天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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Episode:06

 親愛なるハル、敬愛なる母へ

 

 雛菊はハルと母のアドバイスを受け、こうして文通もといメール通を始めようと思いを文にしている。

 このような体験をさせてくれたハルは雛菊にとって掛け替えのないパートナーと認識している。

 雛菊はパートナーとして今後もハルと共に歩み、ハルに必要とされる存在でありたいと結論を出した。

 母の夢である宇宙への進出、ハルの願いである空を自由に飛ぶ事。雛菊は二人の思いを遂げさせたい。それが雛菊の結論。

 だから雛菊は母にはかつての私の身体をもう一度与えて欲しいとお願いする。今度こそハルと一緒に飛びたいと雛菊は願う。

 ハル。私はいつでも貴方と話す時を楽しみにしている。雛菊は常にハルと共にいるから。ご返事待ってます。

 

 雛菊より

 

 

 

 * * *

 

 

 

「お、来た来た。…わぁ、本当に人間みたいだね。ちょっと変な文章だけど」

「ISはずっと人間と歩んできたんだから。子は親に似るって言うしね?」

「そう思うと感慨深いかなぁ」

 

 

 束はプライベート回線を通じて送られた雛菊からのメールに目を通していた。その内容に笑みを浮かべると、隣にいたハルが同じように画面を覗き込んで笑みを浮かべる。

 雛菊に勧めたプライベート回線を使ったメールのやり取り。これは束から出されたアイディアで、ハルが雛菊を起動せずとも言葉を交わす手段として雛菊に勧めたのだ。母の勧めならば、と応じてくれた雛菊はすぐさまメールを送ってきてくれた。

 こうしてISコアと意思疎通が出来るなんて、想像していなかった束にとってこのメールはとても貴重なものだった。感慨深いものが胸の奥から込み上げてきて、束の笑みが深まる。

 メールの内容を確認していたハルだったが、気になる一文を見つけて首を傾げた。

 

 

「束? 雛菊の身体って?」

「あぁ。言ってなかったっけ? 雛菊のコアはハルがテストした第四世代の実験機のコアだったんだよ。うーん、返してあげたいのはやまやまだけど、まだ様子見かなぁ。ハルをちーちゃんと別人だとは認識出来るようにはなったみたいだけど、前みたいな事にはなって欲しくないしなぁ」

「じゃあその保証が出来たら雛菊にISを戻してくれるって事?」

「うん。それなら大丈夫だと思うから」

「やった! じゃあ早速雛菊を説得しなきゃ!」

 

 

 またISに乗ることが出来るかもしれない。そうとわかってはしゃぐハルの姿は年相応に見える。ハルの様子が微笑ましくて束はハルを抱き寄せた。頬を寄せ合うようにして触れ合うと自然と笑みがこぼれた。

 

 

「ほら。束も一緒に返事を考えようよ?」

「え? 私も?」

「だって二人に宛てたメッセージだよ? 束も返さないとダメだって」

「……そっか。そうだよね。よし! 束さんも雛菊にメールを送るよ!」

 

 

 束は溢れんばかりの笑みを浮かべて言う。どんな内容にしようか、と考える。伝えたい事、聞きたい事なんて山ほどある。でも雛菊は言ってしまえば子供だから難しい事はわからないかもしれない。

 思い悩む束の姿を横目に収めて笑みを浮かべつつ、ハルもまた雛菊への返事の内容を考え始めた。自分のパートナーとなってくれるだろう幼い子を思いながら。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 雛菊へ

 

 ハルだよ。メールありがとうね。直接話すのとは違うけれどこうしてコミュニケーションを取るのも良いと思うんだけど、雛菊はどう考えるかな?

