WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】 作:抱き猫
雲一つない蒼天を、鳶が悠然と羽ばたいていく。
その飛びゆく先には、屹立した巨岩を思わせる峻厳な山々が連なってそびえている。
疎らに緑の茂った峰々は、薄霞を絹衣のように纏い、幻想的な風情を見せていた。
不思議な山脈の裾野からは、大地に線を引くように長大な河が流れている。
川幅が数キロもありそうなその大河は、地を縫うように緩やかに蛇行し、平野の彼方まで流れている。
川沿いの土地は、灌漑が施された豊かな農地だ。マス目状に区切られた田畑が見渡す限り何処までも広がっている。
麦の若穂が降り注ぐ陽光を浴びて輝き、緑が目に眩しい。
国土と人口からは小国に分類されるポレミケスであるが、土地は肥沃であり多くの作物を産出する。食糧事情が安定しているためトリガー開発も盛んであり、小国ながら侮りがたい技術力を有している。
政体は王を頂く中央集権制だ。ただしその統制は緩やかで、全国から集められた優れた官僚が王の政を補佐し、善政を敷いている。
その首都となる城郭都市は、平野を貫く大河に寄り添うように広がっていた。
王宮を中心とした質実剛健な街並み。それを一分の隙も無く取り巻くのは、高く堅固なトリオン城壁だ。
首都の周りには長閑な田園風景が広がっており、ポレミケスの民が輝く汗を流している。
そんな平和な情景に、漆黒の雷光が亀裂をもたらした。
突如として開かれた
異国からの侵略者、その先兵となるトリオン兵だ。
家屋ほどの巨体に、トカゲを思わせる形状しているのは捕獲用トリオン兵バムスター。
そのバムスターの首を伸ばし、細めたような個体は捕獲・砲撃用トリオン兵バンダー。
全長四、五メートルほどの、丸い甲虫のような個体は戦闘用トリオン兵モールモッド。
それらのトリオン兵数十体が大地に溢れ、田畑を踏み荒らす。
目的は、農作業をしていたポレミケスの民の拉致だ。
「うわぁぁあっ!」
悲鳴と共に逃げ惑う農民たち。彼らは農具を捨て城壁へと駆けだす。
だが、トリオン兵はその巨体故に移動速度も速い。生身の人間の脚では逃げおおせることなど不可能だ。
足をもつれさせた男性を丸呑みにせんと、バムスターが大口を開けて迫る。そこへ、
「トリガー起動!」
トリオン体となった農夫の一人が、薙刀状のトリガーを振るってバムスターを横合いから殴りつけた。
「ここは俺たちが凌ぐ! 早く錬士たちを呼んで来てくれ!」
見れば、農民たちの一部がトリガーを起動し、果敢にトリオン兵と切り結んでいる。
ポレミケスは武侠国家の通り名が示す通り、尚武の気風を最大の特色としている。
トリオン能力の如何によらず、国民すべてが戦闘訓練を義務付けられた、いわば国民皆兵の国家なのだ。
予備役にもトリガーの携行が義務付けられており、有事の際には戦士として雄々しく戦う。今まさに、トリオン兵と戦っている彼らがそうだ。だが、
「――ぐ、こいつら動きが速いぞ!」
機敏に動き回り、苛烈な攻撃を繰り出すモールモッドに、予備役の戦士たちは苦戦する。
彼らが実戦から離れて久しいこともあるだろうが、それよりもトリオン兵の動きが鋭い。
戦闘機械たるトリオン兵はプログラムに従って行動する。同じトリオン兵でも組まれた行動ルーチンによって戦闘力は様々だ。
動きがいいということは、それだけ技術力の高い国家が送り込んだトリオン兵だと考えていいだろう。
「下がれ下がれっ! 深追いするな!」
戦士たちは一塊になり、トリオン兵団から距離を取る。彼らの目的はあくまで時間稼ぎだ。直に街から正規の防衛部隊「錬士」が駆けつける。
そうして彼らは一斉に薙刀トリガーの先端をトリオン兵に向けると、
