The Armed Detective & Three Strikes   作:zwart

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緩い旋回の中、蒼はキャノピー越しに堕ちていくUAVたちを確認する。戦果確認の意味もあるが都市部での撃墜だったので二次被害を気にしてのことだった。

(一応、ひらけたところに落ちそうだ)

次いで軽く翼をふって主翼の追随性を手で感じる。ウィングレットでUAVの主翼を切断してみたのだが、思った以上に上手くいったらしい。異常振動もないのでこの機体の翼端が大きく破損した様子もない。

ウィングレットというものは当然ながら武装ではなく主翼の先端から発生する渦が安定飛行に及ぼす影響を最小限にするためのエアロパーツなのだが、残念ながら蒼のやったことは前例がないわけでもない。いま蒼たちが乗るものとは別の型だが、プライベートジェットが同高度を逆走してくる大型旅客機と接触して偶発的にウイングレットで主翼を切断してしまった事故があった。蒼はこれを再現したというわけだ。正直なところ先例と同じくウィングレットの脱落は覚悟していたのだが相手の質量が小さかったのが功を奏したらしい。

さて、こちらを追ってきた2機のUAVは撃墜したがまだ戦域には3機以上のそれらが残っている。まだ終わりじゃない。まだ上空にいてジャミングを垂れ流しているやつは恐らくペイロードをジャミング装置に食われて武装はしていない可能性が高いが、注意をしないわけにはいかない。加えて洋上に出た他のUAVもいる。この国の迎撃戦闘機の目を引きつける目的だろうが、向こうで勝負がついたらまた状況が変わるだろう。

だが、蒼の予想はある意味外れた。

超長距離から飛来したミサイルが上空でジャミングを行っていたMQ-99を撃墜したのだ。遅れて復活した通信に連絡が入る。無線機を操作しながら窓の外を見ると、遠目だが見慣れたシルエットの単発機が上空に現れていた。F-16にしては撃ったミサイルの射程が長い。この国で開発されたF-2の方だろう。

『戦闘空域を飛行中の小型民間航空機に次ぐ。こちらはノースポイント連合空軍所属機である、ただちに応答されたし。しからざれば撃墜する』

「To Northpoint Joint Air Force Fighter F-2. This is Private Jet of M&C. I request approach to Haneda Airport. 」

『You are not allowed to heading to Haneda Airport』

「what?」

『Follow me to Atsugi Airbase or shootdown.』

「…We have sudden illnesses on. Atsugi is unacceptable」

『”The Vaccine” is available at our base. This is last announcement for you』

取りつく島もないとはこのことだ。

「okay. I follow you to Atsugi」

速度を落とし、こちらの前に出たF-2の後ろをキープするように舵を切る。続いて斜め後方にも挟み込むようにもう一機。

しかしワクチンときたか。何故かは知らないがこちらの事情は把握しているらしい。従わなければ即撃墜などと言うあたりウイルスがウーアであることも承知している対応に思えるし、ワクチンをどうにか手に入れる手段を模索しなければならなかったので用意があるというのであれば甘んじるしかないだろう。

前を跳ぶF-2は一発消費しただろうType-04の他に対艦ミサイルも搭載していた。こちらが強引にでも羽田に向かおうとした場合には追い回して海上に出たところであの対艦ミサイルを撃ち込み跡形もなく焼却処分する算段だったのが伺える。

「厚木基地に向かうんですか」

マイクを押さえつつの隣の席からの問いに蒼は頷いた。彼女にも通信は聞こえていたはずなので、この質問は俺の意向を確認するものだろう。

「仮に基地で薬を手に入れられるとして、なぜ彼等がヘルベルト氏の持ち込んだウイルスの正体を知っているかが疑問です」

そうだ。おかしいと思った。ウーアウイルスの情報は国家機密に等しい。それを短時間に手に入れたとは考え辛いし、逆に知っていたのであればこの機が離陸する前にヘルベルトを確保すればよかったはずだ。それにワクチン――抗ウイルス剤を本当に用意できているのなら用意が良すぎる。

