天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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第3章 まどろむ夢
Days:01


 これは夢。

 いつかへと続くまでの夢。振り返れば自然と笑みが浮かんで、仲間達と語らうような夢。

 誰もが望んだ訳ではない。でも誰かが確実に望んだ夢。終わりが定められた夢を見る。

 いつか歴史に名を刻む者達が過ごした青春時代。後に黄金時代の幕開けともされた年。

 IS学園。未だ卵たる偉人達はここに集う。明日への未来へ向かってただゆっくりと歩いていく。そんな彼等のお話をしよう……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……ようやく、終わった」

 

 

 がっくりと。燃え尽きたように机に突っ伏したのは千冬だ。くたくたのスーツ、ぼさぼさの髪、つり上がった瞳には隈が出来ている。見るからに疲労しきった千冬。何も屍をさらすのは彼女だけじゃない。他にも死屍累々の様を晒すIS学園の職員達がそこにいた。

 彼等がこうも屍を晒しているのはIS学園に束率いるロップイヤーズの受け入れが決まったからだ。それも来訪の1週間前に。これにはIS学園の職員は全員がキレた。ただでさえ入学の試験を終え、今度は生徒達の受け入れの仕事もあるというのにその上でロップイヤーズの受け入れ。

 激務としか言い様がなかった。しかし誰かがボイコットする事も許されず、死なば諸共、全員が徹夜と残業に明け暮れて済ませた仕事に誰もが疲れ果て、こうして屍を晒している。

 

 

「……束、コロス」

 

 

 机に突っ伏した状態で千冬はこの原因となった親友への呪詛を口にするのだった。

 そんなIS学園の職員達の犠牲もありながら、束が率いるロップイヤーズはこうして世界に受け入れていくのだった。

そして、時は入学初日へと進んでいく――。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……なぁ? ハル」

「なんだい? 一夏」

「俺は、今、この教室に入る事を恐れている」

「それは、どうしてまた?」

「俺の本能というか、第六感というか……俺が教室に入った瞬間、まるで虎に襲われるような悲劇が俺を襲う気がするんだ」

「……まさか。考えすぎだって。確かに男子は僕等二人だけだけどさ。そんなに緊張する事はないって」

 

 

 IS学園の教室の前、そこで教室に入ろうとしたハルを押し止めたのは一夏だった。一夏は何かを恐れるように教室の扉を睨み付けて、教室に入る事を躊躇している。どうしたのか、とハルが聞いても要領の掴めない事ばかり言う一夏。

 恐らく緊張しているんだろう、とハルは思った。ISは本来は女性しか扱えない兵器。そんなIS学園に学びに来る者達と言えば当然女性。つまりこれからハルと一夏は女子達に囲まれての生活が待っているのだ。

 ハルは別に気にしていない。ハルは常に女性と生活を共にしてきたので、今更気にする事はない。一夏と違って耐性がある為、ハルは特にIS学園での生活について不安は抱いていなかった。

 

 

「違う……違うんだよ。ハル、わかってくれよ! これはきっと何かが起きる前触れなんだ! そう、クロエの料理が失敗するぐらいの悲劇が起こる!」

「……それはどういう意味ですか? 一夏」

「お前、自分の料理の不味さを自覚しろよ!」

「してますよ! す、少しはマシになったでしょう!?」

「いい加減、人に毒味させるのはやめろよな!? 自分で味見しろよ!?」

 

 

 一夏の言葉に青筋を額に浮かべたのはクロエだ。目を開いていても目を隠せるようにと洒落たラップアラウンド型と呼ばれるタイプのサングラスをつけている。

 クロエの目については既に世界的に周知されているので、サングラスの着用は既にIS学園側からは許可を貰っている。クロエに似合うように、と皆で探し回って買った一品だ。クロエはこのサングラスをとても大切にしている。

 さて、クロエは自身の料理の大失敗が悲劇と称された事が気に入らなかったのか、思いっきり一夏の臑を蹴り上げた。臑を蹴り上げられた一夏はその場で足を抱えて飛び回る。

 

 

