WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】 作:抱き猫
白亜の鎧をまとった騎士が、闇夜を切り裂いて飛ぶ。
一糸乱れぬ隊列を組み、草原の海を猛烈な速度で飛翔するのは、ゼーン騎士団総長ニネミア・ゼーンが率いる偵察部隊である。
部隊を構成するのは、イリニ騎士団のドクサ・ディミオス、フィロドクス騎士団のカスタノ・フィロドクスとエンバシア・カナノスら四人の
総数十名からなる部隊は、遠征に参加したトリガー使いの役半数を投入したことになる。
フィロドクス騎士団はフィリアの提示した情報を俄かには信じかねていた様子であったが、イリニ騎士団総長アルモニアのお墨付きに加え、作戦の責任は全て自らが引き受けると明言したニネミアの気迫に押され、出兵を容認した。
そうして、逼塞した戦況を打破するための反攻作戦が決行されたのだ。
「全隊一時停止、「
風のように飛翔する鎧の中で、ニネミアがゼーン騎士団の部下にそう指示を出す。
既に砦を出発して一時間程、目的地点はもう目と鼻の先だ。本格的な調査を行う前に、トリオンを補充しておく必要がある。
偵察部隊は草原に着地し、淀みない動作で「
仮に目標地点に
一応レーダー対策は行っているがそれも完全ではない。ノマスは偵察部隊の行動を既に察知していると考えるべきだ。
「こちらニネミア・ゼーン。基地本部、応答せよ」
『こちら基地本部、フィリア・イリニ』
「間もなく目標地点に到達するわ。トリオン兵の準備は万全でしょうね?」
『はい。マーカーは正常に機能しています。直ぐにでも
ニネミアは部隊の補給が済むまでの間に、砦との通信を行う。
トリオン兵は騎士の行軍速度についていけず、また移動だけで内蔵トリオンを消耗してしまうため、部隊には随行させていない。現地で
「当該区域に入ります。総員警戒を厳にせよ」
補給を済ませた一行は、再びスラスターを轟然と噴かせて夜空を飛ぶ。
そうしてついに、目的の場所が見えてきた。
そこは一見すると、何の変哲もないただの平野だった。
茫漠と広がるノマスの平原の一画。目印になるような物などなにもない、地図と照らしあわさなければ素通りしかねないような場所である。
だが、騎士たちは円陣を組み、慎重に周囲を警戒しながら大地へと降り立った。
「やはり、レーダーには何の反応もありませんな」
通信機越しにそう話しかけたのは、イリニ騎士団のドクサだ。
「その為の実地調査です。――フィリア、トリオン兵を送りなさい」
『了解しました』
ニネミアはそう答え、砦のフィリアに兵の派遣を請う。
間を置かずして、ノマスの広大な草原に漆黒の穴が幾つも穿たれると、白亜の人形兵たちが躍り出てくる。
戦闘用トリオン兵各種に砲撃型、少数だがバムスターなどの大型捕獲トリオン兵たちが大地を踏みしめる。
しかしもっとも重要なのは、土中への潜行が可能なトリオン兵ワムだ。
ゲートから身をくねらせて現れたワムは、着地するなり地表の掘削を始める。実際にワムを地下に潜らせることで、
砦からは次々にトリオン兵が送り込まれてくる。他の兵の仕事は、調査に要らぬ横槍を入れさせないことだ。
ここまで大規模に
騎士たちはトリオン兵を草原へと展開させながら、油断なく武器を構えて周囲を警戒する。とその時、
『ノマスの
砦でオペレーションを行っていたフィリアが、切迫した様子で悪態をつく。
ノマスの迎撃は織り込み済みの展開だが、何事かのイレギュラーが起こったらしい。偵察部隊の面々は少女の声に緊迫感を高める。
「フィリア、何が起きるというの!?」
ニネミアが無線越しに鋭く問う。同時に彼女はスラスターを吹かして上空へと飛び上がり「
時を同じくして、夜の草原にエクリシアのものとは異なる
異常なのは、その大きさである。
まるで風景画の一部にインクをぶちまけたように、直径百メートルはあろうかという巨大な
『敵は、都市そのものを送り込むつもりです!!』
フィリアの声と共に、城壁とでも見紛わんばかりの巨大な脚が、漆黒の穴を跨ぐようにして現われた。
同時に、大小様々の
雲霞の如きトリオン兵を引き連れ、ノマスの機動都市が、エクリシアの騎士の前に立ちはだかった。
× × ×
轟々たる地響きが草原に満ち、巨影が騎士の上に落ちる。
特大の
ノマスの中では小型の都市とはいえ、その大きさと質量、纏う威圧感は並大抵のものではない。
「総員、戦闘を開始せよ!」
しかし、エクリシアの誇る騎士には臆した様子は微塵もなく、ニネミアの下知を受けると昂然と武器を掲げて都市に攻撃を仕掛ける。
ノマス一国を相手にしようとしている彼らにとって、小型の都市一つなど恐れるまでも無い。
『駄目ですっ! 敵の狙いに乗ってはいけません!』
と、通信回線から切迫したフィリアの声が流れてくる。
「――フィリア! ノマスは何を狙っているの!?」
鬼気迫る少女の呼びかけに、砲撃のチャージを始めていたニネミアが慌てて問い返す。
『敵は都市を――』
しかし、突如として通信に凄まじいノイズが入り、少女の声はぶつりと途絶えてしまう。
「っ、都市がトリオン障壁を展開したぞ!」
そう声を上げたのは、フィロドクス騎士団のカスタノだ。
