WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の五 大喧嘩

「そう、それであなたは私の失策を、ご丁寧に指摘してくれると言う訳ね」

「詳細な戦闘ログを頂ければ可能です。双方の騎士団にとって有益な話かと思います」

 

 いつもは英気を養う研究員の姿で賑わうラウンジには、今はカウンターで働く従業員の姿さえ見受けられない。

 だだっ広い部屋の真ん中で、顔を突き合わせるように立っているのは、黒髪紅眼の美女ニネミアと、眼鏡姿が印象的な美女オリュザだ。

 

「ああもう……」

 

 二人の姿を見るや、メリジャーナが頭を抱えてため息をついた。

 今にも手が出かねないような一触即発の空気である。研究員たちが退散するのは賢明な判断だろう。何しろ二人は共に(ブラック)トリガーの持ち主である。本気で暴れれば、教会そのものが倒壊しかねない。

 

 エクリシアが誇る女傑ニネミアとオリュザの仲が悪いのは、実の所エクリシアの貴族たちにとっては周知の事実である。

 貴族の見本のように気位が高いニネミアに、少々異常なほどに直截な物言いをするオリュザ。

 

 二人は初対面の時から激しい言い争いを行い、それ以来は会うたびに険悪な雰囲気を作るようになっていた。普段はお互いが顔を合わせないよう周囲が尽力しているらしいが、どういう訳か今日は予定がかち合ってしまったらしい。

 

 二人とも家格が高く、また実力も秀でているため、一度喧嘩が始まってしまえば、仲裁できる者もざらには居ない。

 研究員が喜ぶのも無理はない。その数少ない一人が、ここに居合わせたメリジャーナ・ディミオスなのである。

 女性騎士として先輩である彼女は、二人を真っ向から叱りつけることができる立場の人物だ。

 また、メリジャーナは貴族としては珍しいほど親しみやすい性格をしているため、この二人が喧嘩をするたび、何度となく仲裁に呼び出されてきた。

 

「まったくもう。今回は何よ……」

 

 喧嘩に慣れっこのメリジャーナは、げんなりとした表情でそう呟く。その時、

 

「あ、あの、お二人はどうして……何を……」

 

 背後から、震えた声が聞こえた。

 

「――っ!」

 

 驚いて振り返ったメリジャーナの顔から、サッと血の気が引いた。

 そこに居たのは、まるで親の喧嘩を目の当たりにしたような、無力で弱々しく、哀れを催す子供の姿であった。

 フィリアは顔面を蒼白にし、身体を小刻みに震えさせ、今にも泣き出しそうな表情で立ち尽くしている。

 年齢不相応に大人びて優秀な、普段の少女からは考えられない姿だ。

 

 両名とも、フィリアにとっては友人といえる間柄の人物である。

 その二人が本気で諍いあっている姿に、少女はパニックを起こしていた。

 以前、メリジャーナとニネミアが言い争いをしたのを見たことはあるが、その時の両名はただ昂ぶっていただけで、このように険悪な雰囲気と言う訳ではなかった。

 

 おそらく彼女にとって、親しい人間、それも年上同士の喧嘩に立ち会うのは初めてのことなのだろう。貧民街という特殊な環境で、周りが敵ばかりであった彼女にとって、心を許せる人たちが争う姿は、並や大抵の衝撃ではなかったらしい。

 

「あの、やめて……なんで……」

 

 本気で狼狽した様子の少女は、剣呑な気配を振り撒くニネミアとオリュザに、懇願するような声で話しかけようとする。

 そんなフィリアの姿に、メリジャーナの頭は一瞬でクールダウンした。

 

「二人とも止めなさい!! 子供の前よ!」

「なっ――!」

「――!」

 

 メリジャーナの一喝に、争っていた二人の美女は揃って言葉を失い、通路の方へと向き直った。

 喧嘩の仲裁にメリジャーナが出てくることは珍しくも無い。ただ、今日の彼女の声音は普段とは明らかに異なっており、まるで戦場で下知を飛ばすかのような緊迫感である。

 

「な、あなたたち何処から……」

「騎士メリジャーナ……と、騎士フィリア?」

 

 ニネミアとオリュザは激憤するメリジャーナに気付いた後、彼女の隣で立ち尽くす少女に目を吸い寄せられた。

 普段の姿を知る者からは想像もできない、動揺も露わなフィリアである。

 その理由が自分たちの諍いにあると気付くと、流石の二人も舌鋒を引っ込め、気まずそうに互いの顔を視線で探る。

 

