WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の二十 死闘 謀略

 あらゆる事象を葬り去る暴虐の嵐が、「パトリア号」居住区画に吹き荒れる。

 吹き抜け広間の両面にびっしりと並ぶ居室。高層部の一画が、突如として爆発する。

 のみならず、コンパートメントを繋ぐ回廊や、広間に渡された連絡路が次々と崩れ落ちていく。

 

 まるでそこらかしこに仕掛けられた爆弾が、連鎖して炸裂したかのような光景。それが二人のトリガー使いによる格闘戦の余波だとは、俄かには信じられないだろう。

 さらに奇妙なのは、今まさに壮絶な戦いを繰り広げている両名の姿を、まともに見ることができないことだ。

 

 (ブラック)トリガーの使い手たる二人の戦士は、常人の目では捉えきれないほどの速さで居住区画を飛び回りながら戦っていた。

 

「っ――!」

 

 そして今また一つの住居が吹き飛ぶと、次は吹き抜け広間に激震と共に巨大なクレーターが穿たれる。

 

 陥没した床に立っているのは、「巨人の腱(メギストス)」の担い手レクス。彼の全身には葉脈の如き漆黒の模様が広がり、そして白目が黒く染まっている。

 彼の胸に突き刺さっているのは、あらゆるトリオンの支配と強化を行うノマスの(ブラック)トリガー「悪疫の苗(ミアズマ)」の釘だ。

 

巨人の腱(メギストス)」によって生成された桁外れのトリオン体に、「悪疫の苗(ミアズマ)」による強化を加えた結果、レクスは近界(ネイバーフッド)の常識では考えられないほどの身体能力を獲得した。

 その拳は掠めただけで堅牢な防壁を紙のように削り取り、その機動はトリオン体の感覚を以てしても目で追う事さえできない。

 

 爆撃を受けたかのような居住区画の有様は、人型の災害と化したレクスによってもたらされた。

 けれども、彼が強化を温存していたのにはそれなりの理由がある。まず、凄まじい力を得られるとはいえ、それは「悪疫の苗(ミアズマ)」の釘の内蔵トリオンが尽きるまでのほんの短い間のみ。

 

 また出力が余りに強くなりすぎる為、レクスほどの達人を以てしてもトリオン体の制御が難しくなる。

 最後に、別のトリガーを伝達機関に接続させるため、強化が解けた後はトリオン体に不具合が出る可能性が高い。

 

 モナカより預かった「悪疫の苗(ミアズマ)」の釘は、ここぞという局面で用いる切り札であった。

 ノマス最強の戦士であるレクスが、その手札を切らなければならなかったのは、彼が対峙している男が近界(ネイバーフッド)屈指の実力者であるからだ。

 

「…………」

 

 半壊した連絡橋の手すりに、白亜の鎧騎士が音も無く着地する。

 不安定な足場に、重量を感じさせない身ごなしで立つのは、エクリシアはイリニ騎士団総長、アルモニア・イリニだ。

 

 鬼神と化したレクスを相手取り、しかし彼の騎士は五分の戦いを演じていた。

 身に纏う「誓願の鎧(パノプリア)」には大小さまざまの傷が走っているが、直撃打は未だ貰っていない。とはいえ、ただ掠めただけで堅牢無比な鎧がここまで損傷するのだから、レクスの出鱈目な力の程がよく分かる。

 

「…………」

 

 ほんの数拍、無言で対峙する両雄。

 そして二人の姿がまたも掻き消えると、広場に烈風が逆巻く。

 

 強化トリオン体のレクスが神速で踏込み、剛腕でアルモニアを撃つ。

 目にも映らぬ速度で迫る敵を前にしては、鎧のサポートを受けたアルモニアとて逃れられるものではない。しかし、彼はまるでレクスの攻撃を予め知っていたかのように、大剣形態の「懲罰の杖(ポルフィルン)」を振るってカウンターを狙う。

 

「っ――」

 

 突撃を阻まれたレクスは、しかし空中で身を捩って剣閃を躱しつつ、不安定な体勢から凄まじい威力の蹴りを繰り出す。

 顔面を狙った予想外の攻撃を、アルモニアは首を逸らしてこともなげに躱す。蹴り脚が掠めた兜の一部が、鑢を掛けられたかのように削りとられた。直撃していれば、兜ごと顔面が吹き飛んでいただろう。

