WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】 作:抱き猫
商業区画を抜けなだらかな坂道を上ると、やがて貴族の邸宅街に差し掛かる。
天上世界のように壮麗な街区を抜けてさらに丘を登ると、勾配は徐々に急になり、純白の巨大な壁面がせり上がるように視界を塞ぎ始める。
教会を護るように立ち並ぶ巨大で無骨な建築群は、エクリシアの国防を担う騎士団の砦だ。
その一つ、イリニ騎士団の城門前で、流しの営業車が止まった。
運賃を払い降りてきたのは、ワンピースに帽子姿のフィリアである。
「――よし」
少女は軽く意気込んで、砦の正門へと向かう。
「お、お疲れ様です!」
城門を護っていた従士が、フィリアの姿を見て驚いたように声を上げる。私服姿で砦を訪れるのは初めての為だろう。歩哨は困惑した様子で敬礼を行う。
いつもなら軽く答礼をして通るが、今日は私人として来ている。少女は少し迷ってから、
「……はい。お勤めご苦労さまです」
「――っ!」
朗らかな笑みと共に、貴族としての礼法に則った優美な挨拶を返した。
華やかな衣装の影響か、それとも心境の変化の所為か、フィリアの貞淑で気品に溢れた振る舞いは、まさしく貴人に相応しい風格を備えていた。
「砦に所用が有りまして……入城しても構いませんか?」
「はっ、勿論です。騎士フィリア・イリニ」
貴族の令嬢フィリア・イリニの来訪を受け、歩哨は改めて居住まいを正すと、緊張した面持ちで門を開いた。
そうして城内に入ったフィリアは、一路執務室へと向かう。
テロス・グライペインは朝から砦に詰めている筈だ。訓練の時間でもなければ、事務仕事を行っているだろう。
通路を歩くフィリアの凛麗たる姿を見て、行き交う従士たちが一様に驚きの声を上げる。
未だに一部の騎士以外には隔意を持たれている少女が、今日ばかりはまるで姫君の来訪を目の当たりにしたように感嘆を以て迎えられる。
「おや、どうされましたフィリア様。今日はお休みと聞いていましたが」
「私物を机に忘れてしまって、取りに参りました」
執務室では数人の騎士たちが事務作業を行っており、その中にはテロス・グライペインの姿もあった。
フィリアは適当な理由を付けて自分のデスクに座ると、引き出しを漁る。勿論忘れ物など嘘である。そもそも私物など碌に持っていない。テロスと接触する機会を窺うための演技である。
肩から下げていた可愛らしいポーチを開けて、さも回収しましたと言わんばかりに仰々しく蓋を閉じる。
そうして少女は投影モニターの電源を入れ、当たり前のように書類仕事を始めだした。
「お帰りになられないのですか?」
斜め前の席に座るテロスが気にしたように声を掛ける。
「機材部からの伺い書にまだ目を通していなかったもので……」
「熱心なことは結構ですが、ほどほどになさらないと御身体に障りますよ」
「はい。お心遣いありがとうございます」
笑顔で応じる少女に、執務室の騎士たちが面食らったようにたじろぐ。
今日のフィリアはいつもと何かが違う。その纏う雰囲気の軽やかさ、麗しさは、はたしてあの触れがたいほどに苛烈な騎士と同一人物なのだろうか。
これまで少女は、その特殊な出自から人付き合いには極端なまでに慎重を期していた。
己が嫌われ者であることを十分すぎるほど理解し、波風を立てぬよう、嫌悪を持たれぬよう細心の注意を払って行動してきた。
自然、彼女の言動は年齢にそぐわぬ程に礼儀正しく、機械的でさえあった。また滅多に感情を見せず、ただひたすら訓練に励むその姿は、どこか不気味な印象を人々に与えていたのだ。
それが今日、少女は街に出て、自分という存在が社会に受け入れられ始めていることを初めて知った。
他者からの信頼、尊敬の感情を受けて、少女に自己肯定の感情が芽生え始めていた。
それは少女が生れ落ちて十一年以上、ついぞ持ちえなかった感情だ。
その結果、フィリアは自然と肩の力が抜け、堅苦しい振る舞いではなく、もっと自然な、本来の在り方が面に出るようになった。
「どうされましたか?」
「いいえ。要らぬ気遣いだったようですね」
