「へぇ、この子が」
「インターフェースは問題はないんですか?」
「雛菊が言うにはね。ね?」
高天原の住人達が学校を終えて帰宅する頃、食堂では雛菊を目にした面々が興味を惹かれて集まっていた。
ラウラとクロエが興味津々と言った様子でハルの腕に抱かれている雛菊に目を向ける。雛菊はむくれた表情でハルの腕の中に収まっている。あれ? とラウラとクロエは首を傾げてハルを見た。
「……怒っているような気がするのは気のせいか?」
「ちょっとね。白騎士と喧嘩して……」
「……IS同士でも喧嘩ってするんですね」
「アイツ、嫌い」
ぽつりと雛菊が嫌悪を詰め込んだ声で呟いたのにラウラとクロエはまた目を丸くして驚いた。本当に人のようだ、という思いが二人の胸に過ぎる。そして自身が常に共にある相棒であるISへと思いを馳せた。
いつか自分たちのISにも同じ機能が搭載されれば、このような子供が出てくる事になるのかと。そう想像してみたら少し楽しくなったのか二人は口元に笑みを浮かべた。そこで一夏があれ? と疑問の声を上げた。
「あれ? 白騎士って事は俺のISになるんだよな?」
「うん。そうだよ。束が今、ISを組み込んでる所だから終わったら来るんじゃないかな?」
「へぇ、そうなのか。楽しみだな」
一夏も雛菊を覗き見るようにして呟く。自分のISとなる子は一体どんな姿になるんだろう、と想像を巡らせる。そんな一夏の隣には箒がいて、まじまじと雛菊を見て呟く。
「……姉さんに似てるな」
「まぁ、最初に取ったイメージが束だからね。そこから今の姿に落ち着いた訳だけど」
「そうなのか……。何というか、不思議な気分になるな」
「箒からすれば妹か……姪っ子?」
「それじゃあ箒がおばさんになるぜ?」
「誰がおばさんか!!」
ハルの告げた内容に一夏が笑って茶々を入れる。すると箒が烈火の如く怒りを露わにして一夏の首を締め上げる。そんな一夏と箒のやり取りに皆からの笑い声が零れる。
「しかし……結婚前に子供がいるとは。束とハルは侮れないな」
「いや、確かに子供のようなものだけどさ……」
クリスが戦慄したような表情で呟いているが、別に本当の子供という訳ではないのだからそこまで驚く事もないんじゃ、とハルは思う。実際、そんな話をしたらハルは外見からして10歳前後の歳に子供を作った事になる。犯罪の香りしかしない。
腕の中の雛菊を抱え直すと、雛菊が目をくしくしと擦っているのが見えた。目がとろん、として瞼が下がっているのが見えた。やっぱりな、と思いながらハルは雛菊に声をかけた。
「雛菊、そろそろ限界でしょ? 待機形態に戻ったら?」
「……ぅ……ゃー……」
「じゃあおやすみしなさい。ね?」
「……ゃー……」
「また起きればお話出来るから。ね?」
「……ぅ、ん」
愚図るようにハルの服を掴んでくる雛菊にハルは苦笑する。雛菊にとっては念願の接触だったのだから少しでも長い時間をハルと過ごしたいのだろうけども、このままではどうせ意識が落ちてしまうだろう、とハルは雛菊を諭すように言う。
ハルの言葉を聞けば、やはり限界だったのか、雛菊は目を閉じて身体の力を抜いた。ISのボディは呼吸を取り入れる事は出来るが、息をする事は必須ではない。眠ってしまえばまるで人形のように動かなくなってしまう。
活動を止めてしまった雛菊の身体は冷たい。眠っているというよりは死んでいるとも取れる雛菊の姿を皆は思い思いに眺める。
「……こうして見ると人間じゃないって実感するな」
「この状態でも最低限の情報は感知してるから起動は出来るけど、やっぱりエネルギーがね」
「成る程な。あまり多用出来る訳でも無さそうだな」
クリスの言葉にハルは頷く。万が一、何かあった際にエネルギー切れで起動出来ないなどという事になったら笑えない。これが今、平和と安全が確保されているからこそ出来る訳で、これが世界に広まる際には何か改善策を考えないと駄目かな、とハルは思う。
するとだ。まるで雛菊が眠るのを待っていたかのようなタイミングで束が白騎士を伴って食堂に入ってきた。よく見れば白騎士の衣装が先ほどと変わっている。白いワンピースなのは変わらないが意匠が異なっている。ISを取り込んだ為の変化だろうか? とハルは首を傾げる。
