むかしむかしあるところにわがままな王様がいました。
わがままな王様はとにかく気まぐれで、いつも自分勝手なことばかり言ってはみんなを困らせていました。
例えばある時は……
「軍隊長! 軍隊長はおらんか!」
「は、ここに」
「ワシはいま非常に退屈じゃ。国一番を決める武術大会を開け!」
「御意。さっそく手配します」
「いやそれでは面白くないな。東の国との合同大会……いや果たし状じゃ! 吹っかけろ!」
「……」
「急がんかノロマ! さっさと行って東の国一番に勝ってこい!」
「御意……」
またある時は……
「料理長よ! どこにおる!」
「はいはいここにおりますよ」
「ワシはとても腹ペコじゃ。何かおいしいものを出せ」
「ではオムライスを作りましょう」
「この大ばか者! このワシにオムライスなどとふざけておるのか!? せめてドラゴンの肉を持ってこい!」
「ど、ドラゴンの?」
「ついでに卵も加えて親子丼じゃあ!」
「そんな無茶な! 食材を手に入れるだけでどれくらい兵力がいるとお思いで!?」
「無茶とかどうとか興味ない! やれと言ったらすぐ動け!」
「う、うわーん!」
とにかく毎日がこんな具合。
みんなは感覚がまひしてこれが普通ぐらいになっちゃって。
わがままさえなければ結構優れた王様なんですけどね。
王様の優しい顔を見られる人はそう多くはありません。
というよりこの国では一人だけ。
王様の孫娘一人だけでした。
「おおーいおーい孫娘ー! ワシの可愛い孫娘ー!」
お城の中庭で、王様は声を張り上げます。
刈り込まれた木々の間を抜けると向こうに白いテーブルと椅子がありまして、ドレスを着た三、四人がお茶をしてました。
王様はその中の一人に声をかけます。
「やあやあ花のように愛らしく太陽のように美しいワシの孫娘。今日も元気にしてたかね」
顔を上げたのはまだ幼さの残る顔立ちの女の子。
王様を見上げて品のいい笑みを浮かべます。
「ごきげんようおじいさま。みんなでお茶をいただいてました。とてもおいしいお茶なんです」
「そうかそうかそれはよかった。だが日焼けには気をつけるんだぞ。そこのババア共のようになってからでは遅いからな」
指さされた侍女たちは、さすが笑顔は崩しません。
プロなのですから当たり前。
聞こえない舌打ちもお手の物。
「あらやだ王様ったら冗談がお上手」
「おかしくって仕方がないわ」
「ええ本当に死ねばいいのに」
「ぬ? 何か聞こえた気がしたが」
「きっと気のせいですよおじいさま。それよりも何かご用でした?」
孫娘がさりげなく話題を変えると、王様は急に真面目な顔になりました。
「沼地の方で魔女がまた姿を現したらしくての。若い娘をさらっているとかいないとか。だからお前が無事かと心配になって……」
「なるほどそれなら大丈夫ですおじいさま。軍隊長さんたちが門を守ってくれてますし、侍女たちもそばにいてくれます」
「軍隊長はともかくババア共がいかほどの役に立つものか……」
侍女たちまた舌打ちしますがやっぱり王様には聞こえません。
「まあ無事ならなによりだ。それじゃあワシはもう行くよ」
「ちょっと待っておじいさま。一緒にお茶をいかがです?」
「おやおやワシももらっていいのかい?」
「当然ですわ。はいどうぞ」
淹れてもらったお茶を手に、王様はふくふくと笑います。
「ワシの孫娘はなんと心優しいことだろう。一体誰に似たんだろうなあ」
まったくだ、と侍女たちはうなずき合います。
「きっとおじいさまに似たのです。おじいさまがたくさんたくさん優しいお話を聞かせてくれたから」
「ふほほ、そうかそうかすばらしい」
「またお気に入りを聞かせてくださいません? わたしあの話が特に好きなんです」
