天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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Episode:14

「うぅん……」

 

 

 束が難しい顔で唸っている。いや、束だけでなく、ここにいる全員が難しい顔で唸っていた。

 束が表示しているのは1つのISコアのデータ。かつて最初のISであった“白騎士”、そのコアである。

 かつて、第一世代の開発の際に技術提供として公開されていたものだった。だが、束が世界から行方を眩ます際に強奪。今は、束の下で封印されていた筈だった。

 

 

「まさか、またこの子に悩まされる日が来るなんて思わなかったよ」

「雛菊の表現だと、白騎士が一夏を受け入れたからISコア達も受け入れ始めたって話だけど」

「ISが男を受け入れないのがちーちゃんと私が作ってて、男と女は違うもの、って認識してたから起動しなかった、ってのは知ってたよ? その認識を持っていた白騎士のコアを基にISコアは作成されたからISコア達の共通認識になってる事も。……でもこんな形でいっくんがISを起動するのってアリなの?」

 

 

 束は、雛菊とコンタクトが取れるようになってから、コア達の意識を調査していた。その過程でISコアが男性を受け入れない理由も解明された。

 ISが最初の搭乗者である千冬、そして開発者である束とは、別の生き物だと認識していたからだ。逆に同姓である女性は自分たちを身に纏うものである、という認識を持っていたのだ。

 そして認識を訂正しないまま、ISコアの量産に入った時には既に遅し。形成されたコア・ネットワークは男は異物だと認識していたのだ。この認識を正すには時間をかけるしかない、と束は諦めざるを得なかったのだ。

 ISコア達の意識は幼い。そして頑固だ。一度認識したものを覆すには、理屈を以て納得させなければならない。その為には、女と男の違いはあっても同じである事をISコアに教え込まなければいけない。

 これには難解を極めた。これはISコアと人間の意識の間に差があった事に起因する。幾ら直接コンタクトを取れるハルが居ても、ISコア達が男も同じもの、と認識させる事は出来なかった。曰く、身体の構造が違う、精神性の相違など、屁理屈にも思える理屈を捏ねて納得しなかったのだ。

 ここで拍車をかけたのが世界情勢。ISが使える事になった事で女性の立場が優遇され、世界の傾向として女尊男卑の認識が生まれていた。これがコア達にも悪い影響を与えてしまったのだ。つまり、男は劣等種であると。

 ハル自身も男なのだから、と一度は説得を試みたのだが、ハルは別枠らしい。だからこそ逆に参考にならないのだそうだ。

 ハルは自分たちにコミュニケーションを取れる存在であり、最初の搭乗者である千冬や束より近い隣人。

 それがISコア達のハルへの認識だ。男女という括りではなく“限りなく自分たちに近い存在”として。

 折角ならば男性にも使えるようにもしたかったが、ただでさえ認識の意識改革となればISコアの成長を待たねばならない。

 更に、今の世界はISによって奇妙なバランスで維持されているのだから、今それを無理に崩す必要もない、というのが束の結論だったからだ。

 なので男性もISを扱えるようにするのは、時間をかけての課題だった。その筈だったのだ。それも白騎士のコアが起こしたイレギュラーによって、状況が変わってしまったのだが。

 

 

「白騎士のコア自身の存在定義。私の夢の成就と、ちーちゃんの守りたい人を守るための力。その為に進化した先がISだった。で、守るべき対象であったいっくんは、ハルと同じく別枠扱いだった為、動かせてしまったと」

「でも、僕の場合とは違うでしょ? 僕は最初は千冬に誤認された上で、ISコアに干渉出来る特異性があったからこその別枠扱いだし」

「……それに、今話すべきは原因の追及ではなく、彼をどうするかではないですか?」

 

 

 議論を交わす束とハルにクロエが指摘を入れる。クロエに同意するようにラウラも頷いている。

 束とハルは顔を見合わせて罰悪そうに視線を落とした。確かに二人の言う通りだ。

 

 

「このまま放って置いたらモルモット一直線だよね」

「それは駄目!」

「確かにモルモットになる可能性はありますが、同時に彼の希少性は高い。どこかに保護される形になるのが自然かと」

「だったらIS学園があるぞ? あそこは中立地帯だからな。それに年齢も丁度良い。編入させるにはまったく問題がないぞ。ただ、周りは女子だけだがな」

 

 

 ラウラの言葉に皆が成る程、と頷く。

 ISが世界に公表された際、日本はISの情報を秘匿したとされ、その情報を公開する事を義務づけられた。そしてラウラの言うIS学園の設立を求められたのだ。

 IS学園はその名の通り、ISの操縦者を育成する為に開かれた。他にもメカニックの教育なども行っており、ISの未来を担う若者達が集っている学園だ。

 IS学園の土地はあらゆる国家に属さず、国家、組織であろうと学園の関係者に対しては一切の干渉が許されていない。

 ただ、それは有名無実化していてまったく効力を発揮はしていない。だが、それでも中立地帯である事には変わらない。一夏が保護されるならばIS学園が妥当だろう。

 

