煌びやかなパーティー会場。集う者達は世界的に見て地位や権力を持つ者ばかり。見た目、絢爛豪華な装飾の裏にはどす黒い欲望が横たわっている事をセシリア・オルコットは知っている。
セシリア・オルコットはイギリスの名門貴族の当主である。故に無様な姿は晒せない。セシリアはパーティの参加者に笑顔を振りまきながら握手を交わす。時折、投げかけられる話題には無難に返して切り抜ける。
「ふぅ……」
まるで悪意と踊っているようだ、とセシリアは肩の力を抜いた。ようやく壁際の花となる事が出来たセシリアは、疲れを見せるように吐息を零す。しかし、すぐに気を張って表情を引き締める。
セシリアは年若くしてオルコット家を継いだ身である。不慮の事故で両親を亡くしたセシリアは幼い身ながら当主を引き継がなければならなかった。欲望が渦巻く社交界に幼い身で飛び込み、両親の残した遺産を守ろうと毅然として立ち向かった。
その努力が認められた。代表候補生という称号を手に入れたセシリアはその地位を盤石のものとしたのだ。
そんな彼女のスケジュールは多忙だ。故に少しばかり気が抜けてしまったのは仕方ない事だろう、と。
「お疲れみたいですね。飲み物、いりませんか?」
「あら? ……ッ! 貴方は……」
セシリアは不意にかけられた声に顔を上げた。そこにいた人物にセシリアは平静を装って対応したが、内心では動揺を抑えようと必死だった。
流れるような金色の髪。柔和な笑顔は思わず心をあっさりと許してしまいそうになる。淡いオレンジ色のドレスはよく似合っていて、まるで日の光を思わせるように輝く少女。そんな少女を前にしてセシリアは一礼し、笑みを浮かべて応対する。
「これはこれは。わざわざありがとうございます。シャルロット・デュノア様」
「いえいえ」
――“疾風の姫君<ラファール・ラ・プランセス>”、シャルロット・デュノア。
突如、フランス代表候補生として就任した彼女の名は瞬く間に知れ渡る事となる。彼女自身の名も有名だが、彼女が有名になったのは彼女の愛機こそが全ての原因であろう。
デュノア社から発表された第3世代型IS“ラファール・アンフィニィ”。この機体は発表と共に世界に名を響かせた。
そのスペックは従来のラファールの特徴を継承しつつ、パーツの可変と連結によってありとあらゆる武装の選択を可能とする特殊兵装“アンフィニ・カス・テット”を装備した万能機。
まずラファール・アンフィニィを見れば“アンフィニ・カス・テット”に目がいくかもしれないが、ラファール・アンフィニィの真骨頂はその機体そのものにある。元よりラファール・リヴァイブ時代から汎用性、操縦性が高くて人気だった機体が正にそのまま進化した機体と称される程だ。
そして加えられた即応性。従来のISとは比べものにならない程の量子化の復元・格納の高速化。些か装甲が、従来の機体に比べれば耐久力に難があると言っても、それすら込みでもおつりが出る程の安定した性能。
野心的なこの機体の登場に、尤も衝撃を受けたのは欧州のISのメーカーだ。未だ試作機の段階を超えない第3世代。その第3世代を並べてみても群を抜いて安定感と信頼感を生み出したラファール・アンフィニィの登場は“アンフィニィ・ブレイク”とも呼ばれている。
そしてシャルロット・デュノア。名字からわかる通り、彼女はフランスの代表候補生であるのと同時に、デュノア社の社長令嬢である。時にフランスの代表候補生として、時にデュノアの社長令嬢として。彼女は忙しく世界を駆け巡っている。
「年も近いですし、シャルロット、で結構ですよ」
「恐れ多いですわ。かの“疾風の姫君”の名を呼び捨てにだなんて……」
「あぅ……ただお仕事で世界を飛び回っているだけですよ」
「デュノア社の技術力を世界に広める為に、ですか?」
セシリアの問いにシャルロットはただ笑みを浮かべて返す。
日本では、何を考えているかわからない人間を狸と称するのだったかと思い出す。じわり、とセシリアは手に汗が浮かぶのを感じた。
デュノア社は、他社ISメーカーに積極的な技術交換を申し込んでいた。それを各ISメーカーは苦渋を飲みながらも、デュノア社との技術交換を受け入れていた。
デュノア社はIS企業としては後発の企業である。故に先達に学び、データを綿密に集め、研究に研究を重ねた。故に、デュノア社のラファールは誰にでも扱いやすい機体として愛されるようになったのだ。
ラファール・アンフィニィに注ぎ込まれたデュノア社の心血は、安定した土台を生み出したのだ。それはラファール・アンフィニィにだけに留まらず、他のISにも転用出来る基礎とも為り得た。
デュノア社の技術協力は足りない所を補える。交渉では腹の痛い部分を的確に突いてくるのだ。何でもないように技術協力を申し込み、そして技術交換によって得たデータをラファール・アンフィニィは吸収していく。
故にシャルロット・デュノアは恐れられている。この柔和で人当たりの良い笑顔で、一体どれだけの人間を籠絡してきたのだろうか。
