天気の子 〜after story〜   作:ぽてとDA

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第2話 『雨のち晴れ』

「こっちだよ!帆高!」

 

陽菜さんは僕の手を引いて、家までの道を足早に歩く。

 

「ちょ!陽菜さん早いよ!」

 

「ふふっ」

 

楽しそうに前を歩く陽菜さんに、僕は困ったように、でも嬉しくて笑みを浮かべた。君に会えた喜びが全身を駆け巡っているのがわかる。

 

「ここら辺は、まだ沈んでなかったんですね」

 

僕はキョロキョロと辺りを見回しながら、以前とそう変わり映えのない住宅街を眺めていた。現在東京の3分の1の面積、主に東京23区の多くが降り止まない雨によって水に沈んでいた。溢れ出た荒川と利根川を囲むように、長大な堤防が建設中ではあるが、この田端もすでに一部の地域は人が住めないほど浸水が進み、その他の地域でも退去命令が出ている場所が多い。だから、陽菜さんの家もそうなっているかもしれないという危惧はあったのだが…

 

「退去命令、まだ出てないんですよね?」

 

「うん。ここは少し高台にある住宅街だし、今は堤防も建設中だから、もうしばらくは安心かな。それに…」

 

陽菜さんは途中で言葉を区切ると、少しだけ僕の方に振り向いた。

 

「あの家は、色々な思い出が詰まってるから…もちろん君との思い出もだよ?だから今は、そう簡単には出て行けないの」

 

僕はそんな陽菜さんの言葉に、思わず立ち止まってしまっていた。2人で『晴れ女ビジネス』を計画して色々と話し合い。陽菜さんとセンパイと3人で打ち上げもした。僕のあの大切な夏のひと時の多くが、あの家で過ごした時間だった。あの時は自分達を守るために家を出た。理不尽と戦い、その果てに僕らは世界よりも自分達の繋ぎ合う手を選んだ。

 

だったら、また戦えばいい

 

世界なんてどうでもいい。僕は自分勝手な人間だから。自分達が幸せになれればいいんだ。

 

「陽菜さん…俺」

 

「どうしたの?帆高」

 

「東京に来て、やりたいことができた」

 

僕は陽菜さんの目を見て真っ直ぐ思いを伝える。

 

「それって…なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この雨、止ましたいんだ」

 

 

 

君の居場所を守ること。それが、僕のやりたいことだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辿り着いたアパートは、相変わらずの様子で、蔦の絡まったいかにも昭和的な雰囲気の建物だった。陽菜さんの部屋はその二階の一番奥だ。最初に来たときは女子の部屋に初めて入るということで緊張していたものだ。

 

「お邪魔します」

 

僕は慣れたように玄関から部屋の中に入る。すぐに台所があり、その奥には8畳ほど居間がある。やはり中も以前と何ら変わりない様子だった。家の中を見渡していると陽菜さんが突然僕の前に立った。

 

「どうしたの?」

 

「おかえり、帆高」

 

陽菜さんは僕に手を差し出して、僕は微笑みながらその手を取った

 

「ただいま!陽菜さん!ってうわ!」

 

陽菜さんに引っ張られて、僕は勢いのまま彼女を抱きしめた。心地良いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。その香りに心臓の鼓動を早めながらも、この幸せな瞬間がいつまでも続けばいいのにと、そう思った。

 

「いやー、帆高もなかなかやるようになったねぇ」

 

「「うぇ!!」」

 

突然聞こえて来た声に、僕たちは揃って悲鳴を上げて体を離した。玄関の扉に寄りかかるように立っているのは、中学の制服に身を包んだ凪センパイだった。

 

「久しぶり、帆高」

 

軽く手を挙げたセンパイはそれだけで格好が様になっている。歳を重ねてより男としての魅力が増したのだろうか、相変わらず僕はセンパイには敵わないと思った。

 

「センパイ!久しぶり!てか!俺と身長そんな変わらねぇじゃんか!」

 

「ふっ、帆高がチビなんだろ」

 

「チビって言うな!まだセンパイのほうが小さいだろ!」

 

「成長期ってものを考えてから話を進めろよ帆高」

 

僕とセンパイが盛り上がっているところに、少し顔を赤くした陽菜さんが割り込んできて手をパチンと叩く。

 

「はーいそこまで!久々に会って嬉しいのはわかるけど、みんなお昼ご飯まだだよね?一緒に食べよ!」

 

そんな陽菜さんを見た僕とセンパイは顔を見合わせて、笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで帆高。さっきの話、どういうこと?」

 

懐かしの、ごま油香る豆苗ポテチチャーハン。を食べ終わった僕らは、テーブルの周りに座って話を始めていた。

 