 

「ただ、あくまで時間稼ぎにしかならんぞ。永遠に学生で居られる訳でもない。どこかの国に所属するとしても希少性から狙われ続けるだろうしな」

「IS学園がいくら中立な地だとしても…陰謀が渦巻く事には変わりません。人が集まればどうしても……」

 

 

 確かに目先の事だけを考えれば、IS学園は一夏の身を守ってくれるだろう。だがその先は? そしてIS学園にいる時も、完全に安全という訳ではない。

 

 

「……束はどう思う?」

「……うぅん。ラウラの言うとおりIS学園に行って貰うのが良いと思う。あそこにはちーちゃんもいるし。後は私達も様子見で監視してれば大丈夫かな……?」

「でも、完全には守れないよ? 日常生活にまでは気を配れないし、織斑 一夏だって男の子だし、色仕掛けとか可能性あるし。まぁ言ってもどうしようもないんだけどさ」

「そうだね……」

 

 

 束は悩むように眉を寄せて組み合わせた手を額に当てる。一通りの推測が終わり、結論が出かけている。

 そんな中、クロエは両目を開いてハルと束を見た。表情を引き締め、クロエは意を決したように言葉を発した。

 

 

「……必要があるんですか?」

「え?」

「……束様の親しい人だってわかりますよ。でも、でも私達が気にかける必要があるんですか?」

「クーちゃん……?」

「私達の目的はあくまで宇宙への進出。織斑 一夏を守る事じゃない。そうじゃありませんか? 確かに男性もISを動かせる為の切欠に為り得ますけど、あくまで束様の自己満足ですよね? だったら最低限の警戒だけで良いんじゃないんですか? なんで今更、織斑 一夏を守ろうなんて話になってるんですか? 彼がいても、いなくても私達には関係ないじゃないですか」

 

 

 クロエは唇を一文字に引き結んだ。僅かに顔を俯かせ、身体を震わせている。それは恐らく一夏を見捨てる、という意見であり、束に一夏に執着すべきではないのでは、という提案だ。

 クロエは基本的に束の意見には逆らわない。最近は一緒にお風呂に入ろうとする束を断ったりはするが、それでも基本的に従順だ。特にこうして皆で今後の行動方針を決める際には。

 だが今回は束に逆らった。それは織斑 一夏は自分たちの夢とは何も接点がない存在だからだ。あくまで束の親しい人であるという、ただその一点のみ。

 

 

「……私も姉上と同意見です」

「ラウラ……」

「束様。お言葉ですが……織斑 一夏を守る事は、後の男性IS操縦者を生み出す鍵となり得るやもしれません。けど、同時にならないかもしれません。

 少なくとも私達にはハルがいます。ハルが根気よくコアを説得していけばいずれ為るかもしれません。私には、どうしても織斑 一夏を守る事の重要性が感じられない」

「……束さんに意見するだなんて随分偉くなったじゃないか。ラウラ」

「では、どうするのですか? 私達に出来る事なんて多くないですよ。万難を排するには織斑 一夏を直接護衛するしかないです。そして、それは実質不可能です。それとも織斑 一夏をここに招き入れますか? それならば安全を確保する事は出来ますが?」

「落ち着いて、ラウラ。束も殺気を向けないの。クロエが怯えてる」

 

 

 口論になりかけた三人をハルは諫める。束はラウラを威嚇するように歯を剥いているし、ラウラもまた束に険しい表情で応対している。クロエは空気に耐えられずに身体を震わせている。

 束はそれに気付くも、険しい表情のまま、首を左右に振った。

 

 

「いっくんは見捨てない。見捨てたくない。守ってあげたい」

「また、モンド・グロッソの時のようになるかもよ?」

「そうならない為にもいっくんに最強のISを渡す。私が作って渡す」

「……束。結局それじゃ堂々巡りだ。僕らが織斑 一夏を守るには現状、手間が掛かりすぎる」

「わかってるよ! そんなのわかってる! クーちゃんの言うことも、ラウラの言うこともわかってる!! でも、でも……!!」

 

 

 それでも束は一夏を切り捨てられない。見捨てたくないと叫んでいる。ここで彼を見捨てたら自分を許せなくなる。けれど皆の言う事もわかるのだ。

 束は外に出る事は出来ない。だから動くとしたらハル、ラウラ、クロエになる。わざわざ彼等を動かしてまで守る? 

