WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の三 初めての休日

 騎士フィリア・イリニの誕生から十日ほどたったある日。

 件の少女はイリニ家の自室で、朝から衣類と格闘していた。

 

「……どうしよう。今から仕立てるのは無理だし、アネシスは外出中だよね。勝手に部屋に入るのは良くないし、そもそも大きさも合わないだろうし……」

 

 少女は右手に運動着、左手に部屋着を持ってうんうんと唸っている。

 小ぶりな書斎ほどの広さのウォークインクローゼットは、騎士団の軍服とパーティー用のドレス、冠婚葬祭用の礼服が吊られているぐらいで非常に閑散としている。

 

 ――事の始まりは、昨日の夜に遡る。

 正式に騎士となったフィリアは、地位の向上に伴い書類仕事も業務内容に加わり、多忙な日々を送っていた。

 当初は慣れない業務に大いに翻弄された少女だが、そんな彼女に助け舟を出したのは先輩の女騎士、メリジャーナ・ディミオスであった。

 彼女は自分も大量の仕事を抱えているにも関わらず、半ば付きっ切りで少女の面倒を見てくれたのだ。

 

 もともと学習能力が桁外れに高いこともあり、フィリアは綿が水を吸い取るように仕事を覚えていく。それでも騎士団の運営から教会への提言まで、騎士が決裁しなければならない事柄は多岐にわたる。

 昨夜も遅くまで、二人は砦の執務室で来季の防衛計画書を練っていたのだが、その時、

 

「ねえフィリアさん。確か明日はお休みだったよね」

「はい。休日を頂いておりますが……」

 

 と、急にメリジャーナからそんなことを尋ねられた。

 騎士団は護国を担う軍事集団であり、休業日は存在しない。しかし、当然ながら職員には休日があるし、様々な福利厚生も保障されている。

 とはいえ、フィリアに安息日など存在せず、休日はみっちりと訓練漬けで過ごすことを常としている。明日は丸一日を「誓願の鎧(パノプリア)」の慣熟に費やすつもりであった。だが、

 

「私も明日はお休みなの。ねえ、一緒に街までお出かけしましょう」

 

 と、メリジャーナが満面の笑みでそう誘ってきた。

 

「え、あの、街にというと……遊びにですか?」

「そうよ。フィリアさんも最近ずっと忙しかったでしょう? 息抜きしないと体に悪いわ。前から約束してたけど、なかなか日程が合わなくて。あ、もちろん予定が無ければだけど……」

 

 どうかな、と可愛らしく小首を傾げるメリジャーナ。

 享楽に時間を費やすことなど考えもつかなかったフィリアだが、他ならぬ先輩のお誘いである。彼女には公私ともに世話になっており、また随分前に口約束は交わしていた。

 

「はい。是非ご一緒させてください」

 

 流石に断る訳にもいかず、フィリアは笑顔でお誘いに応じることにした。

 ところが現在。

 

「どうしよう……着るものが何にもない……」

 

 フィリアは自室のクローゼットの前で、かつてないほど絶望的な戦いを強いられていた。

 

 宿願を叶えるため、常軌を逸した目的意識で突き進んできたフィリア。

 騎士団に入ってからは人生の全てを力の獲得と地位の向上に費やしてきた。

 当然、自宅には寝に帰るだけで、遊びに出かけたことなど一度も無い。家人も少女の鬼気迫る様子を察したようで、あまり干渉してこなかった。

 

 その結果、余所行き用の服が全くないのだ。

 クローゼットに有るのは運動着と寝巻ぐらいで、大部分が空っぽである。

 

 一応イリニ家の一員として貴族のパーティーに参加したことは何度かあるが、流石にドレスを着て出歩くのはおかしいだろう。

 妹のアネシスに服を借りようかとも考えたが、間の悪いことに彼女は今日、朝から外出中である。

 

「もうあんまり時間もないし……」

 

