天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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Episode:12

 晴天の空。風によって白い雲が流されていく。雲の下には海が広がっている。

 見るからに穏やかな海景色。だが、その平穏は壊される事となる。下から雲を突き破るように飛翔する影が2つ。

 片方は雛菊を纏ったハルだ。桜色のコントラストが鮮やかな白の翼を羽ばたかせて飛翔する。ハルを追って飛翔するのはラウラだ。ラウラの身にはまるで黒い騎士のような装甲を持つISが装着されていた。異色の双眸をハルへと向け、ラウラが吠える。

 

 

「行くぞ! ハル!!」

「いつでもどうぞ! ラウラ!!」

 

 

 ラウラの手に持つ2丁のライフルが火を噴く。放たれたのはレーザー。ハルを狙うレーザーはハルの身を穿たんと迫るも、ハルはレーザーを悉く回避していく。そのままラウラから距離を取ろうと飛翔する。

 ラウラもハルを追い、レーザーライフルを連射する。ハルは一切の反撃を行わず、ただ自由に空を舞う。忌々しい、と言わんばかりにラウラは舌打ちをする。だが、どこか楽しげに笑みを浮かべた。

 

 

「なかなか捉えさせてくれないか! だからこそ面白い!!」

「そう簡単に当てさせないよ! 今度はこっちの番!!」

 

 

 ハルは身を回転させるように飛翔の軌道を変える。ラウラのレーザーから逃れながらハルはラウラの背後を取った。ラウラは突然のハルの方向転換について行けず、背後を取られる事となる。

 すぐさまラウラは対応せんと振り返り、二丁のレーザーライフルの引き金を引いて弾幕を張る。ハルはラウラの放つ弾幕の雨を潜り抜けながらラウラとの距離を詰めていく。

 

 

「機動力では勝てないか! ならば迎え撃つ!」

「させると思う!? 雛菊!!」

『加速する』

 

 

 雛菊のサポートを得て、ハルは拳を握る。ウィングユニットの展開装甲を全開にし、溢れ出した光が光量を増す。

 溢れ出した光はウィングユニットに吸い込まれるように消え、爆発したように発光。ハルは弾き出された砲弾のようにラウラへと迫る。

 

 

「瞬時加速<イグニッション・ブースト>!!」

 

 

 ハルの急加速にラウラが正体見破ったり、と叫ぶ。だが加速の原理が割れた所でハルは気にせず突撃する。ラウラの反応よりもこちらの到達が速い。

 ハルの拳、正確には手甲の装甲が開いて光が溢れ出す。放出された光は刃となって固定化される。

 ラウラを目掛けてて突き出されたハルの拳はラウラのISの装甲に触れ、削らんと迫る。これを巧みにラウラは身を捻る事で被害を最小限に抑える。

 それでも激突の衝撃で弾き飛ばれる。態勢を立て直し、苦し紛れのレーザーを放つもハルには当たらない。

 

 

「相変わらずデタラメな加速を!」

「反応出来るラウラも大概だけどね」

「次は近づけさせんぞ!」

「近づかないと勝てないんだから、詰めさせてよねッ!!」

 

 

 再びハルが反転し、ラウラに迫ろうとする。ラウラは手に持っていた2丁のレーザーライフルを量子化して保存領域に格納する。空いた両手を胸で交差させて両肩の装甲を叩く。すると肩の装甲の一部が分離し、ラウラの手甲部分に接続される。

 それは円盤。ラウラの両手の上で激しく回転をし、火花を上げながら勢いを増していく。円盤を構え、ラウラは真っ向からハルを迎え撃つ。

 

 

「せりゃぁっ!!」

「ッ!」

 

 

 迫ってきたハルを叩き落とす勢いで振り抜かれた手刀。ラウラに向かって突撃していたハルは身をよじるようにして躱し、ラウラの横を擦り抜けるようにして通り過ぎていく。

 ラウラはすぐさまハルが通り過ぎた方へと機体を反転。その勢いで片手を振り抜くとラウラの手甲に装着された円盤が解き放たれ、ハルに向かって飛翔していく。

 ハルは脚部の装甲を展開し、先ほどの手甲と同じ要領で光を固定化。即席のエネルギーシールドに変化させる。そのまま空中でサマーソルトを決めるように回転し、円盤を蹴り上げる。