「あ、皆。お帰り」
「束さん。……ん?」
束が声をかけると、皆も束に振り返って帰宅の挨拶を交わす。真っ先に白騎士へと視線を送ったのは一夏だ。一夏が自分に気付いた事で白騎士は満面の笑みを浮かべて一夏へと歩み寄り、ワンピースの端を持ち上げて優雅に挨拶をする。
「初めまして。そして……会いたかった。一夏」
「……お前が“白式”?」
「はい。私は“白式”。貴方に名を呼んで貰った。だから今から“白式”です」
白騎士、いや、改めて白式と名乗った少女は心底嬉しそうな笑みを浮かべて一夏の手を取った。一夏は面食らったように白式の顔を眺めている。それもそうだろう。白式の顔は千冬の面影があるのだから。色が真っ白だが。
「これから私が貴方の剣となり、貴方の鎧となり、貴方の翼となり、貴方の為に在り続けます。私の総てを貴方の為に。貴方は私が必ず守り抜きます。どうか末永く御側に」
「お、おう……」
なまじ千冬に似ているからだろう。熱烈なまでに好意を向けられた一夏は戸惑い、照れたように顔を赤くして白式と手を握っていた。そして白式が一夏の手を引き、一夏を屈ませる。屈んだ一夏に両手を伸ばし、首に抱きつくようにして一夏の唇に自分の唇を重ねる。
案の定、一夏が固まった。周りからは感嘆や驚嘆の声が上がる。長いこと一夏と唇を合わせていた白式だったが、まるで天に昇りそうな程、幸せそうな笑みを浮かべて一夏を離した。
「え、ちょ……え……!?」
「親愛の印です。ハルが教えてくれました」
一夏がすぐさま振り返ってハルを睨み付けた。ハルとしては苦笑するしかない。確かに教えたのは自分かもしれないが、それを行ったのは白式の自発的意志なのだ。だから自分を睨まれても困る、と。
「ふむ……やはり元・白騎士のコアだから千冬さんの姿を模したのか?」
「でも色が真っ白なのはやっぱり白騎士で、白式だからでしょうか?」
女が集まれば姦しい。先ほどの雛菊に集っていたように皆の注目が白式へと移る。白式はただニコニコと笑っているだけだ。元となった千冬を知っている人間からすれば違和感が凄い。現に一夏は戸惑ったままだ。
遠目から視線を向けていると、白式が視線に気付いたのかハルの方へと寄ってきた。おや、と思いながら白式を見ていると、白式は笑みを浮かべたまま、ハルの腕の中に収まっていた雛菊を見た。
「眠ってますか?」
「うん。さっき寝たばかり」
「そうですか」
ぷに、と。白式は雛菊の頬を突き始める。しかも一度ではない。何度も頬の感触を確かめるように触れる白式は随分と楽しそうだった。だが比例して揺らされる事で雛菊の眉が段々と寄っていく。
「あ、あの? 白式……?」
「ふふふ、ふふふ……」
ちょっと怖い。ハルは咄嗟にそう思った。目の前で笑いながら頬を突いている幼女がいる。一体何がそんなに楽しいのかがわからない。ただ白式は雛菊の頬を突き続ける。
「……えと、これって?」
「白式は雛菊が気になるのか?」
周りが突然の白式の行動に首を傾げている。一夏が歩み寄りながら白式に問うと、白式は満面の笑みで返答した。
「楽しいんです」
「え?」
「この子をからかうの。とっても」
くすくす、くすくす。
白式の笑い声だけが暫く食堂の中に響く。白式の雛菊の頬を突いていた指が押し込まれるようにぐいぐいと雛菊の頬へと押し込まれていく。
流石に限界だったのか、くわっ、と目を見開いて活動を再開した雛菊が白式の指に噛み付かんと迫る。がちん、と空を噛む音が響き、咄嗟に手を引いた白式は口元に手を添えて笑っている。
「あら、怖い」
「白騎士!」
「白式になりました。間違えないで?」
「どうでも良い! 鬱陶しい!」
「可愛くて。触って良い?」
「触るな!」
うーっ! と歯を剥いて威嚇する雛菊だったが、すぐにかくん、と力が抜けてハルにもたれかかる。当然だ、先ほどエネルギー切れで休眠していた筈なのに、そんな早くに回復する筈もない。
くすくすと笑う白式はまるで雛菊がすぐに力尽きるのがわかっていたかのようだ。嘲笑われていると感じたのか、雛菊が眠たげに目を擦りながらも白式を睨み付けて唸っている。
