WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の二十一 死闘 争いの果てに

「パトリア号」中央下層に位置するノマス戦闘指揮所では、職員たちが火のついたような慌ただしさで働いていた。

 

「二十二番避難艇が脱出しました。他の脱出艇に市民はいない模様! おそらく市民の避難は完了したと思われます」

「避難指示はそのまま継続してください。トリガー使いはどうなっていますか?」

「エクリシアの通信妨害で正確な情報は把握できませんが、レクス様も含め十名以上が敵兵と交戦している模様です」

「即刻戦闘を中止し、都市外へ離脱するよう通達をお願いします! 無線が繋がらなければスピーカーで伝えてください。離脱が無理でもトリオン体は維持するように厳命を!」

 

 オペレーターへと指令を下すのは、白髪金瞳の少年レグルス。彼は目まぐるしく変動する戦局を前に、それでも懸命に指揮を執っていた。

 

「おい、封鎖の準備がもうすぐ出来るぞ! 始めていいのか!?」

 

 コンソールを叩きながらレグルスにそう問いかけるのはユウェネスだ。

 彼はモナカから送られた都市解体、並び防護壁作成プログラムの最終確認を行っている。

 

「構いません。準備が整い次第、カウントダウンを始めてください。都市内外に聞こえるようにアナウンスを行います」

「トリガー使いはどうするんだよ! 離脱を待たないのか?」

(マザー)トリガーの封鎖を優先します。最悪、トリオン体さえ残っていれば封鎖に巻き込まれても死にはしません」

 

 凛然たる面持ちで言い切るレグルス。

 ノマス全軍を差配する大任に当初は委縮していた少年も、苛烈な戦場を肌で感じるや、すぐさま覚悟を決めて己の任務に励んだ。若年ながらも堂々たる采配を振るい、一廉の戦士としての風格を滲ませている。

 

「お前なぁ、後で掘り出すのどんだけ大変だと……まあいい。進めるぞ」

 

 都市を崩壊させてしまえば、勿論内部に残った人間は残らず巻き込まれることになる。

 桁違いの質量のトリオンによって地面と一つにされてしまうのだから、生身の体では万に一つも助かる見込みはない。

 しかし、トリオン体であれば話は別だ。隔壁の中に取りこめられてしまっても体は損壊せず、また休眠機能が付いているため、酸素の供給が無くとも死ぬことはない。後々助け出すことができる。

 

「オペレーターの皆さんも直に脱出してもらいます。もう少しだけ、付き合ってください」

 

 レグルスは職員らを勇気づけるように声を掛ける。

 一時は絶望的かと思われた戦況も、モナカが封鎖プログラムを完成させたことで光明が見えてきた。(マザー)トリガーを封鎖できれば、エクリシアは撤退を余儀なくされる。職員たちは少年の激励に、首肯して答える。だが、

 

「って、ちょっと待て。やっぱりお前が残る気か」

 

 決意を秘めた様子のレグルスに、非難がましい声を浴びせたのはユウェネスだ。

 封鎖は間もなく成るが、最大の懸念はまだ解決していない。

 その懸念とは、封鎖に当たって一体誰がこの指揮所に残るかということだ。

 封鎖の前段階である都市解体は、ボタン一つで自動的に行われる。しかし、防護壁を構築する段階では、どうしても細かな指示を出すオペレーターが必要になる。

 

光彩の影(カタフニア)」の霧により無線は未だ不安定で、外部から操作するのは難しい。

 自律型トリオン兵デクーも、量産型故に戦闘以外の機能は乏しく、万民の命が掛かった封鎖を実行させるには甚だ心許ない

 どうしても、実行役の人間が指令室に残る必要がある。

 それを、レグルスは自らが行うつもりなのだ。

 

「はい。僕は指揮を預かる身ですから」

 

 ユウェネスの問いかけに、少年は事も無げにそう答える。

 確かにトリオン体を維持していれば命を落とす心配はないが、危険な役目に変わりはない。(マザー)トリガーを封鎖した後、ノマス全軍は戦闘を放棄し、エクリシアの撤退まで市民と共に逃走を行う予定だ。放置されたレグルスは、味方に助け出される前に敵に捕らえられる恐れがある。

 

「もちろん「万化の水(デュナミス)」は退避させますよ。元々僕では満足に扱えませんから、ユウェネスさんにお返しするつもりでしたし……」

「いや、そういう話じゃねぇんだよ」

 

 平然と言葉を続けるレグルスに、苛立ちと呆れをないまぜにした様子でユウェネスが食って掛かる。

 