「狙えっ――放てぇ!」
猛然と射撃を浴びせかけた。
予備役に貸与される薙刀型トリガー「
戦士たちは火力を集中させ、トリオン兵を一体ずつ確実に仕留めていく。
モールモッドのブレードは強力だが、近寄らなければ脅威ではない。遠距離ではバンダーの砲撃があるが、予兆さえ見落とさなければ回避はできる。バムスターは捕獲用のため、然したる攻撃手段を持たない。
引き撃ちに徹すれば、損害を出さずに敵の撃破が可能だ。
徐々に数を減らしていくトリオン兵。元々数が頼りのトリオン兵だ。頭数を減らせれば、脅威度は格段に下がる。
直ぐに援軍も来るだろう。戦士たちの緊迫した表情に、多少の余裕が生まれる
だからこそだろう。トリオン兵の一部の動きが変わったことに、彼らは気付かなかった。
「砲撃が来るぞ、散れっ!」
長大な首を高々と上げ、バンダーが砲撃の体勢を取る。
口腔に潜む巨大な目から、トリオンがレーザーのように放たれた。
バンダーの砲撃は家屋を数軒まとめて吹き飛ばすほどの威力を持つが、狙いは愚直なまでに単純で、射線を読むのは容易い。
戦士たちは冷静にタイミングを推し量り、一斉に散開してこれを回避する。だが――
「なっ――!」
散らばった戦士の一部に、砲撃が直撃した。
トリオン体はひとたまりもなく破壊され、生身の体で地面に転がる戦士たち。
バンダーが射撃タイミングをずらし、戦士たちの回避先に的確な砲撃を撃ち込んだのだ。
「っ、直ぐ助ける!」
無事な戦士たちが体勢を立て直し、負傷者を回収するべく動き出す。流石に正規の訓練を受けているだけあって、判断に迷いが無い。
「モールモッドが来るぞ!」
しかし、救援を阻むようにモールモッドが殺到する。それもブレードで急所を隠し、三方に分かれて猛烈な勢いで押し迫る。生身の人間は完全に無視だ。後方のバムスターに回収させるつもりだろう。
先ほどまでの戦局に完全に対応している。陣形の崩れた戦士たちは一瞬でトリオン兵の群れに呑み込まれ、壮絶な乱戦が始まった。
「――こ、こいつらっ!」
戦士が悲鳴を上げる。
ブレードを振りかざすモールモッドの動きが、先ほどまでと明らかに違う。
機械的な反射運動ではなく、明らかに相手の対応を見越した、まるで人間が操縦しているかのような巧緻極まる動きだ。
それも複数体が緊密に連携を取り、仮借なき攻撃を繰り出してくる。
戦士たちは一方的な防戦に追い込まれた。我が身を守ることに必死で、もはや味方の救助に心を裂いている余裕さえない。
「ぐ、くそっ!」
モールモッドの猛攻に戦士たちが耐え兼ね、徐々に傷を負っていく。
形勢は完全に敵方に傾いた。もはや挽回は不可能と、戦士たちが悲壮な決意を固める。
するとその時、戦士たちの後方、城壁の方角で光が瞬いた。
「吹っ飛びやがれっ!」
少年の声と共に、二百を優に超えるトリオン弾が雨のように戦場へと降り注ぐ。
それら大粒の弾丸は、乱戦の真っただ中にも関わらず、狙い澄ましたかのようにトリオン兵を正確に撃ち抜き、破壊していく。
「みんな伏せてっ!」
と同時に、凛呼たる少女の声が辺りに響く。
「せやあぁぁぁあっ!」
戦士たちが身を屈めた瞬間、一条の輝線が戦場を奔り、モールモッドを打ち据える。
弾雨に曝され半壊したトリオン兵は、その一撃で止めをさされ、完全に活動を停止した。
明るい栗色の髪を結いあげた少女トゥリパが、残骸となったモールモッドを蹴って空へと舞う。
少女が手にしてるのは棒型のトリガー「
「二つ目っ!」
襲い来るモールモッドのブレードを捻転で華麗に交わし、トゥリパは手にしたトリガーをクルリと回転させる。
すると棒が数多の節に分かれ、トリオンの継手で結ばれた。
