WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

67 / 95
其の十三 総力戦 人と機械と

 混乱の度合いでは、前線を遥かに上回っていただろう。

 

光彩の影(カタフニア)」の一斉散布によって無線通信が全て途絶し、レーダー各種も用を成さなくなった現在、ノマスの首都都市「パトリア号」、そのブリッジ兼戦闘指揮所では、オペレーターや技術職員が必死の形相で情報をかき集めていた。

 

「とにかくエアブローを全開にするよう各都市に通達を出せ。霧を吹き飛ばすんだ」

 

 そうオペレーターに指示を出すのはユウェネスだ。何時も飄々とした態度を崩さない青年だが、流石に表情が強張っている。

 防衛部隊との通信は途絶えたが、「パトリア号」と各都市の間に張り巡らされた連絡通路と、それに併設された通信回線は生きている。

 戦闘指揮所は各都市に指令を出しながら、一刻も早い戦況把握に努めている。

 

「「セクリス号」「サリサ号」「ペルティカ号」の外殻が崩落! 敵トリオン兵が内部に侵入したとのことです!」

 

 とその時、オペレーターの一人が動揺も露わに通信を読み上げた。

 

「な――それは確かですかっ!」

 

 思わず声を荒らげたのは少年レグルスだ。

 ノマスは都市の防御力に絶対の自信を置いており、防衛策もそれに依拠して立てられている。(ブラック)トリガーの集中攻撃を受けでもすれば別だが、その場合でもここまで立て続けに防壁が破られる筈がない。

 

 レグルスが誤報を疑うのも無理からぬことだろう。

 しかし、戦闘指揮所には次々に都市の被害報告が飛び込んでくる。防壁を破られた都市は十を越え、さらに増え続けていく。小型の都市の殆どがトリオン兵の侵入を許してしまったことになる。

 

「そんなっ……バカな……」

 

 レグルスの顔から血の気が引く。

 エクリシアが都市外殻を打ち破る手段を持っているというなら、ノマスの防衛戦略は根底から覆される。只でさえ防衛部隊との連絡が途絶え、戦況すら判然としないのだ。少年は緊張の余り、数瞬の間我を忘れてしまう。が、

 

「都市は捨てても構わない。迎撃装置を起動して時間を稼ぐんだ。市民の避難を最優先させろ。受け入れ先は「グランディア号」「サギタリウス号」ら中規模都市だ。見たところ、敵は小都市にしか攻撃を仕掛けていない。中都市の外殻なら敵の攻撃を凌げる公算が高い」

 

 淀みなくオペレーターに指示を出すのはユウェネスだ。

 黒髪の青年は緊迫した面持ちで、絶望的な戦況を真正面から見詰め続けている。

 

「おいレグルス。これでいいな、発令すっぞ!」

「――は、はい」

「……親父さんや他の長老と連絡が付かねぇ以上、形だけでもお前が指揮を取らなきゃなんねえ。――キツイけど、気合入れろよ」

 

 我を失っていたレグルスに、ユウェネスが力強く語りかける。

 彼は少年の方に顔を向けると、殊更に茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。

 はとこの激励に、レグルスの萎えかけた気力が勃然と湧きおこる。

 

「わかりました。では、我が「パトリア号」の市民も中規模都市に避難させます。館内に放送を行ってください。また指揮所以外の職員も順次退避を。(マザー)トリガー封鎖計画を実行します」

「な、おいおい」

 

 昂然とそう言い放つレグルスに、ユウェネスが虚を突かれたように声を上げる。いくらなんでも、職員まで避難させるのは時期尚早だ。

 しかし少年は凛々しい面差しを従兄に向けると、

 

「盟主レクスの命令通りです。敵がどのような奥の手を隠しているかわかりません。最悪を見据えて手を打ちましょう。人命を最優先に行動します」

 

 断固たる口調でそう言い放ち、オペレーターに指示を出す。

 

「けどよ、(マザー)トリガーの封鎖までどう凌ぐんだ!? 図面は引いたが、調整やら何やらで時間が滅茶苦茶かかるぞ!」

 

 ユウェネスは尚も困惑した表情で問う。

 いくら国宝「万化の水(デュナミス)」を用いたとしても、「パトリア号」の解体と(マザー)トリガー封鎖にはかなりの時間がかかる。その間、エクリシアの猛攻を凌げなければ、首都陥落、延いては(マザー)トリガー制圧という、取り返しのつかない事態を招いてしまう。

 

「作業時間の短縮については、モナカさんに案があると伺いました」

 

