四話目にして赤バーになるまでの評価をしていただいてホントにありがとうございます。
更新遅めになるとは思いますが、気長に付き合っていただけると幸いです。
せっかく落ち着かせた胸の鼓動が、再び激しく動き出す。
何を言われたわけでもない。
何かされたわけでもない。
ただ、この少女の姿を見ただけ。
「…湊、さん。」
湊友希那。
Roseliaのボーカル。
バンド結成前までは、孤高の歌姫などと呼ばれていた。その異名に負けず劣らずの歌声で名を馳せていた。
そして、私含め他のメンバーもその歌声に惹かれ、Roseliaが結成することになったのだ。
「紗夜、早く来なさい。ミーティングを始めるわよ。」
練習に関しては人一倍ストイックで、私以上に妥協を許さない。
それは音楽に対する情熱が、誰よりもあることを示しているのだった。
「すいません、今日休んでしまって…」
「それはもういいわ。紗夜なら、私が何も言わなくても埋め合わせするでしょうし。」
「…そう、ですね」
…ダメだ、目を合わせられない。
“今”はRoseliaの一員なのはもうわかっている。
……わかっているのに、、
『…あなたとはもう───』
「──っ!」
声を聞くと、友希那から脱退するよう言われたときのことを思い出す。
それほど、私にとってRoselia脱退はトラウマになっている。
私が“原因”だったとはいえ、それだけこの件はショックな出来事だった。
「それじゃあ始めるわよ。今日は、次のライブの日程と場所。それから──」
友希那主導でミーティングが始まった。
相変わらず言葉足らずな友希那をリサが補佐し、
元気に発言してくれるあこだが、擬音語ばかりで皆が首を傾げ、
控えめではあるが、有力な意見を燐子が言う。
それの繰り返し。
そう、これだ。
これがいつもやっていたミーティングだ。
それを客観的に見る私が、気になった点を指摘し、更に話を広げていくのだが…
「………っ」
もう、涙をこらえるのに必死だった。
しかし、これは先ほどの懐かしさや嬉しさからではなかった。
今、私の心を支配している感情は、
“何故、私は彼女たちとずっと一緒にいられなかったのだろうか”
“何故、私は彼女たちの期待に応えられなかったのだろうか”
“どうして、脱退してしまったのか──”
──“後悔”
日菜に対して劣等感を抱いていた時よりも、この感情が私の心を蝕む。
「さ~よっ!☆」
「ひゃっ!?」
突然声をかけられ、思わず変な声を出してしまった。
先程までの負の感情が嘘のように消え、頭が真っ白になる。
「あ、あはは~…。いやー、ずっと黙り込んでたからさ~。どうしちゃったのかな~、って。」
「…え?ああ、す、すいません……」
どうやら思っていた以上の時間、ずっと黙っていたようだ。
振り返ってみれば、友希那と会話して以降何も喋っていなかった。
…確かに、これは心配されても仕方ないわね。
「…少し、考え事をしていただけだから。」
声をかけてくれたのはリサだが、周りを見る限りみんな私を気にかけてくれていたみたいだ。
それに、私が過剰に反応してしまったものだからリサがかなり不安げな顔をしている。
…多分、私を驚かせたことを気にしているみたいだ。
普段明るいので誤解されやすいが、リサはこのメンバーの中で一番繊細な人だ。
リサには非がないことがちゃんと伝わっていればいいけど…
「そ、そっか~!それならよかっ──」
…
……
………?
…何故か、リサは途中で話すのをやめた。
それに、みんなが私を見ている気がする。
……さっきの私の声はそんなに間抜けだったかしら?
いや、どうやら違うみたいだ。
友希那でさえ、驚いた表情をしている。
ということは別のことで───
「……あれ?」
自分の頬から、何かが流れていることにようやく気づいた。
…え、なにこれ……?
