天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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Episode:09

「おっと、そういえばもう決勝戦だなぁ」

「ん? あぁ、もうモンド・グロッソそこまで進んだの?」

「うん。なんか特集でもやってるかな? 見てみよ」

 

 

 束とお茶を楽しんでいたハルは、ふと思い出したようにディスプレイを展開する。映像にはコメンテーター達が優勝者はどちらになるのか、ハイライトを流しながらコメントしている所だった。

 束は興味なさげに視線を逸らす。ハルも流し見るように見る。ふと気になったのは千冬が過去のインタビューに答えている映像の音声だった。

 

 

『織斑選手、もしも2連覇を達成出来たら真っ先に誰に伝えたいですか?』

『それはやはり弟です。感謝するならば私を支えてくれた弟に伝えたいと思っています』

 

 

 千冬の返答にハルはそういえば、と思い出す。織斑 千冬には弟がいたな、と。少し気になって束へとハルは視線を向けた。

 

 

「ねぇ、束。織斑 千冬の弟ってどんな子?」

「ん? いっくんの事? いっくんはね……鈍いけど素直で良い子だよ」

「鈍い?」

「うん。あれは将来、朴念仁になるよね」

「ふーん。顔は良いの?」

「私が直接顔を合わせたのってもう3年前になるから何とも言えないけど、まぁ顔は整ってたよね。将来が楽しみー、て奴」

 

 

 あの千冬の弟だ。容姿が整っているという事であればやはり似ているのだろうか、とハルは考えてみる。

 束曰く、鈍感で朴念仁になる。なんかお話の中の主人公みたいだな、とハルは考える。そこで何かが喉の奥に引っかかったような気がした。けれど些細な事かと違和感を飲み込む。

 

 

「ふーん。そのいっくんは日本で観戦してるのかな?」

「ちーちゃんの晴れ舞台だからねぇ。観戦に来てるんじゃない? あ、ちょっと探してみようか?」

「え? 出来るの?」

「ちょっと空港のメインコンピューターとかハッキングすれば探せるでしょ」

 

 

 さらりととんでもない事を当たり前のように口にする束にハルは苦笑する。まぁ束なら見つかるなんてヘマをする筈もないか、とハルは興味を優先して束に調べて貰うようにお願いをする。

 決勝が始まるまでの時間が長く感じる。どんな試合になるのかな、とハルが期待に頬を緩ませようとした瞬間だった。束が勢いよく立ち上がり、束の座っていた椅子が大きな音を立てて倒れる。

 

 

「? 束? どうしたの?」

「……嘘。どこのどいつの仕業? 巫山戯た真似を!!」

 

 

 怒りを露わにして束は叫んでいた。今まで見たこともない束の激情にハルは眉を寄せて問いかける。

 

 

「……束? 何かあったの?」

「いっくんが誘拐された!」

 

 

 誘拐。その二文字の意味を悟り、ハルは呆けたように声を漏らした。その間にも束がコンソールを呼び出して指を荒々しく踊らせる。次々と目まぐるしく束の前にディスプレイが表示され、束は状況を確認していく。

 

 

「織斑 千冬の弟が拉致されたって……このタイミングで!? 犯人は!?」

「今、データを洗ってる!」

 

 

 監視カメラのデータや通信データなど、ありとあらゆる情報をハッキングして引き摺りだしながら束は千冬の弟である一夏の行方を探る。

 その傍らでハルは思考を働かせていた。このタイミングで一夏が攫われたのは外国に訪れ、警戒のスキを突かれたのではないか、と。そして一夏を攫った目的は何か。

 

 

「……織斑 千冬に棄権させる為、とかか?」

「だとしたらそんなくだらない真似をした奴らは完膚無きまでに潰してやる」

「でもだったら怪しいのは対戦国だけど……」

「どこもかしこも混乱してるよ! 表には出てないけど裏では大騒ぎだよ! ちーちゃんも大暴れしかけたみたいだし」

「誘拐されたって事は弟くんは生きてる。じゃないと利用価値がないだろうしね。……束、やっぱりIS絡みだよね?」

「だろうね。じゃないといっくんが誘拐されるだなんて考えられないよ。……見つけた!! 」

 

 

 監視カメラの映像を洗っていた束は一夏の姿を確認する。空港を出た所、地図を見ている所を女性に声をかけられているのが見える。映像の中の一夏は戸惑ったように女性に受け答えをしているようだった。