 が、答えるレグルスは飽く迄も平静だ。絶体絶命の危機を前にして、この少年は腹を決めてしまったらしい。

 

「そういや、あいつ何処に行ったんだ? この忙しい時に……」

「研究室に戻ると仰っていましたよ」

 

 同じく指揮所に詰めていたモナカは、レクスの(マザー)トリガー封鎖命令を耳にするや、席を蹴立てるようにして退出してしまった。何でも封鎖を実行するに当たり、自身の研究室に必要な機材を取りに戻ったらしい。

 

「モナカさんを信じましょう。きっと封鎖は上手くいきます」

「いや、でも状況が不味いのに変わりはねえぞ。何とか敵を押し返さねえと、市民を避難させるのも難しい」

「「スタブルム号」を解体してカーラビーバを投入します」

 

 撤退行動に移るにしても、敵の勢力を削がねばそのまま押し潰されてしまう。ユウェネスの当然の疑念に対し、レグルスは淡々とそう答えた。

 

「な――おい、マジか……」

「どうせ他の小都市も放棄するんです。なら有効に活用すべきでしょう」

 

 ノマスが開発した超巨大トリオン兵カーラビーバ。卵から孵化させるだけで都市一つ分のトリオンを食いつぶすという、まさに規格外の兵器である。

 コストの悪さからとても侵略兵器としては使えず、防衛用の決戦兵器として死蔵されていたトリオン兵だが、その戦闘力は(ブラック)トリガーをも上回る。

 万が一の為に用意だけはしてあったそのトリオン兵を、レグルスは用いようと言うのだ。

 

「……分かった。まあ、後で何か言われたら一緒に頭下げてやるよ」

「ありがとうございます」

 

 他の都市にまで被害を与えかねないトリオン兵の投入は、本来ならば長老会の承認を得る必要がある。

 それを知りつつ断行しようとする弟分を、ユウェネスは呆れたような、感心したような面持ちで眺める。

 

「やっぱお前は親父さんの子だよ。いざとなるとおっかねえな」

「何ですかそれ。皮肉なら後にしてください。今大変なんですから」

 

 二人は軽口を交わしつつ、モニターへと向き直った。

 彼らはもう迷わない。如何なる手段を以てしても、国と民を護ると心に決めた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 覚醒は何の前触れもなく訪れた。

 意識が回復したその瞬間、自動で躯体のシステムチェックが行われる。が、殆ど全ての項目でエラーが起き、満足に起動できたのは各種感覚器官と思考プログラムのみ。

 自身に施された各機関へのロックが未だ解除されていないことを平静に受け止めつつ、彼女――自律型多目的トリオン兵ヌースは全ての起動工程を終了した。

 

「起きたわね」

 

 周囲を確認する暇もなく、ヌースに硬い声が投げかけられる。彼女は声聞認識を行うと、

 

「シビッラ氏族のモナカ。今度は何用ですか」

 

 自らを拘禁し続けるノマスの技術者に問いかける。

 

「……貴方の取引に応じることにしたのよ」

 

 すると、モナカは神経質そうな顔立ちを殊更険しくし、絞り出したかのような声でそう言う。

 

「取引の前に状況の説明を願います。何か事情が変わったのでしょう。前提条件を伏せられたままでは応じられません」

 

 モナカの緊迫した面持ちを見て取ったヌースは、そう言って申し出を断る。

 彼女が機能を停止している間にどれ程の時間が経ったかも分からない。おまけに、制限された感覚器官でも微かに感じ取れるのは戦場の喧騒だ。

 戦闘の真っ最中に、顔色を失ったモナカが取引を持ちかけてきたのだ。並々ならぬ事情があるものと、即座にヌースは見抜いた。

 

「……いえ、そうね。どのみち隠す事ではないわ」

 

 ヌースの不遜な物言いに眉を顰めたモナカだが、苛立ち紛れに息を吐き捨てると、掻い摘んで状況の説明を始める。

 エクリシアとノマスの戦端が開かれてからこれまでの推移を手短に説明し、ヌースが納得したことを確認すると、モナカはいよいよ取引の内容を打ち明ける。

 

「我々はこの機動都市「パトリア号」を解体し、(マザー)トリガーを封鎖することを決定したわ。ただし、「万化の水(デュナミス)」だけで全ての作業を行うには時間が掛かりすぎる。……あなたには、その演算力で都市の解体を手伝ってほしいのよ」

 

 トリオンのリサイクルと修理の簡便化の為、ノマスの機動都市のほぼ全ての部品にはトリオンへの還元機構が備えられている。

 これは「万化の水(デュナミス)」の機能の一部を再現した機構で、箇所さえ指定すればボタン一つでトリオンを液体状態にすることができる。

 その機能を用いて「パトリア号」を溶かしてしまおうというのだ。

 

