WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の二 幕間 ノマスの覚悟 後編

 澄みきった蒼穹の下、地平の彼方まで広がるノマスの草原。

 緑の絨毯の上には、機動城塞都市が羊の群れのように寄り集っている。

 平原に臨む小高い丘陵から、眼下の光景を眺めている人影があった。

 

 佇立しているのは、褐色の肌に深い皺を刻み込んだ老人だ。真っ白な蓬髪に、顔の半分を覆う白い髭。一見すると老木のように物静かな雰囲気だが、前髪から覗く瞳は炯々と輝き、抜き身の刃のような光を放っている。

 

 彼はルーペス氏族の長カルクス。(ブラック)トリガー「凱歌の旗(インシグネ)」を有する、ノマス最古参の達人である。

 カルクスは鷹のような眼光で城塞都市を子細に検分している。都市の駆動に問題は無いか、城壁や兵装に異常は無いか。防衛計画に如何なる綻びも生じさせぬよう、外部から確認しているのだ。

 

「進捗はどうだ」

 

 とその時、老人が視線を動かさぬまま低い声で呟いた。

 何時の間に近づいたのか、カルクスの背後には、十五、六見当の少年が跪いている。

 

「監視網の構築および転送門の敷設、いずれも万事滞りなく」

 

 無感情な声でそう述べたのは、カルクスと同じルーペス氏族の少年カルボーだ。

 彼は同族の者を率いて、ノマスの国土のいたる所に監視装置と(ゲート)発生装置を敷設してきたのである。

 

 これらは敵の侵攻をいち早く察知し、また自軍を素早く展開するための仕掛けだ。

 ノマスは(ゲート)誘導装置を有していないため、敵軍は国土の如何なる場所にでも、好きなように部隊を送り込むことができてしまう。

 機動都市には(ゲート)遮断装置が搭載されているため、都市内部に直接に敵が乗り込んでくることはないものの、それでも敵が自在に部隊を展開できるのは重大な脅威である。

 

 敵がどの位置に出現したか、どのように動いているかを把握できなければ、防衛のしようもない。

 元々ノマスの国土にはある程度の監視網が築かれていたのだが、カルボーらはエクリシアの襲来に備え、それらをより一層強化したのである。

 

「そうか。では手の空いている者を迎撃装置の整備に回せ。人選は一任する」

 

 膨大な作業をこなした少年に労いの言葉一つ掛けず、老人は冷然とした口調で命令する。

 彼らルーペス氏族は、ノマスでもやや特殊な立場にある一族だ。

 元はドミヌス氏族に端を発するルーペス氏族は、長い年月を経るうちに国土の防衛を専任とする部族へと変化していった。

 

 彼らは物心がついた頃より訓練を施され、少年期にも差し掛かれば一廉の戦士へと育て上げられる。それも、ただ単に戦闘トリガーの扱いに秀でているだけではなく、トリオン工学は勿論のこと、敵地への潜入や諜報、工作活動至るまで、およそ戦争に必要な全ての技能を叩きこまれて成長する。

 ルーペス氏族は長年にわたってノマスの行く手を阻む敵を除き続けてきた武闘派の一族なのである。

 彼らは祖国と民の為ならば、眉一つ動かさずに敵を殺し、そして迷いなく死ぬことができる。

 

 一見すると冷酷無情にも見えるルーペス氏族の者たちだが、彼らはノマスに暮らす民からは格別の畏怖と尊敬とを以て遇されている。自国に住まう全ての民を、血を分けた尊い家族と見なすのは、ノマスの深奥に根差した美風だ。

 そしてまた、ルーペス氏族の者たちも民草の心を知るが故に、祖国への揺るぎなき忠誠を胸に抱くことができる。

 彼らは如何なる艱難辛苦にも耐え抜き、護国の役目を果たす最高の戦士たちなのだ。

 

「……どうした? 存念があるなら述べよ」

 

 報告を終えたにも関わらず未だ拝跪を続けるカルボーに、カルクスが背を向けたまま問いかける。

 エクリシア襲来を前にして、こなさねばならない作業は山積みとなっている。徹底した合理主義者として育てられたカルボーが、時間を無駄にするのは如何にも奇妙だ。

 何か別に報告すべき事柄があるのか、それとも提言があるのか。

 

