WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の十四 約束と誓い

 澄み渡る夜空に大粒の宝石を散りばめたように、近界(ネイバーフッド)の星々が輝いている。

 夜風はまだ昼の熱気を残し、夏草の匂いを遠く彼方へと運んでいく。

 

 イリニ家別邸の中庭。小さな森を思わせる不思議な庭園に設けられた、芝生敷きの一画。

 星明りに照らされた幻想的な空間を、風に巻かれた木の葉が飛んでいく。

 

 転瞬、宙を舞う一枚の木の葉が、四つに裂けた。

 風に浚われる木の葉を、寸毫の内に十文字に断ち割る迅疾の剣技。それを成したのは、褐色の肌に白髪の少女、フィリア・イリニである。

 

(……うん)

 

 剣尖が葉脈を断ち切る微かな手ごたえを感じ取ったフィリアは、気息を充溢させ、さらに流麗軽捷に長剣を振るう。

 膝が抜け落ちたかのように体を脱力させ、地を滑るような運足から放たれるのは、急所を狙い澄ました連撃。

 

 次いで少女は、小鳥が梢から羽ばたくような、重量を感じさせない跳躍を見せる。

 瞬く間に十メートル以上の間合いを詰め、音も無く芝生を踏んだ少女は、既に三手に及ぶ斬撃を虚空へと放っていた。いずれも、対手を確実に仕留めんとする必殺の一撃である。

 

 優雅な所作で、二手、三手と型取りを続けるフィリア。

 

 重心を一所に置かない軽やかな体捌きは、対手に攻撃の契機を掴ませないため。

 時折クルリと軽やかに身を捻るのは、飛び道具を避けるための動作だ。

 

 そして、空を裂いた剣が大上段へと跳ね上がると、少女は総身の力を込めて神速で踏み込んだ。

 

 放たれるのは、如何なる防備も断ち斬らんとする渾身の袈裟切りである。 

 雄渾無比な一太刀は夜の空気を真っ二つに切り裂き、逆巻く風が芝生を波打たせた。

 

「全行程の終了を確認。お疲れ様でした、フィリア」

 

 長剣を正眼に構え残心を取る少女に、抑揚の欠けた女の声が語りかけた。

 広場の隅に立つ東屋から現れたのは、魚の尾のようなひれがついた、人の頭ほどの大きさの自律型トリオン兵、ヌースである。

 

「ありがとう。今日はなかなか調子が良かったかな」

 

 ヌースから水の入ったボトルを受け取り、喉を潤す。

 もはや習慣となった鍛錬とはいえ、少女が剣を執るときは常に全身全霊であり、そこに遊びは一欠けらもない。肉体的な疲労はともかく、精神にかかる負担は相当である。

 

 生身の肉体とは隔絶した能力を持つトリオン体。

 イリニ騎士団正調の剣術は、トリオン体のポテンシャルを十全に引き出すために編み出され、改良され続けてきた武術だ。

 剣速、体捌き、反応速度。技に求められる動作の苛烈さは、どれをとっても生身のそれとは比べ物にならない。

 

 しかし、トリオン体の機能を真に引き出すためには、生身の感覚を研ぎ澄ます必要がある。肉体では不可能な動きを、まるで生来可能であったかのように認識しなければ、トリオン体は真価を発揮しないのだ。

 その難行をクリアして、ようやく戦士としてスタートラインに立つことができる。そこから一廉の戦士になるには、さらなる訓練を積まなければならない。

 

 にもかかわらず、フィリアはトリガーを手にして僅か二年で、並み居る戦士を上回る技量を身に着けていた。

 稀有なトリオン能力と破格のサイドエフェクト、もちろん少女に宿った確かな剣の才能も、著しい進境の理由ではあっただろう。

 だが、それ以上に少女に力をもたらしたのは、狂気に近しい目的意識に他ならない。

 

「……」

 

 人心地ついたフィリアはボトルをヌースへと返すと、再びブレードトリガー「鉄の鷲(グリパス)」を掌に現出させる。

 しかし、少女は剣を振るうでもなく、ぼんやりとした様子で刃を眺めるばかり。

 

