つまりは、クオリティを上げねばならないが、うまくいかないものですね。
引っ越すに当って問題が生じた。
いつジュラの森を出発するかだ。
遅すぎるのは言うまでもなく、早すぎると姉ミリムに俺が既にジュラの森にいないと勘付かれてしまう。
そうなれば、文字通りすぐさま跳んでくるだろう。
それだけは、絶対に避けなければならない。
ーーーならば、一体どうすればいいのか。
荷物を積む作業の手が止まる。
まただ。ネガティブな感情に取り憑かれ、やらなければならないことさえ手に付かなくなってしまう。いつもそうだ。いつだってうだうだと悩んで、どうしようもないと立ち竦んでしまって。情けない。竜種の血を引いているのに、自由気ままに生きることすらできない。恥晒し。出来損ないが。だからいつまでも、姉や彼らに………。
深い溜息を吐く。
顔を少し上げる。
………。
魔王たちが集まるだけでも時間がかかる。数日の余裕はあるはずだ。
だから、気分転換に森の中を歩こう。
*
久々に森の深いところまで来た。
普段であれば家の周りで事足りるので、基本的にはそんなに奥へは行かない。他の魔物を刺激してしまって、面倒ごとになってしまう恐れがあるからだ。さすがに自分たちの領域を守るために出てきた奴らを殺めるのは気がひける。
とはいえ。
今現在、森の深部を進んでいるわけだから、余計な混乱を生じさせないよう、対策はしてある。
姿や音、匂いなどといった五感にまつわる情報を消し、更に気配も消せる隠密特化の隠蔽スキル。半径100キロメートルまでは姉からでも何の憂慮も無く逃避することができ、半径10キロなら何となくの位置しか分からない。
つまりは、かなりの実力者であってもそう簡単には気づかれない。
………実はその距離まで近づかれるとほぼ詰みなのだが。
そんなわけで、隣で寝ている大熊をスルーしつつ、どんどん森を進んでいく。なかなかに深い森ではあるが、日が結構差し込むので意外と明るい。木陰に入れば涼しく、暑くともすぐに休むことが可能である。
それ故に、この森から出ていかなければならないのが何とも惜しい。
できることなら、このジュラの森に今後百年は定住したい。
「まあ、どだい無理な話なんだがなぁ。」
再び、溜め息をつく。
気分転換はまだ続けなければいけないらしい。
*
林地を抜け、一層明るい場所に出る。
太陽の光が視界を覆い、思わず目を瞑る。
ゆっくりと瞼を開け、光に目を慣れさせる。
視点が定まる。空は、快晴だ。
視線を空から地に移す。
………?
なんだ、アレ。集落か?
目前には木で出来た家屋が並んでいる光景があった。
粗末ではあるが、道らしきものも存在している。
人が開拓でも始めたか?
最初はそう思った。が、ジュラの森は余程実力のある冒険者でないと訪れないはずである。その一番の理由であるヴェルドラが居なくなったとはいえ、多種多様な魔物が住み着いているのだから、この段階での開拓は無謀だ。そうであったにしても、大規模な討伐隊でも組まれるだろう。
では、魔王の誰かが新たな領地に加えたか?
それもあり得ない。何故なら、まだ不可侵条約は解消されていない。
解消されたなら、姉はいの1番に跳んでくる。二百年も会っていない弟とかいう特大のエサがあるのだ。娯楽に飢えた姉が、喰いつかないわけがない。
魔王たちは、きっと集まってすらいない。だから大丈夫。
………。
さて、集落が何が原因で出来たのか。
最も高い可能性として考えられるのは、一つ。
ーーー魔物の統率個体が現れた。
それも知能が高いタイプのユニークモンスターだ。
このあたりは昔からゴブリンの村がある場所だ。
となると、それの上位個体か?
「おい、隠れてないで出てきたらどうだ?」
バッ、と顔を上げる。視線の先には青く丸っこいフォルムの魔物、スライムがいた。スライムは俺をじっと真っ直ぐに見つめている。
ーーーこいつ、解析系スキル持ちか!
