WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の四 適合者探し

 雲一つない晴天に恵まれた聖都。

 小高い丘の中腹にあるイリニ騎士団の砦、その正門前には少年少女たちの人だかりができていた。

 彼らは今日行われるイリニ騎士団の見学会に参加するため、聖都全域から集まった出身も階層も異なる子供たちである。

 

「さあ皆さんお揃いですか? では早速我らが城を案内いたしましょう!」

 

 慣れた様子で子供たちを引率するのは、金髪碧眼の美丈夫、騎士テロス・グライペインである。

 爽やかな青年貴族に連れられて、子供たちの期待もどんどんと高まっている。

 そうして彼らは巨大な砦へと吸い込まれるように入っていく。

 

 まず案内された広報コーナーでは、エクリシアの建国史とイリニ騎士団の活躍が大迫力の映像資料で語られる。

 広報部の迅速な働きで、先のポレミケスでの大勝利も既に映像化されていた。

 生々しさを極力排除し、英雄戦記へと仕立て上げられた戦場映像を、子供たちは食い入るように眺めている。

 

 それが済むと、今度は大演習場で行われている従士たちの訓練の見学だ。

 目の前で繰り広げられる激しい戦いに、見学者は息を呑んでいる。

 そしてその後に控えるのは、見学会のメーンイベント、騎士による模範演武である。

 

「きゃあっ!」

 

 訓練場に現れたモールモッドの群れに、子供たちが悲鳴を上げる。

 実の所、このモールモッドはトリガーの威力テスト用に調整された型であり、製造に掛かるトリオンを下げているため戦闘力は皆無である。

 しかし、その動きの不気味さ、人ならぬ異形が発する圧迫感は、何一つ損なわれていない。子供たちが悲鳴を上げるのは無理からぬところだろう。

 

「御安心なさい諸君。我が国には彼女たちがいます」

 

 そんな見学者の反応を待ちかねていたとばかりに、テロスが芝居がかった仕草で闘技場を指し示す。

 流麗にして猛々しい白亜の鎧を纏った騎士が、闘技場に屹立していた。

 わっと、観客席から歓声が上がる。

 少年少女たちにとって、騎士とは武勇の象徴であり、護国を担う絶対不敗の英雄である。

 

「……ん、あれ?」

 

 だが、子供たちの歓声が困惑に変わる。

 闘技場の騎士は長剣「鉄の鷲(グリパス)」を手に提げたまま、茫然と立ち尽くしている。

 

「む……」

 

 迫りくるモールモッドにまったく気が付いていないかのような騎士に、何かトラブルでも発生したかと、流石のテロスも眉を顰める。だが、

 

「え――」

 

 見学者の口から、驚嘆の声が漏れた。

 

「当たって……ないの?」

 

 モールモッドが棒立ちの騎士へとブレードを振り下ろしたその刹那、純白の鎧が陽炎のように掻き消えた。

 同時にコアを両断されたモールモッドが、黒煙を噴き上げながら崩れ落ちる。

 

 騎士はトリオン兵の残骸を後にして、緩やかに歩を進めている。

 果たしていつブレードを避けたのか、そしてどのように反撃を打ち込んだのか、歴戦の騎士たるテロスの目を以てしても、一連の動作を鮮明には捉えられない。

 尋常ならざる着装者の技量と、「誓願の鎧(パノプリア)」の機動力を合わせた、正に神速の剣技である。

 

 無論、観客席の子供たちにその技が見えるはずもない。

 ただ騎士が悠然と闘技場を歩み、すれ違っただけで恐ろしいトリオン兵が倒れ伏す。

 一見すると地味で摩訶不思議な光景は、理解が追い付くにつれて熱狂へと変わっていった。

 

 子供たちの声援を背に受けて、騎士は最後のモールモッドへと立ち向かう。

 仲間を破壊され尽くしても、戦闘機械に臆するという感情は芽生えない。

 鈍らのブレードを振りかざし、モールモッドは騎士へと突進を仕掛ける。だが、

 

「「鷲の羽(プテラ)」起動」

 

 騎士は鎧のスラスターと合わせ、長剣からもトリオンを噴出した。

 そうして凄まじい加速を得た騎士は、一陣の風となって闘技場を飛び抜ける。

 

 十メートル余りの距離を瞬く間に飛翔した騎士は、モールモッドを飛び越えて、音も無く闘技場の地面へと降り立った。

 騎士は残心を終えると、長剣トリガーを消し去りゆっくりと振り向く。

 するとブレードを振りかざしたまま固まっていたモールモッドが、縦に両断されて地面へと吸い寄せられた。

 眼前で繰り広げられた魔法のような剣舞に、観戦席の少年少女たちは割れんばかりの歓声を送る。そして、

 

