WORLD TRIGGER Beyond The Border 【完結】   作:抱き猫

93 / 95
其の十三 界境防衛機関

 近界民(ネイバー)の侵攻を受けた三門市の東部地区。

 大学があり、以前は多くの人々で賑わっていた住宅街も、住民が退去した今は寒々しいゴーストタウンと化している。

 

 廃墟街の中央には、街の景観とは明らかに不釣り合いな巨大建造物が建っている。

 窓の殆ど無い直方体の建物は、長辺が三百メートルを軽く超え、高さも百メートル以上ある。まるでミニチュアの街に縮尺の異なる空箱が横たわっているような光景だ。

 

 その建物こそ、界境防衛機関ボーダーの本部基地である。

 基地内部には防衛部隊の訓練施設や、トリガーの研究開発室、報道関係者への対策室に、都市や国、企業などへの渉外担当部署がある。

 

 内部は広大で、務める職員の数も多い。

 そんな基地内の通路を、一人の男性が歩いていた。

 

 年の頃は十代の後半、つるが繋がったサングラスを首から掛けた、長身痩躯の若者だ。

 ようやく青年期に差し掛かったような年恰好だが、身に纏う飄然とした雰囲気と、何処か遠くを見ているような眼差しが、いやに老成した印象を与える。

 

 彼は迅悠一。ボーダーは玉狛支部に所属する防衛隊員である。

 窓のない広い通路を足早に進む迅。するとそんな彼に、

 

「お、今日はどうしたんだ?」

 

 と呼びかける声。支部に務める彼が、本部基地を歩いていることについて、誰かが疑問を投げかけたのだ。

 

「や、太刀川さんに風間さん。ちょっと会議に呼ばれててね」

 

 通路の角から現れたのは、くせ毛をした長身の男性と、鋭い目つきをした小柄な男性だ。

 彼らは本部に所属する防衛隊員、太刀川慶と風間蒼也である。

 

「どうした、また何か起きるのか?」

 

 と、興味津々といった風に歩み寄る太刀川。対して風間は至極冷静な表情で迅の様子を窺う。

 

「今度のはちょっと面倒そうで、もしかしたら太刀川さんたちの手も借りることになるかもしれない」

 

 と、軽い口調で迅が答える。

 

「何だ新手の近界民(ネイバー)か? 今度はどんな奴がくるんだ?」

 

 迅の曖昧な表現に、戦闘をこよなく愛する太刀川は、新たな強敵と会い見えることができるのかと興奮気味に尋ねる。

 だが、迅はのらりくらりと言葉を濁して質問を躱す。

 

「俺たちにまだ通達が来ていないということは、確度が低いか、情報を統制する必要がある話なんだな」

 

 と、風間が鋭い視線と共にそう尋ねる。

 太刀川と風間はボーダー本部が擁する最精鋭の防衛隊員である。

 ボーダーに危機が訪れると言うのなら、彼ら中核戦力には真っ先に説明があってしかるべきだ。それがまだないということは、事態は余程複雑なのだろう。

 

「まあ、まだちゃんと見えた訳じゃなくてね。これから上の人たちと話を詰める予定」

 

 と、飄々と肩をすくめて迅が答える。

 

「人手が要りそうになったら、改めて話が行くよ。頼りにしてるぜ二人とも」

 

 迅は冗談めかしてそう言うと、再び廊下を進み始める。

 

 何時しか彼の顔からは笑みが消え、抜き身の刃のように鋭く引き締まる。常に余裕を持ち、軽薄な態度を崩さない彼は、しかし内には堅い信念と重すぎる責任を抱えている。

 そうして本部基地を移動した彼は、大会議室へとやってきた。

 

「実力派エリート迅、ただいま参上しました」

 

 再び飄逸な仮面を被った迅は、軽口と共に会議室の中へと入る。

 テーブルには既に、ボーダー幹部たちが勢揃いしていた。

 

「遅いぞ迅! 貴様の方から招集しておいて遅れて来るとはどういう料簡だ!」

 

 と、開口一番怒鳴りつけるのは、目の下に隈のある、五十前と思しき小太りの男性だ。

 彼は鬼怒田本吉。ボーダーでトリガーや機材の開発を一手に引き受ける、技術開発室の長である。そして、

 

