WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の七 突破口 草原の国で

 計器類が整然と並ぶ広大な一室。

 ドミヌス氏族が持つ最大の機動都市「パトリア号」の操縦室にして、エクリシアに対する戦闘指揮所を兼ねるその部屋には、各部族を束ねる長老たちが一堂に会していた。

 

「以上が、今朝までの戦況推移の概要です」

 

 戦闘映像と諸々のデータを映しだす投影モニターを背にして、白髪金瞳の少年レグルスは、凛然たる面持ちでそう告げる。

 現在、指揮所では族長たちを相手に、ノマス国防軍による戦況の説明が行われていた。

 

「エクリシアは我が領内に堡塁を建造し、それに籠っています。これは遠征艇を本国に戻し、さらなる物資、兵器を輸送するためと予想されます。我が方は軍を繰り出し、攻撃を仕掛けていますが、現在のところ確たる成果は上がっていません」

 

 神妙な空気の中、揃って険しい表情をする古老たちを相手に、レグルスは毛ほどの気おくれも見せず、堂々たる態度で議事を進行する。

 

 エクリシアがノマスに兵を進めて早十日余り。戦況は完全にこう着していた。

 勿論、時間切れによる撤退を狙うノマスにとっては、望み通りの展開である。

 敵勢は何とか機動都市を捉えようと策を巡らせているが、ノマスは陽動や偽装には見向きもせず、ただひたすらに広大な草原を逃げ回っている。

 またそれだけではなく、ノマスはエクリシア勢の依る堡塁に、昼夜を分かたず散発的な攻撃を仕掛け続けている。

 

「ルーペス氏族の潜入作戦が失敗して以来、襲撃はトリオン兵のみで行っています。流石に敵の防備を破ることはできませんが、擾乱攻撃としては十分な成果を上げています」

 

 エクリシアの弱点は人員の少なさだ。

 トリオン体での活動は肉体に負荷を掛けないが、脳や精神は別だ。限られた人員で陣地を防衛せざるをえない敵に、執拗な攻撃は覿面な嫌がらせになる。

 そういった事態を避けるため、遠征を仕掛けた側は船に籠って機会を窺うのだが、今回エクリシアは敵地に陣地を築いた。

 接触周期が短く、継続的に戦争を行えるならまだしも、エクリシアがノマスに堡塁を築くメリットは皆無である。増援を運ぶべく船を本国へと戻したに違いない。

 

「いずれにせよ、彼らは必ず仕掛けてきます。軌道が離れるまであと五日足らず。ここからが正念場です」

 

 このまま敵が黙っているはずがない。とレグルスが断言する。

 続いて、少年は国防軍が立てたエクリシアへの方策を示し、族長たちに懇切丁寧に説明していく。

 明朗な弁舌と、頼もしげな態度で作戦を説明するレグルスに、族長たちが感心の視線を向ける。

 そうして数十分後、会議は平穏裡に終了した。

 退室する族長たちを見送ると、レグルスは大きく息を付く。

 

「ふう、き、緊張した……」

 

 先ほどまでの凛とした姿はどこへやら。少年はオペレーター席に力なく腰掛け、肩をがっくりと落とす。

 

「格好良かったぞ、レグルス。もうお父さんの代わりが立派に勤まるな」

 

 笑いを含んだ声でそう語りかけたのはマラキアだ。

 レグルスの父、レクスの盟友である彼は、疲労困憊の少年の肩を労うように叩く。

 今回の会議にレクスは参加しておらず、本来の肩書ならマラキアが会議を取りまとめる筈だったのだが、何を思ったか彼は急きょレグルスにその役を命じたのだ。

 

「茶化さないでくださいよ。僕なんかができる訳ないじゃないですか」

 

 何とか議事進行を成し遂げた少年は、口を尖らせて非難がましくそう言う。

 現在、指揮所にはドミヌス氏族とその縁の者しかいない。峻厳なレクスが居るならともかく、身内だけならば多少は緊張を解いても許される。

 

「でも実際、エクリシアの戦力は脅威ですよ。特に(ブラック)トリガーの性能は桁違いです。軍勢を整えて、本気で攻勢に出られたらどうなることやら……」

 

