やかす事は無いのかも知れない。
今迄の関係を壊してまで彼の愛を望むべきじゃないのかも知れない。ずっと言わずに墓まで持って行くべきだったかもしれない。
けれど私は初恋を諦めない。この傷も、愛の想い出なのだから。
◆◆◆
「-と、言う感じでどうでしょうか?」
うーん。途中までは良い感じだっただけにオチの酷さが際立つわね。
私も将来が不安になってきた。ミコの事をどうこう言ってる場合じゃないかも知れない。
あぁ、けど翼君が渚と別れた後にワンチャン狙うってのは、かなり有りなのよね……、というかそれしか手が無い訳で……あぁ、悩むぅ〜。
「純愛とか言って伊井野ちゃんも結局、やる事やろうとしてるじゃんか!!しかも泣き落としだし。それはちょっと卑怯じゃない?あと、私をダシにしてるしさ」
「先輩。恋愛は戦なんですよ。戦場で背後から撃たれた兵士が卑怯とか言っても笑われるだけです。悔しければ卒業までに勝負を決めたら良いじゃないですか」
それを言うのだったら戦争には戦争のルールがあると思うのよね。ミコは確実に戦犯になると思うけれど…。
そもそも優が中途半端な優しさ振りかざしてミコをゴリッゴリに甘やかすからいけないのよ。好きな人居る癖にさ。
「はいはい。って感じで、おふたりのデートプラン?えーーっとデートプランだと言い張る何かを聞いたところで私が纏めに入っちゃいますよー。耳をかっぽじってよーく聞いて下さいねーー」
次回、最終話予定です。
ここでネタバレ。オチは
1 石つば
2 石ミコ
3 石??
のどれかです。