天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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 時は流れゆく。人もまた歩み、成長していく。
 変わらないものもあるだろう。また、変わるものもあるだろう。
 数多の思い出を重ねて人は進んでいく。時に笑い、時にぶつかり、経験を重ねながら。
 それは人生という名の長い旅路。そんな旅路の途中の、1つの大きな出来事。
 季節は春。出会いと別れを呼ぶ季節。桜が咲き誇るこの季節に彼等は1つの門出を迎える。


Epilogue “貴方に捧ぐファレノプシス”

 篠ノ之神社。

 束と箒の生家。今、そこには厳かな雰囲気が漂っていた。神社の神棚の前に二人の男女がいる。

 片方はハルだ。彼が身に纏っているのは袴。普段よりも緊張し、しかしその緊張を鎮めようとする表情はどこまでも穏やかだ。

 横に並ぶのは束。身に纏う衣装は白無垢だ。化粧を施した彼女は普段の陽気さは鳴りを潜めて、衣装と合わせてまるで別人のように静かに控えていた。

 厳かな神社に響く声はこの神社の神職である柳韻の声だ。彼が読み上げるのは祝詞。聞き入るようにその場にいる誰もが柳韻の言葉に耳を傾けていた。

 やがて柳韻が祝詞を読み終わり、その場にいる皆が着席する。次いで、柳韻とは逆側の席に着いていた箒がゆっくりと立ち上がる。巫女装束に身を包んだ彼女はハルと束の前へと進み出た。箒が二人の前に用意したのは三つの盃と御神酒。

 三献の儀と呼ばれる儀式だ。ハルと束はそれぞれ交互に箒から注がれた御神酒を飲み交わす。決められた通りに儀式を終えた後、箒は自らが座っていた席へと戻る。

 少し酒が強かったのか、ハルは片目を閉じて軽く舌を出している。その様子に気付いた束が小さく笑った。

 

 

「――」

 

 

 りん、と。鈴の音が鳴った。姿を現したのは陽菜だ。陽菜が身に纏っているのは舞装束だ。彼女の腰には刀、その手には扇が握られている。

 陽菜はハルへと視線を向ける。ハルは小さく頷いて笑っている。それを見た後、今度は束へと視線を合わせた。束はただ静かに陽菜へと視線を向けている。娘の視線を受けた陽菜は静かに瞳を閉じる。

 ゆっくりと持ち上げられた扇。鈴の音が再び、神社へと響き渡る。しゃらん、と。抜かれた刀が舞う。篠ノ之神社に伝えられた神楽舞を陽菜は踊る。箒で見慣れた舞を思わせる神楽舞。束は真っ直ぐに視線を送っていた。その瞳に去来する感情は一体何だったのだろうか。ただ、一筋零れた涙が全てを物語っていたのかもしれない。

 静かに神楽舞が終わる。一礼をした後、顔を上げて陽菜はハルと束に微笑みかけた。その瞳に僅かに涙が滲んでいた事を気付きながらも、敢えて指摘する事はない。

 

 

「……束」

「……うん」

 

 

 ハルが静かに束に呼びかけると、束もまた応じるように立ち上がる。二人で前へと進み出る。

 二人が前に出ると、箒が再び前に進み出た。箒が盆に乗せて持ってきたのは二組の指輪だ。言葉は不要だった。箒が笑みを浮かべながら二人を見つめ、二人も応じるように頷く。

 ハルが箒から指輪を受け取り、そっと束の手を取る。束が少し息を呑むも、笑みを浮かべてハルを見つめた。ハルも微笑みながら、箒から受け取った指輪を束の左薬指に嵌めた。

 今度は逆に、束がハルの手を取り、ハルの薬指に指輪を嵌める。互いに嵌められた指輪は光に反射して煌めきを帯びた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……相変わらずこいつを結ぶのは慣れないな」

 

 

 一夏は姿見の前に立ってネクタイを締めていた。何度か巻き直していたのだが、納得がいかずに結び直す。ようやく様になった自分の姿を見て1つ頷く。スーツ姿に身を包んだ彼は自分の部屋を後にしてリビングへと出る。