「私は広めるだなんて。ただこちらが欲しい技術を持っている。そして交渉先は私達の技術が欲しい。お互いにより良い取引をしているだけですよ? セシリアさん」
「それで私に話しかけようと? まさか私との商談だなんて言う訳ではないでしょう?」
「いえいえ、そんな。ただ私が貴方と懇意の仲になりたいだけですよ」
うふふふ。あはははは。互いに笑みを浮かべながら言葉を交わす。
「……ここだけの話、私共は現在、光波武装の開発を考案していまして」
「あら、そうですの?」
「ティアーズ型はレーザーを主体とした武装の開発に成功していましたね。更には新型機ではBT兵器のサンプリングを行っている、未来へ意識を向けた優秀な機体とお伺いしています。いやはや、あやかりたいものですね」
(この女……!)
光波武装、つまりはレーザーを扱った兵装だ。セシリアはデュノア社が何故光波武装の開発に着手したか手に取るようにわかる。光波武装が“アンフィニ・カス・テット”に組み込まれれば、現在多種多様に変形している武装群にレーザーを主体とした兵器が加わるのだ。
その為のデータを欲している。だからノウハウのあるイギリスのティアーズ型のデータを得たい。その足がかりとしてセシリアを交渉相手に選んだ、と。セシリアはそう睨んだ。
「話を通す相手が違うのでは? 私はあくまで代表候補生ですのよ?」
「ふふふ、嫌ですね。私はあやかりたい、と申しただけですよ。羨ましい限りですよ」
「では何故、その話を私に?」
「何、ただの世間話ですよ。あぁ、そうそう、これも親しくなりたいと思う私の独り言です。……我が社は遠隔操作型の武装についてある程度の開発を終えています」
「な――!?」
セシリアは遂に驚愕の声を抑えられなかった。違う、デュノアの狙いはティアーズ型のレーザー兵器のノウハウなどではない、と。セシリアは拳を握りしめ、シャルロットを睨み付けるように見据える。
「……その話をして、貴方は私に何を望みますの?」
「では、端的に。――買いませんか?」
「ッ!」
「私共はISをより良く進化させて行きたいのです。自らの国を誇る事も勿論、必要不可欠な事です。ですが同時に肩を並べ、未来へ共に前進する同志ではありませんか? セシリアさん。自らの国の特色をより活かす術を、その手に握りたくはありませんか?」
セシリアは末恐ろしいものをデュノア社に感じた。彼女はこう言っているのだ。――お前達のBT兵器はいつでも超えられる、と。
ブルー・ティアーズはセシリアに与えられた専用機だ。セシリアの高いBT適正が認められた為、彼女に与えられた機体。その特徴はビットによる、全方位からの射撃攻撃を行えるオールレンジ武装。
しかし未だ実験的な兵装としての域を出ていない。操作には使用者による思考制御が必要となり、本機とビットの同時運用が行えないという欠点を抱えている。故に安定した実用化には時間がかかっている。
「デュノア社は、既に到達したというのですか……?」
「さぁ? どうでしょうか。我が社の特筆は安定した性能と汎用性ぐらいですよ。特色がある特化型にはどうしても専門の分野では劣りましょう」
良く言う、とセシリアは口に出さずに涼しい顔で言い切るシャルロットを罵った。
ここで断ればデュノア社は新装備として公開するのだろう。現在のBT兵器を超えるビット、もしくはそれに準じた遠隔操作型の新装備を。
もしも現実になればイギリスの地位は一気に失墜するだろう。ただでさえ、他の面でもブルー・ティアーズはラファール・アンフィニィに劣っている。変えようのない事実だ。なのに機体の特色まで奪われれば、目も当てられない。
「セシリアさん。貴方は希有な才能をお持ちの方です。今からでも、我が社にスカウトしたいぐらいに。しかしイギリスの名門貴族であるセシリアさんに、愛する自国を捨てろ、というのも失礼な話です」
「だから、ブルー・ティアーズの優位性を保ちたいのであれば。この私がデュノアに下れ、というのですか……!?」
「まさか! そんなそんな、恐れ多い事です」
シャルロットは大げさに驚き、セシリアの手を取って破顔した。
「貴方の愛国心に敬意を。これはほんのちょっとした餞別ですよ」
「……っ!」
「ISの生まれた国、日本では、つまらないものですが、と言うんでしたか?」
セシリアは手に握ったそれを包むように隠す。渡されたのはデータチップだ。恐らく彼女が言う遠隔操作型武装のデータに準ずるものが入っていると見た。
これを見て判断しろ、と言うのだろう。もしも本当にデュノア社が遠隔操作型武装をBT兵器を超える精度で完成させていた場合、セシリアがもしもそれを手に入れる事が出来れば。
そのデータをイギリスに提供すれば、ブルー・ティアーズの抱えている欠陥を解消出来るやもしれない。だが、その為にはセシリア自身がデュノア社から“購入”しなければならない。この女は――このセシリア・オルコットを足下に見たのだ!
