WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の十 突破口 不破の盾

「くそ、ぬかったわ……」

 

 目を焼く閃光と耳を聾する爆発音が止んだあと、ドクサは鎧の中でそう吐き捨てた。

報復の雷(フルメン)」の特性を知っていた騎士たちはそれ故に十分な距離を取って戦っていたのだが、レイの突撃による放電攻撃には完全に虚を突かれてしまった。

 

 ニネミアが即座に迎撃したものの、雷の嵐を避けることはできなかった。

 ドクサは「金剛の槌(スフィリ)」の巨腕で己を包み込むように防御を行ったのだが、それでも鎧には少なくないダメージを負ってしまった。左腕の伝達系が完全に機能を停止し、スラスターの挙動も怪しい。

 

 それでも彼は衝撃から体勢を立て直し、空から戦局を見極める。

 同じく直撃を受けたニネミアは地上へと墜落したらしい。トリオン体が無事なら死ぬことはないだろうが、それでも早急に救助が必要だ。

 

 また、彼らに一杯食わせたマラキアは、未だ健在のはずである。(ブラック)トリガーを抑えるのは、他の騎士たちでは荷が勝ちすぎる。

 眼下では相変わらず敵味方入り乱れての混戦が続いている。だが、ドクサの慧眼は敵の動きが変わったことをすぐさま見抜いた。

 

「奴ら、一塊になって何をするつもりだ?」

 

 激しい戦闘の最中、ノマスの主力であるトリガー使いたちが移動を始めている。それも示し合せたように、一所へ向けて動き始めている。

 トリオン兵の攻撃は未だ活発なため、地上の騎士たちはそれに気付いていない。ドクサは通信装置越しに仲間へと呼びかける。

 

「敵のトリガー使いが集結し始めている。気を付けよ、何か企んでいるぞ!」

 

 そう発言した直後、空中に浮かぶドクサに巨大な影が近づいた。

 

「っ、雑魚が……」

 

 地上から飛び上がってきたのは三体のクリズリである。「金剛の槌(スフィリ)」を有するドクサなら歯牙にもかけない相手だが、手傷を負った今では油断ならない難敵である。

 さっそく空中戦を始めたドクサだが、やはり鎧の反応がおかしく、苦戦を強いられる。周りを囲むクリズリたちもなぜか守勢に寄った行動をとり、一向に戦局を打破できない。

 とその時、彼の視界の端に、突如として巨大な翠緑のドームが出現する。

 

「「牧柵(サエペス)」だと……」

 

 それはノマスの有する結界トリガー「牧柵(サエペス)」であった。

 このトリガーは起動者を中心とした百メートルほどのエリアに、あらゆるトリオンを遮断する障壁を展開する機能を持つ。

 

 解せないのは、その運用方法だ。

 本来「牧柵(サエペス)」は敵を誘い込み、配下のトリオン兵と共に襲撃を仕掛ける狩場を形成するために用いる。

 しかしマーカーを見るに、敵が結界を張った地点にはエクリシアの騎士は誰もいない。

 さらによく見れば、障壁は十層以上も重ねて展開されている。

 明らかに様子がおかしい。

 

「っちい、このポンコツが」

 

 異変に気を取られているうちに潮目が変わった。クリズリと戦闘を繰り広げていたドクサだが、とうとう鎧が動作不良を起こしたのだ。

 スラスターが異様な音を上げて機能を停止する。

 推進力を失って地上へと落下する鎧に、クリズリたちが一斉に襲い掛かる。

 

「人形風情が調子にのるなよ」

 

 だが、一直線に攻撃を仕掛けたのが仇となった。

金剛の槌(スフィリ)」の横薙ぎの一撃が、三体のトリオン兵を纏めて瓦礫に変える。

 

「くそ、動け、動かんかっ!」

 

 そしてドクサは何とかスラスターを再起動させ、地に激突する寸前で空中へと飛び上がる。しかし鎧の挙動は未だ不安定で、とてもではないがこのまま戦闘を続けることはできそうにない。とその時、

 

「総員、今すぐその場から撤退しろ! 敵は都市を自爆させる気だ!」

 

 と、カスタノから通信が入る。

 

「そういうことかっ!」

 

