天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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Interlude “無限なる疾風” 後編

 ハル達は現在、シャルロットを連れてデュノア社が買い上げた造船所へと訪れていた。束の催促に背を押されて、もとい脅されてデュノア社が手に入れた造船所。この購入には細心の注意が払われながら交渉が続いた。そして交渉先の造船会社に多額を突き付けて秘密裏に造船所はデュノア社の物となった。

 これも束からの要望であり、要求に応えたデュノア社の交渉担当は胃の痛い毎日を送った事だろう。資産を大きく削られた事で社長も痛い目を見たという話を聞いて、シャルロットは未だ和解が出来ぬ父に同情の念を覚えた。

 天才だけど同時に天災なんだなぁ、とシャルロットは思わず納得した。白騎士事件を始め、束のやる事は世界に大きく影響を及ぼす。本当に規格外な人なのだと、シャルロットは束への畏怖を深めた。同時にそんな束と付き合う事の出来るハルには尊敬の念を覚えているのだが。

 

 

「ところで船を造るんだよね?」

「ん? あぁ、そうだな」

「どうして造船所の人達だけじゃなくて……ウチのISの研究員を連れてきたの?」

 

 

 シャルロットは首を傾げながら疑問を口を零した。そう、現在この造船所には元々造船所に務めていた者達が何十名、そこに混じってデュノア社のISの研究員達の姿があるのだ。

 造船とIS研究員。まったく繋がらないこの符号に疑問を抱いてしまうのも仕方ないだろう。それによく見ればIS研究員達は今か今かと何かを待ち侘びているようだった。

 

 

「そうだな。お前には説明してなかったな。普通、造船をするのにISの研究員を連れてくるなんて訳がわからないよな? それが常識的な考えだ。わかる。よくわかるぞ、シャルロット」

 

 

 シャルロットの正面に立ち、シャルロットの両肩に手を置いてうんうんと頷いている。そんなラウラの挙動からは不安しか感じない。言い様もない嫌な予感を感じてシャルロットは背筋に冷や汗が流れるのを感じた。

 

 

「ゴーレムくん! 作業開始だよー! 行けー!」

 

 

 そして歓喜の悲鳴が響き渡った。束が号令を下して現れた姿にシャルロットは目を見開いた。そこに並んでいたのは無数のIS。ずんぐりとした体躯を持つISが一列に並ぶ姿に一体何事かと思うしかない。

 ゴーレムくん、と呼ばれたISは束の号令に合わせて行動を開始する。そんな様を見て自分の会社のIS研究員達が発狂せんばかりに興奮しているのを見て若干引いてしまうシャルロット。

 ISが世に発表されてからというもの、ISの研究者や技術者を志す女性は年々増えてきている。故にデュノア社の研究員達の中にも女性も多く存在している。そんな彼女たちがやかましい程に狂喜している様は恐ろしい限りだ。目が血走っている女性もいてシャルロットは身を震わせた。

 

 

「なに、あれ?」

「無人ISだ。通称“ゴーレム”。戦闘用から作業用、情報収集用と様々なタイプがある。あそこにいるのは作業用だな」

「無人機ぃ!? あぁ、だからウチの研究員があんなに狂喜してるんだ……」

 

 

 ただでさえISコアに限りがあり、そのコアを使い回しながら研究をしている研究者達からすれば何十体ものISが集まり、更には無人機と言うならば興奮しない方がおかしいだろう。

 最早見ていられない程にデータ取りに奔走している様には、造船所の職員である男性達も引き攣った表情を浮かべていた。それもそうだろう、中には見目麗しい女性も多い研究員達がギラギラとした目で無人ISを眺め、データ取りに勤しむ姿など見たくなかっただろう。

 

 

「第3世代の開発協力だけでなく、無人機のデータの公開。そして束様が作る“船”のデータの提供がこちらが交渉の際に提示したものだ」

「……あのさ、聞きたくないんだけどさ。もしかしてその船って……」

「ISコアを用いた無人機達を前提に稼働する“宇宙船”、そのテストモデルです」

「……おぉう、もう。頭が痛い」

 

 

 傍らにいたクロエに現実を突き付けられたシャルロットは頭を抱えた。世界でも限りあるISが無人機として闊歩している姿を見ているだけで前代未聞なのに、更にはISコアを用いて設計される“宇宙船”のテストモデル。最先端技術のオンパレードだ。

 ISコアが制限される現状で無人機や、それを前提に稼働する“船”。確かにそんな発想を思いつくのはISコアを作成する事が出来る篠ノ之 束しかいないだろう。

 

 

(……これってデュノア社の受ける恩恵が凄い事にならない?)