その正体は、頬に触れることですぐにわかった。
Roseliaのみんなに会えたことの嬉しさ、
それと、先ほどの自責の念、
それらによって溜まっていた涙が、驚いた拍子に零れおちていたのだ。
……
………
…………マズイ、
何がマズイって、状況だけ見るとこれは…
「さっ、紗夜……、ごめっ…、アタシ、そんなつもりじゃ…!」
リサが私を泣かせたように見えてしまっている。
現にリサの顔は青ざめている。
これは非常にマズイ。
リサの善意を完全に無駄にしてしまった。
とりあえず、私がここにいては気を使わせてしまう。
そう思うと私は立ち上がり、
「…っ、少し出ます…!」
部屋を飛び出したのだった。
* * * * *
外に出た勢いのまま私は手洗い場へ駆け込み、鏡の前で立ちすくむ。
自分のあまりの情けなさに足が動かない。
「バカっ…、バカっ…、ホントにバカっ…!」
水道から出した水を手ですくいパシャパシャと顔にかける。
顔を上げると、相変わらず情けない自分が写っている。
リサが繊細な人だと思い返したばかりなのにこの失態。
自身の学習能力のなさが嫌になってくる。
もう、今日は帰ったほうがいいのかもしれない。このままいても邪魔になるだけ……
……いや、
「……それこそダメだわ」
今帰ってしまえば、リサは余計に責任を感じてしまう。
それだけは絶対ダメだ。
私だけではない、リサはRoselia全員の支柱といってもいい。そのリサに何かあれば、それはバンドメンバー全員に影響が出てしまう。
「…ちゃんと話し合わないと。」
私がこうしている間も、恐らくあの部屋は気まずい空気になっているに違いない。
断言できる。
“今”、ちゃんと向き合わないと絶対に後悔する。
これ以上、悔いを残すことは出来ない。
もう一度みんなのところへ行こう。
そう思い、手洗い場から出ると、
「あっ…!」
「っ!?リ…今井さん!?」
外にいたリサとぶつかりそうになった。
どうやら、私が出てくるのを待っていたようだ。
「今井さん、どうしてここに?」
「あ、いや~…その、さ。」
リサは目を泳がせ、私と目を合わせようとしない。
かと思えば、すぐに私の目をジッと見つめてくる。
……その目を、私は
そして、このあとの言葉も…
───────────
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──────
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───
『 …では、私は今日限りで…』
控え室を出て、出口へ向かうため廊下を歩く。
ライブが終わったあといつも歩いていた廊下なのに、今日はとても長く感じる。
足が重い、
吐き気がひどい、
うまく呼吸ができない、
背負っているギターを、これほどまでに投げ捨てたいと思ったことはない。
いや、実際にもう捨てるんだ。
ギターも、今まで抱いていた夢も。
早く出よう。
それでもう、全て終わりだ。
……そう、思っていた時だった。
『待って紗夜!ちょっと待って!!』
後ろからリサが大声で私を呼んだ。
『ねぇ、もう一回話し合お?こんなのいやだよアタシは!』
走り寄ってきたリサは私の腕を掴み、必死に呼び止める。
今思えば、この瞬間が最後の“分岐点”だったのかもしれない。
ここで、リサの言葉を信じていれば……
ここで、リサの手を取っていれば……
だけど、馬鹿な私には無理だった。
『……もう、関係ないでしょ?』
『…え?』
そう言うと、私はリサの手を振りほどいた。
『私はもう、あなたたちの仲間ではありません。』
『…さ、紗夜……』
『…………っ』
今度こそ何があっても振り向かないと心に決め、私は再びドアの方へ向かう。
一歩、一歩と重たい足を動かし、徐々に出口へと近づく。
……もう、これで最後だ。
そう思い、ゆっくりとドアを開ける。
その時、背後に居るリサが泣きながら私に言った言葉。
そしてそれが、今井リサと話した最後の言葉だった。
『……ごめんなさい』
─────
───
──
「……ごめんなさい!」
この言葉を聞いて、あの時のリサを思い出した。
いや、思い出したのはあの時の“自分”か。
この状況、この言葉、
それら全てが同じということは、今もそうなんだろう。
ここは、一つの“分岐点”なんだ。
そして、昔の私は間違えた。
なら私は、もう間違えるわけにはいかない。
「……今井さん、顔を上げて?」
「……?」
リサは未だに不安げな顔を浮かべている。
……全く、どこまで心配症なのよ貴女は。
「……ありがとう。」
「……え?」
「私に気を使って声をかけてくれたんでしょ?…だから、ありがとう。」
「え、えぇ!?」
どうやら、私がこんなことを言うとは思ってなかったのだろう。
リサはさっきまでの暗い顔から一変して、困惑の表情となった。
「泣いてしまったのは、その、寝起きで涙が目に溜まっていたのよ。」
「そ、そうなの…?」
「ええ。だから、貴女は何も悪くないわ。」
話をしていくうち、徐々にリサの顔に安堵の表情が見えてきた。
「そ、そっか~。いやー、紗夜が泣いた時は焦ったよ~」
リサはそう言うと、強張っていた肩をすっと落とした。
………
………あの時も、
…………あの時にも、こうやって接していれば、何かが変わったのだろうか…?