 敵の奇怪な動きに合点がいき、ドクサの顔色が変わる。

 只でさえ強力な「牧柵(サエペス)」を、十層以上も多重展開する理由。それはノマスのトリガー使いたちを爆破から護るためである。

 

 長さは三百メートル、高さは七十メートルに届こうかというノマスの機動城塞都市。仮にこれが爆発するとなれば、質量とトリオン量からに計算するに、威力はイルガーの自爆の二百倍以上になるだろう。

 これは戦場となったこの草原を丸ごと焼き払うことができる火力である。無論、「誓願の鎧(パノプリア)」を纏った騎士とて一溜まりも無い。

 

「総員、急ぎ撤退をっ!」

 

 通信機越しに緊迫した声が響く。

 騎士たちが生き残る道は只一つ、爆発の殺傷圏内から速やかに離脱することだ。

 通信を受け取った騎士たちは戦闘を切り上げると、都市に背を向け一目散に撤退を始めている。だが、

 

「誰かゼーン閣下の救援をっ! 彼女は鎧を失っておられる!」

 

 ドクサは墜落したニネミアを助けるよう、声を荒らげて呼びかける。爆破の殺傷圏内は半径二キロほど。徒歩では離脱困難だ。本当なら己が行くところだが、鎧がいつ機能停止してもおかしくない現状では、ただの足手まといにしかならない。

 

「救助は無用よ! トリオン体はまだ健在です。一撃なら問題ないわ」

 

 だが、帰ってきたのはニネミアの拒絶の声。

 彼女は地上で足止めのトリオン兵と戦闘を行いながら、まったく臆した様子もなく騎士たちに向けてそう告げる。

 

「なりません閣下! あなたはエクリシアにとり代替無き御方っ!」

 

 ニネミアの返答に、ドクサが顔色を変えてそう叫ぶ。

 古強者の彼が動揺するのは珍しいが、実の娘が大怪我を負ったばかりである。近い年頃で、しかも娘の友人であるニネミアの事を案じるのは、無理からぬ心情だろう。

 

「今は先を見据えることこそ肝要! 爆破が終われば敵味方が再び入り乱れます。その時にあなたたちが動けなければどうしますっ!」

 

 しかしニネミアは冷厳にそう告げると、改めて味方に撤退を命令する。

 

 ノマスが都市を自爆させるのは、エクリシアのトリガー使いを拿捕するためだ。トリオン兵を展開し、騎士たちを十分引きつけたところで爆発に巻き込み、トリオン体を失った彼らを悠々捕らえる腹積もりなのだろう。

 爆発が起きた後、動ける騎士が居なければ、今度こそエクリシアの完全敗北だ。それを避けるためには、多少の犠牲を払ってでも兵を逃がさねばならない。

 

「っ、御武運を……」

 

 その道理が分からぬドクサではない。彼は詰まった声でニネミアにそう語りかけると、スラスターを全開にして都市から離れていく。

誓願の鎧(パノプリア)」の飛行能力なら、自爆までに逃げ切ることは可能なはずだ。

 ノマスもそれを案じていたために、兵を出して騎士の鎧を壊しにかかったのだろう。結局、それが叶ったのはニネミアだけだ。

 

 彼女は襲い掛かってくるトリオン兵を迎撃しながら、永遠とも思える長き時を耐え続ける。

 トリオン兵は避難など意中に無く、ただ冷徹にニネミアに攻撃を加え続ける。それも当然だ。彼女がトリオン体を失えば、爆破から生き延びられる可能性はない。すなわち、エクリシアの騎士と(ブラック)トリガーを完全に消し去ることができるのだ。

 

 しかし、今や救いとなるはずの爆破はまだ訪れない。

 そして到頭、ニネミアが先に力尽きた。

 

「くっ……」

 

 既に右腕を欠損していた彼女の腹に、トリオンの弾丸が直撃する。

 いかに優秀なトリオン機関を有していようと、激闘による損耗と、負傷に次ぐ負傷を受けては持つはずもない。

 

 トリオン体が黒煙を上げて崩壊し、生身となったニネミアが戦場に放りだされる。

 周囲のトリオン兵は未だ健在であり、一切の仮借なく彼女に襲い掛かった。

 無情なる刃と弾丸がニネミアへと迫る。

 その時、目を潰さんばかりの極光が草原を呑み込んだ。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 これまでの爆発とは全く規模の違う、天地を呑み込まんばかりの凄まじい火球がノマスの草原に出現する。