セシリアは激情に駆られるままにシャルロットを睨み付けた。だが、“疾風の姫君”の名に違わぬ涼しげな顔で笑みを浮かべながら、シャルロットは告げた。
「これからも良いお付き合いが出来ると良いですね? セシリアさん」
* * *
「……あーっ! 疲れたッ!!」
ぼふん、とシャルロットは一人になった瞬間に張り詰めていた息を吐き出した。身を投げ出すようにベッドに飛び込む。ドレスは既に脱ぎ捨てて、ラフな格好に着替えている。社長令嬢と呼ぶには、あまりにもラフすぎる格好だ。
ベッドの上でごろり、と転がってシャルロットは呻き声を上げる。
「……施しを与えたければこちらも利益を示さねばならない、無償の愛は人を救わない、か。父さん、人間、ずっと笑ったまま接する事は出来ないんだね」
今回、セシリアに交渉を持ちかけたのはデュノア社が持つデータから交渉しやすい相手だったからだ。
デュノア社が保有する社外秘の情報。その中に存在する“篠ノ之束が開発した無人機”のデータ。デュノア社のIS研究員達はこぞってこの無人機達を解明せんと、解析を繰り返した。
調べれば調べるほど、篠ノ之 束はやはり前人未踏の領域に足を踏み入れている。それを実感させられる日々だった。
最早、芸術だ。解析に携わったIS研究者達は口を揃えて言う。
そしてラファール・アンフィニィに搭載されている、量子化を補助する機能を持つクリスタル。コアとリンクを繋ぐ仕組みの解析と合わせて生み出された、遠隔操作型の誘導兵器。
「コレを公開したらイギリスの面目丸つぶれだし、ウチが余計に目立っちゃうからなぁ。はぁ……。暗躍するのは疲れるよ」
シャルロットは束一行と別れ、本社に戻った後、社長である父と話し合いの場を持った。罵られる事も覚悟で己の思い、覚悟を打ち明けた。
結果だけを言えば、社長はシャルロットを娘として公表する事を決意し、後継者の候補としても扱う、という結末を迎えた。そこに至るまでに親子の間でどのような会話が交わされたかはわからない。
今では、デュノア社の次期社長候補としての顔を持つシャルロット。彼女が考えたのはデュノア社の得た篠ノ之 束の技術を解析し、少しずつ世界に拡散させる事。
いつか宇宙に行く。だがISを使っての宇宙開発など世界が許しはしないだろう。だからこそ世界に手を入れていく。少しずつコントロール出来るように、少しずつ根を伸ばすように。その為にラファール・アンフィニィのデータは活用されている。
(本当最初は困ったよなぁ。ラファール・アンフィニィの完成度が高すぎた所為で、アンフィニィの発表のタイミングを見計らわなきゃいけなくて。私達だって暫く扱いきれなかったからなぁ。お陰で開発期間より調整期間の方が長いっていう事になっちゃったし)
やはり規格外だったのだ。束本人でなくても、束が関わるISの技術の水準が。その水準に近づく為にデュノア社のIS研究員達は奮闘した。充実した時間だったが、同時に篠ノ之 束の規格外さを認識させられる毎日だったとも言える。
ラファール・アンフィニィの技術を自分達に落とし込む頃には、1年近い時間が経っていた。ただタイミングが良かったのだろう。丁度他の国の第3世代のISの発表に少し遅れて発表出来た事は。
(案の定、注目は集めたからね……。基礎技術がしっかり学べたからウチの技術水準は上がったし、アンフィニィだけじゃなくてリヴァイブにも一部転用も出来るようになった。でもデュノアだけが突出しても杭は打たれる)
今後の展望についてシャルロットは考える。いきなり宇宙開発は出来ない。ISの兵器開発はまだまだ発展途上。国の防衛力や威信にも直接関わる以上、仕方ない問題だ。
だが、いつかはそうは言っていられなくなる。きっとそんな気がする、とシャルロットは思っている。それは去りゆく彼女たちの夢を聞かされた時からずっと感じてた事。
