再び「姉」になるために   作:Iタク

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拙い文章ですが、よろしくお願いします。



1話

 

────ずっと、傍にいられると思っていた

 

 

『待っておねえちゃん…!!いやだよ……どこにも行かないで!!』

 

 

────ずっと、この夢が続くと思っていた

 

 

『ごめんなさい紗夜…。でも……、私はもうあなたとは歌えない。』

 

 

 

────ずっと、そんな日々が続くと思っていた

 

 

 

今までの人生の中で得たかけがえのないもの

 

 

それらをすべて、私は

 

 

 

『───さようなら』

 

 

 

()()捨てたのだった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

「すいません、こちらの書類について少し聞きたいことが…」

 

関東地方のとある街。

 

その中でも、オフィス街と呼ばれる地区。鉄道や自動車の騒音が全ての音をかき消し、閑静とはかけ離れた街中に、関係者でなければ見向きもしないであろうビルの4階。

 

そこの事務所で私は、

 

 

「…あの、“紗夜”さん?」

 

「え?あ、ごめんなさい。そこはですね…」

 

 

───氷川紗夜は、働いている

 

 

 

 

 

ここで働き始めたのは21歳の時。

大学は短大であったため20歳から働き始めたのだが、その会社は1年で辞めている。すぐに新しい職場を見つけられたのは、ホントに運が良かったと今でも思う。その上、収入も以前より高くなっているという好条件付きだった。

 

後から聞いた話だと、ここの社長は何らかの理由で一度仕事を辞めた人たちを率先して雇っているらしい。とはいえ、全国から集めているわけではないので、拾われたのはホントに奇跡だった。あの時、この近辺をぶらついてなかったら…、と思うと今でもゾッとする。

 

「なるほど…。ありがとうございます紗夜さん!」

「いえ、大丈夫ですよ。」

 

そして新しい会社で働き始めて3年、人から頼られる程度には周りの人と良好な関係を築けている……と、思いたい。

 

「ですが、中村さんには教育係の人が付いているはずでは…」

「あー…、えっと……支倉さんはちょっと…」

「…?」

「察してやってくださいよ紗夜さん。こいつ、支倉さんのこと苦手なんですって。」

「ちょっ!そこまで言ってないよ!?ただその…、近寄りがたいオーラといいますか…」

 

質問してきた人は中村香織さん。

女性の中で一番最近に入ってきた新人。この人も例外ではなく、一度前の職場を辞めている“らしい”。

というのも、ここのルールとして、他人の経歴をむやみに聞くのはNGとなっている。中には自身の過去でトラウマになっている人もいる。その人たちからすれば、このルールには大変助けられていることだろう。

 

 

───まあ、私も助けられている一人なのだが

 

 

「…オーラ?」

「ここでのオーラは体臭と訳すんです。」

「言わないでよ未央ぉ~…」

 

途中から話に入ってきたのは、私が教育係を担当していた長瀬未央さん。

ちょうど先月教育係の任を解かれたのだが、今もなお接してくれている私の後輩。

中村さんとは高校からの付き合いらしく、その繋がりから私は中村さんと知り合うことになった。念の為に言っておくと、この二人の過去などは私からは一切聞いていない。断片的に向こうから教えてくれているのだ。

 

「はぁ…。中村さん、そんなことで避けていると後々痛い目に合いますよ。」

「そーだそーだ。そもそも、紗夜さんは私の先輩だぞー。」

「長瀬さん、あなたに頼んでおいたファイルデータ、まだ私のところに届いてないのですが?」

「す、すいません…!すぐ転送します!」

「あはははっ!未央ザマァ!!」

「はっはっはっ、表出ろや香織ぃ!!」

 

大の大人がこんな下らない言い合いをするなど情けない限りなのだが、慣れるとは恐ろしいもので今となってはこの程度何とも思わなくなってしまった。いい加減やめてほしいのは変わりないのだが。

 

「二人共、残業したいのなら止めはしませんが、続けるのであれば場所を変えてください。」

 

「「…す、すいません……」」

 

まあ、こんな下らない会話も案外悪くない。…と、最近思い始めてきた。今までの私なら馴れ合いなんて避けていたが、社会に出てから他人とのコミュニケーションが如何に重要なのかが身を持って理解できた。今の生活ができているのも、他人との繋がりのおかげなのだから。