 

 

 今は離れているお父さん。きっとこれはデュノア社にとって利益になるでしょう。例え全てが再現出来なくても集めたデータだけでも価値があるよ。いや、本当に。

 きっと胃痛に悩んでいるだろう父にシャルロットは思わず語りかけた。今なら父とわかりあえる気がする、そんな気がした。そう、同じ苦労と痛みを味わった同士として。

 

 

「……もしかしてこのデータをデュノア社に公開したのって?」

「どこでも良かったというのは正直本音だったぞ?」

「ですよねぇっ!」

「こちらが圧倒的優位に立てる事は理解していたからな。文句を言われたくない、絡まれたくない、と言うのが束様の要望でな。そしてデータを開示し、研究をしたきゃしてみせろ、という束様の当てつけだろうな」

「当て付け?」

「本来、ISは宇宙開発用のマルチフォーム・スーツとして開発されました。しかし、ISは兵器として運用されているのが現状です。それは束様の望みではありません。今までは束様は世界に己を認めさせる事で宇宙開発に漕ぎ着けようとしましたが……時代が付いてこなかった」

「それは、そうだろうね」

 

 

 圧倒的な性能を持って世界に見せつけたIS。その性能に世界は破れ、世界は兵器としてのISを求めるようになった。ISが生まれた本来の意味を置き去りにしながら。

 孤高の天才。篠ノ之 束の作ったISコアを始め、彼女の技術は常に世界の最先端にいる。そんな彼女が目指すのは忘れ去られたISの悲願。彼女はもう辿り着く為の道筋を見つけているのだろうか。何度目かわからない畏怖を覚え、シャルロットは顔を引き攣らせる。

 

 

「きっと時間をかければ束様は全てを一人でこなす事が出来るだろう。……それをしなかったのは偏にハルがいてくれたからだろう」

「ハルが?」

「まぁ、詳しくは言えませんが、そういう事なんですよ。少しずつ世界を変えていこう、って。束様を諭したのは間違いなくハルですから」

「……ハルって何者なの?」

「聞きたいか?」

「やっぱり良いです」

 

 

 藪蛇はごめんだ、と言わんばかりにシャルロットは首を振る。藪を突いたら出るのは蛇どころかドラゴンなんじゃないかと思ってしまう程に。故にシャルロットは沸いた興味に蓋をして、鍵をつけた。

 彼等と付き合うようになってから危機感知能力が上がった気がする。そんな事実に涙が止まらないシャルロットだった。若い身で胃痛を味わう事となったシャルロットの背中は煤けていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 無人IS達がせっせと働き、IS研究員達が狂喜乱舞し、造船所の職員達が感心しながらISの新たな可能性に思いを馳せたりと、なかなかカオスな造船所を背にしてシャルロットとラウラ、クロエは外へと出ていた。

 

 

「さてシャルロット。ここにはシャルロットのデータを取り入れて完成版となったISの設計図があります」

「うん?」

 

 

 シャルロットは突然、クロエが設計図を表示しながら言う言葉に嫌なものを感じた。クロエが表示した設計図は自分も見たことのあるものだ。何せ自分も意見を出し合った結果、完成した新型機の設計図なのだから。

 

 

「シャルロット。無人機って凄いな。遠くにいても作業の指示が出せるんだからな」

「うん。……うん? ちょっと待って、やめて、これ以上私の常識を壊さないで!」

 

 

 どこか満足げに腕を組みながら呟いたラウラを見て、シャルロットの危険への警報が最大限に鳴っている。これは何かが起きる前触れだという事をシャルロットは理解した。

 そしてクロエが指さした先、そこには先ほど見た無人ISのゴーレムが運送してきた設計図のままのISが目に飛び込んできた。まさか、と思い目を擦ってみる。だが、現実は非情である。

