The Armed Detective & Three Strikes   作:zwart

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Bookmark2020 Escort

雨のよく降る季節の特急列車。閑散とした車輌の座席に蒼とレキは通路一つ分の間をとって座っていた。

隣でないのはお互いに異常事態が起きた時の即応性を考慮したためだ。特にレキは得物のドラグノフが長尺なのでそのまま収納しているガンケースは隣席を占有していた。蒼の方も隣に人がいないのをいいことにノートPCを広げて情報収集に勤しんでいる。

教務科の綴が二人を呼んだのはある依頼を言い渡すためだった。

 

「護衛ですか」

「そうだ。お前たち最近コンビ組んでるみたいだし、ここいらでマジメな事件を受けさせてみるのもいいかと思ってな。アタシが丁度いいのを見繕ってきた」

綴がデスクから二枚のファイルを取り出し、二人に投げ渡した。

(別にコンビではないような・・・レキが仕事についてきたことはあるが)

「何か?」

「いえ」

「ふうん・・・。まあいい、内容はそこにある通りだ。読んで質問がないようならさっさと準備にかかれ」

ファイルを開くとまず最初にYOUR EYES ONLYの文言が目に入った。つまり、このファイルの内容は全てここで覚えて書面は綴に返さなければならないということ。

(護衛・・・)

あまりやったことのないタイプの仕事だった。もしかしたら初めてかもしれない。レキはどうだろうか。狙撃手が護衛というのもあまりないような気がする。ともかく、護衛の対象は2名が記載されていた。天々座烈八及び天々座理世。ただし天々座理世は条件付きであり護衛対象とするかは担当者に一任される。重要度は状況如何ということか。

天々座烈八は国内有数の大手外食チェーン『ミール&カトラリ―社』の顧問であり、3日後にノースオーシア・アグリカルチャーグループの主任会計士との交渉がある。護衛期間は彼が東京の本社に帰るまで。会談はノースポイント北部の都市で行われる。現地は天々座烈八の娘天々座理世の生活する街が近いため護衛対象に含まれる。

「主任会計士が交渉を担当するんですか?」

「なんでも護衛対象と会計士は顔なじみらしい。他は?」

蒼に続いてレキが手を挙げる。

「この依頼を私たちが担当する理由を教えてください」

「先方からの要望だ。といっても名指しじゃなくて単に静かにできるやつで相手に威圧感のない人選をってな」

なるほど。両方を兼ね揃えたチームというのは確かにあまりないかもしれない。

「ですが我々は一年で実戦経験も多くありませんが」

「冗談抜かせよ、お前らほど実戦に長けた者はいないだろ。まあ不安にならんでもこの護衛はあくまでも念のためだから気楽にやったら?」

 

気楽にやるかは別にして、護衛対象のことや周辺状況に関して全くの無知で仕事はできない。蒼は出発までにそれなりの情報を集めていた。

天々座烈八。4年前にM&C社の国外展開顧問に招聘される。数々の海外展開を成功させ、また現地社員の安全管理にも貢献しており内外からの評価は高い。顧問に就任する以前はノースポイント軍に所属しており今は予備役。

(時期的にはISAFにも参加していたのか)

ISAFとは2003年から2005年にかけてユージア大陸で繰り広げられたエルジアと周辺諸国連合軍の戦争『大陸戦争』で諸国連合が結成した『独立国家連合軍』のことだ。大陸戦争は小惑星ユリシーズの被害で大量に発生した難民を押し付けられたエルジアがユージア各国に仕掛けたものとされる。彼等は一時的にこのノースポイントまで戦線を後退させられたが、奇跡的な逆転を経てエルジアに勝利することになる。その逆転劇にはメビウス1というコールサインで呼ばれるエースパイロットが大きく貢献しており、パイロットの間では伝説となっている。

(それはさておき)

M&C社とNOAGは共に食に関わる国際企業だ。M&Cはノースポイント及び日本国に拠点を置きながら世界中に店舗を展開している。対してNOAGは主にオーシア連邦国内の一次産業を束ねる組織であり、一括して国内外へ販売と輸送を行う巨大なグループだ。ただし2019年の灯台戦争でオーシア連邦の屋台骨が揺らいでいる現状ではその存続に響かないまでもかなりの痛手を負っている可能性がある。

