戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~   作:大同爽

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戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!特異災害対策機動部2課にて自分の纏った力について説明された立花響は風鳴弦十郎から協力を要請され、その申し出を受けることを決める。

2つ!共に戦いたいと申し出た響だったが、その伸ばした手を振り払われ、響は拒絶する風鳴翼に刃を向けられてしまう。

そして3つ!そこに乱入してきたヤミーと呼ばれる存在!対処しようと構える翼と呆然と立ち尽くす響の前にオーズが現れたのだった!



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





006~キックとケーキと昔話~

「せいっ!」

 

 響の目の前でトラのようなヤミーと呼ばれる存在に翼が剣を振るう。

 ヤミーは翼の剣を受けて数歩後退る。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そのまま翼は剣を刀状から大剣状に変化させ『蒼ノ一閃』を放つ。

 

「がぁぁぁぁっ!」

 

 ヤミーはその一撃を受けて地面を転がり咆哮を叫ぶがゆっくりと立ち上がる。

 その様子はそれなりにダメージを受けてはいるようだが効いていないように見える。

 

「くっ……!」

 

 その様子に翼は悔しそうに歯噛みする。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 と、そんな翼の脇から今度はオーズがヤミーへと向かって行く。

 走るオーズの胸のエンブレムが光り、そして腕の黄色い模様を伝ってオーズの両腕へ到達する。と、オーズの腕に畳まれていた爪のようなもの――トラクローがオーズの手の甲に着く。

 そんなトラクローをヤミーへと振るう。

 と、オーズの攻撃を受けたヤミーは先ほど翼の攻撃を受けた時のように後退り苦しげな声を漏らす。

 ただ一つ違うのは、先ほどの翼の攻撃とは違い、オーズの攻撃によってヤミーの体から何かが飛び散っている。

 いくつも飛び散るそれはチャリンチャリンと地面を叩き、その一つが響の足元に転がってくる。

 

「これは……メダル?」

 

 響が拾い上げた銀色のそれは、メダルだった。

 銀色一色の500円硬貨より少し大きいくらいのそれの側面にはタカが羽を広げたようなマークが描かれている。

 

「あの怪物から……なんでこんなものが……?」

 

 響は首を傾げながら顔を上げる。

 響の視線の先ではヤミーにさらにオーズは攻撃をする。

 オーズが殴り、蹴り、トラクローで切り付けるたびにヤミーの体からメダルが飛ぶ。

 翼も負けじと再びヤミーへ攻撃を仕掛けるが、オーズのようにメダルが出ることはない

 

「くっ、やはりオーズの力でないと無理か……」

 

「だから言ったでしょ?助け合いだって」

 

「だからとて!私が戦わない理由にはならない!」

 

 悔しそうに呟く翼にオーズは言うが翼はそれに強い口調で返す。

 

「そっか……そうだよね……」

 

 翼の言葉にオーズは一人うんうん頷き

 

「それじゃ、そろそろ決めようか」

 

 言いながら腰のベルトからオースキャナーを外して構え、ベルトに添えてメダルを一枚ずつスキャンさせる。

 

≪スキャニングチャージ≫

 

 オースキャナーから高らかに音声が響き渡る。と同時にオーズの両足が変化する。それはまるでバッタのような足だった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 オーズは身構え、そのまま体を深く落とし

 

「はぁっ!!!!」

 

 気合の声とともに上へと跳び上がる。

 天高く舞い上がったオーズからヤミーへと赤、黄、緑の光の輪が現れる。

 そのままオーズは両足を伸ばし一つ目の輪、赤い輪をくぐる。と、オーズの背中から赤い翼が広がりスピードを増す。

 次の黄色の輪をくぐるとさらにオーズは加速し次の緑色の輪をくぐるとさらに加速し、

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!セイヤァッ!!!!」

 

 気合の声とともに伸ばした両脚で加速した勢いのままヤミーへと必殺のキック――『タトバキック』を叩きこむ。

 タトバキックを受けたヤミーは

 

「がぁぁぁぁっ!!!!」

 

 断末魔の叫びとともに大爆発し大量のメダルをまき散らす。

 

「ふぅ………」

 

 キックを放ち着地した屈んだ体勢から立ち上がりながらオーズは息をつく。

 翼も少し息をつく。

 これまでの光景を呆然と見ていた響はハッと我に返り

 