 クロエとラウラは言う。あくまで宇宙進出を望むなら、一夏の為に裂くリソースはあまりにも大きく、無駄だと。

 ならば一夏が自らの身を守れるだけの最強の力。それを束が授けるとする。そうすれば結局、一夏の希少性を上げるだけだ。結局状況は変わらない。そんな事は束にもわかっているのだ。

 

 

「……束、もう良いんじゃないかな?」

「ハル?」

 

 

 ハルは束を真っ直ぐに見つめて言う。ハルの瞳には決意があった。

 ぞくり、と束は身を震わせて、察したのだ。今からハルは言うことは、きっと自分にとって良くない事であろうと。

 

 

「僕らは、今の僕らが出来る範囲で夢に向かってきた。皆、同じ思いだ。宇宙に飛び出したい。束の夢を叶えたい。一緒に宇宙へ。……でも、どう頑張っても手が届かない事もある。実際、僕等の手は織斑 一夏には届かない。

 だから束。僕は今から君に辛い提案をする。嫌だったら嫌って言って欲しい」

「……ッ!」

 

 

 ハル? とラウラとクロエが不思議そうにハルを見据える。ハルはただ真っ直ぐに束を見つめていた。

 束は悩む。今なら、まだハルの言う事を聞かないで済む。ハルがこう言う時、彼は束にとって受け入れがたい事を告げる。

 それでも聞く事を束は選んだ。それだけハルは何か伝えたい事があるのだと察して。

 

 

「……言って。言ってから考える。提案って何?」

 

 

 束は服の裾を握りしめながらハルの言葉を待つ事を決めた。

 束の返答に、ハルは1つ頷いて、その提案を告げた。

 

 

 

「束、表舞台に戻ろう」

 

 

 

 束の息が、止まった。

 場が静まりかえり、誰もがハルに驚愕の視線を向けている。ラウラが勢いよく机を叩いて立ち上がる。

 

 

「ハル!? お前……お前、何を言っているんだ!?」

「正気ですか!? ハル!?」

「正気だよ。ずっと考えてた事だ。束がラウラとクロエを受け入れた時から、ずっと」

「え?」

「私達を?」

「僕等の目的はさ、正直果たすだけならもう難しくないと思うんだ? だって宇宙に飛び出す技術はあるだろう。食糧もプラントがあるさ。我慢すれば餓死はしない。束が設計したんだ。何か不具合があっても、束さえいればリカバリーが出来る。ISもあれば何か外敵がいても対処出来る。僕等は時間さえかければ、問題なく宇宙に飛び出していける」

 

 

 でもさ、とハルは間に挟みながら続ける。

 

 

「本当にこのままで良いのかな、って思ったんだ。僕はさ、束の夢が叶う事が一番良いと思ってる。このまま4人で宇宙に飛び出していって、果ての果てを目指しながら旅をするのも良いさ。――束が、本当にそれで良いなら僕もそうする。でも、そうじゃないんだよね? 束」

「……ッ!」

 

 

 ハルの問いかけに束は目を見開いてハルを見た。どうして、と言うように束はハルを見つめ続ける。

 それは果たして、束の本心を察した事への驚きなのか、束の本心を明かしてしまった事への非難なのか。

 ハルはそれでも揺らがない。ただ淡々と言葉を紡いでいく。束から目を逸らさずに、1つ1つ語りかけるように。

 

 

「ここにいる皆が。束の夢を認めてくれた時、一緒に夢に向かってくれると言った時、君は嬉しかった筈だ。そして、君の夢を少しでも広めようとしたクロエとラウラが愛おしくなった。自分の夢を理解して、宝物のように語る二人の事が」

「……姉上だけでなく、私も?」

「元々、天の邪鬼になってただけさ。そうでしょ? 束」

 

 

 ラウラは信じられない、と言うように束を見た。本当にラウラは素直だと、ハルは苦笑する。だから束の言う事を全て鵜呑みにして、束も本心を隠してしまう。それが楽だから、束はラウラに甘えていた。

 束は否定しなかった。先に言われてしまえばどんな態度でも認めてしまう事になるから。僅かに頬を紅く染めてハルを睨み付ける。だが、ハルは気にせず笑みを浮かべて見せた。

 

 

「どういう経緯で拾ってきたかなんて、もう些細な事なんだよ、束。ラウラも一人の人間だ。君に従うだけの道具でもない。その上で、君に従うと言っている。君の夢を叶えたいと言っている。彼女は僕等の仲間だ。……束も、そう思えるようになったんでしょ?」

「……良いよ。それは認めるよ。でも、それがどうして表舞台に戻ろうって話になるの?」

「世界中には無理かもしれなくても、もっと束の夢に同意してくれる人はこの世界にいると思う。ラウラとクロエがいたように。束。もっとその夢を広げてみても良いんじゃないかな? その為にもう一度、表舞台に戻らないか? もう一度、ISは宇宙に飛ぶ為の翼だと証明する為に」

 

 

 もう一度、束の夢を世界に理解して貰う為に。ハルはその為の手段をずっと考えていた。

 このままで良い筈が無い。束だってそう思っている筈だと。束はずっと世界を憎み続けてきた。でも、それは受け入れられなかった悲しみから生まれたものだ。束の憎悪はハルが来て、そしてラウラとクロエという存在を受け入れて、少しずつ溶けていた。

 それでも完全に溶ける事はない。受けた傷は消える事はないだろう。実際に、今でも束にとって強烈なトラウマとして残っているのだ。彼女の悲しみは、世界に受け入れられる事が無ければ永遠には癒されない。