「まだ疑問はあります。ヘルベルト氏の思惑は明らかですが、それを利用した形になる機長とUAVがウイルステロを目論んだ目的、立場。そして――」

途中から撃墜に切り替えたUAVたちの動き、そもそものウーアの出どころ。他には・・・

「あなたの正体です」

「先祖がサムライだったンだ」

そうですかと面白くない返事が返ってくるが、彼女がドラグノフや他のサブアームに手をかける様子はない。とりあえず着陸まではそうしてくれるとありがたいが。

後ろの烈八やヘルベルト、機長は無事だろうか。容赦なく機動させたからこの機体の負荷も怖いが彼等の安否も気になる。

「全員無事です。呼吸音を確認できます。あなたは操縦に集中を」

生存報告は助かった。蒼にしてもランディングまでの短い時間に最低限ギアダウンの操作とスラストリバーサーの操作、ILSの入力方法など念のために確認しておくべき事柄は多い。

ぐー、

不意に腹を鳴らしてしまった蒼にレキが銀色の包装を突き出す。

「どうぞ」

「Thanks」

舵輪から片手を離して受け取り、口をつかって包装を破る。バターの匂い、カロリーメイトか。見ればレキも同じものを齧っている。このあと厚木についてから平穏無事とは限らないので今のうちに栄養補給をしておくべきと思っているのだろう。

「着陸後は――」

カロリーメイトの袋を畳んで箱に戻しながらレキが続ける。

「基地の部隊にどう対応しますか」

「基本的には従ウほかナいと思う」

軍のこの行為は事情を知った上での介入行動かもしれない。ただ単にウイルスの情報を掴み、拡散を防ぐ目的で動いた可能性もあるが、この事件には既にいくつもの組織がかかわっているので今更日本政府や連合空軍がそこに加わっても何の不思議もありはしない。

蒼は機を降りてまず相手がウイルスの正体を認識しているかを確かめるつもりでいた。だが、恐らく確実に知っているだろうという予感があった。いい加減に高度も落としてきているのだが地上とF-2のどちらからも着陸支援が必要かと問うてこないのだ。つまりノースポイント連合空軍は機内の誰かが航空機の運用に熟達した人物だと知っているか、知っている存在から助言を得ている。

厚木基地が見えた。

F-2は2機とも上空に留まり、自分たちだけが先に滑走路に下りる。

タッチダウン。リバーサー起動、パワーをマックスへ。

厚木には輸送機も降りるので滑走路の長さは十分。管制官からエプロンを通り基地のはずれにある航空機格納庫に向かうよう指示が下る。言われたとおりに機を鉄の檻に滑り込ませると各所がビニール素材で目張りされているのが見て取れる。空気感染の恐れをできるだけここに絞るための細工だろう。

「厚木か」

後方の席から声がかかる。烈八だ。アプローチか滑走路のどこかで見覚えのある景色を確認できたらしい。

『エンジンを停止せよ』

「エンジンを停止、了解」

慣れない機体のインターフェイスだが、まあタービンエンジンのシャットアウトなど大抵は手順に変わりはない。もう空を飛んでいるわけでもなし、余裕をもってダッシュボードにあった手順書と照らし合わせて停止操作を行う。やがて低く唸っていたエンジンが回転数を落とし止まった。エンジン音に慣れていた耳がことさらに静寂を拾う。

だがその静けさも長くは続かなかった。固いアスファルトを蹴る軍靴の音が複数。そして今しがたプライベートジェットでくぐった扉が閉じられる。一瞬だけあたりが暗くなったがバチンと天井灯が点灯して昼間とかわらない明るさに戻った。

「10人です」

「ああ」

窓の外にいるのは白い化学防護服を着用した兵士たち。殆どがガスタンクのようなものを背負い、それに繋がった掃除機の柄のようなものを手にしている。除染装備だ。

他、目立つ二名のうち一人がジェラルミンケースを手にしている。

防護服の頭についている窓から見える顔には覚えがあった。

(大沢賢治・・・!)

