WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

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拙い物語ですが、お付き合いいただければ幸いです。


第二章 指と引き金
其の一 騎士叙任式


 壮麗なステンドグラスから差し込む眩い光が、大聖堂の心臓たる祭壇を照らしている。

 七色の陽光を浴びて佇立するのは、荘厳な法衣を纏った老齢の司祭だ。深い皺の刻み込まれた面持ちは厳粛そのもので、手には黄金で装飾された豪奢な剣を提げている。

 そして、その前に拝跪しているのは、褐色の肌をしたあどけない少女だ。

 

「汝が神とその愛し子の守護者となるように。常に思慮深く、勇気に満ち溢れ、天秤の如く節度を守り、あらゆる暴悪に屈さぬ正義を抱く、真の騎士となるように」

 

 枢機卿ステマ・プロゴロスは祝別の言葉を述べながら、荘重なる動作で宝剣を少女の肩へと当てる。

 聖都の中央に位置する大聖堂では、国家の新たな守護者を任ずる儀式が執り行われていた。今日この日、騎士の叙任を受けるその者は、

 

「フィリア・イリニ。神とその愛し子に一命を捧げた者よ。汝の魂に祝福あれ。汝の道程に幸いあれ。神の御名において、汝を騎士に任命する」

 

 枢機卿より差し出された宝剣を恭しく受け取ると、その新たな騎士は堂々と立ち上がり、小さな身体を名一杯に動かして見事な作法で答礼を行う。

 

 エクリシアの長き歴史の中でも前例を見ない、僅か十一歳の叙任者。そしてその新たな騎士には、エクリシアの怨敵ノマスの血が流れている。

 異例尽くしの叙任式ではあったが、列席する貴族、騎士、従士たちはしわぶき一つ漏らさない。少女の出自に由来する嫌悪や侮蔑の感情はなりを潜め、居並ぶ皆が真剣に儀式を眺めていた。

 

 その理由、それは舞台の主役を務める少女の佇まいが、所作が、眼差しが、意思と希望の輝きに満ち溢れていたからだ。

 剣を受け取り、鞘に納めた少女が振り返る。降り注ぐ光の中に佇むフィリアの姿は、完成された名画のように皆の心を打つ。

 今このひと時だけは、祖国の新たな守護者の門出に誰もが心よりの祝福を祈った。

 

 フィリアは胸を張って皆の視線に応え、毅然と歩み出す。

 自ら課した過酷極まる訓練の日々。それさえ陽だまりに感じるような地獄の戦場。

 それらを潜り抜けてきたのは、すべてこの日の為に。

 

 今日から、少女の本当の戦いが始まる。

 澄明な決意を秘めて、少女は更なる一歩を踏みしめた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「姉ちゃん格好良かったな! スゲェよ!」

「とっても綺麗だったよ姉さん! 母さんにも見せたかったぐらい!」

「お姉ちゃん。おめでとう!」

 

 叙任式も滞りなく終わり、フィリアは控室で礼装を脱ぎ化粧を落としていた。

 その横では、イリニ家の一員として式に列席した弟妹たちが大興奮ではしゃいでいた。彼らは口々に姉の晴れ姿を誉めそやしている。すると、

 

「な、ヌースも感動しただろ? ちゃんと撮っといてくれたよな!」

 

 と、長男のサロスが聞き捨てならないことを口走る。

 

「え、ちょっと待って、連れてきたの!?」

 

 それを聞いたフィリアは目を丸くして鏡台から振り返った。先ほど神秘的なまでの壮麗さはどこへやら、年相応の愛らしい驚き顔である。

 

「私から言い出したことなのです。サロスを責めないであげてください」

 

 にゅっ、とサロスの余所行き用の礼服から顔を出したのは自律型トリオン兵、ヌースである。彼女の有する多彩な機能の一つ、小型の分身を用いて式に同席したらしい。

 

「アルモニア殿には許可を得ています。案じることはありません。偽装は完ぺきでした」

 

 ヌースは存在自体が未知の軍事技術の塊である。通常は技術開発の下に分解されるべきところを、アルモニアの計らいでイリニ家に匿われているのだ。

 そんな彼女をエクリシアの中心部である教会に連れてくるなど言語道断の仕儀だ。見つかればどうなったことか。

 

「ご当主様は何を考えていらっしゃるんですか! 最近みんなを甘やかし過ぎです」

 