 

「――」

 

 カウンターが決まらなかったとみるや、アルモニアは即座にスラスターを噴かせて中空へと逃れる。

 武の深奥に至った彼は、対手の動きを見るまでも無く、自らの意に先んじて最適無謬の剣を振るうことができる。

 

 しかし、極限まで強化されたレクスのトリオン体を相手にしては流石に分が悪い。

 いくらアルモニアが無念無想の境地で剣を扱おうとも、根本的な速度が違い過ぎる為、攻撃が追い付かないのだ。

 密着しての打ち合いでは回転率で押し切られる。

 乱戦に持ち込もうとするレクスに対して、アルモニアは徹底して距離を取り、カウンターを狙う。

 

 逃げるアルモニアと追うレクス。両者の激闘の余波で、小奇麗に整えられていた居住区画が見る間に無残な廃墟と化す。

 アルモニアにとっても意外だったのは、レクスが都市の破壊を躊躇わなくなったことだ。それどころか、トリオン吸収能力をもつ「懲罰の杖(ポルフィルン)」の隙を突くため、積極的に都市を破壊し、瓦礫を散弾のように浴びせかけてくる。

 

「…………」

 

 騎士の相貌に焦燥が浮かぶ。

 レクスに追い立てられ、防戦一方になってはいるものの、お互い一撃必殺のトリガーを持つ以上、形勢は五分といっていい。

 一つのミスが即座に勝敗を決する、綱渡りのような戦いだ。

 

 それがここまで長引いているのは、双方の技量が余りに高い次元にあるからだ。

 手練れ同士の戦いでは少しの綻びから戦局が傾くが、真の達人は如何なる状況でもミスを犯さない。

 実力伯仲の両者がなかなか決着を付けられないのは、いわば当然の成り行きと言えた。

 だが、その状況にも終わりが見えてくる。

 

「っ――」

 

 アルモニアの視界の片隅に表示されるのは、鎧のトリオン残量を示す警告文だ。

 都市外部での戦闘、カーラビーバとの激闘。そしてレクスとの死闘で、「誓願の鎧(パノプリア)」を動かすトリオンが底を尽きかけている。

 特に、レクスとの戦いでは常に全開の機動を強いられるため、消耗が著しく増加した。このままでは数分と持たずに、鎧は機能を停止するだろう。

 

誓願の鎧(パノプリア)」のアシスト機能があって初めて互角に持ち込める相手だ。鎧を失ってしまえば、アルモニアに勝ち目はない。

 焦燥が彼の剣を鈍らせることはないものの、レクスは迅雷そのものの速度で苛烈に騎士を攻め立てる。体勢を立て直す機会など見出すこともできない。そして――

 

「――!!」

 

 幾度目とも分からぬ交錯の後、回廊に着地した騎士の動きが微かに鈍った。

 それは隙と呼ぶには余りにも些細な硬直。しかし、レクスの強化された視神経はその好機を逃さなかった。

 

「っ!」

 

 床を、回廊を踏み砕き、音を置き去りにするかの如き加速でレクスが一直線に騎士へと迫る。

 アルモニアは回避行動に移ろうとするが、反応が一瞬遅れる。明らかに、鎧が伝達脳の指令に置き去りにされ始めている。

 漆黒に染まった瞳が殺意に燃える。レクスは獣の如き形相で、騎士の脳天に拳を打ち下ろす。だがその時、

 

「ぬぅっ!!」

 

 レクスの眼前で光が弾ける。

 

 轟音と共に彼へと向かってくるのは、バラバラになった騎士甲冑だ。

 アルモニアは鎧が動かなくなる前に、残るトリオンを用いて全身の装甲を瞬時に投棄したのだ。

 

 またしても釣られた。そう気付いた時にはもう遅い。

 圧縮トリオンによって弾き出された装甲は、砲弾のような速度でレクスに迫る。

 然しものレクスでも、不意を突かれた上に、攻撃体勢を取っていては躱しようがない。数発の装甲板が頭部と腹部に命中する。

 

「っ――!」

 

 衝突そのものは問題ない。強化されたレクスのトリオン体に、この程度で傷をつけることはできない。それより彼が恐れたのは、迫り来る装甲板によって視界が塞がれ、仇敵の姿を一瞬見失ってしまったことだ。