 マラキアと二、三他愛ない会話をしていたレグルスは、急に改まった様子でそう言った。

 先ほどの会議では、族長相手に戦局は万事順調に推移していると説明したが、勿論そんな都合のいい展開ばかりではない。

 初手に送り込んだルーペス氏族の決死隊は苦も無く蹴散らされ、危うく捕虜を取られるところだった。それ以降はトリオン兵のみでの襲撃に切り替えたが、送り込んだ兵隊の悉くが撃墜されている。

 

「「悪疫の苗(ミアズマ)」で強化したクリズリまで簡単にやられてるんですよ。エクリシアの騎士がそこまで強いなんて、流石に想定外です」

 

 ノマスのトリオン兵団を撃退したのは、エクリシアが誇る(ブラック)トリガーたちである。

 彼らの戦闘力は、正に異常の一言に尽きた。雲海の如きトリオン兵を単騎で薙ぎ払い、それどころか強化された高性能トリオン兵さえ一蹴してのける。

 万軍にも匹敵する戦力を持つ彼らが一斉に挑みかかってくれば、ノマスといえども確実に勝てる保証はない。

 

「そのために、色々と手を打っているんだろう? トリオン兵での嫌がらせだって悪い手じゃない。疲労がたまれば判断力も鈍る。敵の失策を誘うこともあるかもしれない」

 

 不安気なレグルスを励ますように、マラキアがそう言う。

 

「どちらにせよ、今は敵の出方待ちだ。我々は万全の備えで迎え撃つしかない。……レグルスも少しは休んでおかないと、有事の時に動けないぞ。今日はもう下がりなさい」

「はい。了解しました」

 

 マラキアに促され、レグルスは椅子から立ち上がった。緊張と責任感から目がさえ、とても眠れそうにないが、それでも休める時には休んでおかねばならない。

 

「君もそろそろ休め。倒れられてはたまらないからな」

 

 するとマラキアはそう言って、オペレーターデスクに座る栗毛の女性にも声を掛けた。

 シビッラ氏族のモナカである。会議で投影モニターを操作していたのが彼女であった。

 モナカはそもそもトリオン兵の指揮が仕事なのだが、それ以外にも率先して仕事を求め、指揮所に入り浸っている。

 (ブラック)トリガーの担い手でもある彼女を酷使する訳にもいかないが、本人が乞うて働くのだから下の者には止めようがない。

 そんな彼女を見かねて、上役のマラキアが声を掛けたのだ。

 

「え……」

 

 しかし、当のモナカは呼びかけられたことに今更気付いたようで、呆然と声の主を探している。

 

「休めと言っているのだモナカ。君には明朝までの休息を命じる」

「あ……ええ、はい」

 

 マラキアに再びそう告げられ、彼女はようやく席を立つ。

 

「モナカさん、どうかされましたか?」

 

 どこかおぼつかない足取りの女性に、レグルスが心配そうに歩み寄る。

 激務の所為か、モナカは明らかに体調が優れないようだ。目元には濃い隈が浮かび、心なしかやつれているようにも見える。

 

「大丈夫、何でもないわ。平気よ……」

 

 そんな少年の気遣いを拒むように、モナカは曖昧に笑うと足早に指揮所を出て行った。

 

「モナカさん、どうしちゃったんでしょうか……」

 

 残された少年は、困惑した様子でその背を見送るばかりであった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 モナカは殺風景な通路を力なく歩み、指揮所から研究区画内の自室へとたどり着いた。

 トリオン承認でロックを解除すると、自動で戸が開く。

 さして広くもない室内は、研究開発に用いる様々な機材で埋め尽くされており、身体を横にしなければ通れないほどに狭い。

 部屋の奥には仮眠用のベッドが設えられているのだが、モナカは仕事用の椅子に腰かけると、デスクに突っ伏した。

 

「…………」

 

 数拍の沈黙の後、彼女の指は無意識の内にデスクをさ迷い、コンソールのキーに触れる。

 途端に、待機状態であった機械が目を覚まし、各種モニターが明かりを灯した。

 現れたのはエクリシアの兵器群に関する報告書や、それに応じたノマスのトリオン兵の動作プログラムの更新案など、作業途中の仕事の山だ。

 いくつものモニターに津波のような情報が示される中、モニカが一心に眺めているのは、目の前にある小さな記録映像だ。

 