眼下を見渡せば、それまで威勢よく味方トリオン兵を吐き出していた
草原に乗りつけた敵の機動都市が、トリオン障壁による
加えて彼らは通信妨害も行ったらしい。部隊同士の通信など、短距離通信なら行えるが、長距離の通信は完全に封じられた。おそらく基地からもニネミアたちの動向はモニターできていないだろう。
「騎士ファルマ。この場を離れて本部との通信を回復させなさい!」
ニネミアは即断し、騎士の一人をトリオン障壁の外まで向かわせる。障壁の展開エリアは半径数キロ。騎士の速度ならすぐに離脱できる。
主力を一名欠くことになるが致し方ない。トリオン兵の展開が済んでいないうちに障壁を張られてしまったのは痛恨事である。
ノマスがどんな隠し玉を持っているかはわからない以上、速やかに砦との通信を回復し、戦力を整える必要がある。
「――っ、いいわ。始めてやろうじゃない」
それでも、一騎当千の騎士たちに恐れはない。
スラスターを噴かせて宙に浮かぶニネミアの前では、
「いけえぇぇっ!」
裂帛の気合と共に、「
夜の闇を真白に染め上げ、光の奔流が猛る。漆黒の天地を二分する光の帯が、小山のような機動都市に直撃する。
そして――まるで薄紙を破るかのように、巨大なレーザーは容易く機動都市を貫いた。
と同時に、フィロドクス騎士団のエンバシアが
放たれた弾丸は機動都市の脚の付け根に着弾し、巨大な灼熱の火球を生み出す。
威力と貫通力ではニネミアの「
中腹に巨大な風穴を空けられ、脚部を吹き飛ばされた都市はその場に頽れた。
凄まじい振動が地を揺るがし、衝撃波が土ぼこりを巻き上げる。
圧倒的質量を誇る金城鉄壁の機動都市が、然したる抵抗もできずに地に伏せてしまう。これが
だがしかし、ノマスも無策でこの強敵と渡り合っている訳ではない。
擱座した機動都市からは雨あられと砲撃が繰り出され、頂上部からは飛行型トリオン兵が次々と飛び立つ。そしてニネミアが空けた風穴からは、クリズリ、ヴルフら小型トリオン兵が群れを成して現れる。
「私はこのまま航空戦力を撃破します」
既に地上では敵味方が混戦状態になっている。味方を巻き込む恐れのある「
「そこそこの数は揃えているようね。けどそれしきで、私たちに敵うと思って?」
一方、ニネミアの「
そして他の騎士たちもまた、長きに渉る鬱憤を爆発させるかのような目覚ましい働きを見せていた。
「諸君、白い犬には注意せよ。粘着弾は確実に躱せ!」
宙に浮かぶ漆黒の巨腕が、モールモッドを紙風船のように叩き壊し、むらがるヴルフを平手で薙ぎ払う。
「ヴルフ・ベシリアとクリズリをタグ付して視界情報に共有。皆さん方気を付けてくれよ」
場違いに軽い声でそう言うのは、フィロドクス騎士団のカスタノだ。
元々はワムと組んで地下の
「こりゃどうも、敵さんも本気らしいな」
「どちらにせよ、敵勢を削がねば
ぼやくカスタノを、エンバシアが平静な調子で窘める。
直接戦闘に不向きな「
「トリオン兵は混乱してるぜ。一気に突き破れ!」
カスタノの号令を待つまでも無く、スラスターを噴かせた騎士が猛然と敵陣に飛び込んでいく。飛行速度は一切緩めず、神業のような技巧で手当たり次第に敵を破壊する。
見る間に、分厚い敵陣が真一文字に切り裂かれていく。五名の騎士による突撃によって、ノマスのトリオン兵団は巨大な爪で切り裂かれたように四分五裂の有様となった。
そして統制を失った敵の群れに、エクリシアのトリオン兵団が山津波のように襲い掛かる。人形兵は迅速に、無感情に、騎士が撃ち漏らした敵をしらみつぶしに殲滅していく。
性能面ではエクリシアのそれに優越するノマスのトリオン兵だが、「
膨大なトリオン兵を投入したノマスであるが、戦況は完全にエクリシア側に傾いていた。
「それで、騎士フィリアは何を言おうとしておったのですか!?」
襲い掛かるクリズリを木端微塵に殴り飛ばしながら、ドクサがそう問いかける。
「分からない! ただ切迫した様子ではあったわ。騎士ファルマがもうすぐ封鎖圏内から出る筈よ。直ぐに知らせてくれるはずよ!」
ニネミアは装甲の厚い大型トリオン兵を苦も無く屠りながら、通信機越しに応える。
機動都市ごと戦場に乗りつけるという思いがけない事態に遭遇した彼女たちだが、現在の所、戦況は我が方に優位である。
個の武力が物を言う局面なら、エクリシアに負けは無い。だが――
「敵がどんな手を隠しているか分からないわ。あまり前掛かりに攻めすぎないで!」
ニネミアは騎士たちにそう指令を出す。
あのフィリアが、態々危機を伝えてきたのだ。このまま楽に勝てるとは思わない。最大限の警戒を続けるべきだろう。
果たして、その判断は正しかった。
「――っ、新手の反応だ! トリガー使いが出てきたぞっ!」
戦況をモニターしていたカスタノが、緊迫した声で叫ぶ。
機動都市の下部から、三十名余りのトリオン反応が現れる。
都市に搭載されていたのはトリオン兵だけではなかった。練達のトリガー使いたちが、弾かれたように戦場へと展開していく。
その中には、機知のトリオン反応もあった。
「
カスタノが叫ぶ。
混沌の坩堝と化した戦場に、颯爽と現れた敵トリガー使いたち。
その中には、「