WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】 作:抱き猫
風景画に墨汁を落としたかのように、漆黒の風穴がポレミケスの遠景に穿たれる。
武都を囲む城壁、その東西南北に開いた
穴から現れたのは、何百体というトリオン兵の大群である。バムスター、モールモッド、バンダー。そして空中に展開した
田畑を踏みにじり、トリオン兵の群れが一斉に城壁を目指す。
そこへ、トリオン弾が豪雨の如く降り注いだ。
城壁が火山のように火を吹いている。エクリシアの襲撃を予見していたポレミケスの防衛隊が、即座に攻撃を始めたのだ。
しかし、津波のようなトリオン兵の大群は、弾丸の嵐を受けても一向に速度を緩めない。そして、空に浮かぶイルガーは速度を増し、城壁を超えようとしている。
上空と地上、双方から攻め立てられた防衛軍。だが彼らは迷うことなく眼下の敵だけに射撃を集中させる。
その時、天を光芒が切り裂き、巨大な火球がイルガーを飲み込む。ブラックトリガー「
堅牢な装甲を持つイルガーを一撃で破壊するその火力。しかも、砲撃は休むことなく続けざまに放たれ、取り巻きのバドを跡形も無く消し去る。
とはいえ、エクリシアも「
イルガーはそれぞれ十分な距離を取り、尚且つ都市の八方から押し寄せてくる。どうあがいても、一射につき一体を堕とすのが限度だ。
しかも射撃ポイントを移動せねばならない為、イルガーを全滅させるにはさらに時間がかかるだろう。
大部分のイルガーは、市内に到達してしまう。
トリオン兵の数が想定よりも大幅に多い。これはポレミケス側の誤算であった。
それも仕方のないことで、基本的にトリオン兵は使い捨てであり、行動時間を過ぎた個体の再利用もできず、残骸をトリオンに還元するぐらいしか方法が無い。
つまり、トリオン兵は人間に比べて甚だ効率の悪い兵器なのだ。トリオン兵を大量に用いれば、たとえ捕虜を得ることができたとしても、トータルで損をすることがある。
それらの事情から、捕虜を目的とする通常の遠征の場合、投入されるトリオン兵の数はある程度上限が決まってくる。
まさかエクリシアが「神」の候補を探すために損益を度外視して攻めてくるなど、流石のポレミケスも想定はしていなかった。
「くそ、城壁を超えるぞっ!」
都市まで間近に迫ったイルガーに、流石の防衛隊も焦って攻撃を加える。
ところがイルガーは一向に爆撃を行わず、それどころか城壁を超えるやいなや、急に高度を下げだした。
民家の屋根に腹が擦るほどの低空飛行。これは家屋を盾にして「
しかし、高度を下げたため、トリオン弾の威力も減衰することなく届く。
これを好機と見た城壁の防衛隊は、挙って集中砲火をイルガーに加える。
陸戦型のトリオン兵が防壁に取りつくが、このままイルガーに向背を脅かされるわけにはいかない。
市内に展開している防衛隊も火砲を浴びせかけ、イルガーは次々にトリオンを噴出させて堕ちていく。トリオンの漏出が多く、自爆モードにさえ移行できない。市街地に入り込んだ十数体のイルガーは何の戦果も上げられぬまま、家屋を押しつぶし、打ち上げられた鯨のように地に付した。
ポレミケス側としては、この采配ミスに喜ぶほかない。まるで的になるために降りてきたようなものだ。
いや、事実、イルガーはその為に高度を下げたのだ。
「な、何だこいつらっ!」
防衛部隊が喜ぶのもつかの間、堕ちたイルガーの装甲が爆ぜ、中から小型のトリオン兵が次々と現れた。
馬のように細く伸びやかなデザインをしたそれは、エクリシアが有する偵察用トリオン兵ボースだ。
イルガーから湧いて出たボースたちは、驚愕する防衛隊を歯牙にも掛けず、脱兎のごとく市街地へ向けて逃げ出す。
機動力に特化したトリオン兵は、あっという間にイルガーの墜落地点から八方へと走り去った。トリオン兵の市街への侵入を許したのだ。
「くそ、やられたっ! 市民を逃がせ!」
