WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の十二 総力戦 復仇の刃

 地平から顔を覗かせた人造太陽が、雲一つない蒼天へと登って行く。

 濃密な闇を切り裂く曙光に照らし出されるのは、どこまでも続く広大な草原だ。

 彼方まで広がる緑の海に、まるで島のように浮かんでいる白い物体は、ノマスの民が暮らす起動城塞都市である。

 

 遠景からは縮尺が掴みにくいが、亀の甲羅のような身体から三対、乃至四対の獣脚を生やした都市の大きさは、小型のものでも長さが三百メートル、高さが七十メートルほどはある。中でも一際巨大なそれは、ノマスの首都都市「パトリア号」である。

 

 長さは一キロメートルを上回り、高さは優に二百メートルを超える「パトリア号」は、昨夜「ポーンス号」が自爆した爆心地――(マザー)トリガーの直上に陣取っていた。

 そして三十余りの小都市群は、小山のような威容を誇る超巨大都市を囲むように佇んでいる。

 それぞれの都市は空中に張り巡らされた回廊で連結され、相互に援護を可能とする強固な防御陣地を形成している。

 

 巨大都市で作られた堅陣を護るように配置されているのは、トリオン兵の軍団だ。

 流石に差し渡し数キロにもなる陣地を全て埋めることはできないが、万を軽く超える自動兵器の群れは、無機質なセンサーアイで虚空を油断なく睨みつけていた。

 

 とその時、地平の果てから一陣の風が吹く。

 微かな湿り気と青草の香りを漂わせた爽風が、緑の海に漣を引き起こす。

 夜明けをもたらす喜びの風が、臨戦態勢の都市群を優しく撫でていく。

 

 朝日に照らされた大草原の、言葉を失う程に美しい眺め。

 如何なる名画も及ばない黄金の風景に、漆黒の風穴が穿たれたのは次の瞬間だった。

 バチバチと耳障りな放電音を撒き散らし、空と大地に(ゲート)が開く。

 そこから現れたのは、大小様々な種類のトリオン兵の軍団だ。

 

 都市に搭載された遮断装置によって、エクリシアは都市から数キロ離れた位置にしか(ゲート)を展開できない。しかし、漆黒の風穴から吐き出されていくトリオン兵は嘗てないほどの数で、機動都市群の周縁に展開していく。

 

 その総数は、ノマスが用意した迎撃用トリオン兵の数を明らかに上回る。資源目的で行われる近界(ネイバーフッド)の戦争で、ここまでの兵力が投入されることは過去に例がない。

 損得など頭から度外視した、狂おしいまでの敵意がありありと伝わってくる。

 

 次々と現れるエクリシアのトリオン兵。陣容が整うまでにはしばらくかかり、先制攻撃を仕掛けるには絶好の好機であったが、しかしノマスは静観して動かない。

 長距離の砲撃はトリオン効率が悪く、心もとない備蓄をさらにすり減らすことになる。また味方に迎撃させるにしても、都市から支援が行える距離の方が望ましい。

 

 それに何より、ノマスが打ち破るべき敵は、まだ姿を現していない。

 草原を塗りつぶさんばかりに展開していた(ゲート)が、やっとのことで消えていく。

 

 地平を埋め尽くす雲霞の如きトリオン兵。

 戦闘態勢を取ったまま不気味な沈黙を保っているそれらの前に、小さな(ゲート)が開いた。

 

 そこから現れたのは、巨大な都市と比べれば芥子粒ほどの大きさしかない人型である。

 悠然と草原に踏みしめた二十余りの人型は、トリオン兵の眼前に一列横隊で並び立つ。

 彼らは揃って猛々しくも流麗な鎧を纏い、ノマスの都市群を真正面から見詰めている。

 

 彼らこそ、近界(ネイバーフッド)にその名を轟かせるエクリシアの騎士たちだ。

 曙光を浴びて燦然と輝く白亜の騎士たちは、まるで絵物語を彩る華々しい英雄のようだ。

 しかしノマスにとってエクリシアの騎士とは、子供時分から寝物語に聞かされてきた悪鬼にほかならない。

 

