WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

70 / 95
其の十六 死闘 更なる戦い

 機械と配線に埋め尽くされた室内を、激震が襲った。

 揺れはほんの一瞬であったが、机や棚からは諸々の機材が雪崩をうって床に落ちる。

 移動を前提に設計された機動都市の室内には、当然の如く制震機能が備わっている。

 にもかかわらず、その機構がまるで用を為さないほどの衝撃と破壊音を、モナカははっきりと感じ取った。

 

「な――これは……」

 

 自らの研究室でヌースと共に(マザー)トリガー封鎖の準備を進めていた彼女は、立っていられないほどの揺れを感じると、ともかくコンソールを操作し状況の確認を行う。

 散布された「光彩の影(カタフニア)」によって未だに防衛部隊との通信は不安定だが、有線で繋がれた都市の情報なら常に把握することができる。

 

「っ――」

 

 果たして、モナカは「パトリア号」にもたらされた甚大な被害を目の当たりにすることとなった。

 エクリシアが放った長距離砲撃――トリオン反応から劫火の鼓(ヴェンジニ)」と推定――が都市の第二十階層付近に直撃。着弾点は一瞬で融解し、さらにそこから水平方向に二百メートル余りの外殻が焼き切られた。

 

 無論、被害は外だけではない。内部にあった居住区画、倉庫区画、そして医療区画の一画が熱線によって吹き飛んだ。

 人的被害の状況は不明。救助を送ろうとも――

 

「侵入者!? それにクリズリまで……」

 

 間髪入れず、エクリシアの騎士が亀裂から都市内部に乗り込んでくる。しかも、彼らの後を追うようにして飛行能力を有するクリズリが続く。彼の国はノマスの新型トリオン兵を、いとも容易く複製してしまったらしい。

 

「モナカさん、大変です!」

 

 その時、指揮所より通信が入る。緊迫した声で呼びかけるのはレグルスだ。

 

「敵の侵入を許しました。作業の進行状況はどうなっていますか!」

 

 少年は何とか平静を取り繕いながら、モナカに問う。

 

「――っ、完了まであと十分程度よ」

 

 彼女は横目で機械の上に鎮座するヌースを見遣り、固い声音で返す。

「パトリア号」をトリオンに還元するための細工と、(マザー)トリガー封鎖壁を自動で構築するためのプログラム。

 

 通常なら数日はかかるであろう難行を、僅か数十分で成し遂げつつあるのは、偏に自律トリオン兵ヌースが有する桁違いの演算能力のお蔭だ。

 しかしそれでも、敵の侵入を許した状態での十分は余りに長い。

 

 防衛部隊は全て外に出払っている。都市内に予備兵力は残っていない。

 

「指揮所でモニターできるようにするわ。作業が済み次第、封鎖を進めてちょうだい。――レグルス。私は敵の迎撃に出ます」

 

 数瞬の沈黙を挟み、モナカは固い決意を秘めた様子でそう言う。

 

「な――何を言ってるんですかモナカさんっ!」

「平気よ。後の作業は私が居なくても大丈夫だから」

「そういうことじゃありません。トリオンがまだ回復していないでしょうっ!」

 

 レグルスの抗議は、モナカが持ち場を離れる事ではなく、彼女の状態を指してのものだ。

 (ブラック)トリガー「悪疫の苗(ミアズマ)」によるトリオンの強制支配、並びにトリオンの強化は極めて強力な能力だが、肝心の担い手たるモナカには、現在殆どトリオンが残されていない。

 

 防衛に際して、モナカは事前に「悪疫の苗(ミアズマ)」の釘を量産し、其々のトリオン兵や一部のトリガー使いに配布したのだ。操作対象に複雑な命令を要求しないなら、「悪疫の苗(ミアズマ)」の釘は誰が用いても同様の効果を発揮する。

 一人で全てを持つよりは、現場の人間に使いどころを判断させた方がいい。

 モナカが指揮所に居たのはそう言った事情からである。

 

「少しぐらいならトリオンも回復したわ。クリズリの数も揃ってる。間近で指揮を執れれば、私のトリオン兵は騎士相手でも遅れは取らないのよ」

「ですが――」

「動けるトリガー使いは殆どいない。議論している時間は無いわ」

 

 尚も渋るレグルスに、彼女は断固として出陣の意思を伝える。

 

「わかりました。封鎖のタイミングはアナウンスで知らせます。撤退の機会を逃さないでください。……どうか、御武運を」

 