 

 

「……言いたい事はわかるよ。受け入れてもらえるかもしれない、って。希望も正直、持ってる。でも……どうやって受け入れて貰えるようにするつもり? 今の世界でどうやって私の夢を認めさせるの?」

「僕に1つ案があるよ」

「どんな案さ」

「ただ宇宙に行きたいなんて誰も認めない。ISには価値があるから。それは覆せない事実だ。だから皆、束の夢を認められない。どんなに輝かしい夢があっても僕らは生きているんだ。生きるには生活しなきゃいけない。そして生きる為には、極論を言えば戦わなければならない」

「だから、ISは世界にとって兵器として受け入れられた。その圧倒的な性能によって」

「そうだね。その通りだ。国を守る為には、やっぱり力が必要なんだ」

「それじゃあどうするって言うんですか?」

 

 

 束だけでなく、ラウラとクロエもハルに疑問をぶつけるように視線を投げかけた。

 三人の視線を受け、ハルはゆっくりと息を整えるように呼吸し、己の考えを言い切った。

 

 

 

「――僕等も組織を作るんだ。ISの宇宙開発を望む、その為に活動し、世界に認めさせる為の組織を。……そして束。組織を結成するなら君にはやって貰わなきゃいけない事がある」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……一体何が起きてるんだ」

 

 

 篠ノ之 箒は驚愕していた。それは世界を賑わしたニュースの当事者が、彼女の幼馴染みだったからだ。テレビに自分の幼馴染みが間抜け面を晒していて、とんでもないニュースになっているのを見て、思いっきり噴出した。

 

 

 ――織斑一夏。世界で初めてISを起動させた男。

 

 

 一体何が起きているんだ、と。女性にしか動かせなかった筈のISを一体何故、一夏が動かせるようになっているのか。だが何度問うても箒にはわからないだろう。

 そもそも、ISを作った自分の姉の事すら箒にはわからない。束が何故、自分を愛してくれるのかなんて。

 姉妹だから、と言えばそれだけなのかもしれない。だがあまりにも自分と違う姉にどう接すれば良いかなんてわからなかった。

 そして、わからないままに時が過ぎた。結局、理解が出来ないまま、束は姿を消した。箒にとって最悪の出来事を巻き起こして。

 

 

「……私は、ISを憎んでいるのかな」

 

 

 今、箒は要人保護プログラムによって保護されている。束によって公開されたIS。その利益を得ようとする為に狙われるかもしれない。

 だからこそ、住む場所を変えられ、時には名も変えられて、政府にずっと監視されながら生きてきた。

 必要な事だったと思う。だが理性と感情は別物だ。箒は、納得なんて出来なかった。この理不尽を突き付けてきた姉を。だから理解する事は一生無い。憎悪に似た気持ちすら持っている。

 

 

 ――そんな時だ。箒の携帯に着信を知らせる音が響いたのは。

 

 

 一体誰だ? と箒は、滅多に鳴らない携帯を手に取る。通知はない。電話をかけてきた相手は誰かわからないまま。箒は少しの逡巡の後に、通話のボタンを押した。

 なんとなく予感があったのかもしれない。このタイミングで通話をしようとする相手など限られている。だから覚悟を決めていた。

 

 

 

『……やぁ。久しぶりだね。箒ちゃん』

「……姉さん」

 

 

 

 あぁ、覚悟していたさ。きっとこのタイミングで私に関わろうなんて好き者は貴方しかいないと。

 箒は携帯を握る手に力を込めた。今、自分はどんな顔をしているのだろうか、と思った。笑っているのか、怒っているのか。自分でもよくわからない不思議な感情が胸の奥から沸き上がって来ている。

 

 

『今、大丈夫かな?』

「……ふん。姉さんが私の都合を窺うなんてらしくないな? いつもは好き勝手に振る舞ってたじゃないか。だったらそうすれば良いんじゃないか?」

『……わかった。じゃあ、外に出て貰えるかな? 今なら監視の目もないから』

「なに?」

『……話をしよう。箒ちゃん。箒ちゃんと話がしたい』

 

 

 ぎり、と。箒は歯を噛みしめた。軋む音が響き、奥歯が欠けたような気がした。

 

 

「今更、ですね」

『箒ちゃん』

「良いでしょう。良いですよ。外に出れば良いんですよね?」

 

 

 箒は携帯電話の通話を切った。上着を羽織り、家を出る準備を整えていく。そして家を出ようとした所で、箒は思い至ったように刀袋を取った。中に収められている木刀を確認する。無言のまま、肩袋を肩にかけて家を出た。

 はらはらと雪が舞っていた。冷たい空気が息を白くさせていく。家を出て、その入り口で箒は足を止めた。

 

 

「……5年ぶり、かな。こうして顔を直接合わせるのは」

「……そうですね」

 

 