 しかし、全長一キロを超える超巨大都市となれば構造は複雑を極め、また力学上極めて緻密なバランスの上で成り立っている。

 考えなしに建材を溶かしてしまえば、都市そのものが即座に倒壊しかねない。

 そのため、トリオンへの還元は緻密な計算に基づいて慎重に行わなければならないのだが、それを行うには時間も人員もまるで足りない。

 

 このままでは封鎖計画が画餅に帰する。その時モナカが思いついたのが、自律トリオン兵ヌースの利用である。

 只でさえ規格外の処理能力を有するヌースは、さらにトリオンを消費することで無尽蔵に子機を造ることができる。彼女の協力を得られたならば、作業は飛躍的に進むだろう。

 

「……」

 

 要求を聞かされたヌースは、暫し黙考すると、

 

「この状況下で、私があなたに協力する理由が薄いことは、理解の上ですね」

 

 淡々とした声でモナカに問う。

 戦況はエクリシアが圧倒的優位に立ち、ノマスを屈服寸前にまで追い込んでいる。

 (マザー)トリガーを護るために首都都市を放棄せねばならないというのだから、エクリシアは乾坤一擲の大攻勢を仕掛けているのだろう。

 

 となれば、ここでヌースが敗色濃厚なノマスに手を貸す意義は殆ど無い。家族との再会を目的とするヌースにすれば、ここで救助を待ち続ければいいだけの話だからだ。

 モナカもヌースがそう判断するだろうことは予想している筈だ。その上で協力を要請してきたと言うなら――

 

「ええ。だからこれは取引ではなく脅迫よ。あなたが承諾しなくても、私たちは作業を進めるわ。……もっとも、その時は多忙の私に代わって、あなたに戦場に出てもらうことになるけれど」

 

 そう言って、モナカは手のひらに漆黒の杭を作り出す。

 ノマスの(ブラック)トリガー「悪疫の苗(ミアズマ)」は、あらゆるトリオン製の器物を乗っ取り、支配下に置く能力を持つ。

 彼女はこのトリガーでヌースの自我を奪い、エクリシアの軍勢と戦わせようと言うのだ。

 当然ながら、傀儡になったヌースは本来の能力を発揮できない。勿論、都市解体を手伝わせることも不可能だ。ただの鉄砲玉として使い潰してやるという、明白な脅しである。

 

「そういう話なら、なおの事頷く訳にはいきません」

 

 だが、ヌースはモナカの要請を峻拒した。

 

「私が件の計画に協力したとして、その後の無事が保証されるとも限りません。……ならば、大人しく壊されたほうがはるかにいい」

 

 と、あくまで平静な、それでいて強い決意を込めて宣言する。

 

「な――馬鹿にしないで。取引を持ちかけたのは私よ。あなたが私たちに協力してくれるなら、もちろん身の安全は保障するわ。……いえ、それだけじゃない。この戦で私たちに敵対しないと約束できるなら、あなたを解放してもいい」

 

 するとモナカは柳眉を逆立て、ヌースに向かってそう告げる。

 

「私は、貴方を信じることができません」

 

 しかしトリオン兵は止めとばかりにそう言い放った。

 

「この危機を脱する為なら、貴方はどのような虚言でも弄するでしょう。協力はできません」

「…………」

 

 取りつく島も無い完全な拒絶に、モナカは言葉を失って顔を伏せる。

 対して、ヌースには毛ほどの動揺も無い。激怒したモナカに如何なる仕打ちを受けようとも、彼女は従容として受け入れるつもりだ。

 鉛のように重い沈黙が、狭苦しい部屋に立ち込める。すると、

 

「約定を果たせば必ずあなたを解放する。エクリシアに引き渡しても構わない。

 ……レギナに誓うわ」

 

 胸に手を当て、決然とモナカがそう告げる。

 

「どうすれば、あなたに信じてもらえるか分からない。だから、私は自分の一番大切な人に掛けて誓う。……あの子の友として、契約完了後の解放を約束します」

 

 雑然とした狭い研究室が、まるで清らかな聖堂に思えるほどに、誓いを立てるモナカの姿は廉潔にして荘厳であった。

 

「……もし件の計画が成功すれば、戦闘は終息に向かいますね」

 

 モナカの姿をじっと見つめていたヌースが、ぽつりとそう呟く。

 

「いいでしょう。取引をお受けします。作業データと都市へのアクセス権を頂けますか」

「――え、ええ、ありがとう」

 