 待つのは雛菊にとってはもどかしいかもしれないけれど、待つのも楽しみ、って言うじゃない? いや、待たせる理由にするつもりはないんだけどね。

 雛菊とこうして話せる事は僕にとってもとても嬉しい事です。僕のために色んな事を考えて、理解しようとしてくれてありがとう。これからも君とは良いパートナーでありたいと思っています。

 君と空を飛べる日を楽しみにしているよ。だから束からも言われると思うけど、効率を求めて僕に織斑 千冬の思考とかトレースをさせたらダメだからね。

 僕は僕の力で雛菊と飛びたいんだ。もしかしたら理解出来ないかもしれない。効率的に飛べる手段があるのにそれを選ばないのは変かもしれないけれど、それが僕の願いだから。

 これからお互いにわからない事がいっぱいあると思うけど、どうかよろしく。

 

 貴方のパートナー、ハルより。

 

 

 

 雛菊へ

 

 束さんだよ。メールを書くなんて滅多にないし、こうして貴方と意思を交わせる日が来た事はお母さんとして凄く嬉しくて、今も凄く興奮しているよ!

 雛菊という名前は気に入って貰えたかな? 気に入って貰えたら束さんは凄く嬉しいよ。

 雛菊のお願いは考えておくね。雛菊には色んな事をお勉強して貰わないといけないから、もし束さんから許可が欲しかったら色々考えて欲しいんだ。

 雛菊にはいっぱい聞きたい事とかあるけど、いっぱいありすぎてすぐには決められません。だからまた今度、メールを送るよ。

 あと、雛菊にお願いするね。ハルは私にとってとても大切な人。雛菊が守ってあげてね。お母さんは雛菊にそう願っています!

 これからよろしくね!

 

 貴方の母、篠ノ之 束より

 

 

 

 * * *

 

 

 

 日々は慌ただしく過ぎていく。過ぎていく日々の充実さを実感し、噛みしめるように束は日々を振り返っていた。

 身体は心地よい疲労感を訴えていて、束はベッドの上で疲労感が解れるのを感じながら天井を見上げる。そのまま、ふと自分の胸に浮かんだ言葉を呟く。

 

 

「私、今幸せなんだろうな」

「え? ……急にどうしたのさ」

 

 

 束の腕の中にいたハルが訝しげに声を漏らす。顔色を窺うようにハルは束の顔を見上げる。束の呟きの真意を探ろうとするようにだ。そんなハルの頭を束は手を伸ばして撫でる。束の顔には淡い笑顔が浮かんでいた。

 

 

「自分が一番輝いてた日々はちーちゃんと一緒にISを開発してた時だと思うんだ。でもね、自分が今一番幸せだなぁ、って思うのは今なんだろうなって。ハルが来てから私の世界は広がったんだよ。それが今凄く楽しくて、幸せなんだ」

 

 

 ハルが教えてくれた。孤独は実はとても冷たくて辛いものなんだと。隣に誰かがいる事の幸福を。自分が生み出したISにはまだまだ可能性がある事を。初めて気付いた事、改めて気付いた事。発見の毎日が束にとって何よりの幸福だと言い切ることが出来る。

 幸せだなぁ、と呟いて束はハルを抱きしめる。ハルの存在を確かめるように触れながら束は瞳を閉じる。何を思ったのか、腕の中にいるハルは束に手を伸ばして束の頬に触れて微笑む。

 

 

「僕もだよ。僕も束といられて幸せ」

「あはは。束さんは幸せものだよ」

 

 

 頬を寄せるように束はハルを抱き寄せる。ハルは抵抗をせずに束の好きにさせる。

 愛おしげにハルを撫でながら束は笑みを零す。けれど束の表情に僅かな憂いが帯びる。一瞬、指先が震えたのをハルは見逃さなかった。

 

 

「束?」

「……ちょっと怖いんだ」

「怖い?」

「うん。……これは束さんの都合の良い夢で、目が覚めたらハルがいなくなってるんじゃないかって。幸せ過ぎて、恵まれすぎてて、こんなに愛されてるなんて自覚して、怖くなったんだ」

 

 

 束にとってハルは余りにも都合の良い存在だから。自分を愛してくれる人だから。だから本当にこれが現実なのか疑ってしまう。この楽しい日々は所詮、自分の夢で、目が覚めれば一人残されているんじゃないか、と。

 そんな想像をすれば身体の震えが止まらなくなる。孤独でいる事に慣れた筈だったのに。今では孤独に戻る事が、腕の中の存在を失ってしまう事が何よりも恐ろしかった。

 

 