市内に配置された隊員が通信を飛ばす。だが、城外ではさらに深刻な事態が起こっていた。
「砲撃が来るぞ! 総員シールドを張れっ!」
防衛部隊がイルガーにかまけていた間に、バンダーが射程圏内まで近付いていた。城壁の各所で、バンダーの大群が鎌首をもたげ、城壁に集中砲撃を加える。
凄まじい轟音と震動。
堅牢な城壁にひびが入る。だが幸いなことに、何処も崩れてはいない。
首都を護るために膨大なトリオンを注ぎ込んだ城壁だ。その頑強さは並大抵のものではない。とはいえ、
「撃て撃て! バンダーを止めろ!」
防衛部隊が砲撃を再開する。いくら城壁が硬いとはいえ、そう何度も砲撃を食らう訳にはいかない。城壁さえ無事ならば、陸戦型のモールモッドやバムスターは後回しにしても対処できる。
逆に城壁を抜かれてしまえば、数の猛威に押しつぶされるしかないのだ。
優先目標のバンダーに火力を集中させ、徹底して砲撃体勢を取らせない。だがしかし、彼らが注目すべきは仕事を終えたバンダーではなかった。
次の瞬間、押し寄せるバムスターの外殻から、多数の細長い何かが発射された。
それはエクリシアが投入した新型、爆撃用トリオン兵オルガの群れだ。
オルガは破壊力に特化したトリオン兵である。長椅子程の大きさの彼らは、三角錐の強固な頭部に滑らかな流線型の身体を持ち、高速で飛翔する。
そしてその体躯を目標に突き立てると、内蔵トリオンを全て動員して自爆を図る。
迎撃の弾丸の嵐を潜り抜け、ミサイルの如きトリオン兵が城壁へと殺到する。
ひび割れた壁面に硬質化した頭部を突き立てると、オルガが一斉に爆発した。
「やられた! 崩れるぞっ!」
城壁が崩落し、地面に吸い込まれていく。囮用に繰り出したイルガーからオルガの自爆攻撃まで、完璧にタイミングを合わせた波状攻撃だ。
同様の攻撃は、東西南北全てで行われていた。
城壁の各所に、巨大な風穴が開く。
そしてこの時を待っていたと言わんばかりに、トリオン兵の群れが速度を上げて押し寄せる。
しかし、防衛隊もただでは通さない。すぐさま城壁の崩落個所に飛び降りると、白兵でトリオン兵の群れを押しとどめようと構える。だがその時、
「なっ――」
トリオン兵の群れから風のように飛び出した巨大な人影が、すれ違いざまにポレミケスの戦士を車切りにした。
「ひっ――」
悲鳴を上げる暇も無く、数人の戦士が長剣で斬り裂かれる。
彼らの前に現れたのは、猛々しくも流麗な白亜の鎧だ。
エクリシアの主戦力「騎士」たちが、戦線に投入されたのである。
× × ×
「市街地への侵攻は成功。作戦を次の段階へ進めます」
抑揚の無いヌースの声と共に、フィリアの視界に武都の地図が映し出される。
地図にはバドの空撮から得た敵味方の動向が、リアルタイムに表示されている。また先んじて投入したボースの調査によって、有力なトリオン機関の持ち主も次々に捕捉しつつある。
「了解。トリガー使いを排除します」
そう交信しながら、フィリアは「
戦士の携えていた「
そして彼女はトリオン兵の一部を引き連れ、敵勢の盛んな方角へと高速で飛翔する。
少女の役割は捕獲用トリオン兵のサポートだ。障害となるトリガー使いたちを襲撃し、注意を引き付ければ、それだけ捕獲用トリオン兵の仕事がし易くなる。
「こちら騎士メリジャーナ。市街地へ侵入。トリガー使いの排除を行います」
同僚たちからの通信が間をおかずに届く。皆滞りなく市街地へ入れたようだ。あとはそれぞれの職分を果たすだけだ。
「うぁっ――」
行きがけの駄賃とばかりに、フィリアは視界に入った戦士をすれ違いざまに斬る。弾丸が肩を掠めたが、「
「敵の動きに変化があります。どうやら合流を優先する模様」
ヌースから通信が入った。分散を誘うためにボースをばら撒き、突入させたトリオン兵を各所に散らしているが、敵は誘いに乗らず、戦力の集中を図るらしい。
単独ではエクリシアの騎士に適わない以上、当然の措置といえる。しかしそれ故に、
