天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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「それじゃあ皆さん、出席番号順に自己紹介をお願いします。まず……」

 

 

 真耶がHRを進め、出席番号順に生徒が立ち上がり、自己紹介を終えていく。やはり緊張しているのか、皆は少し早口だったり、言い淀む場面が見受けられる。

 自分も緊張で上がったりしないようにしなきゃ、とハルは思う。ハルが内心で自分が自己紹介をする時にどうしようか、と考えていると、一夏の名前が真耶に呼ばれた。

 

 

「じゃあ次、織斑 一夏くん」

「は、はい!」

 

 

 ざわ、と。教室の空気が一瞬にして変わる。まるで静寂。一夏の言葉を一言一句、聞き逃さないようにと耳を傾けている。唐突に変わった空気に一夏が狼狽えている。これは酷い、とハルは思った。自分でもやられれば狼狽える事は間違いなしだ。

 クラス中の視線を一身に集めてしまった一夏は魚のように口を開閉させて言葉を失っていた。そんな一夏に真耶が心配そうに声をかける。

 

 

「あのー……織斑くん? その、自己紹介、良いですか?」

「あ、は、はい! お、織斑 一夏です! えと……よ、よろしくお願いします!」

 

 

 一夏は大きな声で叫び、名前だけを名乗って着席をしようとする。瞬間、教室中から上がる不満の声。席に着こうとした一夏はなんだよぉっ!? と若干涙目になって抗議している。気持ちはわかる、とハルは腕を組んで頷いている。

 もう少し落ち着いて聞こうとは思えないのだろうか、とハルは思う。不意に気になり、ハルは視線を隣の席に簪へと向ける。彼女はまるで興味がないのか、ただ外へと視線を向けていた。

 やっぱりこれだけ個性的な面々が揃えば色んな人がいるな、と。ハルが改めて思っていると、思わず頭を隠してしまいたくなるような音が響き渡った。身を竦ませてハルは音の方へと勢いよく振り返る。

 

 

「っっっっ!! な、なにしやがる!? 千冬姉!?」

「馬鹿者、織斑先生だ」

「あがっ!?」

 

 

 再び音が鳴り響く。思わずハルの喉からひぃ、と声が漏れそうになったが抑え込む。なんだあれ、出席簿が出す音じゃないぞ? とハルは戦慄し、恐怖に身を震わせた。やはり千冬には逆らわないでおこう、とハルは一夏の犠牲に十字を切りつつ強く誓った。

 千冬に二度の出席簿による一撃を喰らって一夏は机に突っ伏した。あまりにも突然、そして唐突。一瞬、教室が静まりかえるが、すぐに歓声が響き渡る。クラスの女子の大半が千冬の姿を見て興奮していた。

 

 

「ち、千冬様よ! 完全無欠のヴァルキリー!」

「史上最強のIS使い! あ、あぁ! まさか千冬様が私の担任を務めていただける!? これは夢……!?」

 

 

 女三人寄れば姦しいとは言うが、大半が女子であるクラスであれば姦しいどころじゃない。騒がしいだ。ハルは耳を押さえて歓声を上げる女子の声を遮ろうとしている。

 これには外に視線を向けていた簪もうんざりとした顔で正面を向いた。その際、簪の方を見ていたハルと視線が合い、何? と問いたげに簪がハルへと視線を向けた。

 

 

「え、えと……凄いね?」

 

 

 耳から手を離し、苦笑を浮かべながら簪に同意を求めると簪は無言のまま頷いた。成る程、確かに無口のようだけど、悪い子じゃなさそうだ、とハルは安堵の息を吐いた。これなら仲良く出来そうだ、と。

 クロエとは話が合いそうだな、と思った。皆はどうしてるかな、と視線を巡らせて見るも、ハルの席は一番後ろから数えて2番目の席なので頭しか見る事は出来ない。まぁ立ち上がっている様子など無いから苦笑でもしてるんだろうけど。

 

 

「……まったく。毎年の事だが呆れたものだな。諸君、知っていると思うが私が織斑 千冬だ。君達の担任を務める事となる。私は君達、未来ある新人にISの技術を叩き込むのが仕事だ。それも1年で使い物になるレベルへと、だ。私の言う事を良く聞け。そして理解しろ。わからなければ考えろ。質問があれば答えてやろう。逆らっても良いが、私の言うことは聞いて貰う。まずはクラス全員に伝えるぞ、少し静かにしろ」