「何か問題でも起きましたか?」

 

 と、訝しんだヌースが尋ねると、

 

「ううん。ご当主様には、全然追いつけそうにないなぁ、と思って」

 

 フィリアは気の抜けたような声でそう呟く。

 

 剣聖と謳われるアルモニア・イリニに剣を師事するようになって二年近く経つ。

 不世出の剣士の指導を受け、少女の剣は著しい進境を示した。しかし、少女は未だに師匠の伯父から、一本たりとも勝ちを拾ったことが無い。

 

「観測する限り、瞬発力や反応速度の数値に大きな差はありません」

「そうなの。だから不思議。私はサイドエフェクトも使ってるのにね」

 

 ヌースの指摘にフィリアが応える。

 少女のサイドエフェクト「直観智」が導き出す、戦闘に於いては最適解であろう苛烈な打ち込みが、何故だかアルモニアには通じないのだ。

 

「本当に、ご当主様には何が見えていらっしゃるのでしょう」

 

 技術や速度といった些末な点ではなく、己の剣とは何かが根本的に違う。

 

 まるで対手の全てを理解しているかのような無謬の剣技。命のやり取り、技の競い合いではなく、さながら対話を求められているかのような、世にも不思議な感覚。

 アルモニアと立ち会うと、剣の道程を表すのに、境地、あるいは位といった言葉が用いられる意味がよく分かる。

 

「フィリアはアルモニア殿の話をするときは、いつも嬉しそうですね」

「――えっ、そ、そうかな」

 

 ヌースに指摘されて、フィリアの頬が淡く紅潮する。

 

 思えば、不祥の器として剣を忌み嫌っていたはずの少女である。それがアルモニアに指導を請うようになって以来、何時しかその深奥なる世界に惹きこまれている。

 戦いには慣れてしまったが、好きになった訳ではない。

 

 しかし、アルモニアと剣を交えているときだけは、浮世のしがらみを忘れ、心が自由に解き放たれる気がするのだ。

 

「最近はアルモニア殿もお忙しいようですね。余り家にも帰っておられないのではないですか」

「うん。もうすぐ自然休戦期が終わるからね」

 

 ブレードを消し去り、トリオン体を解いたフィリアが軽い調子でそう言った。

 

 程なく、エクリシアはまた他の惑星国家の軌道上と交差することになる。捕虜を得るための侵攻計画や、水も漏らさぬ防衛計画と、騎士団の抱える案件は山積みだ。

 次に接触する国家は、砂塵の国アンモスと密林国家ダセイア。それが終われば――

 

「それに、もうすぐノマスが来る」

 

 聖堂国家エクリシアに待ち受ける最大の障壁。

 十余年ぶりとなる、狩猟国家ノマスとの邂逅が間近に控えているのだ。

 過去、幾度となくエクリシアと激戦を交わした強国にして、少女の生母の出身国である。

 

「フィリア。貴方は……」

「心配してくれてありがとう。でも、へいちゃらだよ。――私は、エクリシアの騎士だから。戦って、みんなを護るよ」

 

 務めて明るい表情を浮かべ、フィリアはヌースに話しかける。

 今の少女には、多くの人とつないだ縁がある。剣を振るうことに、何の迷いも無い。

 

「ならば、私が貴方を護ります。それが、友である私の存在意義です」

 

 凛然と決意を述べた少女に、ヌースが語りかける。しかし、

 

「ううん。私のことは大丈夫」

 

 少女は小さな体をぐっと反らし、ことさら壮健さをアピールすると、

 

「だから、ヌースには私の一番大事な、家族を護ってほしい。私の帰る場所、生きる意味を、どうか……」

 

 祈るように掌を組み、謳うようにそう呟いた。

 

「……分かりました。約束します。だから、貴方も必ず帰ってきてください」

「わかった。約束だよ」

 