「いってぇ!? な、何しやがる!?」

「良いじゃないですか! 女の子が折角料理作ってあげてるんですから! 素直に喜んでてくださいよ!」

「人の味覚を破壊する料理に喜べるか!」

「……酷いと思うが、あながち否定出来ないのがな」

「……そうだな」

「箒! ラウラまで! 酷いです!」

 

 

 どこか遠くを見るように視線を彼方に送りながら呟いた箒の言葉にラウラが頷く。クロエが裏切られたと言うように叫ぶが、彼等はクロエの大惨事料理の被害者なのだ。その気持ちは推して知るべし。ハルはそっと目元を抑えた。

 ともかくここで騒ぐのも迷惑だし、HRの時間もある。意を決してハルは教室の扉を開いた。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 そして、突然向けられた殺気に身が竦んだ。一体何が起きた、とすぐさま教室へと視線を向けて気付く。

 

 

(――虎が、いる)

 

 

 本当に虎がいた訳ではない。先ほどの一夏の冗談が脳裏に過ぎった為の感想だろう。ハルに殺気を篭めた眼光を叩き付けたのは一人の小柄な少女。

 ツインテールに結んだ髪型はオーラか何かなのか、僅かに浮いているように見えるのは気のせいか。鋭い眼光は今にも喉元に食らいつかんとする肉食獣のソレ。ごくり、とハルの唾を飲む音が嫌に響いた。

 

 

「……一夏じゃない」

「え?」

 

 

 虎のような雰囲気を纏っていた女の子がぽつりと呟く。すると殺気が薄れていく。どうやら人違いだったらしい。

 

 

「えと、一夏は外だけど」

「――ッ! 一夏ァッ!!」

 

 

 ハルが指で足を押さえて蹲っている一夏を示す。すると、咆哮を上げて少女がハルを押しのけて教室の外へと躍り出た。そのまま蹲っている一夏を押し倒すように少女は一夏に飛びかかる。

 

 

「うぉぁあああ!? な、なんだ!? って……鈴ッ!?」

「一夏ァッ!! ――死ね」

「マウントからの掌底!? なんのぉっ!?」

 

 

 訓練の賜なのか、マウントポジションを取られながらも顔面に放たれた掌底を一夏は首を捻って避けてみせる。そして、すぐさま掌底を放った手を押さえ込むように握りしめた。

 

 

「離せ! 離しなさいよ! 一発殴らせろ馬鹿ッ!!」

「殴らせろと言われて殴らせる馬鹿はいない!! ……っていうか、よう鈴。久しぶり」

「……ッ! この……馬鹿……! 心配、したんだから……ッ!!」

 

 

 暴れようとする幼馴染みの手を握りしめて一夏は嬉しそうに笑った。一夏の笑顔を見て鈴音は毒気を抜かれたように怒りの表情を崩し、項垂れるように一夏に倒れ込んだ。僅かに震えている身体はまるで今まで堪えていた悲しみを吐き出しているようだった。

 何も事情を知らない鈴音からすれば、ISを動かせるようになったとニュースに上げられた一夏がまた誘拐されたんじゃないか、と不安で仕方がなかったのだ。無事だとわかっても与えられた不安や絶望は拭えない。

 その時の感情を怒りにして一夏にぶつけてみれば、この馬鹿は嬉しそうに笑って迎え入れるのだ。卑怯だ、ずるい男だ、と鈴音は罵りながらも一夏がここにいる事が嬉しくて仕方なかった。涙が零れる鈴音の頬を一夏は己の手でそっと撫でるように拭う。

 

 

「……今度は拭えたぜ。鈴」

「……ばか」

 

 

 いつの話をしているのか、と鈴音は添えられた一夏の手に自らの手を重ねて呟いた。

 

 

「……んんっ、ごほんっ! あー、そこの二人?」

 

 

 これで終われば幼馴染みの感動的な再会だったのだろう。だがそうは問屋が卸さない。いかにも不機嫌そうな箒が一夏と鈴音に声をかける。

 箒に声をかけられた事で鈴音はようやく人の目で自分がやってしまった事を理解し、奇声を上げながら一夏の上から飛び退いた。その動作、やはり虎だ! と傍目で見ているハルが思う程、その動きは身軽で俊敏だった。