少女は鞭のように変化した多節棍を一閃し、別のモールモッドのコアを正確に叩き割る。
「っ!」
見事な手練で二体を撃破したトゥリパだが、敵の勢いは一向に衰えない。
着地を狙い澄ましたように、モールモッドがブレードを振るう。
少女は多節棍を棒状に戻してこれを堅実に防ぐが、
「ちょ、こいつっ、鬱陶しい!」
苛烈な攻撃に曝され、反撃に転じることができない。モールモッドは各所に大穴を開けながらもまったく攻撃を衰えさせない。明らかに通常の個体では考えられない動きだ。
少女の脚が止まるや、崩れた戦線を埋めるように後方から無傷のモールモッドが押し寄せてくる。これで増援は頭打ちだが、窮地に陥ったことに変わりはない。
「畜生っ、バムスターが逃げやがる!」
戦士が悲鳴を上げる。見れば、隊列の中ほどに居たバムスターが後退を始めている。バンダーの砲撃で昏倒した戦士たちを飲み込んだ個体だ。
「まかせて――っ!」
トゥリパは救出の為に駆けだすが、それを阻むようにモールモッドが立ちはだかる。
明らかにバムスターの撤退を支援する動きだ。少女の攻撃を的確に防ぎ、進路を阻むように立ち回っている。通常のトリオン兵はここまで細かく動かない。
「――こんのっ!」
苛立ちと怒りに眉を逆立て、トゥリパが力任せに「
ブレードの一本を基部から叩き折るが、致命傷ではない。こうしているまにバムスターはどんどん後方へ引き下がる。
「――っ」
「何してる。さっさと突っ込めよ棒バカ」
すると、歯噛みするトゥリパをからかうような少年の声。
同時に車軸を流すかのようなトリオン弾の雨が再び戦場を襲う。
豪雨はしかし、敵味方を正確に区別し、吸い込まれるようにトリオン兵のみを打ち据えていく。
トゥリパの対峙していたモールモッドにも風穴が空き、大きく揺らいだ。だが、少女はその個体に止めをさすこと無く、足元を潜り抜けて疾風のようにひた走る。
逃走するバムスターの前に巨大な
トゥリパは「
「はあぁぁぁっ!」
一瞬でバムスターの頭上まで飛び上がったトゥリパは、裂帛の気合と共に「
回転を加えられた棍は装甲を焼き菓子ように突き破り、正確に口中のコアを貫く。
「――ぃよし!」
一先ず捕虜の身柄は確保できた。トゥリパはバムスターの上で小さくガッツポーズをする。だが、それさえ戦場では致命的な隙となる。
次の瞬間、巨大な影が少女を覆った。
「ま、まずっ!」
間近まで迫っていたトリオン兵バンダーが、巨大な口を開けて少女に襲い掛かったのだ。
咄嗟に「
少女は手足をバンダーの両唇に掛け、必死の抵抗を試みるが、明らかに分が悪い。このままでは噛み潰されるのを待つだけだ。
「ちょ、ちょっと誰か助けてよ!」
「仕方のない奴だな……」
トゥリパの声に応じたのは、気だるげな青年の声。同時に、バンダーの太い首が一瞬で薙ぎ払われる。
「うぉっとっ!」
バンダーの生首から「
その着地点を見計らうかのように、別のバンダーが砲撃を放った。一息つく暇さえ与えない、殺意に溢れた攻撃である。
だが、迫りくる極光は少女に何の害ももたらさなかった。
「まったく、詰めが甘いのは何時になっても治らないな」
「ごめんごめん。助かったってば」
少女を取り巻くように、濃密な霧のような物体が宙を舞っている。
その正体は、密集した微細なトリオン弾である。雲のように分厚いトリオン弾がバンダーの砲撃を相殺し、トゥリパを救ったのだ。
「向こうをピニョンに任せきりだ。早く戻るぞ」
射撃用トリガー「
そこへ、先ほど砲撃を防がれたバンダーが猛烈な勢いで突進してきた。口を閉じてコアを隠し、質量で押しつぶす構えである。
「――ちっ」
ペタロは舌うちと共に「
「何っ!」
バンダーは襲い掛かる直前、自ら身体を捻って横倒しになった。