 逡巡の後、少年は絞り出した声でそう言う。そして、

 

「おい。危なくなったらすぐ避難艇に行くんだぞ。間違えて一緒に壁になるなよ。後で掘り出すの面倒だからな」

 

 と、ユウェネスの軽快な声が通信に割って入る。

 

「ふん。あなたこそ妙なドジを踏まないでね。レグルス、ユウェネスが馬鹿な真似を仕出かさないか、しっかり見張っておくのよ」

 

 モナカは殊更軽い口調で同僚たちにそう答え、通信を切った。

 そして、室内は再び静寂に包まれる。

 モナカはトリオン体を再び構築し、トリオン兵の卵を机から取り出す。

 準備を万端整えると、彼女は床に散乱した機材を踏まぬよう歩を進める。

 

「……そう言う訳で、ごめんなさい。後はあなたに頼ることになってしまったわ」

 

 扉の前で立ち止まり、彼女は切々とそう呟く。

 相手は勿論、今まさに(マザー)トリガー封鎖の為に苦心しているヌースだ。

 モナカは去るが、後の仕事はすべて彼女が成し遂げてくれる。

 

「構いません。レギナに誓って、契約は必ず果たします」

 

 鹵獲したトリオン兵に大事を任せるなど正気の沙汰とは思えないが、しかしモナカは彼女を信用し、全てを託した。

 また飽く迄保険としての処置だが、ヌースが拘束された装置には、指示した以外の行動を取ろうとした場合、即座に彼女を破壊する機構が備わっている。

 

「……ありがとう。作業が済み次第、あなたに掛けられたロックは全て解除されるわ。それで、お別れね」

「モナカ。――貴女に謝意を表すつもりはありません。しかし、たとえどういった形であれ、私は貴女に会えてよかったと思っています」

「私もそうよ。……でも、もし許されるなら、あなたと、いえ、あなたたちとは、もっと違った形で出会いたかった」

 

 モナカはどこか寂しげな表情でそう呟き、部屋を後にする。

 残されたヌースはモニターに表示される戦況を眺めながら、作業の仕上げにかかった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 今にも切れそうな弓弦の如き緊迫感が、「パトリア号」の指揮所を覆っていた。

 エクリシアの砲撃によって都市外殻が破られ、騎士とトリオン兵の侵入を許してより僅か数分。指揮所に詰める職員達は、緊張も憤怒も悲壮も全て呑み込み、しわぶき一つ漏らさず職務に没頭している。

 

「データ来ました。封鎖決行までの所要時間を表示します。騎士の狙いはこの指揮所です。進行ルート上にトリオン兵を先回りさせてください」

「連絡橋に敵が取りついてる。逃げ遅れた市民は避難艇に誘導しろ。他の都市にトリオン障壁解除の通達を出せ。収容でき次第(ゲート)で逃がす」

 

 矢継ぎ早に指示を出すのは、年若い二人の男性、レグルスとユウェネスだ。

 指揮所には現在数十人のオペレーターが詰め、戦場全体のサポートを行っている。

 

「外の様子はどうなってる? くそ、まだ通信安定しねぇのか」

 

 ユウェネスがそう毒づき、乱れた画像で各戦線の状況を確認する。

 エクリシアが散布した「光彩の影(カタフニア)」は未だに効果を発揮し続けており、無線での通信には凄まじいノイズが入る。

 満足に情報支援ができず、またカーラビーバ敗北の余波もあり、防衛部隊の統制は乱れに乱れている。

 幾らかの部隊は自発的に「パトリア号」の周囲に集まり、敵の侵入を阻もうとしているが、成果は捗々しくない。

 

「何か、手立てを考えないと……」

 

 レグルスが苦々しく呟く。

 都市に侵入したエクリシアの騎士たちは、迎撃に向かわせたトリオン兵を事も無くさばき、幾重にも設置した防壁を軽々と破って進軍を続ける。

 

 しかも、トリガー反応から察するに、敵は(ブラック)トリガー使いたちだ。

 都市内部に彼らを迎撃できるほどの戦力は残されていない。モナカが強化クリズリを繰り出して防衛に向かったが、それとて全ての騎士は相手出来まい。いくらかは迎撃をすり抜けてこの指揮所までたどり着くだろう。

 