 

 

 凜として振る舞う姿に生徒達の興奮は収まる所を知らない。ただ、それでも千冬の言葉に従え、という教えはさっそく実践されているのか、皆で席に着いて静かになった。だが溢れんばかりの尊敬の視線が千冬へと殺到している。

 千冬はまるで動じる事無く、そして未だ頭を抑えている一夏の頭に三度目の出席簿を叩き落とした。三発目!? とハルが恐怖に戦く。一夏の頭が果てしなく心配だが、まずは自分の身体の震えを止める事を優先させた。

 

 

「あいてっ!?」

「いつまで呆けているつもりだ。さっさと自己紹介しろ。まともに挨拶も出来んのか」

「俺の頭をモグラ叩きのように叩くなよ!? さっきから痛いんだよ!?」

「ほぅ? 教師に向かって何て口を利くつもりだ? 織斑」

「うぐ……! ……し、失礼しました。織斑先生」

「さっさと自己紹介を終わらせろ」

 

 

 うわ、厳しい。ハルは苦笑しながら千冬の事をそう称した。見た目通りの厳しさにむしろ安心してしまう。絶対に逆らわないようにしよう、と思いながらハルは一夏の自己紹介に耳を傾けた。

 

 

「改めて、織斑 一夏です。趣味は家事全般、特技は剣道。一応騒がれる前に言っておくけどそこの織斑先生の弟だ。だけどあんまり気にしないで接してくれ。男って事でちょっと気まずいかもしれないがよろしく頼む」

 

 

 今度は一夏は淀む事無く自己紹介を言い切って頭を下げた。ある意味、緊張が解けて結果オーライだったのかもしれない、と着席する一夏の姿を見てハルは思う。

 教室では囁き声が聞こえてくる。囁きも、皆が囁けばそれはそれで聞こえてしまう程のざわめきになってしまうのだな、とハルは発見を1つして感心したように頷いた。

 すると学校のチャイムの音が鳴った。どうやらSHRの時間が終わったらしい。千冬は両手を叩いて自身に注目を集める。

 

 

「これでSHRは終了だ。これから授業だが、まずは自己紹介を終えてからにして貰おう。織斑のように時間をかければ自分が学べる時間が減ると思え。無駄に騒ぐな、簡潔に終わらせろ。出来るな?」

 

 

 千冬の言葉に威勢良く返事を返すクラスメイト達にハルは苦笑するしか無かった。そのまま一夏の次の出席番号順に自己紹介が続いていく。

 

 

「セシリア・オルコットですわ。イギリスの代表候補生を務めさせて頂いております。これから皆様と学舎に通わせて頂き、共に勉学に励ませて頂ければと思っております。以後よろしくお願い致します」

 

 

 やはり代表候補生となればこのように挨拶する事にも慣れているのだろうか、とハルは今も優雅さを損なう事無く自己紹介を終えたセシリアを感心して見る。

 セシリアがハルの視線に気付いたのか、柔らかく微笑んだ。ハルは軽くセシリアにぺこりと頭を下げて視線を外す。少し凝視しすぎちゃったかな、と反省をしつつ。

 その間にも自己紹介が進んでいて、気が付けばクロエが席を立っていた。クロエがサングラスが付けているので、やはり奇異の視線を集めてしまう。だが、クロエは動じる事無く淡々と挨拶をする。

 

 

「クロエ・クロニクルです。ご存じかと思いますが私はロップイヤーズに保護された者です。国への所属はなく、ロップイヤーズの預かりとなります。この目も後遺症があるのでこうしてサングラスをかけさせて頂いております。既に許可を頂いているのでご了承ください」

 

 

 また場が騒然とする。クロエへと向ける視線には多大な興味が篭められている。それもそうだろう。世界を騒がせたロップイヤーズに所属している人体実験の被害者だ。嫌でも注目を集めてしまう事は覚悟の上だ。

 さて、とハルは呼吸を整える。クロエの自己紹介が終わったという事は次は自分の番だからだ。案の定、真耶から名前を呼ばれてハルは立ち上がった。

 

 

「ハル・クロニクルです。一夏に続く二人目の男性IS操縦者という事で発表されています。一夏も言っていましたが、男という事で戸惑うと思いますが皆さんと学べる事を楽しみにしてきました。どうかよろしくお願い致します」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「はぁ……いてぇ。千冬姉の奴、容赦なく殴りやがって……」