 エクリシアの騎士たちが碧空へと飛び上がる。

 ノマスの戦士たちが力強く大地を蹴りつける。

 

 近界(ネイバーフッド)で後々まで語り継がれる激闘。今、その火蓋が切られた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 開戦劈頭、青空に多数の巨大(ゲート)が数珠つなぎのように現れる。

 エクリシアが満を持して投入したのは、二百体を超す爆撃型トリオン兵イルガーの大群だ。

 家屋数棟ほどの大きさをしたイルガーが、巨大な鰭を動かして蒼天を悠々と泳いでいる。

 目指すはノマスの機動都市群だ。

 

 (ゲート)から吐き出されるのはイルガーだけではない。爆撃型を援護し、上空から戦況をモニターするため、大量の飛行トリオン兵バドも現れる。

 地上部隊に先駆けて都市へと向かう飛行トリオン兵たち。勿論、ノマスも黙って見ている筈がない。

 射程圏内に入るや、都市に据え付けられた砲台が猛烈な対空射撃を始める。

 同時に、ノマスの飛行トリオン兵が次々と空に上がっていく。エクリシアに比べて数では劣るが、新型機レイを筆頭に、性能面では負けていない。

 

 しかし、幾ら空戦能力に優れたレイでも、イルガーの頑強な装甲を打ち破ることはとても不可能だ。

 鰭を切り裂いて制御不能にすることはできるが、周囲一帯はノマスの都市と兵によって埋め尽くされている。仮にイルガーが自爆した場合、何処に落ちても甚大な被害が出るだろう。

 何としてでも空中で撃破する必要がある。その為、都市は砲撃をイルガーに集中させた。

 となれば勿論、地上への砲撃はおろそかになる。

 

 エクリシアの繰り出した地上部隊は狂ったように都市へ向けて突撃を仕掛ける。途中、ノマスの仕掛けた地雷や捕獲罠に引っ掛かるものもいたが、怒涛の如きトリオン兵の大群にとっては損害の内にも入らない。

 

 両陣営の繰り出したトリオン兵が草原で激突する。

 性能面ではノマスに分があるが、数ではエクリシアが圧倒的に優位だ。

 しかも、エクリシアのトリオン兵には都市攻略を優先する命令が与えられており、ノマスの防御を巧みに躱して進んでいく。本来ならば都市の砲撃で進軍を止める筈が、イルガーの大群に掛かりきりの今、彼らの脚を止める手立ては何もない。

 

 エクリシアのトリオン兵たちは、ノマスの最終防衛ラインまでいともたやすく侵攻を果たした。そして巨大な都市の脚部に組みつくと、擱座させるべく攻撃を加え始める。都市が如何に強固な外殻を持とうと、攻撃を続ければ必ず破ることができるのだ。

 

 まるで甲虫に集る蟻のように、都市へと纏わりつくトリオン兵たち。

 このまま外殻を破られれば、中の市民たちは抵抗も出来ずに毒牙に掛かることになる。だが、ノマスの戦士たちがそれを許すはずもない。

 

「総員、敵を排除せよ。都市に取りつかせるな」

 

 鋭利なブレードを振りかざし、都市外殻を攻撃していたモールモッドが、突如として弾けた豆のように吹き飛んだ。

 次いで、巨大な口で都市の脚部に噛みついていたバムスターが、轟音と共に木端微塵に砕け散る。

 破砕音は連なって一つの長音となり、僅か数十秒の内に辺りに蠢いていたトリオン兵が瓦礫の山と化す。

 

 それを成し遂げたのは、ノマスが誇る最強の戦士――(ブラック)トリガー「巨人の腱(メギストス)」の担い手レクスだ。桁違いの出力を有するトリオン体を以てすれば、トリオン兵など焼き菓子を砕くも同然に打ち破ることができる。

 

「連携を乱すな。前衛が敵の進行を押しとどめている。数が増えぬうちに各個撃破せよ」

 

