さてやってきた森の中。どちらへ向かえばいいのやら。木が鬱蒼と生い茂り、ぜんぜん見当がつきません。
あてどもなく歩いていると、ふと向こうの大木の下に誰かがいるのに気づきました。
黒ずくめの三人組。
王様が近づくとその三人は顔をこちらに向けます。
フードを目深にかぶったなにやら怪しい奴らです。
「おいそこの怪しい奴、名を名乗れ」
「わたしたちは商人でございます」
一人が王様に答えました。
「わたしたちの仕事は国から国へと渡り歩き不思議な道具を商うこと」
「あなたもおひとついかがです?」
二人目三人目が言いました。
声からすると、どうやら三人は女の人のようでした。
王様は首を傾げます。
「不思議な道具とな?」
「はい。例えばこちらなどいかがでしょう」
差し出したのは一冊の絵本です。
金の縁取りに緋色の題字、男の子と女の子の絵が描かれています。
「何の変哲もない絵本じゃないか」
「そう見えるでしょう? ですがほら」
「ぬ……!」
商人の手が表紙をめくると、そこから光があふれました。
◆◇◆
「今日は何して遊びましょうか」
「僕はごっこ遊びがいいと思う!」
「どんなごっこ遊びする?」
「勇者様が魔女からお姫様を救う話!」
◆◇◆
何かが見えたような気がしました。
「――くっ、やめんか本を閉じよ!」
王様は慌てて叫びます。
「どうですお気に召しましたか王様?」
「貴様、さては魔女だな。ワシを惑わしおったな!」
「滅相もありません。わたしたちはしがない商人ですよ」
「信じられるかこんな気味悪いものを出しおって! 成敗してくれるからそこになおれ!」
震える手で剣を抜こうとする王様ですが、柄はやっぱりびくともしませんでした。
王様は焦りで怒り狂います。
「くそ! くそ!」
「おや剣が抜けないのですか? でしたら今度はこちらをどうぞ」
そう言うと商人は香水の小瓶を取り出して、剣の上から振りかけます。
するとあら不思議、王様の手の中で何の抵抗もなく剣が抜けたではありませんか。
王様は勢い余ってすってんと転んでしまいました。
「どうです驚かれました?」
「お、お前、やはり魔女……」
「相手を手助けする魔女がおりますか?」
「し、しかし」
「これは物をはがす香水です。東の国ではかなり重宝されていますよ。信用されてないならばそうですね、これをタダであなたにあげましょう」
「なに?」
「商人は信用が命。信用を得るためならばこれくらいのことはいたします」
「ほ、本当だろうな」
「信用が命と申し上げました。嘘をつくことはいたしません」
やっぱり怪しいのですが、もらえるならもらっておきたい。
だっていつの時代でも、王様は珍しもの好きと決まっていますから。
「う、うむ。ならばもらってやろうではないか!」
「ありがたき幸せ。次回からもごひいきに」
「気が向いたらな。では」
「あ。お待ちを。こちらもお持ちになってくださいませ」
そう言って一人が差し出してきたのは先ほどの不思議な絵本でした。
でも王様は首を振ります。
そんなものはいりません。
それでも商人は王様の手にそれを押し付けてきました。
「ぜひお持ちになってください。私の献上品を恩と思っていただけるなら」
「……まあそこまで言うのなら」
しぶしぶ受け取る王様でしたが、正直ちょっとかさばります。
「申し上げるのが遅れましたがそちらの絵本、あなた様の道しるべとなってくれるはずです」
「きっとあなたの行くべきところへと導いてくれるでしょう」
「ではお気をつけて……」
絵本ごときにおおげさなだなあ。
王様はそう思いながら歩き始めました。
数歩進んで振り返ると、もうそこには三人の姿はありませんでした。
ふと手の中の絵本を見下ろします。
ひっくり返すとそこには地図。
沼地までの道筋が、大まかに描かれておりました。
◆◇◆
「ええと、この大木を回り込んで、それからこの二股の道を右に……いや左か? ううむ分かりにくいのう」
絵本の地図を頼りに歩いていた王様は、いつの間にか道を外れてしまっていました。