 

 

「あちらから運ばれてくるのが貴方に渡す新型機です」

「嘘だぁあああ!?」

 

 

 時期にして数ヶ月程経過しているが、余りにも早すぎる。こんな驚愕のままに新型機と対面する事になろうとはシャルロットも思っていなかった。あまりの事態に頭を抱えてシャルロットは絶叫する。

 

 

「ラボを暫く放置してたからな。自衛と隠蔽、維持の為に何機か置いていたんだがな?」

「束様が作業用ゴーレムを開発してくれて本当に楽が出来て素晴らしいです。指示を出してラボで組み上げておいたんですよ。驚きました?」

「わかったぞ! 私は理解した! 君達はもう毒されたんだな! もう戻って来れないんだね!」

「「何を今更」」

 

 

 声を揃えてラウラとクロエは呟いた。シャルロットが通っている道など既に自分たちが通過した地点にしか過ぎない。束の傍にいる以上、最早諦めて有効活用する道を考えた方が建設的だとも。

 そう意味ではやはり同じ研究者なのだろう。デュノア社の研究員達は逞しかったな、とラウラとクロエは感心していた。それを悟り、シャルロットは考えるのを止めた。もう何も考えず、ただ感じるだけで良いんじゃないか、と。

 

 

「まぁまぁ良いじゃないですか。シャルロットも早く新型機に乗りたいでしょう?」

「乗れるなら乗りたいけど、もっと感動的な出会いを想像して期待してた私はどうすれば良いの!?」

「笑えばいいと思うぞ?」

「……そっかー。あっはっはっはっ! ……もうどうにでもなれっ!!」

 

 

 目からハイライトを消し去って叫び声を上げるシャルロットに同情の視線を送りながらラウラとクロエはそっと目元を拭った。

 比較的に常識に疎かったラウラとクロエは、早い段階で“そういうものなんだ”と諦められた事が幸せだったんだと、頭を抱えるシャルロットを見て強く思った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 鬱憤を晴らすかの如く笑っていたシャルロットが正気を取り戻した後、ラウラとクロエは何事も無かったかのようにシャルロットと新型機の最適化<フィッティング>を行っていた。

 何となくやるせないものを感じながら従っていたシャルロットだったが、新型機を身に纏ってからの表情は真剣そのものだ。

 シャルロットはただ驚愕していた。改めてシャルロットは身に纏った機体に目を落とす。滑らかなラインを描く装甲はスマートな印象を与えて、従来のラファールの意匠を残しつつも随分と細身だった。

 特徴的なのは装甲の各所に埋め込まれたクリスタル。両手甲、両足甲、背部の装甲に備え付けられたクリスタルは日の光を浴びて反射する。しかしウィングユニットなどは見当たらず、全身に纏うだけの姿はISとしては寂しい印象を与えてしまう。

 

 

(うわ、凄い軽い。なんだろう。見た目からして、元々のラファールよりもスマートな外見だから予想してたけど、装着してみると凄いわかる。ちょっと不安になるぐらい軽いんだ)

 

 

 まだ最適化<フィッティング>の途中の為、動かしてみる事は出来ないのだが身に纏った感触が今までのISに比べて驚く程に軽い。

 クロエとコンソールの上で指を踊らせ、最適化<フィッティング>の処理を進める中、シャルロットを見上げてラウラは調子を問うた。

 

 

「どうだ?」

「凄い軽い!」

「姉上は駆動系に拘っていたからな。あらゆる状況に応じて武器を繰り出すのだから、即応性と操作性を重視して調整したそうだ。まぁ、元々のラファールから受け継がれた形質でもあるんだろうがな」

「じゃあ実感して頂きましょうか。最適化<フィッティング>、完了です」

 

 

 ラウラの説明にクロエは笑みを浮かべてシャルロットに告げた。機体に繋がれていたコードが外れ、シャルロットと彼女の機体を縛るものはこれでもう無い。

 新たな機体の感触を確かめるように一歩、歩いてみる。それだけで今までのISとは比べものにならない程の反応の良さがわかる。思わずつんのめってしまいそうになる程、重量感がない。

 

 