 そして話が終わったのか、一夏が立ち去ろうとした瞬間に女性が一夏の肩に手を置き、その首に手刀を叩き込んで意識を失わせる。鮮やかな手口だった。護衛だったのだろう、私服を纏った男性がすぐさま女性を取り押さえようと飛びかかる。

 が、男性達はすぐさまはじき飛ばされる事となる。――女性が部分展開したISによって。そして女性は一夏を抱きかかえて逃亡する所まで見えた。そこで束はもう用済み、と言わんばかりにその映像を消す。

 

 

「今のってIS!? やっぱりどこかの国の陰謀?」

「国がやるには短絡過ぎ。多分これ、盗まれたISだ」

「盗まれたIS?」

「そう。どっかのお間抜けさんが謎の組織にISを奪われたって話。国の恥だから公表なんてされてないけど、束さんの情報網にはしっかりと引っかかってるから。……確か、名前は亡国機業<ファントム・タスク>」

「大層な名前だね……。まさか一夏を攫ったのは一夏の身柄そのもの?」

 

 

 二人の間に緊張が高まる。何故ならここには謎の組織に実験台にされたハルがいるのだ。知るが故に想像が出来る。もしも一夏の身柄そのもが狙いならば一夏の身が危ないと。

 ハルは自分の身体が実験に使われ、辛い思いをしたという記憶はない。だが知っている。自分の事で束がどれほど悩み、苦しんだかを。

 ハルは自らの首にかけていた雛菊を握る。ロケットペンダントを開き、中のコアにそっと触れる。瞬間、コアが反応を示したように光を点滅させる。ハルは応じるように頷き、決意を固めて束に声をかけた。

 

 

「束、今のラボの現在位置はどこ?」

「ハル……? ……まさか行くつもり!? 何言ってるの!? ダメだよ!!」

 

 

 ハルの確認に束はハルの意図を察して目を見開いて叫んだ。ハルは言っているのだ。自分が一夏を助けに行くのだ、と。

 

 

「今こいつ等を一番早く追えるって言ったら束でしょ? だったらそれで一番早く動けるのは僕だ。なら僕が行く方が早い。相手にISがいるならISじゃなきゃ対抗出来ない」

「それでハルの存在がバレたら!!」

「顔ぐらい隠すさ。それに国を出し抜くような組織なんでしょ? 下手して逃げられて束ですら追えなくなったら終わりだよ。実際、僕に実験を施した組織は見つかってないんでしょ?」

「それはそうだけど……! わ、私が軍に情報を流せば!」

「出所不明の情報を誰が信じるって言うのさ?」

「じゃあちーちゃんに直接連絡を取れば!」

「目的が千冬本人だったらどうするの? それこそ飛んで火にいる夏の虫じゃないか」

「そ、それは……」

「僕が行けば相手にとっても予想外になる。不意打ちを与えられる。僕と雛菊なら織斑 一夏を抱えて逃げる事だって出来るでしょ?」

 

 

 淡々とハルは束を睨みながら言う。自分ならば出来る、と。だが束は認められないと首を大きく振ってハルを睨み付ける。

 

 

「ダメ! ダメったらダメ!! 危ない事はしないって約束したでしょ!!」

「じゃあ一夏って奴が僕と同じ目になっても良いって良いの?」

「それは嫌ッ!!」

「だったら……」

「それでも嫌ァッ!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァッ!!」

 

 

 子供のように首を振りかぶって束は叫ぶ。ハルに託した雛菊が幾ら高性能であろうと、ハルが前代未聞の適正を持つIS搭乗者だとしても束は認める訳にはいかなかった。

 ハルを失いたくない。だから外に出したくない。その思いは束の中から完全には消えていない。自分の手元に置いておきたい。だから一夏を助けに行くなんて認められる筈もなかった。

 だがハルの言うことも尤もだ。このままだと幾ら束と言えど一夏を見失う可能性がある。事実、ハルを作り出した組織を追う事は出来ていないのだから。そうなれば一夏の身がどうなるかなど想像もしたくない。

 ハルと一夏。どっちも失いたくない大事な人だ。だからこそ束は拒絶する。聞きたくないと言わんばかりに耳を塞いで縮こまる。息は荒く、瞳には涙が浮かんでくる。

 縮こまる束にハルは近づく。膝を付いて束の肩に手を置く。だが、束はその手をはね除ける。それでもハルは束に詰め寄り、払いのけた束の手を自分の手で握って束に声をかける。

 

 