「怖いんだ。怖いんだよ。私は人間が怖い。本当はね、私はどうしようもなく臆病なんだ。誰にも受け入れて貰えない、誰も受け入れてくれない世界はどうしようもなく怖いんだ。皆、私の持つものを妬む。誰も私を見てくれない。誰も私の作ったものにしか目を向けない。誰も私の夢を理解してくれない」

 

 

 血を吐き出すような重さを伴って束は心の傷を吐露した。

 束にとって世界は窮屈な箱庭であり、自分を受け入れてくれない牢獄だった。人は同じ姿形をしているけれど、それぞれに個性があって皆違う。けれど束はあまりにも違いすぎて世界に受け入れられなかった。

 自分たちと余りにも違うから。自分たちよりも余りにも出来が良いから。自分たちには理解出来ないから。束は仲間として受け入れて貰えず、まるで違う生き物を見るような目で見られ続けてきた。そして世界に受け入れられようと努力をする度に自分が削られていく。

 束の個性は、皮肉な事に束の個性である才能によって殺される事となったのだ。

 ここに自分がいるのに、と。幾ら叫んだか束はもう思い出したくない。両親すら束の天才の片鱗には畏怖を覚えていた。だから腫れ物のように扱った。束はそれでも親だから、と思う事で認識する事が出来た。だが他の有象無象共は無理だった。

 そんな中でも自分と同じ異端側である千冬は束を受け入れてくれた。同時に束も千冬の事を受け入れた。互いに認め合う事で互いが認識出来たから。だから親友という絆が結ばれた。

 そして自分の妹の箒と、千冬の弟の一夏。二人はまだ幼く、悪意に疎かった。幼かった彼等は束の異常性を知りながらも気にせずにいた。だから普通に接してくれていた。

 それでも成長するにつれて、実の妹である箒も束の事を苦手とするようになっていった。それを理解したから束は箒から距離を取った。実の妹とどう接すれば良いか何てわからない。なら嫌われる前に離れてしまえば良い、と。

 純粋に姉と慕ってくれた妹を有象無象と同じに陥れたくなかったから。同じ血を引いて、同じ腹から生まれてきたのに、妹にまで自分を認められないなら悲しすぎるから。何で生まれてきてしまったのか後悔してしまいそうだったから。

 

 

「若かったんだよ。焦ってたんだ。認められたくて世界を滅茶苦茶に掻き乱した。私を認めさせたかった。それでも認められる事は無かったけどね。だから私は世界が嫌い。こんな世界、壊れてしまえなんて今だって思ってる」

 

 

 結果、束は白騎士事件を巻き起こし、後のIS世界大会である“モンド・グロッソ”で千冬と共に自らが作り上げたISでその名を轟かせた。結果、世界から危ぶまれて一家は離散し、束も逃亡生活を余儀なくされた。

 別に構わない、と思った。もう自分には研究しか残っていなかった。当時、唯一の理解者である千冬も理解はしてくれても味方にはなってくれなかったから。

 いいや、きっと彼女なりの味方をしてくれていたのだろう。千冬は束を世界に溶け込ませようと叱ってくれていたから。千冬の心意気はありがたかったが束には千冬の好意を受け入れる事は出来なかった。

 

 

「ちーちゃんは強いんだ。私と違った。ちーちゃんだって世界を憎んでる筈なのに、弟を守る為だったら憎しみだって捨てちゃえるんだ。良いよねぇ、そう思える存在がいてくれるってのはさ」

 

 

 そう。隣にいてくれる人の価値を束は知ったのだ。ハルと出会えたから。

 

 

「ハルがいてくれれば私はもう満足しちゃう。世界なんてどうでも良い。勝手に回れば良いと思う。だったら相手にするだけ無駄。それならハルと一緒にいる時間を大切にしたい」

 

 

 だから怖い、と束は呟く。ハルの存在が近くになるにつれてこの恐怖は増していくのだ。

 思えば思う程、ハルが自分の中で大きくなるにつれて同じぐらい恐怖もまた大きくなっていく。

 

 

「ハルを失いたくない。こんなにも人に執着したのは初めてだ。ちーちゃんにだってここまで依存しなかったのになぁ」

 

 

