雨。
降り止まないそれは、まるで僕らの犯した罪を糾弾するかのように降り続け、東京の街を黒く染める。
雨。
けれど、それは僕達の物語を語る上で間違いなく欠かせないものだった。
雨。
後悔なんてしてない。あのとき、あの瞬間。僕は、僕達は決めたんだ。
世界なんて狂ってもいい。僕は、君と生きたいんだと。
そう…
彼女と共に過ごしたあの年の夏
東京の空の上で僕たちは
世界の形を
決定的に変えてしまったんだ
天気の子 〜after story〜
「ほら、帆高!もう泣き止んで!」
陽菜さんが僕の目に溜まった涙を指で優しく掬ってくれた。けれど、そんな優しさに僕の目からは余計に涙が溢れ出ててきて…
「陽菜さん…ごめん」
どうも謝るしかない僕に、陽菜さんは可愛らしい笑顔を見せた
「ふふっ。帆高ったら、2年半も経つのにあんまり成長してないなぁ」
「そ、そんなことないよ!背だって伸びたし…」
「背だけ?」
「ぐっ…」
陽菜さんは今度は意地悪な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んでいる。綺麗な彼女の瞳には、ほんの少しだけ涙の雫が残っていた。僕は無意識のうち手を伸ばして、彼女の涙を掬い取っていた。
「あっ」
不意を突かれたような声をあげる陽菜さんに、今度は僕が笑いかける。
「陽菜さんだって、まだ泣いてる」
「ち、違うよ!これはそう!雨!雨の雫!」
「ふーん、陽菜さんもあんまり変わらないね」
仕返しとばかりに僕も意地悪な笑みを浮かべて陽菜さんを見る。
「なにそれ!どういう意味!」
陽菜さんは今度は怒ったように頰を膨らませている。そんな彼女を見て僕は思う。
なんて、幸せな時間なのだろうか
2年半、ただひたすらこの瞬間のために僕は生きてきた。もう一度君に会って、君と生きるために、あの窮屈で代わり映えのない島で自分を押し込めながら過ごしてきたのだ。
だから、このひと時を必死に噛みしめていたいんだ。
「あっ…」
僕は陽菜さんを抱きしめた。少し驚いたように体を強張らせた彼女は、すぐに僕の背中に手を回して、ぎゅっと力を込めた。
「陽菜さん…」
「どうしたの?」
「後悔、してますか?」
「…ううん、してない。帆高は?」
「俺も、してない」
僕は優しく陽菜さんの体を離すと、その綺麗な顔を見つめる。ふがいない僕だけど、たまには男らしくならないと。そうじゃないと、センパイにも顔向けできない。
「陽菜さん。僕達はあの日、世界の形を変えてしまったかもしれない。けど、俺は陽菜さんと生きたいって思ったんだ。世界なんて狂ってもいい、陽菜さんと生きていきたいんだって、そう思ったんだ。だから…」
僕はあの日からずっと大切に持っていた指輪を出す。陽菜さんが消えてしまった日、逃げ出した池袋の場末のホテルで一度渡したあの指輪を。もう一度陽菜さんの指にはめ込む。
「だから、陽菜さん。俺と付き合ってくれませんか?」
陽菜さんははめ込まれた指輪を見て、今度は僕の顔を見て、太陽みたいに笑った。
「うん!!」
僕はまた陽菜さんを抱きしめた。そして、お互いが離れないように、強く抱きしめ合った。
「帆高…すごく、すごく嬉しい。私だって、帆高と一緒に生きたいって、そう思ったんだよ?」
「わかってる、晴れ女なんかじゃなくたっていいんだ、俺は陽菜さんと生きたいんだ」
僕の言葉に、陽菜さんは少し驚いた顔をして微笑んだ。
「んー…さっきは2年半経っても変わらないって言ったけど、訂正。帆高、ちょっとカッコよくなったかも」
「それって前はカッコよくなかったってこと?」
「まぁあんまり頼りにはならなかったかなぁ…」
「うわ、ひでぇ」
2人して笑い合う。出会えた喜びを、2人で生きていける喜びを噛みしめる
「そういえば…」
僕はふと思い出したことを陽菜さんに尋ねてみる。
「さっき、陽菜さんまた祈ってたよね。あれって、晴れを祈ってたの?もう力はないんじゃ…」
そこまで言うと、陽菜さんは顔を真っ赤にして下を向いてしまった
「陽菜さん?」
「あれは…その…」
もごもごと陽菜さんらしくもなく、僕と顔も合わせようとしない陽菜さんが心配になって、僕は下を向いている陽菜さんをの顔を覗き込む。
「陽菜さん、大丈夫?」
そんな僕の体を、陽菜さんは顔を真っ赤にしたまま突き放した。
「えっ!ちょっと、陽菜さん!」
陽菜さんはそのまま田端駅の坂を駆け上がっていく。なんだか僕の足はとっさに動かなくて、それを見ていることしかできなかった。
陽菜さんは最初に何かを願っていたところまで駆け上がると、くるりと振り返った。
そして、叫んだ
「君が来るのが遅いから!早く来てくれますようにって、祈ってたの!」
言い終わった後、彼女は恥ずかしそうに顔を手で隠してしまった。
そんな彼女を見て、僕は思わず叫んだ
「陽菜さん!俺!陽菜さんのこと大好きだ!」
僕も坂を駆け上がる。
「あっ!ちょっと!まだ来ちゃダメ!」
陽菜さんはまた逃げるように走り出すけど、僕の方が速い。後ろから逃げられないように抱きしめる。
「陽菜さん。僕たちは大丈夫だ。」
「…うん。私たちは大丈夫」
僕たちは後悔なんてしてない。晴れよりも、世界よりも、人々の幸せよりも、自分達の幸せを選んだ僕らを責める人もいるだろうけど、僕にとっては何よりも、陽菜さんの方が大事だった。だから僕たちはこの狂った世界の中で、前を向いて生きて行くことに決めた。もう何も邪魔をするものなんてないのだから。だから、大丈夫。僕たちは大丈夫だ。
今度は向き合った僕らは、お互いの目を見て、そして晴れ晴れとした笑顔を見せた。
その日、東京の天気は相変わらずの雨で、もちろん止むことなんてなかったけれども、間違いなく僕達の心は
快晴だった