「束。お願いだ。行かせてくれ」

「やだぁ……!」

「束、僕は許せないんだ」

「何が許せないって言うのさぁ!?」

「束の夢を穢す奴がいるからだ!」

「え……?」

 

 

 今まで淡々と話していたハルは突然、爆発したように怒りを露わにして叫んだ。

 吐息を震わせて、唇を一度強く噛みしめる。顔を俯かせながらハルは絞り出すような声で再び叫ぶ。

 

 

「束は! こんな奴の為にISを作ったんじゃないだろう!? 束の夢の為の翼なんだろう!? 親友と作り上げた大事なものなんだろう!? それをこんな風に使われて悔しくないの!? 僕は悔しいよ!! 雛菊と同じ子を、束の夢を人を苦しめる為に使われるだなんて真っ平ごめんだ!!」

 

 

 ハルが怒っていた理由はISが人を害為す為に使われた為だ。本来は束が宇宙の進出を目指して作り上げられ、だが叶う事はなく兵器として姿を変えていくIS。それはまだ良い。それは仕方ない事だとまだ諦められた。

 だからハルはモンド・グロッソを楽しみにしていたし、ISの操縦技術を高めて競技に挑む人達に怨みなどない。少しでも束の夢が生きている事がわかるから。誰かと共にあるISの姿がそこにあるから。

 だが一夏を攫った犯人はISを使って一夏を誘拐した。よりにもよってISを使ってだ。だからこそハルは怒っていた。自分のパートナーと同じISを、束の夢を馬鹿にされたような気がした。だからこそハルには我慢ならなかった。

 

 

「束が世界に受け入れられないのはどうしようもない! だって束は凄いから! ISが兵器になっちゃったのも仕方ない! それだけ凄かったから! 束の願いが理解されないのは、きっと今の世界に早すぎたからだって諦められる!! でもこいつは! そんな束の夢を馬鹿にした!! こいつは本当にISを兵器にしてしまう!! そんなの認められるか!!」

 

 

 息を途切らせながらハルは叫ぶ。ハルの叫びを受けた束は呆然とハルの顔を見つめた。束が見つめる中、ハルは涙を流していた。ひくつかせるように嗚咽を零しながら、悔しさに震えていた。

 

 

「悔しいんだよ……! ただでさえ束の夢の足を止めさせているのに! だから止めたいんだ! 頼むよ束! こんな悔しい思いをさせられて黙ってろなんて僕には辛い……!!」

 

 

 項垂れるように俯き、涙を流しながらハルは束に懇願する。束はただハルの言葉を受け止めていた。お互いが言葉を無くす中、束のプライベート回線を通じてメールが送られてきた。

 メールを送ってくる相手など一人しかいない。束は震える指でメールを開く。メールの内容を見て、束は堪えられないように顔をくしゃくしゃに歪めて涙を零した。

 

 

『雛菊は母の夢を守る』

『ハルと雛菊を行かせて』

『雛菊達は母を悲しませる事を望まない』

『行かせて』

『お願い』

『守るから』

『悔しい』

『助けたい』

 

 

 次々と、次々と雛菊からのメールが相次いで届く。雛菊もまた現状を把握していた。ハルの願いに呼応し、雛菊も願う。母の夢が、自分の存在意義が穢されている事が許せないと。だから守るのだ、と。

 愛し子達が叫ぶ。貴方の夢を守りたいのだと。束の夢を到達点を見せたハルが、束が生み出してこの世に送り出した雛菊が。ただ束を思い、愛するが故に決意を露わにしている。

 

 

「うぁぁああ……っ!」

 

 

 心が震えない筈がない。くしゃくしゃになった顔を隠すように両手で覆って束も泣いた。こんなにも愛されている。こんなにも怒ってくれている。こんなにも悔しがってくれている。ありがたくて、ありがたくて心が震える。

 

 

「悔しいよぉ! 私だって悔しいよぉ……! ずっと諦めてたんだもん! 我慢してきたたんだもん! 努力してきたんだもん! でもぉ! こんな事の為になんかじゃないっ!!」

 

 

 ハルと雛菊が見せてくれた一心同体の姿が、二つの思いが一つになって空を舞う瞬間が目に焼き付いて離れない。束が夢見た光景が束に夢への希望を思い起こさせていた。まだ諦めなくても良いんだと強く思えた。

 だから言える。本当はISを兵器になんてしたくなかった。世界に認められないのが悔しかった。世界すら憎んだ。だから全てを諦めて世界に絶望した。ただ結果だけを求めて邁進してきた。