「まぁまぁ。緊張が解けたと思えば良いじゃないか」

「納得いかねぇ。あの鬼め」

 

 

 休み時間になると、一夏がハルの所に来ていた。やはり女子だけの空間となると一夏には辛いのだろう。なので同じ男であるハルの下へと逃げてきたようだ。一夏がハルと会話を始めると、話しかけ辛いのか、皆は遠目から見守るだけだ。

 一夏は先ほどの千冬の三連打を根に持っているのか、頭をさすりながら忌々しそうに呟く。相変わらず無謀というか、蛮勇というか。千冬の耳に入った時の事とか考えないのかな、とハルは苦笑しながら思う。

 

 

「これからやっていけそうかい?」

「自信はねぇな」

「実は……僕もちょっと」

「……だよなぁ」

 

 

 二人で思わず顔を見合わせて苦笑してしまう。女子のエネルギーというのは本当に凄いものだと改めて実感させられた。見知った相手ならともかく見知らぬ相手であればここまで疲労させられるものなのだと。

 

 

「早く慣れちゃわないとね」

「あぁ。そうだな」

「そうだ、一夏。昼休みなんだけどさ、予定はもうある?」

「ん? 別に無いけど……」

「だったら色々と知り合い集めて一緒に食べようよ。ラウラとお弁当作ってきてるからさ。多めに作ってきてるから人数がいても大丈夫だし」

「お! そうだったのか。良いねぇ。じゃあ俺は箒と鈴を誘っておくよ」

「クロエとラウラの事だからシャルロットは誘ってるでしょ? ……あ、更識さんもどう?」

「……え?」

 

 

 ハルは一夏から視線を隣の席に座ったままだった簪へと声をかけた。また何かのデータを見ていたのか、ディスプレイに視線を注いでいた簪は唐突にかけられた声に疑問の声を上げた。

 

 

「えと、お昼ご飯。一緒に食べない?」

「……え、えと。……人多いの、苦手だから良い」

「あ、そっか。ごめん。気が利かなかった。今度、また別の機会に誘うよ」

 

 

 こくり、と頷く簪に失敗したかな、とハルは思う。出来ればクロエと引き合わせて見たかったがこれは機会を窺った方が良いかな、と。

 

 

「あの……」

「ん?」

「……更識って呼ばれるの嫌だから名前で呼んで」

「良いの?」

「うん……」

 

 

 そう言って簪は再びディスプレイへと視線を移した。名前を呼ばせて貰えるのは1つ前進かな、と思っていると休み時間の終了のチャイムが鳴る。

 一夏がじゃあな、と片手を上げて自分の席へと戻っていくのを、ハルも手を振って見送った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「さて、早速授業の続きと行きたい所なんだが、その前に諸君等には決めて貰わなければならないものがある」

 

 

 授業時間となり、千冬がいざ授業を始めるか、と言った所でこの言葉だった。一体何だろう、とハルは首を傾げて見る。

 

 

「再来週にはクラスによる対抗戦が存在する。その為に代表者を決めなければならない。クラス代表とは文字通りでクラスの代表として活動して貰う事となる。対抗戦だけでなく、生徒会の会議や委員会への出席などの仕事もある。つまりはクラスの長だな。誰か立候補はいるか? 他薦でも構わんぞ」

 

 

 クラス代表、とハルは口の中でその役職の名を呟く。言ってしまえば別に興味がないし、自分は、そしてロップイヤーズに所属する面々は参加する事が出来ないからだ。

 しかし恐らく説明が無ければ……、とハルが思っていると生徒の一人が勢いよく手を挙げた。

 

 

「はい! 織斑先生、私は織斑 一夏くんが良いと思います!」

「なら私はハル・クロニクルくんを推薦します!」

 

 

 ほらね、とハルは苦笑した。千冬は挙手した生徒の言葉を聞き、忘れていた、と言うように続けた。

 

 

「すまんな。説明不足だった。織斑 一夏とハル・クロニクル、そして篠ノ之 箒、ラウラ・クロニクル、クロエ・クロニクルはクラス代表には選抜出来ん」

「えっ!? なんでですか!?」

「彼等はIS学園の生徒であると同時に篠ノ之 束博士が率いるロップイヤーズに属する。有事の際には彼等が出撃せねばならず、彼等にクラス代表を任せる事は出来ない。これはIS学園と博士との契約に盛り込まれている」