「あ、あの!オーズさ――」

 

 慌てて話しかけようとした。が、それを遮るように響の視界が何かに覆われる。

 それは大量の鳥を模したアンドロイドだった。一匹一匹は手のひらほどのサイズだが、それが何百と言う数で現れ響達の周りの地面に降り立つ。

 その鳥たちは三人の足元でもぞもぞと動き回る。オーズは気にした様子もなく歩き出し、やって来たときに降りたバイクに跨る。

 

「あ!待って――!」

 

 オーズを呼び止めようとした響だったが、まるでそれを合図にしたように鳥たちは顔を上げ飛び立つ。その口には一匹一匹がヤミーがばら撒いたメダルを加えていた。

 飛び立つ鳥たちの勢いに翼も響も顔を手で覆いながら怯む。

 その間にオーズはバイクのエンジンをかけ走り去って行った。

 

 

 ○

 

 

 あの日の一件から一か月が経った。

 あの日はあの後すぐに弦十郎さんたちがやって来て、翼さんともそこで分かれた。

 あれから何度かノイズの出現で出撃したが、その結果はあまりいい物じゃない。

 翼さんは私のことを認めないと言うスタンスは変えないつもりらしく、連携も協力もしない。むしろいないものとして扱われてる気がする。

 ならばと、認めてもらえるように頑張ってはみるものの大した結果を出すことは出来ず、必死に逃げ回り何の役にも立てていない。

 このままじゃだめだ。でも、どうすればいいのかわからない。

 わからないと言えばあれ以来オーズを見かけることもなく、正直わからないことだらけだ。

 ――そんな風に悩んでいたある日、弦十郎さんからおつかいを頼まれた。

 おつかい、と言っても弦十郎さんもついて来てくれる。

なんでも特異災害対策機動部2課の一番のスポンサーからの呼び出しらしい。なんでもその会社の会長さんがどこから聞きつけたのか新たなガングニール適合者、つまり私に会いたいと言ってきたらしい。

 一番お金を出してくれている会社だし、それを無下にできないらしく、申し訳ない、と何度も謝られながら弦十郎さんとともに土曜日に都内の大きなビルにまでやって来た。

 やって来たのだが――

 

 

 

 

 

 

「HappyBirthday!!おめでとうっ!!」

 

 私の目の前で赤いスーツ姿の中年の男性が目を見開いて叫ぶ。

 高層ビルのてっぺんの大きな窓の会長室。その窓辺の豪華な机に備えられた椅子に座る男性の強面の顔から放たれる眼力と声の大きさに私は後退りしそうになりながら恐る恐る言う。

 

「あ、あの~……私今日誕生日ではないんですが……」

 

「もちろんわかっているとも」

 

「それじゃあなんで……?」

 

 私の言葉に頷く会長さんに私は苦笑いを浮かべながら首を傾げる。

その男の人は持たれていた椅子の背もたれから背中を離し、机の上に置かれていた大きな箱に手を掛ける。

 そのまま箱を開けると、中から大きな白い生クリームのケーキが現れる。ケーキの上には色とりどりのフルーツと一緒にチョコのプレートが乗っていて

 

「それはね……君と言う新たな『ガングニール』の適合者の誕生を祝ってだよ、立花響君」

 

 プレートには『HappyBirthday ガングニール』と書かれていた。

 

「一度は失われたと思われた力が新たな適合者とともに現れる……素晴らしいっ!!なんとも喜ばしいっ!!」

 

「響君、こちらはこの『鴻上ファウンデーション』の会長の――」

 

「鴻上光生だ。よろしく!」

 

 弦十郎さんの紹介に会長さん――鴻上さんは強面の顔をほころばせて笑う。

 

「立ち話もなんだ、かけたまえ。ケーキは好きかな?」

 

「は、はい!」

 

「うむ。里中君!」

 

「はい」

 

 鴻上さんの言葉に頷いた私に鴻上さんは満足そうに頷き横に控えていた女性に指示する。

 里中さんと呼ばれた美人の、しかし、あまり表情の変化のない秘書の女性は頷きケーキを近くのソファーに前のテーブルに運び戸棚からお皿とフォークを持ってくる。

 

「えっと……」

 

「……………」

 

 どうしたものかと隣の弦十郎さんに視線を向けると弦十郎さんが頷くので、二人でソファーに腰掛ける。

 座った私たちに大きなケーキを切り分けた里中さんが私たちの前にお皿を置き、一緒に紅茶のティーカップを置く。

 