 夜空に輝く満天の星々が見守る中、固い絆で結ばれた家族が約束を交わす。

 未来に如何なる困難が待ち受けようと、互いの幸せを願う彼女たちは決して屈することなく、懸命に運命へと立ち向かうだろう。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 端末を叩く微かな指の音、座りなおした椅子の軋む音が、静寂に包まれた部屋に嫌に大きく響く。

 

 イリニ騎士団の砦内にある、騎士たちの執務室。

 整然と事務用デスクが並べられた大広間には、どこか張りつめたような、刺々しく澱んだ空気が満ちている。

 

「えぇ~、聞いてないわよそんなの……」

 

 擦れた呻き声をもらし、薄紫の髪をした美女が苛立った様子で頭を掻く。

 

「どうされましたか、メリジャーナさん」

 

 隣のデスクに座っていた銀髪の少女、フィリア・イリニが顔を上げ、同僚のメリジャーナ・ディミオスに声を掛けた。

 

 心なしか少女の褐色の肌は色艶が悪く、金色に輝く瞳の下にはうっすらと隈が浮いている。それもそのはず、少女は昨日の晩から泊まり込みで事務仕事を片付けており、碌に睡眠を取っていない。

 今日も午前一杯働きづめだが、仕事の山は片付く見込みがない。

 

「教会から訓練用モールモッドの更新プログラムを取りに来いって、催促が来てるのよ。随分前から通達があったみたいだけど、私初耳よ」

 

 恨みがましい声で応じるメリジャーナは、少女に輪をかけて酷い有様である。どうやら二三日、家には帰っていないらしい。

 自然休戦期も残すところあと僅か。騎士団は来期の戦闘を控え、準備に追われている。

 

「誰が受け取って……って、騎士スコトノか! 申し送りなんて受けてないわよ」

 

 メリジャーナが忌々しげに声を荒らげる。

 

 広大な執務室にはしかし、殆ど騎士の姿が無い。

 デスクの多くは空席で、事務仕事と格闘している人間は僅か数人に過ぎない。

 スコトノ家のネロミロスだけでなく、メリジャーナの父ドクサ・ディミオス。またテロス・グライペインといった騎士団の幹部も砦にはいない。

 

 彼らは領地を有する貴族の当主である。戦時体制に移行するにあたって、施政を行うため所領へと帰っているのだ。

 騎士団に残っているのは、フィリアやメリジャーナといった比較的身の軽い者ばかり。ただでさえ慌ただしい時期に人手が抜けるものだから、その多忙さは目を回さんばかりである。

 

「あ~もう、面倒な……」

 

 トリガーやトリオン兵そのものは原則として各騎士団のプラントで生成されるが、それらの開発や更新は主に教会のラボが行う。

 トリオン兵の動作プログラムなどは重要な軍事機密の為、騎士団の責任者が直接教会へと受け取りに赴かねばならない。

 

 別に教会までそう大した距離がある訳でもないが、人の仕事の尻拭いというのは、誰だって面白くないだろう。

 

「よければ私が行きましょうか? そろそろ一段落つきそうですし」

 

 すると、フィリアがそんなことを言いだした。

 

「ホント? ごめんなさい助かるわ。午後は従士の訓練に立ち会わないといけないから、体が空かずに困ってたの」

「いえそんな、直ぐに帰って手伝いますね」

「別に監督するのは一人で大丈夫よ。お昼もまだなんでしょ? こっちはいいから、ゆっくり休憩してらっしゃい」

 

 フィリアはデスクから立ち上がり大きく伸びをすると、同僚に挨拶をして執務室を出た。

 時計をチラリと確認すると、そろそろ昼休みに差し掛かろうという時間である。

 

 実は教会の話が出た時、少女の頭にピンと閃くことがあった。

 

(えっと、ちょっと急いだほうがいいかな……あ、先に顔を洗わないと)

 

 外見は威風堂々たる騎士のまま、胸の内は浮かれ気分で、少女はいそいそと砦を後にした。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 車窓から視線を上へと向ければ、教会の白く壮麗な外壁が聳え立っている。フィリアを乗せた車両は、丘を周るように敷かれた坂道を登って行く。