「……テララの髪留めを、先生にお渡ししたく存じます」

 

 すると、カルボーは面を伏せたままそう言った。

 

 ――テララ。それはカルボーと共に育った、ルーペス氏族の娘の名である。

 若輩ながらも抜群の技量を身に着けたカルボーとテララは、ノマスのエクリシア侵攻に向けての工作活動の為、カルクスと共に一年も前から共に彼の国へと潜入していた。

 

 敵地での潜伏生活は並大抵の苦労ではなかったが、それでも彼らは己の職務に忠実に励み、敵防衛施設の破壊と、(ブラック)トリガー使いの排除という難行を成し遂げた。

 潜入部隊の活躍なくして、ノマスの攻撃部隊があれほどの大戦果を挙げることは不可能だっただろう。

 

 しかし、敵の(ブラック)トリガー使いとの戦闘で、テララは生身に弾丸を浴びて帰らぬ人となった。敵基地内での戦いだったため、遺体を回収することもできなかった。

 

「これを、遺髪と共に納めていただきたく……」

 

 そう言ってカルボーが恭しく取り出したのは、何の変哲もないバレッタである。

 エクリシアでの潜入生活に当たって、彼らは専用のトリガーを用いて姿形を全くの別物に変化させていた。

 

 この飾り気のない髪留めは、その潜入生活の折りに彼女が購入したモノだ。

 最初は只の偽装のつもりで買い求めたのだろう。けれども少女は一日と欠かさず、このバレッタを使い続けていた。

 言葉数の少ない少女であったが、琴線に触れるものがあったのだろう。カルボーは時折、テララがその髪飾りをじっと眺めていたことを知っている。

 

 しかし、彼女はエクリシアへと戦いを挑むその日。バレッタを身に着けることはしなかった。

 敵地で得た物を祖国に持ち帰るべきではないと考えたのか。それとも、物への執着が任務遂行を危うくすると考えたのか。少女が何を考えていたかはついぞ分からない。

 カルボーはテララの捨てた髪飾りを、何とは無しに懐へと収めていた。

 無事に任務を果たし、祖国へと帰還した暁には、彼女に渡してやろう。そんな軽い気持ちがあったのかもしれない。

 

 果たして、テララは二度とノマスの地を踏むことはなかった。

 ルーペス氏族の生き様を体現した少女は、トリオン体を失いながらも敵の主力と差し違えたのである。

 そうして、カルボーの手には髪飾りだけが残された。

 少年はその髪飾りを、少女の墓に入れてほしいとカルクスに頼んだのだ。

 

「…………」

 

 蓬髪の老人が振り返り、鋭い眼光で少年を射抜く。

 敵国への侵攻や、さらに危険な潜入任務が日常的に課されるルーペス氏族には、生前に一房の髪を国元に残しておく風習がある。遺体が祖国に帰らなかったとき、それが墓へと収められるのだ。

 テララの遺髪が眠る墓所に、せめて彼女が愛用していた髪留めを供えたいというのが、カルボーの抱いた願いであった。

 

「どうか、御認め下さいますよう」

 

 少年は深く頭を下げて、カルクスに頼み込む。しかし老人は目を眇めたまま、軽々には口を開かない。

 別段、墓所に遺品を納めることは咎め立てされるような行いではない。育ての親であるカルクスに相談するのは尤もなことだが、それとて二つ返事で了承されて然るべき話だ。

 ここまで重々しい会話になるのは、偏に時期の問題である。

 

「ならん。戦を控えしこの局面で、軽率な真似は出来ぬ」

 

 カルクスは固い声音でカルボーの願いを退けた。

 彼らは今、ノマスの墓所へと立ち入れない事情があった。

 

「万が一にも、彼の国に気取られる訳にはいかぬ。その髪留め、お前が確と預かっておけ」

 