途中までは大丈夫だったのに、今は歩いているのがどこなのかまったくわかりません。
帰り道すらどちらやら。
「ううむ参った。どこぞにここらの道に明るいものはおらんだろうか。料理長の奴はよくこのあたりに食材探しに来ていたらしいが」
ぼやきの声は風に消されます。
「あいつも連れてくるべきじゃったなあ」
「でもその人、あなたについてきてくれたかしら」
「ふん、この国でワシに逆らえるものなどおるものか」
「そうね、あなたすごく偉くてわがままになっちゃったものね」
「誰がわがままか! って、え?」
声のした方に顔を向けますが、そこには誰もいませんでした。
おかしいなあと首をかしげます。
確かに誰かがいたように思ったのですが、今思い返すと風の音だったようにも思えます。
王様は気のせいか、と再び歩きはじめました。
とはいえやっぱり道は分かりません。
引き返そうかなと思った時に、「こんにちは」と声をかけられました。
振り返った先には丸々と太った狼さん。
王様はびっくりしてよろめきます。
「な、なんだ貴様!」
「わたしはこの森に住む狼です」
「そんなことは見ればわかる! さっさとどこかへ消えてしまえ!」
「ひどいですよぅ王様。あなたのために食事会の準備をして待ってのに」
「食事会だと?」
「はいあなたとわたし、二人だけの食事会。おいしいおいしい食事会」
狼さんは不気味に笑います。
王様は飛びさがって剣を抜きました。
「そんなもの出しても無駄ですよ。もう席の用意はできてるんですから」
「く……」
じりじりと近づいてくる狼さん。
万事休すというやつです。
王様は覚悟を決めました。
こうなったら死ぬまで戦います。
そのためには左手の鍋が邪魔でした。
なぜかずっと持っていた魔法の底なし鍋。
王様はそれを放り捨てようとして。
(そうだ!)
名案が頭に浮かびました。
「では、いっただっきまーす!」
「ちょぉっと待ったあぁっ!」
王様の声に、狼さんはぴたりと足を止めました。
しめたと思って王様はすぐに続けます。
「狼よ、よく聞け。ワシはお前に食われるなど死んでもごめんじゃ。死ぬ気で抵抗してやるぞ」
「あなたに勝ち目はありませんよ王様」
「ああきっとそうだろう。だがお前も無傷ではいられまいぞ。怪我して食べる食事はまずかろう」
「何がおっしゃりたいんです?」
「ワシから一つ提案がある」
「提案ですか?」
「うむ。ワシを満足させてくれたなら、抵抗せずにおとなしく食べられてやろうじゃないか」
「なんと。それは本当ですか?」
「もちろん。男に二言はない」
王様はおおげさにうなずきます。
「それで、その条件とは?」
「野イチゴじゃ。ワシは野イチゴをお腹いっぱい食べてみたい」
それは王様の昔からの夢でした。
でもお城の人たちは、ばっちいからととめるのです。
「それはかわいそうですねえ」
狼さんは心のそこから同情した顔で言いました。
これから食べようとしてる相手に、なんとも不思議なことですが。
「そういうことなら任せてください。わたしがその夢かなえてあげましょう」
「入れ物はこれを使うとよいぞ」
「ご親切にありがとう」
狼さんは渡された鍋に野イチゴを溜め始めました。
あの底なしの大鍋に。
もちろんいつまでたってもいっぱいになんてなりません。
「あれれ、おかしいですねえ……」
狼が首を傾げている間に、王様はこっそりその場を後にしました。
「ふうやれやれ、まったく肝が冷えたわい」
狼さんが見えないところまできて、王様は大きくため息をつきました。
これでひとまず安心です。
我ながらいい作戦だったと王様は胸を張りました。
「……しかし、いい思いつきすぎたような?」
何となく自分のアイディアな気がしないのです。
ずっと前に人から聞いたことのような。
何かの物語の一幕だったような。
「まあいいか」
気にしてばかりもいられません。
孫娘が助けを待っているのです。
地図の道に戻ってきた王様は、今度は間違えないように進みます。
丘を越え、川を渡ってずんずん先へと進みます。
今度はしっかり沼の方へと向かっているようで、次第にあたりの緑が濃くなってくるようでした。
