WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の六 イルガーを討て

(ゲート)発生! (ゲート)発生! 戦闘区域内に誘導成功。総員、直ちに迎撃を開始せよ」

 

 けたたましい警報と共にアナウンスが鳴り響く。

 敵の攻撃が始まったのだ。おそらく敵は正体不明の乱星国家だろう。この異常なまでの侵攻の速さ。接触軌道に入るまえから準備を整えていたに違いない。

 

「従士フィリア・イリニ。出ます!」

 

 フィリアは指揮所に連絡を入れると、即座に「鉄の鷲(グリパス)」を創出しクレーターへと飛び降りる。城壁内に詰めていた防衛部隊も既に展開しつつある。敵のトリオン兵が出そろう前に、すぐさま迎撃に移れるだろう。だが、

 

(ゲート)数、三十、三十一、三十二、依然増加中!」

 

 オペレーターの強張った声が響く。

 蒼天に巨大な黒い穴が幾つも穿たれ、中からは止めどなくトリオン兵が湧き出している。

 フィリアが驚愕するのも無理はない。早すぎる攻撃もさることながら、この規模の戦力投入は、明らかに制圧を意図したものだ。

 

 ここまで大胆な攻撃を仕掛けてくる以上、相手はエクリシアの国情を知っていると考えるべきだろう。いや、今はその思索をする意味はない。

 (ゲート)から溢れ出たモールモッドは百を超え、さらに数を増し続けている。それどころか、

 

「イルガー!」

 

 空を見上げた従士が大声を上げる。

 (ゲート)から現れたのは、甲冑魚のような大型トリオン兵だ。胸びれと臀びれ、そして尾びれを悠々とうねらせながら、空を海のように泳ぎ進んでいる。

 

 爆撃型トリオン兵、イルガー。

 全長五十メートルを超す巨体を持ち、その全能力を爆撃に特化したトリオン兵である。一体で小都市を灰塵に帰すことも可能な火力を持つが、イルガーの製造には高い技術力が必要なため、保有国は少ない。

 この一事をとっても、敵が相応の国力を持つ大国であることは明らかだ。

 

 そして恐るべきことに、イルガーの数はさらに増え続けている。

 瞬く間に二十体余りのイルガーが(ゲート)より姿を顕し、大地に巨影を落とした。しかも、

 

「イルガーは自爆モードに移行! 支援砲撃を要請!」

 

 フィリアが大声で司令部に通信を入れる。

 

 クレーターの上空を回遊するイルガーの頭部、センサーとなる目が収まっている部分が、人間の歯のような装甲に覆われる。そして背部には突起物が立ち並び、トリオンの臨界を示すように光り出した。

 

 トリオン兵イルガーは爆撃を主任務とするが、大ダメージを受けて任務の続行が困難となった場合、内臓トリオンの全てを用いて自爆するようにプログラミングされている。

 勿論トリオン兵の行動パターンは変更が可能であり、敵は地上部隊の露払いとしてこの巨大爆弾を突っ込ませるつもりなのだろう。しかも、

 

「敵の殆どがこちらに向かってきます。対処しきれません!」

 

 従士の一人が悲鳴を上げる。

 クレーターのほぼ中心部に出現したトリオン兵たちの殆どが、イリニ騎士団の受け持つ陣地一画を目がけて押し寄せてくるのだ。囲みの一部分だけ迅速に食い破るつもりである。戦法に迷いが無い。こちらの防備を事前に知っていたとしか思えない動きである。

 

「イルガーは騎士と砲撃で対処します。従士隊は地上のトリオン兵を討滅しなさい」

 

 その時、メリジャーナの凛々しい声で通信が届く。

 フィリアが背後に視線を移せば、「誓願の鎧(パノプリア)」に身を包んだ騎士たちが城壁から天空へと飛び立っていくところであった。

 

 定石を無視した強襲に虚を突かれたが、対応できない訳ではない。

 自爆モードのイルガーはトリオン密度が高まって凄まじい硬度となるが、騎士の一撃ならばその外殻も破ることができる。

 支援砲撃も始まった。イルガーは堅固だが速度に劣る。城壁に到達するまで大多数を撃ち落とせるだろう。だが、

 

「――っ、ダメ!」

 