 付近の敵兵を粗方片付けると、白髪金瞳の偉丈夫は落ち着き払った声で防衛部隊に指示を出す。

 エクリシアのトリオン兵団は都市襲撃を急ぐあまり、隊列が伸びきっている。敵を減殺するには今が好機だ。

 号令を受けるまでも無く、ノマスのトリガー使いたちは都市を護るため、全力で戦いを行っていた。

 

 都市外縁のそこかしこで激しい戦闘が繰り広げられている。

 次から次へと押し寄せるエクリシアのトリオン兵を、ノマスの戦士たちは緊密な連携を以て着実に破壊していく。

 レクスと同じ(ブラック)トリガー使いのマラキアとカルクスも、単騎で敵の兵団を全滅させるという桁違いの戦果を挙げていた。

 

 また、ノマスの秘密兵器である量産型トリオン兵デクーに率いられたトリオン兵団も、ここにきて目覚ましい活躍をみせていた。

 強化クリズリを主力とするトリオン兵団は、まるで腕のいい人間の部隊のように、敵の兵団を手際よく狩っていく。

 所詮はプログラム通りの行動しかできないエクリシアの人形兵は、ノマスの精兵を前にして次々と敗北を喫していく。

 

 怒涛の如きエクリシアの兵団を、ノマスは懸命に凌ぎ、捌き続ける。

 外殻の度外れた強固さもあり、都市は現在の所敵の侵入を許していない。だが、

 

「イルガーが都市に到達します! 各員爆撃に注意してください!」

 

 指揮所で戦況をモニターしているレグルスが、緊迫した声でそう通達を出す。

 砲撃と迎撃トリオン兵で足止めをしていたエクリシアのイルガーが、とうとう機動都市を射程に収めたのだ。

 二百を超すイルガーの大群の内、およそ半数は砲撃で落とすことができた。だがもう半数は未だ健在であり、砲撃用のトリオンは完全に底を突いている。

 

「――」

 

 その中の一体、レイに鰭を切り裂かれ操舵不能になったイルガーが、レクスの側の都市目がけて自爆モードで突っ込んでくる。

 それを目にするや、レクスは都市の外殻を風のように駆け登ると頂点で跳躍。弾丸の如き速度でイルガーに飛びかかった。

 

 大地に向けて迫り来るイルガーの顔面に、レクスが真正面からぶち当たる。

 鉄腕はイルガーの歯を粉々に打ち砕き、口腔に隠されたコアを一撃で叩き割る。

 速度は微塵も衰えず、レクスはそのままイルガーの体内を尾部まで突き破り、高空へと躍り出た。

 コアを破壊されたイルガーは自爆することもできず、残骸を撒き散らしながら大地に吸い寄せられていく。

 

 しかし、都市に飛来するイルガーは未だ百を数える。いくら超絶の武勇を誇るレクスとはいえ、一人でそれらを落とすのは不可能だ。

 都市の堅牢な外殻は一発や二発の自爆なら耐えるだろうが、それ以上となれば流石に保証はできない。

 

「レグルス。騎士はまだ攻めてこないのか」

 

 自由落下に身を任せるもどかしい時間の中、レクスは指揮所の息子へと通信を繋いだ。

 エクリシアの攻撃は苛烈を極めており、都市に被害が出るのは時間の問題だ。

 敵を早期に撤退させるには、主力たる騎士を早々に撃破する必要がある。

 

 しかし、レーダーで肝心の騎士たちを探ってみれば、彼らは展開したトリオン兵団の後方に陣取り、未だ動きを見せていない。

 ノマスのトリガー使いたちは敵勢を防ぐのに手いっぱいである。こちらから攻撃部隊を繰り出す余裕はない。

 

「は、はい! 依然、騎士たちは都市周縁部から動きません」

「……不味いな」

 

 レグルスが寄越した返答に、レクスは峻厳な顔を思わず顰める。

 エクリシアが投入したトリオン兵は膨大だが、流石にそれだけでは都市を落とせない。精々、ノマスのトリオン兵団と共倒れになるのが関の山だろう。そして手駒が尽き、トリガー使い同士の戦いとなれば、都市の援護を受けられるノマス側が有利になる。

 