「だから、さっきも言った通りだよ。この雨を僕らの力で止ましたいんだ。」

 

不安そうな顔で尋ねる陽菜さんに向けて、僕はそう答える。

 

「…それって、また姉ちゃんの力を」

 

不機嫌そうにセンパイが言いかけた言葉を遮るように僕は次の言葉を紡ぐ

 

「違う!陽菜さんには力はもうないし、もちろん仮に力が残っていたとしても、その力を使うつもりなんて全くない。それじゃあ、あの時僕らがやったことが無駄になる」

 

「でも…でも、それならどうやってこの雨を止ますの?以前夏美さんから見せてもらった動画。あの話では、人柱になる天気の巫女がいないと天気を治療できないって…」

 

陽菜さんの問いかけに僕は答えることができなかった。なぜなら、僕の中でもどうやって雨を止ますとか、そんなことはまだ考えもついていなかったからだ。ただ、君の居場所を、僕達の居場所を守るためにそうしたいと思っただけなんだから。

 

「俺は…勝手な人間だ。あの時、陽菜さんが天気の巫女として消えていれば、この雨はとっくに止んでいて、東京が海に沈むこともなかった。けれど、俺は陽菜さんと生きていきたかった。自分のためだけに、好きな人と世界を天秤にかけて、俺は迷わず陽菜さんの手を取ったんだ」

 

「帆高…」

 

下を向く僕の手を、陽菜さんの手が優しく包み込んでくれる

 

「だけど、今度はこの雨が陽菜さんの居場所を奪おうとしている。だから身勝手な俺は、陽菜さんも救って、この雨も止ましたいんだ!」

 

僕は今度は前を向いて、陽菜さんの目を真っ直ぐ見つめる。

 

「でも…そんなことしなくても、もしここが浸水地域に指定されたら、また引っ越せばいいだけじゃ…」

 

「…陽菜さんだって知ってるだろ。この雨があと10年止まなかったら、東京のほとんどは水に沈むって。そうやって、俺たちは雨から逃げ続けるの?日本が海に沈むまで」

 

僕の言葉に、陽菜さんもセンパイも息を飲んだ。

 

「俺達しか知らないんだ、この世界の空の秘密を。だからたぶん、俺達にしかできないことだと思うんだ」

 

僕は陽菜さんとセンパイをそれぞれ見つめる。しばらくして、ずっと黙っていたセンパイが大きなため息をつく。

 

「センパイ?」

 

「たしかに、この雨にもうんざりしてきた頃だね。サッカーの試合はいつも東京の西側まで遠征だし。そろそろこの雨にも止んでもらわないとね」

 

「ってことは?」

 

「せっかくだから、また協力するよ。帆高」

 

「センパイ!!」

 

僕は思わず立ち上がってセンパイの手を取って上下にブンブンと振ってしまった

 

「うわっ、やめろよ帆高!」

 

「陽菜さん…どうかな。陽菜さんにも協力して欲しいんだけど」

 

未だ悩んでいる陽菜さんに向けて、もう一度声をかける。少しだけ間を開けて、陽菜さんは話し始める。

 

「私も、帆高と同じ。人々の笑顔よりも帆高と生きる未来が欲しかった。身勝手で、自分勝手な人間なの。その思いのままあの時帆高の手を取った。でもね…私、あの仕事が好きだった。空を晴れにして、その晴れ模様に喜んだ人達の笑顔を見るのが好きだった!だから!」

 

そこで陽菜さんは一度言葉を区切ると、僕達の顔を見つめて、強い眼差しで言い切った

 

「私も協力します。帆高、凪、一緒にこの雨を止まそう!」

 

その陽菜さんの言葉に、僕とセンパイは力強く頷く。そして、テーブルの上で3人で手を重ね合わせる

 

「よし、これから俺たちでこの雨を止ますんだ!まだ何も策はないけど、この世界にはまだ俺たちが知らない不思議なことや力がたくさんある。そんなものの中に、手がかりがあるかもしれない」

 

「姉ちゃんの力に頼らなくたって、俺が何か策を見つけてやるよ!」

 

「私も!夏美さんに色々聞いてみなくちゃ!天気の巫女のこと!」

 

僕は2人の顔を見る。陽菜さんも、センパイも、決意に満ち溢れた顔をしていた。そうだ、また3人で空を見上げるんだ。

 

 

僕たちはあの時、身勝手にも繋ぎ合う手を選んでしまった

 

 

 

今更かもしれない。けど、あの青空に想いを馳せるのは罪なのか?

 

 

 

いいや違う

 

 

 

僕らはみんな、あの美しい空に魅せられていた

 

 

 

だから、もう一度取り戻すんだ

 

 

 

僕達の空を

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