 リビングに出るとそこには千冬の姿があった。千冬もまた身に纏っているのはドレスだ。普段は薄化粧で済ませている千冬だが、今日は気合いを入れた化粧をしていて、思わず姉も女なのだと再認識して頷く。

 

 

「来たか、一夏」

「あぁ。鈴とマドカは?」

「まだ用意している」

「相変わらず早いっていうか、なんていうか……」

「千冬さんがあっさりしてるだけだって。お待たせ、一夏」

 

 

 一夏に次いでリビングに姿を見せたのは鈴音だった。少し呆れたように千冬に視線を向けながら入ってきた彼女だが、彼女も千冬と同じくドレスに身を包んでいた。

 小柄な彼女がドレスを着ると、まだまだドレスに着られているように見えて一夏は思わず笑いそうになる。一夏の気配に感づいたのか、鈴音が厳しい視線を一夏へと向けた。

 

 

「ちょっと、何よ?」

「いや、別に? 相変わらず可愛いな、って思って」

「……馬鹿、死ね、くたばれ」

 

 

 鈴音が一夏の言葉に顔を真っ赤にして睨む。その様も微笑ましい、と言わんばかりに一夏は笑むのだったが、そんな穏やかな時間はすぐに終わりを告げる。

 

 

「鈴姉さん、道を塞ぐのは止めてくれ。一夏兄さんは邪魔だ、退け」

「あ、ごめん。マドカ」

 

 

 鈴音の後ろから声をかけたのは千冬と良く似た容姿を持つ少女だった。かつてはエムと呼ばれていた彼女、マドカ・C・織斑は呆れたように溜息を吐く。彼女も纏うのはドレス姿だが、千冬に比べればまだまだ子供臭さが抜けていない。

 それでも血は争えないのか、それとも羨望故か。すっかりと千冬二世と言っても過言ではなくなってしまったマドカ。そんな彼女は一夏に対しては辛辣だ。

 辛辣な態度はいつもの事なのか、慣れたように一夏は吐息する。自らを落ち着かせるようにだ。そして精一杯な引き攣った笑顔を浮かべて彼はマドカに告げた。

 

 

「おぉ。馬子にも衣装じゃねぇか、愚妹。普段からそうしてお淑やかにしてれば良いものを」

「何か言ったか? 愚兄。相変わらずお前の発音は聞き取りにくい。猿にも劣るぞ?」

 

 

 顔を合わせるなり睨み合う一夏とマドカ。いつもの事なので呆れたように鈴音は吐息する。少なくない時間を重ねても改善されなかったこの関係は、似ているが故なのか、家族だと認識した故の気安さなのか。

 二人が唸り合っていると、千冬が呆れたように立ち上がって二人の頭に拳骨を叩き込んだ。二人同時に頭を抱え込んで地に這い蹲り、呻き声を上げる。相当に鈍い音がした事から、鈴音は顔を引き攣らせている。

 

 

「馬鹿者共が。今日はめでたい日だと言うのに、貴様等の頭までめでたくなってどうする? 少しはシャキッ、としろ」

「そ、そんな……! こいつと同列に扱うのは止めてって言ってるだろ!? 千冬姉さん!?」

「こいつって言ったな!? しかも同列に扱うなって侮辱も良い所だぞ!?」

 

 

 起き上がるタイミングも同時。マドカは涙目で千冬に縋り付く。頭を抱えながらも起き上がった一夏は青筋を立ててマドカに怒鳴る。

 瞬間、二人の頭に二発目の拳骨が叩き落とされる。脳を直接揺らすような一撃に一夏とマドカはその場に倒れ伏して、何も言葉を発する事は無くなった。そんな光景に恐れ戦く鈴音の顔は青ざめていた。

 

 