 円盤はラウラの手甲の接続部分からワイヤーが伸びていて、巻き上げられるようにラウラの腕の元へと戻る。円盤を巻き戻している間も、円盤の迎撃の為に足を止めたハルに接近する。

 

 

「当たれッ!」

「当たるか!」

 

 

 円盤の回転を叩き付けるように拳を振るうも、ハルは翼を羽ばたかせ身を捻って避ける。ラウラを軸にハルは回転し、そのままラウラの背を蹴り抜いて加速。ラウラから距離を取る。

 ラウラが空中で前転し、両手の円盤をハルに向けて放つも空振り。再びワイヤーを巻き上げて円盤はラウラの両手に収まる。ラウラは円盤を肩部分の装甲に再装着させ、両手をハルに向ける。

 

 

「逃さんッ!!」

 

 

 ラウラの異色の双眸の片眼、金色の瞳が輝きを増す。ラウラの視界が切り替わり、ハルをターゲットとしてロック。量子化していた武器を呼び出し、握りしめたのは先ほどのレーザーライフル。

 ラウラの視界にハルを中心として、無数のハルの姿が浮かび上がる。浮かび上がったハルに1、2、3、と優先順位を付けるように数字と色つけが施され、ラウラは迷い無くレーザーライフルの引き金を引いた。

 ラウラが放ったレーザーにハルは回避行動を取ろうとするも、ぎこちなく翼を羽ばたかせて逃げまどう事となる。ラウラの砲撃が“ハルの回避先”を穿っていったからだ。

 

 

「ヴォーダン・オージェか!」

「行動予測支援システム“森羅万象”、起動……! 今日こそ全て捉えてみせる!」

「ならその予測の全てを僕は超える! 雛菊! 全展開装甲を全開に!! 最大戦速で振り切る!!」

『了解。振り切る』

 

 

 ハルの全身の装甲が開き、光が溢れ出す。装甲の全てから光を放出したハルは残光の軌跡を描いて飛翔する。ラウラもまた滞空し、ハルを追うようにレーザーライフルの引き金を引く。

 ラウラの視界の端にはカウントが存在し、1秒経つ事にカウントが減っていく。そしてそのカウントがゼロになった瞬間、視界が通常のものへと変わり、“システム停止”のメッセージが表示される。

 

 

「くそっ、捉えられなかったか!」

 

 

 ラウラが身につけた行動予測を視覚化出来る“森羅万象”の優位性は高い。だが、それはラウラの瞳に仕込まれた疑似ハイパーセンサーであるヴォーダン・オージェを使用したシステム。このシステムはラウラの身体に負担を強いるものだ。

 現にラウラは頭痛に苛まれている。行動予測を行う為に集積した情報がラウラの脳に過負荷を与えたのだ。だがこれでもマシになったとラウラは実感している。間違いなくこの“森羅万象”のシステムを組み上げた“彼女”は天才なのだと。

 

 

「くぁ……! コレ以上は無理ッ……!」

『加速停止。ハル、大丈夫?』

「大丈夫……!」

 

 

 一方でハルも苦しんでいた。全展開装甲を解放しての加速は歴代のISを紐解いてもトップクラスの加速だ。だがこの加速はISのPICでも殺しきれぬGがハルに襲いかかるというリスクを背負っている。

 気が遠くなるような圧迫感の中、加速を終えたハルは目を充血させながら息を吐き出す。やや酸欠気味の脳が痛む。しかし戦いは終わっておらず、ハルはラウラへと視線を向け直した。

 

 

「まだ、ここからぁ!」

「こちらもやれるぞ! 落ちて貰うぞ! ハルゥゥゥッ!!」

「上等! やってみろ、ラウラァァアッ!!」

 

 

 互いに負けじと声を上げる。再び円盤を両手に装備し、回転音を上げながら迫るラウラと、展開装甲を開き、光を手甲に纏わせたハルが互いに叫びながら激突した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「相変わらずですね。あの二人は」

 

 

 呟きを零したのはクロエだ。普段は閉じられている異質な瞳は開かれ、僅かに発光している。クロエの両手は空中に浮かぶ2つの球体に添えられている。クロエは宙に浮かんでいて、クロエを囲むように無数の空中ディスプレイが表示されている。

 クロエが手を滑らせるように球体に触れる。表示されたウィンドウは目まぐるしく情報を処理していく。多角度から録画されたハルとラウラの戦闘映像。ハルのISとラウラのISのステータスチェック。ありとあらゆる情報がクロエの下に集められ、処理されていく。

