「――自衛隊、特異災害対策機動部による避難誘導は完了しており、被害は最小限に抑えられた……だって」
入学式の翌日、学園の食堂で昼食を取っていた響は幼馴染の未来が携帯端末を見ながら言う昨夜起こったニュースを聞いていた。話を聞く最中も箸は一切止めずに。
「ここからそう離れていないね」
「うん……」
口に含んだご飯を咀嚼しながら未来の言葉に頷く。
事件の時間帯、彼女たちはベッドの中だった。自分たちが何の変哲もない日常を過ごすその裏側ではどうしようもない惨状が広がっている。そして、二年前のあの時、自分は確かにそこにいた。
そのことを考え、同時に自分を救ってくれた人たちのことが頭によぎった響。そんな彼女の耳に
「ねぇ、『風鳴翼』よ!」
「芸能人オーラ出まくりで近寄りがたくない?」
「孤高の歌姫と言ったところね!」
ヒソヒソとした声が届く。
「っ!」
その会話の中に出た名前に咄嗟にその人物を探そうと立ち上がった響は
「っ!?」
自身の隣を歩く人物にぶつかりそうになる。
その人物は今まさに噂されていた『風鳴翼』だった。
風鳴翼、日本を代表するアーティストであり、ツインボーカルユニット「ツヴァイウィング」の一人でもあった人物。二年前の事件以降はソロでの活動を行い、絶大な人気を誇っている。
超有名トップアーティストその人であり、あの日自分を助けてくれたかもしれない人物の一人が突如目の前に現れたことで響の思考は真っ白になる。
「あ、あぁ…あの……」
アワアワとずっと出会ったときに言おうとしていた言葉が緊張で出てこない。
持ったまま立ち上がったお茶碗と箸がカチャカチャと音を立てている。
「っ!」
そんな響の顔を見て無表情だった翼の顔が驚愕に染まる。
「君は……あの時の……」
「え……?」
驚きに顔を強張らせる翼が何かをつぶやくが響にはうまく聞き取れなかった。
「………いや、なんでもない。気にしないでほしい」
「は、はぁ……?」
「それよりも……」
首を傾げる響に対して元の無表情に戻った翼は自身の口元を指さす。
「へ?」
その動作に響はつられて自分の口元に手を当てる。すると、その指先に何かの感触を感じる。
見るとそれは、先ほど自分がかき込んでいたご飯粒だった。
○
「はぁ……翼さんに完璧変な子だって思われた……」
「間違ってないからいいんじゃない?」
「そんなぁ~……」
放課後の教室で課題に取り組む未来の隣で机に突っ伏す響。
「ねぇ、あの時翼さん、響のこと見て何か言ってなかった?」
「そうなんだけど、私にもなんて言ってたか聞こえなかったんだよね……」
机に突っ伏したまま顔を上げた響は
「でも、なんか…あの時の翼さんの顔……不思議な顔してた」
「不思議な顔?」
「う~ん……うまく言えないけど、悲しそうと言うか、ホッとしてるって言うか……」
「なにそれ?」
「ん~……私もよくわかんない」
響はハハハ~と苦笑いを浮かべながら隣の未来へ視線を向ける。
「それ、まだかかりそう?」
「うん」
響の問いに未来は作業をしながら応える。
「そっか、今日は翼さんのCD発売だったね。でも、いまどきCD?」
「ふふぅん…初回特典の充実度が違うんだよ~CDは~♪」
「だとしたら売り切れちゃうんじゃない?」
「ハッ!!?」
未来の指摘にガバッと顔を上げた響は大慌てで立ち上がり未来へ断りを入れながら全力で走り最寄りのモノレールへ飛び乗り、CD店へと走る。
「フッ!フッ!CD!!フッ!フッ!特典!!フッ!フッ!CD!!フッ!フッ!特典!!」
期待に胸を膨らませひた走る響。その顔には先ほどまで憧れの人物に変人認定されたと落ち込んでいた人物とは思えない幸福感に満ちた顔で――