 ノマスの民が眠る地下墳墓は、(マザー)トリガーにほど近い地中に設けられている。

 しかし現在、ノマスの民は(マザー)トリガーの近辺に立ち入ることを禁じられていた。

 それは、来たるエクリシアとの決戦に備えての策謀に関係する。

 

 (マザー)トリガーは近界(ネイバーフッド)に存在するあらゆる国家共通の弱点だ。これを落とされれば星の全機能が停止するため、何を差し置いても防衛せねばならない。

 国家の命運を賭けた戦争は(マザー)トリガーを巡って行われ、またそれ故に、近界(ネイバーフッド)の国々は星の心臓を護るために堅牢無比な城塞を築く。

 

 しかし、此処ノマスの場合は事情が異なっていた。

 通常は国土の中心に位置する(マザー)トリガーだが、ノマスの場合は違う。

 この国の(マザー)トリガーは如何なる城塞や兵隊にも守護されることなく、国土の何処かに人知れず埋まっているのだ。

 

 その正確な位置を知る者は、国中を探しても二十人といない。

 上部を大量の土砂で覆われ、茫漠と広がる草原の直中に放置された(マザー)トリガーを、目視で見つけ出すことはまず不可能だ。

 そして周辺の土中に幾重にも埋設された機器は、巨大なトリオン反応を完全に隠蔽することに成功している。

 

 国家の成立にまで遡る防衛策に基づき、ノマスは(マザー)トリガーの所在を徹底的に隠匿してきた。彼らは弱点を護るのではなく、隠し通すことで敵を遠ざけてきたのだ。

 エクリシアの逆襲が予想される現在、その所在を敵方に知らせかねないような行動は厳に慎まねばならなかった。

 これらの事情から、カルクスはカルボーの望みを退けたのだ。

 

「承りました。戯言を述べたることをお許しください」

 

 少年は平静な声でカルクスの決定を受け入れると、深々と頭を下げた。失意の色はない。彼としても、ノマスの国情は十分に理解している。己の言い分が通らぬことは予想していた。

 それでも彼がテララの遺品を墓所に納めたいと言い出したのには、理由があった。

 カルボーはノマスでもっとも勇敢なルーペス氏族の一員である。祖国の為ならば、命を擲つことに何の迷いも無い。

 来たるエクリシアとの戦いでも、少年は己の誇りに殉じる心積もりだ。

 

 しかし、もし己が死んでしまったら、誰がこの髪飾りをテララに返してやれるのか。

 幼少より共に育った少女。カルボーより先に祖国への義務を果たしたテララ。彼女の忠心に報いてやりたい。

 そう思うと居ても立ってもいられなくなった。カルボーは自分が生きているうちに、彼女の魂を慰めたいと強く思ったのだ。

 

「今だけだ。戦が終われば墓所を訪うことはできる。――その時は、お前が手ずから納めてやればいい」

「――!」

 

 面を伏せるカルボーに、カルクスがそう言った。

 常と変らぬ冷厳な声だが、その言葉の意味するところを理解した少年は、驚愕に目を見開く。

 ノマスの墓所は(マザー)トリガー近隣の地下に位置する。

 故に、その所在を知る者は各部族の長などの極一部の有力者に限られ、一般国民は墓所に立ち入ることができない。

 例えば葬儀の場合でも、式は一族郎党総出で行われるが、野辺送りは部族の長がひっそりと行うのが習わしとなっている。

 

 しかし、カルクスはカルボーに墓所へ参れと言う。

 ノマスの民の魂が安らう墓所、延いては星の心臓たる(マザー)トリガーの所在を知らせると言う事。これはカルボーを部族の跡目として扱うことに他ならない。

 

「テララは本当によくやってくれた。我らには命を賭しても為さねばならぬことがある。だが、生き延びて国に尽くすことも、より困難な戦いであると知れ」

「――お心遣い、深く感じ入りました。そのお言葉、確かに胸に刻みます」

 

 どこか寂しげに告げるカルクスに、カルボーは肩を小さく震わせながら、掠れた声でそう答えた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 地平の果てに、太陽が沈もうとしている。

