WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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其の二十四 余燼 憎悪の埋火(うずみび)

 ノマスの中規模都市「グランディア号」の倉庫区画は、他の都市から避難した大勢の市民で溢れかえっていた。

 床には市民が持ち寄った布で簡易寝台が拵えられ、市民、兵士を問わず多数の負傷者が寝かされている。

 負傷者は余りに多く、医療スタッフは全く足りない。それでも、多くの市民たちは自発的に医師を手伝い、懸命に同朋の命を救おうとしていた。

 

「じゃあお母さん。広間のほうで兵隊さんのお手伝いしてくるね」

「気を付けるんだよ。皆さんのご迷惑にならないようにね」

 

 倉庫区画の一隅で、明るい栗毛をした快活な少女と、恰幅のいい婦人が話をしている。彼女たちはシビッラ氏族のウィタ、ウェネフィカ親子だ。

 彼女たちは何とか「パトリア号」の避難艇に乗り込むことができ、この「グランディア号」に無事収容された。

 途中、エクリシアのトリオン兵に襲われるなど危うい出来事があったが、それでもこの情に厚い親子は自らの疲労など頓着せず、「グランディア号」に収容されるや負傷者の世話に奔走した。

 

 今もウィタは医師の側に付きっ切りで、負傷者に包帯を巻くなど治療を手伝っている。肝っ玉の据わった彼女は凄惨な傷にもひるまず、それどころか力強い言葉で若い戦士を励ましている。

 娘のウェネフィカも、母と共に医師団の手伝いを行っていたのだが、つい先ほど館内に新たな避難艇を収容するとのアナウンスが流れた。

 新たな負傷者や物資の収容に伴い諸々の作業が発生する。動ける者は誰でもいいから手伝いに来いとの報せである。

 

 比較的手の空いていたウェネフィカは、自ら望んで収容作業を手伝うことにした。

 慌ただしく人が行き交う倉庫区画を抜け、都市下層の格納庫へと移動する。

 既に「グランディア号」は戦場を離れ、エクリシアの部隊から逃走を行っていた。

 避難艇は移動中の都市には直接着艦できず、進行ルート上の草原に現れる。

 その為、収容には一旦都市を停止させ、回収部隊を繰り出す必要がある。勿論、後方から追いかけてきているエクリシアのトリオン兵も足止めせねばならない。

 

「いいか! 追っ手のトリオン兵はルーペス氏族の者たちに任せよ! 我らは速やかに避難艇を確保するぞ!」

 

 地下の格納庫で声を張り上げ、職員らに指示を与えているのは、筋骨逞しい壮漢、アーエル氏族のマラキアである。

 

「諸君らは必ず護る。焦らず、迅速に作業を行ってくれ」

 

 よく見れば、作業車の前に並んでいるのは、トリガー使いでもない一般市民である。

 彼らのトリオン機関ではトリオン体を作り出すのが精一杯で、戦闘は行えない。それでも、緊張に面持ちを強張らせながらも、怖気づいた者は誰もいない。

 

「あの! お手伝いに来ました!」

 

 緊迫した空気の漂う格納庫ではあったが、ウェネフィカは作業中と思しき職員の一人を捕まえると、持ち前の社交性の高さで物怖じせず話しかける。

 そうして医療班に回された彼女は、医薬品を整理しながら避難艇を待つことになった。

 

「っ……」

 

 格納庫の壁には大型のモニターが複数設置され、都市外部の様子が望遠カメラで映し出されている。

 その一つ、都市の後方を撮影するモニターには、草原の彼方に蠢く影が映っている。エクリシアの繰り出したトリオン兵が、諦めもせずに都市を追跡しているのだ。

 クリズリに襲われた時の事を思い出し、ウェネフィカは思わず身を竦める。

 そうこうしている間にも、徐々に都市の速度が落ちていく。前方を映すモニターに小さな(ゲート)が見えた。避難艇は無事に草原へ着陸したらしい。

 

「よし。出るぞ! 船は放棄して構わない! 人命を最優先だ」

 

 十分な距離まで近づいたところで、いよいよ都市が停止した。

 格納庫のハッチが開き、タラップが降ろされる。職員たちは救護車や作業車に乗り込むと、草原へと降りていく。

 ウェネフィカはそんな彼らを、祈るような面持ちで見送った。

 

「頑張って、みんな……」

 

 都市の後方では、追いついてきたトリオン兵と、護衛のルーペス氏族の戦士らが戦闘を始めている。

 もし彼らが敵を討ち漏らせば、避難艇とその収容に赴いた職員たちが殺されてしまう。

 ウェネフィカは息をするのも忘れてモニターを見詰める。

 幸いなことに、収容作業はスムーズに進行した。職員たちが避難艇へと辿りつくや、ハッチすぐさま解放され、乗組員が救護車へと移される。

 