「フッ!フッ!CD!!フッ!フッ!特て――っ!」
「おっと!」
横の道から出て来た人物にぶつかりそうになった響はとっさに身を翻す。と、ぶつかりそうになった人物はよけることに成功したが、そのまま尻餅をついてしまう。
「いてて……」
「ごめんね!大丈夫だった!?」
お尻を擦る響にぶつかりそうになった人物が心配そうに響の顔を覗き込む。
その人物はエスニック風の服装の黒髪の整った精悍な顔つきの青年で――
「あ、はい!こっちも前を見て無くて……って、火野さん!」
「やあ」
驚く響に映治が手を差し伸べる。
「大丈夫?ケガは?」
「あ、はい!大丈夫です!」
映治の手を取りながら立ち上がった響の言葉に映治がにっこりと微笑む。
「そっか、よかった。本当にごめんね、ちょっと急いでたもんだから」
「い、いえ!私も前をよく見ていなかったので!ついほしいCDのこと考えてたら……」
「CDって、もしかして今日発売の風鳴翼の?」
「っ!もしかして映治さんも翼さんのファンなんですか!?」
「あぁ~、いや、俺も好きは好きだけど今日のは知り合いのパシリだから……」
興奮して訊く響に映治は苦笑いを浮かべながら言う。
「そうですか……あ、じゃあどうせなら一緒に行きましょ!」
「うん、構わないよ」
一瞬ちょっと残念に思いつつも気を取り直して響は映治を誘って歩き出す。
「火野さんはリディアンで用務員として働いてますけど、長いんですか?」
「そうでもないよ」
道すがら響は訊く。
「働き始めたのは二年くらい前だけど、知り合いに紹介してもらった仕事でね。俺今別で優先しなきゃいけないことがあるから、その合間で働くのにちょうどよかったんだ」
「そうなんですか」
「あと、ちょくちょく長期間休んでるから、丸々二年ちゃんと働いてるわけじゃないしね」
苦笑いしながら映治は答える。
「火野さんは学校の中で翼さんと会ったことあります?」
「ん~…見かけたことは何度かあるけど、話したことはないね。まあそれは俺が用務員だし学生と関わる機会はほとんど無いってのもあるかな」
「なるほど」
「あとはさっきも言った通り他にやらなきゃいけないことがあってたまに休むからそんなにリディアンにいなかったからかもね」
「はぁ、なるほど」
映治の言葉に頷きながら
「でも、そんなお仕事休んで生活とか大丈夫なんですか?」
ふと気になった響が訊く。
「大丈夫大丈夫。お金はなくっても生活はできるさ」
「そんなものですか?」
「そんなものだよ。ちょっとのお金と明日のパンツさえあれば、人間生活できるもんだよ」
「なんですか、明日のパンツって?」
「うん、俺のおじいちゃんの口癖でね、『男はいつ死んでもいいようにパンツだけは一張羅を履いておけ』って」
「へぇ~……そう言えば火野さんっていくつなんですか?」
「23歳だよ」
「ってことは……21歳の時にはリディアンの用務員に?」
「そうだよ」
「じゃあその前は?」
「ん~いろいろかな。日本と海外を行ったり来たり」
「海外にいたんですか!?」
映治の言葉に響が驚きの声を上げる。
「まあね。結構いろんな国を回ったよ」
「じゃあ今優先してやってることって言うのも……」
「いや、それはまた別だけど……まあでもそのことで海外にも何度か……」
響の問いに映治は歯切れ悪く答える。
「っと、その角曲がってすぐだね」
と、進行方向を見た映治は言う。
「新作CD~♪」
上機嫌で歩調を早めた響の様子に笑いながら、ふと映治は何か違和感を感じ
「っ!」
その違和感の正体に気付いた映治は
「待って!」
角を曲がったばかりの響の腕を掴む。
「っ!」
掴まれた響も〝それ〟に気付く。