 

 騎士団の砦から教会までは車両で僅か数分程。丘を登りきると、目の前には壮麗な大門が現れた。

 だが、少女を乗せた車両は敷地内の側道へと進路を変えると、教会の横手にある関係者出入り口へと進む。聖堂内からも地下の研究所へと進むことはできるが、教会には一般市民の姿も多いため、出入りは基本的にこちら側から行う。

 

 それに、フィリアはエクリシアではそこそこ顔が売れてしまっている。出自から彼女を嫌う者もまだまだ多いが、まあ一般的には人気者といってもいいかもしれない。

 人見知りの気が抜けない少女は、なるべくなら市民に囲まれるような事態は避けたいと思っているため、関係者入口が設けられているのはかえってありがたい。

 

 駐車場に降りると、丁度昼を告げる鐘が鳴った。

 

「――」

 

 中天に輝く太陽が、白亜の鐘楼を眩く照らす。フィリアは目を細めて鐘楼を眺め、もう一度あそこから景色を見たいなと、ぼんやり思う。

 

 鐘の音に聞き入っていたのも少しのこと。少女は教会へ入ると、昇降機で地下の研究所を目指した。

 初めて来たときは迷ってしまった研究所も、今では目をつぶってでも歩くことができる程には慣れている。

 

 トリオン兵開発局へと顔を出し、更新プログラムを受け取る。職員と他愛ない雑談を一言二言交わすと、少女は早々に辞去した。彼らの昼休みを潰すのは忍びない。

 

(さて……)

 

 表向きの用事を済ましてしまったフィリアは、浮足立った子供のように、きょろきょろとせわしなく辺りを窺い始めた。

 サイドエフェクトの導きに従い、研究所を早足で進む。すると、

 

「あら、フィリアじゃない」

 

 ラウンジのソファに、絢爛たる黒髪の美女が腰かけている。(ブラック)トリガー「劫火の鼓(ヴェンジニ)」の担い手にして、三大貴族ゼーン家当主ニネミアだ。

 

「お疲れ様です。ニネミア様」

 

 少女は子犬のように美女へと近づき、気安く話しかける。

 曲がりなりにも他家の当主に馴れ馴れしすぎるが、当のニネミアに気にした様子はない。気位の高い彼女だが、友人と認めた相手には寛容である。

 

「ご休憩中でしたか?」

「見ての通りよ」

 

 ニネミアは端末を操作し投影モニターを消し去ると、フィリアへと向き直った。

 

 今日、教会の地下深くにある会議場では、各騎士団の総長が集まって、来期の戦略会議が開かれている。

 各騎士団が防衛任務に当てる(ブラック)トリガーと人員の選定。遠征に伴い教会から給付されるトリオンの分配など、紛糾する議題が山盛りである。

 

 丁度昼時分ということもあり、会議を一時中断とし、休憩になったのだろう。

 

「あなたこそどうしたのよ。教会に何か用事?」

「はい。訓練用モールモッドの更新プログラムの受領に」

「それ大分前に来てなかったかしら」

 

 二人は自然に距離を詰め、親しげに雑談を交わす。

 

 今回ゼーン騎士団は防衛任務の主力を担うことになっており、遠征は行わない。

 自国の防衛には最優先でトリオンと人材が回されるため、会議でも比較的楽な立場ではあったとみられる。

 

 ただ、彼女は騎士団と領地の運営という二重の責務を背負っている。尚且つゼーン家は先代当主戦没の折り、信頼できる腹心たちの多くを失っていた。

 先ほど端末を操作していたのは、些事を自ら部下に指示していたに違いない。

 地下階の会議室は、防諜の為通信制限がなされている。態々上階まで上がってきたのもその所為だろう。

 

 おくびにも出さないが、彼女の抱える心労と負担は相当なもののはずだ。

 

「……なによ、言いたいことがあるなら言いなさいな」

 