 鈴音がどいた事で上半身を起こした一夏だが、箒の顔を見て、改めて鈴音の顔を見る。そしてへにょり、と情け無さそうな顔を浮かべたが、すぐに表情を引き締めて立ち上がる。

 

 

「あー……箒。こいつが、その……アレだ。凰 鈴音って言うんだ」

「……ほう?」

 

 

 一夏の紹介を受けて箒は興味深げに鈴音を見た。箒の視線が気になったのか、むっ、とした顔で鈴音は箒を睨み付けた。……視線が少し下に下がって更に眼光が増したのは気のせいだと信じたい。

 

 

「凰 鈴音だな。私は篠ノ之 箒という。一夏から話は聞いているよ」

「……へぇ? どういう話を聞いてるのかしら?」

「お前と会える事を楽しみにしていた。……私は譲るつもりはない」

「……なにそれ。余裕のつもり? 掻っ攫うなら楽だったんじゃないの?」

「いいや。本気で悩んだ男の答えだ。尊重してこそ女の華というものだろう? だから待っていた」

「……へぇっ! 上等よ、篠ノ之 箒だっけ? 改めて、凰 鈴音よ。好きに呼びなさい」

 

 

 箒が微笑を浮かべながらも刃のように鋭い視線を浮かべ、迎え撃つ鈴音も不適な笑みを浮かべて牙を剥く。握手を交わしているが、互いに手には過剰な力が入っているのが見て取れる。

 竜虎相搏つ。睨み合う両者を見てクロエが呟いた。まったくだ、とラウラとハルが頷いている。これが一夏の言っていた子か、とハルは半ば感心していた。一方で、間に挟まれた一夏は早速顔色を悪くしている。

 

 

(あれは大変だね。……いや、僕がどうこう出来る問題じゃないから助け船は出せないよ、一夏)

 

 

 助けを求めるように視線を合わせてきた一夏だったが、ハルは笑顔で首を振った。一夏の表情がまるで裏切られたように歪む。ブルータス! とでも言いたげだ。だがハルは我関せずを貫き、一夏を見捨てて教室に入る事を選んだ。

 入り口の前で騒げば何事かと視線を集めている為、新たな来訪者に教室に入っていた生徒達はここぞとばかりにハルへと視線を注いだ。男、と誰かが呟いた事でざわめきが広がり出す。

 

 

「ハル!」

 

 

 そんな中、生徒達の中から懐かしい声をハルは聞いた。金色の髪を揺らして駆け寄って来たのはシャルロット・デュノアだった。

 

 

「デュノアさん! 久しぶり!」

「えへへ、久しぶり! 元気にしてた?」

「そりゃもう! デュノアさんも……変わったね」

「え? ふふ、どういう風に、かな?」

「……あんまり僕をからかうと束が黙ってないよ?」

「それは怖いから遠慮します。……もうっ、シャルロットって呼んでよ。もう流石に名字呼びは嫌だよ。これからクラスメイトになるんだから」

 

 

 ぷぅ、と頬を膨らませて見せるシャルロットは妖美だった。本当に綺麗になったと思うが、どこかその美しさが魔性のように思えてハルは一瞬身を引いた。だがすぐさま溜息を吐いて、シャルロットへと視線を向け直した。

 ここで断ったら、あの手この手で交渉に持ち込まれて、名前呼びを強制されそうに思えたからだ。ならば別に良いだろう、と。クラスメイトになるのであれば名前で呼んで欲しい、というのは当然の思いだから。それに友人としてシャルロットは嫌いではない。

 

 

「わかったよ。シャルロット」

「うん!」

「シャルロット! お久しぶりです!」

「クロエ! 久しぶりー! そのサングラス可愛いー! ねぇ、どこのサングラス!?」

「わぷっ」

 

 

 シャルロットの声を聞きつけたクロエが嬉しそうにシャルロットへと駆け寄る。以前、クリスの事件の際にはラウラしか顔を合わせていなかったので羨ましがっていたのだ。シャルロットは駆け寄ってきたクロエを抱きしめて胸へと押しつける。

 クロエが抱きしめられ、わたわたと手を宙に空振らせる。そんな光景にハルが微笑ましそうに笑っていると、いつの間にかラウラもシャルロットの傍へと歩み寄っていた。

 

 