先ほど話した隠蔽系スキルだが、一つ、致命的な弱点がある。
それは、他スキルとの併用、及び半径十メートル圏内の鑑定、索敵、看破といった解析系スキル持ちには問答無用で気配がわかってしまうことだ。なので、姉の
観念して大人しく姿を現わす。解除はしない。
弱点付きの、このスキルだが気配や姿がバレても種族、魔素量、及び
「それで、用件はなんだ。」
訝しげな雰囲気を醸し出す。恐らく、スキルの影響で正体がわからないからだろう。
「いや、散歩していただけだ。」
「散歩するだけでそんな大層なスキルを使うものなのか?」
「魔物が襲ってきては面倒だからな。ここへ来たのも偶然だよ。害意はない。それにどうせーー。」
言葉を切る。見ず知らずの相手に言うものでもない。その思いが次の言葉を続けさせない。
「どうせ?」
しかし、相手は続けるよう促す。不信感。未知のモノに対する警戒。
これ以上は面倒になりそうなので言葉を紡ぐことにした。
「どうせ近々、この森を去ることになるだろうからな。」
「どういうことだ。」
一際大きな警戒心。たぶん、言葉が足りなかった。これでは、相手に良からぬことを予期させる言い方ではないか。
「ああ、いや。オレの話だ。オレが近々、このジュラの森を去るんだ。
言葉が足りてなかった。要らぬ不安を抱かせてすまない。」
慌てて取り消す。
警戒を解かれる。
「なんだ。それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに。
ようこそ、俺たちの村に。歓迎するよ。」
………。ちょっと待て。チョロすぎないか?
「ま、待て。オレが騙そうとしているとは考えなかったのか。」
「………?騙そうとしてたのか?」
「いや、違うが。」
「なら、いいんじゃないのか?」
「いやいやいやいや………。」
警戒を解いて即座に歓迎モードはさすがにビビる。しかも、俺は意図的に出自を隠している。看破系スキル持ちのコイツにとって、胡散臭いにも程があるだろう。
「何者かわからないのに、村に入れて平気なのか。」
「あ、隠している自覚はあったのか。」
「あったのか、じゃない!不用心だろ!!」
「心配してくれるのか?」
「するわ!こんなんだったら、誰でもするわ!!」
「はは、ありがとう。いい奴だな、お前。」
そうやってスライムは笑う。
幾ら何でもお人好しが過ぎる。先行きが心配になる。
「本当に大丈夫なのか………?」
「大丈夫だって。それにヘタレみたいな気配だし。無害だろ。」
「ヘタレ!?」
そんな失敬な!一応、竜種の末裔というか子だぞ、オレ!!!
だというのに、この扱いとは、アレ?もしかしてオレ、威厳無い??
「天におはします母よ。そして偉大なる父よ。オレは誰からも畏れられることのないダメな子です………。」
「そんなに凹むなって。オレが言い過ぎたってば。」
スライムが跳ね回って励ましてくれるが、お前に付けられたこの傷は根深いからな。いやでも、たった一言で揺らぐオレの精神が弱かっただけでは………。
「あー!こんなところに美味そうな肉があるぞー!」
「………。」
「美味しい水もだー。」
「………。」
「早くしないと無くなってしまうかもなー。量は限られているからなー。」
「………………。食べるが、この森は資源が豊富でやろうと思えば直ぐに上等の肉ぐらい、手に入る。」
「そーなんだ!それならオレも食べてみたいかなー?」
「………。」
「村のみんなにも食べさせてあげたいなー。誰か獲ってきてくれないかなー。」
「………。」
「獲ってきてくれたら、みんな喜ぶのになー。諸手を挙げて歓迎するだろうになー。」
「………。」
「………。」
数秒の見つめ合い。
「だぁああぁぁぁ!!!!わかったよ!獲ってくるよ!!それでいいな!!!」
「い〜や〜。ホントにありがたい。助かるなぁ。優しいなぁ。」
ものすごく意地の悪い笑顔をしているだろうスライム。
嵌められた感。
猛スピードで森を駆ける。
「おーい。名前聞いてなかった。名前はー?」
「セリムだ!!名を聞くならそっちも名乗れぇぇ!!!」
「リムルだ!リムル=テンペスト!!!」
ほんの少し、振り返ってみれば、点のようにみえるスライム。否、リムル。絶対に超絶美味い肉獲ってくるからな………。覚悟しておけよ………!
「ま、味覚が無いから、味なんてわからないんだけどな。」
遠ざかっていくオレを見ながら、リムルがそんな呟きをしていたことを、オレが知る由も無い。
※改竄者のスキルのデメリットを戦闘行為等の激しい動作からスキル併用に変更致しました。