WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の十二 決死の抵抗

(想定よりも、兵の質が高いわね)

 

 激戦の続く東部地区。トリオン兵を率い市街を荒らしまわっていたメリジャーナは、ここで思わぬ足止めを食らっていた。

 

「出過ぎるなトゥリパ。ピニョンを援護しろ!」

 

 先ほど接敵した錬士の一隊、くせ毛の青年ペタロに率いられた僅か三人の部隊を、メリジャーナは未だに始末できていない。

 

 騎士は小銃トリガー「鉛の獣(ヒメラ)」を二丁構え、錬士たちに向けて引き金を引く。

 本来は両手で保持する小銃を片手で操りながら、その照準には毛ほどの揺らぎもない。「誓願の鎧(パノプリア)」の腕力は銃の反動を完全に抑え込み、小銃にあるまじき精度で大威力のトリオン弾を見舞う。

 

 集弾率が極めて高く、通常のシールドでは防げない攻撃だ。

 しかし、密集したトリオン弾は、錬士たちに何の被害ももたらさない。

 弾丸を止めたのは、濃密な霧のような微細トリオン弾だ。「波濤(キューマ)」の分厚いトリオン弾の膜が、猛烈な射撃を相殺していた。

 

「くたばりやがれっ!」

 

 お返しとばかりに二百を超えるトリオン弾が放たれる。そばかす顔の少年ピニョンは「随伴者(アコルティステ)」を用いて、切れ目ない攻撃を騎士に加えていた。

 

 メリジャーナは追尾してくる弾丸の嵐を飛翔して躱す。保険の為にシールドトリガー「玻璃の精(ネライダ)」も張り、被弾を極力抑える。

 もちろん絶大な防御力を誇る「誓願の鎧(パノプリア)」を持ってすれば、たとえ全弾受けきったところで着装者は無事であろうが、それでも幾らかの損壊は免れない。先のことを考えれば、ここで無用のダメージを負う訳にはいかない。

 

(優秀なトリオン能力者ね。何とか確保できないものか……)

 

 高い火力と膨大な量の弾丸。それを何度も繰り出していることからも、あの少年のトリオン機関は相当なモノだろう。

 流石に「神」の候補とまではいくまいが、是非捕虜にしたいところだ。

 メリジャーナはスラスターを噴射し、飛び上がって距離を取る。上空は包囲射撃を受けかねないが、彼ら以外の防衛部隊は付近におらず、現状その恐れはない。

 

「くそっ逃げんな!」

「追うなこっちだ!」

(判断も早い。なかなかいい指揮官がいますね)

 

 騎士が頭上に陣取ったとみるや、錬士たちは即座に建物の中へと避難した。

 通常、銃手と射手では銃手の側に射程の優位がある。十分な距離をとれば、メリジャーナが一方的に攻撃を加えることができる。錬士たちの行動はそれを嫌ったものだ。

 彼らは個々の能力では騎士に太刀打ちできないものの、連携と地形を熟知した立ち回りで見事に騎士に食い下がっている。敵ながら見事というほかない。

 

(さて、こういう場合は……焼きだしましょうか)

 

 メリジャーナは「鉛の獣(ヒメラ)」のセレクターを「山羊(カツィカ)」から「獅子(リョダリ)」へと切り替える。途端に銃口が牙を剥いた猛獣のように変形する。

 トリオンが集束し、銃口が眩い光を放つ。

 そして放たれた二発の弾丸は錬士たちの籠る建物に突き刺さり、大爆発を引き起こした。

 

(流石にこれでは仕留められませんか)

 

 手の内を読んでいたか、あるいは殺気を感じ取ったのか。錬士たちは三人共に爆発の寸前で建物から飛び出し、難を逃れていた。だが、

 

(まずは浮いた駒から……)

 

 脱出の方向が異なっていた一人、ペタロに向けてメリジャーナが急降下する。

 

「くっ!」

 

 青年は咄嗟に「波濤(キューマ)」を展開し防御膜を張るが、

「素晴らしい健闘でした。誇りなさい」

 

 至近距離から「獅子(リョダリ)」の炸裂弾を連続で撃ち込まれては防げるはずもない。ペタロはトリオン体を破壊され、生身となって街路に膝をつく。

 

