◆◇◆
「むかしむかしあるところに優しい王子様と美しいお姫様ががいました」
「二人は仲良く暮らしていましたが、ある時それを妬んだ魔女がお姫様をさらってしまいました」
「勇敢な王子さまはお姫様を助けるために立ち上がります」
「不思議な商人に助けられ、狼の牙を知恵でくぐりぬけ、地獄の騎士をやっつけて魔女へと迫ります」
「しかし魔女の棲み処へ辿り着くには、どうしても必要なことがありました」
◆◇◆
「ようこそ」
「ようこそ王様」
「試しの間へようこそ」
ここは一体どこでしょう。
あたり一面真っ白で何もわかりません。
「王様」
商人たちの声でした。
「大事な人に会いたいですか?」
狼さんの声でした。
「もし会いたいというならば、わたしたちにその覚悟をお示し下さい」
地獄の騎士の声でした。
王様は戸惑いながらもうなずきます。
ここまで来たのは何のため?
孫娘を取り返すためだから。
「それではまず、魔女様に会いたければそのマントをわたしめにください」
商人たちの声に言われて王様は迷いました。
これがなければ威厳を保てないからです。
しかし孫娘を助けるためならばとマントを渡しました。
「では次に、その剣をわたしにください」
狼さんの声に言われて、王様はすごく迷いました。
これがなければ戦えないからです。
しかし孫娘に再会するためならばと剣を渡しました。
「では最後に、その王冠をわたしにください」
地獄の騎士の声に言われて、王様はとてもとても迷いました。
これは自分が自分であるためにどうしても必要なものに思えたからです。
しかしそれでも孫娘に会うためにと、王様は冠を渡しました。
「おめでとう」
「おめでとう王様」
「どうぞ先へとお進みください」
気づくと白い場所に王様一人でした。
そして目の前には扉が。
取っ手に手をかけると隙間から一際強い光が差します。
王様は目をつむって扉を開け放ちました。
耳元を吹きすぎてく風。
「……ここが」
沼地でした。
うっそうと草が生い茂り、濁った水面にはごぼごぼと気泡が湧いています。
何やら不気味なところです。
王様は沼の岸辺に立っていました。
ふと目を横にやると、黒い影がそこにいます。
「よく来たねえわがまま王様」
かぎ鼻のみにくい魔女がそこいました。
「一人で来るとは勇敢なことだ。それともついてきてくれるほど家臣に慕われてはないのかい?」
「……」
王様は何も答えません。
無言のまま魔女に向き直ります。
魔女は警戒しませんでした。
だって王様は何も持っていませんでしたから。
マントも剣も王冠すらも失って、王様はもう王様ですらなかったかもしれません。
でもだからこそわかることもありました。
「みじめなことだよ本当に」
「そうでもないさ」
王様は小さく首を振ります。
「君が呼んでくれたから。それに、だからこそ一人で来たんだ」
その瞬間、魔女の姿が変わりました。
可愛らしくも美しい女の子の姿になりました。
王子様と一緒だったあの頃のまま、少しも変わりない姿に。
「久しぶりだね……」
「……ええ」
女の子は悲しげにうなずきます。
「君が魔女か」
「そう」
「そしてこれで物語が終わるんだね」
王様の手の中に金と緋の色のナイフがありました。
あの不思議な絵本と同じ色でした。
絵本のナイフ。
王様は一歩を踏み出します。
「君がいなくなって寂しかったよ。もう会えないんだって分かってとても悲しかった」
「……」
「でも、そうか、君が魔女だったか」
「そうよ、ごめんなさいね」
「正直、傷ついた」
「でもこれで終わり」
「そうか、終わりか……」
女の子の目の前に立って、王様は手の中のナイフを見下ろしました。
これを彼女の胸に突き立ててれば確かに終わるのでしょう。
そして孫娘は帰ってくるのでしょう。
でも王様は、できませんでした。
その手からナイフが滑り落ちます。
「会いたかった……! 会いたかったよ……! 会えてよかった……本当によかった!」
膝をつき女の子の手を取って泣きじゃくる王様を、悲しそうな目が見下ろしました。
「やめて。お願いだから立ちあがって」
「僕は君を殺したくなんかない……」
「でもそうしないとあなたの大切な人は帰ってこないわ」
「君だって大切な人だ」