 と、少女が眦を決して問い詰めるのは、彼女の伯父アルモニアだ。

 イリニ家の当主として、騎士団の総長として、彼も当然ながら叙勲式に列席していた。

 

「ああ、いや、すまない。やはり家族の晴れ舞台は、皆で祝うべきだと思ってな」

 

 金髪の偉丈夫は白々しく謝罪するが、その態度に悪びれた様子は微塵もない。いつもの峻厳な容貌を崩し、翡翠色の瞳を細めて子供たちの様子を眺めている。

 

「~~もうっ!」

 

 相手が悪いと判断したフィリアは、小言の矛先をヌースたちに戻そうとする。しかし弟妹たちは気を見るに敏で、さっと伯父の後ろへと隠れた。

 

「お姉ちゃんごめんね。でもヌースも来たかったんだよ」

 

 末の弟イダニコが、アルモニアの後ろから顔を覗かせる。その純真無垢な視線を向けられると、どうにも怒りを削がれてしまう。

 

 この数か月というものの、アルモニアは暇を見つけては弟妹たちと積極的に交流するようになった。大貴族の当主という立場と、義理の伯父という微妙な間柄ゆえに一線を引いていたようだが、元々子供好きであったのだろう、弟妹たちとはすっかり打ち解け、実の家族のようだ。

 また弟たちも、母となかなか会えない寂しさを、この優しい伯父が埋めてくれることに心から喜んでいるようだ。

 

「とにかく、帰りも気を付けるのよ。絶対に見付からないように」

 

 フィリアが腰に手を当て胸を反らし、いかにも怒ってますとアピールしながら説教すると、弟妹たちも殊勝に反省の言葉を口にする。

 

「まったくもう……」

 

 とはいえ、少女も実際の所はそこまで腹を立てている訳ではない。家族総出で自分を祝おうとしてくれた彼らの心遣いを、どうして憎らしく感じようか。

 

 すっかり怒気を沈めた姉に、もう大丈夫だと思ったのか、弟たちがまたワイワイと騒ぎ出す。すると、

 

「姉さん。今日の映像をね、母さんに見せてもいい?」

 

 と、妹のアネシスがそんなことを言いだした。

 

「あのね、母さんも寂しがってると思うの。姉さんがお仕事で忙しくて、なかなか会えないのは知ってるけど、……だからね、姉さんの綺麗な姿を見せれば、きっと母さんも喜ぶと思うんだ」

「…………」

 

 見れば、サロスとアネシスも請うような眼差しを少女に向けている。

 

 フィリアは騎士団へ入って以降、一度も愛する母と会ってはいない。

 母の暮らしぶりや体調面の話は事細かに耳にしているものの、直接会うことは頑なに避けていた。

 もちろん、少女が多忙であったのは事実である。しかし、面会日の全てに都合がつかなかった筈がない。

 彼女は恐れていたのだ。愛する母の傷つく姿を見ることを。

 

 母パイデイアは聖母のように慈愛の心に満ち溢れた人物で、近界(ネイバーフッド)を取り巻く凄惨な争いに何時も心を痛めていた。

 特に戦争狂とまで仇名された彼女の実父、イリニ家の先代当主とは悉く意見が合わず、勘当を申し付けられたほどだ。

 

 騎士となったフィリアの姿を見ても、パイデイアは決して咎めないだろう。

 娘の決断と克己を称え、労苦を労い、優しく受け入れてくれるに違いない。

 ただそれでも、母が心の奥底で傷つくことに変わりはない。そんな彼女を目の当たりにする勇気を、フィリアはどうしても持てなかった。

 

「……それは良い考えだ。私から伝えておこう。どうかな」

 

 沈黙する少女に助け舟を出したのはアルモニアだ。彼は姪の複雑な心境を理解しているようで、意味ありげな視線を送る。

 娘が騎士になった。すなわち一生を戦場に捧げる選択をしたという事実は、遅かれ早かれ母の耳には入るのだ。

 アルモニアの口から婉曲に伝えてもらった方が、まだショックは小さく済むだろう。

 

「そう、ですね……ご当主様、よろしくお願いいたします」

「やった!」

 

 フィリアが頷くと、弟妹たちは歓声を上げる。母と姉が疎遠になっていることに、彼らも心を痛めているようだ。

 姉の騎士への叙勲は、彼らにとって一大快事である。エクリシアで育った弟妹たちにとって、やはり国家を守護する騎士は羨望の的なのだ。

 これを機会に母と姉の繋がりが戻ればと期待するのは、無理からぬことだろう。

 