「……ありがとう。本当に、お姉ちゃんとっても嬉しい!」

 

 画面の中では、褐色肌をした少女が輝く笑みを浮かべている。

 何度となく視聴したフィリアの記録映像を、モナカはまったく無意識の内に再生する。

 親友の面影を強く感じさせる少女の、幸福に満ちた過去。

 それを眺めながら、モナカは鉛のように重いため息をつく。

 

「今更、後悔を感じているのですか」

 

 とその時、明朗な女の声が暗い沈黙を断ち切った。

 

「――っ!」

 

 項垂れていたモナカが勢いよく頭を上げ、声の出所を探る。

 声の主は執務机の奥、機械類が鎮座する一画に居た。

 

「状況の説明を求めます。シビッラ氏族、クレルスの子モナカ」

 

 エクリシアで鹵獲した自律型トリオン兵ヌースが、感情の無い声でそう告げる。

 

「……私も相当疲れているのね」

 

 モナカは慌てて計器類を確認し、自嘲気味にそう呟く。

 休眠状態であったはずのヌースが目覚めたのは、モナカの誤操作の所為だ。コンソールを触る内に、ヌースにトリオンが供給されてしまったらしい。

 幸い、躯体の制御機能は停止させたままなので、ヌースは身動ぎ一つすることもできない。暴走を許して都市内に被害を出させずに済み、モナカは安堵の息を吐く。

 

「今の所、あなたに用はないわ。眠りなさい」

 

 モナカはコンソールを操作し、ヌースへのトリオン供給を遮断しようとする。必要な情報はすでに粗方回収し終えており、強いて彼女を稼働させる理由はない。無様な姿を見られたが、置物にしてしまえば特に問題はない。だが、

 

「恨み言を耳にするのが怖いのですか?」

 

 ヌースは冷淡な声で、モナカにそう問いかけた。

 

「――な、なにを……」

「会う機会には恵まれませんでしたが、貴方の事はレギナから詳しく聞かされていました。最も、想像していた印象とは大きく異なりますが……」

 

 抑揚のない声でまくしたてられ、モナカの手が止まる。

 思えば、このトリオン兵はレギナに最も近しい存在かもしれない。データを吸い出しに忙しく、まともに会話もしなかったのだが、モナカはヌースに俄然興味を抱いた。

 

「機械人形の癖に、随分感情的なセリフを吐くのね?」

 

 トリオン兵とは使い捨ての兵器でしかない。自律型トリオン兵といえどもそれは同じだ。それどころか、過酷な戦場に於いては情緒など無用の長物に過ぎない。戦闘機械に要求されるのは、冷酷なまでの合理性だ。

 ノマスが開発した量産型自律トリオン兵デクーも、情緒を再現するような機能は排除している。そもそも思考機能を搭載するだけでも難事なのに、そこに人間のような自由意思と情緒を組み込もうというのは、技術的にも極めて難しい試みだ。

 

「そう振る舞えるよう、レギナが私を造りました」

 

 だが、眼前に転がる人形兵は、自らの意思と感情を誇るようにそう言う。

 

「レギナは私に戦いを望みませんでした。彼女から頼まれたのは只一つ。娘の友達になってほしいとの願いでした。感情を与えられたのも、それ故です」

「なら、私たちのことも当然恨んでいるのでしょう。悪態など聞かされたくないわ」

 

 モナカは改めて椅子に座り直し、諦念の混じったような声で呟く。

 

「知りたいのは、私の家族の消息です」

 

 するとヌースは粛々とした様子でそう問いかける。

 彼女は聖都防衛戦時、サロス、アネシス、イダニコらを連れて避難を行っていた。しかし、ノマスのトリオン兵団に捕捉され、子供らを逃がして囮となって奮戦した。

 勇戦するも衆寡敵せず、損傷してノマスの虜になってしまったヌースは、子供たちがどうなったかを知らない。

 