「うー……! うー……!」
「なに? 雛菊?」
「びゃーくー……しーきー……!!」
ぷるぷると震えながらも白式を睨み付けている雛菊を抱き直しながらハルは苦笑を浮かべる。周りも同じように苦笑している。
「……ちーちゃんの影響だね。これ、絶対」
「え?」
「ちーちゃん、結構人をからかうの好きなんだよ。これ程酷くはないけど、ちーちゃんもからかい癖あるから」
「あー……確かに言われれば」
束が呆れたように言うと、一夏は納得したように腕を組んで頷いた。言われれば思い当たる節があるからだ。やはりISコアは長く乗った搭乗者に影響されるものなのかな、とハルが考えているとだ。
腕の中でぷるぷると震えていた雛菊の様子がおかしい。何事かと思って雛菊に視線を落とせば全身に力を込めるように震え、大きく唸り声を上げていた。
「雛菊?」
「うー……うー……!! うやぁああああああッ!!」
唸り声から叫び声に変わった瞬間、雛菊の背の翼から放出された燐光が彼女を包んだ。何事かとハルが目を見開く中、金色の燐光を纏った雛菊はハルの腕の中から勢いよく抜け出して白式へと襲いかかった。驚きに白式が目を見開きながらも雛菊を避ける。
「……エネルギー切れだった筈? 何故動ける?」
「白式ッ!!」
眉を寄せ、不可解と言うように顔を歪ませていた白式だが、すぐさま襲いかかってきた雛菊から逃げるように走り出す。ばたばたと食堂内を走り回る二人を見ていた面々はぽかん、と言う表情を浮かべていた。
その中でようやく動きを見せたのは束だった。よろよろとテーブルに手を突いて、信じられない、という表情で雛菊を目で追っていた。
「……嘘、まさか単一仕様能力<ワンオフアビリティー>!?」
「え?」
「今ので発現したの!?」
「しかも今のって……あ、でも雛菊ならあり得なくない……でも、え? 今ので? ……あ、あは、あっはっはっはっ!? 嘘でしょ!?」
「た、束!? しっかり!?」
「姉さん!?」
信じられない事態を目の当たりにして笑い出した束を心配してハルと箒がすぐさま駆け寄る。束はけたけたと笑い続けている。まるで壊れてしまったかのように笑う束に次々と皆が心配そうに声をかけるが、復帰する様子は見られなかった。
その間にも雛菊と白式の追いかけっこは続き、暫く場は騒然となるのであった。
* * *
「……うん。やっぱり。データを確認しても出来てるね。単一仕様能力」
雛菊から集めたデータを確認した束だが疲れ果てたような声で呟いた。あれから暴れる雛菊を何とか宥め賺してデータを取る事と数十分後。束はぐったりと椅子に寄りかかりながら答えを出した。
ハルは腕に雛菊を抱いていて、束の呟きを聞けば雛菊を見下ろした。雛菊はこてん、と首を傾げるだけだ。そんな雛菊の様子に苦笑したハルだったが、気を取り直して束へと意識を向けた。
「今まで雛菊に単一仕様能力なんて無かったよね?」
「そうだよ。そもそも単一仕様能力が発現を目的とした機体じゃなかったから、雛菊は。展開装甲の稼働と無段階形態移行のシステムチェックの為のプロトタイプだったからね。システムは上手く稼働し続けてたから今まで機体がずっと最適化され続けてたでしょ? ハルの傾向として飛翔と展開装甲の稼働を念頭に意識してたから」
「それはまぁ、ずっと乗ってたからね。それで……雛菊が発現した単一仕様能力って?」
「私が考案してた対零落白夜用の単一使用能力だよ」
「対零落白夜?」
束から返ってきた言葉にハルは眉を顰める。うん、と1つ頷いて束は続ける。
「私が付けた名前は“絢爛舞踏”。展開装甲を持つ機体でかつ搭乗者とISコアの適合率が理論値を超えた状態で発生する単一仕様能力。零落白夜に対を為すエネルギー増幅の能力だよ」
「エネルギー増幅? ……あぁ。だから対零落白夜なのか。零落白夜は逆にエネルギーを消失させる性質を持つからね」
「うん。理論自体は出来てたし、確かに雛菊に促せるだけの環境は整ってたんだ。まず、ハルはイメージの模擬戦でずっと対ちーちゃんを続けていた事」
「……そうだね。ずっと零落白夜に対抗する為に雛菊と訓練に明け暮れていた日もあるし」