 

「く――」

 

 レクスは戦士の直感に従い、攻撃を中止して無理やりにでもその場を逃れようとする。

 刹那、彼の右脚に鈍い痛みが走った。

 

「…………」

 

 回廊より大跳躍したレクスは、眼下の広間へと降り立つ。その表情は苦悶に満ちていた。

 見れば、彼の右脚はふくらはぎの中ほどから切断されている。だが彼は、失った脚には頓着せず、掌で胸元を押さえている。

 

 彼の全身を覆っていた漆黒の文様は、いつの間にか輝きを失っていた。

 胸元に突き刺さっていた「悪疫の苗(ミアズマ)」の釘が、削り取られているのだ。

 

「…………」

 

 上層の回廊から、鎧を脱ぎ捨てたアルモニアが姿を現す。

 彼の両手には双剣の形状となった「懲罰の杖(ポルフィルン)」が提げられている。

 

 鎧を投棄し、対手の視界を奪ったその瞬間、アルモニアは弾かれたように飛び出すと、二刀を閃かせ鋭い斬撃をレクスに放った。

 あらゆる意思に先んじて、無念無想の境地から繰り出される剣閃は、レクスの反応速度さえも凌駕した。

 

 残念ながら急所を切り裂くことはできなかったものの、機動力を奪い、尚且つ対手の強化を解くことができた。達人相手に油断はできないが、トリガーの相性ではアルモニアが有利。鎧の損失を上回って余りある戦果である。

 

 鎧を先んじて放棄するという、一つ間違えれば自ら墓穴を掘りかねない危険な賭けであったが、アルモニアは見事勝利した。そして――

 

『イリニ閣下。配置につきました。気奴に不意打ちを仕掛けます』

『ああ。私が奴を追い込む』

 

 ()()()()()()()()()()()

 フィロドクス騎士団のジンゴ、カスタノ両名から連絡が入ったのはつい先ほどの事だ。

 遅ればせながら「パトリア号」に侵入を果たした彼らは、アルモニアとレクスが激闘を繰り広げる居住区へとたどり着き、物陰から奇襲の好機を窺っている。

 

 加えてアルモニアを安堵させたのは、フィリアの消息が掴めたことだ。彼女はフィロドクス騎士団のクレヴォと合流し、指揮所を目指して侵攻中らしい。

 

『次が控えている。確実に仕留めるぞ』

 

 アルモニアは双剣を振りかざし、電光石火の踏み込みでレクスへと挑みかかった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 まさに最適のタイミングで、悪意は獰猛な牙を剥いた。

 

 疾風怒濤の勢いで攻勢に出たアルモニア。

 騎士の手にする「懲罰の杖(ポルフィルン)」は、大剣、軟鞭、槍、双剣、果ては形容しがたい異形へと目まぐるしく変化して対手を狙う。

 そして様々な器機を用いながらも、騎士の振るう技は迅速にして精密、一切の過誤なく、一片の容赦なく対手に襲い掛かる。

 

 連綿と途切れることなく、神速で舞い踊る刃の光。

 最強の騎士が振るう無謬の剣を前に、片足を失ったレクスは後退を余儀なくされ、到頭居住区画の一隅へと追い詰められた。

 

 されど、レクスもまた超一流の戦士。劣勢に追い込まれて尚、その闘志は微塵も揺らがない。「懲罰の杖(ポルフィルン)」を前に防御は無意味。かくなる上は、誘い込んで騎士にカウンターを喰らわせる。差し違えることも覚悟の上だ。

 

 レクスは敢えて袋小路へ飛び退ると、体勢を崩した風を装ってアルモニアの攻撃を誘う。

 だが、それまで苛烈極まる攻撃を続けていたはずの騎士は、何故か絶好の機会を前にして攻め手を緩めた。

 対手の異変に、レクスの直感が警鐘を鳴らす。この状況、己こそが謀られたのでは?