 エクリシアがそれしきのことに気付かぬ筈がない。となれば、騎士の不気味な沈黙は、何らかの意図があってのことになる。

 百戦錬磨のレクスの総身に、名状しがたい怖気が走る。

 

「……レグルス。ユウェネスらと協力し、(マザー)トリガー封鎖を実行せよ」

「な――で、ですがっ!」

 

 レクスが突然下した命令に、レグルスの動揺した声が帰ってくる。

 (マザー)トリガーの封鎖は、いよいよ戦況が劣勢になった時の最後の策である。

 戦はまだ序盤であり、今の所ノマスはエクリシアの攻勢を完全に凌げているのだ。早々に逃げの策を取っていい筈がない。

 レグルスの抗議の声はしかし、戦場に轟く轟音と共にぷつりと途絶えてしまう。

 

「これが狙いか……」

 

 ようやく都市の外殻に着地したレクスが、空を見上げて悪態をつく。

 大地を揺るがす振動と轟音は、都市近辺にまで飛来したイルガーが同時に起こした自爆によってもたらされた。

 百を超えるイルガーの内、僅かな例外を除いたすべての個体が高空で大爆発する。勿論空には、何一つとして標的となる物はない。

 イルガーが自爆した理由、それは――

 

「「光彩の影(カタフニア)」の散布は成功しました。作戦を次の段階に進めます」

 

 機動都市の周縁部。青草を踏みしめ、塑像のように屹立するエクリシアの騎士たち。その兜の中で、鈴を転がすような愛らしい声が響いた。

 彼らの眼前では、山のような威容を誇るノマスの機動都市群が、突如として沸き起こった霧に包まれている。

 

 大爆発を起こしたイルガーから撒き散らされたのは、敵の通信を妨害し、付近の状況を探知する微細なトリオン粒子である。

 エクリシアの(ブラック)トリガー「光彩の影(カタフニア)」による幻惑の霧。

 これの散布は、ノマスの優れた連携を絶つために必須の一手であった。しかし、広大な敵陣全てを霧で覆い尽くすには時間がかかりすぎる。

 そこでエクリシアはイルガーに予めトリオン粒子を仕込み、都市上空で自爆させることで一挙に敵陣全体に霧を撒き散らしたのだ。

 

「皆さま、長らくお待たせをいたしました。それでは戦を始めましょう」

 

 朗々と歌うように告げるのは、少女フィリア・イリニ。

 天使のように可憐な少女の声を耳にするや、騎士たちは烈々たる戦意の命じるままに、戦場へと飛び立っていった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 戦場を覆う濃密な霧は一帯を乳白色に染め上げ、視界は百メートルもない。

 突如として一切の通信を絶たれたノマスの部隊は、当然ながら惑乱状態に陥った。

 戦闘指揮所どころか短距離の通信さえ繋がらず、レーダーも正常に働かない。目の前に蠢くトリオン兵が敵か味方かさえ、瞬時には判断できないのだ。

 そんな混乱の最中にあっても、敢然と戦闘を続ける者がいる。

 

「狼狽えるな! 霧はじきに消える。隊伍を組み直し敵に備えろ! この混乱に乗じて騎士が来るぞっ!」

 

 そう防衛部隊を叱咤するのは、(ブラック)トリガー「報復の雷(フルメン)」の使い手マラキアだ

 

 長きに渉るエクリシアとの戦争で、ノマスは「光彩の影(カタフニア)」の性能を十分に把握している。

 マラキアがそう言うや否や、機動都市群はその巨体の下腹部から強風を地面に吹き付けはじめた。

 微細なトリオン粒子はあらゆる通信を妨害する凄まじい性能を持つものの、起動者が意図して動かせる範囲には限度がある。そして霧という性質上、大気の流れには逆らえないため、強風に吹かれれば簡単に散ってしまう。

 

 防衛策の中には当然「光彩の影(カタフニア)」への対処方も盛り込まれている。もとより地形は草原で風通しがいい。都市が全力で送風すれば、霧が晴れるまで然程時間はかからないだろう。

 だが、短時間とはいえ通信とレーダーがやられたのは痛手である。

 エクリシアが仕掛けて来るなら、今を置いてない。

 