(指揮官は除いた。後は遠間からの射撃で撃破できる)

 

 残敵を処理するため、メリジャーナが再度飛翔しようと地を蹴る。その時、

 

「ペタロから離れろぉぉっ!」

 

 怒号と共に、頭上から人影が躍りかかる。

 

「――ッ!」

 

 トゥリパの突き出した「連鎖の塔(リネア)」を、騎士が身を捻って回避する。

 落下速度に体重が加わり、尚且つ渾身の勁が込められた棍は、地面を突き穿ち放射状に罅を入れる。

 その威力の程は、あるいは「誓願の鎧(パノプリア)」に傷をつけることも可能かもしれない。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

 仲間の窮地をいち早く感じ取り、無謀を承知で突っ込んできたのだろう。しかし、トゥリパと騎士の相性はそう悪くない。

 少女は騎士に張り付くようにして棍を振るっている。メリジャーナは射撃トリガーしか装備しておらず、ここまで懐に入られては対処の仕様が無い。

 

「――!」

 

 故に騎士は機動力を生かして距離を取ろうとするが、

 

「逃がさないっ!」

 

 トゥリパは鬼気迫る表情でそう叫び、一瞬で間合いを詰める。踏込の速さも凄まじいが、驚くべきはメリジャーナの回避先を見抜いた読みの鋭さだろう。あるいは理性ではなく、本能の成せる技かもしれない。

 

「せああっ!」

 

 疾風怒濤の連撃が騎士へと繰り出される。小銃を盾に幾らかは防ぐが、とても全てを凌ぎきれるものではない。

 打突が鎧へと打ちこまれる。通常のトリオン体なら一撃で破壊されるような威力の攻撃だ。しかし、少女の渾身の打撃を以てしても、エクリシアが誇る「誓願の鎧(パノプリア)」を貫くことはできない。

 表層には多少の傷が付いたものの、着装者には何の損害も無く、鎧の機能も何一つ失ってはいない。

 

「――くっ!」

 

 息をもつかせぬ攻撃を見せていた少女が、突如苦悶の声を上げる。

 防御に徹していた騎士が、スラスターを噴かせて猛然と体当たりを仕掛けたのだ。

 その質量、速度に抗えるはずもなく、トゥリパはボールのように軽々と弾き飛ばされる。

 間合いが開いた。騎士の銃口が少女を捉える。その時、

 

「うおおぉぉぉっ!」

 

 瀑布のようなトリオン弾が、騎士の頭上に降り注いだ。

 

「っ!」

 

 咄嗟に出した「玻璃の精(ネライダ)」は弾雨を凌げず叩き割られ、メリジャーナは腕をかざして急所への直撃を何とか防ぐ。貫通こそしなかったものの、度重なる攻撃で鎧には無視できぬダメージが蓄積している。

 

「一人で闘ってんじゃねえよバカっ!」

 

 けん制にトリオン弾を放ちながら、ピニョンが倒れたトゥリパを抱え起こす。

 

「バカって、なによ……」

 

 少年の横顔を見て、少女の狂気じみた相貌が見る間に穏やかになる。

 

「ペタロはもう逃げた。あいつ足速えから大丈夫だ。俺ら二人でコイツをやるぞ。気合入れろ!」

「――うん!」

 

 二人は体勢を立て直し、毅然と騎士に立ち向かう。

 

「いいでしょう。掛かってきなさい」

 

 メリジャーナは冷厳な声で若き錬士たちにそう告げ、銃を構え直す。

 圧倒的な戦力差にも関わらず、此処まで騎士に手傷を負わせるとは、彼らは畏敬すべき技量の持ち主である。相手を格下と侮り、余力を残そうとしたのは間違いであった。

 鎧は傷だらけになったものの、機能は十全に働いている。

 メリジャーナは冷徹に戦局を推し量り、勝利を手繰り寄せるべく全力で動き出した。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 武都の南西地区。味方の救援に向かう範士ロアの前に立ちはだかったのは、エクリシアの騎士ネロミロス・スコトノ。

 廃墟と化した街並みの中、二人の剣豪は苛烈な戦いを続けている。

 

「どうしたその程度かっ! 俺を楽しませてみせろっ!」

 