 

「――っ!」

 

 隙を晒すのも厭わず、戦士が大跳躍して距離を取る。狭隘な地形に障害物の数々、待ち伏せにはうってつけだ。

 レクスの予感は正しかった。まさにこの瞬間、物陰から隙を窺っていたエクリシアのジンゴ・フィロドクスは、必殺の一撃を放っていた。

 

 ただし――標的はレクスではない。

 

「な――!?」

 

 驚愕の表情を見せたのはアルモニアだ。

 最適なタイミングでありながら、レクスへの不意打ちが行われない。

 そのことに不穏な気配を感じとった彼は、反射的に身を反らした。

 すると、突如として壁面から現れた漆黒の物体が、彼の左腕へと直撃し、有ろうことか腕の中に入り込んだのだ。

 

「――っ!」

 

 即座に騎士は手にした剣を宙へと投げると、左腕を光の剣に叩き付ける。

懲罰の杖(ポルフィルン)」は指定したトリオン反応を吸収しないように設定できるが、彼はその機能を解除し、入り込んだ異物を左腕ごと消し去ったのだ。

 

『馬鹿な! いったいどういうつもりだジンゴ卿!!』

 

 残る右手で「懲罰の杖(ポルフィルン)」を掴み取りながら、アルモニアが通信機に向けて吼える。

 しかし、返答の代わりと言わんばかりに、彼の周囲の床や壁面から、紡錘形のトリオン弾が次々に飛び出してくる。

 

「っ――」

 

 アルモニアは凄まじい技量を以て光の剣を振り回し、周囲から飛び来る漆黒の高速弾を防ぎ、躱し、紙一重で凌ぎきる。

 絶世の剣士たるアルモニアでなければ、間違いなく被弾していただろう多重飽和攻撃。断じて誤射などではない。ジンゴは確実に彼を殺しにきた。

 

『この局面で裏切るとは……くそッ、フィリア!』

 

 驚愕は未だ収まらないが、明晰なるアルモニアの頭脳は冷静に事の真相を解き明かす。

 エクリシアが宿痾とする政治闘争。その中でも最も過激な手段である暗殺を、あろうことかフィロドクス騎士団は敵の陣中で仕掛けてきたのだ。

 

 無謀極まる試みだが、それでも実行に移したからには相応の計画があるのだろう。そして彼らが裏切ったとなれば、フィリアの安否も依然不明のままだ。

 いや、間違いなく魔の手は少女にも伸びているだろう。都市内でけりを付け、犯行をノマスに被せるつもりなら、フィロドクス家以外の突入班は全て標的のはずだ。

 

「くっ……」

 

 アルモニアは焦燥に奥歯を噛みしめながら、四方八方より襲い来る弾丸を超人的な業前で斬り防ぎ、避ける。

 この漆黒の弾丸は、エクリシアの(ブラック)トリガー「潜伏の縄(ヘスペラー)」による攻撃だ。

 

潜伏の縄(ヘスペラー)」の能力は、トリオンに潜行する追尾弾である。

 このトリガーによって生成された弾丸は、あらゆるトリオン製の器物の中を自由自在に進み、敵対者へと自動的に襲い掛かる。

 

 威力、弾速ともに申し分なく、またトリオンを介した手段では防御不可能で、内部に侵入してから炸裂するため、対象の耐久力も関係ない。

 しかも完全自動で動くため、トリガー使いが誘導する必要がない。おまけにトリオンに潜行している間は推進力を必要としない為、トリオン製の建築物の中では無限に等しい射程を持つ。

 

 加えて任意で追跡や潜伏、その場で炸裂など細かな指令も可能。

 あらゆる方向からの攻撃に加え、トラップとしての機能も果たす、屋内戦では最強とも目されるトリガーである。

 

 しかし、頼もしい味方は今や最悪の敵と化した。

 それでもアルモニアは懸命に攻撃を凌ぎながら、事態を打開する機を窺う。

 

(奴はどこだ? ここまで複雑に弾丸を操作しているなら、必ず近くにいる筈)

 

潜伏の縄(ヘスペラー)」は遠距離からでも攻撃を行えるが、アルモニアを確実に殺害するなら目視圏内まで近付くだろう。いずれにしても、ジンゴが暗殺を諦めた気配はない。ならば、見つけ出して速やかに始末する。

 

 不幸中の幸いなのは、レクスがまだ健在であるということだ。

 おそらくアルモニアを確実に始末するため、あえてレクスに止めを刺す瞬間を狙ったのだろうが、結局その策は成功しなかった。

 