「さて、これぐらいにしようか。フィリアはこれから鎧の調整をしなければならない。あまり引き留めると悪い。先に帰るとしよう。研究室ではドクサとメリジャーナが待っている。何か分からないことがあれば遠慮なく聞きなさい」

 

 この感じやすい姪を気遣ったのだろう。アルモニアは弟たちを連れて、控室を後にした。

 残されたフィリアは化粧を落とし、衣装も平時の軍服に着替えた。

 そうして騎士の象徴たるトリガー「誓願の鎧(パノプリア)」を受領するため、研究室へと向かう。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 エクリシアの中枢たる「教会」には、三つの顔がある。

 一つは民の心を慰撫し、確固たる連帯を築く宗教的指導者としての姿。

 一つは近界(ネイバーフッド)の動向を睨み据え、自国を繁栄へと導く政治的指導者としての姿。

 もう一つは、あらゆる賢者を集め、絶えず技術の躍進を目指す科学者としての姿だ。

 

 一般市民には解放されていない教会の地下に、研究室と呼ばれるフロアがある。

 階を一つ隔てただけで様相は大きく異なり、大聖堂の荘厳で神秘的な雰囲気は微塵も残されていない。

 隔壁が随所に設けられた通路が迷路のように入り組むその様は、まるで巨大な地下城塞を思わせる。

 事実、これは侵入者を阻むために設計されたものだ。研究室よりもさらに地下深く降りたその先に、エクリシアの心臓部たる(マザー)トリガーがある。

 

 この教会そのものが、(マザー)トリガーを守護する目的で建てられた巨大な砦なのだ。

 地下階への出入りは非常に厳しく監視されており、入り口も一つしかない。そこには常に聖堂衛兵が詰めており、不審者に目を光らせている。

 フィリアは聖堂衛兵に所属と来訪の目的を告げ、本人証明のチェックを受ける。そうしてようやく研究フロアへと降りると、見知った顔が彼女を出迎えた。

 

「フィリアさん。待ってましたよ」

 

 朗らかな笑顔を浮かべて手を振っているのは薄紫色の髪をした朗らかな美女、メリジャーナ・ディミオスだ。

 第三研究区画の入り口で落ち合うはずだが、態々迎えに来てくれたらしい。

 

「遅参を謝罪いたします。騎士ディミオス」

「もう、今日は折角の一日ですよ。固いことは言いっこなしです」

 

 鯱場ったフィリアの態度を一笑に付し、メリジャーナが歩み寄る。

 少女の謹厳な振る舞いは出自に由来する反感を避けるためだ。良くも悪くもフィリアに慣れたイリニ騎士団ならともかく、教会には排外主義者も少なくない。

 

 大貴族イリニ家の後ろ盾を得たフィリアに噛みつくような者はいないだろうが、それでも用心に越したことは無いのだ。

 もっと愛嬌を振り撒ければと思うものの、生来真面目な彼女にとっては、なかなか難しい話である。

 

「叙任式、とても素敵だったわ。列席できて光栄よ」

 

 そんな少女の事情を知らぬわけではなかろうに、メリジャーナはフィリアの手を取ってぐいぐい歩き出す。

 穏やかな風貌からはうける印象とは裏腹に、彼女が意外なほどに押しが強い人物だということは知っている。しかし、それでも何か、手を引く態度に意図的なモノを感じる。

 

 フィリアの肩がピクリと震えた。

 これはメリジャーナの意思表示だ。イリニ騎士団はフィリアを完全に受け入れ同胞として扱っていると、教会の内外に喧伝する意図がある。

 もしも少女に不当な扱いをすれば、イリニ騎士団全体を敵に回すことになると、暗に警告しているのだ。

 

「……メリジャーナさんに、ご指導を賜ったおかげです」

 

 少女の胸に、じんわりと暖かな思いが込み上げる。

 家族以外に頼れる者がいなかった自分に、ここまで良くしてくれる人たちができるとは。

 

「またそんな謙遜を。あなたの努力が実ったのよ」

 

 フィリアを誉めそやすメリジャーナは、まるで自分の事のように嬉しそうだ。

 つられて少女も顔がほころぶ。

 