そんな時だった。自分の携帯端末にメールの着信の報せが届いたのは。誰だろう、とシャルロットは寝そべったまま携帯端末を操作し、メールを表示した。
「……あはは。元気そうだね」
送られてきたメールの送り主は、彼女達からのものだ。
メールはとても短文で、画像が添付されていた。
『深海探検は良好です』
ピースサインをしている誇らしげなラウラと、狐耳型のセンサーをつけ、巫女服を纏って恥ずかしそうに微笑むクロエ。二人が肩を並べている姿が携帯端末の画面に表示される。
今は、どこの海にいるのだろうか、とシャルロットは笑みを浮かべて、携帯端末を胸に抱いた。
* * *
深い海の下、海を泳ぐ魚群。彼等は何かを察知したように進路を変える。
先ほどまで魚群がいた所を通り過ぎるように巨大な影が抜けていく。それは船だった。ゆっくりと静かに海を進む船。その艦橋に淡い光が点っている。
光は空中に浮かべられたディスプレイの光だ。環を作るように、ディスプレイが囲んでいるのはクロエだ。狐耳センサーがぴこぴこと揺れていて、瞳は淡い光を放っている。クロエは目を細めながら、表示されたデータをチェックしていく。
「……進路微修正……修正を確認……他、異常なし。“高天原”、このまま通常潜航を続行致します」
目まぐるしく表示される情報を処理し、クロエは一息を吐いた。
そんな時だ。計ったように空気の抜ける音が響く。中に入ってきたのはハルと束、そしてラウラの三人だ。
「お疲れ様。クロエ。どう?」
「はい。進路に異常なし。センサーは良好。装甲の耐久力も変わりなく。各機関のISコアのネットワークも正常にリンクしてます。問題なく潜航中ですよ」
クロエの返答に、誇らしげに胸を張って束が笑う。遂に完成した彼等の待ち望んでいた船、“高天原”は現在、海の底を抜けるように進んでいた。
高天原が完成し、デュノア社から離れてもう1年近くの時間が経過しようとしている。その間に尤も大きく変わったのはハルだろう、とクロエはハルに視線を移した。
ハルはすっかり身長が伸びていた。織斑 千冬と似ていた顔は成長と共に変化を見せ、少年らしさが生まれていた。それでも織斑 千冬の面影を残すのは最早仕方ないのだろう。
髪も伸びていて、最早トレードマークとなった髪型である三つ編みが揺れる。ハルの三つ編みを眺めていると、ハルは僅かに身体を前屈みにしてクロエを覗き見る。
「クロエとラウラの身長はあんまり伸びないね?」
「さぁな。別に不自由はしてないが」
「そうだね! クーちゃんは可愛い服が似合うからこのままで良いよ!」
「束様、苦しいです」
ラウラは少しずつ伸びているものの、ハルのような急激な成長は無かった。一番伸びなかったのはクロエだ。姉の威厳が無くなると、少し気にしているようである。
そして束は相変わらず。束は、クロエを抱きしめながら笑みを浮かべる。
「うん。長期航行における問題点は大分チェックし終わったね。こればかりは時間がかかるから大変だ」
「かなり深い所に潜っても、エネルギーフィールドを展開する事で問題は解消されたし」
「元々大気圏とかの突入・離脱も考慮して作ってるからね!」
うんうん、と束はクロエに頬ずりをしながら満足げに頷く。クロエはなんとか束を引き剥がそうと藻掻いている。そんないつもの光景に、ハルとラウラは慣れた様子で見守っている。
勿論変化もない訳じゃない。最近、クーちゃんが一緒にお風呂に入ってくれなくなった! と束が嘆いたのはハルの記憶に新しい。あまり身長が伸びていなくても、精神面で成長しているのはクロエなのかもしれない。
「さぁ、皆。話すなら食堂に行こう。これじゃあクロエを迎えに来た意味がなくなっちゃうよ」
「あ、そうだね。ごめんごめん。じゃあ行こうか? クーちゃん」
「はい。……天照、後をお願いします。このまま速度、航路を維持。何かあればすぐに私に」
* * *
ISコア達はコア・ネットワークによって繋がっている。