 

 

「うんうん。良いんじゃないかな? クーちゃんも使いこなして来たんじゃない?」

 

 

 そんなクロエの後ろに束がいた。クロエが情報を処理している様を眺めていた束は腕を組んでうんうん、と頷いている。それはまるで娘が成長する様を喜ぶ母親のようにも見える。

 束からかけられた声に無表情だったクロエは僅かに口角を上げて笑みを浮かべた。僅かな変化だけれども、クロエにとってこれが最上級の笑みに該当する事を束は知っている。

 

 

「全てはラウラのお陰です。私が扱えなかった瞳をラウラが使い道を示してくれました。そして、その瞳を活かす道を授けてくれたのは束様です」

「うんうん。まるで全てを見通す全知全能の瞳。本当の意味での“ヴォーダン・オージェ”。いやー、束さんは助かるよ。これだけの情報を一気に集める事が出来て、更に整理までしてくれるんだから」

「恐縮です」

 

 

 クロエの瞳はラウラと同じヴォーダン・オージェだ。しかしクロエは移植実験の試験体であり、ラウラよりも重傷な不適合を発症してしまった。その過程で両目は金色に染まった。その後はヴォーダン・オージェの耐久運用の限界を調べる実験を施され、眼球は黒く染め上げられた。

 その時の苦痛をクロエは覚えている。目に激痛が走り、知りたくもない情報が脳に焼き付けていく感覚。自分を実験動物として扱う研究者達の無機質なやり取りが耳にこびり付いて離れない。思い出したくない、と言うようにクロエは首を振って過去を追い出す。

 しかし制御不能の瞳は活路を見出した。それもラウラがいてくれたお陰である。ラウラもクロエと同じく瞳を制御が出来ていなかった。これを束がISを使って矯正を施したのだ。

 そしてラウラが身につけた能力の1つが行動予測支援システム“森羅万象”。ヴォーダン・オージェからもたらされる膨大な情報による行動予測。これにより対象の次の行動の可能性を視覚化して捉える。これが“森羅万象”の仕組みだ。

 このラウラの為に構築されたシステムのアルゴリズムの解析がクロエの瞳に新たな可能性を見出したのだ。

 それが情報統制能力。ISの補助を受けてありとあらゆる情報を集め、自分の支配下へと置いていく。束が直々に教えたプログラミング技術とハッキング能力を用いて情報を統制させれば束すら舌を巻く程の性能を発揮して見せたのだ。

 

 

「ISの調子はどう?」

「“天照”は稼働は問題なく。……しかし束様、やはりこの格好はどうにかならないのですか?」

 

 

 “天照”。それがクロエに与えられたISの名前だ。生体同期型ISを基本として、束が開発したクロエ専用のIS。このISはパワード・スーツとしての機能を最低限に留め、代わりに情報統制に特化した仕様となっている。

 それは良い。束が作り上げてくれた天照はクロエにとって唯一無二の宝物となっている。それは良いのだが、とクロエは溜息を吐き出した。

 クロエは自らに身に纏っている衣装に目を落とした。彼女が纏っているのは巫女装束なのだ。クロエが束に渡されたISを展開すると必ずこの服に着替えさせられるのだが、妙に気恥ずかしさをクロエは感じていた。

 更には束の趣味が丸出しのぴこぴこと動く狐耳型のセンサー。何か情報を察知する度、自分の意思とは別にぴこぴこと頭の上で動くセンサーには羞恥心が掻き立てられる。だからこその訴えだったのだが、案の定、束は不満げに声を漏らす。

 

 

「えー。可愛いのに不満なの? 束さんお手製の巫女服」

「一見衣服ですが、防御性能が高いのは認めたくない程に事実です。ですが……余りにも恥ずかしいです」

「いいじゃん。クーちゃんのISはごてごての装甲を纏う必要がないんだし」

「ですが……」

「良い? クーちゃん。かわいいは正義。良いね?」

「あ、ハイ」

 

 

 これは説得出来ないな、と何度目かの挑戦の失敗にクロエは少し項垂れた。クロエの動きに合わせて狐耳センサーがしゅん、と下がったを束は満足そうに見つめている。

 

 

「さて、そろそろ引き上げて来てってハルとラウラに伝えてくれる? クーちゃん」

「わかりました」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ハルとラウラの戦いは高機動下による殴り合いに発展していた。ヒットアンドウェイでラウラに猛攻を浴びせるハルと、ハルからの一撃を耐え凌ぎながら重たいカウンターを叩き込むラウラ。

