それでは気を取り直して――
戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事
1つ!立花響は自分の無力さを知り、同時に風鳴翼の抱える覚悟と悲しみの深さを知り、自身の言葉を無責任だったと痛感、思い悩むのだった。
2つ!思い悩む響に火野映治は深く聞かず、しかし、アドバイスをする。そんな映治の言葉に響は推し量れない映治の心のうちの悲しみと後悔の一端を見るのだった。
そして3つ!鴻上ファウンデーションへとなされていた申し出に答え、鴻上は5000枚のセルメダルと、一枚の紅いコアメダルを用意するのだった。
Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――
「ただいま~」
某所に立つ高級なマンションの一室、そこの玄関を開けて映治は奥へと呼びかける。
と、玄関から伸びる廊下の奥の扉が開き、金髪の少女――アンクが現れる。
「おぉ~アンク、ただいま」
現れたアンクに笑顔を向けながら靴を脱ごうと下に視線を向ける。
そんな映治に答えないままズンズン進んでいき、玄関に置いていた自身の靴に足を入れながら映治の腕を掴む。
「え?ちょ、ちょっと?アンク?何?」
「いいから来い」
首を傾げる映治に言いながらアンクはたった今映治の通った玄関を通り、マンションを後にした。
「――え?お前のコアメダルを鴻上さんが?」
「ああ」
マンションのすぐ近くにある公園にまでやって来た二人。
映治はアンクの言った言葉に少し驚いた様子で訊き返す。
アンクは神妙に頷きながら持っていたタブレットを映治に渡す。そこにはつい先ほど鴻上ファウンデーションの会長室でなされた会話を外からカンドロイドを駆使して撮影した映像が映されていた。
「あいつがメダルをよこして来た時から探り入れてたが……まさかまた俺のが出てくるとはなぁ……」
苦々しく言ったアンクは映治に視線を向ける。
「まだ持ってる可能性はあるが、まずはあの一枚だ。数日後に奴らがメダルの輸送を行う。そいつを狙う」
「狙うって……」
「今まで隠してたやつが、素直に渡すわけないからなぁ。お前も準備しとけ」
「はぁ?なんで俺が?」
「輸送相手はあの『特機部二』だ。つまりシンフォギアが出張ってくる可能性がある。オーズの力がいるんだよ」
「やらないよ、そんな強盗みたいなこと」
アンクの言葉にそっぽを向きながら近くにあったベンチにタブレットを置く映治。そんな映治に舌打ちしながらアンクは詰め寄り無理矢理自身の方に向かせる。
「やれ!やっと見つけたコアだぞ!」
「やらない。てかやらせないし」
「やるんだよ!!」
冷静に返す映治に対し、アンクは強い語調で映治の胸ぐらを掴む。
「集まるのは他のやつらのコアばかり!この二年で見つかった俺のコアは一枚だけ!!それもあの鴻上の野郎が誕生日プレゼントとか抜かして一年前に寄越したなぁ!!」
「アンク……」
苛立たし気に髪を掻き毟り近くにあったゴミ箱をけ飛ばす。ゴミ箱の中にあった空き缶が辺りにぶちまけられる。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
散らばった空き缶を忌々しそうに、まるで別の何かに見立てているように踏み付け潰しながらアンクは叫ぶ。
「あれは俺のメダルだ!!俺自身の持ち物を欲して何が悪い!!?そもそも俺のモノを勝手に取引してんだ!!奴らの方が盗人みてぇなもんじゃねぇか!!違うかっ!!?」
「それは……」
アンクの言葉に映治はうまく返すことができなかった。アンクの言葉が一理あると思ってしまったからだ。
「言っとくが、てめぇがやらなくてもやめるつもりはねぇ。俺一人でもやるからな?」
「っ!?そんなことしてもしその体になんかあったらどうすんだよ!?」
「はぁ?知るか。そもそもこの体は二年前のあの日死ぬはずだった半分死体だったのを俺が使ってやることで生きながらえてんだ。つまり俺は〝コイツ〟にとって恩人だ。多少雑に扱おうが文句は言わせねぇ」
「そんな無茶苦茶な……」
「で?どうすんだ?」
呆れたように言う映治にアンクは睨むように視線を向ける。
「言っとくがこの輸送で障害になるのがシンフォギアどもだけだと思うなよ?」
「は?どういうことだよ?」
「今回の輸送には俺のコアメダルの他に5000枚のセルメダルも動く。どっからか情報を聞きつけた他のグリードたちが襲わないとも限らない。例えば、カザリとかな」
「っ!」
「カザリはどういう訳か人間と協力してやがる。あの『ネフシュタンの鎧』のガキの後ろにいるやつはどうやら『特機部二』の情報に精通してるみたいだからなぁ。十中八九今回のメダル輸送の情報も掴んでる」