「恐ろしきトリオン兵を倒した彼女こそ、我が騎士団が誇る勇士、騎士フィリア・イリニです。どうぞ皆様、今一度大きな拍手を!」

 

 テロスの説明に、子供たちの興奮は最高潮に達した。

 同年輩でありながら騎士に叙勲され、ポレミケスにて大戦果をあげたフィリアは、少年少女たちの目には、今を時めく英雄として映っている。

 見学会が過去に例を見ないほど盛況なのも、彼女の人気があってこそだ。

 

「~~っ!」

 

 見学席から、テロスが茶目っ気たっぷりに目配せを寄越す。それの意図するところを悟って、フィリアは鎧の中で羞恥に顔を赤く染めた。

 このプログラムは騎士の凄まじさを見せつけるためだけのもので、ただトリオン兵を適当に相手にすればいいだけのはずだった。

 

 新しい鎧の慣らしに丁度いいからと、少女は軽い気持ちで引き受けたのだ。

 しかし、興奮した少年少女たちは口々にフィリアを囃し立て、このままではどうにも引き下がれない雰囲気である。

 何か、サービスの一つも必要だろう。

 

「……はぁ」

 

 観念したフィリアは、「誓願の鎧(パノプリア)」の兜部分の展開を解いた。

 

 雪のように白い髪が風に靡き、褐色の滑らかな肌が露わとなる。

 現われたのは、十五・六歳の姿をした少女である。

 エクリシアでは忌み嫌われる肌色ながら、それ故に整った顔立ちが良く目立つ。

 麗しい目鼻立ちに加えて、過酷な戦場を潜り抜けた経験だろうか、彼女の纏う雰囲気は何処か凛々しく張りつめていて、それが美貌により一層の光彩を添えている。

 

「……」

 

 そんな彼女が観客席へと顔を向けると、ぎこちないながらも笑顔を作る。

 そうして控え目に手を振ると、見学者から爆音のような喜びの声が上がった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「まったくもう。打ち合わせと違うじゃありませんか、テロス様」

「ははは。ですが皆大喜びでしたよ」

 

 砦の中にある騎士の執務室。

 見学会を終えたフィリアとテロスは、事務仕事を片付ける為モニターに向かっていた。

 現在の所、エクリシアの接触軌道上に他の国家の姿は無い。見学会のようなイベントは、だいたいこうした平穏な時期を選んで行われる。

 

「それにしても今回は大盛況でしたね。志願者が多すぎて、流石に全員は受け入れられないでしょう。心苦しいかぎりです」

 

 事務方から上げられてきた入団希望者のリストを眺めながら、テロスは顎に手を添え神妙な面持ちを浮かべる。

 先のポレミケスでの大勝以降、エクリシアでは急速に尚武の気風が高まっている。

 特に、その立役者となったイリニ騎士団の人気は奔騰しており、志願者は後を絶たない状況だ。

 

「今度の見学会は、フィリア様に引率をお願いしましょうか」

「な、あの、それはちょっと……私は人見知りですし、テロス様のようにお喋りも上手ではなくて」

「いやいや。フィリア様が直々に案内してくれるというだけで、きっと皆は喜びますよ」

 

 入団希望者が増えた理由は、ポレミケスでの大勝だけでなく、フィリアが騎士に叙勲されたという事実も大きい。

 騎士団の門戸は広く開かれているが、やはりその中で出世し要職へ就くのは、門閥貴族出身の者が圧倒的に多い。

 

 そういう意味で言えば、フィリアの叙勲もイリニ家の後押しがあってこそ実現したのだが、世間一般に流布している話では少々事情が異なっている。

 ノマスの血筋にも関わらず克己勉励に励むフィリアを、イリニ家が感心して養子に迎え入れ、そして努力を重ねた少女はついには騎士の位を掴みとった。と、話の順序が逆になって伝わっているのだ。

 

 その為、フィリアは異民族の血が流れる市民にとっては、まさにお手本のような成功者として見られている。

 そんな市民たちが、自分の運命を切り開こうと騎士団へと殺到するのは当然のことといえた。

 

「どちらにせよ、兵が増えるのは良いことです」

 

 テロスが作業を続けながらそう言った。

 騎士団の強化による影響は、何も対外的な事象だけに留まらない。

 