「ここはアレだ。――あー、なんつうか、流れ的に俺が残るって感じじゃねえか? いや、俺だって生き埋めとか勘弁だけどさ。流石に年下のお前ほっぽいてとんずらかますっつーのは、幾らなんでもダサすぎるっていうか……」

 

 少年の挺身に怒るでもなく、悲しむでもなく、如何にもきまりが悪そうに頬を掻きながら諭すユウェネスに、指揮所内の何処からともなく忍び笑いが零れる。

 

「はあ……ユウェネスさんがそんなカッコいいことを言うなんて、ちょっと驚きました」

 

 ユウェネスの満腔からの気遣いに、レグルスは軽口を叩いて応じる。いつもの二人の掛け合いに、張りつめていた指揮所の空気が少しだけ緩む。

 

「あのな、俺は真面目な話をしてんだよ。あと、俺は何時だってカッコいいだろ? こんな美味しい役目、俺以外に誰が適任だってんだよ」

 

 悲壮な雰囲気を鼻で笑うかのように、青年が明るい口調で嘯く。

 しかし、少年は笑みを浮かべながらも首を振り、

 

「でも、やっぱり残るべきなのは僕ですよ。ユウェネスさんなら撤退した後でも出来る事は山ほどありますけど、僕は……何の役にも立てないですから」

 

 と、微かな自嘲を含んでそう溢す。

 トリオンエンジニアとして卓越した技術を持つユウェネスと、戦闘以外には大した特技を持たないレグルスなら、どちらを残すべきかは明らかだ。

 この戦でも、レグルスは国宝(ブラック)トリガー「万化の水(デュナミス)」を預かりながら、戦闘では然したる活躍もできていない。精々が、迎撃準備の為に走り回った程度だ。

 

 技術者としてはユウェネスに遠く及ばず、戦士としての技能でさえ、単身で敵の主力を抑えている父レクスに比べれば凡庸そのもの。

 責任感の強い少年が、身を捨ててでも封鎖を成功させようと考えているのは明白だ。

 

「あのな、役に立つとかどうとかじゃなくて、体面の話してんの。――わかる? 俺の顔立ててくんないかって頼んでんだけど!?」

 

 悲壮な決意を述べる少年に、なぜかユウェネスは憤慨したように絡む。ちぐはぐなやり取りに、もはや職員は笑い声を隠さない。

 何とかレグルスを翻意させようという思いは、指揮所の皆が抱いている。

 族長の息子だからという理由だけではない。この利発で誠実な少年は誰からも愛されており、皆が家族のように思っている。むざむざ命を危険にさらそうとするのを、見過ごす訳にはいかない。

 

「でも……」

「でもも何でもねーんだよ。年功序列だ。黙って言う事聞け」

 

 ユウェネスはそう言って弟分を無理やり黙らせようとする。しかし、尚もレグルスは不満げな表情で口を尖らせ、反論を述べようとする。その時、

 

「敵トリオン兵の反応を検知! 指揮所へと接近しています!」

 

 オペレーターの緊迫した声が、指揮所に響いた。

 

「話は後だ。――モニターに映像を出せ。位置と敵の種別、数を報告しろ!」

 

 和やかだった指揮所の空気は、再び鉄火場の緊張感に満たされる。

 別人かと思うほどに表情を引き締めたユウェネスが、鋭い声で命令する。

 

 メインモニターに現れたのはエクリシアのトリオン兵団だ。クリズリが三体、ヴルフが十六体。それらの兵団が、指揮所へと続く通路を邁進している。

 動きに迷いは見られない。どうやら、彼らは通路の先に指揮所があることを知っているらしい。

 

「パトリア号」の内部は、侵入者を拒むために迷路のように複雑な構造となっているが、エクリシアは「光彩の影(カタフニア)」の散布によっておおよそのマッピングを完了させており、指令を受けたトリオン兵らが指揮所へと殺到し始めていた。

 

「トリオン兵の進行ルート上の隔壁を全て降ろしてください。トラップも起動してこれ以上近付けさせないように! オペレーターの皆さんも護身用トリガーを起動してください。何としてでも封鎖までココを護り抜きます!」

 

 詳細な報告を受けるや、レグルスが矢継ぎ早に指示を下す。

 ここが正念場だ。指揮所が落とされれば、ノマスの命運も尽きる。職員たちは先ほどまでの会話も忘れ、全員がここで死ぬ覚悟を固める。

 

「隔壁展開完了しました。砲台も順次敵を捕捉。兵団にダメージを与えています」

 