「……………」

 

「どうかしたかね?食べないのかい?」

 

 目の前のケーキと私たちの対面に座った鴻上さんの顔を交互に見ていると、鴻上さんはそんな私に少し首を傾げながら訊く。

 

「えっと……じゃあ……いただきます」

 

 言いながらお皿とフォークを手に取りケーキを口に運ぶ。

 

「あ……美味しい」

 

「それはよかった!私も作った甲斐があるというモノだ!」

 

 私の言葉に鴻上さんは嬉しそうに笑う。

 

「って、これ鴻上さんが作ったんですか!?」

 

「ああ。似合わないかね?」

 

「えぇっと……はい」

 

「響君……」

 

「ハハハハハッ!構わない!正直で結構!」

 

 正直に答えた私に弦十郎さんが苦笑いを浮かべるが、鴻上さんは心底楽しそうに笑う。

 

「さて、ガングニールの適合者として目覚めて一か月。噂は聞いているよ、立花響君」

 

「う、噂……」

 

 鴻上さんの言葉に私はケーキを食べる手を止める。

 

「今はまだまだ慣れないことも多いだろうが、今後の君の活躍に期待するよ。なにせ、君はノイズに対抗する数少ない戦力だからね」

 

「は、はい……」

 

 鴻上さんの言葉に私は小さく頷く。

 

「ところで、風鳴翼君は相変わらずかな?」

 

「ええ、まあ……」

 

 鴻上さんの問いに弦十郎さんは言い淀みながら頷く。

 

「そうか……我々としてはオーズとも上手く協力してほしいところだが……」

 

「えっ!?」

 

「ん?どうかしたかね?」

 

「い、今…オーズって……」

 

「なんだ、説明していなかったのかな?」

 

 困惑する私に鴻上さんは弦十郎さんに視線を向ける。

 

「………響君、この鴻上ファウンデーションは我々の他に、オーズに対しても支援を行っているんだ」

 

「ええっ!!?」

 

 弦十郎さんの言葉に私は思わず驚きの声を上げる。そのまま弦十郎さんと鴻上さんの顔を交互に見る。

 

「先日、ヤミーについての話はしたな?」

 

「は、はい」

 

「そのヤミーやオーズについての情報は鴻上会長からもたらされたものだ。オーズに関する情報に関しては、我々よりも鴻上会長の方が豊富だ」

 

「そ、そうだったんですね……」

 

「まあ、すべての情報をもたらしてくれているわけでもないが、ね……」

 

「……………」

 

 弦十郎さんの鋭い視線を受けてなお鴻上さんは涼しい顔で微笑んでいる。

 

「立花君、君はヤミーやオーズについてどれほど知っているのかな?」

 

「へ?そ、そうですね……」

 

 言われて私は先日受けた説明を思い出す。

 

「えっと……800年くらい前に当時の科学者たちが作り出した『オーメダル』から生まれた『グリード』って言う存在と、それが生み出す『ヤミー』って言う化け物がいて、それを倒す力を持っているのがその『オーメダル』を使って戦う『オーズ』。800年前に封印されたそれが二年前のあのライブの時に偶発的に復活してしまった、んですよね?」

 

「なるほど……大筋は理解しているようだね」

 

 私の言葉に鴻上さんは頷き

 

「では、その『グリード』や『ヤミー』、『オーズ』の力の源は何だと思うかね?」

 

「え?それは……」

 

「………よろしい、では、そのあたりのことも含めて話してあげよう。800年前に生まれた『グリード』と『オーズ』について」

 

 言いながら鴻上さんは立ち上がり窓に歩み寄り外の景色を眺める。

 

「約800年前、その当時の科学者、と言っても今の科学者とは別物、錬金術師と言うべき人物たちによって当時のある強欲な王のために生み出されたのが『オーメダル』だ。当時の錬金術士達が人工の生命を作るため、地球に生息する様々な生物種のパワーを凝縮して作った神秘のメダル。鳥系・昆虫系・猫系・重量系・水棲系など、各々はそれぞれの種族に属する複数の動物の特徴を備えた『コアメダル』たち、それぞれ各三種類の10枚が生み出された。しかし、それらはその時点ではまだ力を発揮しきらず、ただのメダルでしかなかった」