 戦地にあった全ての器物が、破滅の閃光に呑み込まれて消えていく。

 極光は地の果てまでをも真昼のように照らしだし、爆風は巨大な空気の壁となってあらゆるものをなぎ倒していく。

 戦闘区域から撤退を行っていた騎士たちも、爆発の凄まじさには顔色を失うほかない。

 

「全隊、被害を報告せよ!」

 

 爆風に背中を叩かれながらも間一髪で死地を免れたドクサが、通信機に向けてそう怒鳴りつける。

 

「ゼーン閣下以外は無事です。皆撤退に成功しました。ですが……」

 

 返答を寄越したのは、フィロドクス騎士団のエンバシアだ。緒戦でカルクスに堕とされた彼は、真っ先に後方へと下がり、全体の支援を行っていたはずだ。

 

「何だ、何があったっ!?」

 

 含みのあるエンバシアの物言いに、ドクサが苛立ったように尋ねる。

 爆発が収まり次第、ニネミアの救出に赴かねばならないのだ。今は一分一秒が惜しい。

 

「救援に来た騎士フィリアが、ゼーン閣下の下へと赴いたきり通信が途絶えたのです」

「な、なんだと……」

 

 エンバシアの返答に、ドクサの全身から血の気が音を立てて引く。

 

「どういうことだ! 何故あの子がこの場所にいるっ!」

「騎士ファルマが通信を回復させてすぐに、援軍と共にこちらに参られたのです」

 

 怒鳴りつけるドクサに、エンバシアが冷静な口調で答える。

 機動都市による(ゲート)遮断と通信妨害を受けたエクリシア調査隊は、本部との通信を回復させるために騎士の一人をエリア外に派遣した。

 そして本部との通信が復旧するや否や、フィリア・イリニが(ゲート)を通ってこの戦場までやってきたと言うのだ。

 

「敵の狙いが都市の自爆と判明したのも、騎士フィリアの指摘によるものです」

「ぬぅ……」

 

 思えば通信が途絶する刹那、少女は騎士たちに何か警告を発しようとしていた。彼女の性格なら、自らが乗り込んできても何の不思議も無い。

 

「――全隊、再結集せよ。直ぐに爆心地へ向かうぞ」

 

 少女の安否は気がかりだが、ともかく今は立ち止まっている時間はない。

 ドクサは鋼の胆力で動揺を押し殺し、残存勢力の取りまとめに掛かった

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 瞼を開けたニネミアは、己がまだ生きているという事実を数瞬の後に受け入れた。

 彼女の眼前に広がっているのは、淡い輝きを放つ透明な壁。その向こう透けて見えるのは、夜空の下に広がる白亜の大地だ。

 

「私は、なぜ……」

 

 困惑を口にするニネミアは、そこで自分の肩に回された腕に気付いた。

 視線を動かせば、そこには見慣れた造形のゼーン騎士団の鎧がある。倒れ伏した彼女は、忽然と現れた騎士に抱き抱えられているのだ。

 

「お怪我はありませんか、ニネミアさん」

 

 誰何をする前に、鈴を転がしたような声が彼女の耳に響いた。その可憐な声を、彼女が聞き違える筈がない。

 

「な、あなた、フィリア! 何故ここにいるのよ!」

「救援に参りました。本当に、間に合ってよかったです」

 

 驚きの余りつい声を張り上げるニネミアに、甲冑を纏った少女は清らかな声で答える。

 首を巡らせて辺りを窺えば、美しく輝く透明な壁は二人を包み込むようにドーム状に広がっている。いや、正しくは球形だろうか。なぜなら二人のいる足元は爆発によって吹き飛ばされておらず、瑞々しい青草が生い茂っているのだから。

 

 あの凄まじい爆発をまともに受けたにも関わらず、ニネミアが命を長らえる事ができたのは、この煌めくトリオン壁のお蔭に他ならない。

 

「そう……これが、あなたの母君の……」

「はい。母さんが残してくれた(ブラック)トリガーです」

 