「シャルロット、久しいな」

「ラウラ! あの時は助かったよ、ありがとうね?」

「あぁ、気にするな。あの時はお互い慌ただしかったが、これでゆっくり話す時間も出来そうだな」

 

 

 再会を喜ぶように笑みを浮かべてラウラはシャルロットと向き合う。ようやくシャルロットの手から逃れたクロエもぷるぷると首を振り、二人を見て笑い合った。

 本当にこの3人は仲が良いな、とハルは笑みを浮かべて3人を見守る。ふと、そこでハルは教室を見渡してみる。他の生徒達は傍にいる生徒達となにやら話し込んでいる。小声でこちらに聞こえないようにしているのだが、視線でバレバレなのでこれにはハルも思わず苦笑。

 注目は浴びるだろうな、と覚悟していたが、これは予想以上だ。更に言えば束の下に保護された人体実験の被害者な訳なのだし。注目を集めない筈がない。仕方ないと軽く肩を竦めて息を吐いた。

 

 

「――貴方、よろしくて?」

「え? あ、はい。僕でしょうか?」

 

 

 この状況だと声をかけられないだろうな、と思っていたハルにとって、その声は不意打ちだった。声をかけたのは誰かと視線を向けてみれば、正にお嬢様という出で立ちの少女がそこにいた。

 僅かに波がかかった髪を手で払う仕草すらも上品。きっとどこか良い家のお嬢様なのだろう、とハルは若干身構えた。少女はまるで値踏みをするかのようにハルをじろりと見渡す。うっ、とハルはその視線に苦手意識を植え付けられた。

 

 

「……貴方がハルですか?」

「……ロップイヤーズに保護され、所属しているハル・クロニクルの事であれば僕の事ですが?」

 

 

 ハル・クロニクル。それが今のハルの名前だ。IS学園に入学する際にファミリーネームを決めようという事で皆で考え、束が提案したこのクロニクルの名をファミリーネームとする事にしたのだ。

 篠ノ之を皆で名乗る、というのも考えたのだがハルがやんわりと拒否した為、新たに考えられたファミリーネーム。ハル以外にもラウラ、クロエ、そしてクリスの4人がクロニクルのファミリーネームを名乗っている。

 

 

「そうですか。……不躾な態度、失礼致しましたわ。私の名はセシリア・オルコット。以後、お見知りおきを」

 

 

 スカートの端を持ち上げ、優雅に一礼をして少女は名乗る。

 

 

「セシリア・オルコットさん……ひょっとしてイギリスの代表候補生?」

「えぇ。ご存じで?」

「一応、ISに携わる者ですから、一通りは」

「そうですか。あなた方とはこれからも良きお付き合いが出来ると良いですわね」

 

 

 セシリアはハルへと笑みを浮かべて告げる。そのまま自分の席へと戻ろうとしたのだろう。その際に視界に入ってきたシャルロットに強い眼光を叩き付けて去っていくセシリアの姿に思わずハルは呆気取られる。

 クロエとラウラも同じだったのか疑問を浮かべながらシャルロットを見た。シャルロットは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて手を腹に添えていた。

 

 

「……シャルロット? 今のって……」

「うん。ちょっとね。睨まれてるんだ。いや、自業自得なんだけどさ」

「……私は好きになれませんね。あの人」

「私はあぁいった好戦的な奴は嫌いじゃないぞ。張り合い甲斐がある」

 

 

 クロエはシャルロットを守るように抱きしめる。どうやらシャルロットを睨み付けた事が気に入らなかったようだ。不満げに頬を膨らませている姿が微笑ましかったのかシャルロットが抱き返して頭を撫でる。

 ラウラはラウラで去っていくセシリアに興味を抱いたのか笑みを浮かべている。そんな二人の様子にハルが苦笑しているといつの間にか一夏と箒と鈴音が教室に入ってきていた。

 

 

「お前達、入り口で足を止めるな。邪魔になるぞ」

「ごめん、箒」

「もうすぐHRの時間だろう、さっさと席についた方が良い」

 

 