 

 窓の外に視線を向けたまま鴻上さんは続ける。

 

「しかし、その10枚のコアメダルから1枚を抜き取り、9という「欠けた」数字にした結果〝足りないが故に満たしたい〟という欲望が生まれ、その欲望が進化して自律意志を持ちメダルを肉体として誕生した。それが『グリード』と言う存在だ」

 

「グリー…ド……」

 

「『グリード』たちはその驚異的な力と自分たちの分身とも言える『ヤミー』を生み出し、当時の人類に牙をむいた。しかし、その『グリード』とともに生み出された力を使って当時のある強欲な王が戦った。その力こそが『オーズ』!」

 

 興奮した様子で言う。

 

「三枚のコアメダルを使い、頭部、腕部、脚部それぞれに使用するコアメダルのモチーフとなった動物の力を戦うそれは、その強力な力を持って『グリード』や『ヤミー』と戦い、圧倒的な力を発揮した!だが……」

 

 言いながら鴻上さんはその語調を落とす。

 

「『オーズ』となって戦ううちにその力に溺れた強欲な王は最後にはその力を暴走させた。奇しくもその暴走によって戦闘で消耗していた『グリード』たちも共に封印され、800年前の人類は守られた」

 

「それが……二年前のライブで復活してしまったんですね?」

 

「その通り!」

 

 私の言葉に鴻上さんは嬉しそうに叫ぶ。

 

「では、ここで最初の質問に戻ろう。今の話を聞きその『グリード』や『ヤミー』、『オーズ』の力の源は何だと思うかね?」

 

「え……それは……」

 

 鴻上さんの問いに私は考え、そして、今までの話の中で出たある言葉が頭に浮かぶ。

 

「……『欲望』……?」

 

「素晴らしい!!」

 

 私の呟くような言葉を聞き逃さず、鴻上さんは興奮した様子で叫ぶ。

 

「『欲望』!!なんて純粋で素晴らしいエネルギー!!」

 

 そのまま振り返りゆっくりと私たちの方へ歩み寄ってくる鴻上社長。

 

「このケーキも、テーブルも、家もビルも、街も国も!すべて人の、〝欲しい〟という思いから生まれた『欲望』の塊!」

 

 演説するように真剣な顔で叫ぶ鴻上さんの様子に私は圧倒され、隣で弦十郎さんは黙って聞いている。

 

「赤ん坊は生まれた時に『欲しい!』と言って泣く。生きるとは、欲することなんだ」

 

 言いながら鴻上さんは私に視線を向ける。

 

「当時の錬金術師たちが生み出した『オーメダル』!『グリード』たちの核となる『コアメダル』も!彼らが『ヤミー』を生み出すために使う『セルメダル』も!もとは人間の欲望から生まれた!……立花君」

 

「は、はい!」

 

「二年前の復活から、ノイズの出現場所には頻繁に『ヤミー』の出現が確認されている。何故だと思うかね?」

 

「え?えっと……それは……?」

 

「答えは簡単」

 

 答えがわからず言い淀む私を見ながら鴻上さんはニヤリと笑いながら口を開く。

 

「『ヤミー』は人間を宿主とし、その『欲望』を溜め込んで成長するからだ!」

 

「えっ……?」

 

 鴻上さんの思わぬ言葉に私は困惑し呆然と鴻上さんの顔を見つめる。

 

「『グリード』は自身を構成する『セルメダル』と人間の欲望によって『ヤミー』を生み出す。生まれた『ヤミー』は宿主の欲望に基づいた行動をとることによってその身に『セルメダル』を蓄えていく。うわ言の様にその欲望を口にしながらね」

 

「それじゃああのライブや、一か月前に現れたヤミーは……」

 

 それぞれのヤミーが口にしていた言葉は『死にたくない』だった。つまりそれは――

 

「ノイズに襲われ、死を感じた人間は『生きたい』という欲望を持つ。『生への執着』!それもまた純粋で強力な欲望!!」

 

「それじゃああのヤミーたちは……」

 

「ノイズに襲われた被害者たちを宿主として生まれたのだろうね」

 

「で、でも、二年前のライブでも、この間もヤミーは私や翼さんを襲いました。生き残りたいって気持ちが何故人を襲うんですか?」

 

