天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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Episode:08

「お。織斑 千冬が勝った」

 

 

 モンド・グロッソの中継。繰り広げられていたISバトルの勝敗が決まる。勝者である千冬の顔がズームで表示されるのをディスプレイで確認しつつ、ハルはフライパンを揺らした。フライパンの上では手頃なサイズで切られた野菜達が踊る。

 野菜炒めの味を確かめつつ、インタビューに答えている千冬を見つめる。既に決勝進出を決めた千冬に対してインタビュアーは2連覇への意気込みなどを聞いている。

 テロップでも2連覇への思い! と大々的に表示されている事からも千冬への期待が見て取れる。受け答えする千冬は凛々しい顔つきに違わず、あまり感情を見せずにコメントをしている。

 ハルにとって千冬のISバトルの映像は良い参考になる。故にさっさと興味を無くして研究に戻ってしまった束と違い、ハルはこうしてモンド・グロッソの中継を片手間に見ていた。

 

 

「やっぱり優勝は織斑 千冬で決定かなぁ」

 

 

 千冬の技量はやはり圧倒的だった。ISを実際に動かし、雛菊の恩恵の大きさを悟ったハルだからこそ、千冬が暮桜を乗りこなしている姿には憧れを覚えるものだ。あれが束の認める最強のIS搭乗者なのだと。

 ハルと千冬では土台そのものが違うので比べる事に意味はないのだが、自分のオリジナルという事もあってやはり意識はしてしまう。野菜炒めを皿に盛りつけながら脳裏には千冬の機動を思い描く。

 

 

「練習あるのみだよなぁ。あー、もっとISに自由に乗れればなぁ」

 

 

 逃亡生活は楽じゃないな、とぼやきながらハルは出来た食事をテーブルの上に並べていく。食事を並べ終えれば研究室に籠もっている束に伝えるべく、扉をノックした。

 

 

「束? ご飯出来たよ」

「うん。今行くよ」

 

 

 食事が出来たことを伝えれば束はあまり間を置かずに部屋から出てきた。部屋から出てきて、束の目に付いたのは千冬のインタビューについてのコメントがされている映像。

 

 

「ちーちゃん勝ったんだ」

「うん」

「ま、当然だけどね」

 

 

 やはりすぐに興味を無くしたように束は席に着く。束が座るのに続いてハルも席につき、二人で頂きますの挨拶と共に食事を始める。

 特に話題もなく、食事は進んでいく。ハルはハイライトで映し出された千冬のISバトルを見ながら食事を進める。そんなハルを束は食事の手を止めてハルの顔を見る。

 

 

「そんなに気になる?」

「参考になるから」

「ふぅん。別にハルは気にしなくても良いと思うんだけどなぁ。土台が違うんだし」

「……束がそう言うってなんか意外」

「そう?」

「うん。ちーちゃんはやっぱり凄いよね、とか言いそうなもんなのに」

 

 

 そうかな、と束は呟く。そう思ってた、とハルが返すと気のない返事をして束は食事を再開した。特に追求する事もなかったのでハルも生返事をして食事を口に運ぶ。

 二人はそのまま特に何かを話す事もなく食事を終え、ハルは食器を水につけて置いておく。二人分のお茶を煎れて、お茶菓子と一緒に机の上に置く。

 

 

「はい、束」

「うん。ありがとう」

 

 

 ハルが差し出したお茶を受け取ろうとして束はハルの手に触れる。瞬間、一瞬束が躊躇ったように手を引っ込める。ハルが不思議そうに束を見る。

 束はすぐに気を取り直したようにお茶を受け取ってすぐさま口に運ぶ。だが熱いお茶を煎れていた為に、束はすぐさま舌を出して冷まそうとする。

 

 

「大丈夫? 束」

「へ、平気……!」

「なら良いけど……」

 

 

 指摘しない方が良いと思い、ハルも何も言わずに席に座る。不意に唇に伸びそうだった指で誤魔化すように頬を掻いた。

 あれから何気ない触れ合いがぎこちなくなったようにハルは感じていた。決して嫌われた訳ではないとは思う。束を見ながらハルはお茶を口に運ぶ。束はぼんやりとお茶の水面を見ていて、心在らずな状態だった。