「怖いぐらいに軽い。何コレ……装甲を纏ってる気がしない。服よりも軽い、まるで肌みたいだ」

「今はまだ装備を展開していませんからね。そんな感じでしょう。初飛行、行けますか?」

「あ、うん。ちょっと待って。……うん、行けるよ。えと、基本装備の飛行翼を」

 

 

 シャルロットが頷き、意識を集中させた。すると先ほどまでは存在しなかったウィングユニットがシャルロットの背後に浮いていた。畳まれた翼のように閉じられた6枚の飛行翼はその存在感と重量感を醸し出す。

 

 

(……なにこれ!? もう呼び出すって感覚がないよ!! もうそこにあったみたいに……!!)

 

 

 シャルロットは興奮に笑みが抑えきれなかった。量子化の光は一瞬しか光らず、光ったと自覚が無い程だった。そしてシャルロットは両手甲に埋め込まれたクリスタルに視線を落とした。

 事前の説明でシャルロットも知っていたのだが、装甲の各所に埋め込まれていたクリスタルはコアと直結し、量子化している武装を呼び出す際のイメージの伝達の補助を行う役割をしているのだと言う。即応性が上がっているのはその際に生まれた副産物だ。

 尚、このバイパスを繋げる為に装甲が軽量化し、従来のラファールよりも装甲が脆いという欠点は存在している。それでも有り余る操作感覚はあっさりとシャルロットを魅了した。

 

 

「シャルロット。その子の名前を呼んであげてください」

「え?」

「貴方と共に飛ぶ子の名前です。名前は与える事で意味を持ちます。貴方が呼んであげてください。貴方の翼の名を」

 

 

 クロエが微笑を浮かべてシャルロットに告げる。名前を呼んでこそ、本当の最適化が終わるとクロエは思っている。だからこそ呼んであげて欲しい、と。

 クロエの隣ではラウラが腕を組んで、同じように微笑を浮かべて頷いていた。シャルロットも二人の視線を受け、察したように笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

「行こう。私の新しい翼。――“ラファール・アンフィニィ”」

 

 

 そしてシャルロットは新たな翼、無限の名を付けられたラファールと共に空へと飛び上がった。

 空へと上るように真っ直ぐ飛行し、そして高度を取った所でゆっくりと旋回する。それだけで駆動が違う事がはっきりわかる。

 

 

「うわぁ……!!」

 

 

 風が吸い付いてくるようだった。今まで感じたことのない一体感。空を飛ぶという感覚は今までよりも鋭敏で滑らかだ。シャルロットの意思に応じて動く飛翔翼の動きも、態勢を整える為の身体の動きも。

 今までのISは、まるで殻か何かに身体が詰められていたのではないかと思うまでに軽い。

 

 

(まるで、風に溶けちゃいそう)

 

 

 気付いたら風に流されてそうだなぁ、と想像したら笑いが込み上げてきた。それはいけない、とウィングユニットの推力を上げようと思った時だった。

 

 

「うわ、わわ!? ぃひゃぁあああ!?」

 

 

 加速したシャルロットはバランスを崩して、くるくると回るように飛翔する。だがそれでも今までテストパイロットを務めてきた感覚がシャルロットにバランスを整えさせる。

 余りにも軽すぎた踏み込み。少し踏み込んだだけでスピードが上がっていく感覚はシャルロットには刺激的すぎた。少し目を回しながらシャルロットは低速で空を漂う。

 

 

「び、吃驚した。でも来るとわかってれば……!!」

 

 

 ゆっくりと踏み込んでいく。そして全てを踏み込んだ時、世界は加速しきっていた。風に流されていた自分はもういない。逆に、吹き抜ける風となってシャルロットとラファール・アンフィニィは空を駆けていた。

 

 

(これは凄い、癖になる!)