灯台戦争は一応オーシアの勝利という形で終わったが、実態は共倒れだ。エルジア王国は今まで搔き集めた地続きの領土が一斉にバラバラに反旗を翻して群雄割拠しており、現政権も首都ファーバンティではなく軌道エレベーターのあるセラタプラ沖の人工島アースポートを主な活動拠点としている。オーシア連邦も初撃で軍事施設の悉くを急襲されて広大な領土とシーレーンの防衛網は早急な再構築が必要だ。更には軌道上の軍事衛星を破壊する作戦で世界各国の衛星を諸共に破壊してしまった賠償と復興の責任の半分を負っている。エルジア側は軌道エレベーターを用いた安価な衛星網再構築の手段があるから良いが、オーシア側は全て地上基地から打ち上げなければならない。莫大な出費が予想され、かつあまりに非効率で時間がかかり過ぎるためその全てを有償でエルジアが請け負った。おかげで手に入るはずだった戦後賠償金は殆ど相殺されてしまったのだ。

これだけの負債が重なり戦後経済が無事で済むはずがなく、貨幣価値は大きく後退し国体維持のため増税も余儀なくされてしまった。

悪いことは更に重なる。戦争初期の都市部で行われた戦争映像は再構築されたネットワークに瞬く間に拡散し、「エルジアがいかにクリーンに戦争を仕掛けたか」「オーシア軍がどれだけ民間人に誤射や誤爆を繰り返したか」「オーシア機が軌道エレベーターを攻撃してエルジアの無人機が防衛」そして何より「オーシアの機体が自国の元大統領の乗った輸送機をミサイルで撃墜した」映像と音声が出回ってしまったため空軍寄りだった現政権はまだ2年の任期を残しながら支持率は絶望的な数値を叩き出しているのだった。

( 軌道エレベーターのあるセラタプラには通信インフラに携わる優秀なスタッフなど幾らでもいたはずだ。あれだけ派手に長いこと戦闘してれば傍受して解析しようと思うやつがいても不思議じゃない)

オーシアは『試合に勝って勝負に負けた』のだ。

しかしエルジアが勝負に勝ったとは言い難い。ユークトバニアからの手厚い援助を得たとはいえ領土内で様々な勢力が好き勝手に暴れているのだからこちらも内政はズタズタだ。ユークトバニアを始め各国の輸送機が援助物資と共に運んでくる気象衛星や通信衛星、GPS衛星の輸送費も当然ながら別口で請求されている。

(実は最も得をしたのは戦争に参加しなかった国々だろう。インフラを支える衛星のほぼ全ての耐用年数を無償で更新できたのだから)

国際社会がエルジアとオーシアに課したのは当然衛星の賠償だけでなく通信インフラが死滅していた間の損害賠償も請求されていた。そのため停戦交渉の席には当事者国家としてほぼ全世界の重鎮が時期を変え場所を変え世界各国で集まっている。そして彼等は自国で打ち上げる代替の軍事衛星の賠償金と打ち上げ費用をいい様に操作してしまえる立場。2020年の始まりから国際社会は激動を続けていた。

(戦勝したのに困窮して不満タラタラの国の大企業と後から利益をかっさらって行った国の会社が交渉か。荒れそうだな)

状況を分析したメモソフトを閉じ、ほか現地の地図などを今一度頭に刷り込む。

(そろそろか)

列車は二人が天々座烈八と合流する駅に近づきつつあった。

 

 

 

 

駅を出て、合流予定地に行くといかにも退役軍人な男性が待っていた。

筋肉質な体と眼帯。覚えた写真の容姿と一致している。

「武偵。天羽蒼及びレキ。到着いたしました」

「―――フン、悪くないな。よく鍛えているようだ」

「恐縮です」

彼の傍らには数人のガードマンが付いていた。

「ああ、こいつらでは圧が強すぎると上に言われてな。改めて天々座烈八だ。今日は私の護衛をよろしく頼む」

「「承りました」」

どうやら見た目でひ弱なガキと突き返されることはなさそうだと蒼は顔には出さずに安心する。

一方で烈八の方も武偵高から聞いていたプロフィールを思い出していた。目の前の二人は高校一年生、自分の娘と同世代らしい。だがそれにしてはあまりにも訓練されすぎている。レキという娘の方は一見してただならぬ境遇で育ったと分かる超然とした空気を纏っている。手にしているケースの中身はライフルだろう、こういうスナイパーはたまにいるものだと彼の従軍経験からくる感覚は容易に感じ取っていた。

不思議なのは男の方だ。言葉の端々に英語圏の人間らしい訛りが見えるがこれは外国人や帰化日本人にはよくあることだ。だがその立ち振る舞いは普通じゃない。軍事教練の跡が見える。それも生中ではない実戦レベルのソレだ。しかし歩幅など体の動かし方はユージアで見かけた山岳猟兵のそれなのに体のつくりはどちらかというとパイロットに近い。烈八は自分の感覚に自信を持っている。ならばこのチグハグはどうして生まれたのか。