 そして指揮所が制圧されれば、勿論(マザー)トリガーの封鎖など不可能だ。

 脳裏に過るのは、滅亡の二文字。

 レグルスは焦げ付くような焦燥に、思わず奥歯を噛みしめる。とその時、

 

「侵入者を追う。封鎖を急げ」

 

 ノイズ混じりの不明瞭な、それでも頼もしい声が指揮所に響く。

 

「と、父さんっ!」

 

 発信者は外部で敵の迎撃に当たっていたレクスだ。

 ノマス最強の戦士は崖のような都市外壁を軽々と駆け上り、亀裂から内部へと躍り込む。

 その知らせを受け、俄かにオペレーターたちが活気づいた。

 レクスの技量には誰もが絶対の信頼を置いている。その彼が騎士を追撃するというなら、勝ちの目は十分に出てくる。

 

「急ぎ市民の避難を完了させます。皆さん。最後まで戦い抜きましょう」

 

 凛呼としたレクスの激励に、指揮所の皆は口々に歓声を上げて応えた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 遡ること数分前。「パトリア号」にほど近き草原で、(ブラック)トリガー同士による壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 弾丸飛び交う戦場に輝く翠緑のドームは、ノマスの捕獲用トリガー「牧柵(サエペス)」だ。

 カーラビーバを巡っての攻防の際、ノマスの戦士は幾人かのエクリシアの騎士を捕らえることに成功した。カーラビーバは破れたが、折角捕らえた彼らを解放する理由はない。

 ノマスの戦士は決死の覚悟で、エクリシアの騎士に打って掛かる。そして、

 

「やれやれ、難儀な相手だな」

 

 翠緑のドームで嘆息するのは、(ブラック)トリガー「金剛の槌(スフィリ)」の担い手、騎士ドクサだ。

 スラスターを噴かせて空中に陣取るドクサは、二本の巨腕を油断なく構えながら、眼下に立つ白髪金瞳の壮漢を眺める。

 ノマスの「牧柵(サエペス)」は獲物の逃げ場をなくし、効率よく追い立てる狩場を形成するトリガーだ。当然、その中には凄腕の狩人が潜む。

 

「っ――」

 

 幽かな風切り音と共に、地上の人影が掻き消えた。

 と同時に、ドクサは巨腕を掲げて防御姿勢を執る。

 転瞬、耳を劈くような轟音と、凄まじい衝撃が湧き起こった。

 地上から跳躍した人影が、なんと一瞬で滞空するドクサの側まで近付き、拳打を浴びせかけたのだ。

 

 咄嗟に受け止めた巨腕が、衝撃で吹き飛びそうになる。

 ドクサは辛うじて「金剛の槌(スフィリ)」をコントロールし、スラスターを噴かせて距離を取る。

 彼が相手取っているのは、ノマス最強のトリガー使い、「巨人の腱(メギストス)」の担い手レクスだ。

 

「まったく、自信が無くなってしまいそうだな」

 

 磊落な口調はそのままに、しかし頬には冷や汗が流れる。

 レクスのトリオン体の性能は異常の一言に尽きる。目に映らないほどの速度で動き回り、打撃の威力は城塞をも穿つほど。加えて耐久性まで規格外であり、生半な攻撃では傷一つ付けられない。

 

 百戦錬磨のドクサですら戦慄を禁じ得ない、まさに最強の使い手である。

 近接戦闘ではまず勝てない。エクリシアでレクスの機動に対応できるのは、超絶の武芸を有するアルモニアか、サイドエフェクトで攻撃を予見できるフィリアぐらいのものだろう。

 しかしドクサは上手く空中に陣取ることで、レクスの攻撃を巧みに誘導することに成功した。加えて、彼が操る「金剛の槌(スフィリ)」はあらゆるトリガーの中でも最高峰の硬度を有するため、護りに徹すれば簡単には破られない。

 

 (ブラック)トリガー同士の戦いはこう着状態へと陥った。

 しかし、状況としてはドクサの方が優位に立っている。レクスはノマスの有する最強の駒だ。ここで釘付けにすることには十分に意味がある。

 ドクサは今一度気合を入れ直し、怪物との戦いを続けようとする。

 

 極光がノマスの天地を眩く塗りつぶしたのは、次の瞬間であった。

 

「――っ!」

「ははっ!」

 

 天地を二分する閃光が、白亜の巨城を切り裂く。

 ニネミアの放った砲撃が「パトリア号」の外殻を焼き払ったのだ。すると、

 