 駆け寄れば、すぐに手を伸ばせる距離に彼女達はいた。

 変装なのだろう、束はいつもの奇抜な衣装ではなく、普通の冬着を着ていた。頭には特徴的なウサギの耳が無い。代わりなのか、白いウサギを模したふわふわの耳当てをしている。

 大きな眼鏡をつけた束は随分と印象が変わって見えた。そもそも、奇抜な姿である姉を見慣れすぎたのだろう。こんな普通の格好している人が、自分の姉だとは思えなかった。

 

 

「ここじゃ何だし、歩かない?」

「良いですよ」

 

 

 ちらり、と束は箒が肩にかかった刀袋に視線を送ったが、すぐに箒の顔に視線を移して束は微笑む。

 その笑顔が儚げに見えたのは気のせいだろうか。それともちらつく雪のせいだろうか。それとも、別に理由があったのだろうか。

 答えが出ないまま、束に促されるようにして箒は束と並んで歩き出した。はらはらと雪が舞う道を二人で歩いていく。夜も深くなる時間だ。擦れ違う車、人も少なく街は静かなものだ。

 元々田舎に近い場所だ。のどかな場所だと思う。逆に言えば何もない場所。箒にとってはどちらでも変わらない。

 長い道が続いている。民家もなく、あるのは畑の名残だろうか、広大な土地だけが広がっている。その脇道を二人で並んで歩いていく。

 

 

「……箒ちゃん、なんか身長が高く見える」

「そうでしょうか。そんなに変わらないと思いますが」

「色々と成長したね。身長だけじゃなくてさ」

「どこ見て言ってるんですか」

 

 

 束の視線が向けられた位置に気付いて箒は不愉快そうに眉を寄せた。好きで大きくなった訳じゃない。

 

 

「記憶の中の箒ちゃんはもっとちっちゃかったなぁ。これぐらい」

「胎児ですか、私は」

「ははは、冗談だよ」

「――結局、貴方は何をしに来たんですか?」

 

 

 付き合ってられない、と箒は束に切り出した。こんな普通の家族みたいな会話を自分は望んでいる訳じゃない。まるで距離を測られるように話されるのは、うんざりする。

 そんな思いから零れた言葉。箒は足を止めて束を睨んだ。数歩先に進んだ所で、束も箒に背を向けたまま足を止めた。

 

 

「箒ちゃんはさ、この世界をどう思う?」

「……世界を?」

「うん。箒ちゃんにはどんな風に見えてる?」

「くすんだ灰色ですよ。希望も夢もない。明日も見えない。毎日が変わらない牢獄の日々ですよ。あなたのお陰でね」

 

 

 皮肉るように束の背に投げかけた言葉。篭められるだけの悪意を乗せて箒は吐き捨てた。肩にかけた刀袋を下ろし、その口の紐を解いた。

 

 

「貴方が変えたんだ。私の世界を」

「……そうだね」

「ッ! 自分の思うように! 自分の勝手で! 私の気持ちなんて知ろうとしないで! 私はただ一夏といたかった! 篠ノ之道場で、篠ノ之神社で平凡に暮らせればそれで良かった! それを全部壊したのは姉さんだッ!!」

 

 

 箒は刀袋から抜いた木刀を構える。息が荒れるのがわかる。睨み付ける瞳に血が集まっていくのがわかる。

 木刀を姉に向けて箒は肩で息をしながら歯を噛みしめた。

 

 

「もう良い! それは良い。私は良いさ。だが……姉さん。貴方は一夏に何をした? 何故一夏がISを動かした? どうせ貴方の仕業なんだろう? 私に会いに来た理由はなんだ? 一夏がISを動かせるようになったから、私も、か?」

「……」

「――なんとか言ったらどうなんだ!? 事と次第によっては姉さん、私は貴方を止めなきゃいけない! 私は良い! 私は良いんだ! もう散々諦めた! だが一夏は関係ないだろう!? 貴方の勝手に一夏を巻き込むな!!」

 

 

 木刀の切っ先が震える。力を込めすぎた手の骨が軋んでいる。

 身体に籠もった力が熱を産んで外気の冷たさを忘れさせていく。

 

 

「……今更、か。そうだね、箒ちゃん」

 

 

 くるり、と。かけていた眼鏡を外しながら束は振り返った。

 雪のように儚げな表情を浮かべていた。今にも消えそうな表情に箒は苛立ちが募る。

 何故そんな顔を浮かべる。そんな顔なんて、見たこと無かった。

 何故、今更そんな顔を浮かべて私の前に立つのか、と。

 

 

「……箒ちゃんは私が本当の事を言ったら信じてくれる?」

「……いいえ。きっと信じられないでしょう」

「だよね。でも、それじゃあ何も始まらないし、何も終わらせられない」

 

 

 束は無造作に立ち尽くすのみ。だがゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

 

「私はいっくんには何もしてないよ」

「……そうですか。では今日ここに来たのは?」

「箒ちゃんと話がしたかったから」

「貴方と話す事などもう無い。……帰ってください。もう私は貴方と関わりたくない」

 

 