 長剣「鉄の鷲(グリパス)」と大盾「銀の竜(ドラコン)」で武装したネロミロスが砲弾の如き速度で突進する。重武装ながら「誓願の鎧(パノプリア)」の補助もあり、その剣速は凄まじい。

 対するロアは嵐のような剣舞を前に守勢に徹している。二本の直刀トリガー「刑吏の杭(ラピス)」を用いて騎士の猛攻を躱し、逸らし、防ぎ続けている。

 

 動作速度では圧倒的にロアを上回る騎士の攻撃が、一発たりとも有効打にならない。

 ロアはせめぎ合う剣の軋みから相手の次の動作を正確に読み切り、常にネロミロスに先んじて動いているのだ。

 

「ポレミケスは勇武の国と聞いていたが、逃げ回るしか能がないらしいな!」

 

 勢いよく攻めたてるネロミロスも、ロアの尋常ではない技量には気付いている。

 潮目を変えようと挑発を挟んでみるが、ロアは一向に動じない。

 

「ちっ――」

 

 変化しない戦局に苛立ちを覚え始めたネロミロス。

 彼の率いる西部戦線はポレミケスの精兵によって半壊した。無論少なくない戦士を撃破したが、形勢で言えば敗北したと言っていい。

 

 ポレミケス側に余裕を持たせるため、適度にトリオン兵を撃退させてやるのは当初の作戦から決まっていたことだが、功名心の強いネロミロスにとっては甚だ面白くない展開である。

 彼は腕の立つ戦士を捕虜にして勲功を上げようと、まだ激戦を続けている南部への道で網を張ることにしたのだ。

 

 ネロミロスの誤算は、そこに掛かったのがポレミケスでも最強格の戦士である範士ロアであったことだ。

 ロアは異常なまでの技量でネロミロスの攻撃を捌き、騎士をこの場所に釘付けにしている。トリオン兵の数はエクリシア側の方が多いが、指揮官の数は圧倒的に少ない。騎士を足止めするということは、それだけで他方の戦線の援護になる。

 

「ふんっ!」

 

 一刻も早く決着を付けたいネロミロスは、ここで一手仕掛けることにした。

鉄の鷲(グリパス)」を上段から袈裟掛けに振り抜く。

 ロアは軽妙なバックステップで危なげなくそれを躱す。

 標的を失った長剣は大地を断ち割り、刀身の中ほどまでを地に埋める。剣を引き抜くための一瞬、ネロミロスは致命的な隙を晒した。だが、

 

「「鷲の嘴(ランポス)」」

 

 轟音と共に、地面が発破をかけたように爆発した。

 土煙が舞い上がり、土くれが散弾となってロアへと襲い掛かる。

 

鉄の鷲(グリパス)」専用オプショントリガー「鷲の嘴(ランポス))」。刀身にため込んだトリオンを爆発させ、面での攻撃を可能とするトリガーだ。

 本来は敏捷性の高い敵に用いるトリガーだが、今回は地面を爆発させることで目くらましを行った。同時に、

 

「「竜の羽(プテラ)」」

 

 ネロミロスは「銀の竜(ドラコン)」のオプショントリガー「竜の羽(プテラ)」を起動する。

 その効果は「鉄の鷲(グリパス)」のオプショントリガーと同じく、トリオンを噴出して強大な推進力を得るというものだ。

 

 巨大な盾に牽引されるようにして、ネロミロスの巨体が猛進する。

 目くらましの直後に間髪入れずにシールドチャージを叩き込む。「誓願の鎧(パノプリア)」の硬度と質量にかかれば、掠めただけでも損傷は免れまい。停滞した戦局を覆すため、ネロミロスはまさしく体当たりで勝負を仕掛けた。だが、

 

「な――」

 

 確実にくるはずの手応えが、何処にもない。

 ネロミロスはただ土煙を素通りし、何にも触れることなく伽藍堂の空間を突き進んだ。

 一瞬で十メートル余りを移動し、ネロミロスは急停止する。

 

 盾を構えて振り向くと、視線の先には黒髪の美丈夫が悠然と立っていた。

 タイミング、間合いともに回避不可能の突撃を、果たして如何なる手段で躱したというのか。だが、ネロミロスが真に驚愕したのは――

 

「なんだと……」

 