「まったくこいつ等は……少しは束の所の奴らを見習ったらどうなんだ。何故こうもくだらない喧嘩をするんだ。卒業したんだから少しは学生気分も抑えてだな……」

「ち、千冬さん……聞こえてないと思いますよ?」

「チッ、不甲斐ない。凰、マドカを抱えろ。私は一夏を車に積む」

 

 

 既に荷物扱いである。一夏をまるで俵を担ぐかのように持ち上げて玄関へと向かう様は実に男らしい。鈴音は苦笑して、仕様がない、と言うように鈴音もマドカを抱えて入り口へと向かった。

 意識を失っている一夏とマドカを、家の前に止めていた車の後部座席へと乗せて、シートベルトで固定する。そうして運転席に乗り込んだ千冬の運転で車は発進した。助手席に乗った鈴音は街並みを見渡しながら千冬へと話題を振る。

 

 

「すっかり春ですね。まぁ、もう少ししたら夏になるんでしょうけども」

「あぁ。まったく……一夏とマドカを見ているとお前達が卒業した等と信じられんな。こいつ等と来たらここ3年、成長が見えん」

「仲が良い証拠ですよ。実際、ロップイヤーズだと二人のタッグは手強いですから。箒がいれば話も変わるんですけどね」

「箒か……。あいつは卒業と同時に神社に戻ったからな。ロップイヤーズからの扱いはどうなるんだ?」

「所属は続けるそうですよ。ずっと神社の仕事がある訳ではないから、って言ってましたよ。両親もいますし」

「そうか。……しかし、お前もすっかりロップイヤーズの一員だな」

「代表候補生辞める際には国は煩かったですけど……それでも、一夏と一緒に居るって決めましたから」

 

 

 胸を張って千冬に告げる鈴音の姿は堂々としていた。面白い、と言うように千冬は鈴音をじろり、と見る。一瞬、怯みそうになった鈴音だが、負けじと千冬と視線を合わせる。

 千冬は鈴音から視線を外して前を向く。可笑しくて堪らないと言うように口元に笑みを刻んだまま、彼女は呟く。

 

 

「一夏には勿体ないよ。お前は」

 

 

 千冬の称賛の言葉に鈴音は目を瞬かせた。そして誇らしげに笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ぐ……頭がくらくらする。一夏兄さんの所為だぞ」

「なんで俺の所為なんだよ。お前が噛み付いて来るからだろ」

 

 

 意識が戻るなりまた喧嘩を始めそうになりながら一夏とマドカは車から降りた。千冬が二人の声を聞くなり、拳を握って口元で息を吐きつけているのを見て二人は震え上がるように笑みを見せ合う。

 互いの笑みが精一杯の笑みで引き攣っているのを見て、千冬は溜息を吐く。鈴音は苦笑していたが、ふと遠目に入った姿に気付いて、手を振った。

 

 

「あ、簪だ。簪ー!」

 

 

 鈴音が手を振る先、そこには一夏達と同じように車から降りている所の簪だった。運転席側からは本音の姿も見える。手を振る鈴音達に気付いたのか、簪が穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

 彼女が纏っているのもドレス姿だ。だがドレスに着られている鈴音に比べれば着こなしていた。いつも付けている愛用の眼鏡型の投影ディスプレイは外されていて、眼鏡のない彼女が微笑めば普段よりも明るく見えた。

 傍に控える本音はいつものようにのほほん、としていた。鈴音以上にドレスに着られている感じが凄い。着慣れないのか、窮屈そうに首もとを引っ張っている姿はどこか愛らしい。

 

 

「お久しぶりです。今、来た所ですか?」

「おう。簪は……何だかんだ言って卒業以来か? どうだ? 倉持技研の方は」

「うん。良くして貰ってるよ。……所長には苦労させられるけど」

「あのヘンタイめ。相変わらず健在か」

「大変ですよ~。私もよく標的にされますし~」

「のほほんさんはなぁ。癒し系だから仕様がないんじゃないかな?」

 

 