今まで軍人ばかりで武偵には関わって来なかったが、どこでも珍妙な人間というものはいるらしい。

それよりも考えるべきは今日の交渉の相手だ。

「では行こう」

護衛たちと別れ、車に乗る。運転するのは天羽蒼武偵だ。

烈八が後席に一人。レキと蒼それぞれ前席に乗る。護衛の作法としては両脇を固めるのが定石だが烈八としては護衛はカタチだけのものでよく、自分の身は自分で守る主義だった。

「このままNOAGの日本分室に向かう」

「わかりました」

場所はそう遠くない。

「俺が今日会うヤツのことを、どこまで知っている」

走り出した車の中でやることがなくなった烈八は二人に会話を振った。

「NOAGの主任会計士であなたとはお知り合いだと」

「そうだ。アイツとは戦場に行く前の古いなじみだ」

答えたのはレキだった。外を警戒しながらではあるが、あまりに危険がなくて退屈したのか、それとも相手の問題――依頼人へのリップサービスくらいの会話は厭わなかったのか。どちらにせよ蒼よりはレスポンスが早かった。

「もう・・・20年ほどの付き合いになるか。士官学校時代の呑み仲間でな。ヤツは軍属ではなく近くの大学の学生だった」

烈八は一時だけ当時の記憶を脳裏に再生する。バーカウンター。グラスに揺れる氷。

あの男がNOAGの会計士になったのは知っていた。彼の出世を祝ったことだってある。その彼が交渉の相手として駆り出された。

交渉のイロハなど知らない彼だが烈八との繋がりは太いものだ。つまり、情に訴えなければならないほどNOAGは切迫した状況に陥っているということを意味する。

情に流される俺ではないと、ヤツは知っているだろうに。

 

 

 

 

 

「つきました」

「ウム、ご苦労」

NOAGの日本支部は地方都市にあるものでもなかなか大きなビルを占有していた。流石は巨人国家の農業を一手に担うだけのことはある。

肩で風を切りビルの中に入る長身のスーツ姿に蒼は一歩に同行する。レキは先に別所で車を降りてビルを監視できる地点に移動。狙撃手としての視力を遺憾なく発揮しているはずだ。

「天々座烈八様。ヘルベルト・フラウド会計主任がお待ちです」

「そりゃ、待ってなきゃ来ないさ」

適当な扱いに頭を下げて出迎えたNOAGの社員が顔を歪ませる。企業の大きさで言えば確実にNOAGの方がM&Cより格上だ。そのはずだがこの交渉においてNOAGに勝ち目はない。だからこその人選でありこの状況だった。

エレベーターで最上階の特設応接室に通された二人を出迎えたのは細見の外国人だった。彼は烈八の姿を見て破顔する。

「レツ、久しぶりだな」

「一年ぶりくらいか。少し痩せたなヘルベルト」

ヘルベルト・フラウド主任会計士は烈八の言うとおりの痩身を鼠色のスーツに包んでいた。フチなしの眼鏡の奥には穏やかな碧眼が覗く。

彼は烈八を席に促すと自分も対面の席についた。蒼は烈八の後ろで待機している。

「彼は?」

「ン、まあ付き人みたいなものだ」

「そうか。ヘルベルトだ、よろしく」

「天羽蒼です。よろしくお願いします」

握手を求められ蒼は右手を差し出す。男の手は細かった。骨と皮ばかりで枯れ木のよう。

「さて、面倒ごとは先に済ませてしまおう」

「ああ、プライベートな話は後でいい」

彼等は机の上に置かれたサービストリンクに手を付けることもなくヘルベルトの取り出した書類を片手に語り出した。

「では――、NOAGはM&Cに提案します。貴社が各国で展開する外食チェーンでは現地生産された生鮮食品を材料として買い上げていると聞き及んでいます。間違いありませんね?」

「ああ、その通りだ」

「我々はそれら全てにNOAGの食料品を特価にて提供する用意があります」

「特価ね」

「まずはこのノースポイント及び日本国の中での流通に関する契約となるでしょうが、いずれはそちらの展開域全てに行き渡ることでしょう」

NOAGとM&Cは今まで大きな取引をしては来なかった。オーシアでの事業展開では多少は彼等から仕入れをすることもあったが、NOAGは基本的には現地のマーケットとの契約を重んじており外来の場合M&Cは現地生産されたものを割安だが継続的に仕入れるという形で契約を結ぶ。それが今になって大口の契約を求めてきた。

思惑はよめる。NOAGは灯台戦争の折にオーシア連邦が負った様々な負債のあおりで経営状態が悪化している。特に物価の上昇でオーシア内での食品売買や国内油田の収入が低下している。だから国外への輸出を拡大しようという魂胆なのだろう。