 藍を流したような紺碧の空が、夕日と混ざり合って鮮やかな藤色に染まっていく。

 どこまでも広がる草原を吹き抜ける風は、早くも夜の冷気と湿り気を帯びている。

 濃密な、それでいて爽やかな緑の香りが鼻を突く。ノマスに暮らす全ての民が、生まれた時からずっと慣れ親しんできた祖国の香りだ。

 

 平原の上に立つ三百メートル級の起動城塞都市。ドーム状の堅牢な外殻の頂点、七十メートルにも及ぼうかと言う吹きさらしの高所に立っているのは、三十半ばほどの年齢の、筋骨たくましい褐色肌の壮漢である。

 彼、アーエル氏族のマラキアは、高所を吹き荒ぶ風に身を晒しながらも、泰然とした面持ちで沈みゆく夕日を眺めている。

 

「……よし」

 

 暫し美しい光景に心を奪われていた男性であったが、やがて我に返ると、手元の計器に視線を落とし、砲門の稼働状態の確認作業に戻る。

 そして仕事を終えたマラキアは、屋内に戻るべく外壁を移動し始めた。

 

 機動城塞都市のドーム状の外壁は、採光と換気の為に上層部の開閉が可能になっている。

 楕円状に大きく開け放たれた開口部から、マラキアが都市内部へと飛び降りた。

 都市の上層デッキは市民の為の居住区画に当てられている。巨大な集合住宅にも似た建物の屋上に着地したマラキアは、さらに柵から身を翻し、階下へと跳躍する。

 

 宅地を繋ぐ空中回廊の上に、マラキアは猫のようにしなやかな身のこなしで降り立つ。

 夕暮れ時にも関わらず、辺りに人の姿はまったく見えない。廃墟のように閑散とした居住区を、彼は静かに見渡す。

 

 エクリシア攻略に膨大な量のトリオンをつぎ込んだノマスは、国内に備蓄していたトリオンの殆どを使い切ってしまっていた。

 人的資源であるトリオンは、その国に住まう人間が無事であれば時と共に補充される。しかし、エクリシアの逆襲が確実視されるこの時期に、悠長にトリオンを溜めている時間は無い。

 

 ノマスは対応策として機動都市の幾つかを解体し、都市を構築していたトリオンを国土防衛に回すことを決定していた。

 今マラキアが作業を行っていた「スタブルム号」並びに「ウィークス号」「ポーンス号」が解体される三都市となっている。

 

 解体作業は以前から行われており、ここに住まう住民は、既に他の機動都市へと立ち退いている。

 家畜や家禽、市民が所持する動産は全て持ち去られており、また中層部、下層部の機材もとっくに搬出済みだ。都市の内部には何も残されておらず、ここで数多くの人間が暮らしていたという痕跡は、もうどこにも見付けることはできない。

 

 ノマスでは比較的小さな部類の都市とはいえ、構築に用いられているトリオンは半端な量ではない。これらを転用すれば、十分に防備は整うだろう。

 とその時、マラキアは伽藍堂の都市に響く微かな足音を耳にした。

 

「どうだ。朝までには片付きそうか」

 

 吹き抜けの真下。居住区の最下層の広場に悠然と現れたのは、白髪の偉丈夫レクスだ。

 マラキアは回廊から飛び降りると、ノマスの盟主たる男に歩み寄る。

 

「粗方トリオンに還元しておいたし、カーラビーバの卵も一応仕込んでおいた。後は最終調整だけだ。何とか間に合うだろう。……忙しいだろうに、態々尻を叩きにきたのか?」

 

 マラキアはそう言って、軽く肩をすくめて見せる。

 彼とレクスは幼少時よりの友人で、気の置けない間柄である。人前ではレクスの立場を尊重する為謹直な態度をとるが、二人だけならば肩肘を張る必要はない。

 

「当然だ。お前が作業を終えねば兵が揃わない。エクリシアが攻め寄せて来るまで日が無いからな」

 

 レクスは重々しげにそう言って、彼には珍しいことにため息までつく。

 

「レグルス待ちだ。「万化の水(デュナミス)」が無ければ仕上げができないからな」

 