 真面目な箒の言葉に皆がそれぞれに割り当てられた席に着いていく。その際に改めてハルは辺りも面々を見渡したのだが、改めてこのクラスの異常性に気付く。

 まず自分たちがいる。そしてシャルロットとセシリアという代表候補生が二人もいる。更に言えばハルはまだ知らないが、凰 鈴音もまた中国の代表候補生だ。まるで特別な人間達が一カ所に集められている。きっとこれは勘違いではないのだろう。

 

 

(……まぁ各国としては僕等と接点を持ちたいだろうからこれは妥当かな)

 

 

 きっとクラス分けにはかなり頭を悩ませたんだろうな、と察する。IS学園に受け入れの際、鬼神の如きオーラを纏いながらも満面の笑みを浮かべていた千冬を思い出す。アレは浮かべてはいけない類の笑顔であったとハルは身を震わせた。まだハルのトラウマは癒えきってはいない。

 ハルの予想であればこのクラスの担任を務めるのも千冬だ。というより彼女以外にこのクラスを収められる人間はいないだろうと思う。苦労するんだろうな、と頭痛の種になっている事を自覚しつつもハルは千冬の命運を祈った。そしてどうかその矛先が自分に来ないように、とも。

 

 

「あ、男の人だー」

「ん? えと……」

 

 

 席に着こうとすれば後ろの席の人に声をかけられた。どこかのほほんとした印象を受ける少女だ。目もタレ気味で何故か制服の裾が余っている。そういうファッションなのだろうか、と思いながら視線を向けていると、少女が覗き込むように自分を見ていた。

 

 

「えと、君はハルだよねー?」

「そうだよ。ハル・クロニクル。君の名前は?」

「私は布仏 本音だよー。よろしくー」

 

 

 やけに間延びして話す子だな、とハルは思う。今まで見たことのないタイプの人間だ、と。近しいと言えば束だが、束とは真逆だ。あれは巫山戯ているようで、全てを睥睨しているから。

 一方で本音と名乗ったこの子はふわふわとして掴み所がない。対応を図りかねてハルは思わず言葉に詰まる。

 

 

「あははは、緊張しなくていいよー?」

「……わかる?」

「うん。自然体でいいよー。ね? かんちゃん」

 

 

 本音が振り向いた先、本音の斜め前、つまりハルの隣の席には水色の髪に眼鏡をかけている少女が目に入った。空間ディスプレイを展開して、なにやら束を思わせるような速度で打ち込んでいる。

 本音に声をかけられた少女はその手を止めて、ゆっくりとした動きで振り返る。どこか儚げな印象を与えてくる少女は本音を見て目を細める。

 

 

「……何か言った? 本音」

「もうー、ちゃんとお話しようよー。ほら、男の人だよー? ハル・クロニクルだってー」

「……そう」

 

 

 まるでセシリアとは真逆の反応。興味がない、と言わんばかりにまたディスプレイに意識を向けた少女にハルは呆気取られる。まったく興味がない、という反応は正直予想外だった。思わず目を丸くして本音へと振り返る。

 

 

「……えっと、知り合い?」

「あー、うん。更識 簪って言うんだー。仲良くしてあげてー。ちょっと人見知りなだけで良い子だからー」

 

 

 にこにこと笑う本音に、嫌です、なんて流石に言えずハルは頷いておく。だがまったく仲良く出来る気がしない、とハルは引き攣りそうな頬を必死に抑える。

 本当に個性的な面々が揃っている、とハルは思う。いや、それともこれが一般的なのだろうか、とハルが頭を悩ませていると教室のドアをくぐって一人の女性が入って来た。

 童顔で、一見自分たちと同い年にも見えなくもない。だが、その胸は存在を主張する程に大きい。眼鏡をかけた女性は教卓に立ってぺこり、と頭を下げた。

 

 

「皆さん、おはようございます! 私は副担任の山田真耶と申します。これから1年間、皆さんに勉強を教え、私も勉強させていただきます。どうかよろしくお願いします」

 

 

 丁重に名前を名乗った女性、山田 真耶の顔を見つめながらハルは思う。学校か、と。なんだか心がわくわくしてきた。零れるように浮かべた笑みを隠さず、ハルはこれからへの期待に心躍らせた。




「これは続く夢。誰の夢? ハルの夢? 皆の夢? ……きっと楽しい夢」 by雛菊

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