だがNOAGは元々が高コスト体質な部分のある社だ。それが危機に陥った時に立て直すのは容易ではない。しかも噂程度の話だが資金的繋がりのあったGRとも手を切られつつあるらしい。

「こちらのメリットはなんだ」

「単純な話です。全ての原材料調達を安一括で我が社から行えば今まで個別に行っていた契約や交渉をひとまとめにできる。これは材料の安価化につながる。そして地方の生産拠点のいずれかが機能を停止した場合でも我々なら速やかに他地域から調達を行い該当区域の営業を継続させる措置が行えます」

「そして全ての原材料調達を握られた我が社は君たちのNOAGの傀儡となる、か?」

「いいえ。この契約はお互いの社の独立性を損なうものではない。株式を融通しあうことも他社との契約を阻害するものでもない」

「今まで我々には何の契約もなかった」

「ではこれからは良い関係を築き上げましょう」

「悪い話ではないかもな。だが関税はどうする」

当然ながら食料品は国家の生命線の一つであり、どこの国も関税というものを掛け国内での生産能力を守ろうという動きをする。

ノースポイント及び日本国も例外ではない。むしろ穀物の自給率90%以上ともなれば誇りのようなものも生まれ、国全体が守り継ぐことに賛同する。

値崩れを起こしているオーシアの穀物をノースポイントが許すはずがなかった。

「それは、まだ未定の事項です」

「だが規定路線だ。加えそちらの生産拠点は先の灯台戦争の影響を克服しているとは言い難い」

「懸念があるのは最もです。ですからまずはこの国の中から初めてみませんか?」

「我々は現状の国内の流通網に十分な満足を得ている。今から不安定な新しい仕組みを取り入れる気はない」

「価格は確実に下がります」

「資料に乗っている試算データは見た。だが我々の方でも試算しなければ回答はできない」

「今承諾をいただければ我々の有する海洋輸送網のリソースの一部を無償で開放させていただきます」

「焦りが見えるぞヘルベルト。残念だが俺が今日この場でイエスと答えることはない」

「・・・わかったよ。また今度に条件をすり合わせてから交渉させてくれ」

「お前と顔を合わせる機会を潰したりはしないさ」

「それは・・・助かるな」

烈八にとってこの結果は予定調和だった。そしてヘルベルトの方もどこか諦めたような顔をしていたが悔しがる様子がないのを見ると、自分の勝ち目をよく理解していたようだ。

「この後は帰国するのか?」

「東京でお偉いさんに怒られなきゃならない」

「おい、恨むなよ」

「どうしようかな。この間レツが自慢してきた例のプライベートジェット。あれに乗ってみたいなあ」

「子供か!」

「君こそ随分と煽ってくれたよね。『まあオレサマならコイツのオーナーにふさわしいのは当然だな。ところでお前らは何を使ってるんだ?』だって?君以外はただの会社員とバーテンダーなんだよあのグループにいるのは!」

「アアン?偉くて悪いか」

「ああ悪いね!だいたい君がそんな風に口が悪いから娘さんにうつるんだ!」

「おま、言ったな!?言っちゃったなこのガリガリ野郎!」

「なんだと眼帯筋肉ダルマ!」

「この!」

「こなくそ!」

どったんばったん。

いいスーツを着こなしたいい大人がつかみ合いの取っ組み合いを繰り広げる様子を前に蒼は一瞬だけ護衛としての役目を果たすべきなのかと悩んだがどう考えても元軍人の烈が優勢のはずなので放っておくことにした。

見るに堪えなくなって視線を泳がせると部屋の扉の両脇に控えていたガードマンたちと目があう。

「(どうしましょうこれ)」

「(放っておきましょう。ええと、馬に蹴られて死にたくはありませんから)」

(それでは夫婦になってしまうのでは?)

当惑するガードマン達を知らず更に混沌とした思考に追いやった蒼は遠くから見ているはずのレキが何かの間違いでヘルベルトを狙撃しないように瞬きでサインを送ることに集中した。武偵の基本技能として瞬きで行うモールスがあるが、入学したての蒼にとってはまだ難易度の高いものだった。そもそも使用するのが和文モールスなので英語思考が抜けない蒼は日本語訳してからモールスにするという二度手間なのだ。

(チワ ゲンカ ニ ツキ テダシ イラズ)

はたしてドラグノフの弾丸がこの特別応接室に飛んでくることはなかったが、いい大人たちのどうしようもない乱痴気騒ぎはその後10分ほど続くこととなった。




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