 箒は表情を殺し、ゆっくりと木刀を下げようと力を抜く。

 だが、そんな箒に束は制止するよう声を投げかける。

 

 

「駄目だよ。箒ちゃんは私と話さなきゃいけない。箒ちゃん。我慢しなくて良いんだよ。私は構わない。認めるよ。貴方の幸せは私が壊したんだ」

「――黙れ」

「黙らない」

「黙れ……」

「黙らない」

「黙れッ!!」

「黙らないッ!!」

 

 

 互いに睨み合うように視線をぶつけ合う。下げられそうになった木刀は再び構えられ、箒と束は対峙する。

 

 

「じゃあなんだ!? 今更、どの面下げて!! 謝りに来たとでも言うのか!? 今更、今更、今更ッ!?」

「……ッ!!」

「なんとか言ったらどうなんだ!? 話さなきゃいけない!? ――なんで5年前に言ってくれなかったんですかッ!! なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!?」

「箒ちゃんだって言ってくれなかったもん!! 私と話したいなんて言ってくれなかった!!」

「貴方が私を見てくれないからだろうが!!」

「箒ちゃんだって見てなかった癖に!!」

「見れる訳が無いだろう!? 貴方みたいな化け物なんて――ッ!!」

 

 

 言って、空気が死んだ。

 ひゅっ、と。束が息を呑んだ。目をまんまるに見開かせて、その瞳に涙を浮かべて箒を見ていた。

 箒は見ていた。姉がたたらを踏むようによろめいたのを。今にも崩れ落ちそうな程、足を震わせている姿を。ただ、それでも踏み堪えて箒を睨み付けるその姿を。

 

 

「……化け物じゃない」

「……ッ」

「……誰も、私の事をわかってくれないだけ。私だって泣くんだよ? 痛いんだよ? そうだよ、私は何でも出来るよ。だって皆と違うもん。束さんはね! そんじょそこらの凡人とは違うんだよ! ISだって生み出した! 世界すら変えて見せた! 今だって世界は私の事を捕まえられない!! でもッ!! ――人間を止めたつもりなんてこれっぽっちもないッ!!」

 

 

 叫んだ。あまりの叫びに、束が咳き込む程に。身をくの字に折って咳き込む姉の姿を、箒はただ呆然と見ていた。

 束が震える息で呼吸を正す。身体を震わせながら、再び顔を上げて箒と視線を合わせる。

 

 

「好きなものを好きだって言って何が悪いの? 作って何が悪いの? 夢見て何が悪いの? 寂しい、理解して欲しい、一人にして欲しくない、そんな我が儘を言って何が悪いの!? 一人にしないでよ!! 束さんだって寂しいんだよ!!」

「そんな事……貴方はそんな事、言ってないだろう!?」

「言ってたよ!! ずっと、ずっと!! 認めてって!! ISだって作ったでしょ!? 凄いでしょって! 褒めてよ!! 私を褒めてよ!! 一生懸命作った物を否定しないでよっ!!」

「そんなわかりにくい我が儘があって堪るか! そんなの誰にも伝わらない!! 貴方は、貴方は馬鹿だッ!!」

「――ッ、何も言えない癖に! 私が怖くて何も言えなかった癖に!! 私を否定しないでよッ!! いっくんにも告白出来なかった臆病者の癖にィッ!!」

 

 

 箒の中で、何かがキレた。

 木刀が唸りを上げる。最早自分でも何を叫んでいるかわからない声で叫びながら箒は束へと踏み込んだ。

 もう思考には何もない。ただ、ただ爆発した怒りを叩き付ける為に、箒は木刀を振り下ろした。

 

 

 ――痛々しい肉と骨を打つ音が、耳を打った。

 

 

 束が膝を付くように崩れ落ちる。両手で握った木刀を離し、肩を押さえる。

 苦痛に呻く束の姿を箒はただ見下ろす事しか出来なかった。からん、と木刀が箒の手から落ちた。

 

 

「……何でですか」

 

 

 痛みの中、打たれた肩を押さえながら身を縮ませる束を見下ろしながら箒は首を振る。何故、と問うように。

 

 

「見えていたじゃないですか。なのに、なんで止めようともしないんですか!?」

 

 

 箒は信じられない、と言うように叫ぶ。確かに束は見えていたからだ。箒が振り下ろす木刀の軌道を完全に見切っていた。

 だが、束は逃げなかった。衝撃を殺すように両手で受け止めて、そのまま自らの肩を打たせた。

 わざわざ見切れる程の動体視力と、止めるには充分な身体能力がある癖に。逆に器用なまでに箒の一撃を受けた束に箒は叫んだ。馬鹿にしているのか、と。

 

 

「同情のつもりですか!? 私を怒らせて! 私が貴方を殴って! それで私の気が晴れるとでも思ったんですか!?」

「……違う、よ」

「だったら、何で!?」

「これが、喧嘩だから」

 

 

 涙に濡れる瞳で箒を見上げながら束は言った。箒の唇が震え、掠れたような声が漏れた。

 

 