 卒業後、簪は本音と共に倉持技研へと入社していた。今もIS開発研究者として、国からも大いに期待をかけられている。本音とのコンビで日々頑張っている事は伝え聞いていたが、楽しくやっているようだ。

 尚、所属となった第二研究所で所長を務めているのは千冬の同級生らしく、千冬は思い出して苦々しい顔を浮かべた。何度か顔を合わせる機会があったので、全員は“所長”を思い出して苦笑を浮かべた。

 

 

「でもさ。予想よりも遅かったじゃない? もうちょっと早いかと思ってたけど」

「……まぁ、そう言われればそうだね」

「仕方ないんじゃないかな? だって……出産もあったしな」

「あぁ。妊娠が発覚してからアイツが使い物にならなくなったからなぁ」

 

 

 一夏の呟きに皆が苦笑を浮かべた。あの時は大変だったと、皆が振り返って思う程だった。一夏はそうして過去の事を思い返した。

 あれは一夏達が3年になり、秋を迎えようとした頃だったか。IS学園の生徒達はそれぞれの進路について悩む頃、ロップイヤーズに残留が決定している高天原組は同級生達のやっかみを受けながらも平穏に過ごしていた。この頃には鈴音も中国代表候補を辞退し、ロップイヤーズに所属していた。

 そんな頃、束が体調を崩した事が全ての始まりだった。束の不調に真っ先に気付いたのはハルで、この頃から嘔吐などの症状が見られた。束自身もここまで体調を崩した経験が無く、混乱していた。

 そして皆に勧められるまま、秘密裏に病院にかかる事になったのだ。あの束が、という事でロップイヤーズの、特にラウラとクロエの取り乱しようは酷かった。顔を真っ青にして慌てふためいている様は見たこともなかった程だ。

 この時からロップイヤーズの約半数が使い物にならなくなるという退っ引きならない事態に陥っていた。だが、実際に蓋を開けてみれば皆は安堵を通り越して呆れたものだった。診断を終えた束は苦笑しながら戻ってきて伝えた。

 

 

『あ、あはははー……妊娠だって!』

 

 

 この報告にまず真っ先にハルが卒倒した。何とか復活した後は皆に締め上げられていた。特にラウラとクロエが酷かった。あの二人が率先してハルに皮肉や嫌味を言う光景など早々ないだろう。

 そして、ここぞとばかりにクリスがハルをからかい、ハルが流石にキレて暴れそうになったりと、色々と事件がありながらも束の妊娠は皆に受け入れられていった。

 

 

 

「あれから束さんが酷かったからな」

「自覚してからな。なんていうか、束さんも人の子だって思わされたぞ。……並ならぬ被害がある所は、束さんらしかったがな」

 

 

 その頃、高天原で生活をしていた一夏とマドカは腕を組んで頷き合う。

 とにかく束は精神的に不安定になって荒れた。あのハルですら手を焼くほどの不安定さを見せたのだ。基本的にハルしか近づけず、クロエとラウラ、箒以外ではまともに取り合えない。

 最も近かったハルも生傷が絶えない程だった。正直、大丈夫かと本気で心配になったものの、ハルが気にした様子もなく笑っていた事を一夏とマドカはよく覚えている。落ち着くまで本当に高天原の生活は緊張が絶えなかった。

 

 

「その後は毎日がまるでお祭りだったな。ベビー用品は何が良いのか、真剣で議論して喧嘩し出すし」

「ハルはともかくとして、ラウラとクロエが浮かれて酷かったな。照れ隠しに幾度、腹を殴られた事か……。ハルと箒がいなかったら暴走してたぞ? あの銀髪姉妹。クリスさんもクリスさんで煽るし……」

 

 

 本当に騒がしい生活だったと一夏とマドカは振り返って思い出し笑いをする。その光景に巻き込まれた事もある鈴音と簪、本音もクスクスと笑っていた。

 そんな風に笑う元・生徒達を見て千冬は微笑ましそうに視線を送り、はぁ、と肩を落として溜息を吐いた。どこかどんよりとした雰囲気を纏う千冬はらしかぬ程に落ち込んでいた。