「そして雛菊は今まで展開装甲を進化・最適化させ続けていた。絢爛舞踏を発現するだけの下地は揃っている」
「でも……それなら何で急に? しかもコミュニケーション・インターフェースを使っている時に?」
「雛菊の白式への反発心と今までの経験、情報、それらが統合して導き出されたのが絢爛舞踏、なのかな。まぁ、エネルギー切れという事でかなりのストレスを感じてたから、って言う理由もあるのかもしれないけど」
本当に驚かせてくれるよ、と束は雛菊の頬をぷにぷにと突いた。くすぐったそうに身をよじる雛菊はどことなく嬉しそうだ。ちなみに白式の姿はない。逃げ切れないと悟ったのかさっさと一夏に寄って待機形態へと戻ってしまったからだ。今は腕輪となって一夏の右手に収まっている。
「まぁ、私が想定していた絢爛舞踏よりは出力も低かったから雛菊単体だとそんなエネルギーは得られないみたいだね。でも雛菊とハルが合わせて絢爛舞踏が発揮出来れば理論上、無限のエネルギーが得られるって言っても過言じゃない」
「……それは凄いね」
思わず息を飲んだ。エネルギーの切れないIS。それは永続的にシールドバリアーが維持出来るという事に他ならない。それがどれだけのアドバンテージとなる事か。余りにも絶対的な力過ぎる。そんな力を腕の中に収まる雛菊が得てしまった。
きっと誰よりもハルの為に。束の夢の為に。ハルと共に在り続ける為に、白式への対抗と反発から導き出された力。
「でもハルらしいんじゃないか?」
「え?」
「そうですね。戦闘に直結する力でなく……どこまでも飛ぶ為の力ですよね? 言ってしまえば」
ラウラが微笑を浮かべてハルに言った。続くようにクロエもまた笑みを浮かべてハルに言う。それはハルの変わらない願い。力を欲しながらも、飛ぶ事に傾倒し続けた。そして誰よりも束の夢に近い存在。
無限の空へ。果て無き宇宙へ。いつか至るその場所へと向かう為の無限の翼。そう考えればこれ以上にハルに相応しい単一仕様能力は無い。
「成る程……。そうだな。お前は束の夢だ。強くなる事は忘れてはいないが、それでもあくまでお前は翼だ。誰よりも高く、速く飛ぶ為のな。なに、外敵を斬り払うのは私の仕事だ」
「クリス……」
「そしてお前達を守るのは私の役目だな。盾である私が、な」
「ラウラまで……」
ハルの両肩をクリスとラウラがそれぞれ叩く。二人の言葉にハルがくすぐったそうに笑みを浮かべる。
クロエはそんな三人を穏やかな瞳で見守っている。どこまでも微笑ましい、と言うように。一夏はそんなハル達の姿を見て、待機形態の白式へと視線を落としていた。一夏の様子に気付いたのか、箒が一夏に顔を向けて問う。
「どうした? 一夏」
「……いや。何て言うか……ハルはすげぇな、って。しっかり目標を持って夢を叶える為に進んでるの見たら、なんかな」
「……ならこれからお前もしっかりと目標を持てば良い。答えは出たんだろう?」
「……あぁ」
強くなるよ、と。ただ一言呟いた一夏に箒はただ静かに頷いた。二人の様子を見ていた束は箒へと歩み寄って、箒に小声で話しかける。
「どうしようか? 箒ちゃんのIS」
「……見ててわかりました。“アレ”を背負うべきは私じゃない。やっぱりハルですよ。姉さん」
「……そっか」
「与えられた夢はいりません。……我が儘を言うようですが、もう一案の方でお願いします」
「……そっか。箒ちゃんは夢にはやっぱり賛同してくれないんだね」
「私は篠ノ之神社を継がなければなりませんから。姉さんの夢は応援できても、一緒に見る事は出来ません」
だから良いんです、と。微笑む箒の姿に束は少し残念そうに、しかし受け入れるように笑みを浮かべて頷いた。
そっと箒から離れて、ハルを中心として集まっていたラウラ達の環に加わる束の姿を見て箒は微笑む。やはり道は交わらない。願いは定まってきたから。だから姉さんの“夢”は共にあるべき人の下へ。
「……私が望んで、姉さんが叶えられなかった夢を私は見るから」
いつか互いの夢の交差点で笑い合えるように、と。箒は瞳を伏せて祈るように胸に手を添えた。
「望んだのは無限の力。永遠の翼。ハルと、母と、皆と。果てなき空。私達の夢の果てへ」 by雛菊