 レクスも横槍を入れた者の姿を探し求め、荒れ果てた居住区を飛び回っている。「潜伏の縄(ヘスペラー)」のデータはノマスも有しているだろうから、エクリシアが仲間割れを起こしたことには気づいているだろう。

 ジンゴはレクスも抑えねばならぬため、そちらにも攻撃を仕掛けている。結果、アルモニアに襲い掛かる弾丸の量が何とか捌ける程度まで減っている。

 

 期せずして戦況は三つ巴の様相となった。

 とはいえ、各々の動きははっきりしており、腹の内を読み合って手を出しあぐねているという訳ではない。

 

 アルモニアとレクスは互いの動きを警戒しながらも、明確にジンゴを主目標と定めて索敵を行っている。双方に攻撃を加え、しかも圧倒的優位を占めているのだから当然だ。

 壁や床、散らばる瓦礫に潜伏した弾丸が容赦なく襲い掛かる。通常の使い手なら防ぎきれない密度の弾丸を、アルモニアは入神の剣技で、レクスは超絶の体術で悉く防ぎ、躱していく。

 

 そして彼らは、無礼なる闖入者の姿を捉えた。

 居住区の上層。比較的損傷の少ないコンパートメントの陰に、鎧騎士が潜んでいる。

 

 手にしているのは、等間隔に節目が付いた漆黒の荒縄「潜伏の縄(ヘスペラー)」だ。

 彼が手を掲げると、節目ごとに縄が切断され、バラバラになったパーツが地面へ落ちる。

 しかしそれらは床面に接した瞬間、まるで水の中へと入り込んだように、音も無く地面に潜行する。そして漆黒の弾丸は壁や床を自由自在に遊泳しながら八方へと散っていく。狙いは勿論、迫り来るアルモニアとレクスだ。

 

「っ――」

 

 両名に捕捉されたことを察すると、ジンゴはスラスターを噴かせて中空へと飛び上がった。「潜伏の縄(ヘスペラー)」は強力なトリガーだが、格闘戦は不得意としている。

 アルモニアは鎧を失い、レクスは片足が切断されている。空中に逃れれば殆どの攻撃を躱せる。

 もちろん、彼がそのように考えているだろうことは、アルモニアにはお見通しだ。

 

「ハッ!」

 

 鋭い呼気と共に、騎士が長剣を振るう。

懲罰の杖(ポルフィルン)」を用いた砲撃だ。眩い光線が一直線に突き進み、空中に舞いあがったジンゴに直撃する。

 蓄えられたトリオンは乏しく、威力は然程でもない。堅牢な「誓願の鎧(パノプリア)」を貫いて着装者を仕留めることはできないだろう。とはいえ、鎧の一部機能だけでも破損させることができれば十分だ。上手く飛行機能にでもダメージを与えられれば、俄然仕留めやすくなる。

 

「っ――!」

 

 だがその時、光線の直撃を受けた筈のジンゴが、跡形もなく掻き消えた。

 

「虚像!? 幻惑迷彩か!」

 

 異変を目の当たりにするや、即座にアルモニアは地を蹴って翻転。直後、彼の背後を漆黒のトリオン弾が通り過ぎる。

 着地するや否や、騎士は居住区の上層を仰ぎ見る。

 するとそこには、無傷のジンゴが平然と建物の上に立っている。

 ――その数、目算で二十人余り。

 増殖した騎士たちが、弾丸に追い立てられるアルモニアを睥睨していた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「ッ!」

 

 標的の増殖に、思わず舌打ちを漏らしたのはレクスだ。

 怨敵アルモニアとの死闘に水を差した新手の騎士を、彼は真っ先に仕留めようとした。エクリシア勢の仲間割れは、彼にとっては特に考慮すべき事柄ではない。どのみち、都市に侵入した敵は全て排除するのだ。ただ、面倒な「潜伏の縄(ヘスペラー)」から優先的に片付けるに過ぎない。それまで、アルモニアは弾除けとして使うだけだ。

 

「――っ!」

 

 地を蹴って潜伏する弾丸から逃れるレクス。「潜伏の縄(ヘスペラー)」に対して有効な防御手段を持たない彼だが、「巨人の腱(メギストス)」によって強化された反射神経と運動能力ならば、飛び来る弾丸であっても避けることはできる。

 そうしてジンゴ・フィロドクスを追っていた彼であったが、ここにきて攻撃を中断せざるを得なくなった。

 