猛烈な勢いで迫りくるバンダーの巨体。流石の「
迎撃態勢を取ってしまった青年は、咄嗟の回避が間に合わない。
だが、眼前に押し迫る壁が突如として減速し、急停止する。
「さっきの分は、これでチャラだからね」
バンダーの突撃を防いだのは、トゥリパの持つ「
継手を伸ばし十メートル以上となったトリガーを、先ほど倒したバムスターの残骸に宛がい、またしても突っ張り棒として用いたのだ。
背中を棒で押さえつけられ、くの字に折れ曲がるバンダー。当然まだ活動可能だが、復帰を許す錬士たちではない。
「
今倒した分で、バンダーは打ち止めだ。あとはモールモッドが三体とバムスターが一体。
トリオン兵は殆ど全滅寸前だが、それでも気は抜けない。今回送り込まれてきた敵の動きは異常だ。本来、モールモッド程度ならば、予備役の戦士でも連携すれば十分に戦える相手である。
現役の国防部隊、錬士であっても不覚を取りかねないトリオン兵など、前例にない。
「おい、お前ら油売ってんじゃねえよ!」
防衛線まで駆け戻ると、戦闘音に混ざって怒声が聞こえる。
見れば、短髪の少年がモールモッドと乱戦の真っ最中だ。
いや、正確に言えば戦闘ではない。少年ピニョンは必死にモールモッドのブレードを掻い潜るばかりで、一向に反撃できていないからだ。
少年の持つトリガー「
単純に火力を二倍に高めることができる強力なトリガーだが、近接戦に持ち込まれてしまってはその強みも生かせない。
倒けつ転びつモールモッドから逃げるピニョン。
無様といって差し支えない逃げっぷりだが、尋常ならざる動きの敵を相手に致命傷を避け続けていることからも、彼の技量が並々ならぬことが窺える。彼とて誇りある錬士の一人なのだ。
「うっさいわね! 弾バカが近接戦してどうすんのよ!」
大声で毒づきながらも、トゥリパはトリガーを振るってモールモッドに挑みかかる。
ペタロも面倒そうな顔をしながらも、慣れた様子でその補助に回る。
ピニョンは大急ぎで離脱すると、中間距離から弾丸の雨を見舞った。
単独なら苦戦を免れない相手でも、仲間が揃えばその限りではない。
錬士の見事な連係を前に、トリオン兵は成す術なく打ち倒されていく。
僅か数分で敵は完全に掃討され、辺りには残骸が散らばるばかりとなった。
「よっし、これでお終い! みんなお疲れぇい!」
トゥリパが晴れ晴れとした笑顔で戦闘の終結を宣言する。
予備役の男たちから歓声の声が上がる。何はさておき、当面の危機は脱したのだ。
「戻って来るのが遅っせぇんだよ。バンダー相手に何手こずってたんだ」
「ごめんねー。アンタにモールモッドの相手はきつかったかしら?」
顔を会わせるなり、いつもの調子でトゥリパとピニョンが角を突き合わせ始める。一見険悪な雰囲気だが、この幼馴染たちの喧嘩はいつものことだ。じゃれ合っているだけなので、周りの誰も取り合わない。戦場ではぴったりの呼吸を見せる二人である。本気で揉めることは滅多にない。
「バカやってないでバムスターの腹を裂きに行くぞ」
年長のペタロが、子供じみた喧嘩をする二人を仲裁する。この終始気だるげな青年も、彼らとは幼少からの付き合いだ。
「あっと、そうだ、ね、大丈夫だよね」
「死体は戦場に残ってない。多分生きてるはずだ」
「早く助けてやらねぇと……」
若い錬士たちは心配した面持ちで目配せを交わし、トゥリパが倒したバムスターへと走る。
トリオン兵に捕獲された人間の末路は二種類あり、それはトリオン機関の優劣によって決まる。
トリオン機関は目に見えない内蔵である。
優秀なトリオン機関を持つ人間は、その能力を活用させるために生け捕りにされる。しかし、割に合わないと判断された、すなわちトリオン能力に劣る者は、トリオン機関そのものを摘出されることになる。