 とはいえ、都市の最深部ともなれば備えは十分。分厚い隔壁が十メートルおきに通路を寸断し、稼働した迎撃装置が敵に弾幕を浴びせかける。

 それでもエクリシアの兵団は果敢に突撃を仕掛けるが、砲台を破壊したところで隔壁の突破にはかなりの時間がかかる。(マザー)トリガー封鎖までの時間は楽々稼げるだろう。

 

 敵の足止めが無事成功したと分かると、オペレーターたちの悲壮感も少しは和らぐ。

 指揮所の真下には避難艇が用意してあるため、封鎖が始まれば職員たちはすぐさま(ゲート)を通って都市から離れることができる。

 生還、の二文字が彼らの脳裏に浮かぶ。だが、エクリシアの怒りの程を、彼らは読み違えていた。

 

「え? あのトリオン兵はなにを……」

 

 オペレーターが呟く。

 見れば、隔壁の前で立ち往生していたクリズリの一体が、奇妙な体勢を取っていた。

 短腕と両足を床につけ、蹲った四足獣のような姿勢。肩から伸びた長腕は、先端のブレードを深々と床面に突き立てている。

 土下座をしているかのような格好。しかし、頭部は地面と水平に持ち上げられ、口腔の単眼は屹立する隔壁を見据えている。

 

「っ、ヤバい!」

 

 機械仕掛けの戦闘兵器であるトリオン兵は、決して無駄な動きを行わない。トリオンエンジニアとしての直感が、ユウェネスの総身に怖気を走らせる。

 

「総員、対ショック姿勢を――」

 

 異変を感じ取ったレグルスが指示を出す。その瞬間、指揮所のモニターがホワイトアウトした。

 

「な――なにが起きた!」

 

 指揮所にまで届く轟音と激震。ユウェネスらは原因を探ろうとするが、衝撃でカメラが破壊され、映像が映らない。

 オペレーターが別のカメラに切り替えれば、そこには隔壁が融解した通路と、疾走するトリオン兵団が映っている。

 

「レグルス! 「万化の水(デュナミス)」で通路を埋めろ! 早くッ!」

「は、はい!」

 

 頼みとしていた隔壁が、いとも容易く破られた。

 ユウェネスは迷わずレグルスに通路を完全封鎖するよう指示を出す。少年は機敏に応じるが、トリオン兵の方がはるかに速い。

 

「クリズリがまた例の姿勢を取りました!」

 

 悲鳴のようなオペレーターの報告が響く。

 モニターを見れば、新たな隔壁を前にしたクリズリが、先ほどと同じ四つん這いの姿勢を取っている。

 彼らは知る由もなかったが、エクリシアの優秀な研究者たちは、ノマスの最新型トリオン兵をすぐさま解析、生産するには飽き足らず、切り札として新たな機構を組み込んでいた。

 

 それは騎士用の新鋭トリガー「金の鯨(ケートス)」を基にした、桁違いの砲撃能力である。

 内蔵トリオンの全てを攻撃に転換する一度限りの砲撃。砲撃を行ったクリズリは、その一射で全てのトリオンを使い果たし機能を停止する。

 只でさえ高コストのクリズリを、使い捨てにするかの如き狂気の機構。

 されど、その威力は(ブラック)トリガーの一撃にも比肩する。如何に堅牢な隔壁だろうと一溜まりも無い。

 

「総員武器を執ってください! 敵が来ます!!」

 

 再度の激震。クリズリの捨て身の砲撃によって、遂に指揮所までの全隔壁が焼け落ちた。

万化の水(デュナミス)」で通路を封鎖する暇も無い。トリオン兵はすでに指揮所の扉へと到達し、力任せにこじ開けようとしている。

 

「っ――」

 

 指揮所に詰めている人員の内、戦闘用トリガーを有しているのはレグルスとユウェネスだけだ。その他の職員は、護身用トリガーでトリオン体にこそ換装しているが、武装は簡易トリオン銃のみである。

 

「構えっ!」

 

 ユウェネスが号令を掛けると、職員たちが一斉に筒先を歪んだ扉へと向ける。

 そして、到頭扉がこじ開けられると、クリズリが指揮所へと身体をねじ込んできた。

 

「撃てえ!!」

 

 トリオン機関は弱くとも、職員らは軍人としての訓練を受けている。数十の火箭が、扉の隙間から覗くクリズリの頭部へと殺到する。だが、

 

「っ――」

 