…と、いけない。仕事に集中しないと。

 

「では作業に戻りますよ。」

 

「「はーい!」」

 

 

何歳児なのよこの子達は………

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

昼休み。

今日は珍しく私たち三人ともが休みに入れたので、休憩所で食事を取ることになった。

 

「もーやだー!教育係変えて欲しい~!!」

「…香織、それ今日で何回目なのよ。」

 

先ほどから中村さんの愚痴トークが炸裂している。

支倉さんが中村さんの教育係になってから二ヶ月、ほぼ毎日のようにこの話に付き合わされているのだ。

 

「もういい加減にしなって香織。紗夜さんも呆れてるよ?」

「長瀬さん、いいんですよ。これで仕事に集中してくれるのなら私も付き合います。」

 

新人の中では中村さんは要領の良い方だ。今すぐは無理でも、いずれはかなりの戦力になることだろう。

…ここまで拒絶させられている支倉さんにも問題があるとは思うのだが、上司なのでそのへんは触れないでおくとしましょう。

 

「うぅ…、紗夜さんいつもありがとうございますぅ…」

「おい、私は?」

「え、未央いたの?」

「高校の時からずっと一緒にいますけどぉ??」

「紗夜さん、その卵焼きください!」

「ダメです。」

「ちょっ、香織!無視しないで!?」

 

と、このように自然と会話が弾み、気づけば昼休みも残りわずかになっていた。

 

 

「いやぁしかし、紗夜さんってホントに面倒見がいいですよね~」

 

 

────っ

 

会話の流れで長瀬さんが言ったこのセリフに、内心過剰に反応してしまった。

 

──()()面倒見がいい?

 

そんなことはない。

絶対にありえない。

 

「…いえ、そんなことはありませんよ。」

 

心の中では完全に否定しつつも、表面上では謙虚を装った。

 

「やっぱいいな~未央。紗夜さん、私の教育係もしてくださいよ~」

「仮に教育係を変えるとしても、何故私なんですか?私よりも優秀な人なんていくらでも…」

 

そう、私よりも優秀な人なんていくらでもいる。

私なんて所詮凡人の延長線上でしかない。そんなことはもう分かりきっていることだ。

 

「ん~、なんというか、紗夜さんって──」

 

私の問いに中村さんが答えようとしたとき、何故か周りがスローモーションになったように感じた。

 

不思議な感覚だが、今に始まったことではない。

 

 

そう、こうなるときは必ず──

 

 

 

お姉さん(・・・・)、って感じがするんで!!」

 

 

 

───姉

 

 

 

私が生まれた時、強制的に与えられた身に余る続柄。

 

どれだけその事実から逃げようとしても、避けられない運命と無理やり言い聞かせているかのように『姉』というワードが必ず耳に入る。

 

恐らく、そのことから逃げ続けている私への罰なのだろう。

 

だけど私は今後一生『姉』とは名乗れない

 

 

私にそんな資格は

 

 

 

 

もうないのだから───

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

「それでは先に失礼しますね。」

 

ちょうど定時に今日の分の仕事を終わらせ、帰り支度をしながら二人に一応声をかけておいた。

 

というのも…

 

 

「うわぁぁん!!全然終わらないよぉ!!」

「香織……、今度絶対何か奢れよ…」

 

 

二人は残業確定なのが少し気の毒だと思ったからだ。まあ自業自得ではあるが…。

 

「紗夜さ~ん!!どうしても手伝えませんか~??」

「すいません。今日はルームメイトと夕食を共にすると約束しているので。」

「そっかぁ…、なら仕方ないですね~」

「だな~。食事の約束は大事だもんな~」

 

…二人共、私が毎日同じセリフで回避しているのにまだ気づかないのかしら……

 

「では、また明日。」

「「はーい、さよーならー!」」

 

思ったよりも二人が元気なことを安堵しつつ、私は自宅へ直行した。

 

 

 

 

 

 

 