 

 

 えぇ! と生徒達から不満の声が漏れた。それもそうだろう。折角、自分たちのクラスにしか男子がいないというのに代表にする事が出来ないのだから。しかし契約は契約なのだから仕方ない。

 とはいえ、未だISを持っていない一夏と箒は今、有事があっても高天原に移動するだけでやる事はないのだが。束が二人の為に専用機を用意しているらしいのだが、何を企んでいるのか、怪しい笑いを浮かべていた束を思い出してハルは苦笑した。

 

 

「という事で、他に誰かいないか?」

 

 

 千冬はさっさと話を進めようとする。すると一人、手を挙げた者がいた。ほぅ、と千冬は手を挙げた生徒の名を呼んだ。

 

 

「セシリア・オルコット。自薦か? それとも他薦か?」

「自薦ですわ。ですが織斑先生。同時に他薦もよろしいでしょうか?」

 

 

 千冬に名を呼ばれて席を立ったのはセシリアだ。優雅な仕草で髪を払い、誇らしげに微笑む。

 セシリアの提案にはクラスの皆がざわつく。千冬でさえ目を細めてセシリアを見た。まるで、その真意を窺うかのように。

 

 

「ふむ。……理由を述べてみろ」

「私は、自分がクラス代表になれば、役職を全うする事が出来る自信があります。……同時に、私がこれから推薦する方もまた役職を果たしうる程の力量を秘めておりますわ。故に自薦であり、他薦です」

「成る程。ではお前が他薦するというのは誰だ?」

「シャルロット・デュノアさんです」

「やっぱりねっ!?」

 

 

 頭を抱えて叫んだのはシャルロットだった。名前を呼ばれたシャルロットの名を聞き、周りがひそひそと呟き出す。耳を傾ける限り、シャルロットへの反応は悪くない。

 

 

「無理だって! 私よりセシリアさんの方が向いてるって!」

「この私が推薦しましたのよ? 貴方ならば充分為し得ますわ。シャルロットさん。貴方はかの名高きデュノア社の次期社長候補ではありませんか?」

 

 

 ぎらぎらと光る瞳をシャルロットへと向けながらセシリアが告げる。つまり、逃げるな、と。敵意を示していたのは知っていたが、まさかここまでするか、とハルは半ば感心した。

 何か確執があるのか、セシリアがシャルロットに勝とうとしているのはわかった。過去に何があったのか、少し気になるハルだった。

 

 

「ま、待って! 待ってください! それだったら私達以外にも代表候補生だっているじゃないですか!? 私はその人たちも推薦します!!」

「……ふむ。ならば凰 鈴音、そして更識 簪の両名となるが」

 

 

 千冬が名を上げた二人へと視線を向ける。鈴音は明らかに嫌そうに顔を歪めている。あれは明らかに面倒が嫌いだ、という顔をしている。折角、再会出来た思い人もいるのだから雑事に時間は取られたくないのだろう。

 そしてもう一人、まさか簪が代表候補生だったとは思わなくてハルは驚いたように簪へと視線を向けた。簪は千冬から視線を向けられて困ったように眉を寄せた。

 

 

「織斑先生。私には専用機の調整が残っていて……」

「そうか。ではクラス代表に割いている時間はないか。流石に専用機の調整となれば優先されるのはそちらだ」

「はい……すいません」

「では次に凰、お前はどうだ?」

「……私は最初に立候補したセシリアさんか、推薦されたシャルロットさんで良いと思いますけど」

 

 

 簪は申し訳なさそうに頭を下げる。成る程、先ほどから忙しなく何かのデータをチェックしているかと思えばISの調整を行っていたのか。そして代表候補生という事であれば国から預けられた専用機だ。その調整の方が優先度は高いだろう。

 そしてもう一人、槍玉に挙げられた鈴音は投げやり気味に呟いた。曰く、絶対私はやらない、と。そして拒否のオーラを醸し出しながら鈴音は千冬にシャルロットとセシリアを推薦した。

 

 

「ふむ……今の所上がった意見ではオルコット、デュノア。お前等で2票だな。凰は1票で、このままであればお前等がどちらかになるが?」

「そ、そんな……!?」

「なら織斑先生。私に良い考えがあります!」

 