 出会いがしらの攻撃を予期していたかのように、クリズリは短腕を眼前に掲げ、集中砲火を防ぎきる。

 戦闘用のトリガーならまだしも、一定の出力しか出せない簡易トリオン銃では、強靭な装甲を打ち破ることができない。

 歪んだ扉をぶち抜き、クリズリが指揮所へと躍り込む。その速度、装甲、膂力。一体だけでも、指揮所の人員を皆殺しにするに十分な戦力だ。だが、

 

「やらせない!」

 

 突如として地面から出現した複数の杭が、トリオン兵の全身を刺し貫いた。

 レグルスが「万化の水(デュナミス)」を用いて床のトリオンを変形させ、クリズリを串刺しにしたのだ。

 戦闘向きでないとはいえ、(ブラック)トリガーの出力にただのトリオン兵が耐えられる道理も無い。しかしそれでも、クリズリは長腕を振り回してなおも暴れ続ける。

 

「――」

 

 トリオン兵のコアを断ち割り止めを刺したのは、軟鞭トリガー「牛飼い(フラゲルム)」を振るうユウェネスだ。

 

「ぼさっとすんな! まだ来るぞ!」

 

 難敵を無事処理することができたが、破れた扉からはヴルフが殺到してくる。

 とはいえ、このトリオン兵なら簡易トリオン銃でも十分装甲を貫ける。職員らは自らを鼓舞し、敵に銃を向ける。

 だが次の瞬間、指揮所に突入したヴルフらが一斉に大爆発を引き起こした。

 爆発が連鎖し、大量の破片が狭い室内に撒き散らされる。

 

 エクリシアはヴルフの行動パターンを変化させ、まずはノマスの指揮能力を奪う事を優先させたのだ。

 あまりに入念で、偏執的なまでの殺意。エクリシアとノマスの間に積み重ねられた怨恨が形となったかのような戦法。

 

 ヴルフらが影も形もなくなると、指揮所の中でトリオン体を維持している者は誰も残っていなかった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 建物の中であるにも関わらず、「パトリア号」居住区には深い霧が立ち込めていた。

 

 荒れ果てた住居の壁や床を、まるで水面に映った魚影のように漆黒の弾丸が泳ぎ進む。

 時折、空間を切り裂いて閃く光は、大出力のレーザーだ。

 そしてその空間を、迅雷の如き速さで飛び交う人影がある。

 

 五本の(ブラック)トリガーによる壮絶な戦いは、ここに佳境を迎えていた。

 戦局を優位に進めているのは、フィロドクス騎士団の面々である。

 

『よいか、彼らを見くびってはならん。軽挙は慎め。時間はいくら使っても構わぬ。確実に追い詰めよ』

 

 白髪白髯の老人クレヴォが、兜の内で冷徹に指示を下す。

 アルモニアとレクスの思いがけぬ共闘に手を焼いていたジンゴ、カスタノ両名であったが、父であるクレヴォが合流したことで、俄かに勢いを盛り返した。

 

 クレヴォが有する「万鈞の糸(クロステール)」は、桁外れの射程と精密さを誇る狙撃型の(ブラック)トリガーであり、屋内戦に適した武器ではない。

 しかし、「万鈞の糸(クロステール)」は最大までチャージすることで、レクスの「巨人の腱(メギストス)」を撃ち貫くことができる。またレーザーの速度は、アルモニアの剣速さえも上回る。

 

潜伏の縄(ヘスペラー)」による追尾弾だけでは決め手を欠いていたところに、この援軍は大きい。

 レクス、アルモニアは二種類の攻撃から身を護るため、攻めに転じることができない。

 そうしている間に、カスタノ操る「光彩の影(カタフニア)」が、次々に騎士たちの虚像を作り出していく。もはや、どれが本体かは判別不可能。アルモニアたちはまたしても防戦一方に追い詰められる。

 

 しかも、半世紀以上にわたって戦場を駆け抜けたクレヴォには、微塵の油断もない。

 詰将棋のように一つ一つ反撃の目を潰し、逃げ道を削っていく。無理押しは絶対にせず、奇手、奇策を巡らす隙さえ与えない。

 賢者とあだ名された老雄が、非情酷薄に攻め手をかける。アルモニア、レクスほどの達人たちが、離脱することさえ許されず、辺りを逃げ惑うしかない。そして、

 

「っ――!!」

 

 アルモニアが身を寄せていた住居を貫いて、「万鈞の糸(クロステール))」の光線が奔った。

 射線が分からねば、然しもの剣聖であっても狙撃を防ぐことは叶わない。それでも壁抜きを警戒し「懲罰の杖(ポルフィルン)」で胴体部をカバーしていたのだが、クレヴォはそれさえ見越していたかのように、彼の右足首を吹き飛ばした。

 