 だいたい気付くのが遅かった。残業から帰ってきた昨夜はそんなことを考える余裕もなく床に就き、目が覚めてから慌てだしたのだ。

 もうすぐメリジャーナが迎えに来る時間だ。フィリアはクローゼットと自室を慌ただしく往ったり来たりしている。すると、

 

「そうだ! トリオン体になればいいのよ」

 

 少女ははたと手を打った。

 

 トリオン体はデザインを自在に変えることができる。当然衣装も思いのままに変更することが可能だ。

 従士は市街地でのトリガーの使用、並びにトリオン体への換装は軍団規則で禁じられているが、騎士はこの限りではない。トリオン体で出歩いても咎めを受けることはない。

 

 今こそ、地位を存分に活用する好機ではないか。

 少女は喜び勇んでトリガーを取り出し、起動しようとする。だが、

 

「…………」

 

 肝心の、衣服のデザインがまるで思いつかない。

 同年代の少女は果たしてどんな格好で休日を過ごしていただろうか。参考にしようにも、その記憶がまるでない。そもそも、衣装については関心を持ったことさえなかった。

 

「まだよ。諦めるのはまだ早い」

 

 家人に事情を話して妹の部屋に入らせてもらおう。あの子なら可愛らしい服をたくさん持っている筈だ。それにトリオン体ならサイズ調整も簡単にできる。

 屋敷の鍵を預かる家政婦長を探そうと、少女はとりあえず部屋着を身に着けようとする。その時ドアがノックされ、

 

「フィリアお嬢様。メリジャーナ・ディミオス様がお見えになられました」

 

 少女を呼びに来たのだろう。部屋の前から女中がそう呼ばわった。

 

「え、あ……」

 

 部屋から顔だけを突きだしたフィリアは、狼狽えながらも侍女に家政婦長の所在を尋ねた。メリジャーナはまだ客間に通されたばかりだろう。迅速に身支度すれば充分間に合う。ところが、

 

「お部屋はこっちかしら」

 

 と、廊下の角からメリジャーナの声がする。忘れていたが、彼女はおっとりとした優しげな風貌に似合わず、非常に押しが強く行動的だ。

 親切心からフィリアの部屋まで迎えに来たのだろう。無礼ギリギリの、貴族の令嬢にあるまじきフットワークの軽さだ。

 

「――はっ!」

 

 呆然としている場合ではない。寝巻を脱いで服を選んでいた少女は現在、キャミソールとペティコートしか身に着けておらず、とても人前に出られる姿ではない。

 

「ごめんねフィリアさん。楽しみでつい早く来ちゃった」

 

 メリジャーナが喜色満面の顔で現れる。彼女はシックな色合いのカットソーとフレアスカートという出で立ちで、清楚ながらも大人らしい健全な色香を纏っていた。

 

「あら、どうしたのフィリアさん」

 

 彼女はドアから顔だけを覗かしている少女に気付き、浮かれた様子で近づいてくる。

 

「あうぅ」

 

 下着姿の所に押しかけられて混乱の渦中に陥ったフィリアは、ともかく肌を隠そうとトリガーを起動した。

 

「あらまあ」

 

 よろよろと部屋から出てきたフィリアの姿に、メリジャーナが当惑した声を上げる。

 丁度目の前にあった衣服を参考にトリオン体を構築したため、少女は可愛らしい女中服を纏っていたのだ。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 結局、フィリアがろくな服を持っていないことは、すぐにメリジャーナにも知れることになった。年頃の少女の部屋に遊び着が一枚も無いという事実は、彼女の心に火を点けてしまったらしい。

 

「フィリアさん。服を買いに行きましょう。いいですね」

 

 イリニ家の客間で接待をうけながら、メリジャーナは有無を言わさぬ強い気勢でフィリアに迫った。

 少女が苛烈なまでに修身に打ち込んでいることは知っていたが、まさかここまで日常の幸せを投げ捨てていたとは想像もしていなかったのだろう。

 幼い少女にそこまでの苦行を課してしまったという、大人としての罪悪感がメリジャーナに圧し掛かる。

 

「はい……」

 