「先の遠征では殆ど捕虜を取っていないのよ。あなたの家族の安否など、私たちが関知するところではないわ」

 

 とはいえ、モナカにしても答えられる問いではない。

 あの混戦の最中、子供数人の行方など知れたものではない。生きているか死んでいるかは分からないが、どちらにせよノマスには居ないとしか答えようがない。

 

「ただ……付け加えるなら、フィリア・イリニはおそらく無事よ。私たちが撤退する間際まで、彼女は戦闘を続けていたわ」

「情報提供に感謝します」

 

 モナカの囁くような返答に、ヌースは固い声で謝辞を述べる。

 そうして再び、室内には重い沈黙が立ち込める。

 

「……話はそれで終わりかしら? あなたのお友達が生きていて満足?」

 

 淀んだ空気を嫌うように、どこか苛立った調子でモナカがそう尋ねる。

 しかしヌースはトリオン兵ならではの冷静さで、

 

「交換条件を提示します。私を家族の下に返してくれるなら、あなた方の要請に一つ応えましょう」

 

 と、そう言った。

 

「囚われの身で何を言い出すの? 私たちが一体あなたに何を求めると言うのよ」

 

 思いがけない申し出に、モナカが頓狂な声で聞き返す。

 しかしヌースは泰然とした様子で、

 

「内蔵データは取りだせたようですが、私の機構の解明にまでは至っていない様子。私なら、それを提示することも可能です」

 

 と、そう主張する。

 

「――っ!」

 

 その言葉に、モナカは顔色を変える。

 ヌースは未知のトリオン技術の集合体であり、革新技術の宝庫だ。当然、モナカはありとあらゆる手法で調査を行ったのだが、肝心要の内部構造と人工知能については完全なブラックボックスで、とうとう解析することができなかった。

 不世出の天才エンジニア、レギナが全霊を込めて創り上げたヌースを再現するのは、今のノマスの技術力では不可能だ。

 しかし、ヌース自身が協力するというのなら、話は違う。

 

「……あなた、分かっているの? それは明白な利敵行為よ。自分の国を売るつもり?」

 

 モナカは底意の読めないヌースの言に、幾ばくかの嫌悪とあからさまな懐疑を混ぜた表情を浮かべる。

 

「私は家族の味方です。あの子たちの命と心を救えるのならば、事の是非は問いません」

 

 しかし、ヌースは飽く迄も冷静にそう告げる。

 

「…………」

 

 モナカは暫し黙考する。

 ヌースの機構を解明できれば、ノマスのトリオン兵技術は飛躍的な進歩を遂げるだろう。

 人間の代わりが務まる自律型トリオン兵は、近界(ネイバーフッド)の戦争を根本から変えかねない革新的な兵器である。人員の絞られる遠征は勿論、ノマスのように国土に比べて人口の少ない国なら防衛部隊の代わりにもなる。その有用性は計り知れない。

 

 しかも、ヌースの演算能力は他のどの人工知能と比べても桁違いに優秀だ。トリオンさえあればいくらでも機能を増幅できるというのだから、理論上は彼女一体で戦場にある全てのトリオン兵を操縦させることもできる。

 技術者として、国を護る戦士としては、一も二も無くこの提案に乗るべきだろう。だが、

 

「悪いけど、それは無理ね」

 

 モナカはふいと視線を虚空に向け、気の抜けた声でそう言う。

 

「どれだけ時間がかかっても、あなたが手元にあれば解析は進められるわ。それに何より、あなたがエクリシアに接触することはできない。彼らはこの地を這いずり回った挙句、散々に苦杯を舐めて、祖国に逃げ帰るのよ」

 

 モナカは嘲りを込めてそう嘯く。だが、

 

「ということは、エクリシアはこの国に攻め入っているのですね」

 

 ヌースが冷や水を浴びせるように問う。

 モナカは苛立った様子を見せるが、暫く沈黙を挟んだ後、

 

「……少しだけなら、まあいいでしょう。あなたも諦めが付くでしょうし」

 

 そう言って、防衛戦の現在までの戦況をヌースに説明し始めた。

 