 右のわき腹から、薄く黒煙が靡いている。

 いつの間にか、鎧には定規を当てて引いたかのような細く鋭い切れ込みが走っていた。

 

「貴様、「誓願の鎧(パノプリア)」を……」

 

 鎧の中のネロミロスが、微かな痛痒を感じる。その場所はまさしく右のわき腹、鎧の損傷個所と同じ部位だ。

 (ブラック)トリガーでもなければ破壊できない「誓願の鎧(パノプリア)」を、ロアは僅か一太刀で、しかもノーマルトリガーで切り裂いたのだ。

 

「エクリシアの鎧は噂程の物でもないらしい。……それとも使い手が未熟に過ぎるのか」

 

 それまで沈黙を保っていたロアが、不敵な笑みを浮かべてそう揶揄する。

 あからさまな挑発だが、それ故に自尊心の強いネロミロスには強烈に効いた。

 

「もはや生かしては返さん……」

 

 屈辱に身を震わせながら、ネロミロスは力強く剣柄を握りしめる。

 ロアの手練に畏敬しながらも、より強い怒りが騎士の胸を焦がす。

 

「いくぞ」

 

 それでも、ネロミロスはエクリシアが誇る騎士の一人だ。

 怒り心頭に発しても、激情に我を忘れることは無い。精神を氷のように研ぎ澄まし、強敵を打ち破る手段を冷徹に探し出す。

 

「はあッ!」

 

 却って冷静さを取り戻したネロミロスは、「誓願の鎧(パノプリア)」の圧倒的な基礎能力を生かして堅実にロアを攻め立てた。

 正道なるイリニ騎士団の剣術には、流石のロアも剣を以て防ぐしかない。

 

「くっ……」

 

 ロアが初めて苦悶の表情を作る。ここにきて問題になったのは、両者が持つブレードトリガーの性質の差だ。

 攻撃力と耐久性を高いレベルで両立させた「鉄の鷲(グリパス)」とは違い、ロアの持つ「刑吏の杭(ラピス)」はやや攻撃力に偏重した造りをしている。

 ネロミロスの剛刀を受け続けた結果、「刑吏の杭(ラピス)」の刃は欠け、刀身には罅が入り始めていた。

 

「しっ!」

 

 長期戦は不利と考えたロアは反撃の一刀を繰り出すが、周到に待ち構えていた「銀の竜(ドラコン)」がその斬撃を素気無く弾き返す。

 武装の性能差を生かし、入念に敵を押し潰そうというネロミロスの企ては、見事に図に当たった。

 

 ロアの直刀の一本が、音を立てて鍔元から折れる。

 しかしネロミロスは油断せず、堅実な技でさらに攻め立てる。

誓願の鎧(パノプリア)」を纏うネロミロスの出力は通常のトリオン体とは比べ物にならない。ロアは二刀を駆使し、優れた技量で相手の力を受け流すことで、辛うじて拮抗まで持ち込んでいたのだ。得物が僅か一刀となった時点で、形勢は加速度的に悪くなる。

 

 とうとう、ロアのもう一本の刀が騎士の暴虐に屈服した。

 バラバラに砕け散る「刑吏の杭(ラピス)」の刀身。もはや打つ手も無くなった美剣士に、騎士が止めを刺さんと猛進する。

 

「死ねぃ!」

 

 大上段から振り下ろされる長剣の一撃。もはや避けることはできず、受けることも逸らすことも不可能だ。

 だがこの瞬間こそ、ロアが薄氷を踏む思いで待ちかねていた好機であった。

 

「シィっ――」

 

 ロアは迫りくる騎士へと踏込み、敵の内懐へと潜りこむ。

 間合いを零距離まで詰められ、ネロミロスの刃は虚しく空を切った。一先ず、敗北だけは免れた。だが、密着状態のロアには次の行動を起こす余地がない。

 

「苦し紛れの抵抗を……」

 

 ロアの突飛な行動に虚を突かれたネロミロスだが、再始動は早かった。

 騎士は長剣と大盾を手放すと、諸手を上げてロアを抱きすくめる。敵に鎧を撃ち抜く手段はない。翻って、騎士は素手でもトリオン体を容易く破壊できるパワーを持つ。

 抵抗の暇も与えず、ベアハッグで胴体をへし折るつもりだ。だが、

 