 だが二人の戦いは決着が付く前に終わる。二人の動きを止めるように黒い影が割って入る。二人の周囲には気が付けば三機の黒いビットが浮遊していた。それは二人の戦闘記録を録画していたクロエのIS、天照に装備された独立兵装“八咫烏”だ。

 

 

『二人とも、本日の模擬戦はここまでです。帰還してください』

 

 

 二人に繋がれたプライベートチャンネルからクロエの声が聞こえる。クロエの言葉にハルは気を抜いたように息を零し、ラウラは納得がいかないように眉を寄せた。

 

 

「姉上! しかしまだ決着が!」

『束様の命令です。ラウラ』

「……わかりました」

『ハルも。よろしいですね?』

「了解。すぐに戻るよ」

 

 

 決着をつけたかったラウラだが、クロエに告げられた束の命令という言葉に気落ちをしたように頷いた。

 二人の返答を確認したクロエは通信を切り、二人よりも一足先に三機の八咫烏が飛翔してく。名残惜しげに飛び去る八咫烏を見つめるラウラにハルは苦笑する。

 

 

「ラウラ、束が言うなら仕様がないって。また躾けられるよ?」

「うっ!? わ、わかっている……」

 

 

 怯えるようにラウラは自らの身を抱いた。“束の躾”はラウラの中でトラウマを呼び覚ます言葉なのだ。

 ラウラとクロエが束に拾われてから早数ヶ月の時が経過した。その間にハル達の関係も深まり、それぞれの立ち位置というものも生まれた。

 束からラウラへの対応なのだが、束はラウラを嫌っている訳ではないし、無視をしている訳ではない。だが、その扱いはぞんざいだ。

 束曰く、ラウラは“可愛くない忠犬”なのだそうだ。甘やかしては立派な犬にはならないと日々、教育を頑張っているそうだ。

 ちなみにクロエは“可愛い愛娘”らしい。一体どこで差が付いたんだ、とハルもこれには苦笑するしかない。ただ扱いの差にはラウラは別に気にしていないようなのでハルは何も言うつもりは無いのだが。

 

 

「さ、帰ろう。またやろう。ラウラと模擬戦するのは楽しいから好きだよ」

「うむ、私もだ。早く束様に与えられた“黒兎”を使いこなしたいしな」

 

 

 ラウラは自らの愛機となったISを撫でるように触れて呟く。“黒兎”と名付けられたISを贈られた時のラウラの喜びようは凄かった。

 同時に、過去にラウラが軍に所属していた時の部隊の名前が“シュヴァルツ・ハーゼ”、通称“黒ウサギ隊”とも呼ばれていた事からか、過去を思い出して泣いたりもしていた。今ではもう振り切ったと、ラウラ自身も言っており、本人は気にしていないとの事。

 そしてハルとラウラは二人で並びながら束のラボに戻る為に降下していった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ラウラ。お茶煎れてきて」

「は、只今」

 

 

 ラボに戻ってきたハルとラウラを出迎えたのは束だ。束はラウラが戻ってくるなり、ラウラにお茶を要求する。ラウラもすぐに返事をしてキッチンに向かっていく。

 すっかりと束の命令に従順になったラウラの姿にハルは苦笑が止められない。ラウラがキッチンに向かったのを確認して、束はハルを抱きしめる。

 

 

「おかえり。楽しかった?」

「ただいま。楽しかったよ」

「こっちも良いデータが取れたよ。ラウラも成果が出てきたしね。感心感心」

 

 

 ハルと手を繋ぎながら、束は上機嫌でリビングに戻る。リビングにはクロエがいてハルを出迎えた。

 

 

「ハル。お帰りなさい」

「ただいま、クロエ。疲れてない?」

「はい。私の訓練にもなりますからご心配なさらずに」

 

 

 ほとんど無表情に見えるクロエだが、ほんの僅かに口の端が上がっていて微笑んでいるのだとわかる。実はクロエの感情表現なのだが、普段は目を閉じているので眉の位置などで感情が読みやすい。これは束ラボに住まう本人以外の共通認識だったりする。

 なので自分の考えが読まれやすい事を気にしてクロエがポーカーフェイスの練習をしているのは本人だけの秘密だ。周りからすれば、え? と言われること間違いなしの努力なのだが、彼女としてはちょっとした悩みなのだ。