「……ありがとう。それを聞けただけで満足よ」
そして彼女はナイフを王様の手に握らせます。
切っ先を自分の胸に向けて導きます。
「さあ」
王様はもがきましたが手はびくともしませんでした。
それもそのはず。
その手を動かしているのは王様自身の意思なのですから。
もうだめだ。
ナイフが彼女の胸を突く。
そう思った時、誰かが横からその手を止めました。
「やめて」
はっと顔を上げると、孫娘がそこに立っていました。
「やめてください、おじいさま。精霊さんも、もういいでしょう」
「でも……」
「でもじゃない。こんな形はやっぱり駄目よ」
「……孫娘や。一体どういうことなんだい?」
王様は訳が分かりませんでした。
さらわれたはずの孫娘がどうしてそんなことを言うんだろう。
孫娘は目を伏せ気味に答えます。
「わたしはこの子に頼まれたの。お花の精霊さんに」
「花の、精霊?」
王様が呆然と見つめた先で、女の子は、いえ花の精霊は足元を見つめて立っていました。
◆◇◆
「……あなたは誰?」
「あなたのおじいさまとと親しかった者です。こんな夜更けにお邪魔したうえ図々しいとは思うのですけれど……」
「何?」
「わたしのわがままを手伝ってはいただけないでしょうか」
◆◇◆
「わがまま……」
王様はぽつりとつぶやきました。
「おじいさまたちが子供の頃、一緒にやっていたごっこ遊び、覚えてますか?」
「……『むかしむかしあるところに優しい王子様と美しいお姫様が』」
「それをもう一度やりたかったんですって……だからわたしは手伝ってあげることにしたの。軍隊長さんも料理長さんも侍女さんたちも手伝ってくれました」
「……奴らもか?」
「地獄の騎士さんと狼さんと商人さん」
そう言われればどことなくそれっぽい言動があったような気はします。
「しかしなぜごっこ遊びなど……」
「それは……」
「最後だから」
孫娘の言葉を遮って花の精霊が言いました。
「え?」
「死ぬときぐらい、最高の思い出に浸りたいじゃない……」
その瞬間沼地の風景が一変しました。枯れた花だけの荒れ地へと。
精霊が力尽きたように倒れます。
王様はその傍らに膝をついて顔を覗き込みました。
力を失って白いばかりのその顔を。
「花が枯れればわたしに生きる力はない……あの時、住む世界が違うからと離れたことは後悔してるわ。……ごめんなさい」
「いまさらだ」
「ええそうね、いまさら過ぎるわね。でも死ぬって時になると悔いばかりが浮かんでくる……」
「ワシも悲しく思っとる。いきなり別れることになってしまってとんでもなく性格がゆがんだよ」
王様が笑うと精霊も弱々しく笑いました。
「とてもわがままになっちゃったものね……」
「はは。もうしみついてしまって治りそうにないよ」
「……本当にごめんなさいね」
「いいや謝ることはないさ」
王様は首を振りました。
「わがままになったからこそ諦めなくてもいいこともあるからのう」
「……え?」
王様は立ち上がって絵本のナイフに飛びつきました。
柄と刃をつかんで折ると、ナイフは絵本の姿に戻ります。
王様は忘れてはいなかったのです。
その絵本はきっとあなたの行くべきところへと導いてくれるというその言葉を。
「ならば連れていけ! ワシらの行くべきところへと! ワシはこのままさよならなんて死んでもごめんじゃ!」
光が。
今までと比べるととてもささやかなで小さな光が。
それでも王様と女の子を包んで、そしてしずかに消えました。
二人と一緒に消えました。
孫娘が慌てて残された絵本へと駆け寄ります。
近寄った先で、絵本が勝手にぱらぱらぱら。
最後のページで止まります。
孫娘は思わずつぶやきました。
「綺麗……」
そこには満天の星空を眺める王子様と女の子がいました。
あの日果たせなかった約束を、二人は絵本の中で果たしたのです。
そしてこれからは二人はずっと一緒。
ずっとずっと一緒です。
◆◇◆
「むかしむかしあるところにわがままな王様がいました」
「わがままな王様は本当に本当にわがままで、諦めるべきところで諦めませんでした」
「その甲斐あってか本当なら一緒になれない女の子と一緒になることができました」
「めでたしめでたし」
「『わがまま王様と悪い魔女』、本当の題名は『優しい王子と花の精』」
「おしまい」