「なっ!」

 

 キンと、珠を打ち鳴らすような甲高く澄んだ音が辺りに響く。次いで、ネロミロスの驚愕に染まった呻き声。

 見れば、「誓願の鎧(パノプリア)」背中から細長い半透明の薄板が生えている。

 

 ロアの持つブレードトリガー「刑吏の杭(ラピス)」は、ノーマルトリガーとしては突出した攻撃力を持つ。それ故に余分な機能を持たないトリガーだが、一つだけ奥の手とも呼べる機能を有している。

 それは刀身を射出するという特殊機能。

 柄に莫大なトリオンを凝縮させ、爆発的な速度でブレードを打ち出す技だ。ロアは新たに作り出した刀身を、即座に使い捨ての弾丸として用いた。

 

「そんな……バカな……」

 

 作り出したばかりの「刑吏の杭(ラピス)」の刀身が、過負荷に耐え兼ねボロボロに崩れて消える。

 同時に、「誓願の鎧(パノプリア)」の背中に空いた穴から、間欠泉のようにトリオンが噴き出した。

 ロアの放った乾坤一擲の攻撃は、正確にネロミロスの胸部、トリオン供給機関を刺し貫いていた。

 

誓願の鎧(パノプリア)」の内部で、ネロミロスのトリオン体が崩壊する。

 鎧との接続を失ったネロミロスは身動きもとれず、真っ暗な甲冑の中に取り残された。緊急脱出機構は生きているが、鎧から出たところで目の前の戦士から逃れる術は無い。

 

「この勝負。俺の勝ちだ」

 

 安堵の吐息と共に、ロアがそう告げる。

 廃墟と化した街には、今や奇怪なオブジェと化した鎧が虚しく立ち尽くしていた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 エクリシアとポレミケスの(ブラック)トリガーが激突する武都の北部地区は、会戦直後の凄まじい戦闘から一転して、現在はこう着状態が続いていた。

 

「このまま何事も無ければ楽でいいんだがな……」

 

 エクリシア遠征軍の指揮官、騎士ドクサは鎧の中でそう独言した。

 

 彼の持つ(ブラック)トリガー「金剛の槌(スフィリ)」は、超硬度の巨大な腕を造りだし、精密無比に操ることができるトリガーだ。

 巨腕から繰り出される打撃は凄まじい威力を誇り、およそあらゆる防御トリガーを紙細工のように拉ぎ潰すことができる。

 全力で暴れれば一刻と経たずに街区を更地にすることができる、純火力タイプの(ブラック)トリガーである。

 

 対してバラノスの持つ(ブラック)トリガー「静謐の火(ヘオース)」はトリオン球を造り出し、放たれる光に曝露した全てのトリオンを不活性化する能力を持つ。

 トリオン体やトリオン兵は、内部まで光が浸透した時点でトリオンの循環を止められて行動不能になり、トリオン弾は弾体を飛ばす噴進剤が不活性化することによって、標的に辿りつく前に推進力を失い墜落する。

 

 しかも光は上下左右全ての方向に発せられ、死角は全く無い。

 距離によって効果が著しく減衰すること、数時間程度で不活性化は解けること、固形化したトリオンや通常の物質には効果が無いことなど、欠点は多数あるが、それでも反則的な能力を持つトリガーだ。

 

(トリオン体に影響が出始めるのは、およそ五十メートル圏内からか)

 

 八年前のフィロドクス騎士団遠征時にも、「静謐の火(ヘオース)」は防衛戦に参加し、散々に遠征軍を悩ませた。その時の被害情報から、安全圏は判明済みである。

 

(さてさて、余り派手にやると狙撃が怖いが、そうも言ってはいられんか)

 

 ドクサは巨腕をゆるりと動かすと、虫を払うかのように軽く振り抜いた。

 軌道上にあった数軒の家屋が基部から吹き飛び、他の建造物を巻き込んで倒壊する。

 

 僅か腕の一薙ぎで、街区が一つ更地になった。

 騎士は異国を散策するかのような足取りで荒れ果てた道路を進み、目に付いた建物を片端から粉砕していく。

 

