The Armed Detective & Three Strikes 作:zwart
滑走路にJAS-39グリペンが下りてくる。尾翼に三本の白線が引かれた、あの機体だ。
「生き残りやがったか、運のいい野郎だ」
吐き捨てた男はグリペンEがエプロンに侵入するのを見届けるとさっさと宿舎――いや、房に戻っていく。
男は先日の出撃で機に損傷を受けて帰ってきたパイロットだった。敵の無人機の機関砲弾を食らいながらもなんとかこのザップランドまで機体を運び、最後は滑走路の中ほどで主脚を折って不時着した。その機体は取れるパーツだけ取って今はシートも掛けずに適当なところに放り出されている。モスポールからのレストア品も流石に二度目の蘇生をされることはなさそうだ。
パイロットの男がさっさと機体を捨てて脱出しなかった理由はわからない。単に何もないところで脱出するのが怖かったか、脱出装置そのものを信用していなかったか、もしくは戦闘機乗りとしてのプライドか。いずれにせよ彼の乗機は放棄され、彼本人もしばらく独房に放り込まれることになったわけだが。
実のところ、あたしも例の三本戦のヤツことハーリング殺しの帰還を心よりお祝い申し上げるような気分じゃあなかった。それはここの空気のせいでもあるが、それ以上にヤツの機は毎度のように限界まで酷使されている。政治犯野郎に聞いた話だが、どうにも一緒に出撃した味方機の仕事まで奪う有様で敵機や地上目標を攻撃しまくっているらしい。その話を裏付けるように大抵の場合は機体はパイロンにも弾薬ベルトにも残弾を殆ど残していることはなかった。
「アイツはまるで死神さ。敵にとってもそうだが、味方にとってもな」
曰く、あのハーリング殺しと飛ぶと大抵の場合は当初の作戦目標とは別に余計な敵まで現れて戦場が混乱することが多いんだそうだ。最もヤツはここの司令官のありがたい方針で、着任してからの全ての作戦飛行に参加しているからどちらかと言えば時期の問題、あるいは作戦の不味さの露呈なのかもしれないとは言っていたが。
なんて、どうでもいいことを考えながらホーネットのメンテナンス用チェックリストを眺めていると、いよいよ本日の労役を終えたパイロットたちの機体が格納庫前まで運び込まれてきた。
「けっ、あの野郎「作戦」と最後に付ければどんな無茶でもやれると思ってやがるぜ」
「前のがよかった。これならまだFCSをロックされた状態で基地の上を遊覧飛行してた方がマシだ」
「どうかな、お前なんか明日にも墜とされるんじゃないか?」
「野郎!」
「おい」
スパナでその辺にあった空の弾薬箱をぶったたきながら格納庫の外へ行け指を刺す。ただでさえ多い仕事を奴らに邪魔されては叶わない。別にあいつらが明日の作戦飛行で飛べなかろうがどうだっていいが、飛行機の整備に邪魔が入るのは腹が立つし、遅れて基地司令官に文句を言われるのも御免だ。
「チッ」
「女王様気取りめ、覚えてろよ」
「さっさと行きな」
舐められないように注意をすれば大抵のパイロットはボロボロになった機体を置いてさっさと何処かへ行く。奴らの機がマトモに空戦機動を取れるか否かはあたしが握っているということは奴らも承知しているからだ。
だが何事にも例外はある。態々デブリーフィングが終わってから来る連中がいるのだ。
「今日のスコアも俺が上だぜ、トリガー」
「カウントお前、また人のスコアでマウント取りやがって楽しいか?」
「うるせえ、お前は眼中にねえんだよタブロイド。文句あるなら腕上げて出直せ!」
「トリガー、お前も何とか言ったらいいだろうよ」
「んん?―――あー、タブロイドは機関砲撃つときもっと気楽に構えたら?」
「俺じゃなくてカウントだって!あ、おい寝るな!」
来やがったぞ三バカどもが。
こいつらは何を言っても自分の機からは暫く離れないのでもう放っておくことにしている。というか、最初は伯爵どのだけだったのだが、いつのまにかトリガーも同じように自機の整備をやるようになって、タブロイドもトリガーがやるならと後をくっつくようになった。
ちなみに、整備をやるだけであってあたしを手伝ってるわけじゃない。多少のタシにはなるが目をつけてないと大抵どこかでポカをやらかすから手間の度合い的には一人でやるのとトントンくらいだ。