 いや、事実として、この老人は物陰に隠るアルモニアの姿を正確に捉えていた。

光彩の影(カタフニア)」の霧によって、居住区画の詳細な地形、観測データは把握済みだ。クレヴォは射撃ビットを縦横無尽に動かすことで、本人は身動き一つせずとも、エリア全てを射界に納めることができる。

 

『迷いなく機動力を選んだか。流石だな』

 

 クレヴォが平然と呟く。

 右の足首から下を失ったアルモニアは、即座に長剣を閃かせると、左の足先を同様に切り落とした。明らかな自傷行為だが、トリオンを失うより体のバランスを損なう方が不味い。フィロドクス騎士団の攻撃は、「万鈞の糸(クロステール)」による狙撃だけでなく、「潜伏の縄(ヘスペラー)」の追尾弾もある。両足で走れなければ、次はそちらに掴まる。

 

『今です! 弾幕を集中させましょう!』

 

 久方ぶりのダメージに、ジンゴが勢い込んで追撃を提言する。

 

『ならん。砲撃と「巨人の腱(メギストス)」の使い手を警戒しろ』

 

 だが、クレヴォは氷のような態度で言下に拒否する。と、次の瞬間、

 

『な――』

 

 手負いとなったアルモニアが、「懲罰の杖(ポルフィルン)」で薙ぎ払うような砲撃を行う。光の奔流に、フィロドクス騎士団の面々が視界を奪われた。

 と同時に、空中へと跳躍しざまにレクスが散弾のように細かな砂を投げかける。砲撃も相まって、騎士の虚像の半数近くが消されてしまう。

 

「――」

 

 クレヴォが即座にけん制の狙撃を放つも、レクスは手首を失った左腕でそれを防ぐ。やはり、最大威力でなければ手傷を負わせることはできない。

 

『カスタノ。ダミーの生成に注力せよ。遮蔽が少なくなればこちらが勝つ。重ねて言うが、彼らを見くびるな』

『……了解』

 

 腹の底に響くようなクレヴォの命令に、カスタノは軽口を挟むことさえできずに頷く。

 

『ここで確実に殺す。ぬかるなよ』

 

 自らを慕う少女を背中から撃った時、クレヴォは鬼と化した。

 慈悲なく、容赦なく、ただ冷酷に標的を撃ち抜く。とび色の目が、刃の輝きで戦場を睨みつける。

 執拗極まる攻撃に、アルモニアとレクスは徐々に追い詰められていく。壁や床を泳ぎ進む誘導弾と、高所からこちらを狙い続ける狙撃ビット。どうあがいても逃げ場はない。

 もはや被弾も秒読みかと思われた、その時、

 

『む――新手か?』

 

 突如として新たなトリオン反応が、霧を突っ切って居住区へと現れる。

 此処はノマスの本拠地である。援軍が来たとしても不思議ではない。クレヴォは射撃ビットを移動させると、すぐさま飛翔体に狙撃を叩き込む。だが、

 

『な――』

 

 老人の喉から、驚愕の声が漏れる。

 侵入者を焼き尽くさんと放たれたレーザーが、何故か対象の手前でその向きを反転させ、「万鈞の糸(クロステール)」の狙撃ビットを撃ち抜いたのだ。

 

『馬鹿な、何故そのトリガーが……いや、そもそもアレはなんだ?』

 

 クレヴォの明晰な頭脳を以てしても、目の前の出来事を即座には理解できなかった。

 煌めく透明な反射盾は、フィリアが所持していた(ブラック)トリガー「救済の筺(コーニア)」のモノに間違いない。だが、霧の向こうから現れたのは少女ではなく、魚の尾びれのような突起を持つ、見たことのないトリオン兵である。

 

「無事でしたかアルモニア。フィリアが危険な状態にあります。直ぐにこの場から撤退を」

 

 (ブラック)トリガーを起動していたのは、自律思考型トリオン兵ヌースである。

 愛する少女を護るため、トリオン兵は地獄と化した戦場に現れた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 フィリアを保護したヌースは、ともかくエクリシアの兵と合流すべく、音と振動を頼りに戦闘が繰り広げられていると思しき場所へと向かった。

 モナカの権限で都市解体プログラムを組んでいたヌースは、「パトリア号」の構造を熟知していたため、移動は至極スムーズにいった。

 

 ただ、問題であったのは、都市内の無線通信が妨害され、また監視網もかなりの損害を受けていたことだ。

 おそらくはエクリシアの「光彩の影(カタフニア)」の影響だろうが、このためヌースは都市で行われていた戦闘の詳細を殆ど知ることができなかった。

 