「そんな!?もしカザリが襲撃したら、現状の二課の戦力じゃ対抗できない!」
「だろうなぁ。ま、俺には関係ない。もしそうなったらそのどさくさでコアメダルも、ついでに5000枚のセルメダルも掻っ攫うだけだ」
アンクはニヤリと笑いながら言う。
「で?やるのか?やらねぇのか?」
「……わかった。一緒に行く。その代わり!」
アンクの問いに少し考えた映治は頷きながら、強い覚悟の籠った視線でアンクを見る。
「強盗みたいな真似は無しだ。どうにか平和的に手に入れよう。例えば交換してもらうとか」
「はぁ?テメェ何言ってんだ!?何と交換しよってんだ!?」
「そりゃ俺たちの持ってる他のグリードのメダルとだよ。被ってるのがあったろ?」
「ふざけんな!あれは全部俺んだ!!」
「でなきゃ俺は協力しない。当日も絶対にお前だけでも行かせない」
「っ!……チッ、まあいい。やつらがそんな交渉に応じるとは限らねぇしな。せいぜいその足りない頭で上手くいくよう考えてろ」
「ああ」
舌打ちするアンクに力強く頷く映治。
アンクはため息をつきながら踵を返し、映治もその後に続く。
「そう言えば、なんでわざわざ外に出て来たんだ?」
「はぁ?お前バカか?あの家は鴻上の野郎が準備したんだから俺たちを監視するためにいろいろ仕込んでるに決まってんだろ」
「え!?そうなの!?」
「たく……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だったとはなぁ」
ため息をつきながら自身の頭を右手で指し示しながら言うアンクの言葉に一瞬ムッとした映治はハッと気付く。
「でもそう言うお前だってさっきの映像見てるとこバレてんじゃないのか?」
「ハンッ!監視されてようが奴らも人間だ、最低限の倫理観持ってるならおのずと抜け道もあるってもんだろうが」
「抜け道?」
「監視すると言っても、まさかトイレや風呂場にまであれやこれやを仕掛けてると思うか?曲がりなりにもこの〝身体〟は年頃の女だぞ?」
「あぁ~……なるほどね……」
ニヤリと笑みを浮かべながら自分の身体を見せびらかすように両手を広げるアンクに映治は納得したように頷く。
「え?というか待って。あの部屋貸してくれた最初から監視されてたんだよね?俺変なこととかしてなかった?」
「知るか。どうでもいい」
焦ったように言う映治に心底どうでもよさそうに返したアンクはそのまま歩いて行く。
「あ、待てよアンク!そんな話聞いたら俺これからどうすりゃいいんだよ!?」
「知るか。言っとくが意識しすぎて変な態度取るんじゃねぇぞ?やつらに監視に気付いてるのを気取られると余計監視がきつくなると面倒だ。ま、やつらも俺たちが監視に気付くことは織り込み済みだろうがな」
「へ、変な態度って言ったって……」
「いつも通りにしてりゃいいんだよ」
「いつも通り……いつも通りね。よし!いつも通り!」
アンクの言葉に頷いた映治だったが
「………あれ?いつも通りって…俺普段どんなだ?なあアンク、普段の俺ってどんな感じ――っていないし!」
一人頭を抱える映治を放っておいてズンズン歩いて行くアンクに映治は慌てて追いかけたのだった。
○
山奥のとある場所、人知れずそびえ立つ巨大な屋敷がある。
『〈ソロモンの杖……我々が譲渡した聖遺物の起動実験はどうなっている?〉』
「〈報告の通り、完全聖遺物の起動には相応のレベルのフォニックゲインが必要になってくるの〉」
屋敷の中の一室、広い広いその部屋で真ん中に置かれた大きな楕円のテーブルの脇に立った金髪の女性が電話口の男へと答える。
その女性はその身に二の腕までの黒い手袋と太腿までの黒のタイツに黒のハイヒールに首元には黒い蝶の飾りのついたチョーカーのみで、それ以外は何も身に着けない姿だった。
女性は右手に電話の受話器を持ち、左手に持った杖を構える。それはあの『ネフシュタンの鎧』を身に着けた少女が持っていたものだった。
女性はその杖から光弾を打ち出し目の前の壁際に三体のノイズを出し、今度は杖を振るってそのノイズを消す。
「〈簡単には行かないわ〉」
部屋の奥には大きなモニターがいくつかとデバイスが並ぶ。
『〈ブラックアート……、失われた先史文明の技術を解明し、ぜひとも我々の占有物としたい〉』
女性の使う電話機はこの時代にそぐわないアンティークな作りの、しかし、細部に金の細工の施された豪華な電話だった。
男と話をつづけながら女性は電話機の本体を持って歩き、テーブルに唯一置かれた豪華な作りの椅子に腰かけ机に脚を乗せて組む。
「〈ギブ&テイクね。あなたの祖国からの支援には感謝しているわ。今日の鴨撃ちも首尾よく頼むわね〉」