 フィリアが小さく悲鳴を上げる。同時に、空を埋め尽くさんばかりのイルガーから一斉に多数の飛翔体が発射された。

 イルガーに比べれば針のように細いそれらは凄まじい速度で大気を切り裂き、攻撃を始めたばかりの砲台に次々と突き刺さる。そして、

 

「う、うわっ!」

「ぎゃああああ!」

 

 耳を聾する爆発音が連続して続き、通信越しに悲鳴が響く。

 

 自動砲台は点検中だった。まだ退避し損ねた職員が居たのだろう。フィリアが怒りに顔を顰める。

 

 あの飛翔体――おそらく新型トリオン兵――はイルガーに接近していた騎士にも狙いを定めた。弾丸のような速さで迫りくる数多のトリオン兵を、上空を飛翔していた六名の騎士が迎え撃つ。

 不意打ちを受け、形勢は不利かと思われたが、流石はエクリシアでも指折りの戦士たちだ。難しい空中戦にも関わらず、騎士たちは剣を振るい弾丸を放ち、銛のような形状をした飛行トリオン兵を次々に倒していく。だが、

 

「――っ、くそ!」

 

 トリオン兵の一体が、剣で斬られる前に爆発した。爆風を受け騎士の体勢が大きく崩れる。そこへ後続の一体が直撃し、爆発した。

 

「騎士バミアが被弾!」

 

 騎士の一人が上空から叩き落とされる。いかに強固な「誓願の鎧(パノプリア)」といえど、あの速度と爆発を受ければただでは済まない。着装者は一命を取り留めた様子だが、戦線に復帰できるかは分からない。

 

「イルガーが来るぞ!」

 

 新型トリオン兵の対処に追われて、騎士がイルガーになかなか取りつけない。それでも支援砲撃と合わせて半数ほどは堕としていたが、後続は騎士の迎撃をすり抜け城壁へと向かっている。城壁に風穴を開け、そこから地上トリオン兵を侵攻させる気だ。

 

「「銀の竜(ドラコン)」「鈴の馬(モノケロース)」を持つ従士はイルガーを狙撃。近接装備の者は彼らを援護しなさい」

 

 メリジャーナの指令が届く。確かに「銀の竜(ドラコン)」「鈴の馬(モノケロース)」の射程ならば、地上からもイルガーを堕とすことができるかもしれない。だがそれには火力の集中が不可欠だ。

 荒野を埋め尽くすようなモールモッドの群れは、すぐそこまで迫っている。

 従士たちは遠距離装備持ちを中央に置き、円陣を組んで彼らを護る。

 

 たとえ隔離戦場の外縁に到達したとしても、高い城壁を乗り越えるのは簡単ではあるまい。イルガーさえ堕とすことができれば挽回は可能だ。

 他の騎士団も直に戦線に加わるだろう。今は防壁を護りきることだけを考えなければ。

 

「撃て!」

 

 号令の下、砲が一斉に火を吹く。

 猛烈な集中砲火を受け、上空を進む数体のイルガーに風穴が開く。

 トリオンの黒煙を激しく噴出させたイルガーは、ぐらりと姿勢を崩し重力に抗う力を失う。トリオンを漏出させてしまえば、自爆はできない。

 だが、狙いが甘かったのか、火力が足りなかったのか、まだ五体のイルガーが健在だ。

 

「第二射急げ!」

 

 騎士は変わらず新型に絡まれていて、迎撃にはもう間に合わない。

 自動砲台は八割方が沈黙している。地上部隊だけが頼りだ。とはいえ、イルガーの硬い装甲を抜くには射撃を集中させなければならない。「銀の竜(ドラコン)」の射撃にはチャージが必要だ。はたして間に合うか。

 

「――っ!」

 

 迫りくるモールモッドを斬り倒し続けていたフィリアは、突如として踵を返すと、城壁に向けて猛烈な勢いで走り出した。

 そして凄まじいトリオン体の操縦を以て垂直に近い防壁を一気に駆け上がると、堡塁の突端まで走り、大跳躍。そして、

 

「「鷲の羽(プテラ)」!」

 

鉄の鷲(グリパス)」のオプショントリガーを用いて、剣に引っ張られるように空を飛ぶ。

 少女の眼前にはイルガーの巨大な頭部がある。既に敵は目と鼻の先だ。ここまで近付いているのなら、滑空程度の飛行で取りつくことができる。

 

鷲の爪(オニュクス)起動!」

 