「これはもうすぐ沼地に違いない。この岩を曲がれば……曲がれば……」
行き止まりでした。
慌てて地図を確かめます。
「どういうことじゃ。あともう少しで魔女の根城なのに」
この道をこう行って、こう来て、こう曲がって。
「ん……? んん……?」
確かに地図の通りに来たはずでした。
でもなぜでしょう、地図を見ているとなんだか自信がなくなるのです。
本当に自分は地図の通りに来たのだろうか、そもそもこの地図は本当のものなのだろうか。
なんだかいろいろなものが曖昧になってしまうのです。
「困ったことだ、ワシはどうすれば……」
その時ふと思い出します。
『その絵本はきっとあなたの行くべきところへと導いてくれるでしょう』
あの商人たちはそんな風に言ったのです。
「ううむ。あまり気は進まんが……」
王様は絵本を取り出します。
「えい!」
しかし開こうとするその直前に、なんと紙の隙間から何かが飛び出てきたではありませんか。
影は地面に降り立つと、鋭い視線をこちらに向けます。
「お前が沼地の魔女様に楯突くわがまま王か」
「なんじゃいきなり人をわがまま呼ばわりなど! お前は何者じゃ!」
「俺は魔女様に使える地獄の騎士だ。業火に鍛えられしこの邪剣で貴様の息の根を止めにきた」
堂々たる風格の鎧騎士。手には大きく長い剣を持ち。
言うことは少し痛い感じですけれど、にじみ出る殺気は本物でした。
「お前もワシの邪魔をするんじゃな」
王様はゆっくりと間合いをはかります。
剣を引き抜き相手に構え、
「やああああああ!」
気合いと共に飛び出しました。
一合二合。剣を撃ち合う甲高い音が鳴り響きます。
実力は互角。
王様はわがままだけど、剣術の修業は真面目にやったのです。
「くっ、やりおる……」
「お前もなかなかねばるじゃないか」
「……やっ!」
王様は隙を突き何度も騎士に斬りつけます。
しかし鎧や兜が邪魔をして、なかなか傷を負わせることができません。
「くそ、卑怯だぞ!」
「お前も着てくればよかったものを!」
「森歩きに鎧とか馬鹿か!」
「だがそのせいでお前は負けるのだ!」
騎士の一撃が王様を木の幹に叩きつけました。
王様は痛みのあまり動けません。
相手はとどめを刺すために近づいてきます。
「ではわがまま王よ、安らかに眠るがよい」
「くそお!」
剣を振るいますが弾かれて飛んでいってしまいました。
これで終わりか。
王様はわらにもすがる思いで懐に手を伸ばします。
何かあるはず。
ナイフか針か懐剣か。あとは何でもいいから硬くて重いものが。
手に触れたものはそのどれでもないようでしたが王様は死に物狂いでそれを敵に投げつけました。
びしゃ。
何やら水っぽい音が聞こえました。
「ぬ!?」
ガンガンカラン、カラカラン……
目をつぶった向こうから何やら硬い音が聞こえます。
それから地獄の騎士の叫び声。
「ぬおおおおおおおおおお!?」
目を開くと、騎士の鎧がはがれて落ちていました。
そうです、王様が投げつけたのはあの不思議な香水入りの瓶でした。
「お、俺の自慢の鎧が……」
「……なんというか、お前」
呆然と立ち尽くす彼に、王様は言わずにはいられませんでした。
「中身は意外と細っこいのう……」
兜こそ残っていましたが、そのせいでガリガリの体が余計に悲しげに見えました。
「し、死ねええええ!」
「う、うお!?」
冷静さを失った地獄の細騎士が剣を振り上げて襲いかかってきます。
王様は慌てて逃げ出そうとしました。
しかし、向こうの方から同じように怒り狂って走ってくる誰かがいます。
「王様あぁぁぁひどいじゃないですかあぁぁぁ!」
狼さんでした。
どうやら鍋の秘密に気づいたようです。
「しまったバレたか……!」
「殺してやるううぅぅ!」
地獄の騎士が迫ります。
「いただきまあああああああす!」
反対側からは狼さんが。
「あわわわ……!」
もう王様にはどうすることもできません。
観念して目を閉じます。
その時懐から絵本が滑り落ちました。
まぶたの向こうに光がはじけて……視界いっぱいを埋めました。