自宅のドアノブに手を伸ばすと同時に、何やらいい匂いが漂ってきた。

今日もまた彼女が夕食を作って待ってくれているのだろう。ここのところ毎日任せっきりなので、それを考えると少し申し訳なく思ってしまう。

彼女のことだ、そんなこと気にしませんよ、というのだろうが、あまりその言葉は信用できない。頑張り屋であることは良いことなのだが、頑張りすぎることが多々有り、それは昔から変わっていないからだ。

まあ、そこも彼女らしいといえば彼女らしいのだが。

 

「ただいま。」

 

三年前からこのルームシェアをしているのに、家に帰って『ただいま』と言うのは未だに新鮮味がある。

やはり、家に帰って誰かが居てくれているというのはとても安心するからだろうか。

 

そんな下らないことを考えていると、向こうから駆け足でこちらに来る足音が聞こえる。

…もう、わざわざ出迎えなくてもいいといつも言っているのに。

 

そして、玄関まで来た彼女は、

 

 

 

 

「おかえりなさい紗夜さん!待ってましたよ!」

 

「ええ、ただいま()()()。」

 

 

 

羽沢つぐみは、笑顔で私を出迎えてくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

羽沢つぐみ。

高校生の時、バンド繋がりで知り合った後、彼女の家…羽沢喫茶店で開かれたお菓子作り教室に参加したことをきっかけに仲良くなった1歳年下の後輩。大学も同じで、学科も一緒だったことから話す機会が増えより一層仲が深まった。

 

しかし、徐々にお互いの予定が合わなくなり、そこから二年ほど関わりがなかった…のだが、まあ色々あってルームシェアをすることになった。

 

「毎日悪いわねつぐみ。私がもう少し早く帰ることができたらいいのだけれど…」

「いえいえそんな!私は好きでやっていることですし、それに朝ごはんは紗夜さんがやってくれていますから、そのお礼ですよ!」

 

お礼…。

それをいうのなら、私は彼女にどれだけお礼をしなければいけないのだろうか。

私は、それほどまでに彼女に助けられたのだ。あの日、つぐみが私を見つけてくれなければ、きっと私はまともに生きてはいなかったと断言出来る。

 

そんなことを思っていると、つぐみが嬉しそうにこちらを見つめていた。

 

「ふふっ」

「…?どうしたの?」

「あ、いえ。やっぱり『つぐみ』って呼んでくれるのが嬉しいなぁと思って。」

「…ああ、そのことね。」

 

そう。これはルームシェアをするにあたってつぐみからお願いされたことだ。

一つは呼び方。

そしてもう一つは敬語をやめて話すこと。これに関しては一年かかった。慣れるのに大変ではあったが、先程のような笑顔を見せてくれるのなら話し方を変えて良かったと思える。

 

「そんなに嬉しいものかしら?」

「それはもちろん!紗夜さんとこんな風に話せるのってなんだか特別な感じがしますし。」

「…大げさよ。」

 

彼女は、私には勿体無い言葉の数々をたくさんかけてくれる。あまり大げさな表現は好きではないが、それこそ今日の疲れを癒してくれるかのように。

 

朝起きて、

食事をして、

仕事をして、

家に帰ってまた食事をして、

 

そんな何気ないことでも『誰かと』共にするだけで気持ちが楽になる。

こんな歳になるまで気づけなかったなんて笑えない話だが、そんな笑えない状況を改善出来たのは、やはりつぐみのおかげなのだ。

 

しっかり者で、

誰に対しても優しくて、

でもどこか抜けているところがあって、

そんな後輩との新しい生活。

 

こんな体験は初めてのはずなのに、不思議とどこか懐かしい気持ちもあった。

 

 

…一体何故

 

 

 

………

 

 

…………

 

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

私は無意識に重ねていたんだ、()()()との昔の生活を

 

 

 

つぐみを、

 

 

 

 

 

今はもう隣にいない(日菜)の代わりとして────

 

 

 

「──っ!!」

 

「紗夜さん!?どうしたんですか?!」

 

私が急に口を抑えたために、つぐみが慌てて私に寄り添ってきた。

 

「…ごめんなさい、少し喉をつまらせてしまって」

「そ、そうなんですか?…あ、水入れてきますね!」

 

そういうとつぐみは空のコップを手に取りキッチンへかけていった。

 

 

もう嫌になる。

 

 

こんなにも素晴らしい人と平然と一緒にいる自分が。

 