テロスはそう言って、目の前の仕事に意識を戻した。
それからしばらくの間、執務室は微かな作業音だけが流れた。
四半時ほどして、
「ふう」
微かな吐息がテロスの席から聞こえる。どうやら作業に一区切りがついたのだろう。
フィリアもそれを見計らって筺体の電源を落とし、今しがた用事が済んだように見せかける。
「お疲れ様でした。それではお先に失礼いたします」
少女はそう挨拶してデスクから立ち上がると、
「テロス様も、今からご休憩ですか?」
斜め向かいの席まで歩き、気楽そうな調子でそう尋ねる。
「ええ、そうですよ」
「あの、良ければお時間を頂けないでしょうか」
青年貴族が優雅に応えると、少女は一転してどこか心もとない表情を浮かべてそう切り出す。
「構いませんが、どうされましたか?」
「皆さまのいらっしゃるところでは、その……」
「わかりました。お茶でも如何ですか」
相談を持ちかけられたと分かるや、テロスは直ぐに端末の電源を落とし、少女をエスコートする。
まるで少女の不安を払拭するかのように、テロスは端正な顔に殊更爽やかな微笑を浮かべた。こんな顔を向けられれば、世の多くの女性は参ってしまうに違いない。
そうして二人は砦のカフェラウンジへと向かった。丁度、見学会の時に来館者を休憩させる場所だ。
「何をお飲みになられますか?」
「ではホットチョコレートを……」
飲み物を受けとり、二人は丸テーブルへと付く。
まずは舌を湿らせるべく、フィリアはマシュマロの浮かんだカップに口を付ける。
舌が焼けるような熱さ、顎が落ちるような甘さに、少女の頬は自然と緩んでしまう。
サイドエフェクトで脳を極度に酷使するせいか、フィリアは大の甘党だ。もともと貧民生活が長かったので嫌いな食べ物はないが、菓子の類には目が無い。
「……ふっ」
すると、隣に座っていたテロスが口元を緩めた。ホットチョコを啜るフィリアの姿が、何やら琴線に触れたらしい。
「その服、とても可愛らしいですね。フィリア様によくお似合いだ」
「え、あ、ありがとうございます」
テロスはフィリアの衣装について言葉巧みに、しかし大げさに過ぎない程度に褒めていく。随分慣れた調子である。よほど女性を褒める機会が多いらしい。
「思えばフィリア様も随分とお代わりになられた」
一通り衣装を誉めそやすと、テロスはぽつりとそんなことを言う。
「そうでしょうか。余り自分ではそう思ったことはないのですけれど」
と、少女が異議を唱えれば、
「とても素晴らしい変化ですよ。騎士として、淑女として申し分ない成長ぶりかと」
微塵の照れもなく、テロスはそう言う。
「そんなことありませんよ。今も未熟者のままです。でもテロス様。以前の私はそんなに駄目でしたか?」
と、少女が小首を傾げて訊ねた。悪戯っぽい視線と仕草だが、手に持ったカップの所為で妙に間が抜けている。
「初めてお会いしたときは、もっと危うい、鋭利なガラスのような印象を受けました。ただ、あれは私が悪かったのかもしれません。フィリア様の聡明さに気付いていなかったのですから。子ども扱いをして、さぞお気を悪くされたことでしょう」
テロスはそう言って、ハーブティーの入ったカップを口元に運ぶ。
確かに、イリニ家に引き取られた当初のフィリアは、周り全ての人間を敵だとみなしていた。それが今では曲がりなりにも戦友として認識しているのだから、変化といえば大きな変化だろう。
案外細かいところまで見られていたのだなと、少女は内心で苦笑する。
「それで、私に何かお話しがあるようでしたが」
雑談も済むと、テロスは控え目な調子でそう切り出した。凛々しく引き締められた表情は、誠実さを体現したかのようだ。
「はい。あのですね……」
そう言ってフィリアが語りだした内容は、当然ながらメリジャーナとの婚約に関することではない。
騎士叙任という一つの節目を迎えたフィリアは、これまでのお礼の意味を込めて、アルモニアに贈り物をしたいという。
ついては男性の好む品を知りたいので、テロスに相談を持ちかけた次第だとのことだ。