「ヤミーは宿主の欲望を暴走させる。それに、人間は時に自分を生かすために他者を蹴落とすことだってある。二年前のライブを生き残った君はそのことを知っているんじゃないのかな?」

 

「っ!?」

 

 鴻上さんの見透かしたような視線に私は息を飲む。

 

「………意地悪な質問だったね」

 

 言いながら鴻上さんはソファーに腰掛ける。

 

「欲望によって生まれた『ヤミー』、そして『グリード』には通常の兵器などの攻撃では致命傷を負わせることは出来ない。確実にダメージを与えるためには、同じ欲望を力にする『オーズ』でなければダメだ」

 

「だ、だから翼さんの攻撃が効いてなかったんですね」

 

「その通り。だからこそ私はオーズに支援するし、君たちもオーズと上手くやってもらいたい。彼の力なくしては、我々は『グリード』たちには敵わないからね。だが……それもなかなか難しいようだね」

 

 鴻上さんはため息をつく。

 私も鴻上さんの言葉に思い出す。翼さんのオーズに対する異様な執着を。

 

「その点君は上手く彼とも共存してほしいね」

 

「それは……」

 

 鴻上さんの言葉に私は言い淀みながら隣の弦十郎さんをちらりと見る。

 

「……我々としてもオーズが敵ではないということは理解しています。ですが、正体不明、目的不明の人物をそうやすやすと信用していいものか、判断しかねます」

 

「それもまた仕方のないこと、か……」

 

「あなたが少しでもオーズに関する情報を開示していただければ、我々も信用し、協力することはそう難しいことではないのですがね」

 

「彼自身が口を閉ざしていることを私の口から言うことは無理だ。フェアじゃないからね」

 

「……………」

 

 恐らく何度も交わされたであろう会話をする二人の大人の姿に私は会話に入ることができず茫然と見つめる。

 

「――会長、そろそろ」

 

 と、そんな二人の間に里中さんが割って入る。

 

「おお、もうそんな時間か」

 

 頷きながら鴻上さんは立ち上がる。

 

「すまないが、私も多忙でね。この後にも予定が詰まっている。こちらから呼び出したのに申し訳ないが、そろそろお開きとさせてもらえるかな?」

 

「ええ。重々理解しています」

 

 言いながら弦十郎さんは立ち上がる。私も慌てて立ち上がる。

 

「君たち人類の希望のために、今後とも惜しみない支援をさせてもらうよ。差し当たっては――」

 

 言いながら鴻上さんが私たちの背後に視線を向ける。

 私たちが振り返ると、私たちの背後から何かが飛んでくる。

 それは、タカを模したアンドロイドだった。

 

「我が社で開発したメダルシステム。『カンドロイド』だ」

 

 鴻上さんは言いながら手を出すと、その掌の上にアンドロイドが変形し缶の形になって納まる。

 

「他にもオーズも使用しているバイク――『ライドベンダー』、これらを君たちも使えるように手配した。是非とも今後の活動に役立ててくれ」

 

 鴻上さんの言葉とともに里中さんが黒いアタッシュケースを持って現れる。そのアタッシュケースを抱え、私たちに見えるように開く。そこには銀色に光るメダルが大量に入っていて――

 

「これらメダルシステムを使用するのに必要な『セルメダル』を100枚。受け取ってくれたまえ」

 

 アタッシュケースを閉じ、里中さんが弦十郎さんへ差し出す。

 それを少し逡巡した後、鴻上さんに視線を向ける弦十郎さん。

 

「これはまた、どういったわけで?」

 

「なぁに、これまでの君たちの活動への称賛と、新たな戦力への贈り物だよ」

 

 弦十郎さんの訝しむ視線を受けても涼しい顔で答え、私に向けてウィンクする。

 

「……では、会長のご厚意、ありがたく受け取ります」

 

「ああ。セルメダルが足りなくなったらいつでも申し出るといい。いくらでも用立てよう」

 

 アタッシュケースを受け取る弦十郎さんに快くしたようで満足げに頷く。

 

「立花君、君の今後の活躍に期待するよ」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 頷く私に満足げに笑う鴻上さん。

 

「それでは、我々は失礼させていただきます」

 

「ああ。今後とも君たちの活躍を応援させてもらうよ」

 

 会釈した弦十郎さんに満足げに頷いた鴻上さんを尻目に弦十郎さんは再び深くお辞儀し

 

「行こうか、響君」

 

「は、はい!失礼します!」

 