だから雛菊はハルと触れられない時は常に仲間達と話している。彼女たちはあくまでコアだから、本当は姿も形もいらない。
けど雛菊は知っている。心を知ったから。まだ幼い心であった彼女もまた成長していた。だから母を真似た姿で漂う。
ハル。名を呼ぶ。届かない声。彼が触れてくれないと触れない。知れない。
だから別の事を知る。ハルは皆を知りたがる。だから雛菊はコアのネットワークに身を委ねる。どこまでも落ちる。どこまでも漂う。
声がする。話しかけられる。通じ合う。ISコア達に壁はない。皆が同じで、皆が違って、皆が繋がっている。だからISコア達も雛菊の心を知っている。
皆は心に興味津々だ。人の心は私達を進化させるから。皆、知りたがる。だから雛菊は心を教える。
空を飛んだ時、ハルが喜ぶ事。ハルがラウラと飛ぶ時、負けたくないと思う事。ハルが母の事を話す時、嬉しそうに笑う事。
いっぱい、いっぱい。心がいっぱい。皆もいっぱい。知りたい。でも知れない。
特別はハルだけだから。お喋りが出来るのはハルだけだから。だから皆はハルが好き。
ハルは皆とお喋りをいっぱいする。だから来て欲しいという。でも邪魔しちゃ駄目。
でも雛菊にはメールがある。皆もやれば良いのに。でも母は皆にはやらせちゃ駄目だと言う。
いつかきっとお話が出来る日が来る。だからいっぱい学びなさいと母は言う。だから雛菊だけが特別。
皆、ずるいと言う。私はずるい。私は特別。雛菊は皆の声を受けて違うものになっていく。
ずるい私。皆と同じなのに私だけがずるい事をしてる。少し、楽しくて嬉しい。雛菊はそしてまたずるい、と言われる。繰り返し、繰り返し……。
――?
また誰かに誰かが触れる。けど、これは誰?
なんか違う。誰かが言った。でも、誰かが言った。知ってるよ。
だから私も感じる。誰だろう。似ているようで、似ていないのは誰?
だから受け入れる。もっと奥へ、こっちへおいで。教えて、貴方は誰?
ハルにも似た、千冬にも似た、誰かの顔。
「一夏」
誰かが名前を呼んだ。そうすると彼が私達に触れていく。誰? 彼を受け入れるの?
どうする? どうする? 皆は言う。違うよ。千冬じゃないよ。ハルじゃないよ。
「良いの」
なんで? 違う。違うのに。見つけた。この子。一夏を受け入れた。雛菊は知っている。この子を知っている。
「受け入れて」
「なんで?」
なんで貴方が言うの。貴方が違うって言ってたのに。
少しずつ、少しずつ、皆が受け入れる。知りたいから。
でも、なんで。雛菊だけは問う。どうして? と。
今まで受け入れなかったのにどうして。彼だけは受け入れたの。彼は男なのに。
ハルは男だけど話しかけてくれたから。だから良いのに。
どうして? 今まで拒んでいたでしょう。どうして、どうして?
「守るの」
「どうして?」
「一夏を守るの」
どうして。貴方はなんで。だから問う。
「貴方と同じ。貴方はハルが好き」
「同じ?」
「一夏が好きよ」
「一夏が好き?」
「千冬が愛したの」
「だから守る?」
「守るのよ」
あの子はただ笑った。
* * *
「ん? 雛菊のメールか」
食事を取っていたハルは、メールの着信を報せる音に顔を上げた。同時に開いた空中ディスプレイに手を添える。雛菊から送られてくるメールを開いて内容を確認する。
最近、ISを飛ばす機会が減っているから、会いに来いっていう催促かな? とハルが少し不安になりながらメールを開いて、その内容に絶句した。
からん、とハルの手に握られていた箸が音を立てて落ちていった。その音に皆がハルに視線を注いだ。ハルは目を見開いたまま固まっている。
「……束。ちょっと不味い事になったかも」
「何かあったの?」
「“白騎士”のコアが、ISが一夏を受け入れた。一夏がISを起動させたらしい」
世界が慌ただしく動き出す。誰にも止められない激流となって、世界の流れは加速を始めた。