闇を照らす闇   作:点=嘘

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おれはエタらん……期末テストを意に介しているヒマもない………(亜空の瘴気)


ココロのスキマ

——時は五年前まで遡る。

 

ルビアことコンヴォルヴ•ツェペリがまだ十歳かそこらだった頃。「組織」が領有する訓練場にて、二つの影が交錯を繰り返していた。一方は大の大人だが、しかしもう一方は未だ幼さの残る少年であった。

 

「ちくしょー、ちょっとは手加減しろよバカ親父!」

「ははは!まだまだ詰めが甘ぇ、なッ!」

 

辺りに「バシン!」という音が響く。会話に気を取られる一瞬の隙を突いた足払いが、目にも留まらぬスピードで少年の足元を強かに打ち付ける音だった。

人間の限界を超えるまで鍛え上げられた一撃は少年の下半身を真横に吹っ飛ばし、必然的に上半身は下へ下がっていく。あまりの威力からその運動エネルギーは止まる所を知らず、宙を舞った身体が二周半ほどしたところで、頭から地面に激突しようとしていた。

 

それでも少年はまったく落ち着いた様子で…あろうことか、両手を地面につけただけで落下の衝撃を音も無く受け流してしまった。その上、ついた手を地面から離さずに——そのまま逆立ちを維持している。

 

「め、めちゃくちゃだ…」

「…いや驚いた。いまので…うーん…そいつを『受け身』と呼んでいいのかはわかんねーけど、まぁ受け身を取れるとは正直思わなかったぜ。少なくともおれが十の頃は絶対無理だった。やっぱ皆の言う通り、おまえは天才ってやつなんだろーな!」

「俺に言わせりゃ、親父が『天才』って言葉を使うと嫌味にしか聞こえないけどね…」

 

機嫌良さそうにひと笑いした——ルビアの父は、懐からおもむろにタバコを一本取り出し、特に気負った様子もなく咥えて火をつけた。

その光景に思うところがあったのか、ルビアはひょいと体を起こしつつ父に苦言を呈し始める。

 

「また吸ってるし。母さんが散々やめろって言ってただろ?」

「やかましいやぃ、あの女の方がずっと『病的』だっての!…それよりよぉ、おまえも一本吸ってみっか?スカッとするぜぇ。」

 

ルビアは呆れた。年端も行かない自分の息子に堂々と喫煙を勧めてくる親父が一体どこにいるというのだろうか。

 

「何度も言ってるけど、俺は酒も煙草もやるつもりは無いよ。大体、親父や母さんは医術を扱うツェペリ家の人間としての意識が——」

「あーわかったわかった、いつもの説教は勘弁してくれって!…まったく、おれは一体どこで『教育』をしくじったんだ?」

「反面教師、って意味でならこの上なく適切な『教育』だけどね。もちろん、良い意味での。」

 

取りつく島もないとでも言うようにやれやれと首を振ったルビアの父は、鍛錬を始める前から気になっていたことを口にしはじめた。若干話を逸らすような口調がルビアの眉を潜めたものの、それ以上言及するつもりもなさそうだ。

 

「にしてもよ、いきなり『組み手をしよう』とか言い出してきた時はおったまげたぜ。おまえ、修行に対しては消極的だからなぁ。普段は生真面目なところは母親に似たとしても、妙なところで怠け者なところは一体誰に似たのやら。」

「…別に、体を動かすのは嫌いじゃないから。たまにはこういうのも良いだろ。」

「うーむ、そういうもんか。…で、なんでおれを相手にしよーと思ったんだ?それこそ、いつも一緒にいる城島クンにでも頼めばいいじゃあねーか。」

 

至極当然なその問いに対し、ルビアは難しそうな顔をして答えた。

 

「あの修行バカは…強すぎるんだよ。普通の組み手だと相手にもならないんだ。多分親父より強いぜ、あいつ。」

 

息子と同い年、十歳かそこらの少年の方が強いと言われた父親は、怒るでもなく豪快に笑い飛ばすのみだった。

 

「ぷっ、ハハ!そりゃー確かに、()()()()()だ!おまえと違って、あの子はほんと頑張ってるからなァ。おれもあれにゃ敵わねーよ。ま…流石に鉄球を使わせてもらえるんなら、お得意の波紋を使ってきたって負けやしないがな!」