 敵が増殖した理由は明らかである。エクリシアの(ブラック)トリガー「光彩の影(カタフニア)」による幻影だ。

 彼のトリガーは霧を散布することで広範囲の通信妨害を行うことができるが、霧の濃度を上げることで、空間に虚像を投影することが可能となる。

 

 しかも、投影された虚像は驚くほど精緻で、トリオン体の視力を以てしても、よほど近づかなければ映像とは見抜けない。

 おまけにそれぞれが独立した動きをするため、挙動から本物を見付けるのも難しい。

 レーダーまで攪乱されるため、真偽の判別は極めて困難だ。

 

「小癪な真似を……」

 

 よほど自信があるのか、それともブラフか、「光彩の影(カタフニア)」の担い手であるカスタノ・フィロドクスまでもが居住区に姿を現している。

 蓋の空いたガラス小瓶のようなトリガーを手にし、そこから滔々と霧を流しながら、騎士は居住区を飛び回っている。

 勿論、その数は一人や二人ではない。二十人余りのカスタノが、「潜伏の縄(ヘスペラー)」のジンゴと肩を並べてアルモニアとレクスを見下ろしている。

 

「っ――!」

 

 そして「光彩の影(カタフニア)」の幻影は防御だけでなく、攻撃においても覿面の効果を発揮する。

 レクスに四方八方から襲い掛かる「潜伏の縄(ヘスペラー)」の弾丸。なんとその数が倍増しになっている。通常の弾丸を覆い隠すように、幻影の弾丸が混ざっているのだ。

 

 瞬時に本物を見極めることはまず不可能。レクスは無理矢理に身を捩って、紙一重で弾雨を躱す。

 しかし、何度もこの密度の射撃を受け続ければ被弾は免れない。レクスは片足の不利をものともせず、高速機動で追尾弾を引き離しにかかる。

 

 住居の壁面を蹴りあげ、上層の回廊へと避難する。逃げ場は少なくなるが、同時に「潜伏の縄(ヘスペラー)」が潜行する壁や床も狭くなる。攻撃の方向さえ限定すれば、多少なりとも回避は楽になる。

 だが、逃げてばかりでは埒が明かない。何とか攻める糸口を見つけなければ。レクスの表に焦燥が浮かぶ。

 

 とその時、一条の閃光が居住区画を奔る。

 見れば、アルモニアがジンゴたちに向けて「懲罰の杖(ポルフィルン)」で砲撃を放っていた。しかし、トリオンは殆ど吸収できていない為、虚仮威し程度の威力しかない。

 

「――ふん」

 

 その攻撃の意図を察したレクスは不機嫌そうに息を吐くと、手近にあった壁面の一つを軽く殴りつけた。

 堅固な壁が焼き菓子のように砕け、宙に舞う。レクスは腕を勢いよく振ると、砕けた複数の破片を弾き飛ばす。

 レクスのトリオン体に殴られ、弾丸の如き加速を得た瓦礫は、吸い込まれるように空中のカスタノを捕らえる。が、それは虚像であり、瓦礫は騎士をすり抜けて彼方へと飛んでいく。

 

「虱潰しだ」

 

 それでもレクスに落胆した様子はなく、当たりに散らばる破片を次々に弾き飛ばし、投げつけては空中の敵に叩き付ける。

 小さな瓦礫を散弾のように浴びせかけ、敵の本体をあぶり出す。単純だが間違いのない攻略法だ。

 アルモニアが効果の薄い砲撃を繰り返すのも同様の理由からだ。

 

光彩の影(カタフニア)」の幻惑は極めて高性能だが、それそのものに攻撃力はない。「潜伏の縄(ヘスペラー)」の弾丸に注意を払いつつ片端から幻影を削って行けば、何時かは本体に行き当る。

 アルモニアとレクスは居住区内を飛び回りながら、凄まじい勢いで幻影を打ち払っていく。互いに立ち位置を変え、時には相手をフォローしながら、まるで背中を預けるかのような動きまで見せた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「っ……馬鹿な、いったいどうなってやがるっ!」

 