別に口から出まかせという訳ではない。アルモニアに贈り物をしようと考えていたのは事実である。丁度いい口実だったので、テロスの好みを探る話題に利用させてもらった。
「ああなるほど。それは素晴らしいお考えだ」
深刻な内容でないと知るや、テロスは持ち前の爽やかな微笑を浮かべて少女を賛美した。
「ありがとうございます。けれど私は物を知らないもので。殿方のお喜びになる品など皆目見当もつかず……」
「フィリア様の御心がこもった品なら、総長は何でもお喜びになられるでしょう」
模範的なテロスの回答に、フィリアはわざと不満そうに唸ると、
「それでも、なるべくならご当主様に喜んでいただきたくて……例えば、テロス様はどんな物がお好きですか。参考にしたいんです」
と、本題に入る。
テロスは少女のいじらしい様子に感じ入ったように碧眼を細めると、
「そうですね。私ならただ贈り物をいただくよりは、やはり何か特別な、印象に残る日にしたいですね。そうすれば、頂いた品を見るたびにその時のことを思い出せますから」
少女にそう告げる。そして、総長の休日に合わせてどこかに出かけるのはどうか、何かサプライズを仕掛けて見てはどうか、と具体案を提示する。
物より思い出を重視するべきとの言葉。
それが彼の本心から出たものであることを、フィリアのサイドエフェクトは看破した。
「なるほど勉強になります。それでですね……」
アルモニアへのプレゼントに託けて、テロスの好みを探るという目論見は図に当たった。
少女は贈り物の内容や、それを渡すシチュエーションを相談しながら、サイドエフェクトでテロスの反応を探る。
典雅な面立ちに似あって、なかなかロマン主義な好みの持ち主らしい。彼の提示する素敵な一日のプランは、フィリアに少々気恥ずかしすぎるきらいがある。
「でも身に着ける物だと、好みに合わなければご迷惑になったりしそうですし……」
「男の小物はだいたい決まっていますので、そう邪魔になることはありませんよ。よければ私も一緒に選びましょうか」
丁度いい話の取っ掛かりが来たので、フィリアは笑顔で頷くと、
「はい、宜しければ是非に。服飾の事はまるきり分からなくて……。服だって、メリジャーナさんに見立ててもらってるんですよ」
と、彼の婚約者へと話題を移す。
「ほう。騎士メリジャーナが……」
「そうなんです。とてもお優しい方で、お世話になってばかりです」
ここからは婚約に対するテロスの心情を探っていかねばならない。
騎士団では同僚としての振る舞いを崩していないようだが、はたしてどのように話を誘導するべきか。
フィリアの脳裏でサイドエフェクトが囁き、彼の本心を白日の下に曝すための道筋を示す。
笑顔の裏であくどい策謀を練り上げた少女は、いざ実行に移さんと口を開いた。その時、
「ここに居たのねフィリアさんっ!」
薄紫色の髪をなびかせ、メリジャーナがカフェラウンジに乗り込んできた。
「えっ、メリジャーナさん!?」
「な、どうしたんだメリジャーナ!」
いつもの朗らかな雰囲気は何処へやら、血相を変えて飛び込んできた彼女はテーブルへと走りよると、
「わっ、ちょ……」
フィリアの口と肩をがっちりと抑えて、半ば無理矢理気味に少女を立ち上がらせる。
「ごめんなさいね。フィリアさんに用事があるの!」
「待ちなさいメリジャーナ! いったい何が……」
テロスの制止も聞き流し、メリジャーナはフィリアを拉致同然の強引さで連れ去っていく。悲しいかな、トリオン体でもない少女の小さな体では抵抗することさえできない。
残されたテロスは呆然と二人の姿を見送るばかりだ。
砦を大股で歩くメリジャーナと、それに引きずられるフィリア。
騎士団でも有名な女騎士たちの卦体な姿は、しばらく従士たちの語り草となった。
× × ×
「もうちょっと! いくらなんでもいきなりすぎるでしょ!?」
イリニ騎士団の正門横にある駐車場。停車した車内で、メリジャーナは悲鳴じみた声を上げる。
「はあ……しかしメリジャーナさん。お言葉ですが、作戦はおおむね順調に進行していました。もう少しでテロス様の御心を……」
「そういうことじゃなくて……ああもう!」