「――っ、流石に判断が早いな」

 

 ドクサが砲撃の成功を喜ぶ暇もなく、目の前の状況が変化した。

 突如として、彼を取りこめていた翠緑のドームが跡形もなく消え失せたのだ。

 外殻が破れた以上、エクリシア勢は津波のように「パトリア号」へと殺到するだろう。切り札であるレクスを、ここに留める訳にはいかない。

 

「――」

 

牧柵(サエペス)」が解けるや否や、ドクサはスラスターを全開にして高度を取る。

 途端に、彼の足元に再び翠緑のドームが出現する。

 味方は出すが、態々捕らえた敵を逃がす道理はない。

 とはいえ、経験豊富なドクサはその行動を先読みし、見事にトリオンの結界から脱出する。

 

 そして彼は高速で戦場を飛翔し、先んじて離脱したレクスを追いかけた。

 いくら超常的な機動力を持とうとも、レクスは障害物の多い地上を走破せねばならない。ドクサは僅か十秒足らずで、その背中を捉えた。

 

「悪いが、まだ付き合ってもらうぞ」

 

 漆黒の巨腕を振りあげ、ドクサが強襲を仕掛ける。

 この難敵を都市に向かわせる訳にはいかない。たとえ戦力的に敵わずとも、味方が中枢を制圧するまでの時間を稼ぐ。

 速度を十分に乗せ、ドクサは「金剛の槌(スフィリ)」の巨腕を砲弾のように撃ち込む。

 間合い、拍子ともに会心の一撃だ。然しものレクスも、無視はできまい。――だが、

 

「な――」

 

 バチリ、と不気味な音と共に、ドクサの纏う「誓願の鎧(パノプリア)」が急激に動作を鈍らせる。

 そして――ドクサを見詰める金色の瞳。

 

「うおおぉぉっ!」

 

 己の失策を悟りながらも、ドクサは喊声と共に相打ち覚悟の突撃を仕掛ける。

 しかし、ノマスの英雄は稲妻をも凌ぐ敏捷さで騎士を迎え撃つ。

 

 交錯は一瞬。レクスの拳が、漆黒の巨腕を躱してドクサの胸を打ち抜いた。

 轟音と共に、騎士が弾かれたように吹き飛ぶ。

 重厚な鎧を纏った騎士が軽石のように宙を舞い、小規模都市の外殻にぶち当たる。

巨人の腱(メギストス)」による絶対の拳打を受け、鎧は一瞬で全損。内部のトリオン体も諸共に崩壊する。

 ドクサは生身の状態のまま、都市の外殻へ凄まじい勢いで叩きつけられた。

 

「……」

 

 レクスは残心を取り、対手の動向を探る。

 騎士はピクリとも動かない。鎧はいくらかの耐衝撃機能を備えているだろうが、間違いなく無事では済まないだろう。

 状況を察知したのか、数人の騎士がドクサを回収するために接近してきた。

 レクスは敵の無力化を確認すると、再び地を蹴って「パトリア号」へと進む。

 

「助かった」

 

 そして、彼は傍らを走る人影に、言葉少なく語りかけた。

 

「ああ、「金剛の槌(スフィリ)」を排除できたのは大きい」

 

 いつの間にかレクスと共に戦場を駆けていたのは、(ブラック)トリガー「報復の雷(フルメン)」の担い手マラキアだ。

 先の戦闘で、ドクサを行動不能に追い込んだのは彼の仕業である。

 マラキアは「報復の雷(フルメン)」の自動迎撃の結界を展開し、レクスを囮にして騎士に電撃弾を叩きつけたのだ。

 竹馬の友の二人だ。言葉など交わす必要もなく、互いの呼吸だけで完璧な連携が取れる。

 

「侵入者は私が仕留める。外の指揮を頼みたい」

 

 そして草原を疾駆しながら、レクスはマラキアに向けてそう命じる。

 

「本気か? いくらお前でも一人では無理だ。「パトリア号」には碌に戦力が残っていない。おまけに入り込んだ連中は(ブラック)トリガーばかりだぞ!」

 

 当然自らも追撃を行うつもりであったマラキアは、レクスに真っ向から反駁する。

 先行したフィリアとアルモニア以外に、都市外部で戦闘を行っていたクレヴォ、カスタノ、ジンゴらフィロドクス騎士団の(ブラック)トリガー使いも都市に侵入を果たしている。