「そ、そう。それじゃあ私はもう帰るわ」

「待ちなさい」

 

 息苦しさに耐えられず逃げ出そうとしたニネミアを、メリジャーナの有無を言わせぬ声が制した。

 

「な、なによ……」

「座りなさい。オリュザさん、あなたもよ」

「……はい」

 

 地獄の底から響くような声で命令されて、さしもの二人も反抗の気力を失った。

 ニネミアとオリュザは大人しく丸テーブルを囲む椅子に腰を下ろし、

 

「フィリアさん、大丈夫?」

「……はい」

 

 メリジャーナとフィリアも、椅子を寄せて席に着いた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「さて、それじゃあどういう事か説明してもらえるかしら」

 

 足を組んで椅子に腰かけるメリジャーナは、氷河のように冷酷な眼差しでニネミアとオリュザを見遣る。

 普段は温和で朗らかな印象の強い彼女だが、こうして眦を決すると、さながら女帝の如き壮絶な威圧感を纏うようになる。

 

「あ……そ、そうよ、この子が悪いのよ」

「ことの善悪は主観の問題のはずですが。少なくとも、急に声を荒げだしたのはゼーン閣下が先です」

「っ、あなたが無礼なことを言うからでしょうに!」

「二人とも、そろそろ本気で怒るわよ?」

「「~~っ!」」

 

 又しても言い争いを始めたニネミアとオリュザに、メリジャーナが恐ろしいほどドスを利かせた声で凄む。眉一つ動かさず人を殺しそうなその表情に、流石の二人も口を紡ぐ。

 

「貴方たち軍人でしょう。時系列に則って事実のみを話しなさい」

 

 観念した二人が話すところによれば、こうだ。

 研究所に所用があった二人は、偶然ラウンジで鉢合わせをしたらしい。

 普段は碌に挨拶もしない仲だが、今回はオリュザの方からニネミアに話しかけた。

 内容は、先日ゼーン家が行った「山岳国家アクラー」への遠征記録を、フィロドクス騎士団に提供してくれないか。との要望である。

 

 だがニネミアはその申し出をにべもなく断ったそうだ。

 これに気を悪くしたのがオリュザである。遠征の記録は国の共有すべき情報であり、秘匿するのは協定に反すると、理詰めで反論にかかった。

 そこから先は、いつも通りの罵り合い、貶し合いである。

 

「……はあ」

 

 メリジャーナは白い指先でこめかみを抑え、さも呆れたようにため息を吐く。

 結局、二人の相性の不味さが引き起こした、いつも通りの喧嘩である。

 

 確かに、理屈の上ではオリュザの言い分は正しい。遠征の記録は国の共有財産である。諸外国の情報は教会で取りまとめられ、必要に応じて各騎士団が情報開示を求めることになっているが、騎士団同士で検討会を開くことも多い。

 フィロドクス騎士団は特に情報の収集と解析に熱心で、イリニ騎士団やゼーン騎士団も遠征に際して助言を求めたことは少なくない。そのフィロドクス騎士団から情報提供を求められたのならば、応えるのが筋というものだろう。

 

 ただし、今回のゼーン騎士団の遠征は、散々な負け戦であった。

 山岳国家アクラーに攻め入ったニネミア率いる精鋭部隊は、しかし急峻な地形を用いた敵の防御陣地に手古摺り、殆ど戦果を挙げることができずに撤退した。

 数名の捕虜を捕らえ、また味方に人的損害は無かったものの、遠征に投入したトリオンは莫大で、とても回収の目途は立たない。

 

 トリオン目的の遠征としては、まず大失敗といっていい。

 誰よりも貴族としての矜持が高く、また若いながらも騎士団の総長を務めるニネミアは、随分と自責の念に苛まれていたことだろう。

 そんな彼女の事情に思い至れば、まだ失敗の記憶も新しいこの時期に、負け戦の記録を寄越せなどとは口が裂けても言えないのだが、難儀な性格のオリュザはそれを言ってしまったのである。

 

 ニネミアも、余り自制の効く性格ではない。

 日頃の悪感情も手伝って、過剰に反応してしまったのだろう。

 

「……」

「……」

 

 二人は大人しく椅子に座っているが、今も怒りは収まっていない様子だ。

 それでも喧嘩を再開しないのは、先輩であるメリジャーナが睨みを利かせているのと、

 

「フィリアさん、平気? 無理しなくてもいいのよ。辛いなら言ってね」

「…………はい」

 