 バラノスは市街地に潜み、「静謐の火(ヘオース)」の光を浴びせる機会を窺っている。市街地を破壊して回るのは敵をあぶり出すためだ。

 (ブラック)トリガーは単一の機能しか持たないが、敵は別のトリガーを用いてレーダー対策を行っているらしく、潜伏地を割り出せない。

 余り空白地を作りすぎると高台から射線を通すことになるが、脅威度で言えば隠れ潜んでいる「静謐の火(ヘオース)」の方が圧倒的に上だ。

 

 本来、トリガーの相性からすればドクサの大幅に有利な対戦である。

 

静謐の火(ヘオース)」は反則的な能力を持つが、それはあくまでトリオンに対してのみ働く。ドクサが接敵時に瓦礫を投げつけたように、ただの物理法則には何の効果ももたらさない。

 近付いてくるバラノスに瓦礫を投げ続ければ、それだけで完封勝利も可能だろう。

 

 何となれば市街地を完全に更地にしてしまえば、物陰に隠れて距離を詰めることもできなくなる。

 それどころか「誓願の鎧(パノプリア)」の飛行能力を活用して上空に陣取れば、もはや敵方に攻撃の手段は無くなるだろう。

 

 ドクサがその戦法を取れないのは、ポレミケスが持つもう一つの(ブラック)トリガー「灼熱の華(ゼストス)」を警戒しての事である。

 市民の巻き添えを出さぬよう砲撃は止んでいるが、この地域の避難はすでに完了しつつある。

 

 上空に飛び上がって迂闊に姿を晒せば、大威力の砲撃が飛んでくるのは明白だ。

 同じ理由から、市街地を潰して遮蔽を完全に失うのも不味い。

 

 今はバラノスが付近にいるが、彼が離脱してしまえば滅多撃ちにされかねない。

 故に、ドクサは細心の注意を払いながら挑発を続ける。

 

 張り手一つで家が空を飛び、拳一つで地面が陥没する。

 騎士は二本の巨大な腕を振り回し、見せつけるかのように家屋を破壊していく。

 住民の大部分は避難したようだが、それでもまだ逃げ遅れている者はいるだろう。

 

(役目とはいえ、難儀なことだ……)

 

 誇り高き騎士にとっては業腹なことだが、近界(ネイバーフッド)では市街地を攻撃して敵の動きを引き付けるのは当たり前に行われる戦術である。

 特にドクサは、何としてもバラノスを引きずり出さねばならない。

 

 今回の侵攻戦を成功に導くためには、各々の騎士たちの緊密な連携が必須となる。

 問答無用でトリオン体を行動不能にする「静謐の火(ヘオース)」に、戦線を引っ掻き回させる訳にはいかない。敵の(ブラック)トリガーを釘付けにするのがドクサに与えられた役目だ。

 

「物に当たり散らすとは、ずいぶん躾のなってない子供だの」

「戦場ゆえ、不調法お許しあれ。ともかく、お出ましくださったか」

 

 露骨な挑発が効いたのか、倒壊した家屋の影から矮躯の老人がひょっこりと現れる。

 傍らに浮かんでいるのは人間の頭ほどの球体だ。今はただのトリオン球にしか見えないが、あれが光を放てば付近のトリオン体は一瞬で行動不能になる。

 

「ふっ――」

 

 一陣の風となって街路を疾駆するバラノス。「静謐の火(ヘオース)」の有効範囲まで近付き、一瞬で勝負を付ける腹積もりだろう。

 彼我の距離は百メートル余り。トリオン体の脚力であれば、僅か数秒で踏破できる間合いだ。

 

 ドクサは即座に「金剛の槌(スフィリ)」を操り瓦礫の山を引っ掴むと、バラノスに向けて投擲する。

 砲弾も同然の速度となった瓦礫の散弾が、壁のような密度で老人に迫る。

 

 トリオン体は物理ダメージをほぼ無効化するが、砲弾も同然の投擲を食らえば体勢は必ず崩れる。追い打ちで生き埋めにすることは容易い。

 だが老雄は足を止めず、それどころか更なる加速で持って死の弾雨へと突き進む。

 

「――ひゅっ!」

 