 

 

 楽しい。こんなに空を飛ぶのが楽しいと思ったことは今までシャルロットには無かった。まるで風と遊ぶようにシャルロットは無尽蔵に空を駆けめぐる。今まで難しかった機動も出来そうだと思えた。

 そう。ラファールの名のようにシャルロットは風となっている。世界を巡る風を纏い、どこまでも飛翔する無限を抱く翼。もうシャルロットは笑みを抑えられなかった。

 

 

「こら。いつまで飛び回ってるつもりだ?」

「ふぇ?」

 

 

 空を飛ぶことに夢中になっていたシャルロットは声の方へと視線を向けた。そこには黒兎を纏い、目元をバイザーで覆ったラウラが両手にレーザーライフルを構えて滞空していた。

 どこか呆れたようにシャルロットを見ているようだが、口元が優しげに微笑んでいるのが見えた。シャルロットは自分の頬が熱くなるのを感じた。飛ぶことに夢中になりすぎてて全然気付かなかったと顔を赤くして言葉を失う。

 しかも見られていた。そうだよね、テストだから見てるよね。シャルロットは穴があったら埋まりたかった。

 

 

「少しぐらいなら披露しても良いとの事だからな。これが私のIS“黒兎”だ」

「篠ノ之博士の作ったIS!?」

「少しぐらいならデータをくれてやっても構わん、との事だ。模擬戦だ。覚悟は良いか?」

「……うん! やろう! 今なら本当にどこまでも飛べる気がするんだ!」

「そうか。錯覚でなければ良いがな? 私が確かめてやろう! 行くぞ!!」

 

 

 ラウラは笑みを獰猛な笑みへと変えて引き金を絞った。放たれたレーザーをシャルロットは危なげなく躱していく。

 シャルロットもまたラウラに対抗するべく武装を呼び出す為にシャルロットは右手を伸ばした。シャルロットがラウラに手を向けるのと同時にシャルロットの手にはライフルが握られていた。そして流れるようにそのまま引き金を引いた。

 シャルロットの動きを感知していたのだろう。ラウラも滞空から滑空へとシフトし、空を縦横無尽に駆けめぐる。シャルロットもまたラウラに追従するように身を前に倒した。

 

 

「ちっ……量子化の復元が早すぎる! 羨ましい限りだぞ!」

「それはどうも! 私もすっごい驚いてる! 見て見て、まるで手に吸い付くみたいに出てくる!!」

 

 

 シャルロットは今度は左手に別種のライフルを呼び出し、ラウラを狙撃する。左右の手から放たれた弾幕を避けながら、ラウラも負けじとレーザーを放つ。互いの攻撃は牽制にしかならず、互いに距離を取り合う。

 ラウラはレーザーライフルを量子化して格納。両肩の装甲の一部をパージし、両腕に装備。両腕に装備した円盤を回転させながらシャルロットへと迫る。

 シャルロットはラウラの接近に両腕を上げる。一瞬光が放ったと思えば2丁のライフルの姿が消え、ラウラの接近のタイミングに合わせて両腕を下ろす。シャルロットが振り下ろした両手に握られていたのは2本の片刃のブレード。

 ラウラはブレードを受け止めるように片方の円盤で防ぎ、もう片方の円盤を射出。意表を突かれた動きにシャルロットはもろに円盤を腹部に受けてくの字に身体を折る。

 

 

「げほっ!? ……やったなぁっ!?」

 

 

 腹部に激突した円盤がワイヤーによって巻き上げられるのを目にし、シャルロットは歯を剥いてラウラに向けて突撃。両手に握ったブレードを重ね合わせる。するとブレードのパーツが開閉し、噛み合うように連結。

 両刃のブレードと変形した剣を振り上げてシャルロットはラウラに斬り掛かる。危なげなくラウラは避けていく。

 

 

「ここで変える! “別れて”ッ!!」

 

 

 ラウラは円盤を構えて両腕でブレードを受け止める。衝撃が僅かにラウラの身体を沈み込ませる。飛行翼で姿勢を整え、シャルロットはブレードを再び分離、両手に再び片刃のブレードを構えラウラに連続で斬り掛かる。

 ラウラは両手の円盤で巧みに剣を弾き飛ばし、逆にシャルロットの身体に蹴りを入れてシャルロットを叩き落とす。

 

 

「くっ!」

「悪いな。パワーはこちらの方が上だ。そよ風のように軽いぞ?」

「むぅっ! だったらこれならどう!?」

 

 

 シャルロットはブレードを持ち替えて、両手を大きく広げる。するとシャルロットの眼前には一本の棒状のパーツが現れ、ブレードの柄尻が棒の先端のパーツが噛み合い、一体化。両先端部に刃がついたロッドへと早変わりした。