 リビングでの席順だが、ハルと束が並んで座り、束の対面にはクロエが座っている。そしてまだお茶の用意をしているラウラがハルの前に座る。これが定位置である。

 

 

「お茶が用意出来ました」

 

 

 ラウラが用意したのは紅茶だった。ラウラがテーブルの上に四人分のお茶を振る舞う。しかしラウラはまだ席に座らない。まず束がお茶を手に取り、一口。

 ここでハルとクロエが息を呑む。どこか緊張が走る中、一口お茶を啜った束に注目が集まる。暫し無言だった束はゆっくりとお茶を置く。

 

 

「合格。座ってよし」

「ありがとうございます」

 

 

 胸に手を当てて一礼をし、ラウラは席に着いた。ラウラにお茶を煎れさせるようになってから、いつもの光景だった。最初の頃はラウラもおいしく煎れる事が出来ずに何度もやり直しをさせられていたのだが、今では一発でOKが通るようになっていた。

 ラウラが煎れた紅茶は実際においしい。いつの間にかお茶どころか、料理までラウラに負けていたハルは密かなショックを受けた。今では互いに研鑽し合う良きライバルである。

 

 

「ハルの展開装甲の武装使用の効率も上がってきましたね」

「うん。大分安定するようになってきたよ。これもラウラとの訓練のお陰かな」

「ラウラとの戦闘訓練を行うようになってからエネルギーの変換効率も格段に上がっています」

 

 

 皆がお茶を楽しみながら話題とするのは今日の模擬戦についてだ。クロエがデータを管理するようになってから、訓練後の稼働値のチェックや報告はクロエの仕事となっている。クロエに表示して貰ったデータをハルとラウラは確認しながら反省を行う。

 

 

「今のところ、ラウラの“森羅万象”に対抗するには展開装甲全開のフルブーストぐらいしか手がないけど、まだ制御しきれないんだよねぇ。攻勢に移れないし」

「しかしこちらも“森羅万象”に頼らずだとハルの機動について行けない。“森羅万象”にはタイムリミットがあるし、多用は出来ない。私ももっと磨かなければな」

「結構重たいの何発も貰っちゃったからなぁ。まだまだ訓練不足だよ」

「いや、ハルはやはり接近戦に分がある。雛菊の戦闘速度ではヘタに射撃武器を持つよりは、やはり織斑 千冬のように近接を極めるべきだと私は思うぞ」

「なるほど。でも、それだと万能型のラウラに接近戦で勝てないってのはどうにかしなきゃいけないよなぁ」

「まだまだ私も負ける訳にはいかんさ」

 

 

 ISではライバルとして戦っているハルとラウラだが、生身ではラウラがハルにコーチをしているというのが現状だ。元々軍人であるラウラから教えを受ける事はハルにも有益になっていて、近接格闘での活躍も目を見張るような成果を出している。

 武装の話となるとクロエも話に混じって、実際のデータを表示しながら三人で検証をし合う。そんな光景を束は微笑ましそうに見守る。

 そして束はラウラが煎れたお茶で一息を吐き、皆の注目を集めるように手を叩いた。

 

 

「はいはーい。束さんから皆に提案」

「何? 束」

「ラボが狭いって感じない?」

「……それは確かに」

 

 

 元々束が一人で使っていたラボだ。ハル、ラウラ、クロエを迎えた事によって、その狭さが際立っていた。これは皆が少なからず思っていた不満だ。

 一番困っているのはハルだ。束はもう半ば仕様がないとしても、ラウラとクロエという女の子が増えた事によってハルは私生活でかなり気を使っている。

 クロエは何とか人並みの羞恥心を身につけてくれたのだが、ラウラは疎いのかハルはよくドギマギさせられている。それを見つけた束が自分は気を付けない癖にラウラを躾けようとするのもまた日常茶飯事である。

 

 

「なので束さんは考えたのです。新しいラボを作ろう、って」

「新しいラボを?」

「そう。だからさー、ちょっと手頃な会社を脅していっそ私達の新しい家になるラボ、うぅん……」

 

 

 束は得意げに指を振り、満面の笑みを浮かべて言った。

 

 

「私達の為の“船”を作ろう!」

「船って……」

「海に浮かべる?」

「のんのん。私が作るのは“宇宙船”だよ!!」

 

 