 フィリアが一体誰と戦い、どのようにして傷を負ったのか。またエクリシアの軍勢は健在なのかどうか。まったく手がかりも無いままに、それでもヌースは少女を連れて移動を続ける。

 

 そして居住区画にたどり着いた時、全ての疑問はたちどころに氷解した。

 アルモニアとレクスが、フィロドクス騎士団の面々に攻撃されている。その一事で、ヌースはこれまでの事情を察した。

 

 もともとヌースは、イリニ家に迎えられて以降、アルモニアの顧問としての役割を与えられていた。感情を差し挟まず公平な意見を述べるヌースは、フィリアら子供には聞かせられないような、表沙汰にできないような相談事をするには打ってつけだった。

 

 その為彼女は、エクリシアの裏で行われていた政治闘争にも詳しかった。フィロドクス騎士団が他家の配下の家々に秋波を送り、切り崩しを狙っていることなども、証拠こそ挙がっていないが把握している。

 

 しかしまさか、敵陣で直接要人の暗殺を行おうとしているとは。

 俄かには信じがたい光景であったが、そう考えれば負傷した少女が都市の外れにいたことも納得がいく。味方に裏切られ、なんとか逃げてきたのだろう。

 

 ヌースは即座にアルモニアを救援するため、居住区画に突入した。

 (ブラック)トリガー同士の激闘に、只のトリオン兵が介入するなど自殺行為も同然である。

 

 しかし、ヌースには十分な勝算があった。

 意識を失ったフィリアを検査した時に見つけた、データにない(ブラック)トリガー。

 ――そのトリガーが何と、ヌースにも適合したのだ。

 

 そもそも、普通のトリオン兵にトリガーを起動させることは技術的に極めて難しく、ノマスでさえも実用化には至っていない。

 だが、不世出の技術者であるレギナが心血を注いで創り上げたヌースには、その機能が備わっていた。

 

 とはいえ、(ブラック)トリガーはある種の適性が無ければ起動することさえできない。しかも、フィリアが所持していた「救済の筺(コーニア)」は、極端に選り好みの激しいトリガーであり、誰しもがおいそれと扱える代物ではない。

 

 ヌースが適合した理由。それは(ブラック)トリガーを残したのがパイデイアであったからだ。

 友として、家族として、共に子供たちの健やかなる成長を願い、懸命に守り育ててきたヌースに、パイデイアが力を貸さない訳がない。

 

 もちろん、ヌースはそのトリガーか彼女の形見であることなど知る由もない。ただ、少女が新たな(ブラック)トリガーを手にしていたという事実に、ある種の予感はあっただろう。

 ともかく、「救済の筺(コーニア)」の起動に成功したヌースは、その超絶の性能を十全に用いてフィリアを護り、居住区画までたどり着いた。

 

「フィロドクス家が裏切ったとしても、ゼーン騎士団や聖堂衛兵団までは掌握していないでしょう。都市から脱出すれば、攻撃は不可能なはずです」

 

 そして戦場へと舞い降りたヌースは、アルモニアの側に寄り添い、彼を弾雨から護りつつ情報を交換する。

 

「無事でよかった。フィリアは何処にいる? 容態は?」

「護衛のトリオン兵を付け、付近に潜伏させています。背中に裂傷あり、意識不明。止血は施しましたが、一刻も早く医療設備の整った場所に移送する必要があります」

「くっ……」

「アルモニア。どうか冷静に。今あの子を助けられるのは、あなただけです」

「大丈夫だ。わかっている。何とか隙を作りこの場から脱出しよう」

 

 会話をしている最中にも、レーザーや追尾弾が間断なく彼らを襲う。だが、空間を歪曲させる「救済の筺(コーニア)」の反射盾は、トリオンに潜行する「潜伏の縄(ヘスペラー)」であっても通り抜けることはできない。

 

「なぜ、お前が此処にいる?」

 

 すると、相談する二人の側へレクスがやってきた。

 彼はヌースがモナカの研究所に軟禁されていたことを知っている。どうして逃げ出すことができたのか、そして何故戦闘に介入してきたのか、疑問は尽きない。

 

「モナカと契約を交わしました。この戦闘が終結するまで、私にあなた方と敵対する意思はありません」

「……そうか」

 

 端的に事情を説明するヌースに、レクスは静かに首肯する。

 このトリオン兵がモナカとどのような取引を行ったかは知らないが、彼は部下に全幅の信頼を置いている。ノマスに不利になるようなことはしないだろう。

 

「我々の当面の敵はフィロドクス家の裏切り者。……この場を切り抜ける為に、あなたにも手を貸していただきたい」

 