 

 机に勢いよく手を叩き付けてセシリアは笑みを浮かべて告げた。まるでこの展開を待っていた、と言わんばかりにだ。

 

 

「何だ? 言ってみろ?」

「IS学園ならば、ISでその勝敗を決するべきだと私は主張いたします!」

「……成る程。一理あるな。クラス代表戦も迫っている事だし……山田先生。まだアリーナの貸し出しの予定は空いてましたね?」

「えぇと……。はい、空いてました。まだ予定は入ってないです」

 

 

 空間ディスプレイを表示して、真耶がアリーナの貸し出しのスケジュールを確認する。千冬の質問に手早く応え、真耶の返答を聞いた千冬は1つ頷く。

 

 

「よし、ならばクラス代表はオルコットかデュノアのどちらか。その決定の方法はISバトルの勝敗にて、だ。どうだ?」

「そ、そんな……」

「おほ、おほほほ! 構いませんわ! クラスの皆さんもよろしいですわね!?」

 

 

 有無は言わせない、と言わんばかりに問うセシリアにクラスの皆は否とは言えなかった。むしろ面白そう、とさえ思っていた。何故ならば二人は代表候補生。その実力は申し分ないし、何より専用機同士による対決だ。これに興味が惹かれない訳がない。

 ただ一人、この状況に流されるしかなかったシャルロットが呆然としていた。眉を寄せて腹に手を添えている。誰もがそんなシャルロットの様子に気付かない。気付いてるのはシャルロットを注視していた面々だけ。

 

 

「よし。ならばクラス代表の選抜方法は決定した。オルコット。お前の提案だ。お前がそれまではクラス代表代理を務めろ」

「承知致しましたわ」

 

 

 優雅に一礼をしながらセシリアは千冬から任されたクラス代表代理の任を承る。そしてセシリアは笑みを浮かべたままシャルロットへと視線を注ぐ。

 

 

「お互いベストを尽くしましょう? シャルロットさん」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「どうしてこうなったのさ! うわーん、もうヤダー!!」

「よしよし……」

 

 

 えぐえぐと涙ぐみながら、クロエに抱きついて慰めて貰っているシャルロット。その場の誰もが苦笑を浮かべていた。

 昼時となり、ハル達は知り合いを集めて昼食を取ろうと中庭に出ていた。ここにいる面々はハル、一夏、箒、鈴音、ラウラ、クロエ、そしてシャルロットだ。

 

 

「何がそんなに嫌なのよ? アンタは」

 

 

 自分が槍玉に挙げられた事が不服だったのだろう、鈴音が不機嫌な声でシャルロットに問いかけた。

 シャルロットはクロエに抱きついてクロエの腹に顔を埋めている。小さな子に慰められている図は何とも言えないのだが、シャルロットはまったく気にしていない。

 

 

「……私はセシリアさんに目の敵にされてるんだ」

「何やったの? あそこまで敵視されてるってよほどの事だと思うけど」

「話せばちょっと長くなるし……デュノアの事情も絡んでくるから」

 

 

 ちらり、とシャルロットが見たのは鈴音だった。まだロップイヤーズに所属する面々ならば話しても大丈夫だが鈴音は中国の代表候補生だ。このまま話して良いものか、とシャルロットは迷う。

 自分がいて話せない、という空気を察したのか鈴音の機嫌は更に悪くなる。だが同時に集まった面子を考えて何かしらの事情があるのだと納得して怒りを静めた。

 

 

「何よ。人に言えないような事したの? デュノアは」

「えと……ちょっと取引をセシリアさんに持ちかけたんだ。デュノアから」

「……それだけなら別に問題ないように聞こえるけど?」

「で、私が足下見て吹っ掛けた」

「自業自得じゃないの」

「ぎゃふん」

 

 

 だよねー、と再びクロエの腹に顔を埋めるシャルロット。ぐりぐりとシャルロットが悶えているとクロエが肩を跳ねさせた。

 クロエは若干、顔を紅くさせてシャルロットの頭に手を置いた。まるで彼女の動きを押し止めるようにだ。

 

 

「あ、あの、シャルロット。ふとももに息を吹きかけるのはやめてください……」

「え? なんか言った?」

「ひぅっ!? だ、だから……!」

「幾らシャルロットと言えど姉上へのセクハラは許さんぞ?」

「じゃあラウラで良いから私を癒してよ!」

 