「っ、市民の避難もまだだというに……」

 

 トリオン兵を撃滅しつつ、マラキアが歯を噛みしめる。

 

 通信が途絶する直前、総指揮官のレクスは(マザー)トリガー封鎖を命じた。レグルスらは急いで準備に取り掛かっているだろうが、「パトリア号」の中にはまだ多くの市民が残っている。そもそも(マザー)トリガー封鎖案が作戦に組み込まれたのは昨夜の事だ。防御陣地の作成やら兵の配置やらで、市民を避難させる猶予はまったくなかった。

 

 他の都市には「パトリア号」から連絡通路が設けられているため、戦闘の真っただ中であっても市民を移動させることは可能だが、やはりトリガー使いたちを護衛に回さねばスムーズな避難は難しいだろう。

 

 エクリシアの二の手、三の手が繰り出されるであろう時に、貴重な戦力を差し向けることができるかどうか。

 迎撃を続行するか避難誘導を優先するか。本部からの指示が仰げない今、現場の指揮官が判断するしかない。

 マラキアが思考に費やしたほんの僅かな時間に、戦場は次の局面へと移っていた。

 

「な――」

 

 突如として甲高い破砕音が耳朶を打つ。次いで凄まじい地鳴りと共に、霧の向こうに長大な影が現れる。

 

「と、都市が、都市外殻が破られましたっ!」

 

 そして耳に飛び込んで来たのは、悲鳴にも似た戦士の叫び声だ。

 マラキアは驚愕しながらも即座に視線を動かし、濃密な霧の向こうを透かして見る。すると最も近くにあった都市の外殻に、直径二十メートルほどの風穴が空いている。

 

 考えられない事態である。都市の外殻は堅牢無比で、(ブラック)トリガーでもなければ破壊不可能な代物だ。それがこうまで容易く破られるとは。

 そして次の瞬間、都市の中腹に空いた穴に細長い何かが取りついた。

 地鳴りと共に現れた細長い影、捕獲型トリオン兵ワムが都市を襲ったのである。

 

「ワムを破壊せよ! 都市への侵入を許すな!」

 

 怒声と共にマラキアが疾駆する。

 土中から飛び出したワムは、まるで吸血ヒルのように都市の腹へと顔面を突き刺すと、身体をうねらせて内部へと入り込もうとする。

 おそらく体内からは小型トリオン兵も送り込まれているだろう。トリガー使いたちは外部で防衛に当たっており、都市内に殆ど戦力は残されていない。このままでは虐殺が起こる。

 

 ワムの下へと駆けつけたマラキアは、即座に「報復の雷(フルメン)」の電撃弾を叩きこむ。

 このトリオン兵の長大な身体は、複数の同型機が連結することで形作られている。そのため一部位が機能停止しても、その個体を斬り捨てることで残る部位は問題なく活動を続けることができる。

 しかし、「報復の雷(フルメン)」の凄まじい電撃は一瞬で連結した全ての個体に伝導し、それらの伝達網を隅々まで焼き切った。

 

 芋虫型の巨大トリオン兵が、全身をおぞましく震わせて活動を停止する。

 

「パッセル隊! 都市内の残敵を討滅せよ」

「了解しましたっ!」

 

 ワムの侵攻は止めることができたが、都市内部ではワムによって送り込まれたトリオン兵が暴れている。

 マラキアは部下の一隊にその救援を命じる。だがその時、

 

「――狙撃だ、シールドを張れ!」

 

 直上から高速で飛来したレーザーに、部下の一人が頭を吹き飛ばされた。

 折悪しくも、都市内部へ戻るため外壁をよじ登っていた最中である。トリオン体を失ったノマスの戦士は、バランスを崩して数十メートル下の地面へと叩きつけられた。

 

「「万鈞の糸(クロステール)」に狙われているぞ! 急所を護れ!」

 

 真上からの狙撃というあり得ぬ攻撃に、マラキアは即座に敵の正体を看破した。

 エクリシアが所有する(ブラック)トリガーの一つ「万鈞の糸(クロステール)」。

 ただ一つだけの射撃ビットを操り、任意の地点にレーザーを照射するという、一見すると極めて単純な機能しか持たないトリガーである。

 