 ようやく、ようやくだ。ようやく束の夢が一つの形となって実を結ぼうとしているのだ。だからこそ悲しいのだ。

 

 

「でも、嫌!! ハルが行くなら我慢する!! 我慢するから行っちゃヤダァッ!!」

「束……」

「やだやだ……! 行っちゃう、ハルが行っちゃう。やだやだやだ、絶対やだ……! 私は、ハルが居れば――」

「ッ、それ以上は言っちゃダメだッ!!」

 

 

 束の言葉を遮るようにハルは叫ぶ。束はハルの怒声に身を竦ませた。

 

 

「ダメだよ。束。絶対にそれだけは言っちゃダメだ……!!」

「ハル……」

「僕等なら出来る。大丈夫だから……! 信じて! 束! 束の夢は誰かを守る事が出来るんだ! 僕が証明する! そして世界に知らしめよう! 束の力は争う為の力じゃないって! 人が高く、速く、どこまでも無限な空に向かう為の翼なんだって!!」

 

 

 信じて、とハルは叫ぶ。

 

 

「必ず帰ってくる。だからお願い……!」

 

 

 ハルは涙に濡れる瞳で束を真っ直ぐ見つめながら、不器用に笑顔を浮かべる。そして震える手を束へと差し出す。小指だけ立てた手を束に見せてハルは言う。

 

 

「約束、しよう?」

「……約束」

「束、僕は必ず君と宇宙に行く。約束するから」

 

 

 震えるハルの手を見つめ、束は自分の手を見た。ハルと同じように震えている手を見つめ、唇をきゅっと噛みしめた。

 束の伸ばされた小指がハルの小指と絡む。震えながら二人で口ずさむのは約束の歌。

 

 

「指切り、げんまん……」

「嘘ついたら……殺す?」

「……違うよ。……嘘突いたら、はりせんぼんのーます……」

 

 

 

 

 

「「ゆび、きった」」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

(……なんだよ、これ)

 

 

 目を覚ましたら身体が拘束されていた。訳もわからず織斑 一夏は現状への恐怖を覚えた。自分が最後に覚えているのは道を尋ねてきた女性に不慣れながら道を教えた記憶。

 穏やかな笑みを浮かべて地図を見せて欲しいと尋ねられたからだろう。一夏の警戒心が下がっていたのは。初めての外国に来て、ISの世界大会に臨もうとした姉を応援しに来た一夏だったが、外国という未知の地は思った以上に一夏に不安を与えていた。

 その一瞬の安堵を突かれた結果、一夏は囚われの身となってしまった。ここはどこなのか、今何時なのか、一体どれだけ経ったのか、自分はどうなってしまうのか恐怖に身体が震えた。

 

 

「あら? 目を覚ましたかしら?」

「んんっ!?」

 

 

 声の方へと視線を向ければそこには一夏に道を尋ねた女性が佇んでいた。目を覚ました一夏を覗き込むように見て、一夏を安堵させた雰囲気のまま、一夏を窘めるように言葉を紡ぐ。

 

 

「でも大人しくしてて頂戴。そうすれば痛い思いをしなくて済むわ。貴方には申し訳ないとは思うわ。でもね、お姉さんも逆らえないのよ」

「んんーっ!! んんーッ!!」

「何を言ってるのかわからないわ。でもごめんなさい。それ、外してあげられないのよ」

 

 

 笑みを浮かべる女性に一夏は暴れようとするも、拘束されている身では藻掻くのが精一杯だ。そんな姿を女性はただ先ほどを同じ笑みを浮かべている。

 ぞく、と。一夏は身を震わせた。笑っているようにまるで笑っていない。同じ表情を貼り付けただけのような女性の姿に一夏は怖気を感じて震えた。

 

 

(怖い、怖い、怖い――ッ!)