 微笑む鴻上さんに私もお辞儀し弦十郎さんの後を追って会長室を後にしようとし――

 

「あっ!そうだ!あの!」

 

「何かね?」

 

 ふと思いついた私は足を止め、鴻上さんの元に戻る。

 

「あの……今日のケーキ、お土産に少し貰うことってできます?私の大事な親友にも食べさせてあげたいなぁ~って思って……」

 

 私の言葉にポカンとした表情を浮かべた鴻上さんは一瞬で満面の笑みになり

 

「素晴らしいっ!!友人を喜ばせたいという君のその気持ち、それもまた『欲望』!!里中君!!!」

 

「はい。お土産用に梱包し、後でご自宅に届く様に手配します」

 

「ありがとうございます!!」

 

 鴻上さんと里中さんの言葉に先ほどよりさらに深くお辞儀し今度こそ私は弦十郎さんの後を追って部屋を後にしたのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「さて、響君、今日は休日にすまなかったね」

 

「いえ!大丈夫ですよ!」

 

 ビルの一階に降りて来た私たち。弦十郎さんの言葉に私は答える。

 

「俺はこの後これを施設に持って行くが、響君はどうする?必要なら迎えを手配するが……」

 

「大丈夫です。一人でも帰れますよ」

 

「そうか。ではここで解散としよう、これは帰るまでの交通費として使ってくれ」

 

「そんな!受け取れませんよ!」

 

 財布を取り出しお札を抜き出した弦十郎さんに慌てて言うが弦十郎さんは首をふる。

 

「休日につき合わせてしまったんだ」

 

「でも、明らかに多いですし……」

 

「なら余ったお金でお昼ご飯にでも食べるといい。そろそろいい時間だからな」

 

「でも……」

 

「ほら遠慮はいらんぞ。大人の厚意には甘えればいい」

 

「そ、それじゃあ……」

 

 弦十郎さんの言葉に私はおずおずとそれを受け取る。

 

「では、俺は先に失礼するぞ」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

「ああ。気を付けて帰れよ」

 

 頷いた弦十郎さんを見送り、私は携帯を取り出す。

 

「えっと最寄りの駅からは……」

 

 携帯で調べようとする。と――

 

「わっ!?」

 

「っ!」

 

 携帯の画面を見ていたせいで前をよく見ていなかったために前から歩いていた人とぶつかりそうになる。

 

「す、すみません!」

 

 慌ててのその人物に頭を下げる。

 その人はすらりと背の高い人で、黒いタイトなジーンズに右手の袖だけ赤い白色のパーカー、黒い野球帽を被りパーカーのフードも被っているので顔は見えないがフードの脇からボリュームのある金髪が出ている。

 顔が見えないので詳しくはわからないが服を押し上げる胸元などのボディラインから女性だとわかる。

 その女性はちらりと私を見て

 

「……お前………」

 

 ジッとこちらを見ているようだった。何かをつぶやいたが

 

「チッ……気を付けろ」

 

 舌打ちをしてさっさと去って行った。

 

「す、すみませんでした!!」

 

 去って行く女性の背中に呼びかけるが女性は何も答えずに歩いて行き、今しがた私が出て来たビルの中に入って行った。

 

「あの人もここの社員さんなのかな……?」

 

 その様子を見送った私は

 

「あれ?響ちゃん?」

 

「へ?」

 

 背後から声を掛けられて振り返る。

 

「やっぱり響ちゃん!」

 

「映治さん!?なんでここに?」

 

 そこにはエスニック風の服を着た映治さんが笑顔で立っていた。

 

「うん。知り合いの付き添いでね。まあ俺はここまでで、ついでにちょっとぶらぶらしようかなって。響ちゃんは?」

 

「私は……その、ちょっと用事で」

 

「そう……」

 

 言い淀む私に映治さんはそれ以上聞いてくることはなかった。

 

「ちょうどいいや。これからお昼ごはんにでもしようと思ったんだけど、よかったら一緒にどう?近くに美味しい多国籍料理の店があるんだけど」

 

「え~っと……じゃあせっかくなんで行きます!」

 

「うん」

 

 誘いに頷いた私に映治さんが微笑み

 

「じゃあ行こうか。今日はどこの国のフェアだったかなぁ~……」

 

 言いながら歩き出した映治さんの後を私もついて行くのだった。

 


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