「それで、緊急を要する案件とはいったい何なのかね?」

 

 と、鬼怒田の叱責を引き継ぐように尋ねたのは、鷲鼻が特徴的な四十見当の男性、メディア対策室長の根付栄蔵だ。

 

「全員揃っての会議とは、余程の事態なのかい?」

 

 迅にそう問いかけるのは、煙草を燻らせていた三十過ぎの男、外務・営業部長の唐沢克己だ。

 

「いやぁ皆さんおそろいで。すみませんね遅れちゃって」

 

 対して、迅はあくまで飄々とした態度で会議室を見回す。

 

 他に列席しているのは、三十絡みの短髪の偉丈夫、ボーダー本部長兼防衛部隊指揮官の忍田真史。その隣に座る長髪の女性は本部長補佐の沢村響子。

 

 眼鏡を掛けた三十過ぎの顎ひげを生やした男性は、ボーダー玉狛支部の支部長、つまりは迅の直接の上司にあたる林藤匠だ。

 

 そして会議場の最奥に座るのは、左眉から左目に掛けて条痕が刻まれた四十見当の峻厳な男性、ボーダー最高責任者、本部指令の城戸正宗だ。

 

「本題に入ろう。迅、お前が見た予知を話せ」

 

 重々しい声で、城戸がそう問いかける。

 指令の発言に、会議場は水を打ったように静まり返る。

 迅はゆっくりと一呼吸を置くと、

 

「はい。ボーダーが無くなる未来が見えました。それも遠くない未来、低くない確率で」

 

 粛然とした面持ちで、衝撃的な未来予想を口にした。

 

「な――」

 

 驚きは誰の口から洩れたものか。

 迅悠一がただの防衛隊員にも関わらず、幹部会議に出席できるのには訳がある。

 

 彼が有するサイドエフェクトは「未来視」。目の前の人間の、少し先の未来が見えると言う超抜の能力である。

 

 この力を駆使し、彼は近界民(ネイバー)が襲来するタイミングや、起こり得る不測の事態を未然に察知し、ボーダー上層部に提言してきた。

 ボーダーが設立当初から大きな失点を侵すことなく運営してこられたのは、彼の予知による恩恵が大きい。

 

「何だと!? どういうことだいったい!」

「とんでもない話だよ。どんな経緯でボーダーが無くなると言うのかね!?」

 

 そんな迅の発言に、鬼怒田と根付が血相を変えて問い質す。

 比較的冷静な忍田と唐沢さえ、瞠目して言葉も無い。ただ、

 

「そりゃあれか迅、暫く前に話してた未来か?」

 

 と、林藤が意外そうな表情で尋ねる。

 

「以前報告のあった件か。だが、あれは無視しても問題ないと記されていたが」

 

 城戸が話の穂を次いで問いかける。

 

「私は何も聞かされていない。説明を願いたい」

 

 と、事情の分からない忍田が不信感を露わに問う。

 

「いえ、去年の終わりぐらいに、ちょっとそんな未来が見えたんです」

 

 紛糾しそうな気配を見せる会議室に、迅が務めて軽薄な風に口を挟む。

 

「ただ、ひょっとしたら、って程度の未来だったんで、あんまり騒ぎになるのもよくないし、ひとまず支部長経由で指令だけに伝えてもらったんです。詳しい事情が見えれば、追々対処するって事で」

 

 迅は一旦言葉を区切り、一同が落ち着きを取り戻すのを待つ。そして、

 

「けど、ここ数日で可能性が一気に上がりました。ひょっとしたら、から、かもしれない。って程度にまで」

 

 と、事態が急変したことを伝える。

 

「ただ、問題なのは何でボーダーが無くなるか、いまいち読み切れないことなんです。隊員や施設に大きな被害が出る未来もあれば、政治的な動きでボーダーが解散させられる未来もあって、原因が掴めない。未来の分岐点がいきなり現れたんです」

 

 動揺を防ぐためか、迅が平静な口調でそう言う。

 

「施設に被害が出るということは、近界民(ネイバー)の侵攻が一連の未来に関係するのか?」

 