 一見盤石に見えるエクリシアも、内部は一枚岩ではない。三大貴族が友好的なのは表層だけのことで、各家は常に権力を奪取するべく権謀術数を巡らしている。

 動員できる兵隊の数というのは、もっとも直接的な影響力の一つだ。

 元よりエクリシアでは三大貴族として権勢を誇るイリニ家だが、今後はさらに他家を上回る発言力を得ることができるだろう。そして、

 

(ブラック)トリガーも、無事に適合者が出ればいいのですが……」

 

 と、フィリアが報告書を作成しながらぽつりと溢す。

 ポレミケスで鹵獲した(ブラック)トリガー「灼熱の華(ゼストス)」は、現在教会で保管され、解析が行われている真っ最中だ。それが済めば、エクリシア全土から適合者を探し出し、相応しい者に授けられることとなる。

 武力の象徴である(ブラック)トリガーが増えれば、騎士団の影響力はさらに増すだろう。

 

 ただ、フィリアは政治面での効果ではなく、純粋に軍事的見地から「灼熱の華(ゼストス))」を欲している。あの強烈な火力があれば、取り得る戦術はさらに増える。

 次の戦場の為に、さらに次の戦場の為に。

 母の代わりを見つけ出すためには、戦力は多ければ多いほどいい。

 少女がそんなことを考えていると、軽快な電子音が響いた。イリニ騎士団から支給された携帯端末が、着信を告げている。

 

「……」

 

 見れば、フィリアだけではなくテロスにも連絡があったようだ。

 いったい何事かと、少女は作業を中断して通達を読む。

 

「ちょうど、今話していたところでしたね」

 

 少女と青年は顔を見合わせる。

 教会からイリニ騎士団に、(ブラック)トリガーの適性を調べる為、教会を訪れるようにと通達があったらしい。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 木の根が絡み合ったかのような歪な形状をした、掌に余るほどの漆黒の円柱。

 その小さな物体に奇妙な威圧感を感じるのは、封じられた真の姿を知る故か。

 

 大聖堂の祭壇に恭しく安置されているのは、(ブラック)トリガー「灼熱の華(ゼストス)」である。

 信徒席にはイリニ騎士団の騎士、従士たちが並んで座り、審判の時を待っている。

 この日、教会では(ブラック)トリガーの適合者を探すための起動実験が行われていた。

 

「では次、騎士フィリア・イリニ殿」

「はい」

 

 名前を呼ばれ、フィリアが祭壇の前へと歩み出る。

 教会は元の担い手であるオルヒデアのデータを解析し、「灼熱の華(ゼストス)」の適合者をある程度まで絞りこんではいるのだが、やはり最も確実な手段である起動実験は欠かせない。

 

 また、適合者探しをここまで仰々しく行うのは、これが一種のセレモニーであるからだ。

 (ブラック)トリガーは普通のトリガーとは異なり、それそのものがある種の権威となる。

 例えば、エクリシアに於ける貴族の家督継承権は、その家に伝わる(ブラック)トリガーを起動できるか否かによって大きく左右される。

 (ブラック)トリガーに選ばれた者は、その時点で一般人ではなくなるのだ。

 

「トリガー起動」

 

 フィリアは気負いもせず「灼熱の華(ゼストス)」を掴むと、鳥のさえずるような声で軽やかに起動を宣言する。だが、

 

「…………」

 

灼熱の華(ゼストス)」は何の反応も寄越さない。

 規則に従って二度ほど起動を繰り返すが、(ブラック)トリガーは沈黙したままだ。

 

「……ご苦労でした。では次――」

 

 係りの者に促され、フィリアは「灼熱の華(ゼストス)」を置いて自分の席へと戻る。

 残念ながら、(ブラック)トリガーは少女を担い手として認めなかったようだ。

 だが、別段少女に気落ちした様子はない。

 

 そもそも事前の検査結果からして望み薄であったし、実際に「灼熱の華(ゼストス)」を前にした瞬間、サイドエフェクトが無理だと教えてくれた。

 それに何より、「灼熱の華(ゼストス)」は既にメリジャーナを適合者として認めている。

 イリニ騎士団の中でも最有力の候補であった彼女は、フィリアの少し前に実験に望み、無事(ブラック)トリガーの起動に成功していた。

 

 これで一先ず、「灼熱の華(ゼストス)」が他家に流れることは避けられることになった。

 そしてメリジャーナなら、(ブラック)トリガーの担い手としては申し分がない。銃器の扱いに秀でた彼女に、砲撃型トリガーは打ってつけの武器だろう。

 

「ふう……」

 