 

 

「……そして私は何もかもが束に先を越された、か。ふふふ……」

「ち、千冬姉!? しっかりしろ!?」

「弟にまで先を越され……私は三十路手前か、ふふふ」

「ち、千冬さんにもいい人見つかりますよ! ほ、ほら! 倉持技研の如月さんとか!?」

「そ、そうですよ! 千冬さんの事を気にしてましたよ!?」

 

 

 暗雲を背負い、凹む千冬を慌てたように励まして回る一夏、鈴音、簪。その光景を見ていたマドカはどこか面白く無さそうに千冬を見ていた。そんな表情に気付いた本音がマドカに微笑みかける。

 

 

「マドっちー、そんな顔したら駄目だよー」

「……別に、そんな顔はしていない」

 

 

 そっぽ向くマドカに対して本音は少し呆れたように吐息した。一夏と違ってまだ姉離れが出来ていないこの子が実は男が寄りつかない原因の一つになっている事を千冬は気付いているのだろうか。

 そこも一夏とマドカが犬猿の仲になっている原因なんだろうなぁ、と思いながら本音は皆に励まされている恩師の背中を眺めるのであった。

 今日の天気は晴天。雲一つ無い空の下、彼等が向かうのは篠ノ之神社。今日は一組の男女が結ばれる日。ハルと束の結婚披露宴の会場へと、彼等は足を向けた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あ、来た来た。おーい! 皆ー!」

「あら、織斑先生も一緒ですわね。ご機嫌よう」

 

 

 篠ノ之神社につくとシャルロットとセシリアが並んでいた。色々と確執のあった二人だが、今は友人として、好敵手として良好な関係を築いている。それぞれが国に戻って束から授かった技術等を持ち帰り、代表候補の肩書きから候補が取れるのも間近だと言う話だ。

 千冬を除いた全員が駆け寄っていき、再会を喜び合っている。この3年、IS学園で得た絆が確かに育まれていた事を千冬は嬉しく思い、彼等を優しげに見守っていた。

 すると千冬に歩み寄ってくる影に近づいて、千冬は振り返った。そこには扇子で口元を隠した楯無の姿があって、千冬は小さく笑みを零した。

 

 

「楯無か。警護の依頼を引き受けて貰って悪いな」

「わざわざ織斑先生に言われる程の事じゃないですよ。これもロップイヤーズと懇意にさせていただく為の必要投資ですもの」

 

 

 一夏達より1年先に学校を卒業した楯無は忙しく活動していた。楯無家の当主としてだけでなく、ロシア代表としての仕事も忙しく、千冬がこうして顔を合わせたのも卒業以来だ。

 そんな楯無は皆の環の中にいる簪の姿を見つけて微笑んだ。楯無が微笑んだのを見て、千冬は柔らかく微笑を浮かべた。

 

 

「良いのか? 後輩達に挨拶しに行かなくても」

「後で窺いますよ。せっかくの友達の時間を邪魔したくはありませんし。それに……」

「それに?」

「もう大丈夫です。あの子達がいてくれたからこそ、簪ちゃんは強くなれた。私と向き合ってももう怖じ気付くこともない」

「……ふっ、お前も在学中、色々あったからな」

「あの人達といて騒動が起きない筈がないんですよ。感謝はしてますよ。簪ちゃんとの事も、ね」

 

 

 扇子で口元を隠しながら楯無は告げた。そんな楯無の様子に微笑んでいると、一夏達が呼ぶ声がした。簪も楯無の存在に気付いたのか、僅かに微笑んで手を振っている。

 呼ばれるままに二人は顔を見合わせて、皆に合流する為に歩を進めた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 篠ノ之神社で挙式を上げようと提案したのはハルだった。結婚式をどうするか、と話し合った際にロップイヤーズの立場を考えればなかなか難しい。束としても写真を撮るだけでも良い、という意見もあったのだが、ハルがどうしても、と希望したのだ。