フィリアのピントのずれた反論に、メリジャーナは今度こそ頭を抱えてハンドルに突っ伏した。そんな彼女の様子を見て、遠慮呵責なく笑っているのは後部座席のニネミアだ。
「ちょっと何がおかしいのよ!」
「だって面白すぎるわよ、これ」
悪びれた風も無く、腹を抱えてくすくすと笑うニネミア。目には涙まで浮かべており、あの峻厳な戦乙女の印象は少しも残ってはいない。
「フィリアさんいくら連絡しても出ないし。本当に心配したのよ!」
まさか服を買ったこともない少女が、流しの営業車を拾うとは思えなかったため、メリジャーナとニネミアは随分繁華街を探し歩いたのだ。
連絡も一向に付かず本気で心配し始めたところに、メリジャーナの父ドクサから、フィリアが砦にいるとの連絡が入った。
車を飛ばして駆けつけたところ、丁度あの現場に遭遇したのである。
「すみませんでした。御心配をおかけして……」
「何事も無かったからいいけれど」
「あったじゃない大事が」
混ぜっ返すように笑うニネミアに、メリジャーナが猫の威嚇のような唸り声を向ける。
「それで? 成果を報告しなさいな。何か分かったの?」
そしてメリジャーナの恨み節を気にも留めず、ニネミアはフィリアに事の顛末を話せと要求する。
フィリアはテロスが好むであろう物品とシチュエーションを掻い摘んで説明した。
よくあの短時間でこれだけ聞き出したものだが、肝心の婚約についての心情はまだ推し量れておらず、少女はそのことを二人に詫びる。
「あなた……それ本当なの?」
「はい。お好きな物に関しては間違いありません」
いくら知人相手といえども調べが早すぎる。しかも口調は断定的で、調査内容には絶対の自信があるようだ。
ニネミアは少女のその態度に、何らかの疑念を抱いたようだ。
「えっと、それじゃあまだ私の話は何もしてないのね?」
「はい。まだ何も」
「そうなの。よかったわ」
すると、慌てたようにメリジャーナが会話に参加する。
フィリアのサイドエフェクトについては、イリニ騎士団でも最高位の機密情報に指定されている。騎士団内でもその存在を知る者は僅かで、当然ながら他家に漏らすことは許されない。
少女のサイドエフェクトは、当初は並はずれた勘の鋭さだと考えられていたものの、騎士団での度重なる実験の中で、その恐るべき能力が徐々に明らかとなっていた。
たとえば、少女は実験中、本人が明らかに知りえない情報を言い当てたことも数知れずあった。これは明らかに勘で済ませられる領域の話ではない。
さらに研究を進めた結果、フィリアのサイドエフェクトは、あらゆる事象について即座に知識を得る能力であることが明らかとなった。
ヌースが名付けた「直観智」の名は、正にその能力を正確に表していた。
知ろうと欲したことを、無条件で知ることができるという、ただでさえ希少なサイドエフェクトの中でも極めつけに珍しく、強力な力だ。
少女が普段行使している能力はその一部に過ぎない。脳に莫大な負荷が掛かるため、無意識に制限がかかっているらしい。
「直観智」はまさに国防から研究開発まで、あらゆる分野に応用が利く万能の能力である。
この力を自由自在に扱うことができるようになれば、少女は
この事実を重く見たアルモニア以下イリニ騎士団の幹部は、フィリアのサイドエフェクトを秘匿することにした。これは少女を護るための処置である。
他家や教会にこの秘密が漏れれば、一刻も早く能力を開花させるべきだと主張する一団が必ず現れるだろう。
無意識に能力を制限した現状でも、サイドエフェクトを酷使した場合には身体と精神に不調をきたすことがある。
もし能力を引き出すために過度な負担を掛ければ、少女は狂死してしまう恐れさえあるのだ。
「メリジャーナ、この子……」
「テロスったらホント女の子に甘いんだから」
「……」
ニネミアは違和感の正体をメリジャーナに尋ねようとするが、彼女に答える素振りが無いと知ると、それ以上の追及はすっぱりと諦めた。
いかに親友といえども、話せないことはいくらでもある。それが家と騎士団に係わることならなおさらだ。
「今一度、テロス様にお心を聞いてまいります」