 マラキアはそう言って、広間のベンチに腰を据える。

 機動都市をトリオンに還元するには、「万化の水(デュナミス)」を用いるのが最も効率がいい。

 とはいえ、都市全てを溶かしてしまう訳ではなく、解体するのは戦闘に不要な区画のみである。駆動系と迎撃システムは残しておき、量産型自律トリオン兵デクーに操作させ、都市そのものは戦闘に参加させる。

 

 無人の機動都市は何かと使い道がある。囮や盾にしても問題ないし、いざとなれば敵に突っ込ませて自爆させてもいい。

 都市には「万化の水(デュナミス)」の機構を用いた仕掛けが施してあり、遠隔操作で都市をトリオンに還元することもできる。戦闘中にトリオンの備蓄が切れれば、その時点で都市を丸ごと溶かしてしまっても構わない。

 

「ユウェネスが使えぬ以上は仕方ないが、作業は遅らせられん。マラキア、息子の補佐を頼む」

 

 レクスはベンチの前へと歩を進め、信任厚い副官にそう言う。

 (ブラック)トリガー「万化の水(デュナミス)」はあらゆるトリオンを自由自在に変形させることができるが、その機能を十全に活用するためには、起動者にトリオン工学の深い知識が求められる。

 

 いわば研究者向けのトリガーであり、戦闘員としての訓練しか受けていないレグルスでは、どうしても扱いかねてしまう。マラキアは技術方面にも明るいため、少年の足りない知識を補ってやることができるのだ。

 

「レグルスはあの歳でよくやってくれてる。偉い子だよ、本当に」

 

 マラキアがしみじみとそう呟く。

 少年の昨今の働きぶりは目を見張るほどだ。レグルスは若輩ながらも堅実で迅速に仕事をこなし、誰よりも成果を上げている。

 

 そしてまた、少年の明るく人好きのする性格は、ノマスの全ての民から愛されている。気難しい族長たちですら、少年の誠実さには篤い信頼を置いているほどだ。

 

「まだ子供だ。アレには学ばねばならんことが山ほどある」

 

 息子が褒められているにも関わらず、レクスは眉間に皺を寄せてさもつまらなさそうに言う。レグルスの能力を認めていないのではなく、そんな子供を使わざるを得ない状況を、やるせなく思っているのだろう。

 

「ああ。だからこそ、護ってやらないとな」

 

 マラキアはそう言って、レクスを力強い眼差しで見つめる。

 

「子供たちは国の宝だ。これからノマスを引っ張っていくのはあの子たちなんだからな」

「……ああ」

 

 レクスは短く首肯して答えると、広間の向こうを見遣る。

 耳を澄ませば、中層階に繋がる階段から、息せき切らせて駆けてくる足音が聞こえる。

 

「すみませんマラキアさん。遅れちゃいました!」

 

 猛スピードで広間を走ってきたのは、先ほどまで話題となっていた白髪金瞳の少年だ。

 

「――って、父さん!?」

 

 レグルスはそこにレクスの姿を見付けると、驚愕も露わに急ブレーキを掛けて立ち止まる。

 レクスはノマスを導く厳格な為政者にして、近界(ネイバーフッド)でも最高峰の戦士である。また、家庭では、口数が少ないながらも少年を常に気に掛けてくれる優しい父だ。

 憧れの父に無様な姿を晒してしまったと、少年は緊張に身体を強張らせる。しかし、

 

「マラキアが段取りを整えている。彼の言うことをよく聴き、仕事に励め」

 

 レクスはそう言って、息子の前をさっさと通り過ぎてしまう。

 

「――は、はい!」

 

 大慌てで返事をするレグルスに、父は振り返りもせず無言で去っていく。

 その後ろ姿を、マラキアは苦笑を浮かべて見送る。あれで息子への照れ隠しのつもりなのだろう。不器用な父親である。

 

「――? どうしたんですかマラキアさん?」

「いや、なんでもないよ。早速で悪いけど、始めようか」

 

 きょとんとした様子のレグルスに、マラキアはそう誤魔化して指示を与える。

 ノマスの明日を繋ぐため、今は一刻も早く作業を進めなければならない。

 

 

 

 

 

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