 

 

(……やっぱりアレが原因だよなぁ)

 

 

 キス、と。脳裏に先日の光景を思い出すと感触が蘇ってきて頬が熱くなる。誤魔化すようにお茶を飲んでちらり、と束の顔を盗み見る。するとばっちり目が合って、互いに目を逸らしてしまう。

 気恥ずかしい。ハルだってキスまでされれば束がどんな思いを持って自分を見てるのかぐらいわかる。それはハルにとっては嬉しい事ではあるが、まさか束がこんな反応をすると思っていなかっただけに戸惑いも覚える。

 

 

(あ、あぅあぅ~……! 絶対変に思われてる! うー、うー!)

 

 

 一方で束も自分自身を持て余していた。先日、衝動的にハルの唇にキスをしてから自分の気持ちが浮ついて仕様がないのだ。キスならば額や頬には何度もしてきたので別に特別な事でも無い筈なのだ。

 そう、その筈なのにハルを直視出来ない。なのに気付けばハルを目で追っている自分に気付くという自己矛盾を起こしていた。ハルに名前を呼ばれるだけで心臓が一際大きく鼓動するし、目を合わせていると気恥ずかしい。更に視線が唇になんて行ってしまえば終わりだ。

 

 

(柔らかかったな。……あー、もう! 思い出しただけなのに何でこんなドキドキしてんのさ!)

 

 

 別にどこにしようがキスはキス。親愛の証には変わらない。だから気にしなければ良い。なのに気にしてしまうのは、ハルもまた束の変調に気付いて、敢えて指摘しないから。

 頬や額にする時は恥ずかしげに笑うだけなのに、唇にした時の反応は劇的に違ったのだ。まるで予想外の不意打ちを受けたようにきょとんと目を丸くしていたハルの顔が過ぎる。それが逆に束に自分がやった事が恥ずかしい事だったのではないかと思わせるのだ。

 

 

(うー! ハルのせいだ! 束さんは悪くない! ハルのバーカ!)

 

 

 何とも気まずい空気が二人の間に流れる。互いに言葉が無く、時間だけが無情に過ぎていくのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ハル。雛菊はハルが疲れているように見える。ハルは疲れている?」

「やっぱそう見える? ……見えるよねぇ」

 

 

 ハルは雛菊の深層意識に潜っていた。束と何とも言えない空気になってしまうのが気まずかったからだ。逃げ込んだ先で雛菊と顔を合わせた瞬間、雛菊は不思議そうにハルを見るのだった。

 ハルは改めて雛菊を見た。雛菊の姿は以前と大きく異なっていた。まず小さくなった。外見年齢からすると5、6才ぐらいの子供になっている。今の姿は束をそのまま子供にしたような姿だ。

 身に纏うのは白のワンピースに桜色のグラデーションが広がる愛らしいワンピースだ。アクセントなのか、胸元につけられた大きな黄色のリボンが揺れている。小首を傾げてハルを目にする雛菊の姿は何とも微笑ましい。

 初めてこの姿を見せた際、雛菊は、似合う? とくるりと自分の姿を回って見せた。そんな雛菊が愛らしくて、似合ってるよ、とハルが雛菊を思う存分に抱きしめてしまったのは仕様がない事だろう。むしろ誰にも否定はさせない。

 ハルと雛菊が本当の意味での初飛行を終えた後、雛菊の情緒は一気に成長を見せた。そしてISが進化し、姿形を変えていく事から自らに合う姿を取る事が好ましい、と学んだろう。今まで利用していた束の姿を改変し、今の姿に落ち着いたと言う。

 正直これにはハルは大いに助かっている。束の姿がそのままの状態であれば更なる気疲れを起こしていただろう事は目に見えて予想出来るからだ。

 

 

「困ったなぁ」

 

 