 そう尋ねるのは忍田だ。だが、迅は頭を振って、

 

「それもよく分かりません。ボーダー以外に、市街地への被害は全く出なさそうで。けど、その場合でも外部の人間がボーダーの運営に関与してくるみたいです」

 

 と答える。

 

「何だそれは! 対処しようにも原因が何も分からんのじゃどうしようもないぞ!」

 

 鬼怒田が憤慨してそう怒鳴る。

 

「とはいえ、外部からの介入というのは気になりますねぇ。報道関係で特に突かれるような失点は今の所ありませんし……」

 

 と、根付が頭を捻る。

 

「うちも今のところ問題はないと思うが……国や企業からの干渉は上手く避けられているはずだ」

 

 政治向きの話となれば、外部との渉外を担当している唐沢の管轄だ。だが、彼も特に心当たりはないと言う。だが、

 

「う~ん……でも、契機になる話を持ってくるのは、やっぱり唐沢さんみたいなんですよ。可能性が上がったと同時に、唐沢さんに絡んだ未来が見えたんで」

 

 と、迅が申し訳なさそうな顔で言う。

 彼の未来視は、人物を起点にして発動する。

 会ったことも無い人間が関わる未来を知ることはできないが、見知った人間が関与すれば、断片的にでも未来を知ることができるのだ。

 

「それはまあ、確かに私の管轄の話だが……」

 

 いきなり話の確信に居ると告げられ、唐沢が微かに眉根を寄せる。あずかり知らぬ未来の話の責任を負わされて、流石に困惑しているのだろう。

 

「諸君。まずは原因を特定するのが先決だ。どんな些細な事でも構わない。何か異変があれば報告してくれ」

 

 と言って城戸が場を纏める。その後、一同はボーダー消滅の未来を防ぐための方策を話し合った。

 そうして意見が一通り出尽くした頃、

 

「――お、もう来たか」

 

 何事かを感じ取った迅が、ぽつりとそう呟いた。

 数秒後、会議室に響く携帯電話の呼び出し音。

 持ち主はやはり、外務・営業部長の唐沢だ。

 

「――ッ!」

 

 懐から携帯電話を取り出し着信画面を見た途端、唐沢の顔色が変わる。

 尚も成り続けるコール音を無視し、彼は城戸指令に向き直ると、

 

「「組織」の者からの連絡です」

 

 と、固い声音でそう告げた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「組織、だと……」

 

 如何なる時も冷静沈着な城戸が、驚愕に目を開く。

 他の上層部の面々も、組織の名が出たことに驚きを隠せない。

 

「あの、組織ってなんなんですかね」

 

 と、只一人その存在を知らない迅が、上司の林藤の側に寄って小声で尋ねる。

 世界を股に掛ける非合法組織の存在について、ボーダー幹部は当然知っている。実際、ボーダーの設立や運営に当たっては、彼らから協力を取り付けたこともある。

 

 だが現在、組織とボーダーは互いに不干渉の立場をとることで合意している。日本地区統括支部長のシュバインとは秘密協定を結んでいるのだ。

 それが、今になって接触を図るとはどういう腹積もりなのか。

 

「……どうしますか指令」

 

 真意を推し量る間にも、コール音は鳴り続ける。唐沢は城戸に指示を請う。

 

「出たまえ。可能ならスピーカーに出してくれ」

 

 と、城戸が命じる。唐沢は頷いて電話を操作すると、

 

「やあ、久しぶりだな」

 

 と、リラックスした口調で電話に出た。

 

「ああ、元気にやってるよ。そっちは相変わらずのらくらしてるのか?」

 

 まるで気の置けない友人と話すような唐沢の口調。否、実際に見知った相手なのだろう。唐沢はボーダーに入るまで、件の「組織」に籍を置いていたのだから。

 

「ふむ。……いや、それは私の一存じゃ無理だ。丁度会議中でね。よければ上司と直接話をしてもらいたい」

 

 電話口で何事かをやり取りしながら、唐沢は目顔で城戸に確認を取る。そして了承が取れるや携帯電話を会議机に置き、スピーカーモードに切り替えた。すると、

 