 後方のトリオン兵団も、ルーペス氏族の戦士たちによって完全に抑えられている。

 ウェネフィカは知る由もないが、護衛部隊の指揮を執るルーペス氏族のカルクスは、先ほど恩師が残した(ブラック)トリガーの起動に成功していた。汎用型のトリオン兵など敵ではない。

 また、避難艇には同じく(ブラック)トリガー「報復の雷(フルメン)」の使い手であるマラキアが付いている。万一敵が護衛部隊を抜けても、避難民たちが犠牲になる可能性は絶無だ。

 

「よし。ブリッジに連絡! すぐに発進させるんだ!」

 

 万事滞りなく作業は進行し、格納庫に救護車が入ってくる。護衛の戦士たちも、トリオン兵の追撃を躱して鮮やかに撤退する。

 都市が再び動き出した。六本の巨大な脚で大地を踏みしめ、超重量の体躯が驚くべき速さで草原を疾駆する。

 それまで都市に纏わりついていたトリオン兵が、見る間に引き離されていく。飛行型でもなければ、都市に追いつくことはできないだろう。

 

「負傷者多数! 医療班急げ!」

 

 しかし、安心してはいられない。格納庫に戻るやマラキアの緊迫した声が響く。

 避難民たちは多数が傷を負っているらしく、早急に処置しなければならない。

 

「は、はい!」

 

 ウェネフィカも職員たちに混じって走る。医療の知識はないが、荷物持ちぐらいならできる。人手はあって困るものではない。

 そうして救護車の前まで来た少女は、そこで見知った顔を見付けた。

 

「レグルス君!!」

 

 担架に乗せられて現れたのは、白髪金瞳の少年、ドミヌス氏族のレグルスだ。

 同じ「パトリア号」に住み、また年頃も近いこともあって少女とは親しい間柄の少年だ。

 先ほど収容した避難民たちは、「パトリア号」の指揮所から脱出した最後の生存者だったのだ。だが、

 

「落ち着けレグルス! お前は怪我人なんだぞ!」

「離してくださいマラキアさん! 父さんは、「パトリア号」はどうなったんですか!」

 

 少年はウェネフィカの存在など眼中になく、傍らのマラキアに食って掛かる。その頭には包帯が巻かれ、鮮血が滲んでいる。

 彼は指揮所での防衛戦時、敵トリオン兵の攻撃を受け昏倒した。意識が戻った時には既に「パトリア号」から離脱した後で、彼はそこでようやく事の顛末を聞かされたのだ。

 

「戻って父さんを助けないと! マラキアさん、兵を出してください! いや、僕だけでも、ボースを一体貸してくれれば……」

「馬鹿なことを言うな! お前は父親の覚悟を無碍にするつもりか!」

「でも……」

 

 強行に戦場へと戻ろうとするレグルスを、マラキアが強く叱責する。

 だが少年は一向に収まらず、担架から無理にでも降りようとする。するとその時、

 

「あっ――」

 

 格納庫に居た群衆の一人が、驚愕の声を上げた。

 そのただならぬ声音に、レグルスらは口論を止めて辺りを見回す。

 異変があったのは、主戦場を望遠で映し続けるモニターだ。

 

「都市が……「パトリア号」が……」

 

 彼方まで広がる草原の海に、島のように浮かぶノマスの機動都市。その中でも一際巨大な「パトリア号」に、奇妙な変化が起きていた。

 塔のように聳え立つ六本の脚が折り曲げられ、胴体部にピタリとくっつく。すると次の瞬間、都市の脚部がまるで粘土のように形を失い、胴体部に吸収された。

 変化は「パトリア号」の全体に及ぶ。脚を失ったばかりの都市の胴体部、そのごつごつとした輪郭線が、凹凸の欠片も無い滑らかな形状に整えられていく。

 僅か数十秒の内に、直径が一キロを超す巨大な卵のような物体が草原に現れた。

 

「っ――」

 

 格納庫に居合わせた誰もが息を呑む。

 (マザー)トリガーを護るため、「パトリア号」を解体する。

 予めそう聞かされていたとしても、やはり実際の光景を目の当たりにすれば、衝撃の度合いは凄まじい。

 彼らが自国の象徴として親しんできた超巨大都市が、今まさに終焉を迎えようとしているのだ。

 そして、大勢の市民が固唾をのんで見守る中、「パトリア号」に新たな変化が起きた。

 巨大なトリオン球と化した都市が、水滴のように弾けたのだ。

 

「~~~~!!」

 

 液状に変化した大量のトリオンが、自ら意思を持つかのごとく、凄まじい速度で草原へと染み込んでいく。

 見る間に、草原の一画が白亜のトリオンで完全に覆いつくされた。

 モニターでは分からないが、変化は地下深くまで及んでいるだろう。

 