「ヌース」
「はい。プランを変更。トリオン兵に市民の避難路を寸断させます」
フィリアも対応策は用意してある。
ヌースによって設定を変えられたトリオン兵は、市民の残った家屋を壊し、主要な道路を扼するために動き出す。
敵の奥の手が砲撃型
市民と戦士の収容が終われば、頭上からは
ただし、当然ながら全ての市民を釘付けにすることはできない。普段から訓練を積んでいたのだろう。ほとんどの市民は迅速に避難場所へと向かっている。
とはいえ、まったく好都合な展開だ。
エクリシアの最終攻撃目標は市民の避難場所である。獲物が自ら纏まってくれるというのなら、これほど有難いことは無い。
「東部三―九、西部六―二、南部五―三。敵の集合地点です。マークして情報を共有」
「承知しました。フィリアは?」
「南部の敵が揃う前に、襲撃を掛けます」
サイドエフェクトを用い敵の合流地点を一瞬で見抜くと、フィリアは「
ポレミケス側もトリオン兵を繰り出しているが、数が少ない。まだまだ戦力はエクリシア側が圧倒的な優位にある。
――しかし、ここで攻めすぎてはいけない。
敵にはまだ逆転の目があると、勘違いしてもらわねばならない。彼らには、まだこの戦場から足抜けしてもらっては困るのだ。
その為に、エクリシア側は心を砕いて攻撃の指揮を執った。敵の無力化を優先するならば、イルガーとオルガを市街地で自爆させるだけで事は足りたのだ。
それをしなかったのは、
もし敗北が濃厚となれば、敵方から命を捨てて抵抗を試みる者が現れる。過去、そういった死兵が
そのような事態を防ぐためには、敵に真意を隠しつつ、ほどほどに相手をしなければならない。
「こちらメリジャーナ。敵上級兵を捕捉。交戦を開始」
「スコトノだ。なかなかの使い手が出てきた。遊ばせてもらうぞ」
騎士たちから相次いで、敵の主力と遭遇したとの報告が届く。狙い通り、敵は戦闘を放棄していない。ただ、
「北部に展開中のトリオン兵の反応が一斉に途絶。敵
そう上手くいくばかりではない。懸念通り、敵のが
「騎士ドクサ」
「分かっとる。――抑えに回る。後は頼むぞ」
戦場の各地でエクリシアとポレミケス、双方の主力部隊が激突を始めた。
まだ、戦いは始まったばかりだ。
× × ×
エクリシアが戦端を開いて僅か数十分で、ポレミケスは地獄の底へと化した。
「なんで、こんな……酷い……」
「うっせぇ! 早く走れっ!」
惨状にショックを受けるトゥリパを叱りつけ、ピニョンたちは市街地を走る。
避難所である練兵館を目がけて市民たちが走っていく。その人波に逆らって錬士たちが目指すのは、まだ多くの市民が残る東部地区だ。
次第に戦闘音と地響きが大きくなる。みれば、防衛隊がトリオン兵と交戦中だ。
「加勢に来たぞっ!」
掛け声とともにピニョンが「
そして放たれた弾丸が、雨あられとトリオン兵の群れを打ち据えた。
「ぼさっとすんな、突っ込め!」
「――分かってるって!」
涙をぬぐったトゥリパが「
精鋭たる錬士の助成を得て、防衛隊は一気に盛り返す。
しかし、トリオン兵は不利を悟るや、潮が引くように退却しだした。殿にはモールモッドを置き、先頭切って逃げ出したのはバムスターだ。捕らえた市民を一先ず回収しようという肚に違いない。
「くそ、あいつら逃げるぞ!」
「待てお前たち! 何か変だ!」
算を乱したトリオン兵に防衛隊が追撃をかける。違和感を覚えたペタロが制止するも、勢いづいた彼らは止まらない。
隊列の一部が突出した。そこへ、
「う、うおっ!」
家屋に隠れていたバンダー複数体が、建物越しに砲撃を打ち込んだ。
爆炎に呑み込まれ、ひとたまりも無くトリオン体を破壊される戦士たち。すると、背を向けていたトリオン兵たちが一斉に反転する。
「釣りだと……」
ペタロが驚愕に顔を歪ませる。このトリオン兵たちは劣勢を利用して罠を張ったのだ。
通常のトリオン兵の動きではない。先の戦闘と同じく、明らかに操縦者がいる。