 そうしてヌースは、何とレクスに共闘を持ちかけた。

 エクリシアの不倶戴天の怨敵は、鋭い眼光でアルモニアとヌースを睨みつける。が、

 

「……いいだろう。どうせ順序を変えるだけだ」

 

 拍子抜けするほど容易く要請を聞き容れた。

 彼とて超一流の戦士である。この局面を打ち破るには、ヌースの手を借りるのが最善だと判断したのだろう。

 

「私の子機をあなたたちのトリオン体に接続すれば、「光彩の影(カタフニア)」の迷彩を無効化できます」

 

 ヌースは説明を続けながら、自らの体から涙滴状の小さな物体を出現させる。

 彼女と同じ丸い二つの目が付いたそれは、一部の機能を複製した子機とよばれる端末だ。

 

「――礼はせん」

「謝意は無用。私もあなたを利用するだけです」

 

 レクスは奪うように子機を掴み取り、トリオン体に同化させる。

 アルモニアも、速やかに小さな旧友を自らの身体に収めた。そして――

 

「「敵の位置を教えろ」」

 

 二人の達人は静かな、それでいて戦意を漲らせた声でヌースに命じた。

 

 

 

 視覚情報が更新され、居住区画を満たす霧が透過される。

 

 フィロドクス家の騎士たち、床や壁を先行する「潜伏の縄(ヘスペラー)」の弾丸、「万鈞の糸(クロステール)」の射撃ビットら「光彩の影(カタフニア)」によって生成されたダミーも画像処理が施され、本体が一目瞭然となる。

 もともと「光彩の影(カタフニア)」はイリニ騎士団のテロスが所有していたトリガーであり、ヌースはその性能を委細漏らさず知っている。彼女の演算能力を以てすれば、虚像を見抜くことは容易い。

 

「助かった」

「――ふん」

 

 幻惑の霧を完全に無効化するや、アルモニアとレクスは追い立てられていた鬱憤を晴らすかのように、凄まじい勢いでフィロドクスの騎士へと襲い掛かった。

潜伏の縄(ヘスペラー)」「万鈞の糸(クロステール)」ともに射撃戦用のトリガーで、内懐に入り込まれればたちまち優位性を失う。また防御を完全に幻影に頼り切っていたために、それが破られた時の衝撃は大きい。

 

 明らかに幻影を無効化した様子の二人に、クレヴォたちはともかくスラスターを噴かせて距離を取る。

 なにより達人たちが連携しているのが不味い。さきほどまでの消極的な協力とは違い、今度は互いに全幅の信頼を置いた緊密な連携攻撃である。

 まさか敵対関係にあったアルモニアとレクスが、こうまで速やかに手を結ぶとは。

 

 達人二人に攻め込まれ、クレヴォらは一転して窮地に追いやられる。

 鎧の機動力を生かして空中を逃げ回るが、アルモニアとレクスは手負いとは思えない動きで騎士へと迫る。

 

 幻惑が無効化されたことで、「潜伏の縄(ヘスペラー)」の弾丸も先ほどのまでの圧力を失っており、彼らの突撃を妨げることができない。

 クレヴォが狙い澄ました狙撃を撃ち込むも、絶妙なタイミングでヌースが反射盾を張ってそれを防ぐ。

 

 数分前の展開とは打って変わって、今度はフィロドクス騎士団が逃げ回ることになった。だが、

 

『なんだ? 十時の方角にトリオン兵の反応がある。生身の人間もいるぞ』

 

光彩の影(カタフニア)」を操っていたカスタノが、居住区画から少し離れた通路に不自然な一団を見付ける。ノマスのモノと思しき数体のトリオン兵が、人間と共に潜伏しているのだ。

 市民とその護衛ならば早々に戦場から逃れている筈で、隠れ潜むように動かないのは如何にも怪しい。

 そのことをクレヴォに伝えるや、

 

『「潜伏の縄(ヘスペラー)」で狙い撃て。おそらく彼らの急所だ』

 

 と、老人は平然とジンゴに命ずる。

 生身の非戦闘員を攻撃すると言う冷酷無情なその策は、果たして覿面の効果を上げた。

 

「――フィリアが攻撃を受けました!」

 

 緊迫した声を発したのはヌースだ。彼女はフィリアの傍らにも子機を置いており、それを通じて少女を護衛していたクリズリが破壊されたことを感知した。

 

「っ――」

 