 そしてフィリアは別のオプショントリガーを起動させる。

 同時に「鉄の鷲(グリパス)」から笛の音のように甲高い音が響く。「鷲の爪(オニュクス)」は剣身を超高速で振動させることにより、凄まじい切断力を付与するトリガーだ。

 人間の歯を思わせる不気味な装甲に、フィリアは真っ向から迫る。

 

「はああぁぁぁっ!」

 

 渾身の雄叫びと共に、少女が「鉄の鷲(グリパス)」を振り抜いた。

 刃は果実を割るかのように装甲を切り裂き、その奥に隠されたコアを見事に断ち割った。

 急所を破壊されたイルガーは一瞬で活動を停止し、自爆用のトリオン反応も消えていく。

 

「――ッ! 「鷲の羽(プテラ)」」

 

 だが、慣性までも消し去ることはできない。

 墜落を始めるトリオン兵の巨大な残骸。

 フィリアは押しつぶされないように再度オプショントリガーで滑空し、イルガーの墜落軌道から離れて着地する。

 城壁に頭からぶつかるイルガー。轟音と地響きが間近の少女を襲う。

 恐れていた爆発は無い。衝突を受け止めた城壁は悠然と聳え立っている。

 

「他はっ!」

 

 安堵の間もなく、フィリアは再び空を見上げる。自分が仕留めた敵を抜いて、イルガーは後四体だ。もう一度滑空して斬るには時間がない。

 

「全イルガーの撃墜を確認! 引き続き地上部隊を排除しなさい!」

 

 どうやら従士隊の再攻撃は上手くいったらしい。今まさに、墜落し始めたイルガーの巨体が見える。

 砲撃が間に合わなかったのは、フィリアが堕としたあの一体だけだったらしい。

 サイドエフェクトに従って無茶をしたが、その甲斐はあった。下手をすれば城壁に巨大な穴が開けられていたかもしれない。

 騎士に纏わりついていた新型トリオン兵も全て撃墜されたようだ。ゼーン騎士団、フィロドクス騎士団の援軍も、トリオン兵を背後から攻め始めている。

 

 潮目は変わった。後は残敵を一掃するだけだ。

 激闘を続けていた従士たちの顔にも、僅かながらに安堵の色が差す。だが、

 

(ゲート)発生! 座標西部八の二、トリオン兵団の中央です!」

 

 オペレーターの緊迫した声が響く。同時にモールモッドの群れの直上に複数の巨大な(ゲート)が開いた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 大空に開いた漆黒の(ゲート)から、白い塔のようなモノが現れる。直径は目測で十メートル以上はあろうか。垂らされた糸のように地表を目指すそれの長さは、百メートルを優に超えている。

 その奇妙な物体が、二本、三本と(ゲート)から現れていく。

 戦場にいた全ての者が、その奇怪な姿に目を奪われる。

 

 あれは果たして何なのか。

 ただ一人フィリアだけが一目でその正体を看破し、大声で通信機に呼びかける。

 

「新型トリオン兵を確認。あれは捕獲型です! 土中に潜る前に対処を!」

 

 思えば不審な点はあった。

 

 近界(ネイバーフッド)における戦争の理由は、その多くが資源獲得のためである。ここでいう資源とはもちろんトリオン、そしてそれを生み出す人間の事を指す。

 敵兵と戦いながら人間を捉えるのはあまりに効率が悪く、リスクも大きい。その為、近界(ネイバーフッド)ではいずれの国も、人さらい専用の兵器を開発している。捕獲型と呼称されるトリオン兵だ。

 

 どの捕獲型トリオン兵も、人間からトリオン機関を摘出し、また優れたトリオンを持つ人間は生け捕りにする能力を持つ。

 通常の侵攻は、モールモッドなどの戦闘用のトリオン兵と、バムスターなどの捕獲型トリオン兵を併用することが多い。

 今回の侵攻に関して言えば、敵は今まで戦闘用のトリオン兵しか投入していなかった。

 

 故に、司令部も敵の目的がエクリシアに打撃を与えることだと判断した。しかし、

 

「道を、塞ぐなっ!」

 

 フィリアは手近なモールモッドを叩き斬りながら、白い塔へと猛進する。

 

 (ゲート)から地表までたどり着いた新型トリオン兵。その先端部がドリルのように回転し、凄まじい勢いで地面を掘削し始める。

 捕獲機能を持つトリオン兵は、基本的に戦闘能力が低い。そのため、通常は護衛としてトリガー使いや戦闘型トリオン兵を随行させるのだが、この新型は地中に潜ることで攻撃そのものから身を逃れるつもりなのだ。