「負傷者を回収! 急げっ!」
ペタロの下知に、砲撃を免れた戦士たちが一斉に動く。トリオン体の解けた戦士たちではモールモッドの足から逃れられない。彼らが離脱するまで時間を稼がねば。
「ピニョン! トゥリパ! 食い止めるぞッ!」
もはや戦局はこちらの大幅な劣勢だ。だが、それでも錬士たちの実力ならば、強化されたトリオン兵であっても殲滅は可能だ。ペタロは群がるトリオン兵を「
次の瞬間、救助を行っていた戦士たちの頭が、次々と弾け飛んだ。
「――っ」
驚愕の前に体が動いた。三人の錬士たちは咄嗟に頭部を護るようにシールドを展開する。絶え間ない修練によって体に染み込ませた、半ば反射の行動だ。
次の瞬間、けたたましい被弾音が直近で鳴り響く。
間一髪である。戦士たちを襲った弾丸が、ペタロたちにも叩き込まれたのだ。
「くそっ、とうとう出てきやがった……」
ペタロが冷や汗をかいて毒づく。
半壊した家屋の上に、佇む孤影がある。
両手に巨大な機関銃を二丁下げた、純白の鎧。
エクリシアの象徴たる悪鬼、騎士が錬士たちを睥睨していた。
× × ×
武都の西部地区。最もエクリシアの攻撃が激しかったこの地区では、数百メートルにわたって城壁が崩落し、トリオン兵が大量に市街地へと侵入していた。
しかし、ポレミケス防衛隊の奮迅もあり、市民の避難は他の地区に比較して、順調に進んでいた。
「その家屋の下にまだ誰かいる。トリオン体の者は瓦礫を撤去してくれ。崩れないように気を付けるんだ」
「ありがとうございます! ありがとうございますロア様!」
「礼は無用です。焦らず、急いで練兵館へと向かいなさい」
取り乱す市民に堂々と対応している黒髪の美丈夫は、範士ロアだ。
彼は錬士たち精兵を率いて一先ず付近のトリオン兵を制圧した。現在は防衛隊と共に、取り残された住民の救助を行っている。しかし、
「また
敵は城壁の向こうから切れ目なくトリオン兵を送り込んでいる。また、南部、東部は未だトリオン兵が跋扈しており、一向に市民の避難が進んでいない。
「錬士たちは市民の避難が完了するまでトリオン兵を迎撃せよ。私は南部の援護に向かう」
救助に拘泥するわけにもいかず、錬士たちは次なる戦地へと急ぐ。
ロアのみは一団から離れ、単身で他の戦線の救援に回る。範士である彼の技量は突出しており、一人で一部隊に匹敵する戦力を持つ。
ロアはブレードトリガー「
もはや市街地の奪還は不可能だろう。エクリシアを撃退するには、予ての作戦通り「
「……くそっ」
破壊の限りを尽くされた街並みを見て、ロアの端正な顔が苦悶に歪む。
彼の脳裏に浮かぶのは、妹オルヒデアの姿だ。
彼女はポレミケスでも最高のトリオン機関を持ち、何の因果か
そして稀有な資質に胡坐をかかず、絶え間なく武術の修練を積む彼女を、人々は挙って護国の女神だと褒め称えた。
しかし兄であるロアは、妹がそんな重荷を到底背負える人物ではないことを、痛いほどに知っていた。
戦場に立つには、オルヒデアはあまりにも臆病で、優しすぎる。
虫も殺せず、花が散ることにさえ儚さを感じる彼女に、どうして人を討つことができようか。ロアはそんな妹を戦場に立たせぬため、血の滲む修練を重ねてきた。
しかし、目の前の惨状はどうだ。一個人の戦力など、押し迫る軍勢には何の役にも立たない。結局、妹は街を灰塵に帰する引き金を引くしかないのだ。
途上、戦列を離れたモールモッドがロアの前に立ちはだかった。
両者がすれ違った後、コアを切り裂かれたモールモッドが音も無く崩れ落ちる。
胸中はいかに複雑な感情が渦巻いていようとも、達人の域にまで達したロアの剣は、意識とは無関係に万象を切り裂く。
それほどの技量が有りながらも、戦局は覆せない。戦略兵器たる
「――っ!」
狂猛な殺気を感じ取り、ロアの足がピタリと止まった。
トリオン兵の蹂躙で更地となった広場に、巨大な人影がある。
真っ白な鎧を纏い、長剣と大盾で武装したその姿は、エクリシアの騎士だ。