 青が広がる世界の中、項垂れるように座り込みながらハルはぼやく。そんなハルの肩をぽんぽん、と叩きながら雛菊が励まそうとする。

 

 

「ハル。雛菊が相談に乗る。雛菊がハルを助ける」

「うん、雛菊は良い子だね」

 

 

 ハルは自分の顔を覗き込んでくる雛菊の頭を撫でる。頭を撫でられれば雛菊はまるで猫のように目を細めて気持ちよさそうにする。

 そんな雛菊の無邪気な姿が微笑ましくてハルは笑みを浮かべる。今の雛菊はハルにとって癒しだ。このままずっと撫でても良いかもしれない、とハルは思わず思った。

 

 

「ハル。ハルは何を悩んでる? 雛菊は理解したい」

「うん。ちょっと束と気まずくなっちゃってね」

「気まずくなった。母と喧嘩した?」

「喧嘩はしてないよ」

「じゃあハルは何をした?」

「いや、僕がされたというか……」

「じゃあ母が悪い?」

 

 

 子供同然の雛菊に説明しても良いのだろうか、とハルは思い悩む。だがこのままだと確実に雛菊は拗ねる。雛菊はISコアの意識の為に好奇心が旺盛で、謎が解決されない事を好まない。

 このままはぐらかす、という事も出来ないだろう。かといって人の情緒もまだわからないだろう無垢な雛菊に説明しても良いのやら、とハルは唸りながら思い悩む。

 

 

「ハル?」

「束も僕も悪くはないんだよ」

「ならどうして気まずい?」

「お互いが大事だから、かな」

「答えになってない。ハル、雛菊に意地悪する」

 

 

 ダメか、と眉を寄せて睨んでくる雛菊にハルは諦める。雛菊は誤魔化しは聞かない、と束とキスした事を雛菊にハルは話した。

 キス、と雛菊は呟いて己の中にあるキスの知識を引っ張り出しているようだ。親愛の証、と呟いた雛菊は眉を寄せて不可解そうに首を傾げた。

 

 

「親愛の証。なのにしたら気まずい。二人は仲が悪い?」

「そんな事はないよ」

「ならなんで気まずい?」

「恥ずかしいんだよ……」

「恥ずかしい。ハルは照れている? 母も照れてる?」

「……う、改めて言われると凄く恥ずかしい気持ちになってくる」

 

 

 ぐぬぬ、とハルは唸り声を上げた。確かに照れているという自覚はある。唐突に唇へのキスだったのだ。束の柔らかい唇の感触を思い出せば恥ずかしくて仕方がない。同時に嬉しいとい思いも込み上げてくるのだが、思い出すのは気恥ずかしいのだ。

 ハルの言葉にやはり理解が追いつかないのか、眉をこれでもかと寄せながら雛菊は首を傾げている。

 

 

「何故キスすると恥ずかしい?」

「え、いや、それは……」

「ハル。雛菊は理解したい」

「……雛菊には難しいかな」

「雛菊はISコア。人を理解する。難しくても構わない」

「う……。こ、心の問題なんだよ、雛菊」

「心。……雛菊はまだ心を理解出来ない」

 

 

 心。それは人にだって理解する事が叶わないものなのだろう。時に愛し、慈しむ。時に怒り、憎む。時に笑い、楽しむ。時に悲しみ、時に嘆く。移ろい、一定に留まらない心。それは未だ幼い雛菊には難しい話だろう。

 これで納得して貰えるかな、とハルが吐息した瞬間だった。雛菊はハルに顔を寄せた。唐突に顔を寄せた事でハルは驚いて目を見開く。雛菊はそのままハルに迫り、雛菊は自らの唇をハルの唇に押し当てた。突然の事にハルは身を竦ませて硬直した。

 

 

「ん……」

「!? ……ッ、雛菊……!?」

「キスは親愛の証。雛菊はハルが好き。だからキスしても良い」

「い、いや。た、確かにそうだけど……」

「好きだから示す。それはいけない事?」

 

 