もちろん、そんなことを考えても意味はない。
…意味はない、けど、
「良かった~♪」
「……」
少なくとも、“今”リサを笑顔にできたことは必ず意味があったはずだ。
「…ん?紗夜?」
「…何でもないわ。さぁ、みんなにも誤解を解いておきましよう。」
「オッケー!」
こうして部屋に戻った私たちは、みんなにも事情を説明し、なんとか無事に今日のミーティングは終了した。
* * * * *
「それじゃあ、私はフロントに行ってくるわね。」
「はい、お願いします。」
ミーティング後、友希那は部屋の鍵を返しに行っている間、私は一人で自販機へと向かった。
別に喉が渇いたわけではなかったが、少し一人で今後について考える時間が欲しかった。
もちろん、根本的なことは“今を楽しむ”ことだが、具体的にどう行動するかは決めていない。
それに、今日Roseliaのメンバーと直接会って思ったことがある。
私は無意識に、みんなから一定の距離を空けてしまっているということだ。
もちろん頭の中では、今私はRoseliaのメンバーであることはわかっている。
しかし、脱退して以降みんなとは関わっていなかったためか、どうしても気まずさを感じてしまう。
中でも、友希那とはまともに会話ができていない。
声を聞くたびに、あの時の言葉が脳裏に響いてしまう。
………ダメだ、
…………これではダメなんだ。
このバンドは、頂点を目指すグループなのに、
こんな腑抜けたメンバーがいてはダメなのに、
結局、私は未だに脱退した事実を受けいれられていなかったんだ。
「………どうしたものかしらね…」
Roseliaとして私は音楽を続けていきたい、これは私の本心だ。
だけど、私はみんなの隣に並ぶ勇気がない。
…………なにか、
……………なにかないか、
名実ともに、私はRoseliaのメンバーだと、証明できるきっかけは…
「それって、あたしたちのことは眼中にないってことですか?!」
すると、フロントの方から聞いたことをのある声が聞こえてきた。
これは確か……
「ちょ、ちょっと“蘭”!」
蘭……?
………
…………そうだ、美竹蘭。
確か、つぐみのバンドのボーカルだったわね。
にしても、何だか怒っているような……
そう思い、フロントへ行ってみると、つぐみを除くAfterglowのメンバーと、Roseliaのメンバーが揃っていた。
「比べるまでもないってことは、当然RoseliaがAfterglowよりも上だと思ってるってことですよね?」
「……?言葉の通りよ。」
どうやら、美竹さんと友希那が何か言い合っているようだ。
それにしても、二人のセリフといい、この状況といい、何か覚えあるような……。
……そういえば、RoseliaとAfterglowで対バンをしたことがあったわね。
当時は、何故わざわざ他のバンドと対バンという形でライブをする必要があるのかと疑問を抱いていたが、
いざやってみると確かに効果があったこと身を持って体感した。
それはまさに、
互いが互いを高め合うような───
「─────あ」
………
ふと、あることを思いついた。
当時の私であれば、思いつかないような、突拍子のないことを。
しかし、これはまさに“きっかけ”になる。
私が変わる絶好の機会になる。
この上ない、成長のチャンスに。
「……湊さん、何をしているんですか?」
「紗夜…。」
私はきっかけを作るために友希那に話しかけた。
正直、まだ話すのはかなり辛い。
だが、それ以上に“これ”をやってみたいと思ったのだ。
「先ほどから聞いていましたが、どうやら双方に食い違いがあるようですね。」
「…食い違い、って?」
「…紗夜、なんのこと?」
私の言葉に両者が首を傾げてる。
とりあえず私は、友希那が本当に言いたかったこと、そして、何故美竹さんが怒っていたのかを説明した。
「──とまあ、誤解が解けたところで、二人共、まだ何か言いたいことはありますか?」
「……別に、ないですけど…」
「私も特にないわ。」
二人のその言葉に、周りでずっと見ていたメンバーがホッと肩を下ろした。
そんな中、私は再度友希那の方へ向く。
ここからだ。
私がやりたいことは。
「湊さん、少し話があります。」
「…?何かしら?」
「…………」
「…紗夜?」
言葉が詰まる。
実際に“これ”を口に出していうのは、やはり抵抗が有る。
私は少し間を空けてから、再び口を開いた。
「今後についてですが、どこかのバンドと対バンをするというのはどうでしょう?」
「あら奇遇ね。私もちょうどそうしようと思っていたところよ。」
奇遇…、とは少し違う。
私はただ、
「ですが、対バンをするとなると、レベルは勿論、目標も同じでなければ意味がないですよね。」
「そこなのよ。私の知る限りじゃ、そんなバンドはこのあたりには…」
「……そこでなんですが、」
「……?」
私は改めて友希那の目を見据えて告げる。
「私は一度、Roseliaを抜けます。」
「……は?」
「えっ!?」
「っ!?」
「ええぇ!!?」
私の発言にRoseliaのメンバー全員が声を上げた。
それに、Afterglowのみんなも驚きの表情をしている。
「…紗夜、あなた何を言って───」
「
わかっている、
自分が、如何におかしな事を言っているのかは。
だが、これでいい。
何故なら私の心は、未だにRoseliaを抜けたままのだから。
だから、元の状態に戻っただけ。
………だけど
「私は貴女に、……いや、」
もちろん、そのまま終わるつもりはない。
これは“きっかけ”なんだ。
この機会、絶対に逃しはしない──!
「
イベント改変
対バン 「Roselia vs 氷川紗夜」