トリオン兵の劫掠を受けた後には、臓器を引きずりだされた死体が、ごみのように転がるばかりとなる。
そう言った意味では、今回は正に不幸中の幸いであった。
捕らえられたのはトリガー使いばかりである。彼らは秀でたトリオン機関を持つため、バムスターに呑み込まれた時点では息があった筈だ。
ただし、負傷していないとも限らないため、早急に助け出さねばならない。
「おい、もっと気を付けてやれよ。ブレードが当たったらイチコロだぞ」
欠員を確認しながら、戦士たちがバムスターを解体していく。既に医療班はこちらに向かっているだろう。
バムスターの外殻を開き、中から喰われた戦士たちを運び出す。
意識は失っているが、命に別状はなさそうだ。
今度こそ、一同はほっと胸をなでおろす。
「よかった、よかったよぉ~」
安堵感から、トゥリパは今にも泣き出さんばかりの表情をして、医療班に運ばれていく男たちを眺める。
一時はどうなることかと思ったが、何とか死者を出さずに済んだ。
「でもよ、今回のトリオン兵の強さ、ちょっと異常だぜ……」
「確かにな。操縦されていたか、トリガーで強化されていたか。……どちらにせよ二十体以上を同時に運用できるとなると、本格的な脅威になるぞ」
一方、ピニョンとペタロは侵攻してきた敵について話し合っている。
ポレミケスは小国といえども、精兵で知られている。
僅かあれしきのトリオン兵で押し込まれかけるとは、敵は一体どこの国か。
「やっぱ、こいつらの飼い主、エクリシアだよな」
「……多分な」
苦々しい表情で呟く少年たち。
「聖堂国家エクリシア」煌びやかなその名前とは裏腹に、圧倒的な武力を以て
その悪名高き軍事国家が、先日よりポレミケスの接触軌道上にあるのだ。
「前回は、何とかなったんだよな。俺まだガキだったから、何にもできなかったけど」
「辛勝だったな。だいぶ死人も出た」
ピニョンとペタロは沈鬱な会話をつづけながら、元気よくトリオン兵の後片付けをしているトゥリパを見る。
「何回来たって叩き返してやる。俺はその為に錬士になったんだ」
少女を見詰める少年の瞳には、一方ならぬ決意が浮かんでいる。
「……まあ、そう言うことにしといてやるよ。お前らいい加減面倒くさいしな」
ペタロが気だるげにそう返すと、ピニョンがそばかすの浮いた顔を真っ赤にする。
「――なっ! 俺は別にあのバカのことなんかだなっ!」
そう抗議する少年に、くせ毛の青年は今日幾度目ともしれないため息で応える。
「こらーそこの二人! 何油売ってるのよ、ちゃっちゃと手伝いなさいな!」
すると、栗毛の少女が目を三角に釣り上げ、そんな少年たちを怒鳴りつける。
きっと一人でも死人が出ていれば、トゥリパはこんなふうに笑えていなかっただろう。
一先ずの勝利を、少年たちは切に噛みしめる。だが、
「え、ちょ、ちょっと何よ!」
バチバチと放電のような音と共に、蒼天に再び漆黒の
そこから現れたのは、巨大な甲冑魚を思わせる爆撃型トリオン兵イルガーだ。
飛行トリオン兵バドの編隊を連れた三体の巨影が、悠々と城塞に向かって天空を泳ぎ始める。
まだ、戦いは終結していなかった。
× × ×
「嘘でしょ!? 何なのアレっ!」
「イルガーだ。クソ、面倒な奴を……」
巨大な飛行トリオン兵の襲来に混乱するトゥリパ。ペタロは焦燥に駆られて空を睨む。
「ちょ、ちょっとピニョン! アレ撃ち堕とせないの!?」
「距離が遠すぎる! こっからじゃ装甲抜けねぇよ!!」
思いもがけなかった敵の増援である。それも
「走れ! 住民を避難させるぞ! ピニョン! お前は高台に上ってバドを墜とせ!」