 

 標的をクロエからラウラに変えてシャルロットは抱きついた。ラウラは動ぜずシャルロットに抱きかかえながら食事を進めている。空いた手でシャルロットの髪を撫でている辺り、流石としか言い様がない。

 平和だな、とハルは食事を進めながら思う。本当に仲がよろしい事で。

 

 

「……にしても旨いわねこれ。誰が作ったの?」

「あ、それは僕だよ」

「アンタが?」

 

 

 鈴音が唐揚げを口の中に放り込み、感心したようにハルを見た。そこで改めてまじまじとハルの顔を見つめる。

 鈴音からの視線を受けたハルは首を傾げる。口元にでも何か付いてるかな、と指で拭ってみるも、何も取れた気はしない。

 

 

「……一夏、いや、どっちかというと千冬さんに似てるわね」

「あぁ、そういう事。公開されてたでしょ? 僕の出自については」

「千冬さんのクローン、ね」

 

 

 胸糞悪そうに鈴音は鼻を鳴らした。自分の知り合いのクローンを勝手に作り、そして実験の果てに放置したと聞いた時は腸が煮えくりかえりそうだった。

 ハルは隠すぐらいなら、と自分の情報を公開している。伏せているのはISコアとのコンタクトが取れる事と、大凡の実験内容だ。ただ束の推察で、実験による人格破壊や上書きが行われている事は公開されている。

 

 

「まぁ、僕はハルだから。あまり気にしないで。知り合いに良く似てる他人ぐらいで付き合ってくれると助かるよ。凰さん」

「名前で良いわよ。鈴音でも、鈴でも好きに呼びなさい。その代わり私もハルって呼ばせて貰うわよ?」

「それはありがたい。よろしく、鈴」

 

 

 ハルが笑みを浮かべて礼を言うと、ん、と鈴音も微笑を浮かべて返す。

 

 

「……しかし本当に旨いよな。ハルの料理は」

「ラウラに負けられなくて磨きに磨いたからね。ちなみに僕が和食担当で、ラウラが洋食担当」

「あぁ、ラウラの作るハンバーグはめっちゃ旨いんだ……やべ、涎出てきた」

「一夏、だらしないぞ」

「アンタは……食事してるでしょうに」

 

 

 一夏は高天原で生活していた頃に食べたラウラのハンバーグを思い出したのか、思わず溢れそうになった涎を拭う。そんな様を見た箒と鈴音は溜息を吐いた。

 ハルとしては自分の料理が嬉しいと言ってくれるのは嬉しい。ラウラのハンバーグがおいしいのは悔しいが認めている。言われれば自分も食べたくなってしまった。食事中にも関わらずだ。やっぱり悔しい。

 

 

「……な、なら中華担当はいないのね?」

「ん? あぁ、そうだな」

「だったら今度、私もお弁当作ってあげるわよ。……結構練習したから」

「マジで!? いや、確かに中華に飢えてたってのはあるし……楽しみにしてるな、鈴」

「え? ほ、本当に? 楽しみにしてくれる?」

「当たり前だろう。きっとうまいんだろうな」

 

 

 そう、クロエが作ったものに比べればどんなものでも。一夏は口に出さず、心の中で呟く。本人が目の前にいるので決して口にはしないのだ。だが何かを感じ取ったのか、クロエは一夏に厳しい視線を向けている。

 一方で鈴音は一夏に言われた言葉にだらしなく表情を崩して笑っていた。心底嬉しそうに微笑む彼女の顔を見ていた箒の箸が軋む音を立てた。そして何かを決意したように箒はハルへと声をかけた。

 

 

「ハル。頼みがあるんだが」

「お料理勉強会でもするかい?」

 

 

 ハルの提案に無言で頷く箒。ハルは笑みを浮かべながら微笑ましそうに見守る。

 命短し恋せよ乙女、紅き唇、褪せぬ間に。どうか恋に挑む乙女に幸あらん事を。

 

 

「ラウラ、あーんして。あーん」

「やれやれ……。ほら、シャルロット。あーん」

「……本当に平和だなぁ」

 

 

 噛みしめるように呟いたハルの言葉はそのまま空気に飲まれて消えていった。 

 

 




「平和。ぽかぽかお日様。ごはん。……雛菊は食べられない。ごはんはおいしいの?」 br雛菊

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