 箒もこれに賛同した。というよりもハルが以前から箒に相談を持ちかけていたのだ。二人の提案に当然の如く束は渋った。

 確かに挙式を上げる上で篠ノ之神社は悪くない選択肢であった。大多数に公開する訳でもなく、親しい友人・知人を集められればそれで良かった。その点で言えば篠ノ之神社は最適だった。

 後の披露宴を考えても篠ノ之神社には道場も存在する。道場を使って披露宴をすれば場所も問題ないと主張する箒と、ハルはやっぱり形として束と式を挙げたい、と望んだのだ。

 そして、これがきっと両親と和解出来る最後のチャンスだと。だからこそ渋る束にハルは粘った。……その後、何年か振りとなる家族の会話が実現する事となったのだが、その時、束が何を思ったのかはここでは記さない。

 ただ結果として、親しい友人・知人には招待状が送られ、IS学園の学友達はこの篠ノ之神社に集っていた。

 

 

「皆、良く来てくれた」

「箒。巫女服、やっぱり様になってるな。似合ってるぞ」

「ふふん。巫女だからな? しかしあまり褒めていると隣の小鬼が怖いぞ?」

「誰が小鬼よ!」

「クロエとラウラも、和服似合ってるよー!」

「シャルロット、あの、頬ずりは止めてください……!」

「えぇい、離さないか馬鹿者!」

 

 

 全員が集まるのは久しぶりであれば、やはり再会を喜ぶ声は自然と大きくなるものだ。

 これも半ば身内だけの集まりだからこそ出来るような雰囲気なのだろう。やれやれ、と肩を竦めながらも千冬に咎める様子は無さそうだ。楯無も同じく、扇子で口元を隠しながら笑みを浮かべている。

 

 

「まぁ、結婚披露宴とは銘打ってても、姉さんがこれ以上、堅苦しいのはごめんだとごねたんでな。ここからはただ飲み食いして行って貰うだけだ」

「そういうもんか?」

「そういうものさ。まぁ、型破りな姉さんらしいし、父さんも母さんも認めたしな。……さぁ、ハルと姉さんが待ってるぞ。皆、道場に上がってくれ」

 

 

 箒に促されるままに皆は篠ノ之道場へと入った。中では既に宴の準備が整えられていて、新郎新婦の席には既にハルと束が座っていた。ハルは袴姿で、束は白無垢。そして……束の手には赤子が抱かれていた。

 皆が入ってきた事に気付いたのか、ハルは席を立って皆を迎え入れる。

 

 

「皆、久しぶり。今日は来てくれてありがとう」

「うん。結婚おめでとう、ハル」

 

 

 口々に祝福の言葉を投げかけられてハルはくすぐったそうに笑った。遅れて席を立った束が赤子を抱いたまま歩いてくる。真っ先に束が抱く赤子に視線を送ったのは千冬だった。何とも言えない感慨が浮かぶ顔で千冬は束に笑いかけた。

 

 

「……お前が母になる日が来るとはな。本当に今でも信じられんよ」

「一番信じられないのは私かな。でも……幸せだよ。お義姉さん?」

「……ははっ、まさかお前にそう呼ばれるとはな。これは参った」

 

 

 親友二人はそうして微笑み合った。また新しい関係が始まる事に奇妙なくすぐったさを感じながら。

 

 

「うわ、赤ちゃんちっちゃい」

「私たちが帰国した後に出産なされたのですよね? ようやくお顔を合わせる事が出来ましたわ」

 

 

 束が出産したのはIS学園卒業後の話だ。その時、既に帰国してしまっていたシャルロットとセシリアはハルと束の子供を拝む事が出来なかったので、さぞ珍しそうに束の腕に抱かれた赤子を見つめる。

 

 

「ウチの子が可愛いのはわかるけど、じろじろ見ないでよ。金髪コンビ」

「これは失礼。……でも本当に愛らしいですわ。こうしてみると、結婚も悪くないと思えて来ますわね」

「お? 遂に男嫌いを直す決意でもしたの? セシリア」

「いつまでも我が儘を言える立場でも無くなりましたから。まぁ、どうなるかはわかりませんがね」

 