 バトンを振り回すようにシャルロットは器用に振り回し、再度ラウラへと突貫する。まずは突きを繰り出し、ラウラが身をよじり、円盤で滑らせるように突きを回避。シャルロトはそれに対し、身体を軸にしてロッドを跳ね上げさせ、逆端の刃がラウラへと振り抜かれる。

 次々と身体を軸に繰り出される連撃にラウラは堪らない、と言うように後方へと下がる為にウィングユニットを開く。勢いよく後退していくラウラを見てシャルロットはロッドを構え直し、連結させていたブレードのみを格納。

 

 

「でっかいの! 行くよッ!」

 

 

 シャルロットの叫びと同時にブレードが繋がれていたロッドの先端には今度は巨大な鎚が装着されていた。大型のハンマーとなった武器を上段に構え、シャルロットはラウラとの距離を詰めていく。

 

 

「せぇのっ!」

 

 

 呼吸の吐き出しと共に振り下ろし。態勢を立て直そうとしていたラウラは円盤を盾にハンマーの一撃を受け落下していく。シャルロットは振り抜いたハンマーの鎚の部分だけを格納。代わりに現れたのは巨大な歪曲した刃。柄と刃は連結し、大鎌へと変化する。大鎌を肩に担ぐように構えてシャルロットはラウラを追撃する。

 ラウラは迫り来るシャルロットを迎撃しようと円盤を放つが、シャルロットは身体ごと回転させるように大鎌を振り回しながらラウラへと迫ってくる。回転によって増した勢いを余す事なく叩き付けるようにラウラに刃を振り抜き、しかし刃はラウラの身体に届く前に止まる。

 

 

「!? ワイヤー! しまった!」

「かかったな!」

 

 

 大鎌が振り抜く前に引っかかり、顔を上げたシャルロットは振り抜けなかった理由を悟った。シャルロットの振り抜こうとした大鎌は、その長大な柄にラウラの円盤から伸びるワイヤーが絡んでいた。

 そして背後からの衝撃にシャルロットは一瞬、意識を飛ばした。シャルロットの背に飛び込んできたのはラウラの放っていた円盤。態勢を崩したシャルロットは慌てて顔をあげれば、ラウラが呼び出したレーザーライフルを突き付けている事に気付く。

 

 

「ある程度、遠隔操作も可能なんだ。悪いな」

「……取った、と思って油断した僕が悪いよ」

 

 

 降参、と言うように両手を挙げてシャルロットは苦笑を浮かべた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「現状、組み上げた装備で取れるデータとしては上々でした。シャルロット、お疲れ様です。これを本社の方へお届けください」

「ありがとう、クロエ」

 

 

 クロエはシャルロットに労いの言葉を投げかけながら集めたデータを移した媒体をシャルロットへと手渡した。シャルロットは模擬戦では負けてしまったけれども、心は羽根が生えたように軽いままだった。

 使いこなせればもっと色んな事が出来る。装備を開発すればまだ幅が広がる。ワクワクが止まらず、笑みが浮かぶ。次はどんな事をしようか、と考えているシャルロットはもう完全に新たなラファールに心を奪われていた。

 

 

「これで私達もお役ご免ですね」

「え?」

「後はデュノア社の方々の努力に期待しますよ。ラファール・アンフィニィは永遠に完成しない機体ですから。もう私達が手を加える必要はないでしょう」

「……あ」

 

 

 途端にシャルロットは浮ついた気持ちが下がっていくのを感じた。振り回されてばかりだったけれども、束はともかくとして皆がシャルロットに親しく接してくれた。見た目、年が近かった事も気安く接する事が出来た要因だろう。

 だがそれももう終わりなのだ。ラファール・アンフィニィはクロエの言う通り、完成がない機体だ。その場における最適解はあれど、絶えず変化するラファール・アンフィニィに完成という終着点は存在しない。あるとすればアンフィニィのデータを得て、後継機が生まれた瞬間だろう。だからここから先は、彼女たちの手は借りられない。

 

 