なるほど確かに、彼ならば確実にウーアを殺しうるだろう。

ウーアウイルスを斃しうる抗ウイルス剤の開発者だ。大越製薬からは引退していたと聞いたが、政府の意向で三度にわたって現場に復帰したらしい。

扉を開放するよう指示される。止める間もなくプライベートジェットの扉を開けたのは烈八だった。

「お久しぶりです、天々座少将。防護服越しで失礼します」

「今は予備役だぞ中尉」

タラップの前に立つ軍人が敬礼で迎え、烈八が同じ所作で返す。

「ウイルスを中和する薬は確保しています」

「5人分必要だが、十分か」

「もちろんですサー、我々はあなたへの恩を忘れません。大沢さん、お願いします」

「ああ」

大沢が抱えていたジェラルミンケースを開放する。

「この場で摂取してもらえれば全員が問題ないはずだ。衣服に付着した可能性のあるウイルスを除去するために着替えてはもらうが」

「着替えはこちらに。軍服で恐縮ですが」

レキが蒼に目線で問うが、この段階になって蒼に否はなかった。目の前にいるのは正解最高峰のウーア対策スペシャリストだ。又聞きの知識程度しかない蒼などよりよほど確度の高い検疫を可能とするだろう。

「機長については――」

「ご心配なく。航空法違反、テロ等準備罪など複数の罪状にて逮捕状が出ておりますので検疫の後に直接警察に引き渡します」

「了解シました」

 

抗ウイルス剤の摂取は滞りなく完了し、レキ達は厚木基地の一室を借りて待機していた。機長は別室で拘束監視されている。

天羽蒼も今は別室だった。緊急避難とはいえ無断で航空機を操縦したことになるので、詳細な事情聴取と簡易な正当性評価を行う必要があるらしい。

そんなものは建前だ。

ノースポイント連合空軍の基地でありながら、蒼が連れてこられた部屋の中にその軍服に袖を通した人物などただの一人もいなかった。

代わりに待ち受けていたのは黒いスーツにサングラスの不審者もどき。その男は蒼の顔を見るなり久しぶりだなと言った。残念ながら蒼に覚えはない。

「本当にそうか?私は以前君に殴り飛ばされたわけだが――まあいい。私はOIAからのメッセンジャーだよ、アルマ・クレイマン元大尉」

英語で語りつつ、男はサングラスを外してニタリと笑ってみせた。

「・・・ラングレー」

「そう、そのOIAだ。私の名はサミュエル・ドレットノート。最もこれは偽名で、今後君と接触し連絡する人間の多くはこの名を使うだろう」

OIAとはオーシア中央情報局のこと。かつて潜水艦アリコーンによる首都攻撃を阻止したときに協力したデイビット・ノース分析官もその先進兵器戦略戦術分析部に籍を置いていたはずだ。そして思い出した。この男はあの軍法会議とは名ばかりの処刑場から脱出する時に殴り飛ばした記憶がある。その時は空軍将校の恰好をしていたが中身はOIAだったか。

「何の用だ」

「用ね。たくさんあるさ!君は軍法会議から脱走して国外まで逃亡した元大統領暗殺その他の重罪人だし私的にも殴られた恨みというものがある。だがまあ、それらは今は忘れよう。君の所在と処遇は大いに我々の関心ごとであるが、それだけで私はこんな島くんだりまで来たりはしないさ」

「ウーアウイルス、というものがある。君がついさっきケンジ・オオサワの手によりワクチン接種したそれだ。知っているかもしれないが大変危険なウイルスなので回収と事件の収束のためにここに来たわけだ。全くNOAGも面倒な仕事を作ってくれたものだが――そしたらどうだい?なんと事件の中心に現在のところ我が国最大の汚点たる逃亡兵が関わっているじゃあないか!知らない顔でもなし、後処理のついでにちょっとご挨拶というわけだよ」