 理解出来ない、と雛菊は首を振った。どこまでも純粋で真っ直ぐな雛菊の姿にハルは呆気取られる。だが、すぐに気を取り直して笑みを浮かべて雛菊の頭を撫でた。

 雛菊の言う事は尤もな事だろう。好きを示す為にキスをする。相手が好きだから。だからする。それはごく自然な事で何もいけない事なんかじゃないと。だからハルが悩むのが理解出来ない、と雛菊は言うのだ。

 

 

「……そうだね。いけない事なんかじゃない」

「雛菊はハルが苦しむのを理解出来ない。雛菊はハルを助けられない。……辛い。雛菊は辛い」

「ありがとう。雛菊は本当に優しい子だ」

 

 

 一生懸命に雛菊はハルの苦痛を減らそうとする。その為にハルの苦しみを理解しようとする。だが今の雛菊には早すぎる話だ。辛そうに唇を噛む雛菊を抱き寄せて、雛菊の背中をハルは優しく撫でる。

 ハルは雛菊の背中を撫でながら思う。こんな風に諭されるだなんて思いもしなかったと。雛菊を悩ませてしまう事になるだなんて思いもしなかったのは、まだしっかりと雛菊の事を見てやれなかったのか、と自身への疑いが生まれる。

 

 

「情けないな。本当に」

「ハル?」

 

 

 こんな幼い意識の下に逃げ込んで慰められるなんてどうかしてる、とハルは自分が恥ずかしくなった。雛菊はしっかりと学び、成長しようとしているのに。

 嬉しいならば嬉しい。それで良かった話だ。束に愛されている証を貰った。恥じる事なんて何もない筈なのに。妙な気恥ずかしさと現実感が無かったから振り回されてしまった。ハルは自戒の念を心に刻んで大きく息を吐き出す。

 

 

「ありがとう。雛菊。凄い楽になったよ」

「……? 雛菊は何も解決出来てない」

「僕が頑張らないといけないってわかったんだ。雛菊はそれを教えてくれた。僕に頑張らなきゃいけないって教えてくれたんだ。だからありがとう」

「……? 雛菊は理解できない。でもハルはお礼を言ってくれる。ハルは自分で解決する。そう言った。雛菊はハルを助けた。……それは嬉しい事」

 

 

 雛菊は小首を傾げて悩んでいたようだったが、ハルの悩みが解決した事を察したのか笑みを浮かべた。

 ハルはそんな雛菊の頭に手を伸ばし、優しい手つきで撫でた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あ、おかえり」

「ただいま、束」

 

 

 目を開ければ束の顔が目に映った。束はコンソールで踊らせていた指を止め、目覚めの挨拶をハルと交わす。ハルは寝台から身を起こして束へと視線を送った。

 束は雛菊の深層意識と接触していたデータを整理していたようだ。熱心にデータの確認と検証を行っている。

 

 

「どうだった? 雛菊は」

「かなり成長してた。心について悩んでたみたいだし。あと姿も変わってたよ。自分に合う姿を取る事が好ましい、って学んだみたい」

「へぇ、どんな姿だったの?」

「束がちっちゃくなってた」

「あー、なるほどなるほど。それは面白い結果だね」

 

 

 興味深い、と何度も頷いている束は本当に楽しげだ。ハルは寝台から身を起こして束の傍に寄る。束、と名を呼ぶと束がハルに顔を向ける。

 

 

「どうしたの?」

「ねぇ、束。どうしてこの前、唇にキスしたの?」

「え!?」

 

 

 束は見るからに反応を変えて仰け反るようにハルから離れようとする。そんな束をハルは逃がさないように詰め寄って距離を再度縮める。じりじりと束が後退する度にハルもまた束との距離を詰めていく。

 そして束の背が壁に当たり、束が思わず後ろを振り返る。下がれない事を悟り、慌てて前を向けば距離を詰め切ったハルの姿が目に映る。ハルの姿を目にした瞬間、話題が出た為か、唇に視線が向いてしまった。

 先日の唇の感触が蘇ってきて束は顔を紅潮させた。言葉が出ず、あぅあぅ、と意味不明な言葉まで零れる。

 

