いやほんと課題多すぎて…もう下手な事は言うまい…
「三沢塾」北棟の最上階——校長室への巨大な扉は、上条達を迎え入れるように開いていた。
部屋の中に入ってきた上条を見て、姫神はびっくりしたような顔をした。だが、アウレオルスは逆に何の感情も浮かんでいない。当然の事が当然起きた。そんな顔でしかない。
「ふむ。その目を見る限り、私の目的には気付いているようだが…ならば何故、私を止めようとする?貴様がルーンを刻む目的、それこそが禁書目録を守り助け救うためだけだろうに。」
アウレオルスはチラリと視線を落とした。
錬金術師の手前——立派な机の上に、銀髪の少女が静かに眠らされている。
思わず上条が走り出そうとしたが、横からステイルの長い手に阻まれた。
「簡単だよ。その方法であの子は救われない。失敗するとわかっている手術に身を預けられるほど、その子は安くないんだけどね?」
「否。貴様の
ステイルはほんのわずかに眉を引きつらせた。
アウレオルス=イザードが何の皮肉でもなく、自然に言っている事に対して。
「これまで禁書目録は膨大すぎる脳の情報量のため、一年ごとに全ての記憶を消さねばならなかった。これは必定であり、人の身に抗えん宿命だ。だが、逆に言えば人ならぬ身を使えば済むだけの話。結論が出た今となっては逆に不思議だ。何故、今の今まで吸血鬼を使おうと進言した者がいなかったのか、とな。」
「……、」
「吸血鬼とは無限の命を持つ者。無限の記憶を、人と同じ脳に蓄え続ける者。しかし、多すぎる情報量で頭が破裂した吸血鬼など聞いた事がない…あるのだよ、吸血鬼には。どれだけ多くの記憶を取り入れても、決して自我を見失わん『術』が。」
「ふん、吸血鬼となかよしこよしになって、その方法を教えてもらおうって腹かい。——念のために聞くけど。仮にその方法、同じく人の身には不可能と分かったら君はどうする?」
「当然。人の身に不可能ならば——禁書目録を人の身から外すまで。」
アウレオルスは一秒の間もなくそう答えた。
それは、つまり——
「
「……くだらん、それこそが偽善。あの子は最後に告げた、決して忘れたくないと。指先一本動かせぬ体で、溢れる涙にも気づかずに——笑いながら告げたのだ。」
アウレオルス=イザードはわずかに歯を食いしばった、ように見えた。
何を思い出し、何を振り返ったのか。上条には分かるはずもない。
「どうあっても、自分の考えは曲げない、か。それならちょっと残酷な切り札を使わせてもらおうか」
ステイルは、不意に上条の方を見た。
「ほら、言ってやれよ今代のパートナー。目の前の残骸が抱えている、致命的な欠陥ってヤツを。」
——ここだ。城島の予言はここから始まる…その引き金を引く時が、とうとうやってきた。
目の前の男を絶望の淵に叩き込む言葉を、やりきれない思いで上条は紡ぎ出す……
「お前、一体いつの話をしてんだよ?」
城島は上条達とは別行動でビルを登っていた。
「ハァ、ハァ………ふっ、コォォォ…」
正直言って、彼は大分疲弊している。アウレオルス=ダミー、ステイル、上条という強敵達と続けて戦ったのだから肉体的疲労は勿論、目まぐるしく移ろう状況も相まって精神的疲労もかなりのものだ。
少しでも回復するために波紋を練るが…自分がやろうとしている事への緊張が呼吸を乱す。
…それでも、譲れないモノが、あの日の「誓い」が。確かに息づいている事を心の底で感じ取れるからこそ、城島は止まることは無い。
「ふぅーーーッ……まさか人間を、それも
北棟の最上階、校長室と思しき地点まで漸くたどり着いた城島は取り敢えずマフラーで気配を探る。どうやら上条達は先に来ていたようだが…動きが見られないということは自分が動く時ではないだろう。暫く様子を見ていよう。
(『命』を『運』んで来ると書いて『運命』……こんな言葉を作ったヤツは、いっぺんブン殴ってやる…くそッ)
ここで城島は考える。果たして
しかしこうも思うのだ。これは何の根拠も無く「ただそう思っただけ」という話なのだが…この科学の街で上条と出会えたのは本当に
人と人との間には
(…………、)
これから運命を打ち砕こうというのにそんな考えを持つなど、全く馬鹿げている。馬鹿げているが…どうしてもその導かれるような感覚を、矛盾した希望を払えずにいるのだ。
(ま、どう考えようが今更何も変わんねぇか。——
二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。
一人は泥を見た。一人は星を見た。
…オレはどっちだ?
「もちろんオレは星を見るぜ…姫神を助けるまで…星の光を見ていたい!」
アウレオルスに全てを語った上条は、残酷にして鋭利な「現実」という名の刃に心を裂かれた目の前の錬金術師の
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
狂笑が響き——
「……、
「—————あ、」
「う、ぅぅうううううううううううう!!」
それでも、彼女に向けることだけはできなかった殺意が——
「……倒れ伏せ、侵入者供!」
——上条達に向かうのは、ある種当然と言えた。
上条とステイルは、何十本もの見えない重力の手に全身を押さえつけられ、銃を奪われた銀行強盗みたいに床に組み伏せられた。
「ご…ッ、が……!」
「は、はは、あはははは!
錬金術師は懐から髪の毛のように細い
アウレオルスは皮膚に食いつく害虫を払うように、
まるでそれが攻撃開始の引き金の如く、アウレオルスは上条を睨み、
「待って」
そこへ、姫神秋沙が立ち塞った。
彼女の背中は、本気で心配してした。上条の事はもちろん、崩れつつあるアウレオルスの事も。決定的に終わってしまう前に、どうにか立て直さなければならないと無言で語っていた。
(——来たッッ!!)
しかし、こうなる事を完全に予想できていた上条はいつでも右手を使えるように準備していたし、実際既に体の自由を取り戻していた。
「邪魔だ、女———-」
音も無く立ち上がった上条は、全速力で姫神の背中に飛びかかる。頭に血が上ったアウレオルスはこの異常事態に気づいてもいないようだが、こちらも錬金術師の事など視界にも入れずにただ手を伸ばす——
「
——何も、起きなかった。
精々が、少しだけ術の効果が及んだのか、ぶるりと震えた姫神の体から力が抜けてしまったくらいだが…気絶しているだけ。誰が見ても生きていた。
「な……我が金色の錬成を、右手で打ち消しただと?」
ようやくただならぬことが起こっていることを理解したのか、アウレオルスの目が凍る。
「ありえん、確かに姫神秋沙の死は確定した。その右手、聖域の秘術でも内包するか!」
「やった、間に合った!…『運命』に勝ったッ!」
かくして運命の奴隷は解き放たれた。
さあ戦え。
たった一人の少女の命と笑顔を守るために、右の拳を握り締めて。
次回、章のラスボス戦。