 勢いよく机を叩いて束は宣言する。束の宣言を聞いていた三人は一瞬動きを止めて、一息を吐いてからゆっくりとお茶を啜った。

 思わぬ程、静かな反応に束はあれ? と首を傾げた。しゅん、と頭の上についているウサギの耳飾りが項垂れてしまう。

 

 

「あ、あれ? もっと束さんは驚いたような反応を期待してたんだけどなぁ?」

「ッ!? わ、わぁっ! す、すごいなぁー! 宇宙船かぁー!」

「ラウラ、後で躾ね」

「何故!?」

 

 

 わざとらしいぐらいに驚いて見せるラウラに束は冷ややかに死刑宣告を告げる。

 何故だ、と呟きながらラウラが真っ青に顔を青ざめさせて突っ伏す。ハルとクロエは溜息を吐いて首を左右に振る。

 

 

「なんか驚きすぎて言葉が出ないというか」

「束様らしすぎます」

「えー、なんだよー、つまんないなー」

 

 

 ハルとクロエの反応にぶーぶー、と文句を言いながら束は唇を尖らせる。束に言われても、驚きすぎてそれ以上の言葉が無いのも事実なのだ。

 

 

「まぁ、正確に言うとそのテストモデルだけどね。だから宇宙には行かないよ」

「テストモデル?」

 

 

 束はハルの問いかけに待ってました、と言わんばかりにはしゃぐ。

 束がコンソールを操作して表示したのは“船”の設計図だった。各所に様々なメモ書きが添えられている設計図が表示される。設計図を目にしたハル達は思わず目を見開かせ、口元を引き攣らせた。

 

 

「こ、これは流石に規模が大きすぎない?」

「研究施設に食糧生産の為のプラント……?」

「各個人の私室に運動用の施設……? こ、こんな規模の物をどうやって運用されるおつもりですか?」

 

 

 明らかに個人で運用出来るレベルのものではない。そんな皆の感想も予測済み、と言うように束は不気味な笑いを零し、肩を揺らす。

 

 

「確かにこのままだったら施設の維持とか運用とかに問題とか出来ちゃうよねー? その為に束さんは開発したのです! こんな事もあろうかと! そう、こんな事もあろうかと! カモン、ゴーレムくん!!」

 

 

 皆の驚きがよほど琴線に触れたのだろう。再びテンションをハイにしながら束は席を立って、手を高々と挙げて指を鳴らした。

 すると束の手に収まっていた何かが光を放ち、リビングに似つかわしくない無骨な存在が姿を現した。それは三人にとっても慣れ親しんだIS。しかしまったく違う異質なものを感じて目を見張る。

 

 

「これが! 私の開発していた無人IS、ゴーレムくんです! はい拍手ー!」

「わー……って、無人機ですか!?」

「そう! 元々は宇宙に飛び出した時の斥候とか探索用で考案してたんだけどねー。他にも色々とタイプがあって、船の管理はゴーレムくん達に一任させるつもりなんだよ」

「わぁ、束だから出来る荒業だ。頭が痛い」

 

 

 世界にとって限りあるISを人員が足りないからISで賄おう、だなんて考えるのは束ぐらいのものだろう。ハルは痛む頭を抑えるように手を添えた。

 へへ、とどこか嬉しそうに笑いながら束は両手を後ろに組む。

 

 

「こんなに早く実現出来ると思ってなかったから、張り切っちゃった」

「張り切っちゃった、って……」

「もっと何十年もかかるかな、って思ってたんだよ。でもね、ハル、貴方が来てくれたから、ISのコアと直接対話する方法を得た。そしてクーちゃんと出逢わせてくれた」

「私、ですか?」

 

 

 名前が出ると思っていなかったのだろう、クロエは驚いたように自分を指さしている。

 束は頷く。クロエの傍に歩み寄り、クロエの頭を撫でながら束は告げた。

 

 

「君が私の船のオペレーターになるんだよ、クーちゃん」

「……私が?」

「天照はその為にも情報統制に特化して貰ったんだ。私の夢の船の舵取りは……クロエ、貴方に預けるの」

 

 

 信じられない、という表情を貼り付けながらクロエは呆ける。ハルは驚きながらも納得していた。思い出してみればクロエのISである天照は情報統制に特化をしつつも、独立兵装である“八咫烏”を搭載しており、情報収集だけでなく後方支援を行う事が出来るようになっていた。