 都市を構築する大量のトリオンが幾層もの隔壁となって、(マザー)トリガーを包み込んだのだ。

 エクリシア勢が残された時間とリソースの全てを投じても、掘削は絶対に不可能だ。ここに(マザー)トリガー封鎖作戦は全ての工程を滞りなく完遂した。

 だがその代償として、「パトリア号」は永久に失われた。草原に聳え立つ威容の大都市は、何処を探しても見つけることができない。

 

「…………」

 

 格納庫に重い沈黙が立ち込める。

 (マザー)トリガーを攻略できないエクリシアには、撤退以外の選択肢は残されていない。過酷な戦いは終結するのだ。

 だが、そこに至るまでにノマスは何を失ったのか。

 

「パトリア号」だけではない。中小の機動都市のおよそ半数が大破し、戦場へと残されている。修理するとしても、再び市民が住めるようになるには長い時間が掛かるだろう。

 それどころか、犠牲となった市民の数さえ把握できていない。

 ただ、夥しい数の死者、捕虜を出したであろうことは間違いない。ノマス建国以来の最悪の戦禍である。

 受けた傷を癒すまで、どれ程の年月がかかる事か。それまで民に強いる忍耐が、どれ程辛いものになるだろうか。

 

 端的に言って、ノマスは完敗を喫したのだ。

 それも国を傾けかねないほどの、歴史的な敗北を。

 

「…………」

 

 それを理解しているからこそ、モニターを眺める市民たちの表情は一様に暗い。戦争が終結したことを、喜ぶことさえできない。だが、

 

「……さない」

 

 ポツリ、と格納庫に小さな声が響く。

 声の主は、担架に座る少年レグルスだ。

 

「許さないぞ、エクリシア」

 

 今度ははっきりと、少年の声が聞こえる。彼は瞬き一つせず、モニターを食い入るように見つめている。まるでこの敗北の光景を、魂に刻み付けるかのように。

 

「今日のことは死んでも忘れない。……絶対に、絶対に滅ぼしてやる」

 

 格納庫に居合わせた面々が、思わず少年を見遣る。すると、

 

「滅ぼしてやるぞエクリシアっ!! 何年かかっても、何十年かかっても、お前たちを絶対に逃がさない。誰一人として残さず、皆殺しにしてやるッ!!」

 

 レグルスは固く握り絞めた拳を振り上げ、喉が裂けんばかりに絶叫する。

 そして少年の叫び声が消えてなくなると、一瞬の間をおいて、今度は更なる咆哮が格納庫に轟く。

 

「そうだ! 俺たちは忘れない! 必ずエクリシアに復讐するんだ!」

 

 市民の一人がレグルスの叫びに呼応するように、声を張り上げる。

 それが呼び水になったかのように、格納庫に居合わせた人々が口々にエクリシアへの復讐を叫びだした。

 憤怒と憎悪の雄叫びは格納庫に留まらず、津波のように「グランディア号」船内を駆け巡る。 

 誰もがエクリシアへの復讐を誓い、犯した罪を血で贖わせることを願う。

 

 エクリシア滅ぼすべし。憎悪の唱和が轟く。

 まるで船全体が吼え猛るかのような、異様な雰囲気。

 冷静さを保っていたマラキアも、狂気に浮かされた市民たちを鎮めることができず、固い面持ちで口を引き締めるばかり。

 強い怒りは敗北感を打消し、喪失感を埋めてくれる。今後の復興を考えれば、市民たちの感情を無闇に押さえつけることはできない。

 しかし、船内がエクリシアへの復讐に沸く中、一人怯えた様子で佇む少女が居る。

 

「み、皆どうしたの……れ、レグルス君、怖いよ……」

 

 ウェネフィカは狂ったように叫ぶ少年に、近づくことすらできない。

 あれほど聡明で優しく勇敢であった少年が、少女が淡い恋情を寄せていた彼が、とても恐ろしい化け物に変わってしまったかのようだ。

 

「う……」

 

 いや増す熱狂の中、少女は反射的に自らの懐に手をやる。

 そこに納められていたのは、フィリアという少女から預かったトリガーだ。

 窮地に陥ったウェネフィカたちを救ってくれたのは、自分と変わらぬ年頃の少女だった。

 

 エクリシアの騎士と名乗った少女はしかし、自分たちと同じ肌をしていた。それになにより、母と自分が無事な姿を見た時、心から安堵してくれたのだ。

 だからだろうか。ウェネフィカはこれほどの惨状に遭いながらも、どこかエクリシアを憎み切ることができなかった。彼女たちにも、何かの事情があるのではと思えてしまったからだ。

 

「やだ、……こんなの、嫌だよ」

 

 狂ったように憎しみを叫ぶ同胞たちに囲まれ、少女はか細い声で呟く。

 しかし、数百年にも及ぶエクリシアとノマスの因果は、こうして次代へと引き継がれていく。血が血を呼び、破壊が更なる破壊を招き、恨みはより一層深まっていく。

 非力な少女一人に、殺戮の連鎖を止めることは不可能だった。

 

 

 

 

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