「私は、箒ちゃんに酷い事を言ったから。だから、殴られないといけない……じゃないと箒ちゃんは私に何も届けられない。そしたら箒ちゃんは無駄だって思っちゃう。だから……受け止めるの。箒ちゃんが、受け止めてくれたから」

「……貴方は」

「……箒ちゃんを、私は怒らないよ。私は、こんな方法しか思いつかなかった。どうしたら箒ちゃんとわかり合えるかって考えて、考えて、喧嘩しようって。……こんな駄目なお姉ちゃん、許してくれる、かな?」

「貴方は、馬鹿だ……ッ!!」

 

 

 箒は力が抜けたように膝をつく。奇しくも二人で向かい合うように二人は膝をついて向かい合う。

 はらはらと雪が降り、白く染まっていく世界。そんな世界に染みを落とすように、二人の涙が零れ落ちる。

 

 

「あはは、初めての喧嘩だったね……」

「私は、別に貴方と喧嘩したかった訳じゃない!」

「しようよ。いっぱいしようよ箒ちゃん。お話も、喧嘩も、色んな事も。してあげられなかった事、してあげたかった事。いっぱい、いっぱい考えてきたんだ。喧嘩は、やったでしょ? 次は、お散歩かな? あ、もうしてるかな? 次は、お買い物とか……いっぱい、いっぱい、箒ちゃんと過ごしたい時間があるんだ」

「なんで私なんですか! なんで! なんで貴方は私に優しくしようとする! ずっと怖かった! どうして!? どうして貴方はそんなに私に優しいんですか!?」

「箒ちゃんが、大好きな妹だからだよ。それ以上の理由なんてない」

 

 

 束が手を伸ばす。頬に触れた手は冷たくてひんやりとしている。

 手で涙を拭うように頬を撫でて、束は嬉しそうに笑う。

 

 

「綺麗になったね。箒ちゃん。美人さんだ。だから泣いちゃ駄目だよ。台無しになっちゃう……」

「……ぁ」

 

 

 それは奇跡のように思えた再会の時、“彼”が言ってくれた言葉と同じ言葉で。

 言葉を忘れたようだった。何も言えなかった。ただ心が震えていた。

 愛おしそうに告げられた言葉が、愛おしげに触れるその手が。

 姉はこんな優しそうな声で喋る事が出来るのか。姉の手はこんなにも細かったのか。

 あんなに遠かった姉さんが、今、こんなにも傍にいる。触れられる距離にいる。

 あぁ、そっか。この人も、結局人間なんだ。触れる手の温度も、声も、髪も、全部幻じゃない。

 この人はここにいる人間で、ちゃんと生きているんだ。それが実感できた時、後悔が箒の身を襲った。

 

 

「姉さん……ッ!!」

「なぁに……? 箒ちゃん」

「ごめん、なさい……ッ!!」

 

 

 一体、何に謝っているのかも自分でわからず。ただ許される事を望むように箒は謝罪を口にした。

 頬を撫でていた手がそのまま後ろに回される。後頭部に添えられた手が、箒の頭を抱え込むように抱きしめる。ぽん、ぽん、と。心音と同じリズムで、束の手が箒の頭を撫でる。

 

 

「もう良いんだよ。もう、良いんだ」

「くっ……うぁ……ッ」

「辛い思い、いっぱいさせちゃったね。悲しい思い、いっぱいさせちゃったね。ごめんなさいは束さんの方がいっぱいだ。だから良いよ。箒ちゃんは許されて良いんだよ。貴方がまだ姉さんと呼んでくれる。それだけで、私はもう充分なんだよ……!」

 

 

 あは、と。震える吐息を漏らしながら束は笑う。

 

 

「やっと……やっとちーちゃんの気持ちがわかったよ。こんなにあったかい気持ちは振り払えないよね。守りたくなるよね。傍にいて欲しくなるよね」

「姉さん……!」

「大好きなんだ。ずっと、ずっと、ずっと。伝えるのが遅くなってごめんね。今、ようやく言えるよ。本当に心の底から」

 

 

 

 ――愛してる。私の可愛い妹。

 

 

 

 雪が落ちる。落ちてしまえば、すぐ溶けてしまいそうな雪。

 言葉を忘れたように泣く二人。それでも通じ合わせようと身を寄せ合って冷えた身体を温め合う。互いの体温を感じるように、互いの存在を確かめるように。

 

 

「……もう、良いかな?」

 

 

 雪を踏みしめる音と共に姿を現したのはハルだった。束は抱き合っていた箒の身体から身を起こして、小さく頷いた。

 一方で箒は、突然、現れたハルの姿に目を見開かせた。その姿が余りにも記憶の中の人と似ていたから。

 怪しむようにハルを睨む箒に、ハルは穏やかな笑みを浮かべるだけだ。

 

 

「お前は……誰だ?」

「僕はハル。束の同志、で良いかな?」

 

 