「どう? わかったかしら。彼らは私たちの都市には指一本触れることはできないわ。もう軌道が離れるまで時間もない。結局彼らは尻尾を巻いて逃げ帰るしかないのよ。――だから、あなたも家族に会うなんてできやしない」

「…………」

「恨みたければ恨みなさい。でもね、家族と引き裂かれたのは、あなただけじゃないのよ」

 

 モナカの切実な声が、狭い部屋に反響する。

 ヌースはそれ以上何も問い掛けず、何かから逃れるかのように仕事を始めた彼女を、ただ黙って見つめ続けた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 エクリシアがノマスに建築した堡塁。戦場に必要な設備しか整えられていない砦は、どこもかしこも飾り気のない壁で覆われている。

 堡塁の内部に設けられた遠征の指揮所。

 殺風景な大広間では、現在ノマス攻略のための作戦会議が開かれていた。

 

「――以上の理由から、ゼーン騎士団はトリオン兵団による上述地点での(マザー)トリガー探索を実行します」

 

 居並ぶ騎士たちを相手に凛呼とした声でそう告げるのは、艶やかな黒髪の美女ニネミア・ゼーンだ。

 本国から補給物資を携えて戻った彼女は、その日の会議で開口一番に兵を繰り出すことを提言した。

 

「それは、しかし……本当に確かなのか?」

 

 議事を進行していたフィロドクス騎士団のジンゴが、訝しげに呟く。

 ニネミアの突飛な提言に、遠征部隊の面々は困惑を隠せない様子だ。そして、そんな彼らをさらに驚かせたのは、突如として会議の席に現れた少女の姿だ。

 

「事実かどうかは、イリニ騎士団の方々がよくご存じでしょう。どちらにせよ、我々に手を束ねている時間はありません。こうしている間にも、血にも等しい時間は失われ続けているのですから」

 

 ニネミアの堂々たる弁に、騎士たちは返す言葉が見つからない。そして彼らは胸中の疑念を代弁するように、ニネミアの後ろに佇む少女――フィリア・イリニを見遣る。

 

「……まず、我が騎士団のフィリアが何故この場所にいるか、説明を願いたい」

 

 とその時、冷え冷えとした声が困惑した会議室に響いた。

 

「療養中であった筈の彼女を、何故ゼーン騎士団は我らに断りなく戦地へと連れてきたのか。これは明確な協定違反ではないか」

 

 あくまで平静な様子で、しかし聞く者の心胆を寒からしめる声でそう言ったのは、イリニ騎士団総長アルモニア・イリニだ。

 無骨な椅子に腰かけた金髪緑眼の偉丈夫は、ゆっくりと腕を組むとニネミアに鋭い視線を送る。

 

「私が本国へと戻ったのは、必勝を期するための物資、人材を整える為。先の会議でそう決まったではありませんか。私はその任を果たしたにすぎませんわ」

 

 しかしニネミアはアルモニアの威圧に微塵も怯むことなく、冗談めかしてそう答える。そして、

 

「加えて言うなら、我らこそイリニ騎士団に問い質すべきことがありますわ。フィリア・イリニの有する(ブラック)トリガー、そして「直観智」のサイドエフェクト。戦略そのものを覆しかねないこれらの大事を、なぜあなた方は秘匿なされたのですか?」

 

 と、ニネミアは眦を決してアルモニアを問い詰める。

 彼女にはこう着した戦況を打開する方策があった。

 それをもたらしたのは、遠征に同行することになったフィリアだ。

 

 補給物資を満載してノマスへ向かう道中、現在までの詳細な戦闘記録に目を通していた少女は、突如としてノマスの(マザー)トリガーの位置が判明したと言い出した。

 突拍子もない主張に、ニネミアは又してもフィリアが精神の平衡を崩したのではないかと心配したのだが、少女は至極冷静な口調で戦局を覆す方策を口にする。

 

 そこで初めて、ニネミアはフィリアの持つサイドエフェクト「直観智」の存在を知った。

 少女の有する超感覚は、草原を動き回る機動都市の軌跡を目にするや、彼らが最も遠ざけたがっている(マザー)トリガーの位置を即座に明らかにしてみせた。

 フィリアが報せた地点は広大な草原の数キロ四方という大雑把な区切りでしかなかったが、それでも戦略を根本から変更せざるを得ない情報である。

 