古株の錬士であるペタロが指示を下す。いつものぼんやりとした気だるげな態度は微塵もない。それほど状況がひっ迫しているのだ。
ともかく大急ぎで市街へと向かう戦士たち。
トリオン体の脚力なら数分もかからない。だが、その間にイルガーは容易く城壁を超え、市街地へと侵入を果たす。
砲台と防衛部隊が弾丸の嵐を見舞っているが、高高度を飛んでいるため効果が薄い。撃墜には今しばらくかかるだろう。
「――っ!」
地響きとともに轟音が響く。
イルガーが爆弾を投下し始めたのだ。まだ市民の非難は完了していないはず。少なからぬ死傷者が出るだろう。
「クソっ!」
「……っ」
ピニョンが怒りに顔を歪ませて毒づく。トゥリパは顔面蒼白で言葉もない。
技術は一級品とはいえ、まだ年端もゆかぬ少年少女たちは、目の前で繰り広げられる大破壊に一様にショックを受けている。
ペタロ率いる一団は、城壁を潜って市街へと駆け込む。
射撃トリガー持ちは迎撃に参加し、それ以外の戦士は取り残された市民を避難所へと誘導する。
「皆さん! 練兵館まで走ってください。あそこなら安全です!」
「取り残された者はいないか! 声を上げてくれっ!」
その時、救助と避難誘導に当たる戦士たちの頭上で破裂音がする。
見れば、砲撃を集中されたイルガーの一体が、トリオンを噴出しながら見る間に高度を下げていく。
「自爆モードに移行しやがった! 不味いぞっ!」
だが、撃墜に成功した訳ではない。
イルガーは航行不能になった際、人口密集地目がけて突っ込み、内臓トリオンを用いて自爆する行動パターンが存在する。
まだほとんど避難は進んでいない。あれが落ちれば、とてつもない被害が出るだろう。
戦士たちの表情が絶望に強張る。
――その時、一陣の旋風が地上より放たれた。
イルガーの巨体に比べてゴマ粒のように小さいそれは、両手に二刀を携えた人の姿だ。
地上から凄まじい勢いで射出された人影が、急降下するイルガーと交錯する。
刹那の後、イルガーの顔面が真っ二つに分かたれ、轟音と共に空中で大爆発を起こした。
「うおおおっ!」
防衛部隊、市民から歓声が上がる。
自爆モードの強固なイルガーを、一太刀のもとに切って捨てる凄まじい腕前。
「範士ロアがやってくれたぞ!」
その者こそ、ポレミケスの武勇の象徴、国軍のエースを務める達人、範士の称号を賜る戦士である。
だが、喜びも長くは続かない。
未だに二体のイルガーは健在で、高高度に陣取って爆弾を落としている。
いくら範士とは言え、あの高さまで飛び上がるのは不可能だ。あと二体を落とすまでに、どれほどの被害がでるか。
だがその時、全ての防衛隊員に吉報が届く、彼らは市民を連れて手近な建物へと素早く避難した。もはや、爆撃を恐れる必要はなくなった。
次の瞬間、蒼穹に一筋の光芒が奔り、巨大な火球が天を焦がした。
直径百メートルを超える光の球は、凄まじい熱量でイルガーのみならず周囲のバドをも一瞬で飲み込んだ。大輪の花のような火球が消え去ったあとには、辛うじて溶け残ったイルガーの残骸がバラバラと地上に振り注ぐばかりだ。
初弾を免れたもう一体のイルガーは、大きく身をひるがえして進行方向を変えようとする。しかし逃げる間は与えぬと、再び光芒が空を裂く。
極光に包まれ、焼き尽くされるイルガーとバドの編隊。
二度の花火が消える頃には、武都の空を占有する不届きものは跡形も無く姿を消していた。
これを成したのは、ポレミケスが誇る
歓喜の声が武都に響く。その声は徐々に雄々しい勝鬨となって、天地を震わせる。
武侠の精神は此処に在り。たとえどのような敵が来ようとも、国民が一丸となって当たれば、挫けぬ相手などいない。
来るなら来い。必ず叩き返してやる。抜けるような青空に、市民の歓呼する声が雄々しく響いた。