 達人二人の思わぬ共闘に、苦渋の声を発したのはカスタノだ。

 二人の攻撃の苛烈さに、幻影の生成が追い付かない。ただでさえ緻密な虚像を映すには神経を使う上、彼は「光彩の影(カタフニア)」の扱いに習熟していない。

 ダミーは数を減らす一方だ。手負いのレクスに鎧を失ったアルモニア。与し易いと思われた相手に手痛い反撃を受け、カスタノは頭に血を上らせる。

 

『落ち着け。苦し紛れの抵抗だ。それより弾丸の方にリソースを回せ。「潜伏の縄(ヘスペラー)」が一発でも当たれば我々の勝利だ』

 

 ジンゴは至極冷静な口調で弟を窘める。とはいえ、想像以上に粘られているのは否めない。アルモニアを確実に始末しようとして、レクスの撃破を後回しにしたのが悔やまれる。

 とにかく彼らの鋭気を挫くのが先決と、ジンゴは回遊させている弾丸をも集めて総攻撃を仕掛ける。カスタノに虚像を仕掛けさせることも忘れない。

 

 ターゲットはレクスだ。驚異的な身体操作で弾丸すら躱す難敵だが、物理的に避ける隙間さえ与えなければ必ず当たる。

 フィロドクス騎士団の二人は呼吸を合わせ、標的が着地した瞬間を狙って弾丸を浴びせかける。

 

「――!!」

 

 レクスの全周を漆黒の弾丸が取り囲む。その量、密度は今までにないほどで、突如として巨大な鳥かごに取り込められたかのようだ。

 半分程は「光彩の影(カタフニア)」の幻影だが、それでも身を躱すような隙間はどこにもない。

 確実に殺った。とジンゴが兜の奥で会心の笑みを浮かべる。

 だが、なんとレクスは一切の躊躇なく包囲の一画へと突進するではないか。

 

「な――」

 

 閃く剣光が、漆黒の鳥かごを切り裂いたのは次の瞬間だ。アルモニアが軟鞭形態の「懲罰の杖(ポルフィルン)」を振るって、「潜伏の縄(ヘスペラー)」の弾幕の一画を消し去ったのだ。

 

「――」

 

 まるで示し合せていたかのように、レクスが包囲の切れ目から脱出する。と同時に瓦礫を投擲し、ジンゴたちの虚像をかき消した。

 

「く……」

 

 流石のジンゴも言葉を失う。対手が攻めに転じたとみるや、アルモニアはレクスに攻撃を任せ、自らは両者を狙う弾丸を消せる位置を保つ。

 二人の連携には一分の乱れもない。これが怨恨積もる宿敵同士だと、一体誰が信じられるだろうか。

 

 ジンゴは知る由も無い。超一流の武芸者たるアルモニアとレクスは、相手への感情はともかく、互いの力量だけは疑いようもなく認めている。

 図らずも共闘することとなった両名は、信じがたいほどに巧緻な連携を見せた。

 

「っ――」

 

 そして到頭、レクスが放った飛礫がカスタノを捉えた。

 鈍い音が辺りに響く。鎧を纏っているためダメージはないが、幻影ではない本体を探り当てられた。

 カスタノは当然逃げようとするが、それを阻むかのようにアルモニアが遠距離から目くらましの砲撃を繰り出す。

 閃光で奪われた視界を取り戻した時にはもう遅い。レクスが既にあと一歩の距離まで間合いを詰めている。

 

「くそ――」

 

 カスタノの口から思わず悪態が零れる。だが、

 

「なんちゃって、な」

 

 その時、空を切り裂く大出力のレーザーが、レクスの頭部目がけて照射された。

 

「っ!!」

 

 超人的な反射神経で左手を顔の前に翳すレクス。だがレーザーは彼の掌を融解させ、左耳を削ぎ飛ばす。

 

「ここで新手か……」

 

 突撃を阻止されたレクスはそれでも体勢を崩さず回廊へと着地する。

 居住区画の上層に現れたのは、「誓願の鎧(パノプリア)」を纏った新たな騎士。

 

「クレヴォ翁。やはり貴方まで……」

 

 アルモニアが苦々しく呟く。

 特徴的な八面体の狙撃ビットが騎士の傍らに寄り添う。

 (ブラック)トリガー「万鈞の糸(クロステール)」を携えて戦場に現れたのは、エクリシア遠征部隊総指揮官、賢者クレヴォ・フィロドクスその人であった。

 

 

 

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