 しかし、驚嘆すべきはその射程にある。

 ノマスの戦闘データによれば、「万鈞の糸(クロステール)」の射撃ビットの操縦可能距離は、最低でも二十キロメートルを上回ると予測されている。

 そして射撃ビットから放たれるレーザーは、その威力もさることながら、如何なる距離を隔てても殆ど減衰しない。

 

 加えて「万鈞の糸(クロステール)」の起動者は、目視に依らずともレーダーや観測映像を用いて間接射撃を行うことができる。

 つまり、詳細な位置情報さえ把握できれば、「万鈞の糸(クロステール)」の起動者は戦闘エリアの完全な外側から一方的に狙撃を行うことができるのだ。

 

「連射はできないはずだ。霧が晴れるまで持ちこたえよ」

 

 マラキアは天を見上げながら部下を激励する。

 おそらく「万鈞の糸(クロステール)」の射撃ビットか陣取っているのは、戦場全てを見渡せる高空だろう。そして目の役割を行っているのは、戦場に充満した「光彩の影(カタフニア)」の霧に他ならない。

 

 起動者の位置も分からない今、狙撃を止めるのは不可能だ。しかし、不幸中の幸いなことに「万鈞の糸(クロステール)」は一射ごとにリロードが必要であり、また貫通力は高いが攻撃範囲はそれほどでもない為、伝達脳や供給機関を破壊されなければ戦闘の継続は可能だ。

 

 ノマスの戦士たちは何時撃たれるか分からない恐怖に苛まれながら、それでも押し寄せるトリオン兵相手に奮闘を続ける。

 

「しかし、ここで拘泥するわけには……」

 

 マラキアの頬に冷や汗が伝う。

 指揮所との通信は未だ回復せず、エクリシアが如何なる手段で都市の外殻を破壊したかもわからない。

 しかも、被害を受けた都市はこの一つだけではないはずだ。同時に都市への襲撃が行われたとすれば、ノマスの防衛部隊の処理能力はとても追いつかない。

 この状況を打破するには、ともかくエクリシアの主力である騎士を排除する必要がある。

 マラキアは濃密な霧の彼方に怨敵の姿を探す。

 そして――

 

「さて、何処を援護するべきかな」

 

 霧に覆われた都市を見下ろすようにして、スラスターを噴かせた騎士が遥か上空に陣取っている。老人の横に浮かぶのは、特徴的な八面体の狙撃ビットだ。

 フィロドクス騎士団の長老、エクリシア遠征部隊の総指揮官クレヴォは、トリオン体のヘッドアップディスプレイに示された洪水の如き戦況報告を子細に眺めながらそう呟いた。

 

 現在の所、作戦は滞りなく進行している。久しぶりに手にした「万鈞の糸(クロステール)」も、勘所は直ぐ取り戻した。戦況は「光彩の影(カタフニア)」を有する息子のカスタノから逐一送られてくる。的に困ることはない。

 取りあえず敵の手を止める為にトリガー使いを片端から撃破しているのだが、ノマスの(ブラック)トリガーには相性上から狙撃が通りにくい。

 そういった事情から、クレヴォは一般のトリガー使いや、敵の主力トリオン兵クリズリを優先的に始末している。

 

「あの子なら、もっと上手くやるのだろうが……」

 

 老人の脳裏に、長らく「万鈞の糸(クロステール)」を預けていた娘の姿が思い浮かぶ。強化反響定位のサイドエフェクトを持ち、そして桁外れの空間認識力を持つ彼女は、まるで針の穴に糸を通すような精密さで長距離狙撃を成功させてきた。彼女であれば、(ブラック)トリガーの隙を突いて痛撃を与えることも可能だっただろう。

 

「――失礼します。フィロドクス閣下」

 

 戦場には相応しくない感傷を抱いていたクレヴォに、可憐な少女の声が語りかけてきた。

 

「騎士フィリア。どうしたね」

 

 眼下で激闘を繰り広げているであろう少女が通信を繋いできたのだ。何か不測の事態が起きたかと、老人は鎧の中で身構える。が、

 