 一聴すると穏やかな調子で、少女が肯定する。

 

 フィリアの母パイデイアが作り出した(ブラック)トリガー。イリニ騎士団では「救済の筺(コーニア)」と仮称されるこのトリガーは、物理、トリオンを問わずあらゆるエネルギーを跳ね返す、完全なる反射壁を展開する機能を有している。

 

 大地を抉り取るほどの爆風と、大量の土砂すら焼き尽くす熱量を前にして、生身のニネミアが全くの無傷で要られたことからも、その凄まじい性能は明らかだ。

 閃光と轟音を浴びせかけられたにも関わらず耳目が無事であったのも、「救済の筺(コーニア)」のお蔭だろう。このトリガーは光や大気すら、その気になれば完全に遮断することができるらしい。

 

「ありがとう。助かったわ」

「いえ。駆けつけるのが遅くなってすみません」

 

 九死に一生を得たことを悟ったニネミアの口から、驚くほど素直に感謝の言葉が零れた。

 おそらくはアルモニアの待機命令を破っただろうことや、態々死地に飛び込んで来たことなど、小言はいくらでも思いついたが、今はただフィリアの献身に感謝するばかりである。

 思えば、この少女は如何なる時も真剣に、そして直向きであり続けた。だからこそ、ニネミアを含めた大勢の者たちが彼女に惹かれ、親愛の情を抱いたのではないか。

 

「ところで、この白い地面は……」

「はい。すべてトリオンでできています。……やはり、此処が()()()です」

 

 頭によぎった柄でもない考えを振り払うように、ニネミアがそう問う。

 

 吹き飛ばされた地面の下から現れたのは、果てしなく続くトリオンの平野である。

 もちろん、只の草原にこんな物が埋まっている筈がない。これは間違いなく地下にある施設を護るための外装だ。

 フィリアの予見した通り、直下にノマスの(マザー)トリガーがあるに違いない。

 しかし、敵の心臓部を見つけ出したことを喜んでいる暇はなかった。

 

 むき出しとなったトリオンの平野の上に、巨大な漆黒の(ゲート)が開く。

 未だ陽炎の立ち上る爆心地に現れたのは、先ほど大爆発を起こしたのと同じ型の機動都市である。ノマスが即座に追加の兵力を送り込んできたのだ。

 

「先を越されたようね」

 

 次々と穿たれる(ゲート)から、雲霞の如く湧き出すトリオン兵。加えてノマスのトリガー使いたちも、現れた機動都市を護るように展開を始める。

牧柵(サエペス)」で爆発を凌いだ戦士たちも加わり、瞬く間にノマスは陣容を整えていく。

 その陣頭指揮をとるのは、フィリアと同じ白髪金瞳の偉丈夫だ。

 

「一先ず撤退するわ。いいわね、フィリア?」

「……」

 

 敵の大軍勢に加え、ノマスの最高戦力であるレクスが現れた。

 強気一辺倒なニネミアも、流石に撤退以外の選択肢は選べない。また、たとえ引いたとしても、作戦目標である(マザー)トリガーの発見は達成している。

 ノマスは運動戦を捨て、この地を護らざるを得ないだろう。これでようやく、エクリシアは望み通り正面切っての大会戦を挑むことができる。

 

「フィリア、返事は?」

「……了解しました」

 

 返答を寄越さないフィリアに、ニネミアが念を押すように問いかける。

 少女が兜の下で憎悪を滾らせているだろうことは見るまでもなく分かる。だからこそ、今は速やかに退かなければならない。

 

「全速力で後退します。申し訳ありませんが……」

「舌を噛まないように黙ってろ、ね」

「……ちゃんと、無事に連れ帰りますから」

 

 余裕たっぷりに微笑みかけるニネミアに、少女も幾らか落ち着きを取り戻したようだ。フィリアはニネミアを横抱きに抱え直すと、「救済の筺(コーニア)」を解除して夜空へと飛び上がる。

 

「大丈夫。必ず報いを受けさせるわ。私たちの手でね」

「――はい」

 

 ノマスの軍勢に恨みを込めた一瞥を送る少女に、黒髪の乙女は力強くそう語りかける。

 そして二人は一条の流星となって、地の果てへと消え去った。

 

 

 

 

 

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