 箒に名乗りが終わればハルは束の下へと歩み寄った。束の肩にそっと手を置いて労るように束の手を握った。

 ハルに握られた手に束は力を抜いたように握り返してハルに身を預けた。

 

 

「……束、よく頑張ったね」

「うん。……これで大丈夫だよね?」

「これがずっと続いていくよ。それでも頑張れる?」

「うん。辛いし、痛いし、悲しいし、逃げたくなった。でも……わかって貰える事が嬉しいから頑張れる」

 

 

 言葉を交わし、寄り添う合う二人に箒はただ混乱するだけだ。一体、ハルと名乗った少年は何者で、ハルと束の会話には一体どのような意味があるのか。

 何もわからない箒はただ置いて行かれてしまう。そんな箒の視線に気付いたのだろう。ハルは箒と視線を合わせて真剣な表情を浮かべる。

 

 

「……篠ノ之 箒さん。悪いけれど僕等はこれから君を誘拐しようと思ってる」

「は?」

「今度こそ束の夢を世界に認めさせる。その為の組織を結成し、公表する。その際に……貴方の身が何者にも脅かされないように貴方を保護したい。束はそれを望んでる」

「なん、だと? 姉さん、貴方、また世界に対して何かするつもりなんですか!?」

「これは束だけじゃない。僕や、僕の仲間達の為。……そして、織斑 一夏の為だ」

 

 

 一夏の為に。聞き捨てならない台詞を聞いた箒は鋭い瞳でハルを睨み据えた。

 

 

「どういう事だ……?」

「僕等はISを平和利用する為に活動する組織を結成する。そしていずれは宇宙開発を行い、束の夢を叶える為に。僕や、ラウラや、クロエのように、そして織斑 一夏のように、ISによって人生が狂わされる人達の未来を守る為に」

「ISによって狂わされた未来を……」

「そしてもし望めるなら――君も力を貸してくれ。一人でも束の夢に同意してくれる人が欲しい。束の妹である君に僕は、是非ともこの手を取って欲しいと願う」

 

 

 片手で束を抱き寄せて支えながら、ハルは箒に手を差し出した。

 差し出された手に箒は目を見開いて、ハルの手を凝視する。

 ハルの言葉が身に浸透していく。ハルはただ真っ直ぐに箒を見据えている。

 束は、まるで縋るように、けれど堪えるように視線を伏せた。

 悩むように箒は瞳を伏せる。ここに来て色んな事があった。

 今まで理解する事の出来ない姉の気持ちを知った。愛されている事もわかった。

 

 

(――……一夏、私は……)

 

 

 脳裏に、彼の面影を浮かべた。そして僅かな間を開けて箒はゆっくりと視線を上げる。

 

 

「私は姉さんの夢に賛同出来ない。私は……その夢の所為で散々な目にあった。それを許すことは私にはできそうにない」

 

 

 箒の言葉に、ハルに支えられていた束が身を震わせた。そんな束を守るように抱き寄せながら箒を見据えるハル。まるで睨み据えるように、どこか苦渋を滲ませて。

 そんなハルの行動に箒はゆっくりと息を吐いた。あぁ、理解した。きっと姉が変わったのはこの人のお陰なのだと。だからこそ箒は改めてハルを見て、言い切った。

 

 

「だから私は、もう私のような悲しみが生まれないように戦いたい。その為に力が欲しい」

「……束の夢には同意出来ない。それでも力は欲しい?」

「勝手な事を言っているのはわかってる。でも……もしも私が、かつての私のように涙する人を救えるなら! 姉さんがその為の力を私に授けてくれるというなら! 私はその力で証明したい! そうすれば……私は姉さんを許せるかもしれない」

「箒ちゃん……」

「今の弱い私では駄目なんだ! だから、頼む!!」

 

 

 箒が伸ばした手が、ハルの手を強く掴む。

 決意の篭めた瞳はまるで焔を宿したかのように強く輝く。

 

 

「貴方たちの組織に迎えてくれ。もう誰にも失わせない為に強くなりたい! その為の力を私に授けてくれ!!」

「……相手は世界だ。ヘタをすれば世界を敵にして命を狙われるかもしれない」

「愚問だ。既にこの身は囚われの身、自らの意思で何も定められない籠の中の鳥だ。それが私の歪まされた人生の結果なんだろう。だが、それに屈する訳にはいかない! 私は、強くなりたい!!」

 

 

 箒は頭を下げて叫ぶ。握りしめた手を両手で握り、祈るように瞳を閉じる。

 箒が握っていたハルの手に、束の手が添えられた。箒が弾けるように顔を上げ、束を見る。

 穏やかな笑みを浮かべていた。安心して、と言うように束は微笑んでいる。

 そして束の表情を見たハルは、自分の手を握る箒の手を強く握り返した。

 

 

 

「篠ノ之 箒。一緒に戦おう、一緒に強くなろう。いつか君にも束の夢を理解して欲しいから。君の願いが僕も叶って欲しいと願うから。だから――この手を取ってくれてありがとう。僕は君を歓迎する」

 

 

 

 


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