 とはいえ面倒なのは、起動実験が終わるまで教会から出られないことだろう。信徒席に腰を据えたフィリアは、誰にも聞き咎められないよう小さくため息をついた。

 業務の都合から全員が集まった訳ではないが、今日この教会にはイリニ騎士団の騎士と従士、合わせて三百人以上が来ている。

 従士の上役たる騎士フィリアは、当然彼ら全ての検査が終わるまでこの場を離れることができない。

 仕方がないので、フィリアは式典をぼんやりと眺めながら、新しい(ブラック)トリガーの運用方法に思考を巡らせることにした。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 適合検査が終わると、騎士と従士たちはイリニ騎士団の砦へと戻った。

 騎士団が抱える兵員は膨大であり、まだ全員が検査を終えた訳ではない。他の団員たちの検査は、日を改めて行う事となっている。

 

(ブラック)トリガー適合、おめでとうございます」

「ふふ、ありがとうフィリアさん。けど不安だわ。あんな大威力のトリガー、上手く扱えるかしら?」

「メリジャーナさんなら大丈夫ですよ。私もヌースと一緒に、活用できるよう知恵を絞りますから」

 

 だが、フィリアとメリジャーナは教会に残り、地下の研究所で所要を済ませていた。

 メリジャーナは適合者としての詳細なデータ取り、フィリアは新しい鎧の反応速度に若干の不満があったため、再調整を施すためだ。

 

「でも結局、今日は私しか適合者がでなかったのよね……」

「選り好みの強いトリガーなのかもしれませんね。まあ、メリジャーナさん以上の適任者がいるとは思いませんが」

 

 (ブラック)トリガーは通常のトリガーとは異なり、相性の良い人間にしか起動することができない。適合者が三百人に一人というのは別段酷い数字でもないが、好き嫌いが激しくないトリガーでは五人に一人が起動できたケースもあるらしい。

 研究者たちは熱心に調査を続けているが、(ブラック)トリガーが起動者を選ぶ基準は正確には判明しておらず、相性などという曖昧な表現が用いられるのが現状である。

 

 一般的には、(ブラック)トリガーを残した人間と親交の深かった人物や、血縁者が起動に成功することが多いらしい。

 (ブラック)トリガーには人格が宿っており、起動者の人物を見定めているのだと噂されるのはその所為だ。

 

 思えば、メリジャーナは一見すると、オルヒデアに雰囲気が似ていないことも無い。

 どちら柔和な性格でありながら、芯のところでは他者に譲らない頑固な気質を持っている。もちろん違う所の方が多いが、少なくともフィリアよりは良く似ているだろう。

 

「もうすっかりいい時間ね。今日はいろいろあって肩が凝っちゃったわ。ねえフィリアさん。一緒にご飯でも食べて帰らない?」

「……はい。喜んでご一緒します」

 

 研究所の通路を並んで歩きながら、二人は談笑に興じる。

 最近ではフィリアも随分と性格が丸くなり、騎士団の同輩ともよく話すようになった。特にメリジャーナにはとても可愛がられており、実の姉妹のように仲が良い。

 

 また騎士という責任ある立場に付いたためか、人当たりも随分と柔らかくなった。物腰が丁寧で、怒りを露わにするようなことが滅多に無く、どんな話であっても真摯に応じる彼女の姿に、部下である従士からの評判も上々だ。

 そんなフィリアの変化もあり、騎士団内ではあれほど根が深かった、少女の出自に起因する従士の不信感や敵愾心も、今では随分と影が薄くなってきている。

 

「あれ、何かあったのでしょうか?」

 

 二人が昇降口を目指して歩いていると、通路の向こうから慌てた様子の研究員が早足で向かってくる。それも一人や二人ではない。

 フィリアが怪訝な表情を浮かべると、彼女たちに気付いた研究員の男が、

 

「――あっ! メリジャーナ様、フィリア様! 良い処にいらっしゃいました」

 

 と、死地で援軍でも見たかのような表情で呼びかけた。

 

「一体何事ですか。説明を願います」

 

 緊迫した気配を感じ取ったメリジャーナが、張りつめた表情で問いかける。すると男は気まずそうに逡巡してから、

 

「ラウンジでニネミア・ゼーン閣下とオリュザ・フィロドクス様が……」

 

 と、さも言いにくそうに口を開いた。

 

「な――」

 

 それだけ聞いて事情を察したのだろう。メリジャーナは美人が形無しの凄まじい表情を浮かべて絶句してしまう。

 後ろに居たフィリアは、何事かときょとんと小首をかしげている。間の抜けた顔を少女に見られずに済んだのは、メリジャーナにとっては幸いだっただろう。

 

 

 

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