 ヌースにさらりと承諾され、半ば諦めの境地にあったモナカは困惑した声を出す。

 彼女はモナカの赤心に触れ、約束を信じることにしたらしい。トリオン兵の理路整然とした思考回路からはあり得ない、明らかな情動の発露である。

 

 ヌースの規格外の性能には感服していたモナカだが、心のどこかでは、所詮プログラムによって動く人形兵器に過ぎないという侮りがあった。

 だが、目の前の彼女は――

 

「あなたは、本当にレギナによって命を与えられたのね……」

 

 感嘆の息が漏れる。

 技術者として己が未だ届かぬ領域に、十余年も前にたどり着いた親友への惜しみない称賛が、胸の内に沸き起こる。

 そして亡き友の姿を思い返せば、同時に彼女の心を責め苛む、もう一人の人物が脳裏に浮かぶ。

 

「どうしました。可能ならばすぐにでも作業に取り掛かりたいのですが」

 

 そんなモナカの胸中を、ヌースは知る由もない。

 

「そうね、急いで頂戴。間に合わずに都市が落とされれば、もちろん取引は不成立よ。私も不本意な手を取らざるを得なくなるわ」

 

 催促されたモナカは慌てて不機嫌そうな顔を取り作ると、ヌースの機能制限を解除し、諸々のデータと権限を貸与した。

 都市の解体作業は、内部ネットワークに繋がっていれば何処でも可能なので、態々場所を移動する必要はない。

 トリオンが供給されたヌースは即座に都市ネットワークに自らを接続すると、山積みのタスクを凄まじい勢いで片付けだした。

 

「そういえば……モナカ。レギナの友として、貴方には聞いてみたいことがありました」

 

 そうして作業に没頭しながらも、ヌースが小さな声で問いかけた。

 

「何かしら?」

 

 唐突な質問に、モナカの顔に警戒の色が浮かぶ。このトリオン兵は、この期に及んで何を問い質そうと言うのか。すると、

 

「いえ、そう大した話ではありません。……レギナはノマスにいた時から、()()()()だったのですか?」

 

 ヌースは相変わらず抑揚のない、それでいながらどこか茶目っ気を感じさせる声でそう尋ねた。

 思いもかけない質問に、モナカは虚を突かれたように口ごもる。そして、質問の意味を解した途端に思い出したのは、親友の型破りで奔放な行状の数々だ。

 

「――く、ふっ」

 

 知らずの内に、モナカの喉から妙な声が漏れ出た。

 眉間に刻まれた深い皺が消え、口辺が自然と緩む。

 

 この世の何者をも恐れないかのような、手の付けられない暴君。

 それでいて、生きとし生けるものに愛情を注いだ、優しき姫君。

 

 あの天真爛漫な少女に付き合い、いったいモナカは何度泣きを見たかことか。

 記録映像を全て見た訳ではないが、目の前のトリオン兵も、きっと自分と同じような目に遭ったのだろう。子供まで出来たのに、彼女のお転婆はとうとう治らなかったらしい。

 

「そうね。全然変わってないわ。ホントにあの子、昔っから()()()だったのよ」

 

 呆れたような、懐かしむかのような声でモナカが答える。

 彼女の顔貌に浮かぶのは、おそらくは十余年ぶりとなる笑顔。

 

「……ねえ、今更だけどあなたの声、レギナにそっくりね」

 

 どちらにせよ、ヌースが作業を終えるまで自室を離れることはできない。

 苛烈を極める戦闘のただ中で、モナカはほんの一時、過去の麗しい思い出に浸ることを己に許すことにした。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 都市群の周縁部。両軍のトリオン兵が激闘を繰り広げている戦線の更に外側。戦塵も届かぬ草原に、捕獲用トリオン兵バムスターがぽつりと立ち尽くしている。

 バムスターは戦場の喧騒など己にはまるで関係ないかのように、鎌首をもたげて遠く霧にけぶる都市を眺めている。

 そしてその頭頂部には、白亜の鎧を纏った騎士の姿が。

 

 エクリシアはゼーン騎士団の総長、(ブラック)トリガー「劫火の鼓(ヴェンジニ)」の担い手ニネミア・ゼーンは、吹き荒ぶ風に身を晒しながら、微動だにせず彼方の戦場を睨みつけていた。

 

「霧はかなり晴れてきたようね。……ノマスも流石に対策は施しているか」

 

 各戦線からリアルタイムで送られてくる戦況を子細に検分しながら、黒髪の麗人は兜の中で呟く。

 