 まるで年の離れた姉妹のように手を繋いで歩く二人。

 花園を散策するかのように楽しげなその様子に、すれ違う人々はいったい何事かと訝しげな表情を向ける。

 気恥ずかしさも込み上げてくるが、今はそれさえも心地いい。

 フィリアは引かれた手をきゅっと握り返して、溢れる感謝の思いを伝えた。

 

 そうして二人が浮かれ調子で研究室までたどり着くと、

 

「おやお前たち、随分楽しそうじゃないか」

 

 と、禿頭で筋骨逞しい男性がからかうような調子で声を掛けてきた。

 

「お疲れ様です。ディミオス団長」

 

 礼法に則り、フィリアが優雅に一礼する。相手はメリジャーナの父にしてイリニ騎士団第一兵団長、ドクサ・ディミオスその人だ。

 

「うむうむ。元気そうで何よりだ。いい叙任式だったぞ。総長も鼻が高かろう」

 

 ドクサに促され、二人は研究室へと入る。

 エクリシアの軍事、産業、その他諸々の礎であるトリガーを開発する研究室は、華麗な装いとはまるで無縁の空間である。

 

 無骨で無機質なトリオン製の室内には多数のテーブルが並び、職員がせわしなくモニターと格闘している。整理整頓をする間もないのか、どこもかしこも雑然とした様子だ。

 何人かの職員がフィリアの方を見たが、すぐに興味を失ったように視線を手元に戻した。良くも悪くも噂の絶えない少女を相手にこの対応。よほど忙しいらしい。

 

「疲れているところ悪いが、鎧が無ければ騎士として始まらんのでな」

「いいえ、問題ありません」

 

 研究室を横目に奥へと進んでいくと、頑丈な造りの広い部屋が見えてくる。

 壁も床もトリオンで分厚く補強されたそこは、トリガーを試すための実験室だ。

 

「細かい調整は済んでるだろう。今日は最終確認だ」

 

 フィリアの前には、至る所に計測機器を取り付けられた甲冑が鎮座している。

 勇壮にして流麗な意匠、全身鎧にしてはシャープすぎる造形は、防御力と機動力の両輪をギリギリまで突き詰めた証であり、研ぎ澄まされた刃のように怪しい気を放っている。

 これが、エクリシアが誇る傑作トリガー「誓願の鎧(パノプリア)」、そのフィリア専用機だ。

 

「トリガー起動」

 

 トリオン体に換装した少女は、ゆっくりと鎧へ歩み寄る。

誓願の鎧(パノプリア)」は通常のトリガーとは異なり、その都度トリオンを用いて作り出すのではなく、既に構築済みの鎧を着装して運用する。

 これは「誓願の鎧(パノプリア)」の起動に要求するトリオンが非常に重く、個人で創出した場合は戦闘用のトリオンが残らないからだ。

 

「「誓願の鎧(パノプリア)」起動」

 

 フィリアが鎧に手を当て強く念じると、純白の甲冑に緑色の輝線が走る。

 そして前面部のパーツが開き、内部がむき出しになった。

 

「着装します」

 

 調整は叙任式以前から行われており、これが初めての着装という訳ではない。

 しかし、鎧に身を重ねるその瞬間は、何時になっても緊張する。

 

「――っ」

 

 少女の細い身体を甲冑が包み込んでいく。次の瞬間、首から背骨にかけて微かな疼痛が走った。

誓願の鎧(パノプリア)」の内部から突き出た針のような神経索が、フィリアのトリオン体に刺しこまれる。そしてすぐさま、甲冑を動かす神経網とトリオン体の伝達機関の接続が始まる。

 

 トリオン体と甲冑の境目が、徐々になくなっていく。

 重厚な鎧に神経が通い、まるで生まれ持った手足のようにクリアな感覚が芽生える。

 

 フィリアはメンテナンス用の計器類をパージすると、台座から立ち上がった。

 その動作はあまりに自然で、着装者の存在を感じさせない。まるで甲冑そのものが生きているかのように滑らかだ。

 

「全行程異常なし。着装完了です」

 

 少女の高く澄んだ声が、無骨な甲冑から発せられる。

 

「では、動作確認に移ってくれ」

「了解しました」

 

 トリオン体の伝達系と繋がった「誓願の鎧(パノプリア)」は、フィリアの感覚に合わせて遅延することなく自由自在に動く。

 淀みない調子で歩き、腕を動かす。地を蹴って高々と跳ね上がり、音も無く着地する。

 