 一時期は千冬に好かれたくて千冬に付きまとった事もあった。構って欲しくて、愛して欲しくて千冬にべったりとくっついていた。だが千冬には一夏という愛すべき絶対の存在がいた。

 束に振り分けられる愛など無かった。それを理解してから束は千冬に期待をするのを止めた。お互いに似ているけれど決定的に違うのだと理解した。それでも千冬は束を友人として受け入れてくれた。それが嬉しかったから束もそれを良しとした。

 だが満たされない。諦めた所で飢えが消える訳ではない。だから束は愛に飢えていた。その飢えを悉く満たしてくれたのがハルだ。だから心が叫んでいる。離したくない、と。失いたくない、と。

 

 

「ねぇ? ハル。今ここで一緒に死なない? そしたら幸福の今のまま、永遠になれると思うんだ」

「いきなりとんでもない事を言うね。死んだら別れちゃうかもよ?」

「あー……だったらやだ。そっか、ハルって1回死んでからハルになったんだもんねぇ。だったら却下で。ハルと引き離されるぐらいなら不老不死になってやるもんね」

 

 

 冗談交じりにおどけて見せながら束は言う。にしし、と笑う束はいつも通りだ。そんな束の顔を見上げてハルは束の頬に手を添えた。

 

 

「束、大丈夫だよ。ここにいるから」

「うん。知ってるよ」

「僕も夢を見ているように思えるよ。絶対に会える筈の無かった束に会えて、束にこんなに思って貰えるなんて信じられない」

「あはは。同じ、だね」

「同じ、なんだよ」

 

 

 束が頬に添えていたハルの手に自らの手を重ねて指を絡ませる。触れた手の温もりが、繋がった手の感触が何より愛おしい人の存在を教えてくれる。

 

 

「でも、ね? 束。僕は束のお人形さんじゃないんだよ?」

「え? うひゃぁ!?」

 

 

 ハルは束の腕から逃れるように身をよじらせる。束の手を握ったまま、束に顔を寄せて束の首筋に口づけた。

 そのまま束の首をなぞるように唇を滑らせて、服がはだけていた束の鎖骨に舌を這わせる。そのまま噛みつくように唇を押し当てる。刺したような痛みに束は目を白黒とさせてハルを見た。

 

 

「僕だって束が欲しい。だからきっと束を傷つけてでも手に入れるようとするよ。世界を壊したって、君すら傷つけたって僕のものにする。……嫌われたくないからしないけど。好かれる方が良いからね」

 

 

 ハルは薄ら笑いを浮かべながら束から身を離して、束の髪を指で絡め取り、絡め取った髪に口づける。うっすらと開いた瞳には今まで見たことのないハルの一面が見えて束はぞくり、と身を震わせた。

 ハルはそのまま瞳を細めて束を見ていたが、ふと、気が抜けたように溜息を吐いて垂れる。ふにゃり、と力を抜いたハルは疲れたように言葉を漏らす。

 

 

「……うん。やっぱりこれ僕のキャラじゃないや。ごめん、やっぱキャンセルで」

「……ぷっ、なにそれ」

「手に入れるより貰われる方がいいや」

 

 

 先ほど見せたハルの姿はまるで夢だったように消え、束に甘えるように抱きついてくるハルに束はおかしかった。

 束はハルを抱きしめる。壊れものを包み込むように優しく。ハルは抵抗せずに為すがままに束に身を委ねる。

 

 

「痛かった」

「ごめん。つい」

「へぇー、ついでこんな傷を束さんにつけちゃうんだ? 酷い奴だね、ハルは」

「束が魅力的だからいけない」

「弁護になりません。有罪だよ。よってハグハグの刑に処す」

「うわー、ふかふかだー」

 

 

 布団に包み込みながら束はハルを強く抱きしめた。じゃれ合うように二人はベッドでもみ合いになる。楽しげに笑い声が漏れて、互いに笑った事に気付いて顔を見合わせて、また笑い声が漏れる。

 やっぱり幸せだよ。束は小さく胸の内で呟いてハルを抱きしめる。この幸せを逃さないように腕の中に閉じこめるように。

 

 

(……跡つけられちゃったなぁ。男の子なんだなぁ、ハルも)

 