 

 

 脳裏に浮かぶのは姉である千冬の姿。幻影に縋るように一夏は固く瞳を閉じる。そんな一夏を眺めていた女性だったが、不意に何かに気付いたように勢いよく振り返った。

 同時に破砕音が鳴り響く。部屋を遮っていた扉がその機能を失い、吹き飛ぶ。吹き飛んだ扉は女性に向かって飛んでいき、女性は慌てて扉から逃れるように後退る。

 

 

 

『――見つけた』

 

 

 

 機械によって変声された声が響いた。女性は身構えるように腰を落とし、声の方へと視線を向けた。そして驚愕に目を見開かせる。

 そこにはバイザーで顔を覆い尽くした人影があった。その人影は白を基調に桜色を散らした装甲と翼を纏っていた。

 IS。女性が小さく呟きを零す。白きISは一夏と女性の間に立ち塞がるように立っている。女性は警戒するように白いISに視線を送る。

 

 

「貴方、何者かしら……?」

『……』

「ダンマリかしら? お姉さん、ちょっと困る、かな?」

『――動くな』

 

 

 会話で注意を惹き、動こうとした女性の行動を遮るように白のISが動く。女性は咄嗟にISを部分展開し、腕を盾にした。瞬間、白のISが繰り出したミドルキックが女性に炸裂し、女性が吹き飛ぶ。

 蹴り飛ばされた女性はすぐさま着地し、態勢を立て直す。あらあら、と困ったような声を上げる。それでも笑みは変わらずのままだ。服の汚れを落とすように手で払って、女性は態勢を立て直した。

 

 

「予想外のイレギュラー。困ったわね。迎えはまだ来ていないのだけれど」

『……』

「ところで貴方、どこの手の者かしら? 未確認のIS……織斑 一夏の救出が目的? まさか“博士”の手の者なんて言わないわよね?」

 

 

 白のISはただ沈黙を保ち佇むのみ。一夏との間に立ち塞がる姿に女性はふぅ、と吐息を零した。

 

 

「仕方ないわね。これじゃ私の目的は失敗。どう? 逃げようと思うのだけれど、見逃してくれるかしら?」

『……』

「沈黙は肯定と受け取るわ。お互い良い取引をしましょう。貴方はその子の命を。私は私の命を。フェアじゃない? 同じ命の取引だもの、ねぇ?」

『……』

 

 

 女性の問いに答えず、白のISは一方後ろに下がり、拘束されている一夏を抱き上げた。一夏の無事を確認するように一夏を見つめていた。確認が終わったのか、宙に浮かび、その白き翼を広げた。

 広げた翼より光が溢れ出し、闇を置き去りにするように白きISは飛翔した。狭い通路の中、残光だけを残して去った白のISを見送り、女性もまた、闇に溶け込むように姿を消す。

 

 

 

 

 

「こちらスコール。イレギュラーが発生。未確認のISに接触。ターゲットを確保されたわ。作戦は失敗。今から離脱するわ。回収ポイントを変更して。よろしくね」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……ぷはっ! あ、ありがとう……」

 

 

 一夏は噛まされていた猿轡を白のISの手によって外されていた。身体の拘束も解きながら一夏を抱いて白のISは無言のまま飛翔する。バイザーによって隠された顔は間近であってもどんな顔か確認する事は出来ない。

 

 

「な、なぁ、どうして俺を助けてくれたんだ?」

 

 

 先ほどから無言で一夏を抱えて飛ぶ白のISは何も答えない。誘拐犯から助け出してくれた相手だとはわかるのだが、こうも無言だと逆に不安になってくる。まさかこいつも誘拐犯? と睨み付けて見るもそれでも白のISは何も言わない。

 ここで暴れても無意味だろう。ISの力には一夏では抗いようもない。ただ為すがままに運ばれていた一夏だったが、不意に機械で変声された声が一夏に囁く。

 

 

『外だ』

 

 

 告げるのと同時に闇の中から抜け出す。一夏と白のISは日の光を浴びた。思わず眩しさに手を掲げて光を遮る一夏。今までの閉塞的な空間から解放された事から、一夏は少し安堵した。

 そのまま白のISは大地に着地し、一夏を大地に下ろす。久しぶりに大地に足を踏みしめた事に一夏は安堵の吐息を零す。泣きそうになったが、なんとか堪えて涙を飲み込む。

 しかし、と一夏は白のISへと目を向ける。一夏の様子を窺うように一夏の肩に手を置き、バイザー越しに見つめてくるISを見て思う。やっぱり喋れるんじゃないか、と。なぁ、と一夏がもう一度問いかけを投げかけようとした時だった。

 

 

 

 

 

「一夏から、離れろぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

 一夏の耳に聞き慣れた姉の声が飛翔の音と共に聞こえた。

 一夏の側に膝をつく白のISに向けて一直線に飛翔する影は世界最強、織斑 千冬。

 憤怒に荒れる戦乙女はただ激情に任せるままに最強の刃を振りかぶった。


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