「初めましてボーダーの皆様。(わたくし)はウィルバー。紳士ウィルバーと申します。どうぞお見知りおきを」

 

 丁重ながらも胡散臭い口調で話し始めたのは、組織の構成員の紳士だ。

 

「はぁ? 何を言っとるんだコイツは!?」

 

 思いがけない奇態な通話者に、鬼怒田が露骨に不快感を露わにする。

 唐沢は素早く電話に手をかざして通話を遮ると、

 

「変わった男ですが知性は確かです。ペースに呑み込まれないようお気をつけて」

 

 と、城戸に忠告する。指令が頷くと唐沢は手を離し、

 

「私がボーダー指令の城戸だ。君とは初めて話をするな」

 

 ボーダーと組織の秘密会談が始まった。

 

「ええ。初めて御意を得ます。(わたくし)のような末端が指令殿にお目通り叶うとは。やはり持つべきものは友人ですな」

 

 と、紳士は空とぼけた風に話す。

 

「……要件を聞こう」

 

 城戸は紳士の戯言には付き合わず、言葉少なに話を進める。

 組織が何を要求するのか、幹部の面々は固唾をのんで成り行きを見守るばかり。すると、

 

「ああいえ、そう大した話ではないのです。――(わたくし)共の友人が、ボーダーへの入隊を希望しておりましてね。口利きをお願いしたいのです」

 

 と、紳士は事も無げにそんな事を口にした。

 

「な――!!」

 

 列席する面々が驚愕に目を剥く。組織が息のかかった人間を送り込もうというのだ。これは明らかにボーダーへの干渉である。

 

「……それは受け入れられない。ボーダーと君らで交わした相互不可侵の約定に反する」

 

 城戸は盟約を立てにして冷静に申し入れを退けるが、内心はとうとう組織がボーダーに触手を伸ばしてきたかと、警戒を最大限に引き上げる。しかし、

 

「ああ、いえいえ。盟約は守りますとも。先ほど申し上げたように、その人物はあくまでも我々の友人で、組織の関係者ではありません」

 

 と、紳士は件の人物は組織とは無関係だと弁明する。

 

「何をふざけたことをぬかしおる! そんな話が信用できると思うか!」

 

 恍けた弁解を述べる紳士に、鬼怒田が怒気と共に吐き捨てる。だが、

 

「ふむ。お疑いもご尤もです。何せ組織は悪い事ばかりしていますので。……しかし、(わたくし)は紳士の中の紳士。虚言は絶対に弄しません」

 

 と、紳士は自身満々に断言する。

 余りに頓狂な口ぶりに一同は刹那の間呆けてしまうが、その後に嘲弄されたと感じ、猛烈な不快感を露わにする。だが、

 

「彼の言い分は本当です」

 

 と、唐沢が携帯を抑えながら、

 

「ウィルバーは奇特な男ですが、その信念故に組織に貢献し、地歩を固めました。奴に非礼な振る舞いをさせるのは、組織の上層部の人間でも不可能でしょう。……先の話、真実として受け取っていいかと」

 

 城戸に小声で説明する。

 組織の元同僚からの情報に、一同は平静さを取戻し、発言の意図を冷静に推し量る。

 

「ならば、尚更その話を受け入れる訳にはいかない。その友人とやらがボーダーに入隊を希望するなら、然るべき手続きを経て試験を受ければいい」

 

 と、城戸は紳士に正論をもって断りを入れる。

 スポンサーの子弟など、特殊な事情から入隊を考慮する例もないではないが、組織からの干渉を受け入れるつもりはない。少々の摩擦を生むことになったとしても、此処は突っぱねる一手である。だが、

 

「なるほど、理屈に適ったお話です。ですが、その友人には少々変わった事情がありまして……先にあなた方に話を通しておいた方が、後々の混乱を避けられると思いましてね」

 

 と、紳士がもったいぶった口調でそう言う。

 

「その事情とは、何かね」

 

 険しい表情で先を促す城戸。心中にははっきりと悪しき予感が生じている。すると、

 

「ええ、実はその友人は近界民(ネイバー)なのです」

 

 紳士はその直感が正しいとばかりに、そんな言葉を口にした。

 