 そして無様を晒した少女はというと、羞恥心から縮こまるようにして客間のソファーに座っていた。ちなみに今の彼女は生身の姿で、華やかな刺繍の入ったワンピースを着ている。事情を知った侍女が屋敷の衣裳部屋から出してきてくれた物だ。

 もとより広い邸宅である。服は種類を問わず売るほどあるのだ。最初から家人を頼っていればあんなことにはならなかったと、少女は後悔に頭を抱える。

 

「善は急げです。大丈夫。お姉さんに任せて!」

 

 豊かな胸をどんと叩き、メリジャーナが威勢よくソファーから乗り出す。このまま少女の腕を引っ張って走りだしそうな勢いだ。

 

「……お手柔らかに御願いします」

 

 あくまで遠慮がちなフィリアに、メリジャーナは不敵な笑みで答える。今日一日、逃がすつもりはないと目が語っている。すると、

 

「あ、そういえばフィリアさんには言ってなかったんだけど……今日はもう一人、一緒に遊びに行く人がいるの」

「え、あの……」

 

 と、メリジャーナがそんなことを言いだした。

 ただでさえ街遊びなどしたことがないのに、いきなり人数が増えるというのは随分と不安な話だ。知らない人との会話など、五分も間を持たせる自信が無い。だが、

 

「大丈夫、フィリアさんも知ってる人よ」

 

 メリジャーナはキリリとした表情でそう言い切った。連日の激務から解放されたせいか、どうも妙な盛り上がり方をしているようだ。

 

「さ、行きましょ行きましょ。あんまり待たせるとあの子にも悪いわ」

 

 お茶を飲み終えると、フィリアは鞄と帽子を持ち屋敷を出た。車寄せにはメリジャーナが乗ってきた自動車が止まっており、少女は助手席に案内される。

 天気は快晴。日差しは強いが風は涼しく、絶好の行楽日和だ。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「その子が来るなんて聞いてないわよ。メリジャーナ」

「わざと言ってなかったからね。ニネミア」

 

 メリジャーナの運転する車が向かったのは、聖都でも有数の規模の敷地を誇るゼーン家の邸宅である。

 玄関で待ち構えていたのは黒髪紅眼の美女である。パンツ姿にジャケットを羽織り、凛々しい美貌に磨きをかけた彼女は、ニネミア・ゼーンだ。

 

「どういうつもり? 私の立場は知ってるでしょう。当て付けのつもりかしら」

「あら、今日は何も言わずに私に付き合ってくれる約束でしょう?」

「…………」

 

 とげとげしいニネミアの物言いを、嫌な顔一つせず受け流すメリジャーナ。

 喧嘩腰のような口調だが、飾らない物言いといい、肩が触れそうな立ち位置といい、この二人は余程仲がいいらしい。

 とはいえ、口論の火種になっているフィリアにとっては、御世辞にも居心地のいい空間とはいえない。少女が何も言えずに押し黙っていると、

 

「大丈夫よ。この子、口で言う程フィリアさんのことを嫌ってる訳じゃないから」

「な、何を言い出すの」

「折角だし、今日はニネミアにもフィリアさんとたっぷり仲良くなってもらおうと思ってね」

 

 そう言って、不安そうなフィリアに微笑みかけるメリジャーナ。

 ニネミアは露骨に嫌そうな顔をしているが、しかし予定をキャンセルすると言い出しはせず、黙って車の後部シートへと乗り込んだ。

 

 エクリシアの大貴族の娘たち、それも一人は現当主にも関わらず、護衛は誰もつかない。

 気軽に休暇を楽しむために当人たちが断ったのだが、それ以上に、彼女たちは当代一流の騎士たちである。トリガーを携行している彼女たちを害することはまず不可能だ。

 そもそも、聖都は一部の地域以外はおおむね良好な治安を誇っている。若い女性たちが出歩いても、早々トラブルに巻き込まれることはない。

 

「さあ、出発しますよ」

 