「よう、ハーリング殺しはお眠か?」
「からかってやるなよ。アイツは俺らと違って3日連続で出撃だ。知ってるだろ?」
「アタシは毎日全部の飛行機見てるがな」
「おい、地上勤と俺らを一緒にするなよ。こちとら一度戦闘に出れば体にいくらでもGを掛けて飛ぶんだからな」
「そいつは結構だが、機体に負荷を掛けまくればそのうち主翼が捥げるぞ伯爵どの。アンタの機体はただでさえ無駄なヒンジがついてるんだからな」
「おー、かわいくねえ」
「余計なお世話だ。アンタもその馬鹿を適当なとこに寝かせちまいな」
「悪いね、世話をかける」
「そう思うなら整備を覚えろ」
タブロイドに半分寄っかかって歩いてたトリガーがその辺に置いてあったパイプ椅子に降ろされ、残りの二人は自分の機のメンテナンスハッチを開け始める。
「あー、そうだ伯爵どの」
「なんだスクラップクイーン」
「さっきも言ったが、寿命だぞアンタの機体」
「なに?」
「Su-33の主翼は分割のせいでそんなに強くないんだ。尾翼の方なら交換で済んだんだが、無理をさせすぎたな」
伯爵どののフランカーD型はもともと空母運用のための艦上機でモスポールされる前から消耗も激しかった。司令官殿が限界まで使い倒せというから出来るだけ手を尽くしてきたが、稼働軸より内側の主翼フレームがもう耐用限界を過ぎる。これ以上はどうしたって安全性を保障できない状態だ。
「俺の腕が悪いってのか!」
「誰もそんなことは言ってない。それに文句を言われたところで空中で主翼が外れて困るのはアンタだぞ。心配しなくてもD型はもう一機使ってないのがあるからそっちを用意しといてやる」
「チッ、嫌な気分だぜ」
苦虫を噛み潰したような顔でカウントは目の前の自分の機体を蹴っ飛ばした。おいやめろ、そこの部品は後で新しいアンタの機体に使うんだぞ。
「そりゃ愛着ってやつだな。パイロットなら当たり前だろうカウント」
「うるせえぞ政治犯野郎、俺がそんな軟弱に見えるか」
「別に悪いことじゃない。アンタだって人間だろう?東の方の国じゃ道具にも神様が宿るって言うらしい。大事に扱って損はないと思うがね」
「・・・くそ。よく口が回るな、どいつもこいつも」
「なんでもいいが、機体に私物が残ってるなら今のうちに取りおいておくことをお勧めするぞ。どうせパーツを取ったらこの間のホーネットみたいに雨ざらしだ」
「おい、俺様の機体だぞ」
「処遇を決めるのはあたしじゃないし、文句があるなら司令官殿に陳情したらどうだ。操縦桿くらいは記念品として残してくれるかもしれないぞ」
「あの司令官が?ありえないね。仮にそんなことがあるとしても台座に書かれるのはカウントのじゃなくてアイツの名前さ」
カウントが恐らくその有様を想像してがっくりと肩を落とす。
「皺だらけのジャガイモの名前なんぞ冗談じゃねえ。もういいから規定どおりに処分してくれ」
タバコの箱だけコクピットから回収すると、じゃあ後は任せたとカウントは格納庫から出て行った。
「―――ぬ」
「「ぬ?」」
「しまった寝てた」
なんともはや、この大馬鹿野郎ときたらこれだけうるさくしていたのに呑気に眠りこけてやがったらしい。いや、最初から寝てはいたが流石にどっかで起きているもんだと思ってた。何がおかしかったのはタブロイドは笑いを堪えようとして失敗している。
「寝落ちを後悔する前に今の意味不明な寝言について説明してくれよトリガー」
「タブロイド。すまん、迷惑かけた」
「いいさ。空ではこっちが面倒かけてるしな」
「カウントは?」
「機体が寿命だって言ったらキレて出てったところだ。見逃したな」
言いながらヤツのグリペンを指さす。起きたのならさっさと仕事をしてほしい。この大馬鹿野郎もカウントと同じで空中でかけてくる負荷がかなりでかい。
「じゃあカウントは乗り換えか」
「いや?女王陛下曰く同じ型の機体があるらしい。今の機体は操縦桿だけじゃがいも畑行きだとさ」
「じゃがいも?」
「いいからさっさと手を動かしなこの愚図ども!」
黙って仕事をすりゃいいのに全く、一人減ってもうるささは変わらないじゃないか。
「おおっと、ママがお怒りだ」
「ごめんよ母さん」
「よしアタマ出せ。ぶん殴ってやる」
前言を撤回だ。カウントがいなくなると遠慮がなくなる分もっとうるさい。そして整備の手際が悪い!