 あまりに都合のいい展開に、ニネミアはフィリアが虚言を弄しているのではないかと疑ったのだが、少女は底なしの虚のような瞳で、己の情報が誤りでないことを告げるのみ。

 少女に宿った超抜のサイドエフェクト「直観智」については、その有用性と危険性から、存在を知るのはイリニ騎士団でも一部の幹部のみである。ニネミアが俄かには信じられなかったのも無理からぬことだ。

 

 だが、フィリアは己の言が認められていないことを知ると、二三他愛のない実例を挙げ、その能力を実証して見せた。

 これには流石のニネミアも納得せざるを得なかった。

 

 そもそも少女の性格からして、戦地で冗談を言うようなことは考えられない。歳に見合わぬ優秀さと、歪ながらも大人びた精神もまた、サイドエフェクトの持ち主に共通して見られる性質だ。

 こうして対ノマス最大の切り札を得たニネミアは、早速会議の席でそれを提示したのだ。

 

「騎士フィリアのサイドエフェクトについては認めよう。……だが、彼女をここに連れてきた説明にはならない。彼女はとても戦地に臨める状態ではなかった。故に国元に残したのだ」

「それなら、今の騎士フィリアは問題ないでしょう。体調はまだ万全ではないようですが、意気軒昂で、直ぐにでも戦地を踏みたいと望んでいますわ」

 

 明らかに咎める様子のアルモニアに、ニネミアは何の痛痒も感じていないかのように嫣然と答える。

 理由はともかく、所属の違うフィリアを断りもなしに連れてきたのだから、これは完全にニネミア側に非がある。

 ともすれば遠征部隊が空中分解しかねない火種だが、彼女は徹底して少女の肩を持つ腹積もりであった。

 

 フィリアには復讐の機会が与えられるべきだ。と彼女は考えている。

 アルモニアが少女を戦地に立たせたくない理由は良く分かる。しかし、ニネミアはフィリアの友として、万難を排してもその願いを叶えてやる所存だ。

 そんな彼女の思いに気付いているのか、当のフィリアはニネミアに全てを任せ、顔を伏せてただじっと立ち尽くしている。

 

「……ともかく、今更送り返す訳にもいくまい。建設的な話をせねばの」

 

 ニネミアとアルモニアがいよいよ険悪な雰囲気になりかけたところで、軽妙な口調で言葉を差し挟んだのは、滝髭の老人、クレヴォ・フィロドクスだ。

 遠征の総指揮官を務める彼の発現には、然しもの二人も耳を貸さねばならない。

 

「騎士フィリアのもたらした情報が確かなら、言い争っておる場合ではあるまい。今我らが考えるべきは、ノマスを如何にして打ち破るべきかじゃ。協定云々の話は国元に帰ってからでも遅くはないだろう」

「クレヴォ翁、それは……」

 

 実質的にはニネミアの側に立つクレヴォの発言に、アルモニアは眉を顰める。

 とはいえ、ニネミアの提言には戦略としての過りは無く、これ以上反論するべき理由は見当たらない。

 

「わかった。偵察は承認しよう。イリニからも兵を出す。ただし、騎士フィリアを前線に送る訳にはいかない。彼女には砦での待機を命じる」

「……感謝いたしますわ。閣下」

 

 フィリアの参戦については、流石のニネミアでも口を差し挟むことは難しい。一先ず偵察部隊を繰り出すことで話が纏まったところで、会議は終了となった。

 部隊を率いるニネミアは諸々の準備に取り掛かるため、会議室を足早に後にした。

 

 去り際に、彼女は横目でフィリアの表情を窺う。

 少女はその視線に気付くと、目礼して感謝の意を示した。出立の際に見せた激情は、湖面のように凪いだ表情からは読み取れない。

 

「先陣は私が切るわ。あなたも自分に出来ることをなさい」

「はい」

 

 ともあれ、ようやく戦争が始まる。ようやくノマスに牙を突き立てることができる。ニネミアは目の前の任務を成し遂げる為、意識を切り替えた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 雲一つない夜空に、近界(ネイバーフッド)の星々が煌めいている。