 いずれは“八咫烏”だけでなく、“船”を操る者として。束は全てを見越してクロエに天照というISを与えたのだとハルは気付く。

 

 

「そしてラウラ。貴方の役割はもっと重い。貴方に預けた“黒兎”は私の名代だ。その意味がわかるね?」

「束様の夢を守り抜く事。ハルを、そして姉上を守り抜く事ですね?」

「わかってるじゃないか。良い? お前は簡単に死ぬ事も許さない、二人を守り続けろ。本当だったら傷1つでもつけさせたくないけど。流石に無理だってわかってるから傷ぐらいは許してあげる。でも絶対に死なせるな。その為に与えた力だよ。だから無様な真似は許さないよ?」

 

 

 冷酷なまでに束はラウラに要求する。表に出られぬ以上、直接自分の夢を守る事が出来ない自分の代わりになる為に与えた力だと。

 ラウラは束の言葉を受け、噛みしめるように深く瞳を閉じて頭を平伏させた。とても重い役割だ。束に尤も愛されず、報われない。だが束がもっとも期待をかける位置なのだと、ラウラは武者震いした。

 

 

「必ず守り抜いてみせます。私の存在を賭けてでも」

「……その為にはさっさと“黒兎”を使いこなす事だね。今のラウラじゃ果たす事は出来ないよ」

「精進いたします!」

 

 

 ラウラは顔を上げ、決意に満ちた表情で返答した。束はふん、と鼻を鳴らしながらラウラに向けていた視線を明後日の方向へと向けた。明らかな照れ隠しの様子にハルは目を瞬きさせた。

 不思議だ。ハルは交わされた会話を見ながら思っていた。まさかあの束が、と言う思いが浮かんでくる。そんなハルに対して束はゆっくりと息を吐き出して告げる。

 

 

「ハルが言ってくれたから」

「え?」

「私の夢は無限の空に飛べる翼だって。人を守る事も出来る素晴らしい力だ、って。だから私なりに見せるよ。人に私の夢を。私なりに語るよ。私の夢を」

 

 

 すぅ、と。束は三人を前にして息を吸う。きゅぅ、と服の裾を握りしめた手を震わせながら束は言う。

 

 

 

「――皆で一緒に私の夢に乗って?」

 

 

 

 一緒に来て欲しい、と願うから。

 一緒に見て欲しい、と願うから。

 一緒に叶えて欲しい、と望むから。

 一緒に行って欲しい、と望むから。

 夢はここにあるから。どこまでも飛べる翼を証明した彼女は夢を語る。

 皆で一緒に、束が作り上げた翼で夢を追いかけて欲しいと束は望みを言う。

 今まで受け入れられなかった願いを。どうか受け入れて欲しいと願うように。

 そして、束の問いかけに応える声は三つ。

 

 

「束様の命ならばどこまでも共に。私に意味を与えてくれた。それだけでなく夢まで与えてくれるならば、この命運尽き果てるまで御側に」

 

 

 ラウラが胸に手を当て瞳を閉じる。誓いを立てる騎士のように。

 

 

「ラウラと同じです。こんな大きな夢を頂いた。預けてくれた。拾って頂いただけでもありがたいのに。だから私は束様と夢が見たいです」

 

 

 クロエが両手の前で手を握り合わせて微笑む。神託を受けた巫女のように。

 

 

「約束じゃないか」

「うん」

「ずっと、どこまでも一緒だよ。乗ってくださいなんて今更じゃないか」

 

 

 そして束の傍には常にハルがいる。ハルが席を立ち、束の両手を手に取って微笑みかける。

 うん、うん、と。束は何度も頷く。確かめるように、噛みしめるように何度も何度も。

 顔を上げた束は満面の笑みを浮かべていた。迷いはない。真っ直ぐに前を見つめながら束は言う。

 

 

 

 

 

「必ず皆で行こう! 無限の空へ!」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 生まれた鳥は飛べない。生まれたばかりではまだ弱く、羽ばたく力が無いから。

 しかし鳥は知っている。自分には空を舞い、飛ぶ力がある事を。

 それは鳥が羽ばたくように自然な事。無限の空を知っていたように夢の翼は広がる。

 未だ空は遠く果てしないけれど、いつか必ず羽ばたける事を証明するのだと。

 雛鳥は謳う。夢を謳う。いつかその時が来るまで。抱く夢を愛するように想いながら。 


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