『〈あくまで便利に使うハラか。ならば、見合った働きを見せてもらいたいものだ〉』
「〈もちろん理解しているつもりよ。従順な犬ほど長生きするというしね〉」
そう言って金髪の女性は通話を切る。そのまま席を立った女性はため息をつく。
「野卑で下劣。生まれた国の品格そのままで辟易する」
言いながら女性は部屋の脇歩いて行く。そこには禍々しいまでの、豪奢な部屋に似合わない拷問器具が並んでいた。
「そんな男に、『ソロモンの杖』がすでに起動していることを教える道理はないわよね?」
その中の一つ、大きな機械の数段の階段をのぼり、そこに縛り付けられた白髪の少女がいた。少女は両手を広げる様に張り付けのように両手両足を機械へ縛り付けられ、身に纏っているのは胸元など最低限の部分を隠すだけの黒いレザーのボンデージのような服。
「ねぇ?クリス?」
女性は問いかけながら愛おしそうにその頬に手を這わせる。
苦し気に俯き目を閉じていたクリスと呼ばれた少女はゆっくりと目を開ける。
「苦しい?可哀そうなクリス。あなたがグズグズ戸惑うからよ」
言いながら少女のあごに手を当て、無理矢理顔を上げさせる。
「誘い出されたあの子をここまで連れて来ればいいだけだったのに、手間取ったどころか空手で戻って来るなんて……」
少女へ叱責しながら女性は顔をゆがませ笑みを浮かべる。そんな女性に視線を向け、疲弊した様子で少女は口を開く。
「……これで、いいんだよな?」
「何?」
「あたしの望みを叶えるには、お前に従っていればいいんだよな?」
「そうよ。だからあなたは私の全てを受け入れなさい」
少女の問いに返した女性は身を翻し、機械に繋がるレバーへと手を伸ばし
「でないと、嫌いになっちゃうわよ?」
そう言ってレバーを引く。と――
「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
途端に機械が発光し少女が絶叫し痛みに藻掻き苦しむ。
少女は今、機械に固定された両手両足から高出量の電流が襲っている。
それを見ながら女性は妖艶に、楽し気に笑みを浮かべて見ている。
「可愛いわよ、クリス。私だけがあなたを愛してあげられる」
なおも絶叫を続ける少女へ恍惚とした表情で言った女性はレバーを戻し、電流を止める。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
電流による痛みの余韻に目を見開き荒い息を吐く少女の頬に再び女性が愛おし気に手を這わせる。その手に少女は女性へと顔を向ける。女性はそのまま少女へぴったりと身体を這わせ、愛おしそうに少女の顔を撫でる。
「覚えておいてね、クリス。痛みだけが人の心を繋いで絆と結ぶ世界の真実ということを……」
そう言って優しく微笑む女性。そんな女性に――
「ハハ、人間って言うのはつくづく面白いね」
いつの間にか、先ほどまで女性が座っていた椅子に腰掛け机に脚を投げ出すアッシュブロンドの男がいた。
「不躾ね、カザリ。女性の家に勝手に上がり込むなんて」
「堅いこと言わないでよ。仮にも協力関係なんだからさ」
女性の言葉に肩を竦めたカザリは体を起こし、机にアタッシュケースを置く。
「ほら、約束していた分のセルメダル」
「ずいぶんと少ないようね?」
「仕方が無いだろう?すべて回収する前にこの間のヤミーはオーズに倒されちゃったからね」
「そう」
カザリの言葉にしかし女性は特に感謝もない様子で頷く。
「それで?用事は済んだのかしら?私たちはこれから食事にするのだけれど、なんならあなたも同席するかしら?」
「その申し出は辞退させてもらうよ。僕らグリードには食事をする必要性も楽しみもないからね」
立ち上がったカザリに女性はでしょうね、と笑みを浮かべる。
「それじゃ、例の輸送については詳しい情報が入ったら教えてよ」
「ええ。渡したデバイスは持ってるわね?」
「もちろん。それじゃ」
そう言ってカザリはドアへと歩いて行き、部屋を後にした。それを見届けた女性は少女へと視線を向け、微笑む。
「さて、余計なチャチャが入ったわね。一緒に食事にしましょうか」
そう言った女性に少女は嬉しそうに微笑む。
女性はそんな少女の笑みを見て、邪悪な笑みを浮かべ――
「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
屋敷の外に場で響き渡る少女の悲痛な叫びを聞きながらカザリはニヤリと笑みを浮かべる。
「フッ、ホントに人間って言う生き物は800年経った今も相変わらず面白い。面白いほどに身勝手で、歪んでて、醜いよね」
人知れず呟いたカザリは軽い足取りで森の中へと消えていった。