「うむうむ仕方あるまいな。よしよしちょっと待っておれ」
お茶を飲み干してから王様は、ゆっくり口を開きます。
親しんだ言葉をそっと舌に乗せるようにして、大事に大事に語ります。
◆◇◆
むかしむかしあるところに心優しい王子様がいました。
王子様は思いやりと勇気に満ち溢れ、まわりのみんなに慕われていました。
「あ、王子様こんにちは!」
「ごきげんよう!」
「今日もいい天気ですね!」
「転んで怪我などなさらぬよう!」
実際は転んで怪我なんてドジはしません。
でもお城の中しか知らないことになっている王子は、真剣に「わかったよ!」とうなずいてみせました。
本当はお城を抜け出すなんてもうほとんど日課だったんですけどね。
さて今日も外へと王子様、森の方へと向かいます。
木々の間を歩いていくと突然視界が開けて、お花畑が広がりました。
そこにいたのは花のように愛らしく太陽のように美しい女の子。
顔を上げて王子の方に目を向けました。
「あら、また来たのね」
王子様は頭をかいて笑います。
「いやあお城は窮屈で」
「王子さまは大変ねえ」
「ここに来ると気が休まるよ」
「こんなに綺麗なところだものね」
君の方が綺麗だよ。
僕は君に会いに来たんだよ。
王子様はそれが言えません。
ほんの短い一言二言なのに。
「なあに、変な顔しちゃって」
王子様は慌てて首を振りました。
「座ったら?」
言われて隣に腰を下ろします。
「なんでそんなに離れて座るの?」
「別にこれくらい普通だよ」
「もっと近くに座ればいいのに」
「そんなに近いと困るだろ」
「あなたってよくわからない人よねえ」
「わ、笑うなよ」
王子はこの時間が好きでした。
お城にいるときはお行儀良くしていなければなりませんが、ここでは子供らしくしていてもよかったからです。
二人は時間が許す間はいつでも一緒に過ごしました。
川に行ったり、ごっこ遊びをしたり。
夜はお城にいなければなりませんが、いつか一緒に星を見ようとも約束しました。
「絶対だよ」
「ええいいわよ」
「よぅし、そうと決まったら計画を立てないと!」
「……」
「爺やはちょっとボケが入ってるし見回りは怠け者が多いから…………どうかした?」
「……ううん。何でもないわ」
「じゃあまた明日!」
「ええ。また明日」
でもその明日は訪れませんでした。
女の子が消えてしまったからです。
お花畑には誰の姿もありませんでした。
次の日も、その次の日も。
人をさらう魔女が出たと聞いたのは、それからしばらく後のことでした。
◆◇◆
「おっと、用事をおもいだしたわい」
王様は急に椅子から立ち上がりました。
「すまんな可愛い孫娘。続きはまた今度聞かせよう」
「ええありがとうおじいさま。またお暇なときに聞かせてくださいな」
そそくさと立ち去る王様の背中に、侍女たちがこそこそ噂します。
「あの話って本当に続きはあるの?」
「いつもあそこで途切れるわよね」
「あれは王様自身の話って本当かしら」
「ならきっと続きなんてないんだわ」
「はいはいあなたたち、テーブルを片付けるから手伝ってちょうだいな」
孫娘は手を叩きます。
「それからわたしの好きな話を悪く言うのはやめなさい。未完は未完で美しいものだとわたしは思うわ」
「でも続きがあるなら知りたくありません?」
「そうねちゃんと締めくくれるのなら。それが一番でしょうけれど」
彼女が見上げた空にはまだ、星の気配はありませんでした。
その夜、王様の孫娘がさらわれました。
悲鳴を聞いた者もなく、ただ窓だけが開け放たれて。
誰もが魔女の仕業と言っています。
王様は当然激怒します。
早く孫娘を助けなければ。
物語はここから始まるわけです。