 三人を乗せた車は丘の麓の屋敷街を颯爽と走り出す。

 聖都で一番活気の溢れる市場といえば目抜き通りのアトレテス通りだが、丘の周辺エリアには、貴族向けの高級店が立ち並んでいる。

 まず彼女たちが訪れたのは、聖都でも指折りの服飾店が立ち並ぶ一角だ。

 メリジャーナは迷いのない足取りでその内の一つに入る。

 

「ようこそお越しくださいました。ディミオス様」

 

 すると妙齢の女性定員がすぐさま現れ、一行に同伴した。

 どうやらここは彼女の行きつけの店のようだ。

 貴族が服飾を仕立てる場合、大抵は屋敷まで職人を呼びつけるものだが、メリジャーナはこうして店を覗いて歩くのが趣味らしい。

 

「最近御無沙汰だったわね。何か新しいのはある?」

「はい。新作の生地が出そろったばかりで……」

 

 フィリアは帽子を目深に被り、メリジャーナの後ろに隠れるようにして歩く。

 壁や床、調度品は明るくモダンなデザインで統一されており、生地や衣類は一目でわかるほど高級品だ。既製品のデザインはカジュアルな物が多いが、おそらくは貴族相手にオーダーメイドも受けているに違いない。

 こんな高級店に来たことは生まれて初めての経験である。少女は場違いさを感じ、とにかく小さくなってやり過ごそうとする。しかし、

 

「それもいいけど、今日はこの子に服を見てあげようと思って」

「ふぁ、はい……」

 

 メリジャーナはパッと後ろを振り向くと、フィリアの両肩に手を当て店員へと紹介する。

 

 ほんの一瞬、女性店員の雰囲気が微かに変化した。

 鋭敏なフィリアの超感覚は、店員の感情の機微を正確に読み取ってしまう。

 

 老人のような白い髪に、猫のように不気味に輝く金色の瞳、それになにより、ノマスの血を色濃く映した褐色の肌。

 店員がフィリアに対して悪感情を抱いたのは確実だ。無理もない。ノマスの血族がこんな高級店の敷居を跨ごうというのが無茶な話なのだ。

 

 メリジャーナとニネミアがいなければ、文字通り叩き出されていたに違いない。

 もはや少女にとっては慣れ切ってしまった反応である。むしろ、すぐさま嫌悪を糊塗した店員の職業意識はなかなかのものだと感心する余裕さえある。

 とはいえ、少女の心が痛まなかった訳ではない。やはり来るべきではなかったろうか、無礼を承知でも誘いを断るべきだっただろうかと、益体も無い考えが浮かぶ。だが、

 

「彼女が騎士フィリア・イリニです」

 

 と、メリジャーナがいやにはっきりとした口調で定員に少女を紹介する。

 

「え、この子、いえこの方が……」

 

 すると店員の表情は一変して、フィリアに興味と興奮の入り混じった視線を向ける。

 

 エクリシア建国以来、最年少の騎士が誕生したという大ニュースは、既に全国に知れ渡っている。それもノマスの血を引く少女ということで、注目度は倍増しである。

 イリニ騎士団の広報はそれを利用して、フィリアが如何に克己勉励を重ねたか、如何にエクリシアに忠節を尽くしているか、如何に戦地にて苛烈に戦ったかを、誇大なまでに喧伝したのだ。

 

 その結果、フィリアは恵まれぬ出自でありながら、誠意と努力で地位を勝ち取った稀有な人物として、ちょっとした時の人となっている。

 無論、強硬な排外主義者からは憎まれていようが、今のフィリアは一般的な市民にとっては大注目の英雄なのだ。

 

「そうよ。いろいろと試してみたいから、お勧めを持ってきてくれる?」

「は、はい! ただちにお持ちいたします」

 

 店員が興奮も露わに奥へと引っ込む。

 驚愕、歓喜、賞賛。これまで市民から嫌悪以外の感情を向けられたことのない少女は、その変化に呆然としている。

 

「何よその気の抜けた姿は。あなたはもう騎士なのよ、シャンと立ちなさい。私たちに恥をかかせるつもり?」

 