すぐ隣のコンビニに目を向ければ、そこには人の姿はおらず、ひしゃげた商品棚や潰れた商品とともに真っ黒な炭素の山ができている。
コンビニの他にも周辺には人の気配はなく、目の前には人の形を作る炭素の山たち。風に乗って炭素が目の前を舞う。
さっきまで命だったものが辺り一面に転がる惨状に絶句した響はぽつりとつぶやく様に
「ノイズ……!」
その惨状の原因となった存在の名前を口にする。
「とにかくまだ近くにいるかもしれない、まずはここから――」
言いかけた映治の言葉は
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
どこからか聞こえた叫び声に遮られる。
その声はまだ幼さのある声で――
「っ!」
「あ! ちょっと! 立花さん!?」
走り出した響を慌てて追いかけようとして
「っ!」
道の脇に立つ黒と黄色の自販機を見つけ、そちらに駆け寄る。
映治はポケットから銀色のメダルを取り出すとその自販機に投入し、ディスプレイの中から赤い缶ジュースのボタンを押す。
ガコン、と取り出し口に出て来た赤い缶を取り出し
「頼むよタカちゃん!」
その缶のプルタブを開けた。
○
「はっ! はっ! はっ!」
「はぁ! はぁ! はぁ!」
走る響と映治。映治の背中には一人の少女が負ぶさっている。三人は現在工場地帯の道を走っていた。
「ど、どうしましょう!?シェルターから離れちゃいました!」
「くっ……でももう後戻りは……!」
響の言葉に走りながら映治はちらりと背後を見る。
少し離れた場所には大量のノイズが迫っていた。
「………こうなったら!」
建物の路地に入った映治は路地裏の陰にある金属製のゴミ箱の脇に響と少女を隠す。
「いいかい?俺が囮になるから俺があの路地から出たらすぐに反対側へ走れ。絶対に振り替えらずに」
「で、でもそれじゃあ火野さんが!」
「お兄ちゃん!」
心配そうに叫ぶ響と少女にニッコリと笑みを浮かべ
「大丈夫!俺だって諦めたわけじゃないさ!お嬢ちゃん、そのお姉さんにしっかりついて行くんだよ」
「……うん!」
映治の言葉に頷いた少女に笑みを向けながら
「それじゃ! 行ってくる!」
「っ! 映治さん!」
笑顔のまま手を振って走っていく映治の背中に響は手を伸ばすが、映治は振り返ることなく走っていく。
「こっちだぁ!」
路地から出た映治がノイズに向かって叫ぶ声が聞こえてくる。
その声に一瞬追いかけそうになった響は
『生きるのを諦めるな!!』
「っ!」
あの日自分を助けた人物の言葉が頭に響く。
「っ! 私も!!」
自分を奮い立たせるように顔をペシンと叩いた響は
「行こう!大丈夫、お姉ちゃんが一緒にいるから!」
「うん!」
響の力強い言葉に少女も頷いた。
○
「カッコつけたはいいけど……」
走りながら映治は
「やっぱこの数はキツイ!」
一人叫ぶ。
映治の数メートル後ろには大量のノイズが追いかけてきている。
「こりゃ本格的にどうにかしないと……」
と、どうにかする手を考えていた映治の耳にエンジン音が聞こえる。
「っ!」
音のする方に視線を向けると、横の道から黒と黄色のバイクに跨った人物が現れ、映治の目の前で止まる。
顔には黒のフルフェイスのヘルメットを被っているので表情はわからないが
「楽しそうだなぁ、映治。人を呼びつけておいて、お前はノイズどもとおいかけっこか?」
「冗談言ってる場合じゃないんだよ、アンク!」
やって来た人物、アンクの声色からして呆れているのは十分に伝わってくる。
「とにかくアンク! メダル! 早くメダルくれ!」
「はぁ?ノイズくらい自分で何とかしろ」
「グリードのお前と違ってこっちは生身だと炭素に変えられるんだぞ!オレが死んだらお前も困るんじゃないのか!?」