「それは相性の問題じゃん…まったく、なんだってあんなに努力家なんだろ。『鬼気迫る』っつーか、何つーか…」

 

とても真似できそうもない、そう思ったルビアは少しだけ思い悩んでいた。実は、城島が強すぎて相手にならないから云々というのは建前である。何というか、こんな悩みを持っているという事が気まずいというか。

というのも、彼は自分が城島の一番の親友だと思っていたのだが、時々相棒が何を考えているのかわからないのだ。このままではどこか()()()()()()()()()()()()()()()のではないか?その時に自分はついていけるのか?…そんな予感がして、とにかく彼のことを知りたかった。そうすれば、もっとあいつの側にいれる気がして…。自分からは滅多にやりたがらない修行をする気になったのも、あの修行バカと同じことをすれば城島の「何か」を理解できるかもしれないと思ったからだ。

 

そしてそんな息子の悩みを知ってか知らずか、父親は事も無げに呟いた。

 

「んー。『努力』ってのは目標があるから『する』もんだろ?もしかしたら、あの子はでっかいゴールを見据えてて、そいつに向かって走ってんのかもな。」

「目標…」

 

目標。その言葉には何か引っかかるものを感じた。いつも、誰よりも城島の近くにいるルビアだからこそ、城島が「何かの大きな目標を持って努力している」というのが何というか…()()()()()()

 

「人間ってのは『成長』してこそ生きる価値あり、だ。おまえもいつかはそうなるよな…。——()()()()()()。その重さは、かならず人を強くするんだ。わかったか?」

「…ああ!」

 

ルビアは父と言葉を交わすのが好きだった。この人はいつだって自分に必要な助言をくれる。——適当なようでいて、正鵠を射ている。そんな父との会話は、いまだ未熟だったルビアを強く勇気づけるものだった。

 

「ん〜〜っ!はぁ、久々に組み手なんてやったから疲れちまったぜ。そろそろ帰るか。あんまり遅れて帰るとウルセーからな、あの女は。」

「それに関しちゃ同意するよ…じゃ、お先に!」

 

こうしちゃいられないと、ルビアは自宅へ向かって走り出す。母は聡明な人間だが、だからといってサッパリした性格というわけではない。まあとりあえず、無駄に機嫌を損ねたとしても良いことは一つもないだろう。

 

それにしても、今日は思ったより収穫があった。我らが相棒のことを理解するための試みとして、修行そのものは大して役に立たなかったが、父との会話で見えてくるものは多そうだ。これからは組み手を名目として、もっと何かを教えてもらったりするのも良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「おれには…」

 

目の前を走る我が子の背中を見ながら、ルビアの父は目を細めていた。

 

「おれには、『背負うもの』なんて無かった。」

 

まるで、先の発言に悔恨するように、言う。

 

「生まれた時から『組織』で働く事は決まっていて、それからの人生は全部周りに流されて生きてきた。そんな状況に嫌気が差したから修行も怠けたし、悪ぶって煙草なんか始めちまって。それでも、実力だけはあったもんで、仕事は舞い込んできたがよ…」

 

天を仰ぐ彼の瞳は、何物をも映しておらず——

 

「やっぱ、()()()()、ってのは大事だよなぁ。生きてく上で、こんな大事なこたぁ無えよ。クソ面白くもねぇ、こんな生き方には…」

 

 

「もう、疲れちまった。」

 

 

「おーいバカ親父!なにボケっとしてんだよ!母さんにどやされるぞー!」

 

はっ、とする。いま、何を考えてた?