「戦闘動作に移ります。「鉄の鷲(グリパス)」起動」

 

 刃引きされたブレードを創出し、剣柄を握る。

誓願の鎧(パノプリア)」は独立したトリガーであるため、着装者が本来持つトリガーを併用することができる。

 長剣「鉄の鷲(グリパス)」、小銃「鉛の獣(ヒメラ)」、狙撃銃「錫の馬(モノケロース)」、砲盾「銀の竜(ドラコン)」、シールド「玻璃の精(ネライダ)」といった基本トリガーに加えて、(ブラック)トリガーまでも装備することが可能だ。

 

「――参ります」

 

 軽やかな声と共に、甲冑姿が掻き消えた。

 一瞬のうちに五メートル余りを悠々と踏み込んだフィリア。視線が追い付くころには既に初太刀は放たれており、残心の型を構えている。

 

 少女の卓越した技量を差し引いても、その速度は尋常ではない。

 通常のトリオン体とは一線を画す高速機動。それを可能としているのは「誓願の鎧(パノプリア)」の有するパワーアシスト機能である。

 

 全身のいたる部位からトリオンを噴出し、着装者の動作を強力にサポートするこの機能は、重量級の「誓願の鎧(パノプリア)」に疾風の如き速度を与え、破城槌の攻撃力を備えさせる。

 これだけの性能を有すれば、当然ながらトリオン消費は凄まじいモノとなる。仮に着装者のトリオンで賄おうとした場合、十分と動くことはできないだろう。

 

「「恩寵の油(バタリア)」の調子はどうだ」

「供給に問題はありません」

 

 それを解決するのが、鎧の腰部に装着されたトリオン製の小箱である。

 一見すると鎧の一部にしか見えないそれこそ、エクリシアが開発した革新的トリガー「恩寵の油(バタリア)」である。

 

 トリオンの外部携行を可能とするバッテリーは近界(ネイバーフッド)各国で研究開発されているものの、その容量と小型化において「恩寵の油(バタリア)」に並ぶトリガーは存在しない。

 この「恩寵の油(バタリア)」開発によって、膨大なトリオンを消費する「誓願の鎧(パノプリア)」の実戦投入が可能となったのだ。

 

「――ふっ」

 

 鋭い呼気と共に、鎧が再度動き出す。

 目にも止まらぬ速度で繰り広げられるのは、イリニ騎士団正調の剣術の型だ。

 

 避けては薙ぎ、受け流しては突き、一瞬たりとも途切れることなく繰り広げられる剣の舞。巨大な剣が音も無く空間を切り裂いたかと思えば、次の瞬間には雷光の如く激しい刺突が繰り出される。

 意識が追い付くギリギリまで加速した「誓願の鎧(パノプリア)」の中で、なおも少女は限界を超えようと技を繰り出す。

 

「凄まじいな」

「……はい」

 

 その光景を眺めるドクサとメリジャーナは、そろって感嘆の言葉を口にした。

 

 フィリアの剣術の冴え、その技量のほどは、最早エクリシア全土でも最上層に位置するだろう。

「剣聖」アルモニアを除けば、剣の腕で彼女を明確に上回る者はおそらく居るまい。

 そして真に驚くべき事実は、驚愕の技量を身に着けたその少女は僅か十一歳、剣を取って未だ二年と経っていないことだ。

 

 どれ程の才能を、どれだけの執念で磨き上げればその歳でここまで至るのか。

 この日生まれた新たな騎士。エクリシアの未来を背負い立つその小さな姿に、ドクサとメリジャーナは畏敬と憐憫の入り混じった複雑な視線を向ける。

 

 そうして程なく最終調整と動作確認は終わり、フィリアは正式に「誓願の鎧(パノプリア)」を受領した。鎧はイリニ騎士団に運び込まれ、これから少女と戦場を共にすることになる。

 これで彼女は名実ともに騎士になった。もはや彼女は蔑まれる敵国の貧民ではなく、民衆を導く名誉ある貴族だ。

 しかし、少女に立身出世を喜ぶ思いは微塵も無い。ただ新たな力を手に入れたこと、そしてようやく自分が遠征に赴く資格を得たことに、安堵するばかりである。

 

 そう、フィリアの戦いはまだ始まったばかりなのだ。

 母を取り戻すその日まで、少女の歩みは止まらない。

 

 

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