「チッ……貸し一つだぞ!」
「わかってる! アイスだろ!」
叫ぶ映治に舌打ちしながらアンクは右手をハンドルから離す。その右腕は人間のものではない、赤黒い鳥の羽のようなものが生えたタカや何かのような鋭い爪のある手へと変化し映治に向けて突き出される。その手の中には赤、黄色、緑の三枚のメダルが握られている。
それを受け取った映治は自身もポケットから楕円形のアイテム――オーズドライバーを取り出しお腹に当てる。そこからベルトが伸び、映治のお腹に巻き付く。
「よっしゃ!行くぞ!」
気合の声を上げながらオーズドライバーにある三つの円形の溝に三枚のメダルを収め、腰の丸いアイテム――オースキャナーを右手に取りながらオーズドライバーを傾かせオースキャナーをオーズドライバーにスライドさせてスキャンさせる。
「変身!」
気合の声とともにオースキャナーを胸に当てるように構える。と――
≪タカ!トラ!バッタ! タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!≫
高らかにベルトから発せられた歌とともに映治の姿が変化する。
顔は緑の瞳にタカが翼を広げたようなマスク、手の甲にトラの爪のようなものが畳まれた黄色い腕、バッタの足を模した模様の緑の足。胸元には円形のタカ、トラ、バッタが一つに収まったエンブレムが現れる。
コアメダルを力に変身した映治の姿――オーズである。
「さぁこれで戦える!」
言いながら取り出した剣――メダジャリバーを構える。
「はぁぁ!」
気合の声とともに走り出し迫りくるノイズにメダジャリバーを振るう。
と、メダジャリバーで切り付けられたノイズが炭素へと変わる。
「セイ!」
そのままメダジャリバーを振るい、迫りくる大量のノイズを蹴散らしていく。途方もない数がいたかのように思えたノイズは映治の攻撃によってその数を減らしていく。
そして数分後には――
「やっと片付いたか」
離れた位置で見ていたアンクが呟く。
アンクの目の前には大量の炭素の真ん中で立つ映治――オーズの姿がそこにあった。
「さぁ帰るぞ。帰ってさっさとツケを払え」
「いや、実はまだ――」
バイクに跨り直して肩越しに振り返りながら言うアンクに映治が首を振りながら言いかけた時
「「っ!?」」
何か強い力を感じた映治とアンクは同時に同じ方向を見る。
「あれは……!?」
そこは工場地帯のど真ん中、ある建物の上にオレンジ色の光の柱が空へと昇っていた。
「おい映治!今すぐあそこに迎え!」
「は? いきなり何を――」
「あれはヤバい!すぐに〝アレ〟の正体を見て来い!」
「どうした? 何をそんなに焦ってんだ?あれが何なのか知ってるのか?」
「知るわけねぇだろ!」
「だったら――」
「俺が知ってるんじゃない!〝この体〟が〝アレ〟に反応してんだよ!」
「お前の体って、あも――」
「話してる暇があったらさっさと行け!」
「あぁもう!帰ったらちゃんと説明しろよな!」
イラついて叫ぶアンクに折れた映治は変身を解かないままアンクの乗ってきたバイクに入れ替わりに乗り込んで走っていく。そんな映治――オーズを見送ったアンクはヘルメットを脱ぎ、イラついたように地面に叩きつける
「チッ……畜生、〝アレ〟が何だってんだ!」
言いながら忌々しそうに長い金髪をかき上げた。その髪には一房赤い髪の束が混じっていた。
「この二年間モノ言わねぇ死にかけだったやつが今更なんだってんだ……」
言いながらアンクは近くの窓ガラスに視線を向ける。
そこにはまだ若い少女ともいえる金髪の女性の顔が映っており
「え? 天羽奏!」
それを忌々しそうに殴りつけ叩き割った。