「名のある戦士とお見受けする。俺はネロミロス・スコトノ。立ち合いが所望だ」
そして騎士は堂々と名乗りを上げると、長剣を振りかざしてロアへと躍りかかった。
× × ×
そこは戦場でありながら、場違いに静かな一画であった。
モールモッドは壁に張り付いたまま、バムスターは家屋に首を突っ込んだまま、身動き一つ取らない。街を破壊し市民を襲っていたトリオン兵たちは、今では巨大な置物として転がるばかりだ。
まるで時が止まったかのような光景。しかし、多くの市民たちは恐れ慄きながら道路を走り、避難所へと逃げていく。
高層建築の上に陣取り、それを眺める矮躯の老人がいる。
彼の名はバラノス。
胴衣を着た老人の足元から、ガシャガシャと耳障りな音が聞こえる。
音はどんどん近づき、ついには壁面をよじ登ったモールモッドがバラノスの前に現れる。
しかし、老人は何の変化も無かったかのように虚空を見詰めつづけている。モールモッドはブレードを振りかざし、バラノスの首を刎ねんと突撃する。
その瞬間、眩い光が空間を塗りつぶした。
目も眩むような発光は僅か一瞬のこと。ホワイトアウトした世界は直ぐに元に戻る。
すると、老人に襲い掛かろうとしていたモールモッドは、塑像のようにピクリとも動かなくなっていた。
バラノスの背後に、人の頭ほどの大きさをした光球が浮かんでいる。
これこそポレミケスが誇る「
「
対象の大きさと距離で効果は減衰するが、モールモッドなら十メートル圏内であれば一秒も満たずに行動不能にすることができる。
バラノスは置物と化したトリオン兵に歩み寄り、口中のコアに拳を添える。そして、
「――!」
パンッ、と乾いた音が響き、コアが内側から破裂するように壊れた。
零距離からの打撃。いわゆる寸勁を以て、行動不能のモールモッドを破壊したのだ。
「
「ここいらの避難は済んだか……」
広範囲を無差別に無力化する
既にバラノスの立つ場所より城壁側に、逃げ遅れた市民はいない。
老人は通信ログを辿り、各地の情報を纏める。西部地区は精鋭部隊の活躍でトリオン兵を駆逐しつつあるが、東部、南部は未だに敵勢が盛んだ。
助成に行きたいが、「
またその兼ね合いから、北部地区には最小限の人員しか配備されていない。敵の増援を抑えるには、もう少し兵力の補強が必要だろう。
防衛作戦の指揮を執る王宮に意見を述べようと、バラノスは通信を開く。その時、
「――」
突如バラノスは横っ飛びに跳躍すると、高層建築の屋上から飛び降りた。
数瞬遅れて、建物の上層部が発破を掛けたかのように吹き飛ぶ。それを成したのは砲撃ではない。高速で飛来したモールモッドの残骸だ。
百戦錬磨の老人は地上へと落下しながらも、冷徹に敵の存在を見定めた。
目測三百メートル先の民家の屋上。
白い鎧を纏ったエクリシアの騎士が、悠然と佇んでいる。
彼の獲物は剣でも銃でもない。騎士の左右の空間に、長さ十メートル以上はあろうかという、人間の肘から先を模した漆黒の双腕が浮かんでいる。
その奇怪な腕が掴んでいるのは、バラノスが始末したモールモッドの残骸だ。
「――っ!」
先の展開を予見した老人は、追尾してきた「
回避軌道をとったバラノスのすぐ側を、砲弾も同然の速度でトリオン兵が通り過ぎる。
「まったく、面倒な相手を寄越すの」
見れば、漆黒の巨腕は瓦礫の山を両手に掴み、既に投擲体勢に入っている。
バラノスは着地と同時に横道へと転がり込む。榴散弾が爆裂したかのように、辺り一帯が吹き飛んだ。
この長距離でこの威力。騎士が有するのは
おまけに敵は「
また、あれほど距離を取られては光も届かない。敵は安全圏からひたすらに瓦礫を投げつけ、バラノスを生き埋めにする腹積もりだ。
「どうやらエクリシアも本気らしい……」
苦々しくそう呟くも、老人の口角は上がり、眼はギラギラと輝いている。
敵は
「相手にとって不足なし」
武人としての魂が騒ぐのだろう。バラノスは気焔を上げて走り出した。