「だったらもう挨拶は済んだだろう。殴って悪かったどうぞお元気で」

「馬鹿だなあ君は。判決を忘れたかい?逃すはずないだろ」

じゃあさっさと要件を言え。

「怖い怖い、睨むなよ元大尉。私はさっきも言ったとおりメッセンジャーだ。うちの上層部は君との追いかけっこに飽きたので終わらせることにした。――こらこら話は最後まで聞きたまえ?よしよし、では続きだ。面倒を終わらせることにした上層部は君の自由意志を尊重してここに縛り付けられてもらうことにした。もう追わないから逃げてくれるなよって、まあ平和協定だね。監視はつくしノースポイントから国外への移動も認められない。ついでにちょっとこっちの仕事を手伝ってもらうことになるかもしれないが――、この話を受けるのなら代わりに一つだけ君の望みを聞いてあげよう」

「俺が受けた最後の軍法会議、あれを無かったことにしろ」

「残念ながらそれは無理だ。空軍の専権事項だからね」

そうだろうさ。この男にそんな権限はないし、そもそもこれは尋問であって俺が自由に望みを言える都合のいいものじゃない。恩を押し売りして俺を縛るための問答だ。

「ヘルベルト・フラウドの家族の安全の保障」

「オッケー、やっておくよー。しかし君も人がいいね。先の大戦で概算でも2万人は殺しているくせに」

くそったれが。

「一つ聞いてもいいか」

「フラウドの家族の件はキャンセルか?」

「サービスしてくれれば歯の詰め物は増やさないでおいてやる」

「怖い怖い、まあいいだろう。子供の駄々にはある程度答えるのが大人だ」

「なぜここで俺を拘束しない」

「言っただろう?上の意向だよ・・・ああ、睨むな睨むな。要するにOIAと政府のどっちも君を使い道と殺し方を決めかねていて、どっちの意見も譲らないものだからとりあえずお互いにぶっ殺し合うことにならないようにしたんだよ」

「誰が」

「誰かだろうね。バランサーがいるのは間違いないけど私じゃないし顔見知りとも限らない」

―――、

「まったく大した身分じゃないか」

本当に、わけが分からん。

 

 

あの事件の顛末はこうだ。

機長は逮捕、ヘルベルトは重要参考人として身柄を保護。俺と雑談したエージェントがそのままオーシア連邦内の警察を動かしてフラウド一家の安全を確保。これはまあ事前に準備していたのだろう。NOAGにも捜査の手が入ることだろう。

UAVは自由エルジア戦線の過激派(残党ともいう)の仕業であり、港湾でコンテナを摘発されたところを強行発進させたものを空軍が制圧したと報道されている。事実については全員が箝口令を敷かれた。

俺とレキは天々座烈八を東京のM&C本社に送り届け任務を完了。武偵高に戻った。

「・・一連の事件の影響によりNOAGは債務不履行に陥ると予想され、オーレッド市場の冷え込みにさらなる影響を与える見込みです。続いては今日未明に発生したトラック4台の関わる事故についての――」

朝食をとりながらニュースを流し見する。この空間はとても平和だがどこかにOIAの目があるのだろうか。あるいは今頃は海を挟んだ向こう側の大陸で誰かが俺の生死を判断した頃合いかもしれない。

いっそもう一度国外逃亡を図ってどこかの国の空軍にでも潜り込んでみた方がマシな気がしていた。人質がいなければの話だが。フラウド一家の身柄を確保したのはOIAだし、オーシア空軍には何人も戦友がいる。OIAにさえも。デイビット・ノース分析官とは短い付き合いだったが戦友と言って余りある活躍で俺たちの部隊を支えてくれた。

きっとこの国のこの高校の人々にも迷惑をかけることになるだろう。

(失うものが多すぎる・・・いつの間に)

空を飛んでいたはずなのに煩わしい足枷が増えて、今度は空が遠のいていく。昔はこうではなかった。地上を離れ飛翔する手段を得たというのに。

「もうすぐバスの時間だな。行くぞアオ」

「ああ」

武偵高に戻ったときに聞いた話はやはりUAVの件だけだった。電子戦装備か対空装備の確保に教務科が動き出したという噂も聞いたが流石にガセだろう。武偵は軍隊ではないのだから配備予算が足りないし通らないはずだ。