フィリアはそんな大人の葛藤に気付いた様子も無く、首尾に満足がいかなかったのか、鼻息も荒く再調査を提言している。
小さな握り拳をぶんぶんと振り、顔は興奮のあまり真っ赤になっている。
幾らなんでも、のめり込みすぎではないだろうか。他人の色恋沙汰に少女は夢中の様子である。
メリジャーナとニネミアはそんなフィリアを見て、ついつい笑みがこぼれてしまう。
こんなに可愛らしい生き物は、
「大丈夫です。不肖フィリア・イリニ。必ず任務を全うします」
「ふふ、そうじゃないのよフィリアさん。ごめんね、もう調査はいいわ」
「――そ、そんな」
「一生懸命頑張ってくれてありがとう。でも、やっぱりこれは私の問題ね。他人に頼るのはきっと良くないわ。ようやく気付いたの」
メリジャーナは優しくそういって、少女の頭をそっと撫でた。
すると先ほどまでの威勢はどこへやら。フィリアは俯いて、意見をすぐに引っ込めてしまう。過酷な幼少期を過ごした少女は、どうも肉体的なスキンシップに弱いらしい。
和やかな空気に包まれる車内。フィリアの暴走に一時はどうなることかと思ったが、何とか収拾はついたようだ。ところがその時、
コンコン、と車の窓がノックされる。助手席に向いていたメリジャーナが驚いて振り返ると、
「テロス! あなたなんで……」
「それはこちらの台詞だメリジャーナ」
話題の中心人物、テロス・グライペインが車外に立っていた。
駐車場は広く、車両は疎らである。砦から追いかけてきたテロスは、労せずメリジャーナの車を見つけることができたのだろう。
車外へと出たメリジャーナとフィリア。
ニネミアはあくまで他家の人間なので、話には加わらない意向だ。
「いきなりフィリア様を連れ出してどういうつもりだ。総長の姪御殿に無礼が過ぎるぞ」
青年貴族は美貌を強張らせ、険のある声で訊ねる。
時には軟派な印象さえ持たれかねないほど女子供に甘いテロスだが、あくまでそれは彼の奉じる騎士道精神より発せられている。
貴族の義務、その精神性については、誰よりも厳格なのだ。
「それは、えっと……」
返答に窮するメリジャーナ。
事情を話してしまえば、婚約に対する彼女の不安は表沙汰になってしまうし、それになによりフィリアを使って彼を探ろうとしたのがばれてしまう。
テロスの性格上、そちらの方がより強い怒りを買ってしまうだろう。
「答えられないことを、フィリア様になさろうとしていたのか」
テロスの声に、怒気が宿った。すると、
「御免なさいテロス様!」
メリジャーナの隣に立っていたフィリアが、大声で謝罪する。
「全部私が勝手にしてしまったことなんです。メリジャーナさんは何も悪くありません」
と、これまでの経緯を縷々と話し出した。
メリジャーナの婚約を知り、彼女が抱いた不安を解消するために、テロスの心境を探るために独断で飛び出してしまったこと。
おおよそメリジャーナが隠しておきたかったことを全て暴露するフィリア。
しかも少女は必死の様相で語るため、とても止められる雰囲気ではない。
「テロス様を謀ろうとしたのは私の企てです。どうかメリジャーナ様を責めないでください」
そういって、少女は地に頭を擦りつけんばかりに謝罪する。
余りのその剣幕に、テロスもメリジャーナも唖然とした様子だ。
「……フィリア様。総長に贈り物をしようと仰っていたのは、あれも嘘ですか」
「ご当主様に贈り物をしようと思っていたのは本当です。でも、それをテロス様に近づく口実にしました」
頭を下げたまま、テロスの追及に応えるフィリア。青年貴族は困ったように眉を顰めると、
「戦場ならいざ知らず、人を謀るのは感心しませんね。以後はお気を付け下さい」
と、穏やかな口調で少女を窘めた。
「だいたい事情は分かりました。フィリア様。もうお顔を上げてください」
それきり叱責もなく、テロスは少女を許したようだ。
次いで、彼は秘密を暴露されて真っ赤なっているメリジャーナに向かい、
「その……メリジャーナ」
なんとも気まずそうな様子だが、それでもテロスは背筋をただすと、誠実な言葉で話しかける。
「不安にさせたことを詫びさせてくれ。今は難しい時期だからと理由を付けて、話し合うことを避けてきた。君の思いに気付かなくてすまない」