「タブロイドその部品の取り付け違うぞ。向こうから交換部品持ってきな」
「油圧はあたしが見るから、お前はコクピットのゲージでも読んでろ」
「そこは分解しなくていいトリガー!」
こいつらは、普段はカウントもそうだが自分の機の点検整備が終わるまでは大抵こんな感じだ。終わればさっさと房に戻っていくのでそうしたらようやく静かになるのだが。だがある意味普通に賑やかなこの時間はここでは貴重だった。必然的に変人どもの相手をすることになるのは同時に苦痛でもあったが。いくら懲罰部隊とはいえもっとマトモなやつはいなかったのか。手癖の悪い詐欺師で無駄にプライドの高いやつ、何があってもへらへら笑いながら口の減らない政治犯。そして微妙に天然の入ったガリガリ野郎の元大統領暗殺実行犯。
よくもまあこれだけ集めたといいたいが、それだけオーシアの内情が劣悪ということだろう。
遠い海のむこう。今まさに戦争をしている相手のエルジアははたしてどれだけ良い治世が敷かれているというのだろうか。ラジオから流れる王女の声は穏やかで平和と安定を想像させるが、全てがその通りではあるまい。結局は戦争の当事国であり、無人機の軍団の産みの親なのだ。
「どうかな。実際クリーンな戦争とやらは実現しているし。ただクイーンの言う通り組織のトップと全体の実態が乖離していることも珍しくはない」
「そうか?マッキンゼイはまさに444にぴったりの獄卒だが」
「ありゃバンドックありきだろ」
「あー」
「つまり神輿と実権を握る者の差ということだ。覚えといて損はないと思うよ」
「流石政治犯野郎だな」
「こんなのは大したことじゃないさ」
「ほう?じゃあ何を言って捕まったんだ」
「トリガーは知ってるぞ」
こいつらの仲はそこそこ良いとは思っていたが、罪状を語り合うほどだったとは少し驚きだ。
「あの話か?国があるから戦争がある、とかいう」
「まるっきり国境なき世界のヤツらじゃねーか!」
「心外だな。俺はテロなんか起こすつもりはないぜ?ただ、こういう仕事をしているとどうしても自分が人を殺す理由ってのを考えちまうタチでな」
相変わらずタブロイドの声音は穏やかで、口元はだらしなく笑っている。妙なやつだ。だがその眼差しと言葉には熱がこもっていた。
「最初は国を守るためだったさ。でもそれは決して、軍上層部や首都にいる連中が持ってる思想やイデオロギーのためじゃないし、相手が特別憎いわけでもない。では俺が自分の仕事はどういう意味があるのか―――なんてな」
「なるほど」
「そりゃ、誰彼構わずそんなことを言ってれば捕まるわな」
この男は人がいいぶん、誰かがその言葉を拾って自分を貶めるために使うなんてことは考えなさそうだ。きっと今と同じ純粋な眼差しのまま上官の前でも同じ話をしてしまったのだろう。その様が容易に想像できる。
整備もあらかた終わり――こいつらの分の機体だけだが――ちょっと座って休憩しようというところで今までの会話で殆ど表情を変えなかった、というかボケっとしていたヤツに話を振ることにした。
「トリガー、アンタはどう思う?タブロイドの話」
この話題を振ったのは流れだったが、考えてみればこの男が本気でタブロイドの話に過剰に反応して良からぬことを考えた場合、少なくともこの基地に止められる人間はいないだろうな思うと聞かないわけにはいかなくなった。
コーヒーの入ったマグカップを受け取るヤツの表情は相変わらず腑抜けてはいたが――
「俺が戦うのは金と感情だ」
「金か」
思ったよりはっきりとした返事が返ってきたことに、あたしは戸惑いと安堵が混ざってオウムのように言葉を返すようなマヌケを晒す。
「金ってのはまあ分かるが、感情とはね。こりゃますます気になるなあ」
「大した話じゃない。師匠も俺も最初から殺しで金を稼ぐ人種だったから今もやってる」
いきなりクズ野郎な発言が出たが、
「そりゃ金の方だろ?感情はなんだよ」
「空が好きなんだ。子供の頃からPC-7に乗ってたし」
「聞いたことない機種だな。セスナか?」
「いや練習機だな。あたしの知り合いにも乗ってるやつがいた」
ターボプロップのけっこういい軽飛行機だったはずだ。オーシアで正式に採用はされちゃいないが軍用の練習機として設計されていて翼にはそれなりの加重にも耐えるパイロンがついていた。
「俺が乗ってたのはCOIN機の方だが。無誘導爆弾とガンポット載せてた」
「少年兵だったのか?」
「アンタが話を聞いたとたんに顔を顰めた例の師匠はロケランで俺を墜とした本人だよ」
大馬鹿野郎はなんでもないように言ってのけると、安物のインスタントコーヒーを啜ってまた口を開く。
「そのあとはしばらく師匠と一緒にいたけど、結局空飛びたくなって軍に入った、と・・・何の話だっけコレ」
「あーいや、もういい」
大馬鹿野郎は意味もなく大馬鹿野郎になったわけじゃなかったということか。思わずとんだ話を聞かされてしまった。
「でも、そういう環境で育った割には、意外とお人好しだよなトリガー」
ほらこの間も無理してサンドストーム横切ってけっこうな数の敵を引きつけてたじゃないかと。そんな話は初耳だしいつぞやに何機もエンジンがぶっ壊れて帰ってきた理由がはっきりしたが何で確実に地雷な話を蒸し返すんだ、この政治犯野郎!