(益体もないな)

もはやこの高校に通う意味などなくなってるように思えてきた。実際、見つけられてしまった以上第一目的の身元洗浄は不可能になった。

昼休みになって自然と足が校舎の外へ向く。校庭を抜け、フロートと本土をつなぐ橋を渡り―――。

UAVの残骸がこの町に降って3日とたっていないということもあり街道には警官が点々と立っていた。何人かはこちらに視線を投げてくるが特に声を掛けられることもない。武偵高の制服ゆえだろうか。

ふとしたタイミングで視線を感じ、すぐにその持ち主を見つける。知らない人間だが想像はつく。電柱の影、通行人、電気屋の前のチラシ配り・・・。ひとり見つけてからは芋ずる式にずるずると、OIAのエージェントはまったく大した腕だ。

自販機でコーヒーを買い、それを片手に路地裏へと入る。追いかけてくる気配。細い道を右へ左へと蛇行して人目のない道に出るとすぐにビルの壁を蹴って屋上へ移動した。しばらくしてから下の方でバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。2、3分もするとそれも聞こえなくなった。気配もない。スマホの電波を追って来ないのが不思議だったが、そういえば衝動的に学校を出たから荷物は全て教室に置きっぱなしだったのを思い出す。軍事衛星――は流石に使わないか。そもそも今のオーシアに軍事用の余剰衛星があるかも怪しい。

一人になったわけだ。

コンクリートジャングルの上で幾つかの区画を跨いでから再び地上に降りる。ここにも人はいない。

飲み干したコーヒー缶を潰して捨てた。

踏みつぶす。

つぶす。

つぶす。

コンクリートに張り付くほどに圧縮されたそれを足先で軽く蹴飛ばしてそれには興味を失った。

日本の治安が良いとはいえ薄暗い路地裏までもがそうとは限らない。どこの都市にも薬売りや持て余した馬鹿はいる。

次の八つ当たりの相手はすぐに決まった。

 

 

夏に近づき、長くなった日も暮れたころ、蒼は再び摩天楼の上にいた。

八つ当たりの相手もあらかた使い切ってしまって、再び空中散歩で時間を潰していたのだ。

暗くなったことで人目を気にする必要もなくなった蒼は遠慮なく宙を飛びまわる。その高度はどんどん上がっていき、もはや地上から彼を見上げても容易には視認できないところまできていた。

この高さまで来ると流石に寒い。他と比べひときわ高いビルの上でようやく蒼は足を止めた。淵に立った彼は眼下の景色を眺める。

態々登ってきたのは気まぐれでもあったが、それ以上に高高度の視点を欲したというのもあった。アンカーヘッドではビルの間を縫うように低空飛行をする必要があったためちょうど今のような景色だった。

ここでは星空より夜景の方が近い。爆発の閃光が路肩の車を吹き飛ばす。高架の上からトラックが滑り落ちて墜落と同時に赤い炎が噴出する。熱衝撃と風圧で都市中の窓ガラスが割れて鋭利な刃の雨となって人々に降り注ぎ突き刺さる。鉄とプラスチックとコンクリートとガソリンと人が燃える臭い。人差し指を引き絞るとそこに無煙火薬が急速に燃焼して鼻の奥をツンと刺激するものが混じる。街の明りがまばらに消えていき、そういうところには決まって篝火のように燃えるAPCの残骸。あの場所は昼間にも飛んだことがあるが、夜も劣らず明るかったように思える。