 鋭い呼気と共に片足を前へと伸ばし、股が地に着くほど体を落とす。同時に上体を地に伏せるほど屈め、正面から見える面積を最小限にする。

 瓦礫の散弾はバラノスを捕らえることなく素通りした。いきなり対象が猫ほどの大きさになったのだから無理もない。

 しかも驚くべきことに、老人はそのような無理な姿勢を取ったにもかかわらず、二歩目には体勢を立て直し、騎士目がけて疾走している。

 

「ちっ!」

 

 ドクサは鎧の内で舌打ちをする。初弾は見事にスカを喰った。やはりあの老人の身のこなしはただ事ではない。英雄と持て囃された技前は、一向に錆びついていないようだ。

 

(これは……不格好などとは言ってられんな)

 

 ドクサはスラスターを噴かして後方へと引き下がり、バラノスとの間合いを取る。

 同時に瓦礫を掴んでは投げ続け、弾幕を張る。

 

 一発でも当たれば形勢は大きく傾く。ドクサは引き撃ちに徹して相手のミスを待つ。

 しかし、バラノスは瓦礫の雨を悉く躱しながら、猛スピードで騎士に追い縋る。

 正確さを欠いた投擲など、達人には何の障害にも当たらない。

 

「流石は老雄バラノス。楽に勝たせてはくれんか……」

 

 ドクサが苦々しく呟く。とはいえ、狙い通りの状況に持ち込めた。

 いくら相手が達人といえども、通常のトリオン体では逃げに徹する「誓願の鎧(パノプリア)」の速度には追いつけないだろう。そして距離さえ保てば「静謐の火(ヘオース)」は無効化できる。

 

 このまま適当に相手をすれば、一先ず当初の目的通りに足止めは可能だ。

 ドクサは瓦礫をばら撒きつつ、命懸けの鬼ごっこを始めることにした。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 武都の東部地区。

 防衛部隊とトリオン兵は互いに甚大な被害を出し、戦線はこう着状態に陥っていた。

 しかし、騎士メリジャーナと錬士トゥリパ、ピニョンの戦いは、苛烈さを増す一方だ。

 

「トゥリパ!」

「うん!」

 

 掛け声一つ、目配せ一つで見事な連携を取り、基礎能力で圧倒的に上回る騎士を相手に奮戦する若き錬士たち。

 変幻自在の棍が荒れ狂い、雨のようなトリオン弾が降り注ぐ。

 トゥリパは騎士に張り付くようにして接近戦を続けている。射撃用トリガーしか持たぬメリジャーナは何とか間合いを開けようとするが、そのたびにピニョンの射撃が周到に逃げ道を塞ぐ。

 

(そろそろ、流れを変えたいところね)

 

 零距離で小銃を放つが、栗毛の少女は素早く身を躱し、あるいは器用に棍の先端で銃口を逸らしてこれを免れる。

 飽くことのない攻撃を受けて、メリジャーナの「誓願の鎧(パノプリア)」もそろそろ限界が近づいている。

 

(陽動の任は充分に果たしたし、もういいでしょう)

 

 メリジャーナはスラスターを噴かせると、「玻璃の精(ネライダ)」を張りつつ強引に敵の射程から離脱する。何はともあれ、射界を確保せねばならない。

 機動力では上回っているが、錬士たちは市街地を熟知しており、抜け道を用いて追い縋ってくる。徹頭徹尾、相手の土俵では戦わないつもりだろう。

 

(本当に、優秀な子たちね)

 

 メリジャーナは鎧の中で薄く笑みを浮かる。

 早くも距離を詰めてきた錬士たち。だが、家屋を突き破って現れたトリオン兵たちが、そんな彼らに襲い掛かった。

 

「う、うわっ!」

「くっそ、うぜぇ!」

 

 メリジャーナの要請で、ヌースはトリオン兵の幾らかを援護に寄越した。

 不意打ちを食らい、錬士たちの連携が乱れる。

 反撃には絶好の好機だが、メリジャーナは敢えて離脱を優先し、彼らに捕捉されぬよう建物の中に入った。そして、

 

「「恩寵の油(バタリア))」を「鉛の獣(ヒメラ)」に臨時接続」

 

 腰だめに構えた二丁の小銃に、凄まじいトリオンが集中する。

 メリジャーナのトリオン機関とは別に、「誓願の鎧(パノプリア)」の内臓電池「恩寵の油(バタリア)」からもトリオンを供給することで、一時的にトリガーを強化することができる。