「敵の新型トリオン兵を発見しました。サイズは人の頭部程。おそらく自律トリオン兵と目されます。一部惑乱から脱しているトリオン兵団が確認できますが、それはこの新型が指揮しているものと考えられます。畏れながら閣下には――」

「分かった。最優先で排除しよう」

「感謝いたします」

 

 と、少女はそう言って件の敵兵のデータを転送してきた。

 自身も敵兵と苛烈な戦闘を繰り広げているだろうに、全体の戦況にまで目が行き届いている。

 

「……やはり、優秀な子だ」

 

 僅か十二歳の子供とは思えない少女の才覚に、クレヴォは我知らず讃嘆の言葉を呟く。

 しかし、その声にはどこか苦渋と諦念を匂わせていた。

 

「ともあれ、まずは目先のことを片付けんとな」

 

 クレヴォがそう溢すや、遥か彼方の蒼空から一条の輝線が地面へと降り注ぐ。

万鈞の糸(クロステール)」から放たれたレーザーがまずは一体、ノマスの自律トリオン兵を葬り去った。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 幻惑の霧が撒き散らされたその瞬間、カルクスは(ブラック)トリガー「凱歌の旗(インシグネ)」を翻らせ、機動都市の上部へと駆け上った。

 ミルクのように濃い霧の彼方を、炯々と輝く老雄の目が射抜く。

 

 戦場の騒音に紛れて聞こえてくるのは甲高い噴射音。騎士のスラスターの轟だ。

 百戦錬磨の老雄は突然の通信妨害に何ら怯むことなく、冷徹に敵の行動を読み切った。

 果たして、雲海の如き霧を潜り抜けて現れたのは、白亜の鎧を纏った騎士だ。

 

 飛翔する騎士は都市の近辺で旋回すると、滞空して腰だめに巨大な砲を構える。

 長らくエクリシアで諜報活動を行っていたカルクスでも目にしたことのないトリガーである。ただ、意匠から察するにはノーマルトリガーだろう。おそらくこの戦の為に開発された新型だ。

 カルクスは黒いマントを層状に折り重ね、高速移動の構えを取る。どちらにせよ騎士が行動を起こす前に始末する。

 

 しかし、マントを弾いて突進を行おうとした刹那、カルクスの鋭敏な五感が新たな敵影を感じ取った。

 

「っ――」

 

 霧を打ち破って迫る漆黒の巨腕。

 カルクスは即座に「凱歌の旗(インシグネ)」の形状を変化させ、突き出された巨拳を包み込むようにして受け止める。

 だが、打ち込まれた拳は正に桁外れの威力を有していた。カルクスは咄嗟に都市の外殻にマントの裾を突き立てるが、威力を減殺しきれず外殻を抉り取りながら数十メートルをも吹き飛ばされる。

 

 これほどの暴虐を成し得るのは、(ブラック)トリガーを置いて他にない。

 漆黒の双腕を携えた騎士、「金剛の槌(スフィリ)」の担い手ドクサ・ディミオスが、悠然とカルクスの前に現れた。

 

「老骨殿、またしても相見えましたな」

「……」

 

 総腕の騎士が弄うような口調で話しかける。ドクサとカルクスは、昨夜(マザー)トリガーを巡って激闘を繰り広げており、お互い技量の程は十分に把握している。

 

「ふん――」

 

 ノマスの最優先攻撃目標である(ブラック)トリガーが現れた。しかし、カルクスは都市の外殻を足場に高速移動を行うと、ドクサを躱して大砲を抱える騎士へと飛びかかった。

 

「流石に判断が正確だ。だが、やらせはせんぞ」

 

 そんなカルクスを阻むように、巨大な双腕が襲い掛かる。

 ただ巨大な腕を作り出すと言う単純な機能しか持たない「金剛の槌(スフィリ)」であるが、単純なだけにその威力は絶大だ。

 同じ(ブラック)トリガーとはいえ、対応力に強みを持つ万能型の「凱歌の旗(インシグネ)」では、パワー型の「金剛の槌(スフィリ)」の拳打を防ぎきることはできない。

 