 

 どれほど深くまで潜れるか分からないが、一度潜行されてしまえば追撃は難しい。

 攻撃するなら今の内である。だが、見た目の巨大さから推し量るに、あの新型は相当な防御力を持つだろう。

 砲台が殆ど機能していない現状、あれを破壊するには銃器型トリガーによる集中砲火か、近接戦で急所を狙うしかない。先の攻撃は、このトリオン兵を安全に展開させるための露払いだったのか。

 

「新たに(ゲート)の反応が有ります! 十、十一、十二!」

 

 長い身体をミミズのようにくねらせて地面を掘る新型の周りに、中小規模の(ゲート)が多数開く。中から現れたのは飛行型トリオン兵バドの大群、捕獲・砲撃用トリオン兵バンダー、モールモッドの追加もある。

 

 飛行型トリオン兵バドは一直線に騎士たちを目指している。

 地上部隊がトリオン兵団を駆逐して進まなければならない以上、最大の脅威は飛行能力を持つ騎士だ。無論、バド程度に苦戦する彼らではないが、敵は徹底的に騎士たちの進攻を妨げるように動いている。完全に時間稼ぎの策だ。

 

「くっ、邪魔しないで!」

 

 鬼神の如き剣技でトリオン兵を駆逐するフィリア。

 遅まきながらエクリシア側もトリオン兵を繰り出しているが、それでも敵の分厚い陣形を打ち破ることができない。

 

 あの敵を撃破できず、万一見失いでもすれば、トリオン兵は好きなタイミングで都市を襲うことができるだろう。

 絶対に逃してはならない。

 総員が持てる力すべてを投じて攻撃に掛かる。それでも、敵の布陣はあまりに分厚く堅固だ。しかも、

 

「そんな……」

 

 砲撃を受け続けていた新型トリオン兵の体が、中ほどからぶつりと千切れた。

 ようやく一体を仕留めたかと従士たちが歓声を上げるも、千切れたトリオン兵は活動を止めていない。

 風穴の開いた一部だけを切り捨て、その前後のパーツは変わらず土中に潜ろうとしている。

 

「群体型なんて……」

 

 あの長大なトリオン兵は一個体ではなく、節目ごとに独立した個体が数珠つなぎになって行動しているのだ。

 攻撃を受けても破損した部位を切り捨てるだけで、総体にはまったく影響がない。それどころか、切断部位から別れたパーツは別行動を取り始める。

 

「っ……」

 

 あの物量を逃さず殲滅できる手段は、今のイリニ騎士団にはない。さしものフィリアの心にも、絶望の影が差した。するとその時、

 

「総員戦闘行動を中止し、西武エリア八、九、十より退避しなさい」

 

 と、耳を疑う指令がメリジャーナより発せられた。

 戦闘を放棄し、離脱せよ。

 激闘を続ける従士たちにとっては、到底受け入れがたい指令である。フィリアだけが、その真意にいち早く気付いた、

 

「ゼーン閣下が砲撃を行います。全隊、当該区域から速やかに離れなさい」

 

 退避の理由を聞かされた従士たちの表情に希望が戻った。

 

 彼らはトリオン兵との戦いを適当に切り上げると、未だ離脱しきれていない負傷者を護衛しながら後方へと下がる。

 フィリアがイリニ騎士団の防塁を見上げれば、そこには純白の甲冑を纏った騎士が、敵勢を見下ろすように立っていた。

 

 イリニ騎士団のそれと比べて猛々しさを感じさせる意匠の「誓願の鎧(パノプリア)」。

 肩に彩られたゼーン家の紋章は、陽光を受けて燦然と輝いている。眼下に広がる激戦を目の当たりにしても、その立ち姿には微塵の動揺もない。

 彼女こそ、エクリシア三大貴族の一角ゼーン家の若き当主にて、我が国に七本存在する(ブラック)トリガーの担い手の一人、ニネミア・ゼーンである。

 

「御助力に感謝します。閣下」

「なんでもないわ、これしきの事。それより兵の離脱は?」

「間もなく全員が圏内より退避します」

「なら、もう初めていいわね」

 