 

後輩を妹に重ねている自分が。

 

 

 

氷川紗夜、

 

 

 

お前は一体どこまで醜くなれば気が済むんだ──。

 

 

 

 

 

* * * * * 

 

あの後、何事もないように振る舞い、なんとかその場を凌いだ。

今はお風呂から上がり、重力に身を任せ、ベッドに沈んでいる。

 

そこからは、もう何年も開けていないギターケースが見えた。

 

それを見て、また昔のことを思い出す。

夢を抱いていたあの頃を、

『仲間』と呼べる人達といたあの時を、

そして、

そんな居場所さえも捨ててしまったあの日のことを、

 

 

「…もう、何もかもダメね。私は……」

 

 

妹を見捨てたことで自ら『氷川』を名乗れなくなり、そのせいで仕事場の人たちには半ば無理やり名前で呼ばせ、

 

バンドを捨てたことを忘れたいがために、音楽とは一切関わらず、

 

空いた穴を、後輩を利用してその穴を埋め込み、

 

何もできなかったことを今更後悔する。

 

 

私の人生とはこんなものか。

 

一体何をしてきたんだ。

一体何がしたかったんだ。

 

その答えはもちろん私の中でしか見いだせない。

 

だが、私は答えを知る由もない。

 

それだけで今の自分を理解できる。

 

 

もう、『氷川紗夜』という人物は死んだも同然なのだ。

 

 

私は全てを捨てたあの日から、『氷川紗夜』の全てに絶望した。

 

 

そう思った次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

──プチッ

 

 

 

「うぐっ!…ぁああ!!」

 

 

何かが切れる音と同時に、強烈な頭痛に襲われた。

何故?

過度なストレスのせい?

 

そんな考えすら許さない激痛に声もまともに出せない。

 

ああ、ダメだ。

意識も朦朧としてきた。

視界もボヤけてきている。

それと同時に手足の感覚もなくなってきた。

 

まさか、これで終わり?

こんなのが私の最期?

 

こんな状況だというのに、情けないを通り越して笑いそうになる。

 

後悔しか見いだせない人生しか歩めなかった私にはお似合いの末路じゃないか。

 

そうだ、しょうがないんだ。

こんなことになっても文句が言えないようなことをしてきたのだから。

 

仕方ないんだ、

 

だから、

 

 

だから……

 

 

 

………………だからって、

 

 

 

「………………ぃゃ」

 

 

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

こんなの割り切れるわけ無い!

 

だってまだ何も成し得ていないのに!

何も満足していないのに!

何も、何もしていないのに!

 

なのにこれで終わり?

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ絶対に嫌だ!

 

けれど、そんな願いは虚しく意識がもう消えかかってきており、後悔しかなかったこの人生が走馬灯のように駆け巡った。

 

そのとき、ある一つのことに気づいた。

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

たったそれだけのことだったんだ。

 

 

 

 

 

 

私は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

閉じた瞼に無理やり差し込むような光。

 

あまりにも眩しくて、真横に太陽があるのではないかとさえ思えた。

 

……ここは?

 

先程までいた場所とは違うことだけはわかったが、それ以外何もわからない。

 

『────ん』

 

光から声が聞こえた。

 

誰なのだろうか。

 

わからないけれど、何故かとても安心する。

 

『───ちゃん』

 

まだハッキリとは聞き取れないが、私の好きな声だ。

 

もっと聞きたい。

 

もっと聞いていたい。

 

私は、声のする光へと手を伸ばす。

 

『おねーちゃん』

 

ああ、懐かしい。

 

久しくそう呼ばれていなかった。

 

けれど、いつまでもそう呼んで欲しかった。

 

私にとっての光。

 

()にいつも寄り添ってくれる陽の光。

 

そう、それは私の妹の───

 

 

「──日菜」

 

「あ、やっと起きた?」

 

 

……え?

 

 

「……日菜?」

 

「珍しいねっ、こんな時間まで寝てるなんて。」

 

 

そこには昔、私が切り離したはずの妹が、

 

もう、会うことすらなかった妹が、

 

 

「早く起きないと遅刻しちゃうよ?」

 

 

()()姿()で、そこに立っていた。

 

 

 

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