 

 トリガーに負担がかかり、また「誓願の鎧(パノプリア)」の駆動時間が減少することから、本来はあまり用いられることのない裏技的な機能だ。

 二丁の小銃の内、片側を炸裂弾の「獅子(リョダリ)」へと、もう一方を追尾弾の「(フィズィ)」へとセレクターを切り替える。

 

 打ち合わせ通り、ヌースはトリオン兵を操り錬士たちを引き付けている。

 メリジャーナは慎重に機を窺い、そして静かにトリガーを引き絞った。

 

「な――」

 

 家屋を突き破った炸裂弾が、錬士と切り結ぶモールモッドに着弾し、周囲一帯を巻き込んで爆炎を放つ。

 ピニョンとトゥリパは咄嗟にシールドを張って爆風から逃れるが、次いで放たれた追尾段「(フィズィ)」が、猟犬のように襲い掛かる。

 強化された弾丸は、薄く引き伸ばされたシールドを紙のように打ち破り、二人のトリオン体をズタズタに引き裂いた。

 

「健闘しましたが、此処までです」

 

 瓦礫を踏み越えながら、メリジャーナが表通りへと出る。

 惨憺たる情景となった路上には、生身で立ち尽くす二人の姿がある。

 

「……トゥリパ、走れるか?」

「――っそんな、やだよ!」

 

 小声で逃走の算段を話し合うピニョンとトゥリパに、メリジャーナは警戒を怠らずに近づく。

 爆発に巻き込まれ、トリオン兵は残らず大破している。騎士の目さえ逸らせれば、どちらか片方なら逃げおおせる可能性もあるだろう。

 

「命を無駄にすることはありません。大人しく投降しなさい」

 

 メリジャーナは幾分柔らかい声で投降を進める。

 優秀なトリオン能力と技前を持った若者だ。配下にできればエクリシアにとって大きな利益となるだろう。

 

 また感情面からも、出来ることなら流血を見ずに終わらせたいと彼女は考えていた。

 戦いの最中とはいえ、若い二人の仲に気付かぬ彼女ではない。初々しい男女の仲を裂くのは、余り気分のいいものではない。

 

 実際問題として、二人揃って捕虜にしたほうが、後々の登用が楽だろう。一人ならばつまらない意地を張ることもあるが、同朋を交渉材料に使えば比較的楽に堕とせるものだ。 

 メリジャーナは至急バムスターを手配するようヌースに通信を入れる。だが、

 

「敵影多数接近。警戒を。騎士メリジャーナ」

 

 地図データに敵の光点が多数投影される。防衛部隊が体勢を立て直したらしい。

 

「いたぞ! 火力を集中させろっ!」

 

 すぐさま一団が到着し、「傍えの枝(デンドロ)」を揃えてメリジャーナに一斉射撃を加える。

 

「――っ!」

 

 騎士はシールドを張って弾丸を防ぐ。鎧は損傷が激しく、トリオンも心もとない。あくまで彼女の任務は敵の陽動である。無理に敵を殲滅する必要はない。

 

「……残念ね」

 

 メリジャーナはスラスターを噴かして戦線を離脱する。

 間もなく戦局は次の段階へと移る。ここで余力を使い切る訳にはいかない。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 後退する騎士と入れ替わるようにして、ピニョンとトゥリパの下へ駆けつける防衛隊。その中に、

 

「ペ、ペタロ!? あなた何でこんなとこに……」

 

 撤退していたはずのペタロの姿がある。彼は簡易トリオン銃を引っ提げて、さも当然のように部隊を指揮している。

 

「もうどこもかしこも戦線はガタガタだ。範士ロアも連絡が取れない。防衛隊は市民を連れて砦まで引くよう通達があった」

 

 どうやら彼はメリジャーナに破れた後、防衛隊を纏めて付近の避難民を助けて回っていたらしい。

 

「おい待てよ、ってことは……」

「……予定通り砲撃で市街地を焼く。さっさと逃げないと巻き添えを喰らうぞ」

 

 ペタロの言葉を聴き、ピニョンとトゥリパの顔から血の気が失せる。

 とうとう上層部は、市街を捨てる決断を下したのだ。

 

 

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