 加えてエクリシアは多数のクリズリまで投入してる模様だ。いくらレクスの技量を以てしても、数の猛威は覆しようがない。

 

「封鎖までの時間を稼ぐだけだ。それより、民と兵を逃がさねばならん。――難しい役目だ。お前以外の誰に務まる」

 

 だが、レクスは固い声でマラキアにそう告げる。

 峻厳な面持ちだが、その裏には心服の友への確固たる信頼がある。

 

「封鎖が為らなければどうする? 指揮所がやられればレグルスも無事には……」

「アレは必ず成し遂げる」

 

 尚も懸念を述べるマラキアに、レクスは断固たる口調でそう言い切った。

 

「案ずるな。ユウェネスやモナカもいる。奴らはそう簡単に諦めはせん」

「……ああ、そうだな」

 

 話が付くや否や、レクスは急加速して『パトリア号」へと向かった。

 エクリシアの攻撃は止まる所を知らない。周囲に群がるトリオン兵を、マラキアは「報復の雷(フルメン)」で殲滅する。

 ノマスの戦士たちは散り散りになりながらも果敢に戦闘を続けており、市民たちは都市に侵入したトリオン兵に必死で抗っている。

 マラキアは彼らの命を繋ぐため、「パトリア号」に背を向けて走り出した。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「ちょっと、嘘……どういうことよっ!」

 

 遠征艇の薄暗いブリッジに、甲高い女性の声が響く。

 身を乗り出してモニターを怒鳴りつけているのは、黒髪紅瞳の麗人ニネミアだ。

 都市砲撃の大任を果たした後、戦場から無事に離脱した彼女は、休むことなく遠征艇から騎士たちのサポートを行おうとしていた。だが、

 

「誰でもいい……答えなさいっ!」

 

「パトリア号」に突入した面々との通信が、突如として途絶えたのだ。

 戦場は未だに「光彩の影(カタフニア)」の霧に支配されている。ノマスが通信を封鎖しようとしても無駄なはず。現に、

 

「ゼーン閣下! ディミオス卿が重傷を負いました。即刻回収し撤退しますっ!」

「っ、了解! 救命機材を準備します」

 

 都市外部で繰り広げられる戦況は、逐次遠征艇へと届けられている。

 戦闘は佳境を迎え、遠征艇に届く通信は切迫したものばかりだ。

 戦闘が始まって数時間が経過している。ノマスへ与えた損害は凄まじいが、徐々にエクリシアの騎士たちも負傷し、撤退に追い込まれている。

 双方が繰り出したトリオン兵も底を突き、もはや消耗戦の様相を呈し始めている。

 

「っ……」

 

 ニネミアの面に動揺の色が浮かぶ。

 今最も注視すべきは、「パトリア号」内部で繰り広げられている戦闘だ。

 エクリシアの送り込んだ騎士がノマスの指揮所を陥落させられるか否かで、この戦いの勝敗が決まる。

 まさに乾坤一擲の勝負所、全ての作戦はこの時の為に編まれた。

 

 だが、肝心の都市内部の情報がまるで分からない。突入部隊の力になろうとも、通信が完全に途絶しているのだ。これでは個人のモニターすらできず、騎士の誰が無事か、誰が危険な状況かも分からない。

 

「この期に及んでノマスが何かしているの? けど「光彩の影(カタフニア)」を抑えるなんて……」

 

 仮に通常の無線が封鎖されたとしても、「光彩の影(カタフニア)」が散布した霧を介しての通信は可能なはずだ。しかし、あらゆる手段を試してみても、やはり都市内に通信は繋がらない。

 

「ゼーン閣下、敵中小都市が起動を始めました。戦場から撤退する模様!」

「追う必要はないわ! 今は突入部隊の援護を優先しなさい。敵のトリガー使いを「パトリア号」に近づけないで」

 

 焦慮に駆られる時間も無く、戦場は刻々と変化していく。

 

「捕虜を獲得したバムスター、ワムを回収します。戦闘型は都市への襲撃を続行。トリガー使いを一人でも引き付けさせなさい」

 

 ニネミアは矢継ぎ早にトリオン兵へと指示を出し、出来る限りのサポートを行う。

 トリオンの尽きた彼女は戦場に戻ることはできない。突入した同胞たちを信じるのみ。

 

(なぜ? 何か引っかかる。嫌な予感が消えない……)

 

 けれど、彼女の胸中には拭うことのできない不安が蟠っていた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。