「……お別れになっちゃう、のかな?」

「そうだな。私達も造船の手伝いをしたいし、あくまで私は皆の護衛だ。それに専念したい」

「シャルロットには申し訳ありませんが、開発が速かったのはそれも理由なんですよ。ごめんなさい。私も造船には関わらなければなりませんから……」

 

 

 わかっていた事だ。あくまで彼女達の目的は造船であり、自分の機体開発も取引の上での事だったんだと。

 わかっていた。わかっていたけれども忘れる程に騒がしい毎日だった。心底思うのだ。楽しかったんだと。

 わかっている。これは我が儘だ。もうちょっとだけ一緒にいてみたいなんて我が儘でしかない。シャルロットはデュノア社に戻らなければならない。ラファール・アンフィニィはデュノア社にとって待ち侘びた第3世代なのだから。

 だから泣いてはいけない。これはわかりきっていた別れ。ほんの少し道が交わっていただけの話。だから仕方ないのだとシャルロットは自分に言い聞かせようと涙を堪えた。

 

 

「シャルロット」

 

 

 そんなシャルロットの肩に手を置いてラウラが笑う。ラウラに続いてクロエが握りしめていたシャルロットの拳を解くように手を添える。

 

 

「その気があるなら追いかけてこい」

「……え?」

「空はどこにでも繋がっている。私達はそこに向かう。それが束様の願いだからな」

「私達が何のためにデータを渡すと思ってるんですか? 後に続く者がいて欲しいんですよ」

「劇薬過ぎるから公表、という手が使えないからな。だからこうして話せる内に伝えておきたいんだ」

「シャルロット。私達は先に行ってきます。夢を追って宇宙に」

 

 

 ラウラとクロエは互いに顔を見合わせてシャルロットから一歩、距離を取った。二人は並んで笑みを浮かべる。ラウラは腰に片手を当てて楽な態勢で、クロエは背中に手を回して手を組み合わせて、シャルロットを見る。

 待っている、と。きっと二人はそう言っているんだろう。本来のISの生まれた意味を追いかけて、それを果たすために彼女たちは羽ばたく。どうかその後に続く者がいるように、と願いながら。

 泣いてる場合じゃない、とシャルロットは目に浮かんだ涙を拭った。託された意味を理解出来ない程、子供じゃない。けれど子供だからこそ未来を夢見る。顔を上げたシャルロットは涙を拭う。それでも零れてしまった涙を落としながら笑う。

 

 

「うん、うんっ! 必ず私も追いかけてみせる! 今は無理でも……必ず! 必ず追いつくから!!」

 

 

 その為の身分はあるから。帰ったら話をしよう。父に夢を語ってみよう。歩み寄ってみよう。きっと認めてはくれない。酷い罵りを受けるかもしれない。けれど夢は語らなければ始まらないから。

 

 

「約束するよ!」

 

 

 だから忘れないで。そう願うようにシャルロットは声を震わせた。答えは返ってこなかったけれど、二人が浮かべていた笑みで充分だった。シャルロットははにかむように笑って二人を抱きしめた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……後に続く者、かぁ。束さんには追いついて並べる筈ないもんね?」

「でも良いでしょ? あぁいうのは」

「束さんはクーちゃんが喜んでるから喜んでるんだよ。ラウラもあんなに尻尾振っちゃってさ」

「尻尾なんてないだろ? ……まぁ、わかるけどさ」

 

 

 いつの間にか遠目から三人の様子を窺っていた束は小さく呟く。束の傍らにいたハルは笑みを浮かべて、束へと視線を送った。

 素直になれないのは仕様がないだろう。束だって、今まで閉じていた殻を開くには時間がかかるだろうから。人よりどんなに遅くとも、全て開く事が出来なかったとしても構わない。どうか束が世界を閉じてしまわないように。

 

 

「……? ん、何、手を繋いで来ちゃってさ」

「隣にいたから、じゃ駄目?」

「……うん。良いよ」

 

 

 どうか、と祈るようにハルは繋いだ手を握りしめる。繋ぎ止めるように握ったこの手を離さないでいよう。そして自分がまた誰かの手を繋いで引っ張っていこう。

 いつか彼女の周りにも穏やかな喧噪が出来ている事を願いながら。

 


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