 じっと見つめるフィリアに、ニネミアが不服そうに問いかける。すると少女は、

 

「あの、諸々落ち着きましたら、また一緒にお買いものに御付き合いいただけませんか」

 

 懸命に絞り出したような声で、そんなことを言いだした。

 イリニ家に属する少女はゼーン家の問題に口を差し挟み、労苦を分かち合うことはできない。せめて友人として慰労したいと、彼女なりに考えた結果なのだろう。

 

「あなた……」

 

 ニネミアが驚きに目を開く。

 

 フィリアがエクリシアで最も過酷に己を追い込む修練者であることは、騎士団関係者の間ではもはや周知の事実となっている。

 

 親しく付き合いだしたのは最近の事だが、メリジャーナからそのことについて相談を受けたことは幾度となくあった。

 尋常ならざる取組姿勢と、実力に裏打ちされた早すぎる立身出世は、ノマスの出自と相まって、騎士団の者たちにある種の恐怖の念さえ植え付けたものである。

 

 そのフィリアが今、まるで普通の少女のように、自ら進んでニネミアを遊びに誘っているのだ。メリジャーナが聞けば、滂沱の涙を流して喜ぶに違いない。

 

「……随分と気楽な話ね。そんな心構えでイリニの遠征は大丈夫なのかしら?」

 

 だが、ニネミアはつんと澄まして憎まれ口で応える。

 

「ですから、全て終わってから、ということで。……約束を違えぬよう、奮励いたしますので」

 

 素直に喜びを表せる性質でないことは、先刻承知済みである。一先ず否定の言が出なかったことに、少女は安堵の笑みを見せる。すると、

 

「それに……あなた、その、大丈夫なの?」

 

 と、ニネミアが珍しく言葉を濁してそう尋ねてきた。

 漠然とした質問だが、フィリアは直ぐに意図を察した。

 

 来期の戦闘についてではない。砂塵の国アンモス、密林国家ダセイアは所詮小国であり、エクリシアの難敵たりえない

 ニネミアはその後に控えるノマスとの邂逅について、フィリアに戦えるのかと問うているのだ。

 他国人については強圧的な考えを持つ彼女だが、やはり友人の事は心配らしい。

 

「はい。私はイリニの騎士ですから。皆の盾となり、剣となる覚悟はできています」

 

 フィリアはニネミアの心遣いに感じ入ったように眼を瞑ると、胸に手を添え、決然とそう言い切った。

 

「そう。ならいいわ。先々予定が空いたら出かけることにしましょう。それに丁度いい機会だわ。かねがねあなたには、貴族のなんたるかをみっちり教え込む必要があると思っていたのよ」

「……どうぞ、お手柔らかにお願いしますね」

 

 騎士として、この国を導く貴族としての自覚が芽生えたフィリアに、ニネミアは艶やかな笑みを溢す。

 ほんの僅かの時間ではあるが、二人は取り留めのない会話を楽しみ、積もり積もった仕事の疲れを癒した。

 

「あの、そう言えば、うちのご当主様がどちらに居られるか、ご存知ではありませんか」

 

 ふと話が途切れると、フィリアがそんなことを言いだした。

 今日の会合には、当然イリニ家当主アルモニアも参加している。会議が再開していないなら、彼も教会のどこかで休憩している筈だ。

 激務続きで、伯父とはもう十日近く顔を合わせていない。

 

 実の所、フィリアがメリジャーナに代わって教会に来ると言い出したのは、アルモニアに会えないかという下心もあってのことだった。

 

「え、ああ、そう閣下ね。……あの人なら、まだ下の階に居るんじゃないかしら」

 

 すると、途端にニネミアは端麗な顔貌を伏せ、しどろもどろにそう答えた。

 戦場では誰より勇猛果敢に戦う戦姫も、懸想する相手には形無しらしい。

 

「――わかりました! ありがとうございます」

 

 フィリアはそんなニネミアを好ましく思うと、木漏れ日のような笑顔で礼を述べ、ラウンジを後にした。

 

 

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