「とはいえ、作戦は順調に推移している。……私の出番もそろそろね」

 

 幻惑の霧は消されつつあるが、その隙に味方は粗方の仕事を終えている。

 新型トリガー「金の鯨(ケートス)」を装備した騎士は、既に十を越える小都市の外殻破壊に成功している。そのほとんどに捕獲型トリオン兵ワムが取りついた。送り込まれた小型のトリオン兵が都市内部で暴れ回っている事だろう。

 

 ノマスの防衛部隊は目の前のトリオン兵に掛かりきりだ。たとえ通信が回復しても、陣形は散々に乱れている。もはや隊伍を組んで騎士に挑むことは不可能だ。

 そして騎士を単騎で相手取れる(ブラック)トリガーも、そもそも戦闘を避ければ何の問題も無い。

 難敵の位置は逐次「光彩の影(カタフニア)」で追跡している。仮に騎士が捕捉されたとしても、上空へ逃れれば簡単に振り切ることができる。

 

「全部、あの子の引いた絵図面通り。……絶対にしくじれないわね」

 

 敵の通信妨害から市街地への急襲、防衛部隊の誘引。鮮やかに決まった一連の作戦を――たとえ先達の助言を受けながらとはいえ――年端もいかぬ少女が立案したとは誰も信じないだろう。

 

 ニネミアは細く息を吐き、改めて気を引き締める。

 この作戦で彼女に割り振られたのは、首都都市を陥落させる破城槌の役割だ。

 作戦目標である「パトリア号」は、全長一キロを超す規格外の巨大都市だ。勿論、外殻の堅牢さも小規模都市の比ではない。

 

 いくら最新鋭のトリガー「金の鯨(ケートス)」とはいえ、あの巨大都市の防備を打ち破るには出力不足だ。エクリシアのトリガーでそれを可能とするのは、彼女の担う「劫火の鼓(ヴェンジニ)」を措いて他にない。

 故にニネミアは戦闘には参加せず、極力トリオンを温存する必要があった。作戦開始も、彼女のトリオンが完全回復する時刻で決められたほどだ。

 

 気位が高く、またそれ故に敢闘精神の強い彼女にとって、ただ手を束ねて戦況の推移を見守るだけというのは想像以上の忍耐を必要としたが、それでも彼女は任務を忠実に守り続けた。

 小さな友人が、砕け散った心を無理やり縫い止め、痩せ衰えた体に鞭を打って戦っているのだ。

 それもこれも、怨敵の喉笛を切り裂き、その血で同胞たちの痛みを贖わせる為。自らに課せられた責務を思えば、多少の我慢など如何ほどの事でもない。

 

「「劫火の鼓(ヴェンジニ)」」

 

 ニネミアがいよいよ射撃ビットを展開する。

 霧はかなり薄れてきているが、通信妨害はまだ効いている。敵の混乱は極みに達していることだろう。

 都市周縁で行われているトリオン兵同士の戦いも、エクリシア側が押し込み始めている。

 彼女の乗るバムスターが、ゆっくりと歩を進める。可能な限り、「パトリア号」まで距離を詰めておく必要がある。

 

 全トリオンをただ一射に注ぎ込み、最大威力の砲撃を叩き込む。

 チャンスは一度きり。最適なタイミングを計らねばならない。

 

「――っ!?」

 

 とその時、各種センサーに異常なトリオン反応が現れる。

 最初は都市の一つが移動を始めたように見えた。だがそれは突如として形態を変化させ、(ブラック)トリガーをも上回る出力で活動を始める。

 

「な――何よあれ!」

 

 異常はすぐさま現実の光景となって現れた。

 機動都市によって作られた、丘陵の如き防御陣地。

 薄霞のかかった都市群から、突如として長大な影が天へと伸びる。

 

 おかしいのは縮尺だ。その影は、巨大都市とさして変わらないスケールを有している。

誓願の鎧(パノプリア)」の兜に備わった解析装置が、即座にその物体の大きさを弾き出す。

 直径はおよそ三十メートル余り。長さに至っては、見えている部分だけで三百メートル以上。フォルムから推測すれば、さらに体躯は長大だろう。

 ニネミアをして絶句せしめたモノ。それは――

 

「あれが、トリオン兵だと言うの……」

 

 天を突く巨大な白亜の蛇。霧の中から悠然と現れたそれは、或いは玄界(ミデン)の文化を知る者なら「竜」とでも形容するかもしれない。

 

 ノマスが繰り出した決戦兵器。超巨大トリオン兵カーラビーバが、戦場に産声を上げたのだ。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。