「っ――」

 

 巨拳を浴びせかけられたカルクスが、急旋回して身を躱す。

 標的を見失って振り下ろされた拳が、都市外殻に巨大な陥没痕を穿つ。三百メートルの巨体を誇る機動都市が、大きく揺れるほどの凄まじい衝撃だ。

 だが、(ブラック)トリガーの一撃を受けても尚、都市の外殻は健在だ。陥没痕は痛々しく、いたる所に亀裂が走っているが、それでもまだ崩壊する様子はない。

 市民を護るために何度も改良を加えられた防壁である。流石に同じ箇所に何発も喰らえば持たないだろうが、そう易々と破られはしない。

 

「――」

 

 流石に無視できる相手ではないと悟り、カルクスが反撃に転じた。漆黒のマントが生き物のように蠢き、槍の如き形状となって鋭い突きを放つ。

 エクリシアの「誓願の鎧(パノプリア)」は非常に堅固な鎧だが、(ブラック)トリガーの出力を以てすれば貫くことは容易い。

 当然、ドクサは「金剛の槌(スフィリ)」でカルクスの攻撃を防ぐよりほかない。これで、ドクサの都市への攻撃は封じることができた、だがその隙を突いて、先ほど取り逃がしたエクリシアの騎士が、都市に向けて大砲を放った。

 

「――ぬかったか」

 

 如何なる時にも冷徹なカルクスが、驚愕の声を漏らす。

 騎士が放った大砲の威力は、老雄の想像を遥かに上回るものだった。先の「金剛の槌(スフィリ)」の一撃を上回る激震が機動都市を駆け抜け、堅牢無比な都市の外殻が、何とただの一撃で破られてしまったのだ。

 

 ノーマルトリガーと高を括ったのが裏目に出た。

 カルクスは知る由もないが、エクリシアが持ち込んだ砲撃トリガー「金の鯨(ケートス)」は、そもそもノマスの都市を擱座させるために開発されたトリガーだ。

 

 一撃の破壊力を極限まで追及して造られた「金の鯨(ケートス)」は、そもそも通常のトリガー使いが運用することを想定していない。

 砲撃に使用される膨大なトリオンは、エクリシアが誇るトリオンバッテリー「恩寵の油(バタリア)」によって賄われる。重厚な鎧を何時間も動かし続けるトリオンが、只の一射に凝縮されて放たれるのだ。 

 

 その威力は今見た通り。瞬間的には(ブラック)トリガーのフルパワーにも匹敵する。

 都市に風穴を空けた騎士は、腰部から新たな「恩寵の油(バタリア)」を取り出し「金の鯨(ケートス)」に装填すると、スラスターを噴かせて彼方へと飛び去ってしまう。

 

「悪いが、貴公とやりあうつもりはない」

 

 そして砲撃が成功するや否や、ドクサもカルクスとの戦闘を切り上げ、スラスターを噴かせて離脱する。もとより、彼らにはノマスの戦士と戦うつもりなどないのだ。

 如何なカルクスとはいえ、宙を飛ぶ騎士に追いすがることはできない。

 しかも地上では、防壁が破れたのを見計らったように現れたトリオン兵が、大挙して都市へと襲い掛かっている。

 

 遠く、近くから、先ほどと同じ砲撃音が聞こえる。

 エクリシアの騎士が幻惑の霧に乗じ、都市の外殻を破壊して回っているのだ。

 そして防備が綻んだところを、大量のトリオン兵が襲う。

 

 ノマスの戦士たちはどうしても対応に手を分散させざるを得ない。本部から指令が無ければ尚更目の前の敵に拘泥してしまうだろう。

 事前に市民の保護よりも敵主力を討つよう訓示されているが、同胞愛の強いノマスの兵が、それに従えるとは思えない。

 

 エクリシアの陽動策に、ノマスはまんまと引っ掛かってしまったのだ。

 そして陽動策を打つなら、その陰には本命の攻撃が有る筈だ。カルクスの峻厳な顔貌に、隠しきれない焦燥が浮かんだ。

 

 

 

 

 

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