青年の誠意ある態度に、メリジャーナも感じ入った様子で、
「うん。私の方こそごめんね。今までずっと一緒だったから、この関係が崩れちゃうんじゃないかと思って、それであなたに言い出せなくて……」
と、胸の内を吐露する。
二人は互いを見つめ合い、その距離は徐々に縮まっていく。
テロスがメリジャーナの肩に手を置き、そっと彼女を抱き寄せた。メリジャーナは一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに晴れやかな笑顔となる。
時に百万遍もの言葉より、一つの行動こそが雄弁に心を語る。
互いを思い合う男女はやがて惹かれあうようにその顔を寄せていき、
「その辺にしてくれない?」
と、そこへニネミア冷めきった声が差し挟まれた。
「ゼーン閣下! これは無礼を……」
「あ、あら? ニネミア、あの、これはその……」
「いい加減にしなさいよ。その子、今にも倒れそうよ」
車の窓を開け、心底呆れたようにぼやくニネミア。
彼女の視線の先には、ロマンスの空気に当てられ、息をするのも忘れて立ち尽くすフィリアの姿がある。
「~~~っ」
両手を口元に当て、顔を真っ赤に染めて二人を凝視していたフィリアは、とうとう緊張のあまり、フラフラとその場にへたり込んでしまった。
「ちょっとフィリアさん! 大丈夫!?」
流石に倒れそうな少女を目の当たりにしては、二人もいい雰囲気を続けることなどできない。フィリアを車の座席に座らせ、慌てふためいて介抱する。
「へ、へいちゃらですから……」
目をぐるぐると回しながら、強がりを言うフィリア。仮にも主君の姪御に万一のことがあれば、テロスとメリジャーナは騎士団に居られなくなる。
それを差し引いても、彼女は二人にとって可愛い後輩である。自分たちの睦む姿に当てられたというのは、いくらなんでもばつが悪すぎる。
「確かにどうも、暑くてかなわないわね」
そんな二人を揶揄するように、ニネミアはにやにやと笑いながらのぼせた少女をひらひらと手で仰ぐ。
「あ、あの、お二人はとってもお似合いだと思います……」
「ああもうフィリアさん。わかったから、ありがとう」
そうしてしばらく休ませていると、少女も幾分か落ち着きを取り戻した。それを見届けると、
「それでは私も仕事に戻らねばなりません。これで失礼します」
テロスはそういって、駐車場から立ち去ろうとする。
「メリジャーナ。また今度、これからのことをゆっくり話そう」
「ええ」
二人はまだぎくしゃくとした様子であったが、それでも互いを思う気持ちは確かに通じ合ったようだ。微笑みを交わす二人の姿は、初々しい喜びに満ち溢れている。その時、
「今夜、今夜は如何でしょうか!」
そう言いだしたのは、ダウンから回復したばかりのフィリアである。
「きっと早い方がいいと思います。今夜ならメリジャーナさんもお休みですし、テロス様の都合が付けば是非!」
と、少女は熱っぽく力説する。まだ浮ついているのか、それとも彼女のサイドエフェクトが何かを知らせているのか。
どちらにせよ、彼女の発言にも理はある。
現在、エクリシアの軌道上に派兵可能な惑星国家は存在しない。防衛体制も平常通りで、騎士にとっては安息が許される僅かな期間となっている。
話をするなら、今を置いて他にはない。
あと数日もすれば、エクリシアはまた厳戒態勢となる。戦場を駆ける彼らにとって、落ち着いて話せる時間は希少だ。
「そう……ですね」
テロスもそのことに気付かぬはずはない。加えて、ここに至って「今度」と間を置くのは、未だに思いが定まらぬゆえの逃げ口上のようでもある。
勇猛果敢を信条とする騎士にとっては、恥ずべき行いではないか。
青年貴族は黙考したのち、改めてメリジャーナに向き合う。
「確かにフィリア様の仰る通り、早い方がいいだろう。どうかなメリジャーナ。よければ今夜、食事に行かないか」
心を決めてしまえば、行動に移すのは早い。テロスの誘いに、メリジャーナは戸惑いながらも、
「はい。……お受けします」
と、頬を染めて首肯した。