 メリジャーナの通信に、平時と変わらぬ軽やかな声で応じるニネミア。

 彼女の周囲には男の掌ほどの大きさをした六角形のトリオン製の板が浮かんでいる。

 その数は十基。

 ニネミアがトリオン兵の群れに目を向けると、浮遊していたそれらのユニットが音も無く彼女の前に集まる。

 

「チャージ開始。カウント二十」

 

 鈴の転がるような美声でそう告げると、トリオンユニットが環状に並び、発光と共に回転を始める。

 

「カウント開始。二十、十九、十八……」

 

 オペレーターのカウントダウンに合わせるように、回転速度を増していくトリオンユニット。もはや一つながりの円にしか見えないその中心には、莫大なトリオンが集積され、加圧よって凄まじい密度となっていく。

 

「十、九、八、七……」

 

 トリオンユニットの回転速度は天井知らずに増していく。圧搾されたトリオンは目も眩むような極光を放ち、解き放たれるその瞬間を今か今かと待ちわびている。

 

「三、二、一――」

 

「「劫火の鼓(ヴェンジニ)」」

 

 そして、世界が白光に塗りつぶされた。

 

 限界まで圧縮され加速し続けていたトリオンが、光の奔流となって天地を切り裂く。

 陽光さえも塗りつぶす閃光は地に蠢くトリオン兵を飲み込み、その一欠けらさえ残さず焼き尽くしていく。

 数百のトリオン兵を飲み込んでも激流は一向に衰えを見せず、灼熱の衝撃は大地を抉り、大気を吹き飛ばしながら、不気味にうねる白亜の塔を直撃する。

 

「…………」

 

 後に残されたのは、徹底的な破壊の跡だけだ。

 

 防壁から一直線に大地は抉れ、射線上にあった万物は悉く消滅している。

 運よく直撃を免れたトリオン兵も、破滅の閃光がもたらした衝撃波をまともに浴びて大なり小なり損傷を負っている。

 そして主目標となった新型はといえば、潜りこもうとしていた土中ごと大部分を蒸発させられ、切れ端のような生き残りがもたもたと地面を掘り起こそうとしている有様だ。

 

 僅か一撃で戦局を塗り替える、超常の兵器。

 これこそ、国防の要、国威の象徴とも呼ばれる(ブラック)トリガーの力だ。

 別けてもニネミアが持つ「劫火の鼓(ヴェンジニ)」は、その火力に於いてエクリシア最強を誇る。

 これに比肩しうる威力のトリガーは近界(ネイバーフッド)広しといえども簡単には見つからないだろう。

 

「総員、残敵を殲滅してください。尚、新型トリオン兵を最優先目標に指定します」

 

 殺戮機械の犇めく地獄絵図から一転して、ガラクタの散らばる荒野と化した戦場。あまりの光景の落差に、従士たちも呆然とした者が少なくない。

 そんな彼らに、メリジャーナが淡々とした声で指示を飛ばす。

 我に返った従士たちは武器を構え直すと、一目散にトリオン兵へと向かっていく。

 

 フィリアも剣を携えその群れに混じって走る。新型は一体でも逃がす訳にはいかない。完全に殲滅しなければ。

 ふと、彼女は堡塁の上へと視線を投げる。

 

誓願の鎧(パノプリア)」の兜を脱ぎ、麗しいかんばせを露わにするニネミア。

 

 絹のような黒髪を戦場の風になびかせて佇むその姿は、絵画のように荘厳な美しさを纏っていた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 勇猛果敢な従士たちが荒野を駆けまわり、トリオン兵の戦列を切り崩す。鎧を纏った騎士たちは規格外の力で戦場を飛び回り、病葉のようにトリオン兵を粉砕する。

 そして戦場を極光で飲み込み、雲霞の如き兵団を薙ぎ払った(ブラック)トリガー。

 エクリシアの地にて繰り広げられた闘争が映し出されているのは、薄暗い遠征艇の内部、ブリッジの投影モニターだ。

 

「……ふむ。当初の目的は無事に果たせた。皆ご苦労だった」

 

 苛烈極まる戦場の映像を眺めながら、平静そのものの声で男がそう呟いた。

 会議用のスツールに浅く腰掛けるその男は、狭苦しい室内であるにも関わらず、フードを目深に被り、頑なに顔を見せようとはしない。

 

「……は、話が違うぞ。マラキア殿!」

 