 宝石を散りばめたような満天の星の中、一際大きく見えるのは聖堂国家エクリシアの惑星だ。祖国が負った深い傷もここからでは見えず、幻想的なまでに美しい惑星の輝きが、夜を明るく照らしている。

 

 そんな絶景も、フィリアの胸には何の感慨も呼び起さない。

 城壁の上に立つ少女は、鋭い双眸で風に波打つ夜の草原を見詰めている。

 

 既にニネミアの率いる偵察部隊は堡塁から出撃した。目的地付近にはマーカーを設置できておらず、(ゲート)での移動は不可能だが、騎士の速度なら小一時間もかからずにたどり着くだろう。

 少女が見据えているのは地平の果て、草原の海の遥か彼方に存在する怨敵の姿だ。

 

「――」

 

 とその時、じっと風景を睨んでいたフィリアが軽やかに反転した。

 暗闇の中、城壁の通路の上を歩いてくる人影がある。

 ゆっくりとした歩調で少女の前に現れたのは、アルモニア・イリニだ。

 

「何故、来たんだ」

 

 アルモニアは少女の眼前に立つと、固い声でそう問う。

 

「もちろん、戦うためです」

 

 真正面から詰問されたにも関わらず、少女は躊躇いも無く即答する。

 

「必ずやお力になります。どうぞ、私も戦列にお加えください」

 

 そしてフィリアは逆にアルモニアを見詰め返し、そう懇願する。

 

「駄目だ。お前を戦場に出すつもりはない」

 

 しかし、アルモニアは冷ややかな声で少女の願いを切って捨てる。

 

「……いくらご当主様の決定とはいえ、皆様は納得なされるでしょうか」

 

 すると少女は、別段ショックを受けた様子も無く、平然とそう口にする。

 ノマスの地を踏んだ以上、フィリアも重大な戦力の一つである。ただでさえ物資、人員が限られる遠征で、(ブラック)トリガーを有し、聖都防衛線では赫々たる戦果を挙げた少女を戦場に出さないなど考えられない。

 

 たとえアルモニアが拒んでも、他の騎士団の面々は納得しないだろう。

 また、彼は騎士団の総長である。公私の峻別を付けねば、下々の団員に示しがつかない。

 どちらにせよ、アルモニアは折れざるを得ないだろう。フィリアが戦場に立つのは、半ば確定した未来である。

 

「それに……ヌースのこともあります。夢から覚めて、ようやく気付きました。彼女はこの国にいます」

「――っ、鹵獲されたのか」

「はい。生きているかどうかまでは、分かりかねますが」

 

 そして少女は、そう言葉を続ける。

 唯一残された家族、自律トリオン兵のヌースがノマスの虜になっていることを、少女のサイドエフェクトは明らかにした。

 家族の身柄を取り戻す。戦いに望む動機としては十分である。

 

「ヌースの奪還については全力を尽くそう。他の騎士団にも協力を仰ぐ」

「それだけ、ですか?」

 

 尚もフィリアの参戦を認めないアルモニアに、少女は小首を傾げて問いかける。

 あどけない仕草だが、その表情には暗く凝った感情が浮かび上がる。

 

「ご当主様は、何故平気でいらっしゃるんですか?」

 

 鳥のさえずるような軽やかな声で、少女はそう尋ねる。

 

「母さんを、サロスを、アネシスを、イダニコを……みんなを殺したあいつらが、ご当主様は憎くないんですか? なんで、なんで私を止めようとするんですか!? どうして私に戦わせてくれないんですか!? どうして私に、あいつらを殺させてくれないんですかっ!!」

 

 疑問はやがて泣訴になり、最後には怒号へと変わる。

 

「私が、本当に、何も感じていないと思うのか?」

 

 夜気を震わす少女の叫びに、アルモニアは沈鬱な表情を浮かべて応える。

 

「――っ!」

 