 この報せに誰よりも動揺を見せたのがアルモニアだ。

 彼は即座に「懲罰の杖(ポルフィルン)」を三叉戟へと形態変化させると、「潜伏の縄(ヘスペラー)」の使い手ジンゴに向けて、凄まじい勢いで投擲する。

 

「な、しまっ――」

 

 唐突な遠距離攻撃に逃れることも叶わず、ジンゴの胴体を三叉戟が刺し貫く。

誓願の鎧(パノプリア)」を貫通し、中のトリオン体まで破壊され、ジンゴは一瞬で生身となって回廊へと落下する。

 

 敵の不意を突いた見事な一撃だが、完全無欠の剣聖は、ここで初めてミスを犯した。

 使い手のトリオン体が破壊されたからといって、既に放たれた弾丸まで消滅する訳ではない。地面を回遊する「潜伏の縄(ヘスペラー)」の弾丸が、アルモニアへと襲い掛かる。

 

「――危ない!」

 

 ヌースが機敏に反応するも、「救済の筺(コーニア)」の展開射程から僅かに遠い。「懲罰の杖(ポルフィルン)」はジンゴを貫いて遥か彼方まで消え去った。再構築の時間もない。

 結果、「潜伏の縄(ヘスペラー)」がついにアルモニアを捕らえた。

 弾丸が彼のトリオン体に潜行し、供給機関で炸裂する。

 

「くっ……」

 

 内部からの破壊に耐えられる筈もなく、アルモニアのトリオン体が崩壊する。荒れ果てた地面に落下した彼は、受け身をとってすぐさま立ち上がると、居住区の外へと向けて走り出す。

 

「逃さん」

 

 その背中に向け、クレヴォが「万鈞の糸(クロステール)」の狙撃を放とうとする。だが、

 

「――」

 

 回廊から弾丸の如き勢いで跳躍したレクスが、老人へと襲い掛かった。

 

「ぬぅっ――」

 

 辛うじて反応したクレヴォが、射撃ビットの筒先を逸らし、迫り来る敵に最大威力のレーザーを見舞う。

 レクスは空中で身を捩って回避を試みるも、右腕を肩口から吹き飛ばされる。

 しかし、ノマス最強の戦士は一切気力を損なわず、凄まじい身体操作で体勢を立て直すと、唯一残った左足でクレヴォに蹴りを叩き込んだ。

 

「がっ――」

 

 重厚な鎧騎士が吹き飛び、回廊を突き破って壁にぶち当たる。

 不安定な体勢からとはいえ、「巨人の腱(メギストス)」の一撃をまともに受けたのだ。鎧は間違いなく全損。内部のトリオン体も破壊されたことだろう。

 

「くそっ、掛かれっ!」

 

 レクスが地面に着地するや、カスタノが何やら叫ぶ。すると、霧を打ち破って六体のクリズリが襲い掛かってきた。どうやら待機させていた兵を投入したらしい。

 

「ふん、雑兵程度で、どうにかできるつもりか」

 

 片足しか残っていないとはいえ、レクスの全身は余すところなく凶器。

 振り降ろされる鋭刃を容易く掻い潜り、彼は数十秒の内に襲い来るクリズリの全てを蹴り砕く。だが、

 

「……逃げ足の速いことだ」

 

 トリオン兵がその身を挺して稼いだ隙に、カスタノはジンゴとクレヴォを確保し、居住区画から飛び去っていた。

 攻撃役を失った以上、撤退は妥当だろう。しかし、レクスは彼らを追いはしなかった。

 

「流石に、限界か……」

 

 最後に右腕を吹き飛ばされたのが不味かった。「巨人の腱(メギストス)」は耐久力においても通常の戦闘体を凌駕するが、さすがにトリオン漏出が甚大である。

 このままではいつトリオン体が崩壊してもおかしくない。これ以上の戦闘は避けるべきだろう。

 見れば、アルモニアは既にヌースと共に姿を消している。戦闘中に言葉を交わしていたところを見るに、何か変事があったらしい。

 

「どうやら、凌ぎきったようだな」

 

 結局、アルモニアを含めエクリシアの(ブラック)トリガー使い三人を撃破。一人を撤退に追い込んだ。一先ずの山場は越えたとみていいだろう。

 だが、まだ戦いが集結した訳ではない。

 

「間もなく(マザー)トリガー封鎖作戦を実行します。「パトリア号」内の戦士は早急に外部へ離脱するか、トリオン体を維持したまま安全な場所に避難してください」

 

 原型を留めないほどに破壊された居住区から通路に戻ると、スピーカーから息子の声がエンドレスで流れている。

 レクスは再び気合を入れ直すと、指揮所に向けて移動を始めた。

 

 

 

 

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