 

「ねぇ、束?」

「な、なに?」

「僕もしたい。ダメ?」

「ひぇぇ!?」

 

 

 束は妙な悲鳴を上げてハルを見る。ハルの身長は束よりも低い。見上げるように束へと視線を送っている。唐突にキスを要求してきたハルに束はどうして良いかわからず、目を白黒させるばかりだ。

 ハルは慌てふためく束の様子に笑みを浮かべる。束の首に絡ませるように己の両腕を伸ばし、束の身体を前屈みになるように引っ張る。戸惑うばかりの束に抗う為の力がある筈もなく、ハルと束の距離はゼロとなる。

 互いの息が止まり、残されるのは互いの唇の感触のみだ。慌てふためいていた束も動きを止めてハルを見つめていた。ハルは目を閉じて束の唇の感触を楽しむ。

 息継ぎの為か、僅かに唇を離して呼吸を整える。そのまま束の唇を啄むように再度、唇を合わせる。触れ合う度に互いの熱を交換するようにハルは束の唇に触れる。

 

 

「……ふぅ」

「……ぁ」

 

 

 緊張していた身体から力を抜くようにハルは吐息する。ハルが離れた事で束はようやく呼吸を思い出す。吸い上げた空気が自分の身体が熱している事を伝えて、思わず唇を引っ込めるように引き結んだ。

 そんな束の顔を真っ直ぐに見つめてハルは微笑む。堪えきれない喜びを示すように束に抱きつきながらハルは胸の奥から沸き上がった言葉を束に伝える。

 

 

「大好き」

「っ……!」

「大好きだよ。好き、好き。大好き。束が大好きだよ」

「ハル……」

「好きだからする。好きだからしたい。僕は束とキスしたい。キスしたら嬉しい。うん。簡単な事だね。でも、とっても恥ずかしいや」

 

 

 照れくさそうに笑うハルの顔も真っ赤になっていた。それを見つめ返す束の顔もまた真っ赤になっている。ハルは自分で言った言葉の恥ずかしさに、束はハルの真っ直ぐな告白に身を悶えさせて顔を赤くさせる。

 

 

「……どうしよう」

「……ハル?」

「……うわぁ! なんかとんでもない事した気分! どうしよう、束! 僕、混乱してるよ!?」

「……あはは! 見ればわかるよ! 何それ!」

 

 

 唐突に慌てふためくハルに束は目を丸くする。けれど、どうしようもなくおかしくなって腹の底から笑い声を上げた。うわー、と声を上げながら身を悶えさせたハルを束は愛おしくなって抱きしめる。

 お互い馬鹿みたいだ。束はそう思ってやっぱり笑った。お互い好きだからキスをしたのに、キスをしたら自分の気持ちにすら吃驚して混乱している。反応こそ違えど同じように混乱しているハルを見て束は自分が滑稽で笑ったのだ。

 

 

「好きだからする。そうだね。たったそれだけの事なんだ」

 

 

 親愛の証に、君にキスを。

 きっと唇に口づけたのは何かが変わった証。束はすとん、と胸の中に落ちた言葉を口ずさんで笑みを浮かべた。

 

 

「大好きだよ、ハル。私も貴方が大好き」

 

 

 言葉を口にしよう。思いを交わそう。ただそれだけの事。

 二人の視線が絡み合う。お互いの顔は真っ赤になっていて、だけどお互いの顔を見ていれば自然と笑みが零れてしまう。

 それから自然だった。どちらからでもなく瞳を閉じて、再び距離をゼロにしてしまう。気付いてしまえばこんな簡単な事に心が揺れていたのかと、二人は笑い合う。

 

 

「馬鹿みたいだね、僕ら」

「でも、だからこそ悪くない。違う?」

「違いない」

 

 

 互いに額を押し当てながら笑った。おかしくて、楽しくて、幸せな一瞬。

 何度も繰り返そう。この掛け替えのない一瞬を。二人の思いが繋がる一瞬を。

 


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