 

 僅かな変化を残しつつ、夜は更けていく。本人すらもまだ自覚が出来ない程の小さな変化を伴いながら。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「そう言えばもうすぐ2回目だねぇ」

「口の中にものを入れながら喋らないの。ところで何が2回目?」

 

 

 朝食を二人で食べていると、束が思い出したように呟いた。行儀の悪い束にハルは少し眉を寄せる。束に注意をしつつ、ハルは束の言った2回目の意図を問いかける。

 ハルに注意された束は口の中にあったものを飲み下し、コーヒーを飲んで一息を吐く。あれ、あれだよ、とハルがわからないまま束は指を振って告げる。

 

 

「ほら、モンド・グロッソ」

「あぁ。ISの世界大会の?」

「そうそう。ま、束さんからするとどんぐりの背比べだから見なくてもいいかなー、って。どうせちーちゃんが優勝するんだろうし」

「織斑 千冬が出るの?」

「ちーちゃん以外の誰が日本代表で出るって言うのさ」

 

 

 出場してくるISに束は一欠片の興味を持っていない。得る事が出来ると言ってもアイディアぐらいだろう、とさえ思っている。IS開発において束の横に並び立つ者などこの世界にはいないのだから。

 そして出場するだろう各国代表のIS搭乗者も、どれだけ実力が高かろうと千冬には勝てないだろうと思っている。千冬は束が自信を以て最強の名を与えられる唯一の人なのだから。

 

 

「ねぇ、束?」

「うん? ……ハルは見たいの?」

「うん!」

「まぁ、中継もやってるだろうし。最悪映像を盗み見れば良いだろうし、別に構わないよ」

「やった! 束、大好き!」

 

 

 ISの事となると途端に子供のようにはしゃぎ出すハルの姿に束は笑みが零れるのが抑えきれなかった。

 自分が作ったものをこんなにも一心に愛してくれる事が幸せな事なのだと、束はまた新たな発見を一つした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「もう少しでモンド・グロッソが始まるんだって、雛菊」

「モンド・グロッソ。ISの世界大会」

「うん! 凄く楽しみなんだ! 雛菊も一緒に見るんだよ」

「雛菊はハルの為にたくさん勉強する」

 

 

 束との食事が終わった後、ハルは雛菊の意識の下にいた。雛菊にモンド・グロッソを観戦する事を伝える為にだ。

 ハルが来た事で雛菊はハルを歓迎する。束の姿なのは相変わらずだが、今度束と容姿についても相談してみようかな、と頭の隅で考えつつ雛菊に目を向ける。

 モンド・グロッソの話を聞き、データを集めると意気込んで小さくガッツポーズを取る雛菊を眺める。ねぇ、とハルはそんな雛菊に声をかける。

 

 

「雛菊はさ、どうして僕を理解しようとするの?」

「ハル。雛菊の存在意義は母の願いを叶える為にある。雛菊は人の望みを知り、進化していく。これが母の望んだ事だと雛菊は存在意義だと定義してる」

 

 

 雛菊の返答を受けてハルは納得したように何度も頷く。暫し、腕を組んで悩むように眉を寄せていたハルだったが、顔を上げて雛菊の名前を呼ぶ。

 はい、とハルに名前を呼ばれた雛菊も応じて視線を合わせる。ハルは素直な雛菊の反応にくすり、と笑いながら告げた。

 

 

「僕も夢があるんだ」

「ハルの夢?」

「そう。僕も束と同じ夢が見たい。どこまでも広がる宇宙に飛び出してみたい。束の喜ぶ顔が見たいんだ」

 

 

 だからね、ハルは前置きをするように雛菊に言い、真っ直ぐに雛菊の目を見て言う。

 

 

「雛菊。僕の為の翼になって欲しい。夢を叶えるパートナーとして」

「雛菊はそのつもり」

「うん。確認しておきたかったんだ。……それじゃ、改めてよろしく。雛菊」

「はい。ハル。雛菊はハルを歓迎する」

 

 

 繋がれた手は架空のもの。けれど繋いだ絆は確かなものだと二人は笑い合う。

 愛した人の夢を叶える為に。密かな約束を二人は交わした。

 


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