「――!!」

 

 余りの衝撃に、幹部一同が暫し絶句する。

 

「――昨年末の小型艇か!」

 

 そしていち早く事態を結びつけた忍田が声を上げる。

 昨年末、警戒区域内に不時着した所属不明の小型艇は、搭乗者が未だ見つかっておらず、ボーダーは現在も捜索を続けていた。

 

 まさか、件の近界民(ネイバー)が組織と接触していたとは。

 幹部らは一様に焦燥の色を浮かべる。だが、

 

「……組織としても、ボーダーとの関係を悪化させるつもりはありません。今回の件はそれ故の提案です。日本地区統括支部長に確認を取ってもらっても構いません」

 

 と、紳士は先ほどまでとは打って変わって、真剣な声でそう告げる。

 

 組織が非合法な活動を行っているという先入観に引きずられてしまったが 冷静に考えれば、確保した近界民(ネイバー)をボーダーに引き渡すというのだから、明らかに協力的な動きである。別段、協定に反している訳でもない。

 

 入隊云々は方便、或いは揺さぶりで、近界民(ネイバー)の身柄と引き換えに、何らかの取引を持ちかけようというのだろう。

 ただ、組織は貪欲に利益を追求することで有名だ。あちらから話を持ちかけてきたのだから、十分な警戒が必要だろう。彼らは一体何を要求するつもりだろうか。そう訝るも、

 

「我々はあなた方との一層の友誼を結びたいだけで、他意はありません。どうかこの段、お聞き入れの程を」

 

 と、紳士は丁重な態度で申し入れを行うのみ。

 要は一つ貸しにしておく。との事だろうと納得した幹部たちは、ようやく愁眉を開く。

 

「承知した。その話を受けよう。後ほど此方から連絡する。委細はその折に」

 

 幹部たちが納得したのを見るや、城戸が紳士にそう告げる。おそらく近界民(ネイバー)は既に無力化されているだろうが、引き渡しは極秘裏に行わなければならない為、人員を選定する必要がある。すると、

 

「ああ、それはよかった。……ついでと言っては何ですが、(わたくし)共の友人はなかなか気優しい方でして、面接の際は、なにとぞ手心を頂けるようお願いします」

 

 紳士がぬけぬけとそんな要求をする。

 

「待ってくれウィルバー。近界民(ネイバー)の捕虜を引き渡すという話じゃないのか?」

 

 たまらず唐沢がそう問い質す。だが、

 

「はて? 何か誤解があるようすですな。先ほども申し上げたとおり、その近界民(ネイバー)は我らの友です。ボーダーに入隊を希望したのも、その近界民(ネイバー)自らの意思。我々は、友人を応援しているにすぎません」

 

 紳士はさも不思議そうな口調でそう述べた。

 

「――ッ!」

 

 先ほどまでの話が全て真実だと告げられ、幹部一同が慄然とする。

 すなわち、組織の後ろ盾を得た近界民(ネイバー)が、ボーダーへ潜りこもうとしているのだ。

 

「とはいえ、指令には申し入れを快諾していただき、感謝の言葉もございません。我々はこの恩義を、決して忘れることはないでしょう」

 

 そして紳士は改めて指令に謝辞を述べることで、決定を確固たるものとして扱う。

 

「…………」

 

 幹部たちは苦りきった顔をするが、強いては否定しない。理屈の上から考えても、この場は組織の申し出を呑まざるを得ないからだ。

 組織が件の近界民(ネイバー)をどう扱うつもりかは分からないが、万が一にも近界(ネイバーフッド)の情報が巷間に漏れれば大問題になる。

 

 それこそ、ボーダーの存続にも関わる凄まじい騒動が起きるだろう。

 結局、城戸は紳士の申し入れを受け入れ、今後の予定を軽く決めると、組織との通信を切った。そして、

 

「これがお前の言っていた、ボーダーの危機か?」

 

 と、控えていた迅に問いかける。すると彼は、

 

「そうみたいですね。……ただ、俺たちが選択を間違えなければ、この出来事は、案外良い未来に繋がっているかもしれませんよ」

 

 果たしてどんな未来を視たのか、飄逸な笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。