一通りの場面を思い出して、やることのなくなった蒼はその場で仰向けになって目を閉じる。

「何をしているんですか」

「・・・君こそ」

完全な不意打ちだった。屋上に現れた彼女が頭上から語り掛けてくるまで彼は彼女に気がつけなかった。そして何故か英語。蒼は一瞬目を開けて、速やかに閉じる。

「みえてるんだけど」

「?」

「・・・」

まあ、角度的に見える位置というだけで暗いこの場所ではしっかり中の色まで見えたわけではないのだが。だからと言ってこっちまで向こうの無頓着に付き合う必要もない。

「今日一日あなたを見ていました。12時07分に武偵高を出てからこのビルの上に辿り着くまで」

「勤勉なことで」

どうやらキンジの読み通り、そして最近の蒼の想像通りにレキは監視していたらしい。はてさて誰の差し金なのか。

「監視者を振り切った後は一般人を暴行。危険な高度での跳躍を繰り返してこのビルの屋上に無断で侵入――合理的ではありません」

それがどうした。おまえに何か不都合でもあるのか。

「先日の仕事のあとからずっと無思慮な行動が続いています。理由を教えてください」

監視役が理由を問うのか。怒りが活力になった。貫手で突くようにして女の首を掴み引き寄せ引きずり倒した。ガツンと頭をコンクリートに打ち付けて動きが鈍った間に首を折り砕く。殺す。もう戯言はうんざりだった。そうしようとした。しなかった。彼女は首元まで延ばされた手に反応しなかった。代わりに眼が合った。観察している眼。鏡のようだ。

今日初めて彼女の顔をしっかり見た。いや、あの護衛任務の後初めてだ。下界からの光でオレンジ色に照らされた彼女の表情に嘲りはない。ただいつも通り、無機質で正確にこちらを捉える眼差しを向けてくるだけだ。

「死ぬ気か?」

「殺して気が済むのなら」

何が手に負えないって、全く冗談で言ってないことだ。俺が八つ当たりで彼女の首を折ったとして、拳銃で眉間を撃ち抜いたとして、肩のドラグノフに手をかけさえもしないだろう。ただパリンと割れて、それでおしまい。もう何も映さなくなる。

降参だ。

「俺に何をさせたいんだ」

「私はあなたを見極める必要がある。ですが今のあなたの精状態では完全なポテンシャルは発揮されない」

「戦力評価報告書でも作るのか?」

「いいえ。天羽蒼、あなたはあの日私と『風』の想定を超えて、ありえないはずの結果を出した。そのメカニズムを知りたい。知るためにはより近くであなたの戦場に立ち会う必要があると判断しました」

「悪いが次のフライトの予定はない」

「では待ちます」

「もう飛ばない」

「あなたが飛べないと思い込んでいるだけでは?」

俺がたかだか世界最大の国家に睨まれたくらいで空を飛ぶことを勝手に諦めていると、つまりそう言いたいわけか。奴らの期限不明の譲歩から逸脱した途端に頭が吹っ飛んでいてもおかしくはないからと。

そうだ。

売り言葉に買い言葉で、おまえの言葉を全部否定してみたくてやっているだけだ。

飛ぼうと思えば飛べる。なにもかもを犠牲にしてしまえば。

戦闘じゃない。戦争でもない。だがこれは闘争だ。エルジアと言わずオーシアと言わず数えきれないほど殺したのは事実なので、全くの理不尽というわけでもない罪状だが異を唱えるだけの理由はある。ならば抵抗してみるのもいいだろう。俺はまだ満足してはいない。空を飛ぶことに飽くことなどありえないし、その気持ちは先日の空戦を経て再び燃焼していた。だからこそ可能性を一度閉ざされたことで挫折のような感情を得もした。

けれど、ここに一人。離陸を肯定してくれる観察者が現れた。

「武藤さんからこれを預かって来ました」

カチャリと軽い金属音を鳴らしてレキがポケットから取り出したそれは、どうやら鍵束のようだった。キーホルダーに同じ形の鍵が二つ通されている。車輌の鍵にしてはすこし幅広で大きい。

「車輌科の空き倉庫の鍵です。今日から使用可能なのであなたに渡しておくようにと」

そういえばそんなこともあった。レキが部屋にいるとキンジが気にするから。

「コれからよろシく」

「はい」

レキが鍵束のまま寄越してきたそれから、片方の鍵を抜いて受け取った。




長いこと展開に悩んでましたが、とりあえず踏ん切りをつけるべく投下。
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