 今にも泣きだしそうな顔で俯いている少女の存在があるからだ。

 フィリアと知り合って二年近く立つが、彼女が喧嘩一つでここまで狼狽えるとは、メリジャーナも困惑を隠せない。

 それは喧嘩の当事者たちも同感であるらしく、弱々しい少女の姿を目にして、ばつが悪そうに視線を虚空にさ迷わせている。

 

「あの、ゼーン閣下、騎士オリュザ、その、あの……」

 

 フィリアがつっかえつっかえに、喉の奥から言葉を絞り出す。その声は震えていて、今にも涙声に変わりそうである。

 

「な、なにかしら……」

「……何でしょうか」

 

 ある意味では座の空気を支配している少女の呟きに、二人の美女は判決を言い渡される罪人のように面持ちを固くする。

 

「わ、私にできることなら、なんでもします。……お二人が、喧嘩をなさらないよう、どうすればいいのか、教えて下さい」

 

 とにかく場を修めたい一心なのだろう。そう言って、フィリアは健気にも頭を下げた。

 

「……」

 

 メリジャーナの冷たい視線が二人に突き刺さる。

 関係のない子供にここまで言わせておいて、まだ我を張るつもりかと、無言のままに詰問している。

 

「……あなたには関係のないことよ。私とその子がしでかしたんだから。……でも、そうね、反省したわ」

 

 ニネミアがそう言って詫びる。オリュザも、

 

「騎士フィリアが気に病むことはありません。どうぞ顔を上げてください。あなたにふさぎ込まれると、私も心苦しいです」

 

 無表情はそのままに、しかし声には幾分心配の色をにじませてそう言う。

 お互い相手の事を許したわけではないが、一先ずフィリアの顔を立ててここは引き下がることにしたらしい。

 

「貴族としての立場やしがらみもあるでしょうが、その前に、二人ともいい大人なんですから、言動には気を付けてください」

 

 メリジャーナがそう纏めると、二人は不承不承と返事をした。

 そして一応の決着がついたとみるや、二人は椅子から立ち上がり、そそくさとラウンジを後にした。これ以上もめごとが起きぬよう、二人は別々の方向へと歩いていく。

 残されたメリジャーナはラウンジのカウンターに入ると、慣れた手つきでフィリアの好物であるホットチョコレートを淹れてやった。

 

「はいどうぞ」

「……ありがとうございます」

 

 少女は湯気を立てるカップを両手で持ち、少しずつ口を付ける。

 だいぶ落ち着いたようで、いつもの気丈で冷静な佇まいを取り戻しつつある。

 

「ごめんなさいね。大変な現場に立ち会わせてしまって……」

「……いえ。メリジャーナさんも、お疲れ様でした」

 

 愛想笑いが浮かべられる程度に回復したフィリアに、メリジャーナは大げさな仕草で項垂れ、ニネミアとオリュザの仲の悪さを説明する。

 なるべく気楽な調子を装い、軽い言葉を選んで務めて明るく話すのは、少女がことを重く受け止めないようにするためだ。

 

「結局、相互理解が乏しいのよね。まあ、所属する家が違うから、接点が無いのはしかたないんだけど……」

 

 気位が高過ぎるニネミアに、愛想がまるでないオリュザ。両者の性格の不一致が、仲たがいの原因だ。

 灰汁の強い性格同士である。これはもう仕方のないことで、彼女たちの仲は初めて会った時からずっと険悪なままだ。

 メリジャーナやフィリアなどは、その両名の性格を把握しているので、仲良く付き合うこともできるのだが、今まで一度も歩み寄った事のない両者に、お互いを理解しろというのは無理な話だろう。

 

「あの子たちも、喧嘩ばかりしていてはダメなのはわかっているはずよ」

 

 そう言って、紫髪の美女は冷えた炭酸水を口にする。

 ニネミアとオリュザは、ゆくゆくはエクリシアの柱石となる人物である。

 騎士団同士の功名争いや切磋琢磨は当然のことだが、同じ国に住まう以上、度を越して不仲というのはいかにも不味い。

 苦手意識や悪感情というモノは、年月を重ねるほどに凝り固まっていくものだ。

 

「何か、仲直りさせる方法があればいいのにね」

 

 メリジャーナがそうぼやくと、フィリアはじっと手元のカップへと視線を落とす。

 

「分かりました。私も何か考えてみます」

 

 金色の瞳に光を宿らせ、少女は力強くそう言った。

 

 

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