首を振って、嫌な思考を拭い取る。そうだ、自分は仮にもツェペリ家の当主じゃないか。家族がいる。背負うものなら、ある。

 

「わりーわりー、なんでもねーよ!…あーあ、何かオモシレー事は無いかなァ。何かスカッとするよーな事は…」

「…? 親父ほどスカッとした人は中々いないと思うけど?」

「うっせ!そりゃどーゆー意味だコラ!」

 

 

 

 

 

 

 

そして半年後。

 

とある一人の父親が、戦死した。

 

 

 

 

 

 

 

「アレぇ?海原くんじゃ〜ん、どーしたんだぃ、こんなトコロで。」

 

所変わって学園都市。第七学区、その裏路地にて、ルビアは期せずして海原光貴との合流を果たしていた。

ちなみに、海原がアステカ系の魔術師だということを知っているルビアはこの日本の人名が偽名だろうということは分かっていたが、呼び名が無いのが煩わしかったから名前を聞いただけなので、特に気にしていなかった。一方の海原も、最初はこの期に及んで偽名を名乗る勇気が出ずにうっかり本名を零してしまいそうになったが、そこは何とか堪えたという次第である。

 

「……またあなたですか、コンヴォルヴ•ツェペリ。約束通り『波紋疾走(オーバードライブ)』は標的から外しました。これ以上こちらには関わらないで下さい。」

「あらら、嫌われちゃったねぇ。…それがよー、惜しいとこまでいったんだが逃しちまって。確かこの辺りに逃げ込んだと思うんだけどさ。」

「……………。」

 

何で!どいつもこいつも!同じ方向に逃げるんですか!!…と、海原は心の中で幻想殺し(イマジンブレイカー)波紋疾走(オーバードライブ)の両名を激しく罵倒せずにはいられなかった。この男——コンヴォルヴとは一秒だって同じところになんかいたくないというのに。

 

「はぁ…それなら、波紋疾走(オーバードライブ)は自分が今追っている幻想殺し(イマジンブレイカー)と合流してしまいましたよ。先程行き止まりまで追い詰めたのですが、誰かさんが仕留め損ねた彼の手引きで逃げられました。」

「マジぃ?そりゃ悪いことしたなぁ。」

 

そう言いつつ全く悪いとは思っていない様子のルビアの言葉は無視した海原だが、一方で焦ってもいた。二人の標的が共に動いているとすれば、行き着く結論は——

 

「しかしまぁ、せっかく獲物を分けたってのに、合流しちまったら意味ねーな。…しゃーねぇ、奴らを見つけるまでは一緒に行動するしかねーか。」

 

こういう事になるわけだ。思わず頭を抱えてしまった海原の姿は悲哀に満ちていたが、そんなことを一々気にするルビアではない。

先行ってるぞ、と言ってさっさと前を歩く鉄球野郎を睨みつけた海原は、未練がましく元いた場所を振り向いて——

 

「あ」

 

そこにいたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ツンツン頭の少年、上条当麻その人だった。

 

海原は咄嗟に物陰に身を隠す。どうやら上条はこちらに気がついておらず、城島も近くにはいないようだ。その上、ルビアの方を見やると——彼もまたこちらの様子に気がついていない…というより、こちらを気にしてさえいない。見るからに協調性の無さそうなルビアの破綻した性格を、この時ばかりは感謝した。

そうと決まれば話は早い。海原は前門の上条、後門のルビアに悟られないようにコッソリと上条に向かって歩き始めた。城島がいないのであれば、こんなやつ(コンヴォルヴ)と同じ空間にいるなど願い下げだ。

 

思えばこの任務、あのコンヴォルヴと遭遇してからは良い事なしだった。体を滅茶苦茶にされるわ、皆殺しにしなければならない上条勢力の女の子に恋をしてしまうわ、またまたコンヴォルヴと合流してしまうわ…こんな調子だから、海原は何もかも嫌になりかけていた。

だが、ここに来てこの幸運(チャンス)だ!もはや任務の終わりも近い。一刻も早く上条当麻を始末し、初恋のことも、鉄球野郎のことも何もかも忘れよう。故郷に帰って、早くかわいい妹分や戦友に会いたい…

 

 

 

 

 

 

 

つまり、今の海原は冷静ではなかった。

普段ならこんなうまい状況に違和感を覚え、もっと慎重に動ける筈だった。…彼の境遇を思えば、もう仕方ないと言えるのかもしれないが。

 

ともかく、これが()だと気付いた時にはもう遅い。

狩人と獲物の立場が、逆転しようとしていた。




一ヵ月空けずに済んだ!いやーよかったよかった!!


………いや、その、ハイ。

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