 

 肩を竦めて見せるセシリアは随分と和らいだ表情で笑っていた。そんなセシリアの姿にシャルロットは笑みを浮かべて軽く肩を叩いた。

 もう赤子の姿を見慣れた一夏達でさえ、束が腕に赤子を抱いている姿には感慨深いものがある。

 

 

「本当に癒されるよ。私達には赤子という時期など無かったから尚更に思う所がある」

「えぇ。……本当に健やかに育って欲しいですよ」

 

 

 ラウラとクロエは束の赤子に慈しむ。自分たちが味わう事の出来なかった幸せを一身に受けて育つのだろう赤子の未来に期待を寄せて、共にいる事が出来る喜びを示すように。

 マドカも思う所があるのだろう。母の顔をしている束の姿を見た後、ちらりと千冬へと視線を送る。どこか悩ましげな表情を浮かべている彼女は果たして何を考えているやら。

 

 

「束さん~、私にも抱っこさせて~」

「ほ、本音……! 流石に悪いって……!」

「まぁまぁ、簪ちゃんも抱いてみれば良いじゃない」

「もうっ、お姉ちゃんまで……!」

 

 

 赤子に惹かれた本音が束がおねだりすると、流石に恐れ多いのか簪が本音の肩を抑える。だが、けらけらと笑いながら促してくる楯無に簪は流石に柳眉を立てた。

 そんな光景をハルは微笑ましそうに見ていた。そんなハルの肩を叩くのは一夏だ。歯を見せるように笑う一夏は、心底嬉しそうにハルに告げた。

 

 

「本当におめでとう、ハル。なんていうか、すっかりパパだな?」

「そうかな? でも……次は君なんじゃないかな? 一夏?」

「なっ!? お、俺と鈴はまだ……!」

「まだ? って事はするつもりはあるって事でしょ?」

「ちょ、ちょっと! 何言ってるのよ、ハル!?」

「なんだ? 一夏と鈴もウチで結婚式をするか?」

「箒まで! ちょっと、止めてよね!」

 

 

 ハルが箒を組んで一夏と鈴音を冷やかす。二人は同時に顔を真っ赤にして、互いの顔を見合わせた。更に顔を赤くする二人にハルと箒は微笑ましそうに二人を見た。

 各々、会話を楽しんでいる所に入り口からクリスが顔を出した。皆が揃っている事を確認した彼女は笑みを浮かべて告げる。

 

 

「皆、揃っているか。丁度良い、写真を撮る準備が出来たから集まってくれるか」

 

 

 クリスの呼びかけにそれぞれ移動を始める。そんな中、ハルは束に歩み寄る。歩み寄ってきたハルに気付いて、束は腕に抱いていた赤子をハルに手渡した。

 ハルの腕に抱かれた赤子にハルは愛おしげに視線を送る。胸の奥から広がってくる何とも言えない気持ちを噛みしめるように唇を結ぶ。自然と口角が上がって笑みが浮かぶ。

 

 

「ねぇ、ハル?」

「何かな? 束」

「今、幸せ?」

「……あぁ、間違いなく。僕は幸せだ」

 

 

 二人で寄り添い、微笑み合う。遠くからハルと束の二人を呼ぶ声がする。ハルと束は互いに顔を見合わせた。皆の下へと行く前に、そっと触れ合うようにキスを交わした。

 

 

「行こう。ハル」

「あぁ、行こう。束」

 

 

 二人で寄り添いながら向かう先にはたくさんの仲間達と家族の姿が見える。

 ゆっくりと二人で並んで歩いていく。さぁ、と吹き抜ける風が優しく彼等を包み込んでいった。

 




「ファレノプシス。花言葉は……“幸福が飛んでくる”、“変わらぬ愛”、そして“貴方を愛します”」 by雛菊



※2014/1/29の活動報告にて後書きを掲載しております。

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