 と、フィリアの隣に立っていたニネミアが、フンと顔を逸らしてそう言う。つんけんした物言いだが、激励の意味が込められているのは明らかだ。そして、

 

「ね、フィリアさん。あなたの頑張りは、ちゃんとみんなに伝わってるのよ」

 

 と、メリジャーナが困惑する少女の耳元で囁くようにそういう。

 

「あ、あの……」

「それじゃあ、今日は楽しみましょうか」

 

 未だ状況を受け入れられないフィリアに、メリジャーナは茶目っ気たっぷりのウインクを送った。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 ブラウスにベスト、バルーンスカートを合わせた少女らしい装い。

 ふんだんなレースと夢のようにフリルをあしらった、おとぎ話のようなワンピース。

 ジャケットとパンツを合わせ、硬質な魅力を引き立たせたスタイル。

 シャツとカーゴパンツを荒く着崩した、少年を思わせる取り合わせ。

 

「フィリアさん。次はこれとこれを合わせてみてくれる?」

「は、はい……」

「ちょっと立ち姿が悪いわよ。それじゃあ服に着られてるみたいじゃない」

「き、気を付けます……」

 

 元々顔の造形は整っており、手足も細く伸びやかなフィリアは、エクリシア人の受け付けない肌の色を除けば相当な美少女である。

 それが今まで、おしゃれの一つもしてこなかったのだ。

 

 試しにメリジャーナとニネミアが服を見繕ってやると、まさしく原石が輝きだしたように見違えるほど魅力的な姿になった。

 これに火が付いた貴族の美女二人は、服飾店の棚をひっくり返さんばかりの勢いで服を持ち出し、手当たり次第にフィリアへと着せていった。

 

「ど、どうでしょうか……」

「う~ん、シルエットは良いんだけど……」

「色が駄目ね。似合ってないわ」

 

 とうとう生地見本まで引っ張り出して、服を注文し始める二人。

 もはや何着目かも分からない衣装を着て、試着室から出てくるフィリア。

 二人の熱気に押され、訳も分からずひたすら着替え続けている少女は疲労困憊の極みにある。はたして自分の着ている服が似合っているのかどうか、可愛いのかどうかさえ判別できる状態ではない。

 

「それでしたら、こちらの生地は如何でしょうか」

「あら、いいんじゃないニネミア。涼しそうな色柄よ」

「手触りも悪くないし、そうね、これで仕立ててちょうだい」

 

 店員も熱心に協力し、積極的に商品をアピールしている。子供服などそう品数もおいていないだろうに、どこからかき集めて来るのだろうか。

 とはいえ、メリジャーナとニネミアが合格を出した服は、既にテーブルの上に小山を成している。出せば出すほど売れるのだから、これほど有難い客もいないだろう。

 

 ついでに言えば、代金は全てメリジャーナとニネミア持ちだ。正確にはフィロドクス家とゼーン家に請求書が行くことになる。

 ドレスや貴金属類とは異なり、所詮平服なので単価は知れている。貴族の彼女たちからすれば然したる金額ではないだろう。

 

 それでも、流石に買い込む量が多すぎる。未だに貧民時代の金銭感覚が抜けないフィリアにその総額を見せれば、目を廻して卒倒するにちがいない。

 

「あ、あの、私すぐ大きくなるので、そんなに買わなくても足りるんじゃないかと思うんですけど……」

「それは違うわフィリアさん。今しか着れない服は、今着なきゃダメなのよ」

「貴族たる者、服など余らせるぐらいで丁度いいのよ」

 

 少女の気弱な要求を真っ向から跳ね除けて、二人は服選びに没頭中だ。

 もはやどこから持ち出してきたのか、訳の分からない制服や民族服まで試着品の山に紛れている。

 

「服はもう少し時間がかかりそうだから、小物も適当に見繕っておいてくれる?」

 

 メリジャーナがそう申し付けると、店員は大喜びで鞄やアクセサリーを取りに行く。

 どうやら、この服の山が片付いてもお代わりがあるらしい。フィリアの張り付いた作り笑顔に、サッと暗い影が差した。

 

 

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