 うっすらと口元に笑みを浮かべるフードの男に、同じく戦闘映像を見ていた壮年の男が食って掛かる。その声は微かに震えており、狼狽のほどがうかがえる。

 

「何も違いませんな。全て計画通りに事は運びました。アンキッラの諸君には、協力に感謝する。この功績は、必ずや祖国に伝えよう」

 

 どうやら、その船には異なる立場の者たちが相乗りしているらしい。フードの男に対し、アンキッラ――この船の属する乱星国家の者たちは、一様に苛立ちを隠せない様子だ。

 

「あれほどの軍備を持つ国と、誰が好んで事を構えるかよ! それに送り込んだトリオン兵は全滅だ。何の戦利品もない」

 

 クルーの一人、若い男が声を荒げてマラキアと呼ばれたフード男に言い寄った。

 

「連中は本当に反撃してこないのか? アンタの国は遠く離れてる、援軍だって望めない。独力で撃退するなんてとても無理だ!」

 

 悲惨な未来予想に顔を歪ませながら、男がそう抗議する。

 

 無理からぬ反応だろう。それほどまでに、エクリシアの戦力は桁外れであった。

 先の戦闘、エクリシアに送り込まれた兵団は、小国なら傾きかねないほどのトリオンがつぎ込まれたものだった。

 

 にもかかわらず、戦果らしい戦果はまるでなく、捕虜一人さえ得られていない。

 そのうえ、防衛に当たったエクリシアの部隊は主戦力を大きく欠いた状態だったというではないか。

 もしエクリシアが兵馬を揃えて報復に出れば、小国アンキッラは一揉みで押しつぶされてしまう。政治的に断れぬ判断だったとはいえ、これでは虎の尾を踏みに行かされたも同然だ。

 

「……まず一つ。トリオン兵を負担したのは我が国だ。君らは船を出しただけにすぎない。もう一つ。今作戦の目的はエクリシアの制圧でも捕虜を得ることでもない。そもそも、君らは戦略に口を挿む立場にない」

 

 憎悪に染まったクルーに取り囲まれているにもかかわらず、マラキアは物分かりのわるい子供を諭すように、呆れたような声でそう話す。

 

「――ふん。どっちにしろエクリシアが攻めてくればアンタの逃げ場も無いぞ。いや待てよ。首謀者としてアンタの身柄を引き渡せば、交渉の余地ぐらいは生まれるかもな」

 

 若い男性クルーがそう言ってマラキアを嘲弄する。

 軽い冗談を叩くような口ぶりだが、目は明らかに座っている。見れば、周りを囲むクルーの大半から剣呑な気配が漂い始めている。

 

「お、おい。控えろっ! マラキア殿も、お気を悪くせぬように……」

 

 隊長である壮年の男が若衆を宥めるが、当のマラキアは動じた様子も無く、

 

「ふむ……では最後に一つ尋ねるが、エクリシアとウチと、滅ぼされるならどちらがいい?」

 

 と、昼食を訊ねるかのような気楽さでそう言い放った。

 

「っ……」

 

 そのあからさまな脅し文句に、怒気を発していたクルーたちも流石に押し黙る。

 彼らとて、状況が見えぬ訳ではない。

 アンキッラが破滅から逃れるには、この男の指示に従うよりほかに道はない。従属関係を結んでいる以上。歯向かって得るものなど何一つないからだ。

 

「だがまあ、報復の件は大丈夫だ。エクリシアは攻めてこない。よしんば目論見が狂ったとしたら――その時は私も出るよ」

 

 マラキアはクルーを一瞥して黙らせると、パネルを叩き、再び録画した戦闘映像をモニターに映した。

 

(しかし……いや、まさかな……)

 

 彼が眺めているのはエクリシアの誇る騎士でもなく、兵団を壊滅させた超火力の(ブラック)トリガーでもない。トリオン兵の群れと戦う歩兵の一人だ。

 望遠の上に偵察トリオン兵が損壊していたこともあり、画質は極めて悪いものだったが、それでもその特異さははっきりと見て取れる。

 

 雪のように白い髪を振り乱し、褐色の肌をした、おそらくは少女。

 エクリシアの地、ましてや騎士団には決してありえぬ容姿をした存在。

 彼、ないしは彼女が何故エクリシアを護るために戦っているのか。

 

 マラキアは沸き起こる疑念と動揺を胸に秘め、ただ映像を見詰め続けた。

 

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