「多分師匠のおかげだ。肩を持つような言い方をするけど、俺を人間にしてくれたのも生かしてくれたのもあの人だ。彼女はフリーの傭兵だったが決して俺に仕事をさせようとはしなかったし」
「ほうほう」
「最初のうちはノースポイントでカメラマンやってる師匠の知り合いのところに預けようかとも思ってたらしいが、向こうの国が却下したらしい。まあ俺は師匠が好きだったからいいんだけど、過保護だし仕事は辞めかけるしで、あっちも子供との向き合い方がわからなかったんだろうけど最初は二人してよく泡食ってたなあ・・・なんで俺を拾ったんだあの人」
知らねーよ何の話してんだお前は。というか大丈夫かコイツ。
「どうしてもってんで仕事に出れば一発も撃ってねえのに報酬はトントンだとか空飛びたいって言ったらグライダー買おうとするわお人好しは俺じゃねえあの人だよ馬鹿じゃねえのどこにグライダー買う金があるんだよもー」
「いや、もーってお前・・・」
「いつの間にか勝手に仕事に行くから後追っかけるの大変なんだよ置いてかれるこっちの身にもなれよ拠点に帰ったら頭撫でられたけど同じタイミングでキレんだよなでも夕飯作るときには機嫌治ってるの可愛かったなあ言ったら殺されかけたけどそういやあの人がとなりのアパートのクソガキにプロポーズされてたとき意味わかってなかっただろ何歳だよってか見た目若すぎだわそんなだから毎月マリアさんから電話かかってくるんだよ心配すんなじゃねーよ心配するに決まってるだろーが空軍学校入る時だってもう身長俺のが越したってのに頭撫でやがって子供じゃねえよ泣いちゃうだろって俺そういや最近連絡とってねえな今どこにいるんだろ・・・思い出したらなんか頭痛くなってきた」
「今日はもう休んだほうがいいぜトリガー。ゆっくり寝たほうがいいと思うが」
「悪い、あとやっといてくれ・・・」
空になったマグカップを置いてトリガーはとぼとぼと格納庫を出ていく。それを見送ってタブロイドの方を見ると、いたずらが過ぎて焦る中学生のような顔をしていた。
「何か仕込んだだろ、お前」
「い、いやあ。あー、トリガーの言う師匠ってのは確かに過保護だったみたいだな。全然気が付いてないぞアイツ」
「酒か」
そういえば今日コーヒーを淹れたのはこの男だった。
「まあ、うん。ちょっとしたいたずらのつもりだったんだけどな。アイツも口下手だから少しでも回りが良くなるようにと思ってさ―――半分はやりすぎだったかな」
あのマグカップに半分も仕込めばそりゃ十分だろうさ。
「後が怖いな」
さて休憩はいいかげん終わりだ。せっかくだから今日はこのいたずらが下手な政治犯野郎をこき使ってやるとしよう。
ロングレンジでビストロに行ったときの会話
カ「そうやお前444にいたときはいつも眠そうだったな」
フ「そんなに任務がキツかったのか?」
ト「飯が足りなかったんだよ」
イ「なるほど、その食べっぷりなら納得だが。随分と器量の小さい指揮官だったようだな」
ワ「カウント、お前ももっと食え。遠慮はいらんぞ」
カ「やれやれ、俺まで子供扱いかよ」
ロ「面白い、誰が伝票を一番長くするか勝負しよう」
ラ「あんたにゃ誰も叶わねえよ」