 近界(ネイバーフッド)に冠絶する武芸を誇り、また常に冷静沈着で一国を率いるに相応しい貫禄を備えたアルモニアが見せた、悲嘆と後悔に満ちた表情。

 それを目の当たりにして、フィリアの怒気も一時的に静まる。

 思えば、アルモニアはまるで本物の家族のようにフィリアたちに接してくれていた。パイデイアは実の妹であり、また彼はサロスたちをとても可愛がってくれていた。

 心痛の程は、アルモニアとて同じなのだ。

 

「なら、なんで私に戦わせてくれないんですか? 一緒にノマスを倒そうと、そう仰ってくれないんですか?」

 

 それでも我慢ならないフィリアは伯父を問い詰める。するとアルモニアは頭を振って、

 

「パイデイアも、あの子たちも、いつもフィリアを心配していた。誰も彼もが、君には危険な目に遭ってほしくないと思っていたんだ。……勿論、私もそうだ」

 

 そう寂しげな眼で語りかける。

 

「そんなこと知っています。でも、じゃあ、私の思いはどうなるんですかッ!」

 

 だが、フィリアの憤りは収まらない。

 

「家族を、みんなを奪われて、それで黙って泣いていろと言うんですか!? 母さんに起きたことを、あの子たちがどんな目にあったかを……忘れられる訳ないじゃないですかっ!」

 

 再び激したフィリアは、アルモニアに向けてそう吼える。

 すると、金髪の偉丈夫は沈鬱な表情を浮かべたまま少女の肩に両手を添えると、

 

「それでも、それでもだ。……君に剣を教えたのは、殺すためじゃない。生きるためだ。皆が、フィリアが生きることを望んでいたんだ」

 

 真摯にそう語りかける。

 

「……なら、もう無意味です」

 

 アルモニアの切情に触れたフィリアは、肩を落とすと力なく首を振る。

 

「私にはもう、生きている理由なんてないんです。きっと、ヌースが無事でいても同じ。

 ――全部、手遅れなんです。私はもう、死人も同然なんです」

 

 そう言って、少女は両肩に置かれたアルモニアの手を躊躇いがちに押しのける。

 

「私の頑張りなんて、結局無駄でしかなかった。誰も守れず、何も為せず、ただ徒に他人を傷つけただけ」

 

 そして、少女は凪いだ湖面のように穏やかな、しかし狂おしいまでの感情を内に秘めた微笑みを浮かべ、

 

「――だから、もういいんです。私にはもう、誰もいないから。……私はとうとう、良い子にはなれなかった。だからもう、我慢することなんてないんです。私は死人だから、誰かを罵って、何かを壊してやるんです。こんな世界を、目一杯に呪ってやるんです」

 

 訥々と、そう言葉を紡ぐ。

 

「フィリア……それは違う」

 

 絶望の淵に沈んだ少女に、アルモニアはその両手を取って語りかける。

 

「君は生きている。それは揺るぎない事実だ。君を思う者はたくさんいる。皆が望み、繋いだ命なんだ。決して、粗末にしてはいけない」

「…………」

 

 翡翠の瞳と、黄金の瞳が宙で交わる。

 どこまでも穏やかに、優しく諭すアルモニアに、フィリアの顔が微かに歪む。

 まるで泣けばいいのか、微笑めばいいのか、それさえも分からないといった困惑の表情。

 

「……わかり、ました。でも、約束はできません」

 

 結局、少女は何とかそう言葉を絞り出すと、黙って俯いてしまった。

 己の赤心が届いたことに、アルモニアは安堵の息を付く。

 復讐の念が和らいだ訳ではないだろうが、ともかく自暴自棄な行動は慎んでくれるだろう。この上少女に何かあれば、彼は本当に全てを失ってしまう。

 

「戻って休みなさい。まだ万全ではないのだろう」

「……いえ、許されるなら指揮所に居させてください。ニネミアさんに、少しでも協力したいんです」

 

 表面的には落ち着きを取り戻したフィリアに、アルモニアは休息を促す。

 しかし、少女は戦争から背を向ける気などさらさらないようだ。

 

「……わかった。だが出撃を認めた訳ではないぞ」

「はい。どのみち鎧の調整がまだ済んでいませんから。払暁までには仕上げます」

 

 どこかずれた会話を行いながら、二人は夜風の吹き荒ぶ城壁の上を並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

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